アニメスタジオ、音楽レーベルを始める:MAPPA代表取締役社長・大塚学に訊くmappa recordsの必然
『呪術廻戦』『「進撃の巨人」The Final Season』『らんま1/2』などの国民的マンガのアニメ化をはじめとして、数々の大人気アニメの制作を手がけるスタジオ・MAPPA。新鮮な映像と演出で原作の魅力を引き出し、視聴者からの信頼も厚い彼らが、2025年4月音楽レーベル「mappa records」を設立した。時代を牽引するアニメスタジオの新たな試みの必然性とは。代表取締役社長・大塚学に訊いた
日本のアニメーションが、いまや世界的なカルチャーとして存在感を増しているのは疑いようがない。2024年のパリ五輪プレイベントでは、アメリカ代表の短距離選手ノア・ライルズが『呪術廻戦』のキャラクター・五条悟のポーズを決めて話題を呼んだ。映画『THE FIRST SLAM DUNK』は、日本国内で157億円、海外を含めて約2.7億ドルの興行収入を記録し、韓国や中国でも記録的ヒットを飛ばした。アニメはいま、ビジネスとしても文化としても、国境を越えて広がっている。
現在のアニメの特徴は、映像にとどまらず、さまざまなエンターテインメントと結びつきながらコンテンツの魅力を拡張させていることだ。Creepy Nutsの楽曲「Bling-Bang-Bang-Born」がアニメ『マッシュル-MASHLE- 神覚者候補選抜試験編』のオープニングに使用され、キャラクターたちが楽曲に合わせて踊るダンスがTikTokでミームとなって、全世界で楽曲が大ヒットとなったのも記憶に新しい。いまや日本のアーティストのグローバル戦略にとって、アニメは切っても切り離せない存在となっている。
しかしながら、アニメ制作の現場においてはさまざまな制約もある。スタジオ、テレビ局、配信サービス、音楽レーベル、権利管理、宣伝、グッズ、イベント……など、アニメ産業には多様なプレイヤーが関わっており、どの組織が主導してプロジェクトを進めていくのかも作品ごとにまったく異なっている。こうした背景から、アニメスタジオと音楽レーベルが必ずしも直接的にコミュニケーションを重ねて制作を行うことができないケースも珍しくないのだ。
こうした状況に対し、さまざまなアイデアを用いて、よりクリエイティブなアニメ制作の体制を模索しているアニメスタジオがMAPPAだ。多くのアニメが複数社の出資による製作委員会方式を利用するなか、2022年10月放送・配信のアニメ『チェンソーマン』では、製作費を100%自社で出資。挑戦的な映像表現で視聴者の注目を集めた。その他『呪術廻戦』『「進撃の巨人」The Final Season』『らんま1/2』『LAZARUS ラザロ』など数々の話題作を手がけてきたMAPPAが、2025年4月、音楽レーベル「mappa records」を立ち上げた。アニメスタジオが音楽レーベルに挑む理由とは何なのか。時代をリードするアニメに求められるクリエイティブのあり方とは。MAPPA代表取締役社長・大塚学にインタビューを実施した。
interview by Siori Kitade
text by WORKSIGHT
photographs by Shusaku Yoshikawa
大塚学|Manabu Otsuka 1982年生まれ。アニメスタジオSTUDIO4℃で制作進行を経験後、2011年にMAPPA設立に参加し、2016年に社長に就任。プロデューサーとしても、『残響のテロル』『ユーリ!!! on ICE』『BANANA FISH』『ゾンビランドサガ』『呪術廻戦』『チェンソーマン』など、多彩なヒット作に関わる。
アニメと音楽の距離はもっと近くていい
──そもそもアニメにとって、音楽とはどのようなものなのだと大塚さんは考えていらっしゃいますか。
音楽は日本のアニメーションにおいて重要な役割を担っています。クリエイティブにおいてはもちろんのこと、プロモーションなどより多くのお客様に作品を届けていく観点でも、音楽の役割は年々大きくなっています。アニメと音楽がうまく連携できた作品ほどお客様の満足度が高いことが多いと感じています。
