ゲーム・賭博・暗号資産:FIFAとアメリカが描くスポーツの新たなビジネスモデルと「国家」の行方
現在北中米で開催されているサッカーのワールドカップは、アメリカ主導の金融資本主義とプラットフォーム資本主義によってドライブされた初の大会でもある。それは、今後のスポーツビジネスとわたしたちの社会のあり方を大きく変えてしまうのかもしれない──WORKSIGHTコンテンツ・ディレクターの若林恵が「架空鼎談」によって描き出す、ファンダムビジネスの最新モデルとスポーツと「国家」の未来図。
ワールドカップ2026年大会。アルゼンチン代表、メッシのユニフォーム。photo by Alex Pantling - FIFA/FIFA via Getty Images
サッカーの「商業化」
A ワールドカップはどうですか? ご覧になってますか?
B 実は、ほとんどサッカーを観ないので、今回も、どこが勝ち上がりそうだといったゲームの勝敗に関わるところはまったくわからないんです。一方で、建築や都市デザインの文脈から、スタジアムなどについては興味があるのですが、それも専門的なことを言える立場でもなく。やっぱり、観たほうがいいですか?
A どうでしょう。自分も普段サッカーは観ないのですが、ワールドカップは、そのときそのときの世界のありようが見える気がして毎回そこそこ熱心に観ています。今回はその観点からも、大きな転機となる大会のように思えますので、個人的にはより一層注目しています。Cさんは、現地で日本戦をご覧になるんですよね。
C はい。予選リーグの日本戦3試合を観る予定です。ダラスとメキシコのモンテレイで観ることになっています。
B チケット代の高騰が話題となっていますが。いかがですか?
C わたしのチケットは1試合US$500でした。
B 高いですね。
C 前回のカタール大会との比較を見ると、開幕戦は前回が最高で$618、今回が最高で$2735、決勝戦は前回の$1607に対して、今回が$6370とも言われていますので、たしかに激しく高騰しています。
B チケットについてはダイナミックプライシングの導入などが話題になっていましたし、ここ日本では、DAZNのサブスク料をめぐって、価格表示がいわゆる「ダークパターン」に該当するのではないかと批判が噴出し、早々にDAZNが謝罪することとなりました。これまで、ある意味では「全世界的なお祭り」とされていたものが、激しく商業化されていることに対する批判が噴出していると見ることもできるのかなと思ったりしますが、どうなんでしょう。こうした批判自体、毎度お馴染みという感じもしますが。
A ドイツの元代表、監督のユルゲン・クロップの批判コメントがSNSで回遊していましたね。今大会から導入された「ハイドレーションブレイク」(給水休憩)をめぐる批判ですが、以下のような内容です。
サッカーは、冷房の効いたオフィスに座る経営陣によって人質に取られている。こうした中断は、選手の健康を守るための措置として、あるいは猛暑と戦うための高潔な手段として説明されている。しかし実際には、それはスポンサーのために築かれた「黄金の檻」にすぎない。テレビの放送枠によって試合のリズムが左右されるなか、選手たちがクーリングブレイクの間にピッチ上で立ち尽くしている姿を目にしたとき、わたしは思わず自問した。ワールドカップはいったい誰のための大会なのだろうか。サポーターのためなのか。選手のためなのか。それとも広告主のためなのか。本来、ワールドカップの試合は、ひとつの川の流れのように途切れることなく進むべきものだ。ところがいま、わたしたちはコマーシャルを流すために、その流れの真ん中にダムを築こうとしている。それは、サッカーという競技の精神にとって危険なことだ。かつてはサッカーそのものが主役だった。しかしいま、そのサッカーは、広告ショーの背景音楽へと成り下がる危険にさらされている。
ワールドカップのビジネスモデル
B 給水休憩は、これまでハーフ制だったサッカーの試合を実質クオーター制にしてしまうようなことだと思いますが、それがスポンサー広告のための枠を確保するための措置であることは、誰の目にも明らかですよね。
A それはもちろんそうで、批判は妥当だと思うのですが、とはいえ、あえて不人気な見解を言うなら、試合中の戦術転換のタイミングが2回増えて試合の流れが切れることが、逆に試合の面白さに貢献している面もありそうです。加えて今大会では、試合中の遅延行為やファウルを狙ってわざと転ぶシミュレーション行為に対して新たなルールがいくつも導入されていますが、これも、NBAやMLBなどで実施されてきたゲームのスピード化の延長線上にあって、視聴者の時間とアテンションの奪い合いに最適化するための施策ではありますが、1週間ほどゲームを見てきた印象では、試合がスピーディになって間延びすることもなく、かつてないほど見やすいと感じたりもします。
C たしかに、そういった側面もありそうです。VARの使い方などもキビキビとスピーディで、まるでアメフトのようですね。
A わざとプレイを遅延したり、転んだ際に大げさなリアクションをすることは、サッカー文化の一部だと長らく許容されてきましたが、それがアメリカの商業主義によって規律化されるというのは、皮肉といえば皮肉な事態です。
C たしかに。それでも監督や選手から批判が出るのは、やはり、その導入の仕方が横暴だといったところがきっとあるんでしょうね。「アスリートファースト」の語を都合のいいときだけ使いやがって、と反発する気持ちはよくわかります。
A 「アスリートファースト」や「ファンのために」といったことばを、FIFAやIOCはよく言いますが、それがお為ごかしだということは、もはや一般的な認識になっていますよね。問題は、FIFAや IOCといった超国家組織の横暴はいまに始まったことでもないはずなのに、なぜそれがいつまでもまかり通ってしまうのかという点にあるとは思うのですが、結局、まったくアカウンタビリティが問われないビジネスモデルなっているからなんですよね。
B といいますと?
