川底のカメと向き合い、見知らぬ誰かとつながる:YouTuberは環境を保全できるか【後編】
琵琶湖でタモ網を片手に、「ガサガサ」と呼ばれる生物採集を行うYouTuber・マーシーさん。チャンネル「マーシーの獲ったり狩ったり」で普段行っている外来種駆除活動に同行させてもらった記事前編を経て、後編では活動のもつ意味へと迫る。人ひとりの手には余る環境を前に、YouTuberは何を考えているのだろう。腰まで水に浸かり、家の裏庭でミシシッピアカミミガメを堆肥にする日々を送りながら──。
YouTubeチャンネル「マーシーの獲ったり狩ったり」で、琵琶湖ガサガサ探検記シリーズの動画を見ていると、おおよそ次のようなステップを踏んでいることがわかる。①特定の場所へ出向き、②水辺でガサガサするなかで特定外来生物を発見し、③偶然にも捕獲した在来種や固有種を紹介、④捕まえた特定外来種と拾ったゴミを報告、といった流れだ。
インタビュー前編では、外来種の捕獲後に動画外で「締めてもち帰る」旨を聞いたが、その後はどうなっているのだろうか。また、年間たくさんの生物を捕獲しているマーシーさんひとりで、それらは「処理」しきれるものなのだろうか。琵琶湖での「ガサガサ」の同行取材を終え、少し遅めの昼食に向かいながら、改めて話を聞いた。
photographs by Naohiro Kurashina
interview and text by Kakeru Asano / Fumihisa Miyata
裏庭を掘り起こせば、カメの甲羅が
川から離れ移動する車中。普段の動画の”その後”、捕まえた外来種の扱いはどうしているのか尋ねると、マーシーさんはフランクにこう答えてくれた。
「これまで捕まえた外来種をいろいろと食べてきましたけど、積極的に食べたいと思えるのはヌートリアやブラックバスくらいですね。本当に美味しいと思えるものだったらいいですけど、正直に言えば、ゲテモノを捕まえるたびに食べられるというタイプでは、私はないですね。普段の食生活は、たぶんチャンネル視聴者さんが思っているよりも普通ですよ」
ウシガエルや魚などは飼育しているペットのエサにすることもあるようだが、それだけでは処理しきれないくらいの量があるはずだ。そんなことを考えるうち、閑静な住宅街にあるマーシーさんの自宅に到着した。
家の外には、家庭菜園がある。釣り具や、水生生物の飼育用桶なども置いてあるが、パッと見はごく一般的な住宅だ。ただ注意深く観察してみると、カメの甲羅や動物の骨のようなものが、チラホラと見えてくる。
「こちらです」と案内されたエリアは、庭の奥にある堆肥エリアだ。締めてもち帰ったミシシッピアカミミガメの一部は腐葉土とともに土に埋められ、微生物などによって1カ月程度かけてゆっくりと分解され、堆肥となる。同程度の時間が経ったという付近を掘り返してもらうと、ゴロゴロとカメの骨格が出てきた。
「ミシシッピアカミミガメは食べるには甲羅の処理が大変で、コスパが悪いんですよ。なのでいまは土中で堆肥にして、白菜やイチゴなどを家庭菜園で育てるときに使っています。ほら、この甲羅のなかには卵も見えますね」
マーシー Mercy|生物採集系YouTuber。東海大学海洋学部卒業後、会社員生活を経てYouTuberとして独立し、琵琶湖を中心に活動する。2020年6月に開設したチャンネル「マーシーの獲ったり狩ったり」は、2023年3月現在、30万人近い登録者を誇る。Twitterアカウントは@masy034。Kiii所属。
1カ月の間には、辺りをハエが飛び交い、ハエトリグモが現れ、土を掘り起こせばミミズが顔を覗かせる。堆肥化した土を使って野菜が育つことも含めて、家の裏庭が賑やかな土壌になっている。ひとつのミクロコスモスといってもいいかもしれない。マーシーさんも、決して無駄な殺生ではないのではないか、と話す。
「ガサガサ」から生まれる関係性
