記憶の不思議に分け入るブックリスト:WORKSIGHTプリント版20号『記憶と認知症』より
年に4回プリント版を発行しているWORKSIGHT。年末の特別ニュースレターとして、各号の特集テーマに合わせて選書したブックリストをプリント版より転載して3日連続でお届けいたします。第2弾となる本日は20号「記憶と認知症」より、記憶の不思議に分け入る66冊をご紹介。
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3日連続でお届けする年末特別ニュースレターでは、これまでに発行したプリント版より、各号の特集テーマに合わせてWORKSIGHTが選書したブックリストをお届けします。
第2弾は2023年8月刊行の『WORKSIGHT[ワークサイト]20号 記憶と認知症 Memory/Dementia』より、「記憶をめぐる本棚」。自他をつなぎ、社会の秩序を保つために欠かせない記憶。しかし、時間の経過や認知能力によって断線することもあり、ときに不確かなものでもあります。そんな記憶の褪せゆく一面と向き合う書籍を、記憶術や文学、ケアや哲学など、6つのテーマでセレクトしました。個人/集団の歴史、認知症をもつ人との共生など、特集テーマをさらに深めるために必読の66冊をご紹介します。
記憶をめぐる本棚
記憶が頼りないのならば、記憶をめぐる議論もまた、手がかりなしには成り立たない。個人と集団をまたぎ、深遠な哲学とも最先端のテクノロジーともつながる、そんな、記憶の不思議とともに歩むためのかがり火のようなブックガイド。
Compiled by WORKSIGHT
記憶の技術
人は消えゆく記憶をとどめるべく努力を重ね、完璧でない主体だからこそ世界とどう交歓できるか試行錯誤してきた。古今東西の記憶×技術史。
(左から)2.『記憶術全史:ムネモシュネの饗宴』、4.『サイボーグになる:テクノロジーと障害、わたしたちの不完全さについて』、8.『映像のポエジア:刻印された時間』
1.『記憶術』フランセス・A・イエイツ(玉泉八州男・監訳、青木信義ほか・訳/水声社)
印刷術の発達とともに滅び、完全に忘れ去られた「記憶術」。イギリスの女性思想史家イエイツが、古代ギリシアからルネサンス期まで記憶術の2000年の歴史と理論を丹念に掘り起こした記念碑的大著。
2.『記憶術全史:ムネモシュネの饗宴』桑木野幸司(講談社選書メチエ)
「場所」に結びつく記憶の特性を利用して膨大な記憶を整理・利用できるようにする技法が、かつてヨーロッパに存在した。古代ギリシアで生まれ、中世を経て、ルネサンスで隆盛を極めた記憶術の歴史を一望。WORKSIGHTプリント版20号で取材した桑木野幸司氏による著書。
3.『記憶術のススメ:近代日本と立身出世』岩井洋(青弓社)
日本では、急速な近代化が進められた明治20年代に一大ブームを巻き起こした「記憶術」。卓越した記憶力の獲得という国民の欲望を扇動した仕掛け人たちの戦略を探り、その背景としての日本近代の形成を大衆意識の変容と教育を軸に解読する。
4.『サイボーグになる:テクノロジーと障害、わたしたちの不完全さについて』キム・チョヨプ、キム・ウォニョン(牧野美加・訳/岩波書店)
世界が注目するSF作家と、俳優にして弁護士の作家。ともに障害当事者でもあるふたりが、完全さに到達するための治療でなく、不完全さを抱えたままで、よりよく生きていくための技術について縦横に語る。
5.『建築と触覚:空間と五感をめぐる哲学』ユハニ・パッラスマー(百合田香織・訳/草思社)
すべてが視覚化する時代に、「触れたい」建築を考える。メルロ=ポンティ、バシュラールらの議論を踏まえながら、建築における触覚、聴覚、味覚、嗅覚の重要性を再考し、あるべき本流の空間とは何かを問う。
6.『〈新装版〉普遍の鍵』パオロ・ロッシ(清瀬卓・訳/国書刊行会)
9個のアルファベットの組み合わせで宇宙という巨大な〈書物〉を解読しようとしたライムンドゥス・ルルスの「結合術」。記憶術と交じり合い、後に百科全書思想や普遍言語構想を生み出した「普遍の鍵」思想の系譜を辿る。