一方で現場の感覚として、アーティスト/レーベルとアニメスタジオが、クリエイティブの面でより深いコミュニケーションを行っていくための模索をしたいと感じていました。
──それはつまり、現状のアニメーション制作においては、映像制作と音楽制作の間にある種のギャップがあるということなのでしょうか。MAPPAが制作を手がける作品は現状でもアニメーションと音楽が密接に連携したものが多い印象もあるのですが。
作品ごとに、アニメーションにおける音楽の狙いや意図はそれぞれにありましたが、全体として「アニメーションと音楽が密に連携していこう」という動きが明確にあったわけではありません。それでも、ご一緒させていただいた作曲家やアーティストの方々、そして監督のみなさんに恵まれたことで、作品単位では良いかたちにつながったと思っています。
──なるほど。連携という点でいうと、さまざまなスタッフさんたちの姿勢によるところが大きかったということなんですね。これまでMAPPAの活動と音楽にはどのような結びつきがあったのでしょうか。
振り返ると、スタジオの一作目である『坂道のアポロン』(2012年)からしてジャズをテーマにした作品でした。監督の渡辺信一郎さんは、『カウボーイビバップ』をはじめとして、とても音楽にこだわりをもって作品づくりをしている方です。設立当初のMAPPAにとって、音楽を大事にする意識が芽生えるきっかけになった経験でした。
わたし個人としては、さまざまな作曲家の方々をはじめとする音楽関係者などアニメにとどまらない方々との交流を通じて、エンターテインメントにおける「音楽と映像の関わり方」について学ぶ機会を得ることができました。ほんの一端ではありますが、そうした経験を重ねるなかで、自分なりに音楽に関する知見も少しずつ広がっていったと感じています。そうした気づきを経て、アニメーションスタジオとして絵にこだわるのはもちろん大切ですが、音楽にも同じくらいこだわることで、より多くのお客様に喜んでいただける作品を届けられるのではないか。そう考えるようになったことが、mappa recordsの立ち上げにつながっていきました。
渡辺信一郎監督とMAPPAのタッグにて2025年4月より放送・配信された『LAZARUS ラザロ』。Kamasi Washington、Bonobo、Floating Pointsという世界的アーティストが音楽を手がけていることでも話題に
──部分的には作曲家の方々と密接な連携のもとアニメ制作も実施できていたと先の話にもありましたが、あえて音楽レーベルとしての始動をアナウンスした狙いはありますか。
一番は「メッセージ」であると考えています。MAPPAはこれまで、ディレクターと積極的に対話しながら作品づくりに取り組んでくださるアーティストの方々や、「アニメスタジオと一緒に音楽をつくりたい」と言ってくださる作曲家の方々との出会いに恵まれてきました。
mappa recordsとしては、アニメーションと音楽の連携における可能性を追求していく上で、その姿勢や考え方を共有していくことが重要だと考えています。そうすることで、わたしたちの取り組みに関心をもってくださる方々との新たなつながりが生まれていけば嬉しく思います。MAPPAが主体的に関わる作品においては、音楽関係者の皆さまと良い表現をともに模索していきたいと考えています。それによって、アニメーションの新たなかたちが見えてくるかもしれません。
──なるほど。音楽に関わる人たちへの投げかけでもあるんですね。
そうですね。ただ、今回の取り組みは、MAPPAのスタジオで働くスタッフにとっても、選択肢が増えるきっかけになればいいなという思いもありました。これまではアニメの仕事というと「絵を描くこと」というイメージがありましたが、これからは音楽に関わる仕事も重要になってくると感じています。実際社内を見渡しても、音楽が好きなスタッフは多いです。しかし、音楽を自分たちの仕事に結びつけるにはどんな選択肢があるのか、あまり想像ができなかったと思うんです。今回mappa recordsを立ち上げたことで、音楽というものがスタジオで働く人たちにとっても、より身近になるのではないかと考えています。