A これまでのオリンピックやワールドカップは、言ってみれば「ライセンスビジネス」です。大会自体はIOCやFIFAのもち物ですが、大会を実質的に運営するのは開催国や自治体で、IOCやFIFAは、簡単に言えば、よその国や都市が支払うコストの上にあぐらをかいた殿様商売をしてきたわけです。その結果、どの国も都市も、大会を開催したせいで、大きな負債を抱えることになりました。
C 1976年の五輪をホストしたモントリオールが約10億カナダドルの負債を抱えて、それを返済し終わるのに30年かかったのは有名ですね。
A あるいは、1968年のメキシコでは、制度的革命党(PRI)の独裁に対する反対運動の高まりのなか、デモ隊に向けて軍・警察が無差別発砲をしたという事件が、オリンピックの開幕の10日前に起きています。いまだに正確な死者数が不明で、数人から数百人がトラテロルコ広場で虐殺されたとされていますが、この背景にも、オリンピックに巨額の税金が投入されることに対する反発があったとされます。さらに2年後には同じメキシコでワールドカップが開催されますが、ここではオリンピックのために整備されたインフラがそのまま使われることとなりました。結果から見れば、この2大会で世界に対して近代化したメキシコの姿をアピールすることができましたし、メキシコ五輪もワールドカップも、今なおデザインが評価されていたりします。
B 後から振り返ると、やって良かったよね、ということになってしまうわけですね。
A 弾圧の記憶よりも、ペレの活躍などのほうが印象に残って、なんとなく結果オーライになってしまうわけです。加えて開催にあたってどれほどの軋轢があっても、FIFAやIOCが責任を問われることは一切ありません。つまりオリンピックもワールドカップは、あらゆるリスクとコストを開催国や開催都市に押し付けることで成り立ってきたわけで、であればこそ、ワールドカップであれば1978年のアルゼンチン大会がその最たる例ですが、独裁政権と極めて相性がいいということにもなったりします。
上:「トラテロルコの虐殺」から50年後の2018年にアル・ジャジーラが制作したミニドキュメンタリー。下:2026年6月、メキシコでの開幕戦に向けて待機する警察隊。メキシコシティにて。photo by Juancho Torres/Anadolu via Getty Images
B 国民の意見なんか聞かずにゴリ押ししてしまえ、と。東京2020オリンピックも開催前にはありとあらゆる問題が噴出しましたが、結局のところゴリ押しでしたよね。トランプ政権下で開催された今回のワールドカップ、さらに2028年のロス五輪の連続開催は、そう考えると、メキシコでの連続開催とどこか似ていますね。
C 今大会も、選手やサポーターの入国管理などをめぐって大きな批判が出ていますが、いざゲームが始まってしまうと、やっぱり試合は面白いし、各国のサポーター文化などを見ていても、「サッカーっていいな」となってしまうんですよね。実際、モントレイもダラスもすごい盛り上がりですし、現地は、かなり盛り上がっています。
A メッシを筆頭に、ムバッペ、ハーランドなど、活躍が期待されていた選手が期待通りの活躍をしていますし、どの会場も客席はパンパンで盛り上がっていますよね。結局これまで同様「終わってみれば大成功」ということになりかねません。
B トランプの手柄になってしまう、と。
A 現状、そうなる可能性は濃厚なのではないでしょうか。とはいえ、IOCやFIFAのビジネスモデルに話を戻しますと、それこそモントリオール五輪が大借金を背負うようになったあたりから、どう考えても赤字にしかならないワールドカップやオリンピックを各地の政府や自治体の公共予算で支えるのは困難になり、そこでビジネスモデルが劇的にアップデートされることとなります。
C テレビのカラー放送が導入され、世界規模の放映が本格化したのは1970年のメキシコでのワールドカップでしたが、それを放映権ビジネスとして戦略的に拡大し、広告・スポンサービジネスへと切り替えたのが1984年のロサンゼルス五輪でした。
B IOCやFIFAが、その頃からいわばメディア企業に転身したわけですね。
A より正確にいうなら、ワールドカップという知的財産を世界中の放送局、スポンサー、開催国、ゲーム会社へライセンスする「IPビジネス」になっていくわけですが、この転身はまさに当時のレーガン/サッチャー政権の新自由主義経済路線に乗ったものでした。この転換を受けて、自分が思い出せる限りでも、80年代後半から90年代にかけて、サッカーだけでなく海外スポーツが、日本のお茶の間にもどんどん入り込んむようになりました。順番は定かではないのですが、F1のブーム(セナとプロスト)、セリエAのブーム(ACミラン)、NBAのブーム(シカゴ・ブルズ)が次々とやってきて、とりわけブルズのブームは「NIKE/Air Jordan」とセットとなって大人気になります。
B Air Jordanは、自分も買いました(笑)。思えば、Jリーグが発足したのも、まさに同じ頃ですよね。
A Jリーグの発足は1993年で、いまから思えば、こうしたスポーツのグローバル化という大きな流れの一環だったわけですが、サッカービジネスにおいて最も重大な転換をもたらしたのは、その1年前に発足した「プレミアリーグ」です。プレミアリーグは、英国フットボール協会とは組織上も切れていて、そもそも分離派の独立リーグとしてつくられたものなんですね。
C 実際、当時かなり大規模な反対運動が起きました。富がトップクラブだけに集中することが懸念され、当時のフットボールリーグ会長ビル・フォックスが「1部リーグのハイジャックだ」と批判したと言われています。加えて、放映権が地上波から有料の衛星放送に移行したことにも、ファンは激怒しました。労働者階級の娯楽であったフットボールが、ビジネスやテレビマネーに支配されることに対して大きな抗議運動が起きたんです。2021年に勃発した「欧州スーパーリーグ構想」は、言ってみれば「プレミアリーグ」発足時に起きた問題の再演でもありました。
A ちなみにプレミアリーグ発足時に放映権を取得したのは、ルパート・マードック率いる「SKY」でしたが、今回のワールドカップでアメリカ国内の英語放送の放映権を得たのも、同じマードック家が保有する「FOX」です。そう考えると、サッカービジネスのグローバル化とメディア企業のコングロマリット化は、セットになって当時からずっと進行してきたわけです。いずれにせよ、プレミアリーグが重要だったのはクラブの所有を「自由化」したことで、その結果、プレミアリーグは、ロシアのオリガルヒやアメリカのプライベートエクイティファンド、中東のソブリンファンドといった金融プレイヤーたちの草刈場になっていきます。