7.『話す写真:見えないものに向かって』畠山直哉(小学館文庫)
撮影対象の面白さと写真の美しさで話題になることの多い畠山直哉が語る「話しことばとしての写真論」。思考と認識の手段として写真を選び、写真とは何かを絶えず問い続ける写真家による論考集。
8.『映像のポエジア:刻印された時間』アンドレイ・タルコフスキー(鴻英良・訳/ちくま学芸文庫)
うちに秘めた理想への郷愁。現代において枯渇した人間存在の源泉をよみがえらせようと、追求されたその映画の手法。戦争と革命の時代である20世紀に、精神的義務への自覚をもち続けた映画作家タルコフスキーの思考の軌跡を辿る。
9.『形象の記憶:デザインのいのち』向井周太郎(武蔵野美術大学出版局)
デザインとは色とかたちをひもとく壮大な叙事詩であり、人類の進化をめぐる形象の記憶に根ざした身振りである──。インダストリアルデザイナー・向井周太郎が、「内」と「外」という「あいだ」に近代を読み解く博覧強記のデザイン論。
「わたし」の記憶
認識する、記憶する、そして霧散していく記憶と付き合う。生まれてから死ぬまで、個人としての「わたし」は、いつだって記憶とかかずらわっている。
(左から)10.『もうろく帖』、13.『いなくなっていない父』、16.『滝山コミューン一九七四』
10.『もうろく帖』鶴見俊輔(SURE)
哲学者・鶴見俊輔が米寿を迎えたことを機に、1992年から2000年までの思索と著述を支えてきた座右の覚え書きのノート『もうろく帖』を、そのまま翻刻。古人・今人たちの著作や作歌からの一節の抜き書き、鶴見自身の発想を記録した1冊。
11.『認知症の私から見える社会』丹野智文(講談社+α新書)
39歳でアルツハイマー型認知症と診断された著者が、8年をかけ300人の認知症当事者と対話を重ね、患者の「本音」をまとめた1冊。いまだに専門家の間でも根強く残る偏見を脱し、診断後もより良く生きていくために、当事者目線でガイドする。
12.『思い出せない脳』澤田誠(講談社現代新書)
人の名前を思い出せないとき、ふっと思い出せたとき、脳内ではいったい何が起きているのか。日常的な「記憶の謎」のメカニズムから、記憶という能力の本当の意味まで、最先端の知識をわかりやすく解説する。
13.『いなくなっていない父』金川晋吾(晶文社)
『father』にて「失踪する父」とされた男は、その後失踪を止めた。不在の父を撮影する写真家として知られるようになった著者が、ファインダーとテキストを通して「いる父」と向き合うドキュメンタリーノベル。
14.『脳の可塑性と記憶』塚原仲晃(岩波現代文庫)
人格の拠り所である人間の記憶は、脳のどこに蓄えられるのか。記憶を蓄える場であるシナプスの驚異の柔軟性に注目し、脳とは固定的な回路ではなく柔軟性のある可塑的な回路であるという認識に至ったそのメカニズムを説く。
15.『音を視る、時を聴く[哲学講義]』大森荘蔵・坂本龍一(ちくま学芸文庫)
哲学や諸科学がさまざまに論じてきた音の時間的・空間的特性をめぐる問いに、正しい「表現」を与えるべく、坂本龍一の問いかけに、哲学者・大森荘蔵が応える先鋭的な哲学講義録。1980年代の傑作対話。
16.『滝山コミューン一九七四』原武史(講談社文庫)
郊外の団地の小学校を舞台に、自由で民主的な教育を目指す試みがあった。しかし、ひとりの少年が抱いた違和感の正体は何なのか。「班競争」「代表児童委員会」「林間学校」、逃げ場のない息苦しさが少年を追いつめる。30年の時を経て矛盾と欺瞞の真実を問う渾身のドキュメンタリー。
17.『サンチョ・パンサの帰郷』石原吉郎(思潮社)
8年間のシベリア抑留の極限状態を経て、ことばを失っていく体験を根底に、沈黙に抗する詩を表した石原吉郎。1964年にH氏賞を受賞した名篇揃いの第1詩集が、1963年初版時の装いでよみがえる。
