フォレジャーたちの豊かな世界をインスタで巡ろう【𠮷田勝信・選】
この数年、世界中で注目を集める「採集・採餌」(フォレージ)。韓国、アイスランド、ロシア、デンマーク、アゼルバイジャンから日本まで、自給自足、自律共生の新しいあり方を楽しく模索する世界のフォレジャーたち16組。山形のデザイナー兼採集者・𠮷田勝信さんが、それぞれのインスタグラムからそのユニークな活動を読みときます。
selection & text by Katsunobu Yoshida / Ayuko Inaba
「!」の探究者たち
私は山形県を拠点に採集、デザイン、超特殊印刷をしています。デザインについては、コクヨ野外学習センターのポッドキャスト「新・雑貨論」の第6回でお話しさせていただいたこともあります。今回は「採集」についての最近の状況をご報告しようと思います。
グーグル翻訳で「採集」の語を翻訳すると「collection」や「gathering」と訳されます。インスタグラムで「#collection」のタグを検索すると3600万件、「#gathering」ですと385万件ほどがヒットします。似た言葉として「採餌」という言葉を英語翻訳にすると「foraging」と出てきます。同じようにインスタグラムで「forage」系のタグを検索すると「#foraging」の利用数が一番多く、150.3万件ほど見つかります。
この「#foraging」の語は、現在進行形の「-ing」が示すように、目的がはっきりとしているわけではなく「何かないかな?」と藪のなかをガザガザと探しているようなニュアンスがあります。たとえその言語を正確に理解できなくても、それぞれのタグに集まってきた写真を眺めているとなんとなくその言葉の輪郭が見えてきます。「(目的となる)何かを集める」ことが重要なのではなく「探していること」それ自体、もしくは「何かに出会いに行くこと」が意味の大部分を占めるのが、「foraging=採餌」「採集」という行為であるようなのです。
採集という行為をなすにあたって、一番問題になるのは「それは採集できるのかどうか」という問題です。私の場合、主に植物(果実、皮、根、葉、花)やキノコを採集しています。採集する場所は森が多いですが、街なかでも公園でも、採ってもよさそうな場所にピンときたものが生えていれば採集します。
私は、山への入り方(生態系への介入の仕方)を先達に教わりましたが、現在採っている採集物のほとんどは図鑑で覚えました。図鑑にはその生物の特徴が、数枚の写真や絵と文字で説明されています。持ち運び可能な小さな図鑑も発売されていますが、森のなかを歩きながらいちいち図鑑を引いていると日が暮れてしまいますので、ここで重要なのは、図鑑で言語的に描かれた「それ」に、森のなかで「それ」としてピンと来るかどうか、です。ある生物の特徴を、シグナルとして非言語的に察知できるかどうか。つまり、採集物に自分が出会ったことを自分が気づくことができるのかどうかが、「採集」「採餌」の面白味になるというわけです。
いわば「採集」をめぐる知性は非言語的なものだということですが、この知性のありようとインスタグラムは非常に相性が良い気がします。採集者が良い採集物を見つけたとき、誰しもが、間違いなく「!」と言葉にならない声を上げているはずです。インスタグラムには、世界中の採集者が、そうやって「!」と叫んだ瞬間が記録されているというわけですが、そこには同時に、季節、天候、気温、湿度、植生、太陽の向き、地質といった、「!」をもたらした条件=シグナルが1枚1枚の写真のなかに非言語的に保存されてもいます。
採ったものの使い方
採集物は採ったままでは腐っていくだけですので、採集者は採集物を加工する技術を身につけるようになります。たとえ同じものを採集したとしても、それぞれの技術や興味によってその使い方が異なってきます。花粉を採集した場合、私であれば、それをインクとして使いますが、料理人/採餌者であれば、花粉を何かにまぶして天麩羅(フリット)にしたりします。ですから、同じものを採っている人を見つけると、ついついその「使い方」もチェックしてしまいます。
採集をビジネスにしている人はたくさんいますが、「専業の採集家」というのはなんとなくピンときません。そういう人たちは、むしろ道具や料理をつくったりするプロが、その仕事の傍に採集もやっているという印象があります。また、「私は採集に興味はないけど仕事だからしかたなくやっている」という人はほとんどいないのではないかと思います。私はキノコをよく採るので、キノコは買わなくなりました。採集は、技術をもって自然物を人工化するといった営為ですが、それは家庭の食卓といった私的領域から、飲食や工芸といった産業領域まで、広範な領域を下支えするものとして存在していると言えそうです。
ここ5年間ほどインスタグラムで採集者たちの動向を見ていたところ、最初は料理人が自身の足元の海藻やキノコ、山菜や花、実などの食材の採集や食べ方を、郷土料理を再考しながら探究している事例が多く見られました。私が採集を始めたのもこの頃です。そして、次第に樹皮や蔓、土といった道具の素材になるものに目が向けられるようになり、採集物で編組細工を行ったり、粘土が採れる地層を探し陶器をつくったりする人たちが目につくようにもなりました。さらに「色の採集」も盛んに行われるようになり、ヨーロッパ圏では万年筆のインクになることが多いのですが、植物や岩石から草木染めに使う染料、水性のインクがつくられていたりします。
