IP先進国とその"消費者"たち:中山淳雄と考えるクリエイターエコノミーの現在地【WORKSIGHT ARCHIVES#10】
隔週木曜日に過去のプリント版『WORKSIGHT』に掲載された必読記事を配信中──。世界中を熱狂させる日本のIP。その背後では、つくり手だけでなく、それに参加し応答するファンによって、コンテンツの価値が更新され続けている。クリエイターと消費者の境界が曖昧になる現代において、〈参加する消費者〉が広げる経済圏を、エンタメ社会学者が分析する。(2025年5月14日発行)
コーチェラ・フェスティバルに出演したKATSEYEのステージ。パフォーマンスの途中、アニメ映画『KPOPガールズ! デーモン・ハンターズ』で声優を務めるEjae、Audrey Nuna、Rei Amiがサプライズ登場。大ヒット曲「Golden」を共に披露した photograph by Christina House / Los Angeles Times via Getty Images
アニメ、マンガからゲーム、アイドルまで、IP大国日本が生み出すコンテンツは、いまなお世界の人びとを魅了している。では、そのIPの価値は、一体誰によって広げられているのだろうか。その背景にあるのは、コンテンツをただ受け取るだけではなく、自らも表現し、新たな価値やコミュニティを生み出す〈参加する消費者〉の台頭だ。
SNSや推し活を通じて、「買う人」から「参加する人」へと移りゆく消費者の姿。クリエイターと消費者の境界が曖昧な現代のエンタメコンテンツについて、2026年3月、代表著作を大幅改訂した『エンタメビジネス全史 第2版:「IP先進国ニッポン」の誕生と変貌』(日経BP)でも反響を呼んでいる中山淳雄氏に語ってもらった。そこから見えてきた、クリエイターエコノミーの現在地と新しい消費のかたちとは。
2025年5月14日発行、プリント版『WORKSIGHT[ワークサイト]27号 消費者とは Are We Consumers?』より転載。
interview by Kohei Hara and WORKSIGHT + INTAGE
text by Kohei Hara
消費者から生まれた新しいクリエイター
YouTuberやVTuber、TikTokerなどを中心に、現在は個人の発信力が強い時代です。彼らは企業に所属することなく、自らのオリジナルコンテンツを発信することで動画広告やグッズ販売、投げ銭によって収入を得ていく。このような個人の創作で収益を得るモデルは、2010年代後半から大きな潮流となりました。
これまでの社会は、〈クリエイター〉を含む生産者と、それを享受する〈消費者〉とが明確に分かれていました。しかしながら、近年のエンターテインメントの世界において、その境目は非常に曖昧になっています。その例として、さまざまな楽曲を題材に「歌ってみた」や「踊ってみた」などの動画をアップする〈リミキサー〉や、「Minecraft」「Fortnite」をはじめとしたゲーム内のマップや建築物をつくる〈ワールドビルダー〉と呼ばれる人たちが挙げられます。こうした人びとは、クリエイターが生み出した音楽、アニメ、ゲームなどといったコンテンツを題材にして、そこから派生するコンテンツを次々に生み出しています。つまり、コンテンツの消費者であり、そのなかで新しいコンテンツを生み出すクリエイターでもあるのです。その両者を行き来する「中間の人びと」が生み出すコンテンツが、2010年代以降に登場したニコニコ動画やYouTube、TikTokといったインターネットメディアを通して、一気に存在感を強めていくことになりました。そうしていつしか、こうした中間にいる人びと自身に新しいファンやユーザーが集まるようになったんです。このような消費者とクリエイターの間を行き来するような人びとによって形成された経済圏が〈クリエイターエコノミー〉と呼ばれています。ここに新しい消費者像を見て取ることもできるのではないでしょうか。コロナ禍によるネットコンテンツ消費の急増によってクリエイターエコノミーはさらに存在感を増しており、ここ2、3年で経済産業省が支援や拡充に乗り出すほどの盛り上がりを見せています。
上:Minecraftのプロ建築集団「Varuna」のタイムラプス作品「The City of Orario」。2026年5月時点で711万回再生を記録している 下:異なるジャンルの曲を融合させる「マッシュアップ」の動画で有名なYouTuber、Bill McClintockの動画。コメント欄では、一部の音楽好きから「マッシュアップ界のGOAT(Greatest of All Time)」と称えられている
誰もがクリエイターになれる時代
モノやサービスを単に消費していた人たちが、自らも創作に参加するようになったのは最近のことなのでしょうか。わたしは、本質的には、人間がもっている自己顕示欲や表現欲がその原点であり時代とは関連が薄いと考えています。重要なのは、そうした「クリエイターになりたい欲」を掬い上げるメディアの存在です。1972年に創刊しいまや有名音楽雑誌である『ロッキング・オン』が一般読者からの投稿雑誌として始まったことを一例として、ラジオや雑誌といったメディアにはこの時代からすでに読者や視聴者が参加できる企画がありました。
