ラストワンマイルは自分たちで:島のコンビニ「ノコマート」と生活インフラの未来
福岡市・博多湾に浮かぶ人口約600人の能古島。最後の商店が消えてから数年を経たこの島に2025年、唯一のコンビニ「ノコマート」が生まれた。行政でも大資本でもなく、島に暮らす当事者の手で生活インフラを立て直すことはできるのか。この小さな店は、その問いへのひとつの答えかもしれない。ノコマート誕生に関わった3人のキーパーソンを訪ねた。
行政や巨大資本が中央集権的に維持・提供してきた地域の生活インフラは、少子高齢化と過疎化が進む現代日本の各地で崩壊の危機を迎えている。それは福岡市の博多湾に浮かぶ人口約600人の能古島(のこのしま)においても他人事ではない。2025年、そんな同島で唯一のコンビニ「ノコマート」が民間有志によって開店した。
島民同士を緩やかに結び、モノと情報が行き交うハブとしても機能し始めているノコマート。人口減少社会における生活インフラの限界とそこから生まれる新たな可能性、その結節点としてのノコマートのあり方とは? 店を共同で経営する本田康太郎氏と浅羽雄一氏、ノコマートに商品と物流を供給する加藤一直氏(山崎製パン株式会社)に話を聞いた。
interview by Yu Sakurai (TISSUE Inc.)
text by Yu Sakurai (TISSUE Inc.)
photographs by Shintaro Yamanaka (Qsyum!)
最後の商店が消えた島で
福岡市の博多湾に、能古島という島がある。南北約3.5km、東西約2kmの小さな島だ。福岡市西区の愛宕浜の姪浜渡船場から市営渡船でわずか10分あまり、福岡市中心部の天神から地下鉄やバスを乗り継いでも40分程度で島の船着き場に着く。四季の花々が咲く「のこのしまアイランドパーク」があり、地元のカフェが点在し、のどかな島時間が流れている。作家の檀一雄が愛した島としても知られ、観光地としての人気も高い。
都市からのこの近さゆえに、能古島は稀有な条件を備えている。島に暮らしながら、福岡中心部で働くことができるのだ。渡船は朝5時から夜11時まで、閑散時間帯でもおよそ1時間に1往復。島民は通勤・通学も、この船を使って日々を送っている。島に住むという選択と都市で働くという選択が両立する──全国の離島を見渡しても、そう多くはない環境だ。
だがその能古島も、日本の多くの地域と同じ課題を抱えている。人口は601人。そのうち65歳以上が282人で、高齢化率は46.9%にのぼる(福岡市登録人口、2025年3月末現在)。島民のおよそ2人に1人が高齢者という現実だ。かつて島には食料品などを扱う商店が複数あったが、7〜8年前には最後の商店が閉店。以来、島民が日用品を手に入れる手段は、渡船で本土に渡って買い物をするか、野菜や豆腐などを扱う移動販売を利用するか、そのどちらかしかなくなっていた。
2025年7月、そんな島にとって唯一のコンビニエンスストア「ノコマート」が誕生した。店があるのは、能古渡船場の隣、観光案内所や軽食店を併設した「のこの市」の一角だ。
共同経営者のひとりで、番組制作会社の代表取締役を務める本田康太郎氏が島と関わり始めたのは、子どもの教育がきっかけだった。長男が小学一年生のとき、福岡市の制度で本土から能古島の小学校に通えることを知った。自然に恵まれた小規模校で学べる、いわゆる「海っ子山っ子スクール」の仕組みだ。やがて長男自身が「島に住みたい」と言い出し、小学三年生の頃、一家で能古島へ移り住んだ。本田氏が移住してきた当初は、まだ島に商店が残っていたが、ほどなくして状況が変わる。
「引っ越してきてすぐ、ちょうど店主のご主人が亡くなられて。それで店も閉めることになったんです」(本田氏)
最後の商店の閉店は、採算の問題というより、それを一手に担っていた個人の不在によってもたらされた。属人的に維持されてきた生活インフラの、脆さそのものだった。