18.『妻を帽子とまちがえた男』オリヴァー・サックス(高見幸郎、金沢泰子・訳/ハヤカワ文庫NF)
妻の頭を帽子と間違えて被ろうとする音楽家、からだの感覚を失って姿勢が保てなくなってしまった若い母親……。脳神経科医のサックス博士が、奇妙でふしぎな症状を抱える患者たちの豊かな世界を、愛情をこめて描きあげた驚きと感動の医学エッセイ。
ケアと記憶
こぼれゆく記憶があり、ふと再生し、新たに紡がれる記憶もある。自他の営みが展開するところに、ケアは息づく。
(左から)21.『物語としてのケア:ナラティヴ・アプローチの世界へ』、27.『ケアの哲学』、29.『介護入門』
19.『ぼけと利他』伊藤亜紗・村瀨孝生(ミシマ社)
ぼけは、病気ではない。自分と社会を開くトリガーだ──。この一説を出発点に、美学者の伊藤亜紗と、「宅老所よりあい」代表の村瀨孝生が36通の往復書簡を通じ、介護の現場で起きる解放と利他について考える。
20.『認知症とともにあたりまえに生きていく:支援する、されるという立場を超えた9人の実践』矢吹知之ほか・編著(中央法規出版)
「すべての人が認知症とともに生きる社会」のために。支援する側、される側という立場を超えた実践を続ける、認知症の当事者、医師、支援者が、それぞれの挑戦や葛藤をふり返り、「これからの認知症ケア」のあり方を問う。
21.『物語としてのケア:ナラティヴ・アプローチの世界へ』野口裕二(医学書院)
人文諸科学で語られる「ナラティブ」ということばは、ついに臨床の風景さえ一変させた。医療社会学者が「精神論vs.技術論」「主観主義vs.客観主義」「ケアvs.キュア」という二項対立の呪縛を超えた新しいケアを説く。
22.『他者と生きる:リスク・病い・死をめぐる人類学』磯野真穂(集英社新書)
病気の事前予測と予防のための介入に価値を置く統計学的人間観。”自分らしさ”礼賛の素地となる個人主義的人間観。一見有用なふたつの人間観を問い直し、関係をもつことで生まれる自他の感覚から現代社会を生きる人間のあり方を問う。
23.『介護人類学事始め:生老病死をめぐる考現学』林美枝子(明石書店)
これまで医療・看護の面からしか扱われてこなかった、介護における病い、健康、死生観、補完・代替療法などを文化人類学の視点から捉えることによって、より豊かな生き方とは何かを問い直す。「介護人類学」初の入門書。
24.『オランダ発ポジティヴヘルス:地域包括ケアの未来を拓く』シャボットあかね(日本評論社)
病気があっても”健康”になれる。WORKSIGHTプリント版20号でも取材した、治療中心のケアとは違う、本人主導で全人的、さまざまなセクターが協力し合う「ポジティヴヘルス」を、その発祥地オランダの実情に学ぶ。
25.『公衆衛生の倫理学:国家は健康にどこまで介入すべきか』玉手慎太郎(筑摩選書)
健康を守る社会のしくみは、人びとの自由をどう変えるのか。パンデミックにおける行動制限から肥満対策、健康増進にかかわるナッジの問題点に至るまで、政策による介入と個人の自律をめぐる複雑で倫理的な問いに向き合う。
26.『自宅でない在宅:高齢者の生活空間論』外山義(医学書院)
高齢者のケアにおける個室化、ユニットケア、グループホームなどの制度的変化は、あらゆる領域で「ケアのパラダイム変換」を招くだろう。「施設か在宅か」という硬直した二分法を切り裂く、まったく新しい空間的ケア論。
27.『ケアの哲学』ボリス・グロイス(河村彩・訳/人文書院)
わたしたちは物理的身体だけではなく、データの集合としての自己を形成する象徴的身体のケアも必要としている。美術批評の世界的第一人者が、これまでの仕事の延長上で新しいケア概念を提起し、数々の哲学を独自の視点からケアの哲学として読み替える。
28.『熱のない人間:治癒せざるものの治療のために』クレール・マラン(鈴木智之・訳/法政大学出版局)
治癒をもたらすことなく治療することは可能か。自己免疫疾患に苦しむ著者が、自身の経験から、現代の医療がその中心的目標とする「治癒」の概念、その基底にある「健康」観、「生命」観を問い直す。
