「企業自我」を更新し続けるために:WORKSIGHTの2年間の活動から見えてきたもの
今回でニュースレター配信100通目を数えるWORKSIGHT。2022年7月に「抵抗としてのオウンドメディア」を掲げるリブート宣言をして以降、多様な職に就くメンバーを外部編集員として迎え入れるなど、独特の試みを続けてきた。なぜ、わざわざこうしたメディアを手がけるのか? コクヨ ヨコク研究所所長・WORKSIGHT編集長の山下正太郎と改めて、これまでの歩みと今後の狙いを、膝をつき合わせて語り合った。
1929年12月9日ニューヨークのAT&Tにて、国際電話の交換手たち photograph by Bettmann / Getty Images
interview by WORKSIGHT
text by Shotaro Yamashita
──こんにちは。
こんにちは。今日は随分とかしこまって何でしょう?
──いやいや、本日の配信をもってニュースレターが100通目の節目ですから。これまでの約2年間を振り返ろうという企画です。
なるほど、それは襟を正さないとですね。Tシャツですけど。
──お願いします。まずはリブート以降の率直な感想を聞かせてもらえますか?
そうですね、まずは目論見通り2年間きちんと、続けられて良かったという思いです。外部編集員として参加してくれた一般の方を交えて、プロの手は借りつつも素人目線でオウンドメディアをつくっていくというのは、個人的にも会社としても新しい取り組みでしたので。もちろんWORKSIGHTだけの成果ではありませんが、「コクヨのイメージが変わった」とか、社会的な認知のされ方も変化してきたように思います。実際に、思ってもみなかった事業者からコラボレーションのご連絡をいただくこともあります。お声がけの理由が「WORKSIGHTを見てどんな提案でも受け入れてもらえそうだと思った」というのが嬉しかったですね。他にも、数字的にはこのような感じになりますが、確実にある種のファンダムがかたちとして見えてきたことは成果だと思っています。
【プリント版】
・リリース数:7冊
・発行部数:2万部以上
・取扱書店数:440店舗(コミュニティ性の強い独立系書店含む)
【ニュースレター】
・通常記事:100本、特別ニュースレター:32本(イベント告知、本誌転載記事など)
・登録者数:約4000名
【イベント】
・イベント開催数:25回 (うち公開編集会議2回)
・集客人数:オフライン 374名、オンライン 151名
WORKSIGHTが生まれるまで
──いろいろなオウンドメディアがあるなかで、WORKSIGHTの外部編集員制はラディカルな手法ですよね。改めて、経緯を説明してください。
せっかくの機会なので、しっかり振り返ってみましょうか。ヨコク研究所の母体であるコクヨは、1905年に創業し、長年にわたって社会における「はたらく、まなぶ、くらす」を支えてきました。そして社会での役割をもう一度明確にするため、2021年に115年ぶりに企業理念を「be Unique.:コクヨは、創造性を刺激し続け、世の中の個性を輝かせる。」に刷新しました。
──たしかbeが小文字なのは「ユニークになれ!」という命令形ではなく、誰しもがすでに「ユニークである」という意味が込められているんですよね。
かなりマニアックな情報ですが(笑)。さらに、皆がユニークな状態であるという目指すべき未来の社会像を、適切なリソース配分がなされ自らの意志で生き方を選択しつつ他者と共に暮らす「自律協働社会」と設定しました。
──本誌のテーマにもなっている社会像ですね。
そうです。しかし、いざ掲げたはいいものの、それ以上の具体的なイメージはまだもち合わせていませんでした。そこでこの社会像の探求・実践・更新のために同時に立ち上がった組織が、WORKSIGHTを所管するヨコク研究所です。コクヨは1社だけで自律協働社会を実現しようとは考えていません。むしろこの社会像に共感し、一緒に目指してくれるファンと共に、そのあり方から考えていきたいと思っています。ヨコク研究所は社内外のファンを刺激するドライバーとしての役割を担う中で、WORKSIGHTを展開しているというわけです。
2023年6月に開催した、WORKSIGHT公開編集会議 第1回の様子。第1期の外部編集部員に加え、一般参加者と共に記事のアイデアをディスカッションした photograph by WORKSIGHT
受信装置としてのメディア
──外部編集員を迎えるに至った意図と、やっとつながりました。他に、一般的なオウンドメディアに対するアンチテーゼという側面もありましたよね?
