フィールドレコーディングと録音のコロニアリズム:先駆者デイヴィッド・トゥープが語る【WORKSIGHT ARCHIVES#3】
隔週木曜日に過去のプリント版『WORKSIGHT』に掲載された必読記事を配信中──。今回取り上げるのは録音についての記事。自然環境や都市の音、動物の鳴き声、人びとの話し声などを、現場(フィールド)で録音する活動を指す「フィールドレコーディング」。まだその活動に名前がついていなかった1970年代から野外録音の実践を重ねてきた先駆者が語る、世界を「聴く」ということ。
長年にわたってフィールドレコーディングに取り組んできた、英国音楽界の鬼才デイヴィッド・トゥープ。音の境界を越え、聴くという行為を常に拡張してきた彼が語ったのは、音を録音することで、対象を「素材」に変え植民地化する、フィールドレコーディングの奇妙な側面だった。野外録音とは認識の拡張なのか、それとも植民地主義の延長なのか。近年注目を集める「フィールドレコーディング」の可能性と困難について聞いた。
2023年4月27日発行、『WORKSIGHT[ワークサイト]19号 フィールドノート 声をきく・書きとめる Field Note』より転載。
photographs courtesy of David Toop
interview & text by Kei Wakabayashi
野外録音と狐の精霊
デイヴィッド・トゥープ|David Toop 1949年英国・エンフィールド生まれ。音楽家、著述家、サウンド・キュレーター。ロンドン芸術大学教授。1960年代後半から即興音楽、ダブ、アヴァン・ポップ、アンビエント、エレクトロニカ、サウンド・アートなど、ジャンルを無効化する幅広い音楽活動に携わる。サウンド・インスタレーション、ビデオ作品、オペラなども手がけるほか、著書に『音の海:エーテルトーク、アンビエント・サウンド、イマジナリー・ワールド』『フラッター・エコー:音の中に生きる』などがある
フィールドレコーディング前史
フィールドレコーディングを始めた時期は明確に覚えています。1972年です。当時わたしは、アーティストのマリー・イェイツと暮らしていました。当時彼女はウォーキングの実践に興味をもっていました。デヴォンやコーンウォールに出向いて森や野原を歩き、木の枝や石を拾っては、それを材料に彫刻をつくるのです。彼女はこれを「フィールドワーキング」と呼んでいました。彼女とともに歩きながら、音をつくることでわたしはこの実践に参加しました。フルートを吹いたりするのです。楽器を演奏するだけでなく、屋外で録音もしました。わたしのフィールドレコーディングの実践は、このウォーキングと深く関わっています。これを通じてわたしは家畜の声や、海の音、風の音、屋外での演奏などを録音するようになったのです。
同じ頃、わたしはBBCの依頼を受けてラジオ番組の制作に関わることになりました。当時22歳の何者でもない若者でしたが、BBCのサウンドアーカイブにアクセスすることを許され「Cross Thread」という番組を手がけました。わたしは、実況やコメンタリーが入らない番組をつくりたいと考えていましたが、さすがにラジカルすぎて許されませんでした(笑)。4回ほどしゃべるパートが入る以外は、さまざまな音源をつなぎ合わせて流すだけの番組になりました。いまでいうミックステープです。そこでバリやニューギニア、アフリカの伝統音楽に、さまざまなフィールドレコーディングを織り交ぜたのです。フィールドレコーディングのなかでも、わたしはとりわけ、人が声や楽器を用いて動物の鳴き声を真似た音源に興味をもっていました。儀式や呪術で、よく使われるものです。また、逆に九官鳥のように動物が人間を真似た声にも興味がありましたので、それらの音源を番組内で混ぜ合わせたりしましたが、聞いてみるとどちらが人の声でどちらが動物の声か、まるで判別することができません。これは非常に面白いものでした。
当時はエコロジー運動が非常に盛り上がっており、わたしも環境をめぐる問題には強い危機意識をもっていました。生態系が破壊され、動物が絶滅していくことを強く憂えていました。わたしは、この番組で人間と非人間のコミュニケーションをめぐるオーディオ・ヒストリーのようなものを展開しようとしたのです。当時は誰も理解できなかったかもしれませんが、BBCの番組ですから、かつての英国の植民地でも放送されていたのでしょう、アフリカで聴いたという人から「理解はできなかったが面白かった」というお便りをいただきました(笑)。
ウォーキングの実践、屋外での演奏、そして録音。人間と非人間のコミュニケーションに関するリサーチ。こうしたことが同時期に起きたわけです。しかし、こうした取り組みには、当時まだ名前がありませんでした。「フィールドレコーディング」の呼び名はまだなかったのです。1969〜70年にわたしが購入した「フィールドレコーディング」のレコードに、鳥の鳴き声を集めたものがありました。わたしは、それを音楽として聴いていました。鳥の鳴き声の録音には、当時ふたつの側面がありました。ひとつは科学的な側面です。もうひとつは趣味的側面です。鳥に魅せられた男性たちが趣味で録音するのです。当時英国には、たしか「ワイルドライフ・サウンド・レコーディング・ソサエティ」(野生動物音声録音協会)という名称の趣味の団体がありました。雑誌を発行したり、お互いの録音物を交換したりする活動をしていて、わたしも参加していました。フィールドレコーディングの起源のひとつは、こうした趣味の活動だったのです。その一方で、わたしは人類学者が孤絶した地域に赴いて、現地のことばや儀式、舞踊などを録音してきた音源にも強く惹かれました。それがのちに、1978年にベネズエラ南部のアマゾンにヤノマミ族の儀式を録音しに行くことにつながります。