クリエイターエコノミーが日本において大きな動きとして広まった契機は、1990年代に双方向性をもったインターネットメディアが登場したことです。それ以前はテレビや本、ビデオ、CDといった商品を日本全国に配信・流通できるのは巨大なインフラを有する限られたマスメディアだけでした。しかし、インターネットの登場によって、コンテンツ流通のコストが激減し、誰もがクリエイターとして発信できるようになったのです。
なかでも、2006年にローンチされた動画配信サービスである「ニコニコ動画」が転換点を生み出しました。マスメディアによるコンテンツを享受する立場だった人たちが、ニコ動を発表の場として、自ら創作を始めるようになったのです。
ニコニコ動画は、2007年に発売されたボーカロイドソフト「初音ミク」を使用したさまざまな楽曲をプロ・アマ問わず多くのユーザーが発表する場として人気を博し、「ボカロP」や「歌い手」と呼ばれる、顔も実名も隠した新たなスタイルの音楽クリエイターたちが輩出しました。そのなかには、現在では世界的に活躍する米津玄師(ボカロPとしての名義はハチ)やYOASOBIのAyase、Adoといったようなクリエイターも含まれています。ニコニコ動画は2015年に登録者のピークを迎え、それ以降はYouTubeやTikTokが新たなクリエイターにとっての中心的な発表の場になっていきます。ここ2、3年は生成AIの登場によって、プロにしかできなかったアニメやアートを制作するような人も増えてきました。発信の機会を与えるメディアが増え、デジタルツールが高精度になることで、さらに参加するハードルが低くなっているのです。
かつてのマスメディアの世界では「素人」でしかなかった人びとが、ある特定のコミュニティではスターのような存在になっていく。マスメディアを介さずにファンコミュニティを形成していき、そうして知名度を得た人が後からマスメディアに取り上げられるという、これまでと逆の状況がすでに常態となっています。
アニメ『チェンソーマン』のオープニング映像。楽曲は米津玄師の「KICK BACK」。原作者の藤本タツキは、後に米津との対談において、かつて彼がボカロPとして発表した代表曲「マトリョシカ」を愛聴していたというエピソードを明かしている
〈参加する消費者〉としての推し活
ここまでは、ただコンテンツを受け取るだけではない、自らも創作に乗り出す新しいクリエイターについて紹介しました。彼らを新しい消費者の形として〈参加する消費者〉と名付けるならば、エンタメの世界ではもうひとつ忘れてはならない〈参加する消費者〉がいます。それは「推し」をもつ人びとです。
特定の人物やコンテンツを応援する推し活は、それ自体が自己表現になっています。推しがいることをSNSで発信したり、イベントやグッズにお金を払ったりすることで、ある種の自己顕示欲のようなものを満たしたり、推しが輝き続けることによる幸せを得たりするのです。
なかにはファンアートや二次創作を制作する人がいるなど、推しが与えてくれるコンテンツを一方的に享受するだけでなく、積極的に参加していくことが自らの価値を高める手段にもなっています。推し活にとって大事なのは消費ではなく、その対象やコンテンツが盛り上がることであり、それによってファン経済圏が広がること。ここには、〈買う〉ではなく〈参加する〉というベクトルの変化があります。
歴史的な観点で言えば、1975年に始まった同人誌マンガの即売会「コミックマーケット」(以下、コミケ)が、参加する消費者としての推しカルチャーの発端のひとつであったと言えると思います。BL(ボーイズラブ)などに代表されるように、クリエイターやマスメディア側からは供給されない何かがユーザーのなかで芽生えたときに、彼らが勝手にその欲望に応えるものをつくり始めるといった流れが生まれたのです。これはある程度の経済的なボリュームがないと顕在化してこないものですが、現在でも「文学フリマ」や「コミティア」といったイベントで見られる現象かと思います。
当時のコミケは市場規模が小さく、あくまでも閉じたファンカルチャーでしかなかった。80年代以降、マンガやゲームといったコンテンツを通してオタク文化が形成されていきますが、供給側が彼らをマーケティングの対象として重要視し始めたのは、2000年代後半になってからでしょう。実際、2000年代前半までは、オタクの経済圏はそこまで大きくなかったのです。しかしながら2010年代後半から現在においては、もはやエンタメコンテンツの拡大において「推し活」とファンは無視できないものになっています。
