「いまここにいる」感覚を呼び覚ます:コーフボール、古くて新しい“オルタナティブスポーツ”への誘い
「世界で最も無名な競技のひとつだが、最も進歩的な競技のひとつ」とThe New York Timesで紹介され、いま世界に広がりつつあるスポーツがある。発祥は100年以上前でありながら、当初から“男女が一緒にプレーする”などの革新的なルールを備えていたそのスポーツはいったい何を目指し、そして、現代のプレーヤーに何をもたらすのか。スポーツの“第3の道”を探す、WORKSIGHT編集員の体験記。
text by Meia Torisu/Sayu Hayashida
photographs by Kaori Nishida
スポーツをめぐる苦手意識と勝利主義
性別で区分けされることなく同じコートに入り、同じようにパスを回し、同じようにシュートを狙う。オランダを中心に、100年以上前から男女混合スポーツとして歴史を重ねてきた「コーフボール」(Korfball)は、一見バスケットボールと似ているが、まったく異なる趣のスポーツだ。
筆者がコーフボールに着目したのは、スポーツに“第3の道”はあるのかという問いについて考えていたときだった。
スポーツは、例えば文部科学省がとりまとめている体育の目的にもあるように、わたしたちが健康・安全に生きていくために必要な身体能力、知識や思考力、フェアネスへの意識や他者と協力する態度など、社会生活において身に付けるべきものと大きな関わりをもっているといえる。
しかしその一方で、「できる」人と「できない」人を明確に分けてしまう、残酷な側面をもつものであるとも感じている。筆者は運動部に所属していたこともあり、スポーツへの苦手意識は比較的小さいほうだと感じているが、それでもやはり不得意な競技はあり、さまざまな競技から幾度となくとりこぼされる疎外感や無力感、劣等感を経験してきた。また、WORKSIGHTの編集会議でも、体育での苦い経験から自信をなくし、スポーツへの苦手意識が形成されたという声が複数上がっていた。
このような経験は決して個別のものではなく、2023年に実施された「小中学生の運動に関する意識調査」では、体育の授業を「やや嫌い」「嫌い」と答えた割合は小学生が24.0%、中学生になると38.0%にのぼることがわかっている。また、文部科学省による「平成27年度 全国体力・運動能力、運動習慣等調査」では、運動やスポーツを嫌いになったきっかけとして、児童・生徒の多くが「授業でうまくできなかったから」を理由として挙げている。
これらの調査結果が示すのは、身体能力の差異により、一部の生徒が体育や特定の競技において実質的に除外され、スポーツに取り組む機会を逃すだけでなく、自己有能感などの自尊感情を削がれているということではないだろうか。実際に、「平成27年度 全国体力・運動能力、運動習慣等調査」では、日々の指導・取り組みにおいて「達成感」や「練習すればできるという自信」を体感させることの重要性に触れている。
自尊感情がその後の行動や人格形成に大きな影響を与えることは、『心理学原理』(The Principles of Psychology)で知られるアメリカの心理学者、ウィリアム・ジェームズをはじめ、多くの研究者や心理学者が言及してきたことだ。それにもかかわらず、特に「全ての子供たちの可能性を引き出す」ことで「協働的な学び」の実現を掲げる文部科学省の教育方針と比べると、現状は理想から大きく乖離しているように感じる。
では、スポーツが「できる」人が全員健やかなスポーツライフを送っているかというと、あくまで筆者の経験談ではあるが、そう断言できないところもある。特に運動部に所属するとなると、スポーツの楽しさ以上に「勝利のため」という空気に取り込まれてしまうシーンは少なくない。もちろん、仲間とともに努力を重ね、勝利を手にいれる経験は大きな達成感や自信を与えてくれるだろう。ただ、勝利を掴みとるためのロボットと化すことを求められ、学業や余暇の時間、ときには健康まで犠牲にしかねない「勝利至上主義の部活動」は、特に青少年のスポーツ活動において問題視されているもののひとつだ。勝利のみが価値づけられるスポーツ活動の主体者はあくまで指導者であり、選手自身の主体性や志向がおきざりになっているとの指摘もある。
「できる」と「できない」の間に大きな隔たりがあり、どちらにおいても大きな課題を抱えるスポーツ。果たして、スポーツ活動を通じた自律性の発達、また、他者との協働は実現可能なのだろうか。だとすればそのスポーツはどのようなものだろうか。そう考えていたときに出会ったのがコーフボールだった。
