ひとりの「ガサガサ」が世界を変える?:YouTuberは環境を保全できるか【前編】
国家・行政や研究機関が行うトップダウンによる課題解決を想像するからだろうか、環境保全と聞いて「自分事」と思う人はいても、その負担の大きさを前に、直接行動を起こす人はわずかだ。滋賀県・琵琶湖流域の水辺でタモ網を片手に「ガサガサ」する生物採集系YouTuber・マーシーさんの姿は、どんな可能性を秘めているのだろう。2023年1月のある日、取材チームは川のなかへ踏みこむマーシーさんの日常に同行した。
環境保全は、活動家がたったひとりで取り組むにはあまりにも課題が大きく、莫大な資金と労力の前に挫折を余儀なくされかねない。そんななかマーシーさんは、持続可能なスタイルを築きつつある。自身のYouTubeチャンネル「マーシーの獲ったり狩ったり」にアップした特定外来生物の駆除動画がバズって以降、地域の固有種なども紹介し、根強い人気を獲得してきた。YouTubeの広告収益で生活と活動を両立する彼から、環境保全の新しいかたちを学ぶことができるだろうか。
photographs by Naohiro Kurashina
interview and text by Kakeru Asano / Fumihisa Miyata
琵琶湖でガサガサしてみたら
彼の映像を見てみてほしい。手にしたタモ網を水底から上げ下げしながら川べりへ向かうと、網底にいくらかの水生生物がかかっている。わんぱくな幼少期に、似たような体験をした人もいるのではないだろうか。誰が言い出したかはわからないが、その採集行為は、「ガサガサ」と呼ばれている。そんな「ガサガサ」が代名詞のYouTubeチャンネル「マーシーの獲ったり狩ったり」のマーシーさんを取材しようと、2023年1月に編集部は滋賀県・琵琶湖周辺へと赴いた。
2020年6月の本チャンネル開設以後、2023年3月の時点で200本以上の動画が投稿され、30万人近い登録者がいるマーシーさんは、生物系YouTuber界では人気者のひとりだ。動画のなかで100本以上を数えるシリーズが「琵琶湖ガサガサ探検記」である。
彼がYouTuberになる以前、就職がきっかけで偶然にも身近な存在となった琵琶湖。その生態系、およびもともと興味を抱いていたYouTubeや動画編集も学ぼうと、それまで個人的に行っていた「ガサガサ」を動画にして投稿するようになったそうだ(そもそも東海大学海洋学部で環境について学んでいたという経歴をもつ)。当初はシンプルに、琵琶湖や他の地域でガサガサした際に捕まえた生物の紹介などを投稿していたが、1シリーズ13回目で特定外来生物であるウシガエルを大量に捕獲。その動画が、わずか数日で100万回再生を超えることになった。
2021年1月5日にアップされた「【生態系崩壊】たった4時間で3542匹のウシガエルを捕獲した衝撃映像【琵琶湖ガサガサ探検記13】」。2023年3月現在、間もなく500万回再生を達成しようとしている。
大量に捕まえられたウシガエルのオタマジャクシや成体のインパクトから、動画再生数は跳ね上がった。しかしその”バズ”よりも、動画のコメント欄に特定外来生物の捕獲・駆除を労うことばや応援コメントが多数届いたことに驚いたと、マーシーさんは当時を振り返る。
「私と同じように、特定外来生物によって脅かされる生態系を守りたいという思いをもつ人が、実はたくさんいたんですね。『がんばれ』『応援している』というコメントがたくさんありました。単にガサガサするよりも、多くの共感が得られたんです」
戦後間もなく食用・養殖用としてアメリカから輸入されたウシガエルだが、いまでは日本中の池や田んぼでその姿を見ることができる。一腹の産卵数が数万匹ともいわれる高い繁殖能力に加え、口に入るほとんどの小動物をエサとして捕食してしまうことから、希少な在来種などの存在が脅かされ、生態系への影響が懸念されている。環境省は2006年に特定外来生物に指定し、外来生物法によって、飼育や生きたまま移動させること、別の場所に放すことを禁止している。
ウシガエルに限らず、食用・フィッシングスポーツ・観賞用・愛玩用などとして飼育された魚や生物が自然に放流され、生態系の崩壊を引き起こしていることは、たびたび報道されている通りだ。