若い音楽家として、聴くということについて考えながら新しい音を学んでいくなかで、フィールドレコーディングに惹かれていったことの動機に、失われていく文化や生物、環境をめぐる危機意識が強くあったのはたしかです。いまもそれは変わりありませんが、当時は失われつつあるものを残していくことは切迫した要請だったのです。例えば、いまとなってはすっかり陳腐ですが、70年代に録音されたクジラの鳴き声の音源は、わたしたちに極めて大きな衝撃をもたらしました。イルカの音源も同様です。BBCの番組のなかで、「これらの音はいま失われつつあります。わたしたちは未来に何をもっていきたいか、真剣に考えなくてはなりません」と語ったのを覚えています。当時、わたしはラジオ番組をやるか、文章を書くか、コンサートをやるくらいしか、できることがありませんでしたが、50年を経たいまも、わたしたちは同じことをまだ議論しているわけですから、やり続けることにも意味はあると言えるのかもしれません。
わたし自身は、そうした作品をつくるだけの十分な機材などもっていませんでしたが、野外録音のコミュニティは、わたしのような若者が興味をもっているのを非常に喜んでくれて、歓迎してくれたことをよく覚えています。手紙を書いて動物の鳴き声の音源を聴かせてほしいとお願いすると、みな快く受け入れてくれました。当時そうした人びとからもらったレコードはいまももっています。いずれにせよわたしは、人類学の訓練を受けていませんでしたので、人類学者の友人からは主観的に扱いすぎると当時から言われていました。結局のところ、わたしはこの世の最も奇妙な音を探していただけなのかもしれません。非人間的で、超人間的な何かを、ずっと探しているわけです。
(上)ロンドン郊外の自宅の庭で拾った葉っぱとスズメバチの巣 (下)1978年にアマゾンでヤノマミ族のフィールドレコーディングを行った際の光景
録音のコロニアリズム
フィールドレコーディングにおける困難な問いは、録音した「音」は、音楽家であるわたしにとって単なる「素材」にすぎないのか、というものです。わたしは、この問いに対して、「すべてが素材なのだ」と考えたいと思っています。この数年、わたしはコンサートで骨伝導スピーカーを使っています。かつてBBCで仕事をした際に、彼らは膨大な10インチレコードのコレクションを気前よく貸してくれました。わたしはそれを端からカセットに録音していきました。もちろん内緒で、ですが(笑)。最近のコンサートでは、これらのカセットをいま一度引っ張り出し、さまざまな素材に骨伝導スピーカーを取り付けて、その素材を通して音を増幅することを行っています。最初は金属片で始めたのですが、紙でも段ボールでも、何でも使えることがわかりました。ローテクなサウンドシステムですが、わたしのフィールドレコーディングにまつわる個人史を、さまざまな素材を通して鳴らすことを可能にしてくれます。
個々の音源のなかに封じ込められた音は、決して「素材」ではありません。それは、それぞれの固有の文化に埋め込まれたもので、その音の成り立ちに関与している人びとにとって極めて重要な意味をもちます。けれども、それは録音された途端に「素材」となってしまいます。そこが、フィールドレコーディングというものの奇妙で困難な部分です。このことについては日々よく考えます。というのも、録音というのは、言ってみれば一種のコロニアリズムなのです。録音することで、対象を植民地化してしまうのです。あたかも音を、監獄に閉じ込めるかのように、捕まえてしまいます。そこには象徴的でいて、不穏な何かがあります。わたしが例えば紙を使って音を増幅させるとき、そこには悲劇的な何かが宿るのです。ここはフィールドレコーディングの、とても重要な一部です。
パンデミックの期間中に音楽家のローレンス・イングリッシュからわたしのフィールドレコーディングを使ってアルバムを制作したいという申し出をもらい、改めて何がフィールドレコーディングで、何がそうでないのかということを考えました。わたしが出した結論は、これまで行った録音のすべてがフィールドレコーディングだということでした。『Field Recording and Fox Spirits』という作品に、わたしはマリー・イェイツとのウォーキングで録音したものから、娘の歌声、友人との対話まで、さまざまな音源を収めました。フィールドレコーディングの定義を拡張してみたわけです。そうやって拡張し、パーソナルなものとすることで、植民地主義的なプロセスが立ち上がるのを、少しは緩和できるような気がしたのです。
ここにはテクノロジーの問題もあります。これは録音に限らず、写真や映画でも同じことが言えるのかもしれません。絵画にすらそうした側面はあります。知らぬ間に撮影された写真、知らぬ間に描かれた絵は、それ自体が搾取になりえます。あるいは、これは逆に、こういう問いでもあります。他者は、あなたがその存在を録音することに許可を与えることができるのか。動物や木や波は、あなたに録音されることに対して、許可を与えることが可能なのか。これは難しい問いです。わたしにも答えはわかりません。この問題については、オーストラリアのサウンドアーティスト、アレクサンドラ・スペンスと対話を重ねていて、いずれ出版したいと考えています。
