採集と印刷:デザイナー𠮷田勝信が考える「新しい工業」
これまでとは異なる視点から「工業」のフレームや発展を考えることで、何か面白いものが立ち現れてくるかもしれない──実装段階へ入ったという、𠮷勝制作所によるインクの研究開発プロジェクト「Foraged Colors」について、採集者/グラフィックデザイナーの𠮷田勝信さんに尋ねた。
山形県大江町を拠点に、風土や民俗と産業を連続的なものとするために、採集・デザイン・超特殊印刷を主な領域として「物のつくり方をデザイン」してきた𠮷勝制作所。同所は2020年より、海や山で採集したものからインクを開発し、現代社会に実装することを目的としたプロジェクト「Foraged Colors」を展開している。
同プロジェクトではこれまでに、色のもととなる「顔料」、顔料を定着させる「メディウム」といった、インクをつくるために必要な材料の開発に成功。その軌跡と、仙台市民とともに採集物からつくった「仙台の色」を紹介する場として、今年3月には展覧会「Exhibition_ Foraged Colors 2023―持続可能な顔料とメディウムの開発/海でみつけた仙台の色」を開催した。
開催前の2月のある日、展覧会の案内とともに、代表の𠮷田勝信さんから手紙が届いた。そこには、開発を進めてきたインクを社会へデビューさせたいという思いとともに、「ようやく『インクメーカーとしてやってもよいかな』と踏ん切りがついた」という鮮やかな決意が語られていた。
WORKSIGHTは𠮷田さんにコンタクトをとり、プロジェクトの背景や現在地、デザイナーへの道のりや幼少期の原体験、技術よりも重視するという「運用思想」の問題などについて、じっくりとインタビューした。
interview & text by Kei Wakabayashi
photographs courtesy of Katsunobu Yoshida
𠮷田勝信|Katsunobu Yoshida 採集者・デザイナー・プリンター。山形県を拠点にフィールドワークやプロトタイピングを取り入れた制作を行う。近年の事例に、海や山から採集した素材で「色」をつくり、現代社会に実装することを目的とした開発研究「Foraged Colors」や超特殊印刷がある。趣味はキノコの採集および同定。https://www.ysdktnb.com
「草木染め」が選ばなかった道
──𠮷田さんは過去に「コクヨ野外学習センター」のポッドキャストにご出演いただいたほか、2022年10月24日配信のニュースレターやプリント版『WORKSIGHT[ワークサイト]23号 料理と場所 Plates & Places』に寄稿していただいたり、ヨコク研究所のプロジェクト「GRASP」に参加していただいたりと縁が深いのですが、𠮷田さんの活動の本丸と言ってもいい「Foraged Colors」について取り上げる機会がなかったので、今回はそれについてお話を聞けたらと思っています。
よろしくお願いします。
──「Foraged Colors」は「色の地産地消」を標語として掲げたユニークなプロジェクトですが、基本的には、採集してきた天然素材を顔料にして、印刷機で印刷しようという試みですよね。
そうですね。
──天然素材を使って着色する「草木染め」は広く知られていますが、𠮷田さんは、その技術を現状の印刷産業のインフラストラクチャーのなかに潜り込ませようとしているのがユニークな点だと思っています。そもそもこのプロジェクトがどのように始まったのか、聞かせていただいていいですか?
わたしの母がテキスタイルの染織をやっていまして、まさに草木染めや機織りを仕事としているのですが、この何年間かずっとその仕事を手伝ってきたんです。高齢になり重い布を絞るのがしんどくなってきて、大きな作品を制作するにも人手が必要になってきました。それを手伝うなかで、少しずつ草木染めの技術を学ぶようになったのが始まりです。
母は基本的に布や糸といった繊維を染めるのですが、植物繊維も染めているので、それなら紙に着色することもできるのではと思い、試し始めました。最初は山形にある紙漉きの工房で漉いている和紙を、布みたいに染め液に浸してみたのですが、一般の工業用紙より強いとはいえやはりボロボロになってしまう。繊維のように直接水に浸けてしまうと弱くなるので、そこから紙への色の定着のさせ方をもう少し考えてみようと、母と議論しながら試行錯誤を繰り返しました。
──なるほど。
そんなことを2〜3年やっているうちに、染液というのは色素が水中に分散している状態だから、それを顔料・色素と水とに分離できたらもっと発色がよくなるし、紙全体を浸さなくてもいいのではないかと思い至ったわけです。要は「捺染」(なっせん)の技法の延長で考えるといいのではないかということです。
──なっせん?