B ヨーロッパのサッカーは、特にイタリアで顕著なように、地場の貴族や豪族のような人たちが取り仕切ってきた印象ですが、それが国際ファンドによって切り崩されていくという構図ですね。
A それこそ「欧州スーパーリーグ構想」をめぐる騒動も、AppleTVの「スーパーリーグ:サッカーをめぐるバトル」やNetflixの「FIFAを暴く」といったドキュメンタリーを見ますと、まさに国際金融資本と欧州地場の豪族との戦いの様相で、しかも、国際金融資本側の裏側で資金を用意したのが、アメリカの金融企業「JP Morgan」だったとされていますので、「欧州スーパーリーグ構想」は端的に言うと、ウォール・ストリートが欧州サッカーに敵対的買収を仕掛けたようなものと考えるべきなのではないかと思います。
C UEFAの会長は、「新自由主義と社会民主主義の戦い」と呼んでいましたよね。
B アメリカと欧州の間で、サッカーをめぐって経済イデオロギーの覇権の行方が争われていると。そう考えると、今回のアメリカ・カナダ・メキシコ大会に込められた、アメリカの狙いも少し明らかになってきそうです。
上:1970年のワールドカップメキシコ大会期間中にギターを弾いて寛ぐペレ。photo by Pictorial Parade/Archive Photos/Getty Images 中:1984年のロサンゼルス五輪のために開発されたAT&Tの「Electronic Messaging System (EMS)」photo by Michael Montfort/Michael Ochs Archives/Getty Images 下:1984年ロサンゼルス五輪開会式。2028年大会では、同じLos Angeles Memorial ColiseumとSoFi Stadiumの2箇所で開会式が同時開催される予定。photo by Michael Montfort/Michael Ochs Archives/Getty Images
FIFAの野心、アメリカの下心
A 世界のサッカー覇権の行方をひとつややこしくしているのは、FIFAという組織とUEFAという組織の関係です。FIFAの方が、もちろん組織図上は上位にあるのですが、ビジネスの面から見ると、ワールドカップがある年以外は、FIFAよりもUEFAのほうがはるかに大きな収益を叩き出しています。
C プレミアリーグを筆頭に、スペイン、イタリア、ドイツといった国々の人気国内リーグを抱えているのがUEFAですし、毎年チャンピオンズリーグというドル箱のシリーズも抱えています。言ってみればサッカービジネスを強力に推進している巨大IPのほとんどがUEFA傘下にあるわけです。一方で、FIFAは、自前の収益源といえばワールドカップとクラブワールドカップくらいで、それも4年に1回しかありません。権威はあれど実質的な権力はない、といった構図なんですね。
B 中世ヨーロッパにおける教皇と各国の国王や皇帝の関係みたいです(笑)。
A そうなんです。その軋轢が、この間ことさら顕在化しているのは、現在のFIFA会長ジャンニ・インファンティーノという人が、おそらくこの状況をひっくり返したいと思っているからです。
B ヨーロッパから実質的な収益と権力を引き剥がして、FIFAに中央集権化したい、と。
A 実際、インファンティーノ会長は、ワールドカップを4年に1回ではなく、3年に1回にすることを画策してみたりしていますし、今大会の出場国の大幅の増加=試合数の増加は、まさにFIFAの直接収入をいかに増やすかというところに狙いがあるはずです。とはいえ、FIFAは現状、単体では経済力においてUEFA勢に圧倒されています。そこで、その後ろ盾として、ウォール・ストリートや中東の王族が出てくるわけです。ちなみにインファンティーノはFIFAの本部をニューヨークに移すことを目論んでいると噂されていますし、実際、2025年にトランプタワーに支部をオープンしています。サッカーの「アメリカ化」は、言うなればインファンティーノの悲願であるように見えます。
C UEFAは欧州の各国代表を戦わせる「Nations League」という建て付けを2018年にスタートさせましたが、その一方で、FIFAは昨年アメリカで「FIFA Club World Cup」を開催しました。これらの動きも、まさに、UEFAとFIFA、もっと言えば、欧州とアメリカのサッカー覇権をめぐる激しい綱引きなんですね。
B そうと知れば、トランプとインファンティーノが仲良しなのもさもありなんという感じですが、とはいえ、アメリカ側は、FIFAと手を組むことのどこに旨みがあるのでしょう? SNSの投稿で見ましたが、ビジネス規模でいえば、プレミアリーグよりも、アメリカのNFLの方がはるかに大きく、1チームの年間試合数が16試合しかないNFLが3倍以上の収益を叩き出しているとされています。
A アメリカではよく「4大スポーツ」と言われますが、アメリカンフットボール、野球、バスケ、ホッケーのいずれも、たしかに巨大ビジネスではあるのですが、どれもサッカーと比べるなら、プレイヤーが限られたローカルスポーツでもあります。放映権は世界中で売れていたとしても、世界的なスポーツとは言い難いものです。ワールドカップ決勝戦の世界中の総視聴者数は、実に15億人と言われますが、NFLのスーパーボウルは、せいぜい1億人強です。今年のスーパーボウルのハーフタイムショーの賛否をめぐる記事のなかで、「LAタイムズ」は、NFLのビジネス上の課題を、こう論じています。
NFLは世界で最も収益性の高いスポーツリーグだが、最も視聴されているわけではない(その栄誉は英国プレミアリーグに属している)。国内だけで約1億2500万人の視聴者を集めるのは確かに驚異的だが、2022年FIFAワールドカップ決勝を視聴した15億人と比べると見劣りする。アメリカンフットボールは、世界規模ではまだ成長の余地がある。NFLもそのことを認識しており、海外展開を本格的に進めてきた。リーグは2005年からレギュラーシーズンの試合を海外で開催している(最初はメキシコで行われた)。2026年2月には、9試合のレギュラーシーズンゲームを海外で開催すると発表した。内訳はロンドンで3試合、リオデジャネイロ、メキシコシティ、メルボルン、ミュンヘン、マドリード、パリでそれぞれ1試合ずつだ。(中略)ハーフタイムショーにバッド・バニーを起用したのも、この国際拡大戦略の一環である。