もうひとりの経営者、浅羽雄一氏が能古島と結んだ縁は、さらに古く、そして少し変わっている。商品開発プランナーである浅羽氏は「こどもびいる」(本物のビールさながらに泡立つリンゴ風味のノンアルコール炭酸飲料。佐賀県の友桝飲料が製造・販売)の発案者として知られる。つくり手の専門性と、企画・デザインの力とを結び付け、素人には手が出せないと思われていた飲食の領域に踏み込んできた人物だ。
2005年、福岡県北西沖地震の影響で観光客が減っていた能古島を盛り上げようと、島でカフェを営む夫婦とともに能古島のオリジナル炭酸飲料「能古島サイダー」を開発。サイダーづくりを通じて島との関係が深まったことをきっかけに、能古島への移住を考えるようになった。
「それまで経営していた飲食店を社員に任せられるようになっていたこと、移住先を探していた折にタイミングよく家が見つかったことなどが重なって、2009年に家族で生活と仕事の拠点を島へ移しました」(浅羽氏)
能古渡船場からすぐの場所に立地するノコマート。青とオレンジで統一されたロゴマークやポスター類が道行く人の目を引く
誰もやらないなら、やってみようか
「小売店の経営どころか、コンビニでバイトした経験さえない」という両氏だが、なぜ能古島にコンビニを開業するに至ったのか。本田氏の答えは率直だ。
「僕ら自身は、店がないことでダイレクトに困ることは正直そんなになかったんです。でも、ちょっとしたものがいざ切れたときどうするか。それに、高齢の方がわざわざ向こう(本土)まで買いに行くのか、という話ですよね」(本田氏)
自分たちが酒を切らしても買えない、という程度の不便は日常的にあった。島の自治会でも店がほしいという声は毎回のように上がっていた。だが、「じゃあわたしがやる」という人はいなかった。
島の側から大手の商店やコンビニを誘致しようという動きもあったが、人口600人の島で採算取るのは難しく、中央から来る資本の論理ではこの空白は埋まらなかった。大手による中央集権的な出店モデルが機能しない場所でこそ、島内唯一の商店の不在という問題は放置され続けていたといえる。その空白を、当事者として引き受けようとしたのが本田氏と浅羽氏だった。とはいえ、ふたりを突き動かしたのは使命感というより、もっと軽やかな動機だったようだ。
「誰もやらないなら、やってみようかと。島には世話になってきたので、恩返しがしたいという気持ちもありました」(本田氏)
「そもそもフランチャイズ的なものは難しいだろう、と。だから最初からあまり頭になくて」(本田氏)とのことば通り、大手コンビニのフランチャイズに加盟する発想は当初からなく、代わりにふたりはゼロから自分たちの商店をつくる計画を立てる。本土で必要な商品を買い付け、週に一度、車ごと渡船で運んで売る──つもりだった。
ただ、自力で運ぶ計画にはすぐ限界が見えた。一度の渡船で運べる物量では需要をまかなえない。せめてかさばるパンだけでも直接仕入れられないか? と山崎製パンに相談を投げかけて知ったのが、山崎製パンがチェーン展開する「Yショップ」(独立した小売店や卸売業者が同じ目的のもとで組織化し、共同仕入れや共同販売促進を行う事業形態)だった。
上から、ノコマート共同経営者の本田康太郎氏、同じく共同経営者の浅羽雄一氏、物流を担う山崎製パンの加藤一直氏
物流問題の解決と「自分たちの店」の両立
「Yショップは大手コンビニチェーンに属さない一般小売店に、物流の手助けを加える事業形態です。一般の小売店ではパンも菓子も飲料も別々に発注・支払いしなければならないため、手間とコストがかかりますが、Yショップであれば弊社の配送トラックであらゆる商品を一括してお届けすることが可能になります」
山崎製パンのYショップ事業部で福岡地区を担当する加藤一直氏はそう説明する。
フランチャイズとの最大の違いは、ロイヤリティの構造にある。大手が売り上げに応じて多額のロイヤリティを本部に納めるのに対し、Yショップは月額3万円の運営費(仕入れ額に一定条件はあり)を支払えば、山崎製パン本部の支援を受けながら、独立した店として営業することができる。
「大手コンビニのフランチャイズ店は本部主導で全国一律の売り方をします。対してYショップなら、環境に応じた商品構成ができるんです」(加藤氏)