「ものづくり」を再編成する
つい先日、私の義父が地質のフィールドワークへ連れて行ってくれたのですが、面白かったのは、地質探索の経路が、山伏が沢駆けや滝行などを行う修験の道筋と重なっていたことです。実際に、山伏たちが辿ったであろう道筋や聖地の周辺で砂鉄や石炭を採集することができました。日本において山伏たちは、製鉄や火薬製造の技術を自家薬籠中のものにしていたといわれていますが、山伏は中世における先端技術の保持者だっただけでなく、「採集者」としての視点をもち合わせていたようにも思えます。
「ものづくり」は総じて「採集→工芸→工業」といった大まかな流れを辿って発展してきました。現代の科学技術と、その運用思想をもった現代人である私たちがいま一度「採集」に目を向けることが、これまでに歴史が辿ってきた矢印を再度辿り直すということであるならば、その過程において、「工芸」や「工業」の別のかたちやあり方が見いだされることもありうるのかもしれません。
以下に、私が大好きな指折りの採集者たちをご紹介します。自然物や食べ物の採集に限定せずに「!」ときたものを採(撮)っている人たちを、採集者としてピックアップしました。
𠮷田勝信|Katsunobu Yoshida (Instagram:@yoshida.katsunobu)
採集者・デザイナー・プリンター。山形県を拠点に、海や山から採集した素材で「色」をつくり、現代社会に実装することを目的とした開発研究Foraged Colors、および超特殊印刷などを行う。フィールドワークを取り入れた制作のほか、ブランディングやコンセプトメイキング、商品企画、サービス設計などにも携わる。
𠮷田勝信さんが注目する、世界の採集・採餌者たち
1. Behershay (@beherfoodlibrary)|食、発酵(台湾)
台湾の料理研究家。主にアジアの郷土料理や発酵に興味をもちフィールドワークしている。台湾では若い人たちが古い文化を再考している事例が少ないという。日本の田舎で私たちが行っているようなことが不思議だったらしく、2016年頃に台湾から十数人の大所帯で山形まで来てくれた。その際に山へ入り、採集をした仲間。私たちが台湾へ行った際は原住民の昼餐会へ案内してくれた。
2. Yu Sasaki (@avdulyan)|採集(日本)
私のキノコ採集の先輩。彼は採ったキノコをもっていき祖父や祖母にそのキノコの方言名や使い方、保存方法などの話を聞いたりしている。そういった聞き書きを、畑や家事などキノコ以外の生活全般に関して行っている。最近は聞いたことを試してみたくなったらしく、時間が惜しいので、もうすぐインスタグラムの更新をやめるとのこと。
3. EVEY KWONG (@evey___k)|工芸、デザイン、かご(ドイツ)
植物素材を用いた編組、採集、デザインを行っているEvey Kwongさん。このリストに登場する渡部萌さんが「𠮷田さんと同じようにキノコ採集とデザインをやっている人がいるの知っていますか?」と教えてくれた。ヨーロッパらしい森で私と同じようなキノコを採っていた。自身でも手を動かしクラフトワークからものを立ち上げている様子が素晴らしく、ついつい見てしまう。
4. 東医宝鑑アカデミー (@dbacademy.japan)|韓方、民間療法、朝市(韓国)
妻が興味をもっている韓方(韓医薬)の先生、国立釜山大学教授のイ・サンジェ先生が運用するアカウント。韓国に伝わる食治、補養、薬草に関する知恵を探しに、先生がフィールドワークしている韓国各地の朝市の様子が届く。朝市には、バラエティに富んだ薬草が並び、市に出店しているそれぞれの方の工夫や趣向、素材の保存方法やまとめ方、季節によって異なる種類を見ることができる。山形のおじいさんやおばあさんから教えてもらった薬草や、郷土料理に使われる素材を目にすることもできて面白い。
5. Katerina Semeshko (@semesh_ka)|キノコ(ロシア)
ロシアでキノコを採集しているお母さんのアカウント。家族でYouTubeチャンネルをやっており、子どもがポルチーニを探す姿は、私が小さい頃に奄美大島の浅瀬で貝を探すようだった。森は下草が少なくシルバーグリーンの苔が多い。少し寒そうで、羨ましい環境。彼女たちが採っているキノコのなかに山形で私が採っているものがあり、東北からロシアへと続く、北方の道を感じた。
6. Pascal Baudar(@pascalbaudar)|食材、陶芸、発酵(アメリカ)
我が家ではおなじみのパスカル・バウダーさん。インスタグラムのなかにいる採集家で、彼ほど広範に採集し、加工している人はいない。料理やお酒はもちろん、陶器や万年筆のインクなどもつくっている。丸太の芯を焼いて穴を掘り、それを焦げた器とし、そのなかでキムチをつくっていたことがあった。忘れられず、一度食べてみたいと思っているが、そのためには自分でやるしかない。