B なるほど。中南米への進出を睨んだ上での、ハーフタイムショーのバッド・バニーのキャスティングだったということですね。そういえば、今回のワールドカップの決勝戦でも初めてハーフタイムショーが開催されるんでしたよね。
C はい。たしかBTSが出るんですよね。
A 「Global Citizen」が制作を担当し、コールドプレイのクリス・マーティンがキュレーションを担当。マドンナ、シャキーラ、BTSがヘッドライナーということになっていますが、インファンティーノ会長からすると、これは、ヨーロッパ型のある意味ストイックなスポーツビジネスを、アメリカンスポーツの高収益モデルに転換するぞ、という意思表明なのだと思います。と同時に、そこには、まだまだ収益化が見込めるサッカーをヨーロッパの意のままにさせておくつもりはない、というアメリカの意気込みも潜んでいそうです。
2026年2月に開催されたスーパーボウルのハーフタイムショー。プエルトリコ出身のレゲトンのスーパースター、バッド・バニーが出演し、賛否両論を呼んだ。
スポーツのIP化、ファンダムの金融化
B アメリカがサッカーを欲しがる理由は何となくわかってきましたが、とはいえ、相変わらずビジネスの中心は放映権や広告料、あるいはマーチャンダイズ収益といったことになるのでしょうか。
A ビジネスの力点が今後どこに置かれることになるのか、ということについては、おそらくふたつ流れがあるような気がします。ひとつは金融化という流れで、もうひとつがデジタル化です。まず金融化のほうからお話ししますと、サッカービジネスは大まかに言うと、チケット収益モデル、放映権モデル、プレミアリーグ発足以降の金融化モデルが折り重なりながら進化してきたと言えるかと思います。なかでもプレミアリーグの金融化の流れには歴史的にふたつの段階があったとされています。
B といいますと。
A 90年代の第一段階では、クラブのIPO(株式公開)がブームになります。マンチェスター・ユナイテッド、マンチェスター・シティ、チェルシー、リーズ・ユナイテッドなどがこの時期に一斉に株式公開しました。ところが、チームの成績が株価に直結してしまう、短期的利益への圧力が強まってしまう、大型補強のためには結局追加資金が必要になる、といった理由から、IPOとスポーツクラブの経営が相性が悪いとみなされるようになり、次第に株価が低迷するようになります。それを受けて、新たな金融化の方式として採用されたのが「LBO」(レバレッジド・バイアウト)でした。これをグレイザー家がマンチェスター・ユナイテッドの買収の際に採用したことが、のちの金融化の流れを加速したとされています。
B IPOとLBOは、どう違うんですか?
C 簡単に言うと、IPOは「みんなからお金を集めて成長する」モデルですが、LBOは「借金を使ってクラブを買い、将来の収益で返済する」モデルです。LBOは、将来にわたる収益性が安定的に担保されていると見なされる場合に有効な資金調達のやり方なので、熱心なファンベースを世界中にもっているマンチェスター・ユナイテッドのようなクラブには相応しいモデルです。とはいえ「クラブのオーナーが負った借金をクラブが返済する」というモデルですので、サポーターからの反発も、もちろんありました。
A 世界中で売り捌いた放映権によって収益が安定したこと、さらにクラブのブランドが国際化してグッズ収益やスポンサー収益なども予測可能になったことで、有名サッカークラブは、この頃から安定したキャッシュフローを生み出す「資産」とみなされていくようになったわけです。であればこそ、Silver Lake、CVC Capital Partners、Apollo Global Managementといったプライベートエクイティファンドが、以後盛んにサッカービジネスに参入するようにもなりました。
B 金融化の流れのなかで、熱烈なサポーター集団を「ファンダム」として資産化できるようになった、と。
A そうなんです。チーム/クラブのサポーターは、チームが低迷しても有名選手が流出しても基本クラブから離れませんから、安定的なキャッシュフローが望めるわけです。逆に言えば、サポーターの「気持ち」や「感情」が資産化され、それを担保にオーナーがクラブを保有していることになるので、エゲツないといえばエゲツないのですが、こうした事態は、サッカーに限らず、近年では音楽産業においても一般化しています。
C そうなんですか。
A 音楽楽曲を「資産」と見なす趨勢は、フレディ・マーキュリーを題材にした映画『ボへミアン・ラプソディ』の大ヒット以降加速したとされ、コロナがそれをブーストしたとされています。それ以降、例えばクイーンのような大物アーティストのバックカタログは、ストリーミングサービス上で永続的に安定的なキャッシュフローを生み出す「資産」として見なされ、その結果、Concord、KKR、Apollo Global Managementといった企業が大量の楽曲群を保有するようになり、BlackstoneやSilver Lakeといったプライベートエクイティ企業やBlackRockのようなアセットマネジメント企業も音楽産業に参入するようになりました。
B この間、やたらとミュージシャンの伝記映画がつくられているのは、安定資産化したIPを動かして運用益を出すため、ということになりますね。
A ですね。かつて文化産業と呼ばれていたものは、とっくに金融産業の一部門です。
B サポーターやファンダムの「感情」や「記憶」といったものを資産化し運用し続けるという点で、サッカーも音楽も同じ運命をたどっているということですか。なかなかツラい話です。
A それまで安定的なキャッシュフローを担保できるようなものではないと思われていた音楽やサッカーが、むしろ逆かもしれないと考えられるようになったことの背景には、状況の変化によって左右されることなく高いエンゲージメントを示すファンダムの存在が、ソーシャルメディアやYouTubeによって可視化されるようになったことがあります。
その流れのなかで、サッカーや音楽に限らず、おそらくどんなビジネスにおいても、それまでの「消費者」や「顧客」を「ファンダム」や「コミュニティ」として理解し直すことの重要性が広く認識されるようになりましたが、サッカーや音楽で起きたのは、それをさらに進めて、そのファンダム自体を証券化・債権化するということでした。一部の金満家や金の亡者たちによってサッカーや音楽が牛耳られるようになったことへの批判は、それはその通りなのですが、その資金の担保となっているのはファン自身なので、その意味でファンダムは、このビジネスモデルにおいて、知らぬ間に共犯者にして負債者にさせられているとも言えます。