実際、Yショップは、病院や学校、企業の売店といった大手コンビニが入り込みにくい“閉鎖空間”での出店実績を豊富に有する。大手の中央集権モデルがカバーしきれない隙間を、加盟店の主体性と山崎製パンの物流網の組み合わせで埋めてきた業態といえるだろう。
「僕たちは出店を計画し始めた当初から、『自分たちの店を運営したい』と考えていました。Yショップの仕組みであれば、島民のための日用品を過不足なく揃えつつ、自分たちのオリジナル商品も置くことができる。これならいけるんじゃないか、と」(本田氏)
ただ、能古島への出店はYショップにとっても未知の挑戦だった。長崎県にある五島列島への出店実績はあったものの、そちらはフェリーで本土の長崎港から片道3時間余を要する完全な離島。都市部への通勤・通学圏内にある島への出店は初めてで、果たして採算が取れるのかどうか、参考となる前例がまったくなかったのだ。
「最大の懸念が輸送でした。本来なら山崎製パンが店先まで届けなければならない。でもそれをやるとどうしても輸送コストが上がってしまい、それが商品価格に転嫁されてしまいます。この課題を解いたのが、浅羽氏からの提案でした。『じゃあ我々が姪浜まで取りに行きます。商品は本土側の渡船場に置いておいてくれればいい』と」(加藤氏)
協議の結果、両者は姪浜の渡船場に専用の配送ボックスを設置。山崎製パンの配送車は日々そこまで商品を届け、そこから島までは浅羽氏・本田氏がフェリーで店まで運ぶ。おかげで、島でありながら販売価格は本土と同じ。品ぞろえも豆腐や牛乳、調味料から文房具まで約700種類を扱い、本土のコンビニになんら遜色ない。大手の物流網と経営者自らの手によるラストワンマイルの労力、そのふたつが組み合わさることでこの店は成立している。
ノコマート店内の様子。約40㎡(12坪)の限られたスペースに、調味料類、牛乳や卵といった要冷蔵食品、アイスキャンデーなどが所狭しと並ぶ
店頭で知った、自分で選べるという豊かさ
まったくの未経験であったにもかかわらず、人を雇わず、仕入れから陳列、レジ打ちまですべてを自分たちでこなすことで人件費を抑え、経営を続けてきたノコマート。開店から1年、来客数は1日平均130人ほど。観光客が増える繁忙期には200人に達する日もある。島の人口の5分の1にあたる人数が、日々この小さな店に立ち寄っている計算だ。
「経営面においても運営面においても、大変は大変です。でもね、やってみると楽しいんですよ、マジで。おにぎりが残らなかったら『今日はいい仕入れしたな』と。やったことに対してフィードバックがダイレクトに返ってくるのが面白いし、小遣いの200円を握りしめてお菓子を買いに来たものの『10円オーバーした、どうしよう』と島の子どもたちが相談し合っているのを傍目で見ているのも面白い。どれもこの場がなかったら、体験できていなかったと思います」(本田氏)
島の店ならではの発見もあった。ふたりは当初、生活必需品が売れると踏んでいた。ところが実際によく動いたのは、菓子やアイス、シュークリームといった嗜好品だったという。
「商店がなかった間も、みんなちゃんと生活していた。週に一度、本土に渡って買って帰っていたわけです。でも、両手にもてる分しか運べないから、本当に必要なものしか買わない。そのときに置いていかれていたのが、アイスやシュークリームのような『絶対なきゃ困るわけじゃないもの』だったんです」(浅羽氏)
特にアイスは本土で買ってももち帰る途中で溶けてしまうため、島民は長らく家にストックできずにいた。卵や牛乳のように要冷蔵で重いもの、醤油やみりんのように切れたらすぐにほしいもの──本土までの往復では手に入れにくかった商品も、ノコマートに行けば手に入れることができる。象徴的なのが、浅羽氏が島の外へなかなか出ない高齢の女性から言われた、あることばだ。
「『アメがほしいと言えば、誰かが買ってきてくれるけど、本当は自分で好きなアメを選びたい。ノコマートなら好きなものを自分で選んで買うことができる』とおっしゃっていました。自分で選ぶことができるのってある種の豊かさなんですよね」(浅羽氏)