7. Kitchen Studio Olafur Eliasson (@soe_kitchen)|台所の宇宙(ドイツ)
現代アーティスト、オラファー・エリアソン(Olafur Eliasson)さんのスタジオにある台所。台所にある食材から何を連想するか…...野菜から色を抽出していることなど、私が取り組むプロジェクト(Foraged Colors)にとって刺激となっている。
8. Mi Hyun Ha (@spoken_recipe_hami)|郷土料理、伝承(韓国)
spoken recipeを運営する人のアカウント。私と同じ世代だろうか。先をいく方々から食に関する物語を聞き書きして紡いでいる。彼女が見ている風景と、私が拠点にしている田舎町の風景が似ていたり違っていたりして面白い。
9. Jochieh Huang(@jochieh.huang)|工芸、デザイン(台湾)
台湾のプロダクトデザイナー、Jochieh Huangさん。日々のリサーチやスタディの様子を見ることができ、見ていて心地が良い。最近、日本のプロダクトデザイナーのなかで、自分がデザインしたものを職人につくってもらい、自身で販売する人たちが増えてきた。さらに一歩進み、自分で量産する人も現れるのか。
10. 渡部萌(@moe.watanabe)|採集、編組(日本)
採集物で編組を行っている渡部萌さん。彼女がまだ19歳の頃、公民館の裏山から素材を採集し、プロダクトデザインを行う仕事を手伝ってもらった。現在は、素材の採集や下拵え、編組の構造化と佇まいの決定、そして、その量産をひとりで行っている。出来上がったものはデザイン的で綺麗だ。彼女のようにデザイン的なものを自身で複製・量産する人がクラフト領域には増えてきた。この脈が現代のプロダクトデザイン領域へつながると面白いと思っている。
11. MIRUKASHI salon(@mirukashisalon)|里の暮らし(日本)
アカウントオーナーはアメリカ・ニューイングランド出身。四季の移ろいに寄り添った視点で、旬を楽しみながら日々の暮らしに取り込むヒントを教えてくれる。美しい田園風景、おいしい食事、料理、をテーマにした旅のプログラムなども提案している。
12. Thomas Laursen(@wildfooding)|採集、レストラン理念・経営(デンマーク)
松茸で喜ぶデンマーク人、トーマス・ラウァセン(Thomas Laursen)さんが運営するアカウント。ニュー・ノルディック・キュイジーヌを牽引するレストラン、ノーマのレシピにおける材料の採集を支えている人ともいわれる。日常的に採集を楽しむ彼の視点を感じるのは楽しい。場所は離れているが、季節の雰囲気が私のフィールドと似ていて、どんな採集ができるか天気予報的に見ている。
13. wildpicker(@wildpicker)|採集とごちそう(イギリス)
イギリスの野生食材を専門とするコンサルタントが運用しているアカウント。コンサルタント!? 生涯学習的に教室など運営しているようだ。採集とごちそう。彼らが掲げるテーマは、私の採集テーマとも一致している。
14. Danny Childs(@slowdrinks)|カクテル、物語、採集(アメリカ)
私は、森で出会った香りがする採集物をお酒に漬け込んだり、お茶にしたり、移したりして楽しんでいる。瞬時に消えてしまう儚い香りもあれば、熟成させるほどに花ひらく香りもある。アメリカに住んでいると思われる、Danny Childsさんのアカウントは、いつだって綺麗で、身の回りで採れたものとカクテルを自由に合わせて楽しんでいる。
15. Country life vlog (@country_life_vlog)|里の暮らし(アゼルバイジャン)
里、採集、料理。お母さんが食べる料理はいつもおいしそう。使っている道具も面白くて、そこに注目するのもおすすめ。YouTubeアカウントは何時間でも見ていられる。
16. Noam Preisman / נועם פריסמן(@preismanoam)|食と暮らし(イスラエル)
写真家のNoam Preisman さんのアカウント。言語構造が異なりすぎて自動翻訳を駆使してさえも何を言っているかぜんぜんわからない。だけど、春夏秋冬、おいしそうで楽しそう。日本の四季と採れるものが似ている気がしている。遠い場所の似ていることと違うことを知るのは、とても面白い。
次週11月1日は、「絵文字/emoji」をお題に、ビジュアル言語を研究するアメリカの認知科学者ニール・コーンさんのインタビューから、絵文字によるコミュニケーションの拡張可能性に迫ります。お楽しみに。
『WORKSIGHT 17号 植物倫理 Plants/Ethics』の刊行を記念し、植物と音の交感に耳を澄ませるユニークなオーディオインスタレーション空間が、東京・三田の観葉植物専門店「REN」に10月27日(木)・10月28日(金)の2日間限定で登場します。会期2日目の夜にはトークイベントも。詳細は10月21日配信の特別ニュースレターをご覧ください。