上:2021年に突然発表された「欧州スーパーリーグ構想」にプロテストするプレミアリーグのクラブのサポーターたち。ロンドンにて photo by Chloe Knott - Danehouse/Getty Images 下:リバプールFCの本拠地アンフィールド・スタジアムにも抗議のバナーが掲げられた。photo by Christopher Furlong/Getty Images
「デジタルデフォルト」への脱却
C 現在のサッカービジネスにおいて、とりわけ日本では「コミュニティ」の重要性が盛んに言われています。これは、先ほど話が出たように、新自由主義的な「商業化」に対する社会民主主義的なパブリックな施策として理解されていますが、それがファンコミュニティの金融化と背中合わせなのだとすると、安易なコミュニティ論はナイーブすぎるのかもしれません。
B ニューヨーク市長のゾーラン・マムダニが、「強欲よりもゲームを」と謳ってストリートサッカーを推奨したり、公開ウォッチパーティを開催したり、ダイナミックプライシングを取り下げるようFIFAに掛け合い、代わりに$50のチケットを1000枚確保したりしています。サッカーをコミュニティの活性化に使おうということだと思いますが、それもどこかで、強欲なサッカービジネスを補完してしまいそうです。
A とはいえ、ここを二項対立としてだけ考えてしまうよりは、デジタルデフォルトの社会は分散化と集権化とが同時に進行していくもので、双方が補完関係にあると見たほうがいい気がします。ファンダムの囲い込みはたしかに大きな問題ですが、といってガチガチにコントロールしようとすればファンは離れていきますし、ソーシャルメディア通じて編成されるファンダムは、そもそも分散的なので制御することが困難です。であればこそ、コントロールと自由とをどこでバランスするかが重要になります。
B 「視聴者」が同時に「発信者」になってしまう点が、一方向性の従来の「放送モデル」とは異なるところですね。
A そうなんです。であればこそ、さまざまな批判もすぐ拡散されて可視化されてしまうわけですが、とはいえ、これまでの放送モデルにしがみついていれば新しいファンも増えませんから、FIFAやIOCは、1984年以来依存してきた「放送モデル」からの脱却をずっと望んできたはずで、それを強力に推進すべく、アメリカでワールドカップとオリンピックが続けて組まれているように見えます。
B 放送モデルからデジタルネイティブなビジネスモデルへの転換が、今大会から2028年のロス五輪に向けて構想されている、と。
A 実際、 旧来のテレビ業界が高騰する放映権料を支払えなくなっていることからも明らかな通り、スポーツメディアをめぐる中心勢力は、「放送ビジネス」のプレイヤーから広義の「テック」のプレイヤーに大きく移行しています。その趨勢をおそらくFIFAは加速させたいはずですし、それを後押しするためにもアメリカと手を組むことが必須だったのだろうと思います。
C 日本でも、前回のワールドカップがAbemaで今回がDAZNですし、野球の世界戦「ワールドベースボールクラシック」がNetflixで放映されたのも記憶に新しいところです。今回の放映を担当しているDAZNをテック企業と呼ぶべきかどうかは微妙なところですが、前回大会でのAbemaの視聴体験は、たしかにテック企業ならではのものでした。テレビ型のビッグイベントを、どうデジタルに最適化し直すかは、日本でもずっと課題ですよね。
B ちなみに、放送の企業とテック企業の視聴体験の違いというのは、具体的にはどの辺に現れてくるものなのでしょうか。
A 個人的には、「UI/UX」つまり「視聴者もしくはコンテンツクリエイターの体験設計こそがすべて」といった認識が、どの程度企業の文化になっているかが、ここでいう「テック企業」と「放送企業」を分け隔てるような気がします。今大会のDAZNは、その意味で、テック企業的であるよりは、従来の「衛星放送」に近いサービス設計となっていることが、冒頭での会員登録費をめぐる騒動にも現れていたのではないかと思います。
B このご時世の視聴体験としてはYouTubeで配信してくれるのが、一番手っ取り早くて誰もがハッピーで一番数字も取れそうですよね。
A 一足飛びにそこに行くのは難しいとしても、今回のDAZNに対しても、せめてYouTubeやTikTokへの最適化を望む声は上がっていまして、とりわけYouTubeの無料ハイライトのクオリティが槍玉に上がっています。WBCでは、Netflixが、試合後のハイライト映像を、ヒカキンのような一部のコンテンツクリエイターに開放したりもしていましたが、今回のワールドカップでもFIFAは、TikTokのインフルエンサーたちと提携し、ピッチや記者会見場へのアクセスを開放しています。いわゆる実況系のストリーマーやインフルエンサーが、すでにTV局よりもはるかに視聴者数をもっている現状では、そうしたコンテンツクリエイターやそのファンダムと協業するほうが、話題性をつくる上では、はるかに効果があるはずです。
B 人気YouTuberのIShowSpeedが勝手に発表したワールドカップの応援歌が、Shakiraによる公式応援歌の再生数を瞬く間に抜いて話題になりました。
A その際に驚いたのは、FIFAがSpeedの曲をすぐに公式プレイリストに加えたことでした。驚くほど反応が早いなと感心したのですが、そこから感じたのは、FIFAがかなり本気で、これまでのテレビ放映のモデルから、デジタルデフォルトな組織に生まれ変わりたがっている、ということでした。加えて、ただでさえ直接収益を得るチャンスが4年に1回しかないFIFAは、ユーザーに対していかに課金ポイントを増やせるかが最大の課題でして、それを実現するためには、ユーザーを常時接続させておく仕掛けが必要となります。そうした観点から見ても、ワールドカップ自体を、いかに安定的に収益化のできるIPフランチャイズに変えることができるのかが、今後の生命線になってくると思うんです。
人気YouTuber「IShowSpeed」による非公式応援歌は、すぐさま公式プレイリストに加えられた。
ゲーム・ベッティング・暗号資産
B オリンピックやワールドカップを、いかにIP化し、そこにいかにファンコミュニティを集約し、かつ、そこでいかに安定的かつ継続的に、お金を使わせるかが焦点になってくる、と。それが成功したら、まさに超巨大ファンダムビジネスですよね。