コンテンツディレクターを務める黒鳥社の若林恵さんとは、かねてより編集部の機能をアウトソースしてしまう一般的なオウンドメディアに懐疑的であるという点で意見が一致していて。重要なのは、メディアというのは発信装置ではなく、受信装置だということなんです。元々、2022年リブート以前のWORKSIGHTでも、取材から執筆までなるべく自分たちでやっていて、リサーチ活動の一環として知見を溜められたという自負があったので、基本的なスタンスは継続しています。
──実際、受信装置としての手ごたえはいかがでしょうか?
特定のテーマに絞らずに、外部編集者のもつ生活者としての視点から社会を眺めるというのはとても面白い体験で、本当に思ってもみなかったようなネタが次々と出てきます。例えば、アジアの音楽シーンに興味を持つメンバーから、ベトナムのクラブミュージックであるヴィナハウスが流れるベトナム人向けのクラブが上野にあるという話が出てくるわけです。考えてみれば、現在、就労者として日本に来る外国人で最も多いのがベトナム人なわけで、彼ら/彼女らの遊びの場が日本で自然発生していてもなんらおかしい話ではない。こうした、コクヨ社員の視野の外で起こっている自律協働的な動きを捉えられたのは良かったと思います。
──なるほど。
一方で、ヴィナハウスのようにすんなりと企画が生まれることはむしろ少なかったのも事実です。ほとんどの時間は、悶々とみんなで議論しています。プロのライター/編集者が企画を立てればすんなり手グセで記事を生み出せるのかもしれませんが、ひとつの事象がいったい、社会のどのような変化を捉えているのか、自分たちにとってどのような意味をもちえるのか、入念に吟味しています。
コーフボールの記事はそうしたプロセスのなかから生まれたものですが、インクルーシブな社会を考えていくなかで、スポーツに着目しながら議論をしていました。しかし身体的な力でもって競い合うことを是とする現代スポーツのあり方からは、複雑なアイデンティティポリティクスに対応しきれない限界があるのではないかと思うようになりました。そこで視点を転換し、男女混合で身体能力の多様性があらかじめ織り込まれている歴史的競技としてコーフボールに着目したわけです。もちろんコーフボールにもジェンダーなどのアイデンティティポリティクスがもち込まれることが想定されるわけですが、少なくともこの古くて新しい競技が、現代スポーツに考え方の変化のきっかけをもたらしうるのではと思うに至りました。こうした議論を毎週のように集まって行うことは大変な労力ではあるのですが、やっぱり大企業で働いていると、外の世界のノイズと腰を据えて向き合うことが難しいですし、貴重な機会だなと思いますね。
上:ニュースレター第51回の配信記事「ヴィナハウスが響く『移民』社会の夜明け:上野のベトナム人向けクラブの風景から」より photograph by Shunta Ishigami 下:第85回の配信記事「『いまここにいる』感覚を呼び覚ます:コーフボール、古くて新しい“オルタナティブスポーツ”への誘い」より photograph by Kaori Nishida
コミュニケーション回路を絶った大企業
──なぜ大企業でそうした状況が生まれるのでしょう?