シルクスクリーン印刷みたいなものです。型紙があって、染め付けたい部分だけ穴を空けて、そこに染料をベタッと塗る手法です。草木染めの世界にも印刷に近い技法があり、歴史も古いんです。有名どころでいうと、芹沢銈介さんの紅型の作品がこの技法ですね。
──なるほど。
このやり方だったら結構強い色が出るんです。そこからこの技法を深掘りしてみることになり、顔料化の技術を1年ほどかけてリサーチしました。草木染めでは、ひとつの液でたくさんの布を染めたり、そもそも染液づくりに失敗したりすると何らかが反応し、液中の色素が沈殿してしまうことがあるという話を聞きました。この話は、つまり現代の草木染めは色素が沈殿しないように体系化された技術だと解釈できます。同時に、草木染めでは使い物にならない沈殿した色素って顔料ってことじゃないのか? というヒントをくれることになりました。「草木染めが選ばなかった道筋で技術を体系化すると顔料製造の道に合流しそうだぞ」と。そのなかでひとつ重要だったのは、草木染めはさまざまな色を出すときに金属イオンを扱うのですが、なるべく重金属系の金属を使わずにいかにして顔料をつくることができるのか、ということでした。
加えて、リサーチを重ねていくなかで自分のモチベーションになっていたのは、母が培ってきた草木染めの技術を、自分のフィールドであるグラフィックデザインの領域、より正確にいうとそれを下支えしている印刷技術へとつなげることができるのではないかという目論見でした。その道筋が見えてくることで、草木染めという「手仕事」を産業と結びつけることができますし、そうすると射程距離がかなり伸びるだろうという感覚がありました。
──それは最初から意図していたことではない?
始めたときはそこまで行けると思っていませんでした。最初は単純に「紙に色付けをしたい」くらいの欲求でしたが、染料を使って染めるのではなくて顔料にするという道筋が見えてきたところで、「これはもしかしたらシルクスクリーン印刷のようなことができるということか?」と思い始め、さらに「それを高度化して印刷技術にも応用できたら量産性が生まれ、自分以外でも使える技術になるんじゃないか?」と思ったらワクワクしてきちゃったんです。あと、もうひとつずっと念頭にあったのは、母の仕事をどうやって承継するのかということで、そこはかなり個人的な動機です。
──承継は、重要なミッションのひとつだったんですね。
ミッションというほどでもないですが、母は母でずっと自己探求しながら制作をしてきたので、それが途絶えるのはもったいないという思いがあったんです。とはいえ、自分が染織家になって母の技術をそっくりそのまま引き継ぐわけにもいきませんので、何かうまいかたちで関わりをつくることで、自分がその一部を引き継ぐことができないか、そのやり方を探っていたんです。
採集と印刷_01。「Foraged Colors」は採集した植物から印刷用の顔料をつくり出すプロジェクト
修理と地図
──𠮷田さんがデザイナーになったのは、そもそもどういう経緯からなんでしたっけ?
デザイナーになったのはたまたまですね。芸術系の大学に入学したら、パソコンを購入するのが必須で、しかもクリエイティブアプリケーションをインストールしたものを買わなければならなかったので、それを触ってみたら、単純に面白かったというだけなんです。
──もともとは何がしたくて芸術系の大学に行ったんですか?