100年以上前に生まれ、当時のルールがほぼそのまま保持されているにもかかわらず、The New York Timeの記事では「先進的」と評されているコーフボール。その全容をリサーチし、さらには実際に体験してみるため、2月某日、都内のクラブチーム「コーフボールクラブ東京」の練習場を訪れた。
1967年4月23日、ロッテルダムで行われたオランダ対ベルギー戦の様子。男女平等を促進するスポーツとして近年注目を集めるコーフボールだが、男女混合のルールは1902年の発祥当時から変わらないものだ。Photo by: Sepia Times/Universal Images Group via Getty Images
ニューオールドな競技の魅力
コーフボールクラブ東京は、東京都小平市および東大和市を拠点とするコーフボールのクラブチームだ。土・日曜を中心に集まり、初心者からベテランまでさまざまなレベルの参加者が集い、友好的かつ社交的な雰囲気のなかで練習に取り組んでいる。この日はコーフボールクラブ埼玉との合同練習の日。練習場に到着し、両クラブへの挨拶と準備運動を済ませたあと、まずはコーフボールのルールについて軽く説明を受ける。
コーフボールは20世紀初頭にオランダで生まれた男女混合のチームスポーツだ。バスケットボール同様、チームでボールを回してゴールに入れると得点となるのだが、バスケットボールと大きく異なる点として、
男女混合(1チーム男女各4人の計8人)の8対8で行う
異性へのマーク禁止
ドリブル禁止
接触プレー禁止
ボールもってから移動できるのは2歩まで
シュートはどこからでも打つことができるが、どこから打っても得点は1ポイント
などが挙げられる。
ちなみに、ゴールの高さは3.5mで、バスケットボール(3.05m)よりも高い。低すぎるゴールはプレー中の衝突や怪我のリスクを高め、高すぎるゴールは得点するのが過度に難しくなる可能性があるためだ。長い年月のなかで試行錯誤しながら、オフェンス/ディフェンスの両陣にとってベストなバランスを追求した結果、この高さになったといわれている。
また、バスケットボールのゴールにはリングネットがついているが、コーフボールは直径40㎝のプラスチック製のリングに向かってシュートを放つ。ゴールにバックボードはなく、ゴールのまわりは360度どこからでもシュートを打てるコート設計になっている。
(上)2017年4月8日、オランダ・アムステルダムのZiggo Domeで開催されたリーグ決勝戦の様子。「コーフ」(Korf)はオランダ語で「バスケット」を意味する。Photo by Dean Mouhtaropoulos/Getty Images(下)「フィールド」と呼ばれるコートのプレーエリアの寸法は40m×20m。プレーエリアはオフェンスコートとディフェンスコートに二等分され、エンドライン(フィールドの端)から6.67mのところにゴールが立てられる。国際コーフボール連盟(IKF:International Korfball Federation)のYouTubeでは、コーフボールの概要やルールが紹介されているので、ぜひチェックしてみてほしい
このような特徴的なルールは、コーフボールの発祥と大きな関わりがあるようだ。コーフボールを考案したのはアムステルダムの小学校教師、ニコ・ブロークハイセン。彼は、当時の女子バスケットボールのルール(ドリブルの制限など、複数回にわたってルールが調整された)をベースとし、少年少女がともに取り組めるスポーツとして、自身が教鞭をとっていた小学校の授業に落とし込んだのである。
バスケットボールもまた、国際YMCAトレーニング・スクールの体育教師、ジェームズ・ネイスミスが考案したものではあったが、“学生たちが冬期に屋内で取り組めるスポーツ”として考案されたバスケットボールとは異なり、コーフボールは学校教育の視点から、最初から男女混合の思想が重視されていたスポーツであった。したがって、身長、骨格、筋肉量などの身体能力の多様性を肯定しながら、コートに入った誰もがパスやシュートといったプレーを可能にするという、皆が主体的に楽しめるようなルール設計が目指されたのである。
それを象徴する興味深いルールのひとつに「ディフェンド」というファウルがあるという。これは、ディフェンス側のプレーヤーが至近距離(伸ばした手がオフェンス側のプレーヤーの胸元に届くほどの距離)にいるときにオフェンスがシュートを打った場合にとられるファウルを指す。このルールは、身長の影響を意図的に制限するものだ。つまり、背の低いディフェンスでも、背の高いオフェンスの攻撃を至近距離にいるだけで止めることができる。まさに、体格差があっても極力対等に戦えるようなルール設計といえるだろう。