MAPPAは2011年設立のアニメスタジオ。マッドハウス出身の丸山正雄氏が創業。本記事で紹介している作品以外にも『どろろ』『地獄楽』『劇場版 イナズマイレブン 新たなる英雄たちの序章』など話題作を多数手がける
アニメ・アーティスト・レコード会社のハブへ
──mappa recordsがもつ音楽レーベルの機能とは具体的にどういったものになるのでしょうか。
アーティスト/作曲家とレコード会社の間に入って連携を深め、アニメ作品のクオリティを高めるためのハブとなることを目指しています。既存の音楽レーベルとの競合を狙っているわけではなく、これまでご一緒していただいたレーベル、レコード会社の音楽関係者の皆さまとmappa recordsがより深い関係性をもって作品のクリエイティビティとビジネスを強化していくことが目的です。
そうした立ち位置をふまえ、アニメーションというクリエイティブを軸に、音楽というもうひとつの重要な要素を掛け合わせることで、映像表現のクオリティをより高めていきたいと考えています。加えて、続編タイトルなどでは、IPを活用した音楽ライブや興行を通じ、より多くのお客様に新たなかたちのエンターテインメントをお届けできる機会を広げていければと思います。
──アーティストとレコード会社とアニメスタジオを接続するようなチームを想定しているんですね。mappa recordsという機能をもつことで、MAPPAという組織のアニメ制作はどのように変わりますか。
アニメ制作の早い段階から、音楽サイドとクリエイティブに関する深い対話ができるようになると見込んでいます。例えば、企画段階で作曲家とマーケティングプランに対して意見交換をすることができれば、企画をふまえて「こういう曲があるといいよね」と作曲家から新たなアイデアが出てくるかもしれない。逆に、スタジオ側が音楽に合わせて絵コンテを調整したり、新しいシーンを追加したりするといった工夫もできます。
宣伝やマーケティングの面でも、アニメ作画と音楽が一体になるからこそ実現できるアイデアがたくさんあると考えています。こうした取り組みを通じて、アニメと音楽のクリエイターがお互いにフラットに意見交換し、柔軟に作品をつくることができる環境を構築したいと考えています。
2024年10月に移転した中野の新オフィスにて。広々とした空間で、今後さらに多くのスタッフとともに制作を行っていく体制が整備されている様子が伺えた
──変化していくMAPPAのなかで、アニメと音楽の連携を深めていくためにワーカーにはどのようなことが必要だと大塚さんは考えていますか。
もちろん、すでにうまくできている方もいらっしゃいますが、全体として見ると、特に制作サイドでは、音楽に関するオーダーやイメージを言葉で伝えることに苦労している印象があります。だからこそ、映像という共通のゴールに向かって、それぞれの立場のクリエイターが学び合い、補い合っていく姿勢が大切だと考えています。例えば制作サイドには実際の音楽制作の現場を体感できる機会を持ってもらえるとよいのではないかと思っています。レコーディングの様子を見学したり、楽譜を手に取ったり、楽器に触れてみるだけでも、音楽への理解が深まり、結果として対話の質も大きく変わってくるはずです。
──具体的にまず変化が求められるのはどんな部門なのでしょう。
監督のなかには、自分のイメージを言語化して共有したり、音楽関係者との関係を築いたりしながら制作を進めている方もいらっしゃいます。一方で、若い演出家が音楽に適切に触れられる機会という点では、まだ改善の余地があるのではないかと感じています。
また、プロデューサーには、作曲家や若い演出家とも積極的に関係を築き、距離の近い対話を重ねるなかでそれぞれの理解を深め、得た学びを作品づくりにしっかりと反映できるような存在が、今後さらに増えていってほしいと考えています。そうしたプロデューサーが現場に増えていけば、演出家や制作デスクなど、他のスタッフにも自然と学びの姿勢が広がっていくのではないかと思います。