A そのためのフックとしておそらくFIFAが期待を寄せているのが、ベッティングと暗号資産、そしてゲームなのだと思います。ベッティングについては、今大会が史上最大の賭博イベントになるとBBCが報じており500億ドルが賭けられると予測していますが、報道によっては1500億ドルとの予測もあります。BBCによれば、現在アメリカ国民の65%がスポーツ賭博にアクセスできるようになっており、アメリカ人が賭けに大規模に参入する最初のワールドカップとなるとされています。
B 合法のものですよね。
A そうですね。
C 暗号通貨について言えば、前回のカタール大会では暗号資産企業の「Crypto.com」がスポンサーに入っていましたし、今回も「Kraken」が大会の公式暗号資産取引所、「Chainlink」がオンチェーン予測マーケット、「Nexo」 が公式地域デジタル資産、「Chiliz」 がファントークンのプラットフォームとして、それぞれ参画しています。
A 自分は暗号資産界隈は詳しくないので、実際どの程度使われているのかはわからないのですが、例えばファントークンのプラットフォームを提供する「Chiliz」は、「socios.com」を運営していまして、プレミアリーグやセリアAのトップクラブから、ブラジルのクラブまで、25カ国70以上の錚々たるクラブがすでに提携しています。今後のスポーツビジネスにおけるファンダムの運用において、暗号資産が重要な柱になると見込まれていることがわかります。
C ベッティングについては、プレミアリーグでクラブのスポンサーになることが禁止され、逆にスポンサー不足に悩まされていると報道されていますが。ファンタジースポーツを含めた賭博は、たしかにファンを常時接続させるフックとしては最強ですよね。賭博は、自分が応援しているチームだけでなくリーグ全体への目配せをユーザーに求めますし、エンゲージメントの最大化という意味でも、広告に変わる収入源を得る上でも、賛否はありにせよ魅力的なのは間違いないですね。八百長をどう防ぐかという問題もありますが。
A 競技のリアルタイム配信というレイヤーに、ベッティングやファントークンのような複合的な要素を統合して、しかもアプリ内でリアルタイムで動かすためには、どうしたってテック企業がプラットフォーマーとして必要になりますが、現在それを実現できるプレイヤーは、すでにして数えるほどしかいません。NetflixやAmazon、AppleといったいわゆるOTTビジネスのプレイヤーたちは、リアルタイムで人を集めることのできるコンテンツがスポーツしかないことに気づいてからは、スポーツ中継に積極的に参入していますし、それ以外にもYouTubeやX、TikTokなども、重要なサブプレイヤーとなります。加えて、ゲーム企業も重要プレイヤーの一角とみなされています。
B なるほど。映像をリアルタイムで生成して動かすような技術は、たしかにゲーム産業の独壇場ですね。バーチャル空間内で大人数をリアルタイムで動かすことにかけても、同様ですよね。
A 実際ゲームとリアルタイムの放映・配信の融合はすでに進行していまして、現状、その最先端を走っているのはサウジアラビアなのではないかと言われています。
C サウジの公的投資基金(PIF)「ソブリン・ウェルス・ファンド」は、今回のワールドカップのスポンサーにもなっていますし、eスポーツのワールドカップももっています。
A まさにそのPIFが、昨年末に、F1、NASCAR、NBA、NHLなどと組んだスポーツゲームで知られる大手ゲーム企業の「EA」の買収に乗り出しています。これは史上最高額のLBOで、買収額は550億ドルとされています。この買収には、マンチェスター・シティを保有するCity Football Groupの大口投資家でもあるプライベートエクイティ企業「Silver Lake」が絡んでいるほか、トランプの娘婿であるジャレッド・クシュナーの投資会社「Affinity Partners」が買収を仲介し、自ら出資者となっているとも言われています。
B 突然話がきな臭くなってきました(笑)。
A ここにクシュナーの名前が出てくると、なおさらインファンティーノ会長とトランプ大統領の蜜月ぶりも腑に落ちて来るのですが、この「EA」買収においておそらく重要なのは、それがいったい何を目指しての買収だったのかという点です。『ザ・メタバース:世界を創り変えしもの』の著者として知られ、ゲーム業界のアナリストとして知られるマシュー・ボールは、サウジアラビアによるEA買収によって、メディア/エンタメビジネスが今後どのように融合し進化していくかを、自身のブログで以下のようにサマリーしています。ちょっと長いのですが、引用させてください。
EAはこれまで、巨大なスポーツネットワークをもつ大手メディア企業(例えば ESPN やNBCスポーツ)との統合を長らく検討してきた。最近では、MLSの試合をEA Sportsのモバイルアプリで配信し始めると同時に、現実の試合のスコア表示やデイリーファンタジー機能などを追加している。また、現実の試合をリアルタイムエンジン上で再現しプレイできるようにするツールへの投資も進めている。さらに同社は、ゲームを中核としたコミュニティおよびコンテンツ・プラットフォームの構築についても繰り返し語っている(具体的には、EA Sportsのプレイヤーネットワークが約2億6500万人である一方、スポーツにおいて「プレイし、観戦し、競い、つながる」人びとは40億人以上に上ると指摘している)。(中略)
ここでの狙いは、おそらく従来型のスポーツを配信し、それにインタラクティブ性を付加し、さらに多様なコミュニティ機能で取り囲むことにあるのだろう。これは非常に長期的でコストもかかる戦略で、実行できる企業は限られている(Netflix、Amazon、Apple など)。しかし同時に、ビジネスとしての合理性も明確で、極めて大きな成長の余地がある。
B これはすごいですね。これはまさにサッカーを舞台にしたメタバースといった趣です。
密談するジャレッド・クシュナーとパリ・サンジェルマン会長のナセル・アル・ケライフィ。2022年ワールドカップのカタール大会、ブラジル対セルビア戦にて。photo by Jean Catuffe/Getty Images
21世紀のメディア覇権
A ファンダム研究の世界的第一人者であるヘンリー・ジェンキンズは、かつて映像、音声、活字といったメディアごとに分割されていたメディアチャンネルがデジタルテクノロジーによって融合していくさまを「メディアコンヴァージェンス」と呼びましたが、マシュー・ボールがここで語っているのは、まさに、テレビとゲームとソーシャルメディアとベッティングプラットフォームが「一体化=コンヴァージェンス」したメディア空間で、そのインフラとしてブロックチェーンやAIが走っている、といった世界です。