29.『介護入門』モブ・ノリオ(文春文庫)
大麻に耽りながら世間に呪詛を浴びせる「俺」は寝たきりの祖母を懸命に介護する。新しい饒舌文体でセンセーションを巻き起こした、モブ・ノリオのデビュー作にして芥川賞受賞作。
30.『恍惚の人』有吉佐和子(新潮文庫)
老いて永生きすることは幸福か。日本の老人福祉政策はこれでよいのか。老齢化するにつれて幼児退行現象を起こす人間の生命の不可思議を凝視し、誰もがいずれは直面しなければならない「老い」の問題に光を投げかける。
記憶と文学
記憶をめぐる問いには、なかなか答えが出ない。文学こそは、そうした答えなき領域の探究に取り組んできた。胸をえぐる作品たちを紹介する。
(左から)32.『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』、33.『記憶よ、語れ:自伝再訪』、35.『バグダードのフランケンシュタイン』
31.『メモリー・ウォール』アンソニー・ドーア(岩本正恵・訳/新潮クレスト・ブックス)
記憶を自由に保存・再生できる装置を手に入れた認知症の老女を描いた表題作のほか、ダムに沈む中国の村の人びとなど、異なる場所や時代に生きる人びとと、彼らを世界につなぎとめる「記憶」をめぐる6つの物語を収録。
32.『ものすごくうるさくて、ありえないほど近い』ジョナサン・サフラン・フォア(近藤隆文・訳/NHK出版)
全米ベストセラー、人気若手作家による9.11文学の金字塔。9歳の少年オスカーは、ある鍵にぴったり合う錠前を見つけるために、ママには内緒でニューヨーク中を探しまわっている。その謎の鍵は、あの日に死んだパパのものだった──。
33.『記憶よ、語れ:自伝再訪』ウラジーミル・ナボコフ(若島正・訳/作品社)
「言葉の魔術師」と呼ばれ、ロシア語と英語を自在に操った、20世紀を代表する多言語作家・ナボコフ。過去と現在、フィクションとノンフィクションの狭間を自由に往き来し、夢幻の世界へと誘う自伝。
34.『ヒロシマ・モナムール』マルグリット・デュラス(工藤庸子・訳/河出書房新社)
名画「二十四時間の情事」の母胎となった、デュラスによる原作テキストを44年ぶりに新訳。被爆地広島県広島市を舞台に、第二次世界大戦により心に傷をもつ男女が織りなすドラマを描く。
35.『バグダードのフランケンシュタイン』アフマド・サアダーウィー(柳谷あゆみ・訳/集英社)
連日自爆テロの続く2005年のバグダード。古物商ハーディーは町で拾ってきた遺体のパーツを縫いつなぎ、ひとり分の遺体をつくり上げた。しかし翌朝遺体は忽然と消え……。中東×ディストピア×SF小説。国家と社会を痛烈に皮肉る、衝撃の群像劇。
36.『祭りの場・ギヤマン ビードロ』林京子(講談社文芸文庫)
長崎での原爆被爆の切実な体験を、叫ばず歌わず、強く抑制された内奥の祈りとして語り、痛切な衝撃と深甚な感銘をもたらす、林京子の代表的作品。群像新人賞・芥川賞受賞の「祭りの場」、「空罐」を冒頭に置く連作「ギヤマン ビードロ」を併録。
37.『夜のみだらな鳥』ホセ・ドノソ(鼓直・訳/水声社)
名家の秘書ウンベルトはある夜、聾者の《ムディート》の仮面をつけ悪夢のような自身の伝記を語り始める。延々と続く独白のなかで人格は崩壊し、自己と他者、現実と妄想、歴史と神話、論理と非論理の対立が混じり合う。『百年の孤独』と双璧をなすラテンアメリカ文学の最高傑作。
38.『赤い椰子の葉:目取真俊短篇小説選集2』目取真俊(影書房)
沖縄に胚胎する伝承や記憶を源泉に、現実と対峙し物語を紡ぎ続ける作家・目取真俊。不本意な生をもたらしたものは戦争か、人間か。闇の底から突如としてよみがえり、生者に問いかける「記憶」をめぐる傑作13篇を収録。
39.『思い出す事など 他七篇』夏目漱石(岩波文庫)
明治43年の盛夏、保養先の修善寺で胃潰瘍の悪化から血を吐いて人事不省に陥った夏目漱石。辛くも生還しえた悦びをかみしめつつ、この大患前後の体験と思索を記録した表題作のほか、二葉亭四迷や正岡子規との交友記など7篇。