マーシーさんはウシガエル動画のヒットをきっかけに、「特定外来生物」の捕獲・駆除をメインにしつつ、その間に捕まえた琵琶湖の固有種や希少生物も紹介する、というスタイルになったそうだ。いまではマーシーさんのガサガサ動画は、再生数が100万回を超えることは珍しくない。ウシガエルと同様に魚食性が高く、他の生物のエサをも食べ尽くしてしまうことが懸念されるブラックバスやブルーギル、あるいは特定外来生物指定で害獣とされているヌートリアなどを捕獲する動画への反応からも、同じような被害に困っている人や、そのインパクトに興味を引かれた視聴者が多いことが見てとれる。
今回の取材では、日本中で分布が広がり2023年6月1日に条件付特定外来生物に指定される予定の「ミシシッピアカミミガメ(ミドリガメ)」の捕獲・駆除に同行させてもらった。
いざ、ヤブを通って川のなかへ
マーシーさんの自家用車は「ガサガサ仕様」にアレンジがしてある。柄の長いタモ網を引っ掛けられるように両アシストグリップにはヒモが通してあり、荷台には防水シートの上に大型のクーラーボックスと複数のかご網、胴長(ウェーダー)や防水バックパックが置かれていた。一同、車に同乗し、今回のガサガサスポットを目指す。
先述したようにマーシーさんは琵琶湖周辺ですでに100カ所近いスポットをガサガサしている。今回同行させてもらったのは琵琶湖にほど近い、ヨシが茂る流入河川だ。過去にミシシッピアカミミガメを一度にたくさん捕獲した実績がある場所。以前にガサガサ動画の撮影をしてから数カ月が経過したエリアであり、経過観察も兼ねつつ、取材班の同行を「捕獲場所が特定されないかたちで記事にすること」を条件に承諾してくれた。
「動画撮影時にはランドマークとなるような建物や橋など周辺環境が映し出されないように意識して撮影・編集をしています。外来生物の駆除目的ならいいのですが、動画で紹介した固有種を目的に「取り子」が来てしまっては元も子もないので」
車を降りるとさっそくタモ網やかご網、バックパックなど必要な道具を取り出し、胴長を履き、胸元には撮影機材をセットしていく。思ったよりも軽装だなと筆者は感じたが、その理由はのちにわかる。「では、向かいましょう」と、腰ほどまで伸びた枯れ草をかき分けて土手を降りていく。
川べりに近づくと匂いと音が変わる。ドブ川ほどの強烈さはないが、泥のような独特の匂いがする。そして水の流れる音以上に、ヨシが風に揺れては擦れるカサカサ音や、ゴソゴソという音などがあちこちから聞こえてくる(取材中、水面に浮かぶヌートリアの糞も見つかり、彼らが茂みに潜んでいることもわかった)。慣れない環境に興奮気味の取材班とは対照的に、マーシーさんは冷静にルートを確認しながら入水している。
「普段だったらこっちから行くのですが」と示された先は、2m以上はあるだろうヨシで覆われており、歩けそうなルートなど当然見えない。取材班にはハードルが高いため、迂回経路として提案された川のなかや舗装された中州を進んでいくと、先をいっていたマーシーさんが砂肌の見えるところで立ち止まっている。
「ここに動物の足跡が見えますね。あまりハッキリしないですが、野生のアライグマやタヌキの可能性があります。アライグマも特定外来生物に指定されていて、国内には天敵がいないので数が減らないんですよ。動画でも紹介しているように、ミシシッピアカミミガメに比べて警戒心の薄いイシガメが襲われて、脚が欠損したり死骸となっていたりするのを発見することもあります」
ヒトを除いた琵琶湖湖畔の生態系ピラミッドの頂点にアライグマが君臨しており、急速にその勢力を拡大しているという。ミシシッピアカミミガメは気性が荒く繁殖能力も高いためアライグマの影響が少ない一方で、日本の固有種であるイシガメには被害が出ているとマーシーさんは話す。
マーシー Mercy|生物採集系YouTuber。東海大学海洋学部卒業後、会社員生活を経てYouTuberとして独立し、琵琶湖を中心に活動する。2020年6月に開設したチャンネル「マーシーの獲ったり狩ったり」は、2023年3月現在、30万人近い登録者を誇る。Twitterアカウントは@masy034。Kiii所属。