上:K-POPグループBTSのメンバー、Vの兵役義務からの除隊を心待ちにするファン。2025年6月撮影 photograph by Chung Sung-Jun/Getty Images 下:2024年12月29・30日に開催されたコミックマーケット105の様子。2日間で約30万人を記録 photograph by Zhou You/VCG via Getty Images
〈ユーザー〉は物語を求め続ける
こうした流れのなかで、コンテンツ制作側のビジネスモデルは変化していきます。それまでは、アニメ動画配信にせよオンラインゲームにせよ、「つくり上げたものを配布し、視聴してもらう」という一方向的なモデルが一般的でした。しかし、クリエイターエコノミー時代に求められるのは消費者との双方向性をもち参加をうながすような関わりです。2010年代に入ってから成長産業となったコンテンツに共通しているのは、「ユーザーコミュニティの形成を前提に、コンテンツを生きたものとしてアップデートし続ける」というビジネスモデルでした。1回の音楽ライブや配信で終わるのではなく、数カ月・数週間単位で数珠つなぎに次々とアップデートされ、〈ユーザー〉の需要に応えて物語を提供し続けるサービスへと供給の仕方が変わってきたのです。
ここでは従来的な〈消費者〉とは異なる意味をもつ存在として、あえて〈ユーザー〉ということばを使いました。例えば、2010年代以降におけるAKB48を中心としたアイドル文化にも〈ユーザー〉の概念が当てはまります。CDの売れ行きが下がっていた時代に、その価値を「イベント参加券」や「選抜総選挙の投票券」へと転換することで、アイドル市場は成長し、CDの販売額は上昇していきました。ユーザーはCDを購入することで、アイドルの成長物語に参加する権利を得ることができる。これによってユーザーはアイドルとの関係性をつくり出し、ストーリーに介入するかたちで双方向性を獲得していくのです。
「ユーザーの組織化」は一長一短
博報堂の研究によると、ファンのなかにもいくつかの分類があることがわかってきました(下記投稿の画像1枚目「5群に分かれる推しをもつ生活者の情動原理」参照)。この図ではファンは(コミュニティなど)他者への働きかけが多いか、個人的に思いを深めるのかという観点の「コミュニケーション積極思考」↔「コミュニケーション消極思考」という軸と、推しとの距離感の遠近による「距離思考」↔「肉薄思考」という軸によるポジショニングマップで表現されています。このうち、「コミュニケーション積極思考×肉薄思考」(図の左上)の人びとが全体の2、3割にあたり、「ファンダム」と呼ばれるコミュニティを形成しています。熱心なユーザー同士でつながり、独自の文化や価値観を生み出す集団です。
ファンダムはエンタメのマーケティングにおいても重要な存在で、大きな経済圏を有しています。しかし、ファンダムは組織と同じで、劣化してしまう場面があるとわたしは考えています。その集団性は凝縮度が高いけれど、それゆえに、新しいユーザーを取り込みにくい状況が生まれてしまうことがあるのです。クリエイター側がファンダムを収益源にしている場合は、どんどんカジュアルなファンが肩身の狭い思いをするようになる。そうなってしまうと、一時的な収益だけを見れば成功したと考えられても、10年、20年と継続してユーザーを楽しませ続けることは難しいわけです。
デジタルツールが浸透したことでファンダムは形成されやすくなりましたが、ユーザーの熱量をうまく調整し、新しい参加者を適度に優遇しながら取り込むことが、推し活に取り組む〈参加する消費者〉を満足させ続けるための鍵だと思います。
消費者の社会参加は続く
ネットメディアの隆盛によって新たに生まれたクリエイターと推し活文化を通して、ただサービスを享受するだけではない現代の〈参加する消費者〉について語ってきました。
消費者が参加を求めるようになったのは、社交活動の一環でもあると思うんです。1980年代はスポーツやテレビ、アパレルにおいて流行を追いかけることが、仲間内でのコミュニケーションを円滑にする手段になっていた。特定の野球チームを応援したり、トレンドのファッションを身に纏ったりすることで、彼らは社会に参加していたんです。現在ではその社会参加の材料が、オタク系コンテンツと呼ばれるアニメやマンガ、ゲーム、アイドルに置き換わったのだと推測します。
多くの人が共通して話題にできる社会参加の材料は、2、30年ごとに入れ替わっていくかもしれない。そう考えると、〈参加する消費者〉は今後も生き続けると同時に、時代によって対象となるコンテンツは変化していくことでしょう。
2026年4月、メキシコシティで開催されたラテンアメリカ最大級のポップカルチャー展示会「CCXP Mexico 2026」 photograph by Angel Delgado/Getty Images for Disney
*『WORKSIGHT[ワークサイト]27号 消費者とは Are We Consumers?』(2025年5月14日発行)より転載
【WORKSIGHT SURVEY #61】
Q:自分の消費には「クリエイター」的な側面があると思う?