大学は、美術史系の保存修復が専門なんです。
──ああ、そうなんですね。
仏像や絵画などの修復を勉強していました。なので、過去の美術作品がどう色付けされていたのか、その素材や技法に興味があるんです。それに、子どもの頃からつくるより直すほうが面白かったんですよね。例えば、家で急須が割れたら、それを接着剤でくっつけてみるというようなことをやっていました。接着剤を使うとちょっと飲むのに抵抗があるから、他に接着させるやり方がないのかな、とか。
──小学生の頃の話?
そうですね。もしかしたらもっと前かもしれないです。原体験に近いのは、奄美大島に住んでいた頃に家の近くに神社がありまして、そこで焚き火があると、近くで取れた粘土質の土を火のなかに放り投げてみたことです。火に入れたら土が固まった、という体験ですね。
──すごいな。
で、今度はそれに油性マジックで絵を描いて放り込んだらどうなるかを試したりしていました。油分が飛んで顔料が定着するのですが、それが楽しくて。あるいは、焼いている途中で割れてしまったものが、どうやれば直るのかをひとりで実験していた時期もありました。水につけて直そうとしても直らないので。器をつくることよりも、焼いて壊れたものをどう直すかのほうが面白かったんですね。
──その感覚はいまの仕事ともつながっていそうですね。
わりとそのままですね。つくるよりも直すほうが面白そうだという感覚はいまも強いです。
──とはいえ、デザイナーになったのはどうしてなんですか?
パソコンでクリエイティブアプリケーションをいじっていたら、友人から展覧会のグラフィックワークや、イベントのチラシの制作を頼まれるようになっていったんですが、自分がデザインというものの面白さを感じるようになったのは、実は地図の制作なんです。
──地図?
地図って、情報をどう的確に取捨選択するかが大事ですし、その選択に基づいて人が実際に動くことになるわけですよね。それが面白いな、と。それまで自分も美術の文脈でいう「作品」をつくっていて、自分なりに伝えたいこともあったのですが、コンセプトを伝えようといくらがんばっても、まず人に届かなかったんですよね。そんなことにもやもやしているなか、地図をつくっていたら、地図のほうが端的に人の行動に直結していて、伝わる感覚があったんです。
というのも、地図はつくり手とユーザーの目的が一致していますし、そこでの情報の伝わり方が面白いんですよね。それで、もしかしたら自分はデザインのほうが性に合ってるのかもしれないと思うようになったんです。それを「デザイン」というかはわからないのですが、アートワークよりは地図をつくっているほうが楽しいな、と。そうやって地図だけでなく、地図の周りの文字組みやレイアウトもやっていったら、徐々に仕事になっていったという感じなんです。それと、デザインと並行して、友人たちと八百屋さんもやってました。
──八百屋?
学生時代にやっていた事業ですが、その八百屋さんを媒介として、農家のおじちゃんなどの大学の外側の世界とつながることで、デザインの仕事も増えていきました。取引先の農家の方に「名刺つくってくれない?」と頼まれたりして。さらに、その八百屋を発展させてカフェの経営もやっていたんですよね。
デザインの「フレーム」をいじる
──面白いですね。地図の話も八百屋さんの話もそうなのかもしれませんが、美的なものとしてのデザインというよりも、それを通して人の行動が促されたり、物事の関係性が規定され直したり、そうしたメディア性=媒介性に一貫して興味がおありなのかなと思えますが、どうでしょう。
たしかにそうですね。デザインの出目というか見た目よりも、そこにどのように人が関わるのか、関わり方やその範囲、順番といったことに興味があります。そういう意味で、自分にとってのデザインはあくまでも「媒介」や「結果」いう感覚は強いかもしれません。
山形のローステリア(コーヒー豆焙煎所)で「IsKoffee」という店がありまして、もう10年ぐらいの付き合いなのですが、その店のパッケージのデザインはまさに出目をデザインするのではなく、仕組みをデザインするのに近いもので、自分としても気に入っている仕事です。
──どういうデザインなんですか?