カメの感触は足裏で捉える
さらに突き進むと川の匂いがグッと強まり、徐々に水深も増していった。水面が膝上から腰上へと、徐々に高くなっていく。コケの生えた川底の岩はツルツルと滑りやすく、底泥は体重をかけるとグッと沈むので歩くことすらままならない。足元だけを気にして歩いていると突然、顔の前にヨシや木の枝が飛び込んで来て危ない。半径50cmに気を取られているとあっという間にマーシーさんとは3m以上も距離が空いてしまう。「ここに(カメが)いますよ」と手招きするマーシーさんのもとへなんとかたどり着くが、カメの姿は見えない。
「この時期のミシシッピアカミミガメは冬眠をしています。冬眠期は活動を著しく抑え、水中の酸素を経皮呼吸で取り入れて3~4カ月ほど泥底の中で過ごします。なので本流から離れた、流れが落ち着いていて水深もあり、水温の安定したエリアに集まります。足の裏の感覚に注意して歩くと、丸みを帯びた背中でカメだとわかるようになりますよ。ちなみに、この子はメスかな……」
足元からタモ網を引き上げると体長25cmくらいのミシシッピアカミミガメが入っていた。「やっぱり大きい、メスですね」とマーシーさん。成体のメスはオスよりも10cmほど体が大きく、20cmを超える個体も少なくない……などと説明しながら「ここにもいるな」とタモ網をバシャり。捕まえる、解説する、「あ、ここにも」とまた捕まえる──をくり返す。ものの20分程度で、10匹ものミシシッピアカミミガメが捕獲された。まさに説明の通り、そこは一大冬眠スポットなのだろう。マーシーさん曰く、このまま続けたら50匹程度は捕まえられるくらいの密集度合いだそうだ。
一度、バックパックとかご網を置いていた場所へ戻り、捕まえたカメを並べ、姿を見てみる。20cmを超える大きなメスの個体もいるが、10-15cm程度のカメもわずかに混じっている。「長い爪があるこの子はオスで、短いこの子はメス」と、マーシーさんの説明を受ける。モゾモゾと動き出しす姿、眠そうな目は可愛らしく、愛玩動物としても人気のあることを思い出す。
この日はクサガメも1匹だけ捕獲された。長年、日本の在来種と考えられていたが、近年の研究で朝鮮半島や中国からもち込まれたことが明らかになってきている。
ガサガサを続けるための配慮
ガサガサしたり動画を投稿したりするなかで、思わぬ摩擦が生まれることはないのだろうか。「琵琶湖周辺をガサガサしていて警察に通報されたことはありませんか?」と尋ねてみるが、いまのところそのようなことはないらしい。「地域の方にもご理解いただけるように、なるべくゴミ拾いをするようにしています。誰か通りかかったら、少し大げさなくらいの動作でゴミを拾うことで、怪しい人じゃないんだとアピールすることもありますね(笑)」というのは、自然と身につけた振る舞いなのだろう。そして真面目に、こうも語った。
「動画投稿をする際は、動物愛護の団体などから誤解されないように、きちんと外来生物駆除という目的を説明するよう気をつけています。批判はありますが、愛護団体が絡む炎上は起きていません」
琵琶湖ガサガサ探検記は、動画では捕獲シーンや生物の説明が中心となっているが、実際には動画撮影を終えたら捕まえた生物を締め、運搬することが多いとマーシーさんは話す。冬眠中のカメならまだしも、春夏の元気な時期には車中でクーラーボックスから逃げ出してしまったこともあるほど活発。YouTubeでは不適切な表現だと判断されると収益が無効になるケースもあるため、締めるシーンを映すことはできないのだが、逃げて別の場所に移り住み始めることにならないようにするためには、とても重要な作業だ。
ガサガサも解説も一区切りとなり、川から引き上げることに。わずか10匹超のカメだが、かご網にすべて入れると総重量は30kg相当にもなる。その他の装備をもちながら、かご網を担いで地上を歩くことは難しいため、川のなかを引きずって車へと向かう。そう、行きの荷物が身軽に見えたのはこのためだったのだ。何十匹のカメや何百匹の魚を一度に運ぶことはできず、何度も往復することもあるそうだ。
カメの入ったかご網を川岸に引っ張り上げるマーシーさん。川のなかを移動していたらヒモが切れるというアクシデントが……。