自宅では少量の堆肥しかつくれないので、近所にある市民団体が運営する農園にも協力してもらっている。実は自宅への道すがら、農園の一角に積み上げられたミシシッピアカミミガメの堆肥の山も見せてもらっていた。
その山からは、自宅の庭だけでは処理しきれないほどの外来生物駆除による「環境保全」を、ひとりのYouTuberが担っていること、そしてそれは協力者の力があればこそ持続できる営みであることが、伝わってくる。この団体の活動には、マーシーさんはもちろん、世界有数の古代湖のほとりに建つ滋賀県立琵琶湖博物館の学芸員や地元の自然愛護に興味のある親子らも参加しており、農園で野菜を育てたり食べたりしながら、希少種の保全活動や外来生物の駆除などをめぐる情報交換や交流をしているそうだ。
こうした横の関係性も含め、マーシーさんのYouTuberとしての活動は徐々に広がりを見せている。最近ではYouTuber・WoWキツネザル氏と環境省による動画にゲスト出演したり、琵琶湖博物館の協力を得たプロジェクトに携わったりと、さまざまな展開につながってきているのだ。
「学会やセミナーなどで発表することで、研究者の方たちの知識を学べたり、研究機関とつながることができたり、ということもあります。滋賀県の偉い方たちとガサガサしてみたい、という思いもあります。口頭で説明するよりも、実際に体験していただくほうが理解してもらいやすいはずですから」
2021年5月17日にアップロードされた「春のタナゴ大感謝キャンペーン!【琵琶湖ガサガサ探検記40】」。滋賀県立琵琶湖博物館の協力のもと、募金プロジェクトが展開された。外来種駆除だけが活動ではない。
有志によるボトムアップの社会活動だけではスケールに限界があり、行政からのトップダウンな政策や事業も必要なのだろう。マーシーさんは参考にしている活動として、宮城県伊豆沼・内沼の「バス・バスターズ」の名前を挙げた。バス・バスターズはその名の通りブラックバスなどの特定外来生物の駆除と、国指定伊豆沼鳥獣保護区である伊豆沼の動植物の観察を通じて、自然を身近に感じてもらう取り組みを行っている。「伊豆沼方式」といわれる、人工産卵床を使った卵の状態での一斉駆除が効果を上げ、特定外来生物を低密度管理ができるレベルにまで個体数を減らし、在来生物であるゼニタナゴの個体数を大幅に増加させることに成功している。
スケールという意味において、バス・バスターズはたしかにひとつのモデルなのかもしれない。そもそもは、2004年に伊豆沼漁業協同組合を中心にボランティアとして活動を開始している。現在では公益財団法人宮城県伊豆沼・内沼環境保全財団が中心となり、地域住民や大学などの研究者らが多数参加。民学官が一体となった活動を続けている。宮城県が掲げる「伊豆沼・内沼自然再生全体構想」では、完全駆除を目指すのではない低密度管理、エコツーリズム・グリーンツーリズムの契機、といったビジョンが見てとれる。
個人活動の、一歩外へ
立ち寄らせてもらったマーシーさんの自宅を出て、郊外のレストランへ車は向かう。先ほどまで川のなかにいた一行は、ミシシッピアカミミガメでははなくテーブルを、そしてハンバーグやステーキを囲み、遅い昼食にありつきながら、さらに話し込んでいった。
段々と、マーシーさんの姿勢の源流にあるものが見えてくる。原体験として、海洋学部に通う学生時代に伊豆でエコツアーガイドをしたことは、かなり大きい意味をもっているようだ。大学OBが運営する小学生向けプログラムの内容を学生が考え、実際に案内をするという授業があったとのこと。あまり真面目な学生ではなかったと照れながら話すマーシーさんだったが、楽しそうに参加する子どもたちを前に、これからも自然のなかで遊び続けてほしいという気持ちが芽生えたのだという。
いまマーシーさんは、琵琶湖でも子どもたち向けの活動が可能なのではないか、という手応えを少しずつ感じているようだ。実際、琵琶湖博物館を修学旅行で訪れた高校生を相手に、外来種が引き起こす問題を説明したり、実際に魚を捕まえて紹介したり、という機会があったという。