SNSでの発信や推し活を通じて、自らも新たな価値を生み出す〈参加する消費者〉。「買う人」から「参加する人」へと変わり始めるなか、現代の消費者とクリエイターの境界はますます曖昧になりつつあります。あなたは、自分の消費に「クリエイター」的な側面があると感じますか? そう感じる方は、どんなときにそう思うのか。そう感じない方は、なぜそう考えるのか。みなさんのご意見をぜひお聞かせください。
【WORKSIGHT SURVEY #59】アンケート結果
掘る・潜る・探る:スノヘッタが考える図書館の体験設計の新基準(4月30日配信)
Q:図書館の役割は時代に合わせて進化していくべき?
【はい】本の価値は時代とともに変化している。その変化によって本を保管する図書館も役割を変化せざるを得ないと考えている。
【はい】図書館でもっと美術館のようにテーマに沿った企画展を開催して、体系的に本を硬軟あわせて紹介してほしいと思う。いまならAIで本の紹介映像なんかも容易につくれそうだし、図書館司書も図書館に行く人もより楽しくなるのではないかと思う。
【はい】進化ということばは適切ではなく、変化していくべき。
【いいえ】図書館の役割は普遍的。変わるのは役割ではなく手法や手段。そこは見失ってはならないと思う。
『WORKSIGHT[ワークサイト]27号 消費者とは Are We Consumers?』
photograph by Hironori Kim
消費者という存在は、歴史のなかでいかに形づくられ、現代においてどのような意味合いを帯びているのか。今号では、マーケティングリサーチ分野においてアジア全域で確固たる実績をもつ老舗企業・インテージを共同編集として迎え、消費の現在地を見つめ直す。
◉巻頭座談会 消費者がわからない
対談:野田淳(インテージ)× 山下正太郎(本誌編集長)
◉消費者とは誰か
満薗勇とたどる「消費者・生活者・お客様」の変遷
◉調査という罠
ラザースフェルドが社会調査に残した問い
◉あなたは消費者?
インテージ × WORKSIGHTによる大規模アンケート調査
アンケート調査を終えて「自己像、その理想と現実」
◉消費者がクリエイターになる
クリエイターエコノミー/ファンダム、参加する消費者の時代
◉レコードを万引きする
若者はいつから「消費者」なのか
◉パルコと山口はるみの時代
消費文化の到来を告げたHarumi Gals
Harumi Galsというオキシモロン
◉まちの診断術
北沢恒彦と住民が「テクった」京都の商店街
◉コンシューマーズ・ブックガイド
消費する我々の痕跡をたどる
◉世代、あるいは生産と消費が分離した世界のゆくえ
ティム・インゴルドは語る
書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]27号 消費者とは Are We Consumers?』
編集:WORKSIGHT編集部(ヨコク研究所+黒鳥社)
ISBN:978-4-7615-0934-7
アートディレクション:藤田裕美(FUJITA LLC)
発行日:2025年5月14日(水)
発行:コクヨ株式会社
発売:株式会社学芸出版社
判型:A5変型/128頁
定価:1800円+税