焙煎したコーヒー豆の販売用のパッケージのデザインを依頼されて、一度は普通にデザインして、かっちりしたものを納めたのですが、この評判がいまひとつだったんです(笑)。それまでのパッケージはオーナーの手描きだったのですが、お店のファンから、ちゃんとしたパッケージになり嬉しい反面、よそよそしくなってしまって寂しいという声が上がったんです。
──インディのバンドがメジャーレーベルに行っちゃったみたいな感じですよね。
まさにそうです。かつ、ちゃんとしたパッケージだと捨てづらいみたいな声もあったんですよね。さらにお店の要望としては、実験的に豆を煎っておいしいのができたら、その場ですぐパッと売りたいといったこともあったんです。
そうした諸々を考えると、一般的なパッケージデザインの製作工程、つまり、できたばかりの豆のブレンドに名前をつけて、それをデザインして、印刷に回すといったサイクルではうまくはまりませんし、お客さんの要望と照らし合わせても、そのやり方では満足度も上がらないわけです。
そこで、やはりスタッフの手描きに戻そうという話になりまして、手描きなんだけどちゃんとレイアウトはされていて、ひとつひとつの商品の違いもちゃんとわかるようなデザインシステムをデザインする方向に変わっていきました。
それで何をつくったかといえば、模様を描く部分だけ切り窓をつけた、包装資材と同じ大きさの硬い厚紙です。言うなれば「治具」(じぐ:部品を位置決めし、固定して作業を行うための作業工具を指す)ですね。さらに、即興的に生まれた商品をどう表現するかについて、簡単なワークショップも行いました。エスプレッソローストだったらちょっと苦くてビターだからギザギザ、浅煎りのブレンドだったら軽やかな風味だからクルクルの模様にしよう、といったことを試運転的にやってみたんです。
──いまのお話は、とても現代的な話ですよね。デジタル化が進んだことで、お客さんとの距離が縮まり、高速でフィードバックが返ってきて、それに対する企業側の応答速度が問題になってくる状況になればなるほど、これまでの商品開発の工程とスケジュール感ではまったく応対できなくなりますよね。とはいえ、都度ランダムに応答してしまうと企業やブランドとしての一貫性は損なわれかねません。近さや応答性、即興性をもちながら、同時に一貫性も担保しなければならないという課題は、多くのビジネスが抱えていると思いますし、デザイナーの仕事もそうした領域に向けて広がっている印象です。
いわゆるデザインシステムをつくるような仕事は、いまお話ししたもの以外にも何件かありましたが、自分自身も面白いと感じたんです。いままでパッケージデザインなんかやったことのない、もしくは自前でつくっていたクライアントが、デザイン的な論理のもと自分たちの手で何かをつくっていくことになるわけで、実際やっていくほどにデザインに対する解像度も上がっていくんですね。
そうしたプロセスそのものをデザインしていく作業はとても面白いのですが、その面白さのひとつは、お店の「運用」という部分にも関わるところが多いからなのではないかと思っています。また、こうした運用のデザインは、商品パッケージをつくったという以上に、それが出来上がってくる製造工程自体に関与することでもあると感じます。実際、ものが出来上がっていくプロセスを規定している、そのフレーム自体に触れているという実感が、そこにはあるんですね。
それは「Foraged Colors」でも同様で、グラフィックデザイナーは一般的には出目のところをつくっていると思われていますが、それも結局のところ、印刷技術というインフラによってフレームが規定されていたわけで、人間は、要は何かを代入しているだけなんですよね。
IsKoffeeでの仕事ではそのフレームをいじってみたわけですが、それをもう少し産業的な部分にまで視野を広げていじることができないかと考えたのが「Foraged Colors」ということになります。つまり、このふたつは、スケールに大小はありますが、やっていることの考え方はほぼ一緒なんです。そして、そのスコープをどんどん広げていくと、おそらく社会をつくり上げているさまざまなフレームも、同じようにいじることができるのではないかと考えています。
──デザイナーは、製造過程のいわば上流にいるという意味では、インフラを自在に使いこなす側ですが、別の言い方をすると、インフラによってやれることを規定されているという意味では、インフラに使われている側とも言えますよね。
そうなんです。製造機械が決定している要件や、それこそ物流の仕組みによって決定されている要件を自分は面白いと思っています。そうしたインフラみたいな大きなフレームを大幅に改変しなくても、フレームのありようを意識しながら、そこに代入していくものを変えるだけで結果として社会に立ち現れるものが変わっていくだろう、というのが自分の実感です。
「Foraged Colors」についていえば、印刷用のインクというもの自体の成り立ち方をちょこっと変えて、印刷のフレームである工業用印刷機に流してみるだけで、刷り上がった見た目だけでなく、いろんなところで弾き出される結果が変わってくるのではないかと思ってやっています。
採集と印刷_02/03。採集した色を工業化しつつ脱工業化するという難題。試行錯誤が続く
「運用思想」の問題
──「Foraged Colors」では草木に限らず、例えば鉱物のようなものも含めて、ありとあらゆる採集物を顔料にしてしまうことを目論んでいるんですよね?