共有された記憶
個人の記憶は、集団や共同体といった社会的レイヤーから刺激を受け、生成される。それらの記憶はまた「わたしたちの記憶」として社会へと還流する。
(左から)46.『集合的記憶』、51.『火の記憶(1)』、52.『フェイク・スペクトラム:文学における〈嘘〉の諸相』
41.『犠牲者意識ナショナリズム:国境を超える「記憶」の戦争』林志弦(澤田克己・訳/東洋経済新報社)
グローバル化した世界で出会った各民族の記憶は、互いを参照しながら、犠牲の大きさを競う歴史認識紛争となり、世界各地で激しさを増している。なぜ日韓の溝は深まるばかりなのか。犠牲者なのか、加害者なのか。”記憶の戦争”に警鐘を鳴らす。
42.『集合的記憶と想起文化:メモリー・スタディーズ入門』アストリッド・エアル(山名淳・訳/水声社)
個々人は常に社会文化的な文脈のもとで「想起」を行い、文化は象徴、メディア、相互作用、制度を通じて集合的記憶を確立することで初めて現れる。「記憶研究」の現状をマッピングし、「記憶と想起」を社会文化的な視点からひもとく、最新にして最良の入門書。
43.『戦後日本、記憶の力学:「継承という断絶」と無難さの政治学』福間良明(作品社)
霊園、戦跡、モニュメント、新聞、映画、小説、手記など、さまざまなメディアを通して、戦後中期から現代にかけての「継承という断絶」の諸相を描く。長年このテーマに取り組んできた注目のメディア研究者による戦争記憶の歴史社会学。
44.『ウィルソン氏の驚異の陳列室』ローレンス・ウェシュラー(大神田丈二・訳/みすず書房)
ロサンゼルスに実在するジェラシック・テクノロジー博物館。屍に釘のような菌を生やす大きな蟻、人間の角、トーストの上で焼かれたハツカネズミ……。どれが本物なのかわからない奇妙なコレクションは、驚異の感覚と人間の真の想像力を呼び起こす。
45.『過去は死なない:メディア・記憶・歴史』テッサ・モーリス‐スズキ(田代泰子・訳/岩波現代文庫)
過去のイメージを再生産する小説、写真、映画、漫画、インターネットなど多様なメディアが提示する歴史像を丹念に解読し、主体的な歴史認識をいかに回復していくかを展望する試み。歴史への新たな対話はいかにして可能になるか。「歴史への真摯さ」を読者に促す。
46.『集合的記憶』モーリス・アルヴァックス(小関藤一郎・訳/行路社)
個人の記憶だけではなく、集団の記憶も存在し、個人の過去に対する理解は集団意識と強く結びついていると「集合的記憶」を提唱した、哲学者のアルヴァックスによる1950年の主著。
47.『記憶の社会学とアルヴァックス』金瑛(晃洋書房)
記憶はある集団が社会のなかで位置づけられるフレームに依存するというテーゼを提唱したアルヴァックス。『記憶の社会的枠組み』(青弓社)と前項で紹介した『集合的記憶』の読解を中心に、記憶論の新たな可能性を探る。
48.『ブルーシート』飴屋法水(白水社)
東日本大震災に見舞われた10人の高校生たちが生存確認の声を反響させていく表題作のほか、ポストドラマ時代のドキュメンタリー児童劇『「教室」』を併録。第58回岸田國士戯曲賞受賞作品。
49.『記憶/物語』岡真理(岩波書店)
ある出来事──特に暴力的な体験をことばで語ることは果たして可能だろうか。もし不可能なら、その者の死とともにその出来事は起こらなかったものとして歴史の闇に葬られてしまうだろう。記憶が人間の死を越えて生き延びるためのことばは、どこにあるのか。
50.『なぜ戦争をえがくのか:戦争を知らない表現者たちの歴史実践』大川史織・編(みずき書林)
当時を知る人の数が年々少なくなりつつあるなかで、「戦争記憶を継承する」とはどういうことなのか。VR・ARから漫画まで、多彩な表現で歴史に向き合う10組のアーティストたちにインタビューし、その動機、表現の方法、継承のあり方を探る。
51.『火の記憶(1・2・3)』エドゥアルド・ガレアーノ(飯島みどり・訳/みすず書房)