そうした、直接対面するからこそ実感を込めて環境保全について伝えることができる場は、逆説的に、YouTuberとして広く視聴者にアプローチできる力とプレゼンスをもつからこそ成立する。高校生も、時代の先端をゆくYouTuberの話となればこそ、きっと興味を抱いて耳を傾けてくれるのだろう。
同様に、マーシーさんが今後実現できたら……と語るアカデミックな研究者らとの協力関係も、こうしたバランスの上で実現していくのかもしれない。正確かつ最先端の知識をもつアカデミシャンと、誠実な活動を繰り広げつつ広報力をもつYouTuberであれば、お互いを補い合いながら手を組むことは可能だろう。
ひとりで「ガサガサ」して、ひとりで動画を編集・アップロードする。それがマーシーさんの日常だ。だが、その動画を足場にした活動が広がりを見せるとき、YouTuberの環境保全は、個人で勝手にやっているという範疇から、一歩踏み出すことになる。
とはいえ、日頃の地道な個人活動も、積み重ねていけば一定規模の変化をもたらすことができるのは事実だ。実際、繰り返し駆除を行っているエリアでは、ミシシッピアカミミガメの個体数も減り、新たに個体を捕まえる際も成長しきる前の小さな個体になっていることは、動画でも紹介されている。
「環境省の発表では、現在、ミシシッピアカミミガメが推定で800万匹ほど日本にいるとされています。私がこの1年間で捕まえたカメの数が250匹程度だったので、同じような活動家が3万人程度いたら完全に駆除できるのだとわかりました。私自身、ただ単にカメの駆除だけをするのであればもっと効率よく捕まえられるはずなので、完全駆除に必要な想定人数はもっと少なくてもいいかもしれませんが……ただ、それが最善手かどうかはわかりません」
たしかに外来種の「駆除だけ」が目的であれば、そもそもYouTubeの動画の撮影や編集にかける時間も、食べられるものは食べたり堆肥にして活用したりといった活動方針も、非効率に見えかねない点はある。あるいは、仮に行政が大規模にコストをかけて一斉駆除をしてくれれば、環境はガラリと一変するだろう。
しかしマーシーさんは、「それが最善手かどうかわからない」と口にした。そのことばに独特の重みが感じられるのには、理由がある。マーシーさんの活動が、目の前の環境を探索し、そこに潜む生物を採取する「ガサガサ」の楽しさを起点としていることは、忘れてはならないポイントなのだ。マーシーさんが捕まえたミシシッピアカミミガメを「この子」と呼んでいたこともまた印象的だった。
駆除する対象として見る前に、生物として出会うことの喜びと愛情がある、というアンビバレンス。自然と人間の関係の只中で、ひとりのYouTuberが活動するということと、こうした二元論的ではない姿勢は、どこかで結びついているのかもしれない。
未来を「ガサガサ」すること
外来種を迷惑で危険な生き物、いわば全き悪として捉え、社会正義のもと完全駆除や自然の人工的な管理を行おうとすることには、無理がつきまといかねない(なぜならば、その原因をつくったのもまた私たち人間だからだ)。もちろん、外来種や害獣による直接的な被害に頭を悩ませる農家や漁師をはじめ、事態の一刻も早い「解決」を求める切実さも、他方に確実に存在する。
半身を川に浸しながら、水中の様子を探る一方で周囲を見渡していたマーシーさんの姿は、こうした複雑な社会のなかで活動する上での自身の立ち位置そのものを体現しているようにも見えてくる。
「もちろん、国や地方自治体といった行政にもっと環境保全の取り組みを進めてほしい気持ちもありますが、無理に求めようとは思っていません。人びとの関心があってこそ、そうした取り組みは進展するものですし、(喫緊の課題として)経済や医療・福祉が優先されるのもわかります。そのことを理解した上で、持続可能な社会に向けては生物多様性も大事なんですよ、と発信するのが私の仕事なのだろうと感じています。自分が活躍できればできるほど、行政にもこうしたトピックが届きやすくなることもあるでしょうから、活動で示すしかない、と思っているんです」