──mappa recordsとして、今後どのような活動を予定していますか。
すでにさまざまな作品に関わり始めています。直近でレーベル名がクレジットされる作品は9月19日公開の劇場版『チェンソーマン レゼ篇』と10月放送スタートのTVアニメ『とんでもスキルで異世界放浪メシ2』となる予定です。
mappa recordsとして初参加となる劇場版『チェンソーマン レゼ篇』の本予告。2025年7月4日に公開されたばかりだが、すでに250万回再生を突破した
未来で必要とされるアニメのために
──アニメは映像作品の枠を超えて「IP」として多様な展開を見せています。時代の変化のなかで「いつまでも心に残るアニメを届けたい」というMAPPAのビジョンの意味も変わってきているのではないかと思いますが、いかがですか。
いまはショート動画で「名シーン」だけが切り抜かれて流れてくることも多いと感じています。例えば『呪術廻戦』をいま10代で楽しんでいる人たちが20代になったときに、どんな風に作品の印象が残っていくのかいつも考えています。来年(2026年)でMAPPAは15周年を迎えますが、わたしたちが過去に手がけた作品に影響を受けて入社する若いスタッフも増えています。彼ら彼女らの「心に残る」は、すでにわたしの場合とは違うと思いますし、むしろそれを個人的にはポジティブなこととして感じています。
大事なのは、やはり時代に必要とされるアニメをつくることができるかどうかです。近年は作品がグローバルに広がる機会も増え、音楽の重要性もより強く感じています。今回のmappa records設立も、日本のアニメが国内外問わずこれからも全世界で本当に必要とされるような未来をつくっていくための取り組みのひとつだと考えています。
【WORKSIGHT SURVEY #10】
Q:アニメスタジオの多機能化、どこまで進む?
MAPPAは、アニメスタジオでありながら、アニメにおける音楽のクリエイティブを、アーティスト/レーベルとともに考えていくための機能を社内に設置しました。あなたは、今後国内外のアニメスタジオが、音楽・ゲーム制作・グッズ開発といった領域との連携を強化するための機能を自社内に設け、多機能化をさらに進めていくと思いますか?
【WORKSIGHT SURVEY #9】アンケート結果
音楽の奥にひしめく、無数の「物語」:中村隆之と柳樂光隆が語る、『ブラック・カルチャー』の今日性(7月1日配信)
音楽を起点にアフリカ由来の文化と歴史を概説した新書『ブラック・カルチャー:大西洋を旅する声と音』は、現代を考える上でどのような視座を与えてくれるのか。著者である中村隆之氏と音楽評論家の柳樂光隆氏が、歴史と現在を絶えず往還するセッションのような対話を繰り広げた。
Q:非西洋文化について扱った日本語の本・記事は増えている?
回答理由(抜粋)
【増えている】『辺境のラッパーたち』のような本も出てますし、状況は変わりつつあると思います。
【増えている】『黒人の歴史: 30万年の物語』などの本が出版されていたり、書物は増えている肌感がある。
【増えていない】音楽分野からはやや増えているのかもしれない。ただ政治的なトピックや、人権のトピックとしてマイノリティとされている人たちに焦点を当てた非西洋文化の本・記事は減ってきて、むしろバックラッシュやリベラル批判へのトピックにばかり移行している気がする。そういう点で「ブラック・カルチャー」のような基本からアフロ・ディアスポラについて知れる本の重要性は今より高まっていると感じる。
次週7月15日は、写真家・小原一真さんがノルウェー・ベルゲンで取材した、科学史家マグナス・ヴォルセット氏へのインタビューを配信します。ハンセン病の原因となる「らい菌」を発見した若き医師アルマウェル・ハンセンの業績はいかに語られ、歴史となっていったのか。年表や記念碑の裏にある意図を辿りながら、歴史をかたちづくる“語り”の力と、それが現代にまで及ぼす影響を、ヴォルセット氏の視点から考えます。お楽しみに。