(上)骨伝導スピーカーを用いることで、あらゆるマテリアルがスピーカーとなる (下)近年のライブパフォーマンスで使用されるさまざまなオブジェ
狐の精霊
近年のフィールドレコーディングに対する爆発的な興味への背景には、環境意識が強く働いていると思いますし、パンデミックが大きな影響を与えてもいると思います。ロックダウンが始まった年の英国の春は素晴らしい陽気で、ある日、わたしがローレンス・イングリッシュと電話会議をしていたところ、庭に1匹のキツネが現れ、目が合いました。写真を撮ろうと慌ててスマートフォンを探しているうちに、キツネは消えてしまいました。わたしはその頃、中国の狐憑きに関する物語を読んでいたので、それがあたかもキツネの精霊のように感じられたのです。人間の活動から切り離され、自然が近くに感じられた時間だったと言えるのかもしれません。そこから「Field Recording and Fox Spirits」(野外録音と狐の精霊)というタイトルが生まれました。
わたしは、これまで自分のことを音楽家だと考えてきました。しかし興味が音楽から音そのものへと移行していくことで、わたしが本当に興味があるのは「聴くこと」だということがわかってきました。わたしたちの文化では「見ること」に大きな比重が置かれています。世界を「見る」ことが重要だとされています。けれども、その比重を「聴くこと」に移したとしたら、世界はどのように認識されるのでしょう。絵画を聴く、小説を聴くことは、いったいどうやったらできるのでしょう。
マリー・イェイツとウォーキングをしていたある日、わたしは自分が演奏するフルートを録音しようとレコーダーを柵に取り付けたことがありました。家に帰ってレコーディングを聴いてみたら、そこに収録されていたのは、機材が柵にぶつかってたてる音、風の音、羊の鳴き声、そして遠くで鳴っているフルートの音でした。それを聴いて、わたしは、重要なのは演奏することではなく、聴くことなのだと気づいたのです。それは大きな発見であり、わたしの人生を変える啓示だったのです。
トゥープの自宅の庭には蛙やキツネをはじめ、さまざまな生き物がやってくる
デイヴィッド・トゥープが選ぶ
必聴フィールドレコーディング11選
虫の音、木のささやき、森の声、氷の軋みを追って、アマゾンから台湾、ロシア、南極まで。タイ映画の名匠アピチャッポン作品で使用された音源集も含めた11のフィールドレコーディングの傑作。さあ、耳の旅に出かけよう。
1. Lawrence English「A Mirror Holds the Sky」(ROOM40)
トゥープの盟友がアマゾンで録りためた音源をエディットした2021年リリースの傑作。
2. Yifeat Ziv「Amazonian Traces of Self」(Flaming Pines)
こちらもアマゾン録音。本人のボイスと熱帯雨林の濃密なサウンドスケープが美しく響き合う。2020年。
3. Apichatpong Weerasethakul「Metaphors」(Sub Rosa)
タイの名匠の映画作品で使用された音源をコンパイル。アピチャッポンの魔術的な「聴力」に脱帽。
4. Yannick Dauby「Taî-pak thian san piàn」(Kalerne Editions)
台湾を拠点に活動するサウンドアーティスト。都市部での祭りの録音などから織り上げた台北の夏の音景。
5. Lars Fredriksson「Ting Qiu: Listening to Autumn」(Country & Eastern)
中国でコオロギの鳴き声を収集した2006年の傑作。タイトル通り、まさに「秋を聴く」ための一作。
6. David Dunn「The Sound of Light in Trees」(EarthEar)
米国南西部のある1本のマツの木のなかで起きている「出来事」を録音。木の営みに耳を澄ます59分。
7. Cathy Lane「The Hebrides Suite」(Gruenrekorder)
スコットランド北西沖の群島「アウター・ヘブリディーズ」のサウンドを生々しく捉えた2013年作。
8. Peter Cusack「Baikal Ice」(ReR Megacorp)
凍てついたバイカル湖の周辺で営まれる多種多様な営み。静寂のなかから立ち上がってくる物語。
9. Douglas Quin「Antarctica」(Miramar)
南極大陸での野外録音で制作された1998年の傑作。宇宙的とも言える音空間に、ただただ身を浸す。
10. Felix Hess「Frogs 4」(Felix Hess)
蛙の鳴き声をもとに構築された1985年の野外録音/音響アートの傑作。ミニマルテクノの味わい。
11. David Toop「Field Recording and Fox Spirits」(ROOM40)
70年代から近年のものまでトゥープのフィールドレコーディング史を封じ込めた2020年の重要作。
*『WORKSIGHT[ワークサイト]19号 フィールドノート 声をきく・書きとめる Field Note』(2023年4月27日発行)より転載
【WORKSIGHT SURVEY #41】
Q:身近な音を録音したことはある?
