地図は、どうして地図に見えるの?:空想が照らし出すリアル
デジタルマップは現代人の生活にとけこみ、ユーザーたちは自分なりにチューニングして使用している。ただ、わたしたち一人ひとりが地図作成の主体となること=地図の民主化はまだ道半ば。一方で、熱心な地図製作者(カートグラファー)が集うのが空想地図の世界。「空想地図が地図として見えるのはなぜか」を問うことで地図の核心に迫ろうとしている若き研究者とともに、地図のわからなさと魅力を見つめてみた。
吉田桃子さんが2025年3月に開催した個展にて、来場者参加のワークのひとつ(詳細は本文にて)。肉のサシのイメージをまっさらな画用紙の真ん中に置き、来場者がそれぞれに空想地図を描き継いでいった。肉の地図っぽさ/地図っぽくなさが、その先に各自が描いていく地図の様相に影響を与えていることがわかる
地図はわたしたちの、あるいは時代の鏡である。デジタルマップの普及は、テクノロジーが隅々まで行きわたるグローバルな現代社会を象徴するようなものだし、しかしそうして慣れ親しんだ地図に潜んでいる問題点を浮かび上がらせる地図──例えば男性の名前が冠されやすいニューヨークの地下鉄路線図を女性の名前へ変換していく、レベッカ・ソルニットらによる「City of Women」をはじめとした、「カウンター・マッピング」なる実践もある。
他方で近年、自身が想像した架空の場所を丁寧にマップのかたちに落とし込んでいく「空想地図」という営みが、日本国内で熱心な人々がファン・コミュニティを形成し、幾度もメディアに取り上げられるなど盛り上がりを見せている。そのなかで逆説的に、空想地図から地図のリアリティをあぶり出そうとしている研究者が、吉田桃子さんだ。2025年3月、これまでの研究過程で製作した地図作品約20点を並べた、自身初の個展「そうぞうする地図ーIMAGE ATLAS」を開催したばかりの吉田さんに、地図の奥深さについて尋ねてみた。
photographs courtesy of Momoko Yoshida
interview by Sayo Kubota, Fumihisa Miyata and Hidehiko Ebi
text by Fumihisa Miyata
吉田桃子|Momoko Yoshida 慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科後期博士課程。神奈川県生まれ。慶應義塾大学環境情報学部卒業。慶應義塾大学大学院政策・メディア研究科修士課程修了後、2022年から現在まで同後期博士課程に在籍(石川初研究会)。地図学の知見をもとに、地図デザインや現代の江戸切絵図、空想地図を実践的に研究。「地図を用いた都市空間の批評的な記述方法の提案−現代の江戸切絵図の製作を通して」で第13回(2018年度)日本地図学会論文奨励賞、「空想地図を通した地図デザインの研究」で2023年度日本デザイン学会秋季大会学生プロポジション発表優秀賞を受賞。
渋谷の道路を青く塗る
──地図をめぐるさまざまなトピックについてお尋ねする前に、まずは吉田さんのご専門やご活動について、改めてうかがえますでしょうか。
わたしは地図学を専門としています……と普段は言っているのですが、地図学のど真ん中の研究をしているといえる自信は、正直ありません(笑)。地図学という学問のこれまでの達成や蓄積をもとに、わたし自身が手を動かして地図を描く、あるいは他の誰かと一緒に地図を描くという手法を用いながら、地図や地図製作について実践的に研究しています。地図には、わたしたちが何気なく考えているよりも深く、しかも端的に、「人間が世界をどう眺めているか」「どのように物事を捉えているのか」が表れているのではないかという問いに、地図を製作することで答えていければと思っているんです。
──具体的には、どのような地図を製作されているのでしょうか。
わたしが地図の世界に深入りしていくことになったきっかけからお話ししてみますね。慶應義塾大学環境情報学部の3年生だったとき、所属した石川初さんの研究会で「誰も見たことがないSFCキャンパスの地図をつくってください」という課題が出たのが、ひとつの転機でした。わたしはもとから歴史好きだったこともあって、江戸切絵図という、江戸を約30の地域に分けて描いていた古地図をデザインとして使って、キャンパスマップをつくってみようと思ったんです。
──江戸切絵図というのは、細かな道筋や大名屋敷・寺社などが書き込まれている地図ですよね。それを現代に適用しようとした、と。いかがでしたか?