このような公平性は理念上追求されただけでなく、実践的な研究においてもその有意性が示されている。例えば、コーフボール元日本代表選手・加藤凌さんらによる「ジェンダー平等の実現を目指す体育授業の在り方に関する一考察」では、児童が抱く回避感情(体育に取り組むことをできるだけ避けたい)、劣等感感情(体育に取り組む際に劣等感を感じている)、嫌悪感情(体育に取り組むにあたり嫌悪感を抱いている)の男女差に着目。コーフボールの授業を通じて意識の変容を分析した結果、「チームの一員として活躍できた」などの実感から児童全体と女子の回避感情が低下し、劣等感感情の男女差が緩和されたことがわかった。また、回避感情と嫌悪感情の男女差も解消傾向にあったという。
このように、主に男女の違いが着目されてきたコーフボールだが、実際に練習場を見渡してみると違いは男女差、つまり生物学的性差に限った話ではないように思える。そもそも身体能力は性別だけでなく年齢などの要素によっても左右されるし、同性・同世代のプレーヤーであっても個人差は当然存在するのだ。コーフボールクラブ東京の部員は20〜30代が多いものの、最年少は高校生。さらには「娘もコーフボールをしている」と話す年配の男性部員もいた。それほどの多様なプレーヤーがいるにもかかわらず、これほど友好的な雰囲気のなかで練習を進めることができるのは、性別、年齢、そして個人の身体能力の格差によってゲームが決定づけられることがほとんどないコーフボールならではの光景といえるのではないだろうか。
コーフボールは発祥後、主に学校教師によってオランダ全土に広められ、瞬く間に国民的スポーツとなっていったという。海外への普及については、宗教などの理由から男女混合ルールが受け入れられない地域もあり(実際、コーフボールはその誕生の背景を理解していない人びとから「インモラルだ」という非難を浴びてきた歴史をもつ)限定的な広まりとなったものの、今日ではその先進的にも映るルールが注目され、世界70カ国で約100万人がプレーしている。
話を筆者のコーフボール体験に戻そう。大まかにルールを把握し、シュート練習を終えると、初心者にもかかわらず早速ゲームに混ぜてもらうことになった。コーフボールクラブ東京は国内の強豪クラブながら、スポーツ経験の有無を問わず新入部員を募集していることもあり、和気あいあいとした雰囲気のなかでゲームが始まった。
(上)練習には学生から社会人まで幅広く参加している。ちなみに、コーフボールで使われているのは5号球。ミニバスケットボールの公式試合球と同じ大きさだ。(下)2023年10月に行われた「ワールドコーフボールチャンピオンシップ2023」決勝戦。王者オランダと戦うのは、コーフボール強豪国である台湾。2024年1月時点のIKF世界ランキングは、1位:オランダ、2位:ベルギー、3位:台湾、4位:ドイツ、5位:チェコとなっている
コート上での“選択と責任”
緊張の初ゲームはディフェンスからスタート。開始の笛が鳴り響いた瞬間、一斉にオフェンス陣がゴール前を狙い、四方八方にボールを回す。マークは1対1だが、バスケットボールのようにマークマンがスイッチ(交代)することはほとんどなく、常に特定のプレーヤーをマークすることになる。そのため、ボールよりも、自分がマークしているプレーヤーを追いかけるという感覚のほうが強い。
シュートのチャンスを与えぬよう、しかし接触はしないよう、必死に手を伸ばし続ける。相手チームのパスがどのように回るかを意識し、仲間にディフェンスの声掛けをする。シュートが放たれれば、みんなでリバウンドをとりに行く。
これはオフェンスに回ったときにも感じたことだが、接触プレーが禁止されているため、体を当てて弾き飛ばしたり、体を接触させてパスコースを妨げたりといった行為は当然発生しない。筆者は身長が低いこともあり、プレー中の安全性が気にかかっていたが、初心者でも体格差による恐怖感や威圧感を覚えることはなく、参加している女性選手も堂々とプレーしているのが印象的だった。
そのオフェンスのターンが回ってきた。目の前の相手のマークをかいくぐり、パスを受けるためにとにかく動き回る。夢中になっていると、ディフェンスが至近距離にいるにもかかわらずシュートを放ってしまい、「ディフェンド」をとられてしまった。
ディフェンドをとられないために必要となってくるスキルが、うしろに下がりながらシュートを放つステップバックシュートだ。事前にYouTubeで試合の動画を観ていたときに、やけにステップバックシュートが多いことが気になっていたのだが、これはディフェンドを避けるべく、自分をマークしている選手から距離をとるために必要だからだと知る。
また、至近距離に入られる前にシュートを放つこと、すなわちクイックリリースも必要となってくるという。初心者だからと怖気づいていたところもあったのだが、チームメンバーから「どんどんシュートを打って!」と声をかけてもらい、遠慮なくシュートを狙っていこうと決意する。