あなたは、自身の身のまわりの音を録音したことはありますか? 何を録りましたか? なぜ録ろうと思ったのですか? 録った音はどうしましたか? 録ったことのない方は、やってみたいと思いますか? みなさんの「フィールドレコーディング体験」をぜひお聞かせください。
【WORKSIGHT SURVEY #38】アンケート結果
同胞は死に、わたしは料理をする:パレスチナ人スターシェフが記録する”大地の味”(1月22日配信)
Q:最近、パレスチナの文化に直接触れたことはある?
【ある】富ヶ谷の書店CITY LIGHT BOOKさんでパレスチナポスター展をやっていて、たくさんのポスターを見ることができました。
【ある】ヨルダン川西岸を旅した時、1週間ほどホームステイしました。パンにつけるオリーブオイルはすこし澱が残っており、自家製でした。おばあちゃんが庭の古いオリーブの木や、油を搾るための道具を見せてくれて、オリーブがパレスチナに深く根差していることを感じました。
【ない】職から文化を知るのは、他者を知るきっかけとしてとてもいい入口になると思います。身近にレストランがないので、何かイベントの時にケータリングが出来るもいいですね。
『WORKSIGHT[ワークサイト]19号 フィールドノート 声をきく・書きとめる Field Note』
photograph by Kaori Nishida
cover illustration by Momoe Narazaki
発せられているのにきこえていない「声」をきき、記録し、伝えていくことは、存外に難しい。世界が複雑化するなか、わたしたちはどのような態度で、人と、そして人以外の存在たちと向き合えばいいのだろうか。どうすれば、行為の一方的な「対象」としてではなく、相互的な「関係」を相手と築くことができるのか。そのヒントを探るべく、スケーターを撮影し続けるプロジェクト「川」や、野外録音の達士デイヴィッド・トゥープ、スケートボードから都市論を導くイアン・ボーデンへインタビュー。さらには文化人類学者たちのフィールドノート、「津軽あかつきの会」がつなぐレシピ、ChatGPTの動向まで参照しながら、「声」をきくこと・書きとめることの困難と可能性を探る。
【目次】
◉巻頭言・ノートという呪術
文=山下正太郎(WORKSIGHT編集長)
◉スケーターたちのフィールドノート
プロジェクト「川」の試み
◉スケートボードの「声」をめぐる小史
文化史家イアン・ボーデンのまなざし
◉ノートなんて書けない
「聴く・記録する・伝える」を人類学者と考えた
松村圭一郎・足羽與志子・安渓遊地・大橋香奈
◉人の話を「きく」ためのプレイブック
哲学者・永井玲衣とともに
◉生かされたレシピ
「津軽あかつきの会」の営み
◉野外録音と狐の精霊
デイヴィッド・トゥープが語るフィールドレコーディング
◉それぞれのフィールドノート
未知なる声を聴く傑作ブックリスト60
◉ChatGPTという見知らぬ他者と出会うことをめぐる混乱についての覚書
文=山下正太郎
【書籍詳細】
書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]19号 フィールドノート 声をきく・書きとめる Field Note』
編集:WORKSIGHT編集部
ISBN:978-4-7615-0925-5
アートディレクション:藤田裕美
発行日:2023年4月27日(木)
発行:コクヨ
発売:学芸出版社
判型:A5変型/128頁
定価:1800円+税