航空写真を援用しながら色分けだけ江戸切絵図を真似てみても、まったく切絵図っぽく見えなかったんですよね……(笑)。そこで改めて江戸切絵図を観察してみたところ、いろんな発見がありました。現代人の感性からすると、どこか歪んだ地図というような印象を抱いてしまいがちですが、黄色で描かれた道はその幅が強調されていたり、武家屋敷のなかでも藩主とその家族などが住んでいた上屋敷には家紋が併記されていたりと、当時のナビゲーションマップとしての機能を十分に備えていて、そのための工夫があったのだと気づきました。
──ディティールが見えてきたわけですね。
その工夫にもとづいて改めて描いてみたところ、だんだん江戸切絵図らしく見えてきたんですが、今度は江戸にはなかった車道と歩道の描き分けをどうすればよいのか迷いました。試行錯誤しつつ渋谷も江戸切絵図のデザインで描いてみたのですが、車道を川に見立てることで、車道と歩道の描き分けが可能になったんです。いまの都心は川がほとんど暗渠化していて青で示す必要がほとんどない一方で、江戸期に川が人や荷物を運ぶのに利用されていたことを考えれば現代の道路はむしろ川として表現できる、と考えたんですね。現代と異なるデザインで都市の地図を描き直すことが、都市の再解釈・再発見のための手法になりうるとも気づいた。修士課程までは、こうしたことに取り組んでいました。
上:外桜田永田町を描いた江戸切絵図。井伊家をはじめとして家紋が至るところに見える(景山致恭、戸松昌訓、井山能知・編『〔江戸切絵図〕外桜田永田町絵図』、尾張屋清七、嘉永2-文久2(1849-1862)刊、国立国会図書館デジタルコレクション) 下:吉田さんが製作した『東都澁谷繪圖』(2016年)。再開発が進む駅前には、現在すでに東急百貨店東横店は存在せず、瞬く間に古地図化していくようだ
地図らしく見える瞬間
──それから空想地図の研究へと歩んでいくわけですか。
実はわたしは修士課程を修了してから一度就職しているんですが、社会人2年目にコロナ禍などにより心境に変化があった頃に、空想地図ブームを牽引している今和泉隆行さんとお話しする機会があって、その面白さに惹かれていったんですね。なかでもわたしが興味を抱いたのは、現実にありそうな、しかし偽物の地図である空想地図が「本物に見える」とはどういうことなのか、ということでした。空想地図を調査することで、「地図とは何か(地図に見えるとはどういうことか)、地図が喚起する想像力とは何か」に迫ることができるのではないかな、と……ほぼ直感にもとづいていたのですが。博士課程ではこうしたテーマに取り組んでいます。
──地図が地図に見えるのはなぜか……と。吉田さんはそうした問いに実践的に取り組んでいらっしゃいますが、何か印象的な経験などありましたか。
例えば、スティーブンソンの『宝島』冒頭に描かれている、いまでいうところの空想地図といえるマップを、わたしが国土地理院地図のルールにもとづいて地形図に起こしたときのことですね。この『宝島』地形図は、数回改訂してきていて、その都度Twitter(現X)に画像をアップしてきたんです。実はその途中まで、わたしは自然地理学の世界に不案内なところがあったのですが、こうした地理的な条件ならここの等高線は普通こうだ、というような指摘をいただく機会が多かったんですね。修正を重ねていくうち、自然地理学に詳しい方にアドバイスをいただく機会があって、より現実感のあるものに調整していったんです。すると、SNS上の反応が変わったんですよ。
──といいますと?