C 湾岸諸国のオイルマネーとアメリカのテック/ゲームプラットフォームが合体すると、こんな壮大なビジョンになるんですね。
A ちなみに、サウジは、eスポーツのイベント/プラットフォーム企業「ESL FACEIT Group」 を15億ドルで買収しているほか、モバイルゲーム企業「Scopely」を49億ドル、『ポケモン GO』を運営する「Niantic」を35億ドルで取得していたりもしますし、任天堂にも出資しています。
C 『ポケモン GO』はサウジのもち物なんですね。
B アメリカでも、90年代に始まったメディア統合が、この間猛然と進行していると聞きます。オラクルのラリー・エリソン率いるエリソン家が、パラマウントを買収し、ワーナー買収にも乗り出す一方で、TikTokのアメリカ事業をまんまと手中に収めたりしています。アメリカは、AI、SNS、テレビ、映画などが垂直に統合された巨大コングロマリットをもって、デジタル世界のメディア覇権を取りにきているとも言えそうですね。
A FIFAのビジネスモデルの転換は、煎じ詰めてしまえば、アメリカ主導で進行するメディア空間の再編に歩調を合わせていくということなのだと思います。トランプとインファンティーノ、さらには中東の王族、ゲーム会社も含めたテック企業、メディアコングロマリット、そして金融業界の利害が一致するのは、まさにこの点においてだということになるのではないかと思います。
B 恐るべき構想力ですが、裏で絵図を書いている人たちがいるのでしょうか。
A それこそトランプとインファンティーノを最初に仲介したのがジャレッド・クシュナーだと言われていますので、陰謀論ぽく言えば、彼のような人物が、各アクターの間でファシリテーターの役割を務めているようには見えます。ちなみに大顰蹙を買ったガザの「復興案」をダボス会議で発表したのはジャレッド・クシュナーで、トランプ大統領やブレア元首相などが名を連ねる「平和評議会」にFIFAが7500万ドル供出することも決まっていますので、大掛かりに政治を巻き込んだ構想が動いているようにも見えますが、とはいえ、欧州スーパーリーグ構想を仕掛けたのがJP Morganだったことからもわかる通り、実際の絵図を書いているのはやはり金融業界なのではないでしょうか。
B ハーフタイムショーや実質的なクオーター制の導入、あるいはゲームのスピード化をめぐるさまざまなルール変更なども、金融とテックプラットフォームの融合という趨勢のなかで起きているということですよね。金融資本主義とプラットフォーム資本主義がサッカーを舞台に交錯しつつあると。
C この間の試合の中継を見てみると、スタジアムのつくりも急勾配のスタンドが目立つ印象です。しかも、いたるところにスクリーンが埋め込まれていて、本当に試合に集中できるのかなと疑問も湧くようなつくりですが、それもゲームっぽいと言われれば、そう思えてきます。リアル空間が、すでにバーチャル空間の模倣になっているといいますか。
B 実際、今大会がスタジアムのスタンダードを一気にあげてしまった感じはあります。ダラススタジアムはキャパも大きいですが、席種も多く、VIPルームは350室あるとのことですので、桁違いです。オペレーションもとても円滑で7〜8万人の観客を捌くことに慣れているなと感心させられました。
C 大型ビジョンは邪魔ではないですか?
B 映像演出のバリエーションも多彩ですしスタッツが表示されたりと飽きさせません。「画面を観に来たんじゃないんだけどな」とも思う一方で、大型画面を見ながら生の試合を観戦するというのが、今後当たり前になっていくのかもしれないな、とも思いました。
C 現場の体験もマルチメディア化している、と。
A ボールにチップが埋め込まれたり、選手の微細な動きまでもがデータ化されるようになったりしているのも、リアルタイム映像とバーチャル映像を同期させたいからだと思えば納得ですし、かつそうしたデータがファンタジースポーツやベッティングの資源にもなるとなれば、現実の競技は、ますますバーチャル世界の一部になっていくことになりそうです。加えて、そうしたデータが契約の際にも参照されるのであれば、選手も、すでにゲームのキャラ/IPであり同時に金融商品でもあるんですね。
B 選手も、ファンの感情も、すべてが金融化され、しかもそれがゲームや賭博にフィードバックされ、それにまたファンがお金を落としていく。なかなかの暗黒世界です(笑)。
0対0の引き分けに終わったスペイン対カボベルデ戦が開催されたアトランタ・スタジアム(メルセデス・ベンツ・スタジアム)。2017年竣工、8万人収容。ワールドカップでは計8試合が行われる。photo by Justin Setterfield/Getty Images
「国家」こそ最強のエンタメIP
B 不思議なのは、そうした剥き出しの新自由主義のなかで、ワールドカップも、オリンピックも、いまだに国別対抗で行われていることです。これだけグローバル化してしまうと、もはや「国」の概念は意味を失っていくことになるのかと思っていましたが、案外そうなっていませんよね。むしろ逆に「国」の求心力は高まっているとも言えます。
A ここまで整理した上でわかってきたのは、金融化の流れも、デジタル化の流れも、それをどんどん推し進めていくと、選手はもちろん、クラブ、リーグ、ファンのすべてが「IP=資産」として運用すべきものになっていき、結果としてファンダムビジネスに行き着くことになるということです。そう考えたときに、世界的にファンダムを編成する上で最も求心力をもつIPが、おそらく「国」なんですね。つまるところ、「国旗」や「代表チーム」は、この空間のなかで最も吸着力の強いIPとして再価値化されつつある、ということかもしれません。
B おお。国家はIPで推し活の対象である、と。刺激的な仮説ですが、腑に落ちるところもありますね。
A 個人競技主体のオリンピックにおいて「国」がどれほど求心力をもち続けられるかは未知数ですが、サッカーについて言えば、FIFAが「国というIP」を手放す理由はなさそうです。ちなみに国旗というものに著作権はないそうですが、商標登録はできず、変形したり意図的に汚損させたりするとそれぞれの国の刑法で処罰される可能性もあります。その意味で、国旗というのは、最も自由でありつつ最も保護されている「IP」でもあるんですね。