企業というのは、拡大志向を常にもち続け、その過程でオペレーショナルエクセレンスを追求します。簡単に言ってしまえば、何も考えずに、より速く、より大量に効率的処理ができるように会社の内部のリソースを最適化するということです。それは、ちょっとやそっとの外部刺激ではびくともしない、とんでもない慣性力をもつタンカー船のようなものを指向しているとも言えるかもしれません。もちろん社員は、日常的にニュースを見るでしょうし、さまざまな外部の方とも会話をするでしょう。しかしそれを咀嚼して内部に取り込むための回路を、企業として大きくなればなるほど失っているように思います。
──これだけ社会が変化しているなかでも、そうなんですね。
先日、経済産業省の製造業に関するレポートが、X界隈で話題になっていました。具体的には、経産省が2024年5月22日に開催した、第16回 産業構造審議会 製造産業分科会における「製造業を巡る現状と課題 今後の政策の方向性」という資料です。このデータによると、日本の製造業は、過去20年間にわたり売上高が約400兆円で横ばいの状態が続いています。成長していないことも問題ではありますが、さらにひどいのが、利益を上げる構造が本業以外のファイナンス活動に依存しており、営業外損益が営業利益の77%を占めるまでに至っています。つまり、製造業というのは名ばかりで、実際には金融業になってしまっているわけですね。
──あらら……何のためにモノをつくっているのかさっぱりわかりませんね。
そうなんです。わたしは、日本の製造業が社会を顧みず、中央集権的なオペレーショナルエクセレンスを追求した結果がここに表れていると思っています。失われた30年だと言われていますし、大なり小なり製造業以外でも同じような状況でしょう。もちろんコクヨも他人事ではありません。企業と社会の間のコミュニケーションについて、もう12年も前ですが、慶應義塾大学大学院 髙木晴夫教授(当時)にお話をうかがったとき、こんなことを仰っていました。
今の社会では黙っていても接点は持てます。それをやみくもに増やしても意味はありません。重要なのは、外のマーケット(社外との接点)に対して、どのような企業組織を用意してつなげるか。そこに経営者の手腕が問われています。たとえば売れるビジネスを展開している会社を調べてみると、マーケティング部門の持つ組織システムが、対象となるマーケットの社会システムと、「フラクタル(自己相似)な関係」になっていることがわかります。(中略)マーケット(外側のフラクタル構造)と企業組織(内側のフラクタル構造)を合わせなければ、市場の変化に対して会社がリアルタイムについていけないのです。もし、会社の内と外が、スケールは違っても同じ構造(=システム)を持っていれば、マーケットの特性を企業組織で再現できます。
──企業内部にフラクタルな構造をもつ、ですか。
当時はわたしもわかったふりをしていたのですが(笑)、いまは身をもって実感しているところです。先に紹介した経済産業省のレポートでも、多様化する世界の市場のなかで、日本企業の中央集権的なマネジメントが社会のニーズに対応できていないことが指摘されています。WORKSIGHTの編集会議で行われている議論は、新しい概念が社会に受容されているプロセスを疑似的に実践する場であり、それを企業内部へと取り込む装置なのだと思っています。このあたり、根深い問題だなと思っていろいろ調べたんです。すると、大企業の始まりと大きく関係していることがわかりました。
photograph by Benjamin Rondel /Design Pics Editorial/Universal Images Group via Getty Images
大企業の誕生と企業自我
──どういうことでしょうか?
『パブリック・リレーションズの歴史社会学』(河炅珍・著、岩波書店)という興味深い本がありまして。アメリカで19世紀末に初めてパブリック・リレーションズ(PR)というかたちで社会とのコミュニケーション回路を開いたのは、公共事業に関わる企業だったと指摘されています。具体的には、石油、石炭などの資源、電信電話や鉄道といった通信・交通など社会のインフラに関わる企業であり、以下のような社会的状況だったようです。
近代企業の成長は、一方では組織の内側で起こっていった。この時期、所有と経営が分離し、専門的投資が増加し、株式会社化が進むなど、組織運営に関する様々な改革が行われた。また、企業間の大型合併や買収運動により創立者とその一族が運営してきた中小規模の工場は、一時に多くの作業ラインが稼働できる巨大工場へ、大企業へと変わっていった。事業の拡張、労働の分化、従業員数の急増は、家族的、宗教的共同体を基盤にして営まれていた労働環境をも急激に変容した。
他方で、巨大企業の発達は人々の生活とも密接に関わっていた。企業の影響力は、都市全体、さらにはアメリカ社会全体に及ぶほど莫大となり、組織の維持は、オーナーや専門経営者といった少数の人間の責任範囲を越えて、労働者・従業員とその家族、株主、地域住民、世論といった無数の他者へ広がり、彼らとの有機的関係が重要な問題となって台頭した。(pp.19-20)
──時代背景こそ違いますが、社会的変化のなかで混乱する大企業という意味では現代と共通していますね。