地図としての強度が高まったものをポストしたら、指摘やアドバイスよりも、「この島が実際にあるとしたら、どこにあるのか」「日本だと伊豆諸島あたりじゃないか」「いや、大きさから考えれば瀬戸内海にあると判断するのが妥当ではないか」といったディスカッションに変わっていったんです。
──なるほど。地図っぽく見えなかったものが既存のルールに従った瞬間に地図らしく見え、その地図にもとづいた議論が始まる、と。
地図のルールが共通言語のようになっていて、それに基づいて目の前のイメージを読み解けるからこそ、想像を広げることができる──地図にはそういう機能があるのだな、と実感させられました。この地形を立体模型にしたものを3月の個展で展示したところ、さらにディスカッションが盛り上がったんですよね。展示でいえば、いま慶應の湘南藤沢キャンパスに通うわたしの「生活路線図」も、好評でした。見ればおわかりいただけるように、いわゆる路線図のようなデザインで自分の生活を描いたもので、毎日が同じような動線の往復と繰り返しなんだなと痛感しますね(笑)。
──「ごはん線」や「おでかけ線」は家のなかから外へ伸びているのですね、なるほど……。
地図の先の創造という意味では、わたしがつくった「百山公園」という想像地図に関しても、以前に興味深い反応をもらったことがありました。研究室の後輩たちに見せたところ、「ここにある学校に通っているのはこんな生徒で……」といった“空想地図にもとづく空想”をいろいろ聞かせてくれたのですが、その空想のもとになっているのは、どうやら地域や学校をめぐる各々の人生経験であるようで、その経験を想起しながら想像を広げているようなんです。
──地図に対して、経験がもち出される、と。
このあたりはまだ、わたしとしても検討課題ではあるので、はっきりしたことは言えないのですが。逆に空想地図を描くときにも、恣意性というものは表れると思います。わたしがもっている文化的・社会的な背景というものも、自然と描き出しているところがある。ですから、例えば空想地図の展示に来てくださった方がその地図のことで盛り上がるというのは、わたしの恣意性としての想像と、地図を見てくださった方の想像が出会っていることだといえるかもしれません。あるいは、その想像が同じではない場合もあると思いますが、そこも面白いところだと思います。
上:吉田さんが、スティーブンソンの冒険小説『宝島』冒頭に掲げられた地図をもとに、国土地理院地図のルールに則りながら書き起こした地形図 中:吉田さん製作の「生活路線図」。自宅のなかの路線図は、まるでルンバのような動きでもある 下:同じく吉田さん作の空想地図「百山公園」。例えば地図の北、小中一貫校と思しき「百山中」「百山小」と、南の公立校らしき「くるみヶ丘小」を、わたしたちはどのように想像するだろうか
“半分わかる”と、想像が始まる
──検討中とはいえ、わたしたちがパッと何かのイメージを目の当たりにしたとき、それを地図と判断するかどうか、そこから先に何を思うかの手がかりはありそうですね。
やはり、地図の図式というものが重要なのだろうと思います。全然知らない場所を、しかも共有されていない地図の図式で描かれると、わたしたちはなかなか認識できない。しかし、知らない場所であっても例えばGoogle Mapで表示されるのであれは、その地図を構成している図式をあまりにもわたしたちは知りすぎているから、すぐに地図だとわかるし、逆にいえばそこから先の想像の余地は、それほど多くは残されていないですよね。
──わからなすぎる地図と、わかりすぎる地図がある、と。
そして空想地図の場合は、その間のような存在だと思うんです。架空の場所ですから、製作者以外は当然知らない土地についての地図なのだけれども、その地図を成り立たせている図式自体は知っているから、まるで現実の延長線上にあるものとして理解されうるし、さらに想像が膨らんでいく、ということなんですよね。共通言語にもとづいた解釈が可能な部分と、なお他者的なものとしてあるからこそ想像を喚起する余地が混在している。そのバランスを保ってわたしたちの前に現れるのが空想地図なのではないかと、いまのところ考えています。
──面白いですね。空想とルールが相半ばする地図を、それこそ半分理解できることによって、新しい想像力が駆動すると……。
その意味では、個展で来場者の方に取り組んでいただいたワークの経験も、面白かったんです。まっさらの、大きな白い画用紙を2枚用意して、それぞれ真ん中に円状のイメージを置いたんです。片方は、サシの入った肉の塊(編注:本記事冒頭の写真を参照のこと)。もう片方は、本物の地図の一部。そこから自由に地図を描いていってください、というワークなんですね。肉片のイメージも、見ようと思えば地図に見えますので、そこから先を延ばしてください、と(笑)。
──どうなったんですか?