ウルグアイの作家ガレアーノによる大著。インディオの創世神話集をはじめとして人々の足跡を縦横無尽に辿り直し、語り起こされるラテンアメリカ形成の歴史。小説、随想、叙事詩、証言、年代記のジャンルを超え、数かぎりない略奪と虐殺、富の移動と権力闘争を描く。
52.『フェイク・スペクトラム:文学における〈嘘〉の諸相』納富信留、明星聖子・編(勉誠出版)
「嘘も方便」というように、社会における嘘、偽り、騙し、騙りは多義的な面をもち合わせている。「フェイクする存在」としての人間が活写されている古今東西の文学11つの事例を考察することにより、「フェイク」という問題の多面性と本質を浮かび上がらせる。
53.『フィクションの中の記憶喪失』小田中章浩(世界思想社)
小説、演劇、映画、漫画、アニメ、コンピューターゲームなどに現れる記憶喪失。19世紀における登場から、現在生み出される多様な表象文化のなかの記憶喪失モチーフの展開と機能を扱った、類を見ない斬新なフィクション論。
記憶の哲学
記憶をめぐる問いを掘り下げることは、この世界の深淵へと下りていくことを意味する。先人たちが覗き込んだ、その深淵を覗いてみる。
(左から)60.『〈私〉記から超〈私〉記へ:ベンヤミン・コレクション 7』、62.『新たなる傷つきし者:フロイトから神経学へ 現代の心的外傷を考える』、65.『何も共有していない者たちの共同体』
54.『記憶への旅:ベンヤミン・コレクション3』ヴァルター・ベンヤミン(浅井健二郎・編訳、久保哲司・訳/ちくま学芸文庫)
現実と幻想、経験と夢、現在と過去のはざまに漂っている想いの断片が思考の運動を開始させる。私的な記憶が歴史の記憶とせめぎあいつつ出会う場所へ、ベンヤミンが読者をいざなう。新編・新訳のアンソロジー、第3集完結編。
55.『トポフィリア:人間と環境』イーフー・トゥアン(小野有五、阿部一・訳/ちくま学芸文庫)
人間はなぜ眺望に魅了されるのか。なぜ故郷に愛着をもつのか。トポフィリア=場所愛をキーワードに人間の環境への認識・価値観を探究する。建築・都市計画・自然・環境論に関心をもつすべての人にとって必読の書。
56.『精神の生態学へ(上・中・下)』グレゴリー・ベイトソン(佐藤良明・訳/岩波文庫)
科学と哲学をつなぐ基底的な知の探究を続けたベイトソンの集大成。上巻は頭をほぐす父娘の対話から、分裂生成とプラトーの概念まで。中巻はコミュニケーションと精神病、ダブルバインド理論など。下巻では進化論・情報理論・エコロジー篇を提示する。
57.『〈新装版〉老い(上・下)』シモーヌ・ド・ボーヴォワール(朝吹三吉・訳/人文書院)
老いは不意に我々を捉え、何人もこの人生の失墜をまぬがれることはできない。老いという人生の最後の時期に我々はいかなる者となるのか。人間存在の真の意味を示す「老い」を生物学的、歴史的、哲学的、社会的、その他あらゆる角度から徹底考察。
58.『〈個〉の誕生:キリスト教教理をつくった人びと』坂口ふみ(岩波現代文庫)
イエスの隣人愛の思想が、その死後ギリシア・ローマによって教義化されていく過程で、新たな存在論がつくり出された。個の「かけがえのなさ」を中心とするこの存在論が、激動の古代末期から中世初期に東地中海世界で形成された次第を描き出す。
59.『未来倫理』戸谷洋志(集英社新書)
現在世代は未来世代に対して倫理的な責任があるのならば、この責任をどのように考え、どのように実践したらよいのか。気候変動、放射性廃棄物の処理、生殖細胞へのゲノム編集など、「テクノロジーと社会」の難問を考えるための倫理。
60.『〈私〉記から超〈私〉記へ:ベンヤミン・コレクション 7』ヴァルター・ベンヤミン(浅井健二郎・編訳、土合文夫ほか・訳/ちくま学芸文庫)
ひとりの思考者の“私”が、もがきながら、超“私”的問題をリトマス試験紙として、位置測定と方向確認を繰り返し試み続ける。20世紀を代表する評論家ベンヤミンの個人史から激動の時代精神を読む。