コーフボールは、ひとたびコートに入れば全員がシュート、アシスト、リバウンドなどあらゆる種類のプレーを担わなければいけないのも特徴だ。オフェンスの中核を担う「Tiger」、アシストを得意とする「Wolf」などのポジションはあるものの、360度どこからでも得点を狙う/狙われるため、選手間の非対称性は自チームの選択肢を狭めることになり、不利に陥ってしまう。基本的には全員がすべての役割を担うことが求められるため、ポジションに応じた練習メニューがあるバスケットボールと異なり、コーフボールクラブ東京では全員が同じ練習メニューに取り組んでいるという。
体感としても、シュートチャンスを含め、ゲーム中のすべてのプレーが平等に巡ってくるような感覚があった。そのなかで強く感じたのは、ゲームに参加している楽しさや充実感だけでなく、“選択肢をもつことへの責任”だ。コートに立ち、ゲームを進める一員として、どのようにパスをもらうべきか、もらったパスをどうするか、どのタイミングでシュートを打つべきか、あるいはどこにパスを出すべきか。学生時代に長くチームスポーツを経験してきた筆者の感覚からしても、空間的認知を研ぎ澄ませながら、与えられた機会に伴う自由を、責任をもって行使するという感覚が強かったのである。
(上)コーフボール日本代表チーム「あさがおJAPAN」でのキャプテン経験をもち、コーフボールクラブ東京ではエース的存在の永井廉さん。台湾在住時に両親のすすめでコーフボールを始め、10年以上の経験をもつ。台湾ではテレビのバラエティ番組で取り上げられるほどコーフボールが人気だそうだ。(下)ときには10m近く離れた場所からシュートを打つことも。ちなみに、バスケットボールのスリーポイントラインはゴールから6.75m。ロングシュート、ロングパスなどはゲームの要となる
プレーヤーを肯定するスポーツの源流
選択肢をもつ自由、そして責任。このような感覚は、特にドリブル禁止というルールが大きく作用しているのかもしれない。パス中心でゲームを展開するコーフボールでは、特定のプレーヤーが単独で動くような自己中心的なプレーは必然的に制限される。それによってフェアな競技性を維持できる分、メンバーは誰もがコート上を動き回りシュートやパスに取り組む必要がある。このような協調性やチームワークは、コーフボールにおいては理想ではなく必須要件であるがゆえに、プレーヤーはコートに立つことの責任を実感しやすくなるのかもしれない。
そう考えると、コーフボールは決して“女性への優遇措置が設けられたバスケットボール”などではないことがわかってくる。ドリブルや接触プレーを禁止する特徴的なルールは、それ自体が立派なゲーム上の制約として働き、チームの力を創発する仕掛けとなっているようだ。
そもそも、コーフボールのルールによってすべての身体能力の格差が相殺されるわけではない。例えば、ゴール下でリバウンドを狙う役割はどうしても身長・体格が大きいプレーヤーが有利となる。そこからパスをもらうスペースをすばやく見つけ出して移動するのは、視野が広く俊敏なプレーヤーが有利となる。それはもしかすると小柄なプレーヤーになるかもしれない。
ルールが是正するのは、あらかじめゲームを決定づけるほどの圧倒的な格差であり、それ以外の個人差についてはチームが個々の特性として理解し、制限のなかでチームの戦術・戦略に活かしながら、主体的にゲームを構築する状態を生み出しているように映った。その過程で、少なくとも筆者は「わたしはここにいる」という感覚や存在意義を身体的に獲得したように思う。それは、これまでのスポーツ経験と比較しても真新しい感覚であり、プレーヤーの志向によっては勝利以上の価値──もしかすると、それ以降の行動や生き方、自尊感情に肯定的な影響を与えるようなものとなるかもしれない。
コーフボールを育んだオランダの土壌に興味がわき調べていたところ、オランダには1917年以来、同王国憲法で定められた「教育の自由」があるという。オランダでは「百の学校があれば、百の教育がある」と言われるほど学校ごとに特色ある教育が行われており、モンテッソーリ教育やダルトンプラン、イエナプランといったオルタナティブ教育を取り入れた学校も多数存在する。教育は、政府が中央集権的に管理するものではなく、各教育機関が裁量をもって運営し、保護者や子どもには選択の自由があるという考え方だ。