本物の地図の一部を置いた画用紙は、何人もの人が地図を描き継いでいっても、それぞれ他の人が描いた線に寄せていくというか、異なる人が描いた地図同士がかなりなだらかに接続していったんです。ところが、見ようと思えば地図に見えるぐらいの肉から地図を描き継いでいった方は、各々の人が描いたものが割とぶつ切りのようなタッチになっていったんです。限られた人数のワークではありましたが、何かヒントはあるように思います。パッと見たときに地図に見えるかどうかということが、実際に空想地図を描いてみる、さらには複数人でその地図を描き継いでいくという段になって、大きな違いを生み出していたんです。おそらくは、パターンを真似するという感覚自体が違ってくるんじゃないかな、と。
吉田さんの個展での来場者参加のワーク。肉のサシのイメージと対比的に置かれた本物の地図は、複数人の描き手による地図の滑らかな接続を可能にしたようだ
異なる見方を想像する
──ここまでのお話は、海外の文脈とはどういう関係にあるのでしょうか。例えばレベッカ・ソルニットによるものなども含め、わたしたちの日常に潜む構造や問題を露わにするようなカウンター・マッピングという手法も存在しますが。
どうなんでしょうか……わたし自身は、正直にいえばソーシャルイシューの問題よりは、地図をめぐる世界観や想像、表現などのほうに興味や関心を強く抱く人間ではあります。ここまでしてきたお話も、やはり空想地図を中心にした記述や読解と世界の想像の方法に関するものです。
──とはいえ、例えば立ち入り禁止の島である北センチネル島がGoogle Mapでほぼまっさらであることは、地図がもつ権力性を逆に示しているようにも思いますし、先ほど吉田さんがおっしゃったように空想地図にも恣意性が宿るとすれば、政治性は避けられないとも思うのですが……。
なるほど。それで思い出したのは、2年ほど前に南アフリカで開かれた国際地図学会で、空想地図について発表したときのことなんです。欧米などから多くの地図学者が集っていたんですが、実は空想地図自体を理解してもらうのが、なかなか難しかったんですね。「そもそもなぜ空想地図を描いているのか」といったような、ある意味では根本的な質問が多くされてしまって、なかなかその先へ議論を進めることができなかったんです。
──そもそものモチベーションがよくわからない、と。
空想地図を、既存の地図に対する二次創作的な活動だと捉えるならば、漫画の同人誌に類似した営みとしてくくることはできるかもしれませんし、そうした二次創作的文化が海外ではあまり多くないから理解されづらいのかな、などと考えてはいたのですが……いまいただいた質問を踏まえると、すこし違う見方もできそうですね。既存の地図のルールにもとづいているから理解し合えるものだとして、わたしたちが日本で描き、読み解いてきた空想地図が、文字要素だけではなく、例えばより全体的なグラフィックという観点からすれば海外の人が受けとめられるものなのかどうか、と問うことはできるようにも感じます。
──空想地図が、ある意味では地図に見えなかった可能性があるわけですね。
地図デザインをめぐる文化的な違いというものは実際にあり、そうした研究を進めている地図学者もいるわけですが、海外でも通じる空想地図をつくって発表すれば、その先の議論が盛り上がったのかもしれません。その空想地図はどんな地図なのか、という問題は残りますが、すくなくともある程度は理解し合える空想地図をもとにしながら、それぞれのさらなる空想を語るということができればいいですよね。
──難しい問いですが、そこに空想地図の現代的な意義も見いだせそうな気もします。
わたしの基本的なスタンスとしては、人それぞれの世界の見え方の違い、その多様さを尊重できればいいな、と思うんです。仮に隣の席で働いていて、同じ案件に励んでいる人であっても、物の見え方が違って驚くなんてことは、わたしたちにとっては日常茶飯事ですよね。その見える世界の違いに、地図を通して触れ合えたらいいな、と。現実の世界を描いた地図であろうと、空想地図であろうと、その点に関しては決定的な境界線は引かれていないし、だからこそ他なる見方や空想への想像力を働かせることもできるはず。地図は現実の世界自体を書き換えはしないけれど、それでも誰かと、例えば隣の人の物の見方を想像するきっかけにはなるかもしれない……そんな微かな期待を抱きながら、研究に取り組んでいます。
【WORKSIGHT SURVEY #7】
Q:Google Mapのような地図でも、国や文化によって読み方は違ってくる?
吉田さんは、Google Mapのような地図は、わたしたちがそのルール・図式に慣れているからこそ、知らない場所でもすぐに地図として読み取れると語ります。一方、空想地図が海外の研究者にすぐ理解されるとは限らない場面もあったそうです。こうした経験から、地図のルールが共有されていても、国や文化によって受け取り方に違いが出てくる可能性も考えられます。あなたは、地図のデザインや読み方には文化や国による違いがあると思いますか? 意見や感想を、リンク先のGoogleフォームにぜひご記入ください。
次週6月24日は、近年中国で急速に広がる「発光都市」という現象を撮り続け、都内で個展「19:00―23:00」を開催したばかりの写真家・聶澤文(ネ・タクブン)氏のインタビューを配信します。氏が語る、発光都市を追い続ける理由と、その先に見据える未来の建築や都市の姿とは。お楽しみに。