日用品から嗜好品まで、島民の日常生活を下支えする店として定着しつつあるノコマート。ただ、人口約600人の島で日々の売り上げを立て、店を安定して続けるには、島民に向けた店づくりに加え、観光客も多く訪れる能古島の利点を活かす必要があった。そこで力を入れたのが、オリジナルグッズの販売だ。きっかけはロゴマークだった。
「『ノコマート』という店名でやろうと決まったとき、浅羽さんのパートナーでデザイナーの八智代さんにロゴを頼んだんです。上がってきたのを見た瞬間、浅羽さんと『ロゴ勝ちしたね!』と盛り上がりました」(本田氏)
ひとつの店を象徴できるロゴができたことが、その後のグッズ展開すべての起点になった。さらに浅羽氏といえば、もともとさまざまな商品のブランディングを手がけてきた人物。自然と次々に新商品が生まれていった。その多くは「気づいたら浅羽さんが勝手に企画・発注していたもの」(本田氏)だが、いくつかの商品については、生まれる背景に島民が介在している。
定番グッズとして人気のロゴTシャツ(2800円)を手刷りしているのは、島内の「ノコニコカフェ」の店主、シバ氏だ。もともと八智代さんが購入したシルクスクリーンの機材を使い、八智代さんがつくった版をシバ氏が1枚ずつ刷っている。
「在庫が切れたら『シバさん、Lサイズをお願いできる?』と頼む。すると『今日やっとくよ』と返ってくる。業者に外注するよりも早いしコストもかからないから、この価格で販売できるんです」(本田氏)
最近販売を始めたオリジナルのぷっくりシールに関しても、当初浅羽氏はノコマートのロゴマークをそのままシールにするつもりだった。ただ、そこで島民の小学生からのNGが入る。
「要はぷっくり膨らんでいればいいのかなと思い、常連の小学生に試作品を見せてみたんです。すると『違う、こういうのじゃない。これじゃ売れない』と(笑)。彼らの意見を反映してつくり直したのがいま売っているものです」(浅羽氏)
ここで浮かび上がるのが、この島に根づく相互扶助の気風だ。
「島にはDIYの精神がある。休日の朝から集落で集まってはバンバン草刈りをしますし、公民館で何か催し物があるときは、地域の住民が総出で手伝います。面白いのは、各家庭がもっている草刈り機のグレードが島のなかにおけるヒエラルキーのひとつみたいになっていること。誰かがいい草刈り機をもっていたら集落で話題になります(笑)」(本田氏)
Tシャツを島内で手刷りしているのも、この「自分たちでなんとかする」文化の延長線上にある。ノコマートは、外から与えられたインフラではなく、この自治の気風の上に立ち上がったものだ。ここでもまた、自分だけで抱え込むのではなく、島のなかで分かち合うやり方が選ばれている。
また、島のなかで企画・製造されることを経て、ある種の土着性がオリジナルグッズに付与され、そのことがかえって島外の人びとの心をつかんでいるのだろう。取材の当日にも、東京へ出張中の山崎製パンの社員から「羽田空港でノコマートのトートバッグをもっている人を見かけた」と写真つきの連絡が入ったという。ロゴのトートやTシャツが、島の外を歩き始めている。
「Tシャツやトートを目当てに島外から来た人が、『ちょっとパンも買っていこうか』となる。円滑な商品仕入れとオリジナリティある店舗づくりが高度に融合・両立した、Yショップの好事例ですね」(加藤氏)
売れ筋商品であるロゴTシャツをはじめ、トートバッグやコインケース、マグカップといったオリジナル商品。そのラインナップは十数種類に及ぶ
善意と採算の間に見た持続可能性
順風満帆に見えるノコマートだが、高齢化率46.9%という能古島の現状は、必ずしも楽観視できるものではない。本田氏自身、島の現況に「日本の縮図」を見ているという。それは店を始めるずっと前、子どもが島に通い始めた頃から感じていたことだった。象徴的なのが空き家をめぐる状況だ。ノコマートが将来的に構想するサテライトストアも、その壁に突き当たる。
「空き家を使ったサテライトストアを開けたらと思うんです。ただ、空き家は増えていて住みたい人も多いんだけれど、住める家は少ない。管理されておらず、土地の所有者が何人にも分かれているせいで、どこに許可を取ればいいかもわからないことが多いんですよ。仏壇だけ置いてある、なんてこともよくあります」(本田氏)