そうですね。顔料製造については研究している領域が大きくふたつあります。ひとつは、母と一緒にやっている草木染めの技術を応用して植物由来の染料を顔料化し、それをインクに仕立てるということ。もうひとつは、どんなマテリアルでもいいので、とにかくひたすら細かくする研究で、そうやって細かくできてしまうと、目の前にあるすべての物質をほとんど何でも顔料にすることができます。
──それ、ヤバイですね。実際に顔料になります?
なります。いま(取材時)、オンラインで話すために使っているヘッドホンでもいけるはずです。本当に何でも顔料になるんです。あとは、定着用の糊にあたるメディウムを、水性でやるか油性でやるかといったいくつかの要素のコンビネーションで印刷の可否が決定されます。
──実際に採集した顔料を印刷機にかけたりしているんですか?
ようやくそれができるようになった段階でして、現状だと活版印刷機を使った試作品はかなり精度が上がってきています。単色の写真や500部くらいの印刷であれば実装段階です。活版印刷機は、機械自体がかなりシンプルで、機械に余白があるからすごくやりやすいんです。
──以前𠮷田さんは、産業機械は100%の再現性を求めて改善を重ねてきたけれど、「Foraged Colors」では、100%の再現性を、例えば70〜80%にまであえて下げることを目指していると言っていましたよね。
それはずっと意識しています。近年「マス・カスタマイゼーション」(「マスプロダクション(大量生産)」と「カスタマイゼーション(受注生産)」の両方のメリットをあわせもつ生産方式)が注目されていますが、カスタマイゼーションは、もちろん100%の再現性のなかで出目をバラけさせて実現することもできますが、一方で、再現性を落としてしまえばバラつきますので、結果としては同じことじゃん、と思ったりしています。
この話は、自分のなかでは先ほどお話しした「運用」に関わっていまして、最近は、「運用思想」というものが技術を扱う上で重要なんじゃないかと考え始めています。
──どういうことでしょう?
技術というのは、それ自体がどんなに高度なものであっても、運用レベルにおいて実はかなり余白があるはずなんです。で、技術の使い方は、ほとんどがその運用レベルにおいて決定されているように感じるのですが、そうだとすると、技術自体を「どう運用するか」という運用思想が、実際は技術のあり方を規定することになるのではないかと。
──「ソーシャルメディアが問題だ」といったことが言われると、必ずその技術特性が問題にされますが、実際問題なのは、それを動かすときに、人や社会が意識的/無意識的に作動させている「運用思想」のほうだ、ということですね。
まさにそうです。使い方のリテラシー、つまり運用思想がある程度揃っている段階ではうまく回っていたものが、そこにいろんな人が入ってくるようになると、最初に想像された運用のイメージが壊れていきますよね。
同じことは「Foraged Colors」でも言えるような気はしていて、いまは「色の地産地消」といった耳当たりのいいコンセプトを打ち出していますが、ここに汎用性が出てきてしまうと、いま自分がイメージしているものとは必ずしも一致しない使われ方も出てくるだろうと思っています。
採集と印刷_04。採集した色を紙の上に定着させる
ひとりサピエンス全史
──実際、この「Foraged Colors」のアイデアを広めていくにあたって、どんなイメージをもっているんですか?