人びとの興味関心を引くという点からいっても、日本最大であり、また湖として古い歴史をもつ琵琶湖周辺での活動は、YouTuberとして有利な面があるだろう。小さな河川や池では、個人でもある程度の期間で大幅な外来種駆除は可能だろうが、(あくまでYouTuberとしての)社会的な影響力は小さくなってしまう難しさはあり、またそのエリアの狭さからいっても、動画コンテンツをつくり続けることは困難を伴うに違いない。個人活動に留まらないスケール感のある自然環境がそばにあるからこその、マーシーさんの活動なのだ。
同行取材に先立って筆者がひもといていたのは、宮内泰介・北海道大学教授の編著『どうすれば環境保全はうまくいくのか』、『なぜ環境保全はうまくいかないのか』だった。地域住民・自然保護の活動家・研究者・行政などがそれぞれの立場で「正しさ」を主張し合うだけではうまくいかない。折り合いをつけながら徐々に改善を進める、そんな事例が紹介されている書籍である。
宮内教授は「順応的ガバナンス」というキーワードを用いながら、こうした事例を取り上げている。持続可能な環境に向けた順応的ガバナンスとは「合意形成の技法」、すなわち社会的受容のプロセスデザインなのだという。多様な人びとが関わるなかで、外来種駆除などの社会的な正義を目的に設定すると、必ず不利益を被る人が出てきてしまう。そこで適度に、外来種駆除の価値を「ずらし」、さまざまな利害関係者と協働し、多様な生物と共生できる柔軟な仕組みと運用を実践のなかで検討していくというのだ。
順応的ガバナンスの観点からマーシーさんの活動を振り返ると、特定外来生物の駆除という社会正義は「ガサガサ」を通じた自然環境の学びや驚きにずらされ、YouTubeコミュニティが地域の団体や博物館の学芸員、研究者らとの協働につながっているように見える。そして、広告などによる収益が活動資金になっているというのもまた、合理的な環境保全から一歩離れたスタンスを担保しているようでもある。
「バス・バスターズも、民間の多大な労力、研究者の学術的なアプローチ、行政からの支援と、さまざまな方々の力が合わさって成立しています。私の滋賀県での活動はまだ関わる人たちが限られているので、一歩手前の段階。『ガサガサ』がもっと広がった暁には、滋賀県が環境保全の先進都市になるんだ、と夢見ています」
YouTuberによる環境保全──そのモデルは、まだ完成されてはいない。ただ、チャンネルに魅了された視聴者から行政までを大きくファン・コミュニティとして括ることができるとしたら、たしかにそこには道が伸びているようにも思える。
普段見過ごしている水辺から、あるいは身近な茂みから「ガサガサ」と音が聞こえたら、少し注意深く周囲を見渡してみてほしい。それはもしかしたら、馴染みのない生き物がたてている音かもしれないし、YouTuberが文字通り舗装されていない、しかしどこかへつながる道を「ガサガサ」している音かもしれない。
次週3月28日は、WORKSIGHT全7回のイベントシリーズ【会社の社会史-どこから来て、どこへ行くのか?】から、第2回を配信予定です。渋沢栄一『論語と算盤』、マックス・ヴェーバー『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』、福澤諭吉『学問のすゝめ』などを繙きながら、日本社会がどのように「勤労」をかたちづくってきたのかを考えます。民俗学者・畑中章宏さん、WORKSIGHT編集長・山下正太郎とコンテンツディレクター・若林恵による、昨年12月13日のトークイベントからお届けします。お楽しみに。