そうなんです。この研究はPRという発信機能に重きを置いた分析がなされていますが、その過程での社会の理解、翻って自分たちの理解、企業自我の構築など、WORKSIGHTが意図する受信機能に関する要素も多分に含まれていることが読み取れます。面白いのは、社外と同時に社内に対しても同時にコミュニケーションのまなざしが向いていることです。PRという機能が、単に社会とのコミュニケーションというのではなく、社内のさまざまなステークホルダーをもつなぎ、新たな企業自我を構築する変化のドライバーとなっていたというわけです。はじめこそ社会との関わりをもっていながら、いつの間にかその回路を失ってしまった日本の大企業は、いまもう一度、企業自我を取り戻す時期がきているのではないかと思います。大げさかもしれませんが、WORKSIGHTも正にその意義を社会に提示するプロジェクトであり、大企業誕生の原始の瞬間をもう一度起こそうとしているのだとも言えるのではないでしょうか。
──ニュースレター配信100回のその先へ、身が引き締まる思いがしますね。最後に、今後の展望について聞かせてください。
現在はメディアという体裁を取っているので、必然的にアウトプットが、プリント版やニュースレター、イベントといったものになっていますが、自律協働社会のありようを模索するという意味では、自然発生的なアウトプットのあり方ももっとあっていいんじゃないかと思います。例えば、食品をつくってもいいし、旅行サービスがあってもいい。ニューヨークタイムズですら、インターネットによるメディアのアンバンドル化の流れを受け、すでにゲーム会社の様相を呈する時代ですから、動画や音声などこれだけメディアの多様性があるなかで、相対として活字メディアに対する求心力が下がっていることは明らかです。
WORKSIGHTが社会変容を促すドライバーとして機能しようと思うのであれば、メディアというよりは、参加するメンバーの協働から新しい知が生まれ、新たな価値が創造されるプラットフォームになっていくのが理想ではないかと思っています。ですが、この考えに至ったのも2年にわたる議論の積み重ねがあったからこそですので、明日には違うことを言っているかもしれません。その変化こそが、WORKSIGHTの役割ですし、自律協働社会なのではないかと思います。
リブート後のプリント版の特集テーマは、植物倫理、ゾンビ、記憶と認知症、フィールドノート、詩のことば、ゲーム……と多岐にわたっている Photo by Hironori Kim
次週6月25日のニュースレターは、インドネシアを代表するアーティスト・コレクティブ「ルアンルパ」(ruangrupa)のメンバーへのインタビューをお届けします。「コレクティブ」というと西洋のアートの文脈でとらえてしまいがちですが、インタビューで語られたのは、人が集まることと分け合うことをめぐる、まったく異なる可能性でした。お楽しみに。
【新刊案内】
photo by Hironori Kim
書籍『WORKSIGHT[ワークサイト]23号 料理と場所 Plates & Places』
どんなにグローバリゼーションが進もうと、料理は「その時/その場所」でしか味わえない。どんなに世界が情報化されようと、「食べること」はバーチャル化できない。料理を味わうという体験は、いつだってローカルでフィジカルだ。歴史化されぬまま日々更新されていく「その時/その場所」の営みを、23の断章から掘り起こす。WORKSIGHT史上、最もお腹がすく特集。
◉エッセイ
#1「サフラジストの台所」山下正太郎
#2「縁側にて」関口涼子
#3「バーガー進化論」ジェイ・リー/ブルックス・ヘッドリー
#4「ハイジのスープ」イスクラ
#5「素晴らしき早餐」門司紀子
#6「トリパス公園の誘惑」岩間香純
#7「パレスチナ、大地の味」サミ・タミミ
#8「砂漠のワイルドスタイル」鷹鳥屋明
#9「ふたりの脱北者」周永河
#10「マニプールの豚」佐々木美佳
#11「ディストピアの味わい」The Water Museum
#12「塀の中の懲りないレシピ」シューリ・ング
#13「慎んで祖業を墜すことなかれ」矢代真也
#14「アジアンサイケ空想」Ardneks
#15「アメイジング・オリエンタル」Go Kurosawa
#16「旅のルーティン」合田真
#17「タコスと経営」溝渕由樹
#18「摩天楼ジャパレス戦記」佐久間裕美子
#19「石炭を舐める」吉田勝信
#20「パーシャとナレシュカ」小原一真
#21「エベレストのジャガイモ」古川不可知
#22「火光三昧の現場へ」野平宗弘
#23「収容所とただのピザ」今日マチ子
◉ブックガイド
料理本で旅する 未知の世界へと誘う33 冊のクックブック
◉表紙イラスト
今日マチ子
書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]23号 料理と場所 Plates & Places』
編集:WORKSIGHT編集部(ヨコク研究所+黒鳥社)
ISBN:978-4-7615-0930-9
アートディレクション:藤田裕美
発行日:2024年5月15日(水)
発行:コクヨ
発売:学芸出版社
判型:A5変型/128頁
定価:1800円+税