需要と供給がすれ違ったまま、制度の隙間で家が朽ちていく。人口減少社会のあらゆる場所で起きていることの縮図が、いまこの小さな島に凝縮している。誰を受け入れ、どう共同体を保つのか──それは移民をめぐる一国の議論と、構造としては地続きだと本田氏は続ける。
「小さなコミュニティの生活を維持していくには、やはりどうしてもコミュニティ外からの力を借りる必要がある。いかに移住者を増やすか。ただ、来てくれるなら誰でもいいわけでもない。不動産屋任せにするのではなく、自分たちで島のなかのルールをもちながらやっていかなきゃいけない。最近は外国人観光客の姿が目立って増えていますし、欧米系の移住者も暮らしています。そんな状況もいまの日本っぽいですよね」(本田氏)
日本の総人口に占める高齢化率は29.3%(総務省「人口推計」2024年10月1日(確定値))と、能古島に比べればまだその率は高くないものの、決して他人事ではない
一方、足元にはより差し迫った課題もある。店まで来られない高齢者へのフォローだ。もともと「のこのしまアイランドパーク」が週に一度行っていた移動販売に、ノコマートのおにぎりやパンといった日持ちしない商品を加えてもらっていたが、将来的には、島内でデリバリーサービスの開始を視野に入れているという。超高齢社会の島ゆえ、行政の力を借りること自体は難しくないかもしれない。だが本田氏は、あえて民間としての持続可能性にこだわる。
「日本の人口自体が減少している現状、行政サービスもいつかは必ず縮小してくる。助成金をもらうのを前提としてしまうと、助成金がなくなり次第サービスも継続できなくなってしまいます。だったら、民間のひとつの会社としてちゃんと続けていけるモデルケースを僕たちがつくるべきだろうと。ひいてはそんな僕たちの試みが、『島で何かもっとできる仕事があるんじゃないか』『うちらもやってみたい』と連鎖していくといいですよね」(本田氏)
コンビニ大手の誘致は実らなかったこの島において、ノコマートが示しているのは、その限界の先にあるひとつの可能性だ。行政でも大資本でもない、島に暮らす当事者が主体となり、大手の物流網という既存インフラを「借りる」かたちで、地域のインフラを自分たちの手に取り戻す。フランチャイズに従属するのでも、完全な自力に頼るのでもない、その中間の道である。
その道を歩く上で、浅羽氏は二宮尊徳が残した「経済なき道徳は戯言であり、道徳なき経済は犯罪である」ということばを胸に刻んでいるという。
「島のためという思いだけでは店は続かない。かといって儲けだけを追えば、島の暮らしは支えられない。持続可能な生活インフラとは、善意と採算のどちらかではなく、その両方を成立させたときに初めて姿を現すのかもしれません」(浅羽氏)
そしてノコマートは、モノを売るだけの場所にとどまってはいない。島民600人といっても、全員が顔見知りというわけではない。顔は見たことがあるけれど、話すのは初めて、という人もたくさんいる。そういった島民同士が、ノコマートを起点にして緩やかに交わり始めているという。最近も、92歳で島に越してきたという男性が店を訪れ、なぜこの歳で家を借りて移ってきたのか、といった話に花が咲いた。困りごとを聞けば、水道を直せる島の人を紹介する。買い物の場が、そのまま島の相談所になっている。
食品や日用品を供給する「生活インフラ」であると同時に、島民同士のコミュニケーションを媒介する「情報インフラ」のハブとして。まるでかつての“井戸端”のようにふたつの役割を担いながら、無理なく続けていくこと。中央集権的に維持されてきた生活インフラが各地で崩れゆく時代に、能古島という小さな島は、当事者たちの手による再構築のひとつのモデルを、確かに示している。もっとも、当の本田氏はそうした大仰な“物語”には少し及び腰だ。
「『日本の人口減少社会を解決するカギがノコマートにあるのでは』と言われても、荷が重いですよ。こんな島の小さなコンビニに、日本の未来があるみたいなのはね(笑)」(本田氏)