モチベーションの在り処、単純化されない目的
今回は短い滞在時間のなかで10匹ものミシシッピアカミミガメを捕獲することになったが、マーシーさんの目にはどのように映ったのだろうか。
「数カ月前に大きなメスの個体を多く捕まえましたが、今回は小さな個体も捕まえられたことは成果だと思います。カメの生活圏は500m程度だといわれているので、このエリアでは成体の減少を感じられる結果です。ミシシッピアカミミガメが水域に増えると他の生き物のエサとなる小さな生き物が捕食されて減り、絶滅の危機にあるイシガメが生活することもままならなくなります。今日は1匹だけでしたが、クサガメは在来種のイシガメと交雑し遺伝子汚染につながる事例が報告されているので、見つけたらもち帰って、里親に譲るようにしています。理由としては、クサガメは近年まで日本社会では在来種と考えられ愛でられてきたという歴史があり、駆除されることに抵抗を感じる人が多いと思われるからです」
滋賀県では、ブラックバスの一種であるオオクチバスやブルーギルなどは1985年度から有害外来魚として駆除対策がなされているのに対して、ミシシッピアカミミガメの積極的な駆除対策はなされていない。飼育や譲渡が認められる「条件付特定外来生物」に2023年6月から指定されるものの、長期的な視点での個体数の削減を環境省は目指している。琵琶湖周辺ではレンコン農家やはえ縄漁師が被害を受けているものの、水産資源や生態系への被害は外来魚によるもののほうが圧倒的に大きい。
そんななかでマーシーさんがガサガサを続ける、その魅力とは何なのだろうか。そして、行政が注力できないことにあえてYouTuberが携わるのはなぜだろうか。率直に質問を投げかけてみた。
「私自身、特定外来生物の駆除に行き着いたのは本当に偶然です。生物系YouTuberはたくさんいますが、当時本気で外来種を駆除するYouTuberはいませんでした。あとガサガサは、目的を達成するというよりも、その行為自体に楽しさがあるんですよね。ガサガサに行くたびに思わぬ生き物との出会いがあります。だから続けていられるのかもしれません。その上での社会的な意義に関してなのですが、生物生態系を保全することは、これからの持続可能社会の実現に必要なことなのだけれど、“なぜ外来種を駆除しないといけないのか”を多くの人が認知していません。そして行政も、駆除する動きはあるものの、外来魚優先で外来種のカメまで手が回らなかったり、一番重要であるこれからの未来を生きる若い世代への普及啓発ができていなかったり、ということがあります。私自身として、好きな在来の生物が目の前でいなくなっていくのを見るのは、とても辛いんです。誰も“目の前の好きな生き物”を守ってくれないから、自分で守るしかないと思った。そしてYouTubeを通して多くの人に発信することが、人びとの意識を変えて行政に働きかけていくことにつながると思っているので、この活動を続けています」
いわゆる環境活動家とは異なり、「環境保全だけ」を目的としていないことが継続につながっているのだろう。人の手によって入り込んできた外来種を人の手で減らすという矛盾を抱えながらも、生き物や自然と触れ合う楽しさもまた、活動において重要な位置を占めているように見える。その先に、市民や行政へのアプローチがあるのだ。
さて、ガサガサをしたら腹も減る。昼食を食べながら、より深掘りして話を聞くことにした。例えば、こんな問いがある。YouTuberと周囲の環境保全コミュニティとの関係性はどうなのか。その活動は、どこまで広がりをもちうるのか──。
次週3月21日は、「YouTuberは環境を保全できるか【後編】」をお届けします。自宅の裏庭でミシシッピアカミミガメを堆肥にしているという驚きの暮らしから、行政や研究者、未来を生きる子どもたちへアプローチする可能性まで。ひとりで始めた活動の広がりについて、さらにマーシーさんに尋ねます。お楽しみに。
こういう勘違い野郎が社会を誤った方向へ導くものなのだろうな。
「趣味」「公益」「広告収入」の三点セット。
いずれマーシーファンのキッズが「外来種」「害獣」なら無条件で殺すべし、と活躍する日も来るぞこりゃ。