現行のインクメーカーにおいて、メディウムの一部を大豆などの植物の油から製造している事例はありますが、顔料を改変した事例はなかなか見つけることができません。そういった状況を鑑みると、インク産業のさらに奥に顔料産業があるのでしょう。インクという印刷の「部分」ですら製造プロセスを一望するのは難しい状態です。
そうした大きなブラックボックスでも、それを小さくすることで誰でも蓋を開けられるようになるのではないかと考え、身の回りの環境から色を採り出して自分たちで色をつくり、それで実際に印刷物や壁紙をつくれますよ、というアイデアから「色の地産地消」というような言い方をしています。その意味では、本当は技術自体をクリエイティブコモンズみたくオープンにして、誰でも扱えるようなものにできたらいいのかもしれません。
とはいえ、オープン化をどんどん推し進めて、いたるところで地産地消が起きると、その過程できっと技術自体が肥大し変形していくと思いますし、自分が考えもしなかった使い方をする人が現れることも想定されます。そうなると、やはり自分が使い方をある程度決めておくことが重要だと感じることもあります。ここは難しいところです。
例えば、いまは顔料製造の過程で食品添加物を使っていますが、これではなく銅やクロムといった重金属でも反応すると思いますし、さまざまな金属を使うことでひとつの植物から採れる色が変わるという可能性もあります。
草木染めではむしろそちらのほうが一般的なのですが、そちらを使う人が出てくるとすると、自分としては元の木阿弥だなという感じもあります。それを使った瞬間、産業廃棄物処理のインフラ整備が必要になりますし、そのまま流せば公害問題につながりかねませんので、結局のところ産業社会が抱えていた問題に再び逢着してしまうという。
──近代化のプロセスのなかで起きた問題を、ただ再演するだけになってしまうと。
そうなんです。「2周目の近代」は、それはそれで面白いのかもしれませんが、自分にとって大事なのは、これまでの産業社会がたどってきたものとは違う道筋を描くことです。そうするとやはり大事なのは運用思想で、それも属人的なやり方ではない、これまでとはちょっと違った技術の取り扱い方ができないものかと考えているところです。余白や隙間は多いのだけれど、中枢にある運用思想には介入できず、むしろ「技術に使われる」みたいな状況をつくれないかと思っています。
──言ってみればアーキテクチャによるガバナンスってことですよね。何か具体的な方策は思いついているんですか?
まだそこまで行っていないのですが、これは今後真剣に考えたい問題です。実験や研究が前に進むと、自ずと技術やフレームの解像度が上がるので、きっと解答が見えてくると思います。
これはいまの話と関係があるかわかりませんが、「Foraged Colors」の、植物から顔料をつくるというやり方をちょっと視点を変えて見直すと、「顔料製造を農業として考える」という道筋もあるのかな、と思ったりもします。
──ああ、面白い。
これは、自分もちょっと面白いかなと思っています。「色を栽培する」といった考え方で顔料製造を捉え、庭みたいな菜園に色を採るための植物を植えて育てることができたら面白いじゃないですか。「印刷するなら、自分で原料を育てないとダメですよ」となったら、それはそれでちょっと面白くないですか。
──出版社が自社でつくる本の紙やインクを自分たちで育てると。それはラジカルですね。
採集というのは、個人が担げる量や、山の生態系をいかに知っているかといったことに影響されます。染材を採集しながらキノコが採れたりするので、そこに自由はあるのですが、やっぱり量産が進むと楽をしたくなるだろうな、とも思います。そうしたときに、これまでの人類史とは異なる視点から「工業」にいたる道筋を捉え直すことができたら、面白いことになる気がするんですよね。
──狩猟採集民の𠮷田さんが農耕定住民になって、そこから産業革命を起こしていく、と。「ひとりサピエンス全史」ですね(笑)。
気分的には、ほんとにそんな感じなんですよ(笑)。
次週5月14日のニュースレターは、毎号1つのストリートに焦点を当て、その場所での生活や歴史を紐解くドイツの雑誌『Flaneur』をフィーチャー。その立て付けや制作プロセス、ストリートに着目する意義を、編集長のグラシナ・ガーベルマン氏に尋ねます。お楽しみに!