大きな使命としてではなく、楽しくて、何とかなりそうだから続ける。その気負いのなさこそが、この店を続けさせているのかもしれない。
渡船から能古島を望む。福岡市街地の愛宕浜にある渡船場から能古島まではわずか10分
【WORKSIGHT SURVEY #77】
Q. 少子高齢化や過疎化が進んでも、生活インフラは行政が整備すべき?
わたしたちは「公共サービス=国や自治体がやるもの」と考えがちですが、人口減少社会では、物流や商店だけでなく、地域の道路や水道の維持すら難しくなっていくと言われています。ノコマートは既存インフラを「借りる」形でひとつの正解を見つけましたが、あなたは、少子高齢化や過疎化が進んでも、生活インフラは行政が整備すべきだと思いますか?どうしてそう思いますか?あなたの意見をお聞かせください。
【WORKSIGHT SURVEY #75】アンケート結果
生きづらさの処方箋はだれがつくるのか:アート作品『孤独省』が語りかけるもの(7月21日配信)
Q. 政府にもっと孤独に対する対策をしてほしいと思いますか?
【はい】特に男性は定年退職などで社会のよすがを全く無くしてしまう人が多く、地域デビューしても会社の役職を引きずってしまい、典型的な困った人になってしまうので
【はい】都市計画規模で孤独に対する対策をしてほしいと思う。もちろん個人や店、地域ごとにも工夫のしようはあるが、建築、あるいは都市計画規模でも対策されたらもっと大きな人の動きや集まりに変わると思う
【はい】政府が手動で何かを行うというよりも、ベルリンやソウルの事例などのように民間でそのような取り組みを行っているところに対して支援することなどが考えられる。または、「ただそこにいる」ことが許されるような公共空間を作るにあたっては政府の支援があった方がいいのではないかと思う。現状の資本主義的な効率性重視のモダニストな空間(活動が制限され、孤独が助長される空間)ではなく、人の活動を誘導するような建築デザインのガイドラインなどは行政側が積極的に整備することができるのではないか
【いいえ】うまく言えないですが、孤独でも大丈夫だと思えるような社会にした方が安心していられるのかもしれないなと思います
【いいえ】孤独でいる事がよく無い事と捉えられそうだから
次週8月4日は、戦争と賭博の関係を掘り下げます。「ポリマーケット(Polymarket)」や「カルシ(Kalshi)」など、あらゆる物事を、果ては戦争の行く末まで賭博のトピックにする予測市場の盛り上がり。政治学的に見れば戦火は遠くなりつづけていますが、しかしそのなかで問題含みの賭博は逆説的に、戦争と人びとを実存的に結びつける可能性もありそうです。危うい領域を探る論考をお届けします、お楽しみに。
【イベント情報】
【新刊案内】
『WORKSIGHT[ワークサイト]30号 新しい中世 The New Middle Ages』
photographs by Hironori Kim
cover Illustration by Natsujikei Miyazaki
帝国、教会、荘園、騎士団、ギルド、修道院……。中世とは、複雑怪奇な権威のネットワークが幾重にも絡み合った時代だった。アルゴリズムに導かれ、プラットフォームの中で群れ、炎上によって見知らぬ誰かを裁くいま、わたしたちはすでに「新しい中世」を生きているのかもしれない。かつて中世の再来を予言したウンベルト・エーコ、 心理占星術研究家・鏡リュウジや現代魔女・円香、中世ゲーム研究、政治学者が読み解く「中世という過渡期」を経た、現在の地政学「それ以降の世界」まで。中世のレンズを通して現代を再解釈する。
【目次】
◉ギャラリー
現代は中世である
◉巻頭言
世界はふたたび中世になる
文=山下正太郎(本誌編集長)
◉ウンベルト・エーコと新しい中世
文=武邑光裕
◉対談
鏡リュウジ(心理占星術研究家)+畑中章宏(民俗学者)
スターゲイザーたちの「合理的」な世界
◉わたしは魔女である
円香が語る「現代魔女」という行き方
◉中世の騎士、東京に集う
ドキュメント「戦え、騎士のように」/証言「騎士たちの理由」/インタビュー「中世剣術のリアリティを、現代で共有したい」
◉ゲームはなぜ中世を必要とするのか
中世ゲーム研究の第一人者、かく語りき
◉コンテンツガイド
中世の回廊
◉「新しい中世」以降の世界
政治学者・田中明彦の予言から読む現代の地政学
【書籍情報】
書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]30号 新しい中世 The New Middle Ages』
編集:WORKSIGHT編集部(コクヨ ヨコク研究所+黒鳥社)
ISBN:978-4-7615-0938-5
アートディレクション:藤田裕美(FUJITA LLC)
発行日:2026年7月2日(木)
発行:コクヨ株式会社
発売:株式会社学芸出版社
判型:A5変型/128頁定価:1800円+税




















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