時系列としてはコーフボールの発祥が先であり、オルタナティブ教育に限っていえば1970年代より推進されたものであるから、いささか強引な考察になるかもしれないが、いかなる人びとも排除しない包摂性(インクルージョン)をもちながら選択の自由と責任をプレーヤーに与え、まるで第3の道を示すかのようなコーフボールの繁栄の背景には、このようなオランダの教育をめぐる磁場が密接にかかわっているのかもしれない。
学校教育の視点を地盤とし、100年という年月を経ていま世界中に広まろうとしているコーフボール。日本での競技人口は現在200人ほどで、指導者不足や道具の入手の難しさなどの課題はあるものの、そのポテンシャルを踏まえ、コーフボールクラブ東京では都内の小学校で定期的に体験会を実施したり、誰でも参加可能な「オープンコーフボール」の日を設けたりするなど、日々普及活動に励んでいるという。
コーフボールの発展はこれから、わたしたちにどんな景色を見せてくれるのだろうか。その未来に胸を高鳴らせながら、練習場をあとにした。
(上)ドリブル禁止のルールによって、プレーヤーは頭を上げてパスを出す相手をしっかり探すことができる。そのため、コーフボールは空間的知覚を養う教材にもなるという。(下)画像中央の伊藤沙優さんは現在高校3年生。バスケットボール部を退部した高2の夏にSNSでコーフボールを知ったという。「安心してシュートを打てるし、部活のときのように縛られるものがないこともあって(コーフボールは)楽しい」と語っていた
次週3月12日は、ヨーロッパの移民労働を扱ったノンフィクション作品『A Seventh Man』を手がけたイギリスの美術評論家、ジョン・バージャーについて、WORKSIGHTコンテンツ・ディレクターの若林恵が解説します。お楽しみに。
【新刊案内】
Photo by Hironori Kim
書籍『WORKSIGHT[ワークサイト]22号 ゲームは世界 A–Z World is a Game』
「21世紀はゲームの時代だ」──。世界に名だたるアートキュレーター、ハンス・ウルリッヒ・オブリストが語ったことばはいま、現実のものとなりつつある。ゲームは、かつての小説や映画がそうであったように、社会を規定する経済的、政治的、心理的、そして技術的なシステムが象徴的に統合されたシステムとなりつつあるのだ。それはつまり「ゲームを通して見れば、世界がわかる」ということでもある。その仮説をもとにWORKSIGHTは今回、ゲームに関連するキーワードをAからZに当てはめ、計26本の企画を展開。ビジネスから文化、国際政治にいたるまで、あらゆる領域にリーチするゲームのいまに迫り、同時に、現代におけるゲームを多面的に浮かび上がらせている。ゲームというフレームから現代社会を見つめる最新号。
書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]22号 ゲームは世界 A–Z World is a Game』
編集:WORKSIGHT編集部(ヨコク研究所+黒鳥社)
ISBN:978-4-7615-0929-3
アートディレクション:藤田裕美
発行日:2024年1月31日(水)
発行:コクヨ
発売:学芸出版社
判型:A5変型/128頁
定価:1800円+税
【イベント案内】
トークセッション「ゲームづくりの民主化と、新たな自己表現としてのインディゲーム」
WORKSIGHT最新号の刊行記念イベント、第2弾が決定! 2023年11月21日配信のニュースレター「1カ月でゲーム開発者になれる時代?:『新たな自己表現』としてのインディーゲームの潮流を追う」に登場した、株式会社ヘッドハイの一條貴彰さんをゲストにトークセッションを開催します。
「Unity」「Unreal Engine」などのゲームエンジンの価格破壊と台頭、技術的なハードルの低下などによって、多くの人びとが新たな自己表現としてゲーム開発に取り組む現代。空前の盛り上がりを見せるインディゲームの現状やその背景にあるものを、自身もインディーゲーム開発者であり、国内のインディーゲーム開発者支援事業も精力的に行う一條さんに尋ねます。お楽しみに!
■日時
2024年3月15日(金)19:00〜20:30
■会場
SPBS本店
東京都渋谷区神山町17-3 テラス神山1F
※オンライン配信あり
■出演
一條貴彰(株式会社ヘッドハイ代表取締役)
山下正太郎(WORKSIGHT編集長/コクヨ ヨコク研究所・ワークスタイル研究所 所長)
若林恵(WORKSIGHTコンテンツ・ディレクター/黒鳥社コンテンツ・ディレクター)
■チケット
会場参加チケット:2,200円(税込)
オンライン参加チケット:1,650円(税込)
書籍付きオンライン参加チケット:3,630円(税込)
小学生のときに体育に授業でやった「ポートボール」を思い出しました。コーフボールが発祥なのかな?バスケより得点するのが容易で楽しかった記憶があります。