【新刊案内】
書籍『WORKSIGHT[ワークサイト]23号 料理と場所 Plates & Places』
どんなにグローバリゼーションが進もうと、料理は「その時/その場所」でしか味わえない。どんなに世界が情報化されようと、「食べること」はバーチャル化できない。料理を味わうという体験は、いつだってローカルでフィジカルだ。歴史化されぬまま日々更新されていく「その時/その場所」の営みを、23の断章から掘り起こす。WORKSIGHT史上、最もお腹がすく特集。
◉エッセイ
#1「サフラジストの台所」山下正太郎
#2「縁側にて」関口涼子
#3「バーガー進化論」ジェイ・リー/ブルックス・ヘッドリー
#4「ハイジのスープ」イスクラ
#5「素晴らしき早餐」門司紀子
#6「トリパス公園の誘惑」岩間香純
#7「パレスチナ、大地の味」サミ・タミミ
#8「砂漠のワイルドスタイル」鷹鳥屋明
#9「ふたりの脱北者」周永河
#10「マニプールの豚」佐々木美佳
#11「ディストピアの味わい」The Water Museum
#12「塀の中の懲りないレシピ」シューリ・ング
#13「慎んで祖業を墜すことなかれ」矢代真也
#14「アジアンサイケ空想」Ardneks
#15「アメイジング・オリエンタル」Go Kurosawa
#16「旅のルーティン」合田真
#17「タコスと経営」溝渕由樹
#18「摩天楼ジャパレス戦記」佐久間裕美子
#19「石炭を舐める」吉田勝信
#20「パーシャとナレシュカ」小原一真
#21「エベレストのジャガイモ」古川不可知
#22「火光三昧の現場へ」野平宗弘
#23「収容所とただのピザ」今日マチ子
◉ブックガイド
料理本で旅する 未知の世界へと誘う33 冊のクックブック
◉表紙イラスト
今日マチ子
書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]23号 料理と場所 Plates & Places』
編集:WORKSIGHT編集部(ヨコク研究所+黒鳥社)
ISBN:978-4-7615-0930-9
アートディレクション:藤田裕美
発行日:2024年5月15日(水)
発行:コクヨ
発売:学芸出版社
判型:A5変型/128頁
定価:1800円+税
【編集部からのお知らせ】
Photo by Hironori Kim
本のプロはWORKSIGHTをこう読む:全国の書店から届いた推薦コメントを紹介!
2022年7月のリニューアル以降、「自律協働社会のゆくえ」を考えるメディアとしてさまざまなテーマを取り上げてきたWORKSIGHT。年4回のペースで発行してきたプリント版『WORKSIGHT』は最新号で7冊目を迎えました。
このたび、プリント版を取り扱う書店からのメッセージが到着。”本のプロフェッショナル”である書店員は、WORKSIGHTをどう見ているのか。『WORKSIGHT』の取扱書店リストも同時掲載。最新号のご購入前にぜひご覧ください。
◉メッセージを寄せてくださった書店員の皆様
黒田義隆さん(ON READING)
安樂聡美さん(九大伊都 蔦屋書店)
山下貴史さん(京都大学生活協同組合 ショップルネ)
韓千帆さん(恵文社一乗寺店)
小村美遥さん(SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS本店)
井手ゆみこさん(ジュンク堂書店 池袋本店/人文書担当)
堀部篤史さん(誠光社)
岡田基生さん(代官山 蔦屋書店/人文コンシェルジュ)
篠田宏昭さん(増田書店)
奈良匠さん(まわりみち文庫)
神谷康宏さん(有隣堂 事業開発部 店舗開発課/誠品生活日本橋)