61.『物質と記憶』アンリ・ベルクソン (講談社学術文庫)
観念論・実在論をともに極論として退け、中間的なものとして「イマージュ」という概念を提唱。精神と物質との交差点として、記憶・想起の検証へと向かっていく。第一級のベルクソン研究者が新たに訳出した、日本語訳の決定版。
62.『新たなる傷つきし者:フロイトから神経学へ 現代の心的外傷を考える』カトリーヌ・マラブー(平野徹・訳/河出書房新社)
アルツハイマー病の患者、戦争の心的外傷被害者、テロ行為の被害者……。過去も幼児期も個人史もない新しい人格が、脳損傷からつくられる可能性を思考。フロイト読解を通して、現代の精神病理学における“性”から“脳”への交代現象の意義を問う。
63.『想起の文化:忘却から対話へ』アライダ・アスマン(安川晴基・訳/岩波書店)
右派台頭と移民社会の到来に揺れるドイツで、ホロコースト犠牲者の追悼をめぐる論争は激しさを増している。想起することへのさまざまな批判や不快感・倦怠感を、記憶文化論の第一人者が徹底的に検証。出自や国境を越えた新たな想起の可能性を問う。
64.『狂気の歴史:古典主義時代における』ミシェル・フーコー(田村俶・訳/新潮社)
長きにわたって社会から排除されてきた狂気を、豊富な例証をもとに探求することでヨーロッパ文明の隠された闇の部分に新たな光をあてる。狂気の復権を提唱し、西洋文明の構造変革をも要求する、フーコー思想の根幹となった画期的な1冊。
65.『何も共有していない者たちの共同体』アルフォンソ・リンギス(野谷啓二・訳/洛北出版)
人種的なつながりも、言語も、宗教も、経済的な利害関係もない他者。しかしわたしたちは死にゆく人を”看取る”行為の必然性を知っている。何も共有するもののない人びとの「死」から、わたしたちの関係性、他者性の認知の必要性を考える。
66.『わが人生の幽霊たち:うつ病、憑在論、失われた未来』マーク・フィッシャー(五井健太郎・訳/ele-king books)
21世紀の終わりなき倦怠感をいかにして打破しようというのか。イギリスの気鋭の現代思想家がポストモダンな時代の孤独や不安を考察し、精神的な病理学と社会の相互関係を説く。
【配信スケジュール】
第1弾:それぞれのフィールドノート:19号特集「フィールドノート 声をきく・書きとめる」より(12/29配信)
第2弾:記憶をめぐる本棚:20号特集「記憶と認知症」より(12/30配信)
第3弾:詩人は翻訳する・編集する・読解する:21号特集「詩のことば」より(12/31配信)
Photo by Hiroyuki Takenouchi
『WORKSIGHT[ワークサイト]20号 記憶と認知症 Memory/Dementia』は、全国書店および各ECサイトで販売中です。書籍の詳細はこちらをご覧ください。
【目次】
◉記憶をめぐる旅の省察
文=山下正太郎(WORKSIGHT編集長)
・ザ・ホーグワイク|認知症居住者が自律協働する「町」
・マフトルド・ヒューバー|ポジティブヘルスという新たな「健康」指標
・エミール|ケアの技法を学生に授けるスタートアップ
・デポ・ボイマンス・ファン・ベーニンゲン|アート・収蔵庫・市民の記憶
・ヴィラージュ・ランデ・アルツハイマー|認知ケアを社会に開くために
・サントル・ド・ジュール・ラダマン|セーヌに浮かぶ開かれたデイケアセンター
◉記憶・知識・位置情報
桑木野幸司・ルネサンス期の「記憶術」が教えること
◉記憶をめぐる本棚
◉内戦の記憶・時空を超える音楽
ベイルートの音楽家・建築史家が描く「ホテルの戦い」
【書籍詳細】
書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]20号 記憶と認知症 Memory/Dementia』
編集:WORKSIGHT編集部
発行日:2023年8月25日(金)
発行:コクヨ
発売:学芸出版社
ISBN:978-4-7615-0926-2
定価:1800円+税