C わけがわからない世界線に突入してますね。いずれにせよ、金融経済とプラットフォーム経済が一体化した世界では、視聴者はすべて「ファン」というものとして資産化されるということですよね。なんだかツラい気持ちにもなってきますが、何か先行きの明るい話はないですか。
A ファンダムエコノミーの可能性は、言うなれば、誰でも参加して、「公式」が提供するコンテンツを、自由につくり直すことができるところにあります。言うなれば「参加型」であることが、ファンダム経済の生命線です。その観点からすると、特に日本のサッカーは、自由に「語り直す」ような文化が弱いのではないかと感じます。まだ野球の方が、文芸の対象になったりと、豊かさがありそうです。
B 日本の野球の歴史は、それこそ初期の頃から正岡子規と結びついてますもんね。それだけで、そこはかとなく豊かさを感じてしまうところは、たしかにあります。
A 逆にサッカーは、Jリーグの創設当初から、その語りがずっと広告代理店/コピーライティング的なのだと思います。今回もワールドカップの開幕に合わせてDAZNのCMが品川駅のコンコースに一斉に流れたのをSNSの投稿で見ましたが、まさに広告代理店文化の残骸という感じでした。それと比べるなら、YouTuberやTikTokインフルエンサーに一挙に門戸を開いたFIFAのほうが、はるかに潔いとも感じます。
B 「語り」ということで言えば、選手たちが自分たちで記事を発表できるプラットフォーム「The Player’s Tribune」に、コートジボワール代表のヤン・ディオマンデ選手による、15歳で亡くなった妹・ロクサーヌに捧げた手記が公開され大きな話題となりました。選手が語りの主体となっていくことで、スポーツジャーナリズムの先行きが懸念されてもいますが、こういう動きは、面白いものではありますね。
A ディオマンデの手記は、涙なしには読めませんでした。こういう物語と出会うと、やっぱりワールドカップっていいな、と、ついついなってしまうんですよね。
The Player’s Tribuneに掲載され、世界中に感動をもたらした、コートジボワール代表ヤン・ディオマンデ選手の手記。必読。
【WORKSIGHT SURVEY #69】
Q. 商業化しすぎたワールドカップなら、いっそなくなったほうがいい? それでもワールドカップは続いて欲しい?
チケットや放映権の高騰、ルールや演出のアメリカ化、激しく進行する金融化……新自由主義化がさらに加速するワールドカップは、本当にこれからも存続すべきなのでしょうか。みなさんのご意見をお聞かせください。
【WORKSIGHT SURVEY #68】アンケート結果
わたしたちにはクマが見えない:写真家・宮崎学が山に仕掛ける「目」に写るもの(6月16日配信)
Q. クマなどの人間の側で暮らす野生動物の生態を、もっと知りたいと思いますか?
【はい】クマの様な野生動物に近くで遭遇することは殆どないところに住んでおり、人間も野生動物を含めた生態系の一種ということを忘れがちになります。そのためか、駆除などの報道を見聞きする度に、襲われるのも怖いですが闇雲に駆除に賛同するのもどうかとモヤモヤした感情を抱きます。襲われたくはないですが、共存する方法があるなら知りたいです。
【はい】彼らは何を考えているのか、どの様にコミュニケーションを取っているのか、嗅覚などどれくらいの能力があるのかを知りたいです。
【はい】クマは危険なので駆除が必要、という単純化された論調には違和感を感じている。まずは少しでも知ろうとするところからの模索だと思う
【はい】理由?そりゃ、私はべつに、人間と他の生物との間に違いを感じてないからです。もちろん種族が違うのはそうなのですが、地球環境下において対等だと思う。アメリカ人や中国人、ギリシア人が何を考えどういう価値観で行動しているのかを知りたいという関心があるのと同様に、ツキノワグマが(あるいはクマタカやヤマメが)何をどう考えどういう価値観で行動しているのか知れればおもしろいと思う。もっと言えば、彼らと直に会話ができればいいのに、と本気で思っています。だから大いに興味があります。
次週6月30日は、「索道コンサルタント」村山徹氏へのインタビューを配信。スキー場に行けば誰もが利用するリフト。このリフトの維持管理をコンサルティングするのが索道コンサルタントの仕事だという。スキー場は減少し、インフラの維持コストが上昇するなかで、スキー文化の持続のために必要なこととは。お楽しみに。
【新刊案内】
Photographs by Hironori Kim
Cover Illustration by Natsujikei Miyazaki
帝国、教会、荘園、騎士団、ギルド、修道院……。中世とは、複雑怪奇な権威のネットワークが幾重にも絡み合った時代だった。アルゴリズムに導かれ、プラットフォームのなかで群れ、炎上によって見知らぬ誰かを裁くいま、わたしたちはすでに「新しい中世」を生きているのかもしれない。かつて中世の再来を予言したウンベルト・エーコ、 心理占星術研究家・鏡リュウジや現代魔女・円香、中世ゲーム研究、政治学者が読み解く「中世という過渡期」を経た、現在の地政学「それ以降の世界」まで。中世のレンズを通して現代を再解釈する。
【目次】
◉ギャラリー
現代は中世である
◉巻頭言
世界はふたたび中世になる
文=山下正太郎(本誌編集長)
◉ウンベルト・エーコと新しい中世
文=武邑光裕
◉対談
鏡リュウジ(心理占星術研究家)+畑中章宏(民俗学者)
スターゲイザーたちの「合理的」な世界
◉わたしは魔女である
円香が語る「現代魔女」という行き方
◉中世の騎士、東京に集う
ドキュメント「戦え、騎士のように」/証言「騎士たちの理由」/インタビュー「中世剣術のリアリティを、現代で共有したい」
◉ゲームはなぜ中世を必要とするのか
中世ゲーム研究の第一人者、かく語りき
◉コンテンツガイド
中世の回廊
◉「新しい中世」以降の世界
政治学者・田中明彦の予言から読む現代の地政学
【書籍情報】
書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]30号 新しい中世 The New Middle Ages』
編集:WORKSIGHT編集部(コクヨ ヨコク研究所+黒鳥社)
ISBN:978-4-7615-0938-5
アートディレクション:藤田裕美(FUJITA LLC)
発行日:2026年7月2日(木)
発行:コクヨ株式会社
発売:株式会社学芸出版社
判型:A5変型/128頁定価:1800円+税













