変わりゆく「都市」と「絵文字」の魅力【編集部の声 #3】
各界を代表する識者との対話から、何を学び、何を感じたのか。「ストリートデザイン」「絵文字」について取り上げたニュースレターの取材後記を、編集・執筆担当者が綴ります。
WORKSIGHT編集部が感じたこと、記事に込めた想い、入りきらなかった情報などを自由に書き綴る【編集部の声】。第3回では、10~11月にかけて配信したニュースレター「デザイナーが庭師になるとき:ダン・ヒルが語る『参加型まちづくり』の最前線」「絵文字は本当に世界"共通"?」の編集・執筆担当者による取材後記をお届けします。本編と併せて、ぜひご一読を。
photograph by Kaori Nishida
「1分都市」に日本は何を学ぶ?|浅野翔
【担当記事】「デザイナーが庭師になるとき:ダン・ヒルが語る『参加型まちづくり』の最前線」
2022年6月某日、東京は黒鳥社事務所にお越しいただいたダン・ヒルさんに取材した。気象庁によると、今年の北半球は統計開始以来、史上2番目に暑い夏だったそうで、取材日の東京は最高気温が35度を超えていた。車中心から歩行者中心へ都市のかたちを転換する上で重要な「ストリートデザイン」の話をするには暑すぎたかもしれない。しかし、だからこそ、官民連携で目の前のストリートの活用を構想・実践する「1分都市」という思想から生まれたプロジェクト〈Street Moves〉を通じて、気候変動や社会的な格差の是正を国家や行政に押し付けるのではなく自分ごととして捉えられるようになるというお話を、現実味をもって受け取ることができた。
夏が「クソ暑い」のはもはや惑星全体の危機であり、またコンクリートやビルで構成された都市構造の問題でもあるが、そのなかでより快適な生活を送るには、私たち自身の工夫と都市を管理する行政との共創が必要だ。生活と身近な「1分都市」に対して、日本では新型コロナウイルスの感染拡大防止対策が後押しするかたちで「ストリートデザイン=ウォーカブル推進」が進んでいるが、国土交通省の報告によれば、ウォーカブル推進都市の多くは駅前通りや中心市街地など商業エリアの歩道再整備に着手しており、道路の管理者である行政と道路の使用許可を出す警察署との間でばかり話が進められ、周辺の生活者や利用者の意見がないがしろにされているケースがよく見られる。
ダンさんはインタビューのなかで、従来型のストリートデザインでは官民問わず権力の綱引きが生まれ、それによってプロジェクトの停滞がしばしば起きることがあると説明していた。だからこそ、道路整備事業の利害関係者のなかで末端とされていた子どもたちも工程に招き入れ、実現に向けたアイデアをより広く利害関係者らに問うことで、プロジェクトの劇的な進行を促している。参加しやすい、建設的な議論を進められる、さらには社会問題の改善が試験的に行われるこのプロジェクトが、スウェーデンの首都ストックホルムという大規模な都市で実施されていることが何よりも驚きだ。
たしかに、人口や気候風土など、大きく異なるふたつの都市を単純に比較することはできないが、日本各地で地域の特色を反映させたウォーカブルシティの実現に向けた取り組みを広げる上で、「1分都市」で実現した、ヒエラルキーを超えた市民参加のあり方は大いに参考になるだろう。年の半分は厳しい寒さとなるストックホルムで「ストリートデザイン」を市民らが考えたように、地域の歴史やローカリティを反映した「私たちらしい生活」をともに協力しながら実践する、そんな日本の未来に期待をしたい。
浅野翔|Kakeru Asano
デザインリサーチャー/ありまつ中心家守会社 共同代表/WORKSIGHT編集員
bottom:photograph by Yuki Uchida
今年の6月にダン・ヒルさんが黒鳥社事務所の地下1Fにご来訪。写真上・中は、ダンさんとWORKSIGHT編集部の若林。編集担当の浅野はオンラインで取材に参加。写真下は、音楽談義に花が咲く2人。かつて音楽業界で働いていたダンさん、若林が着ていたカエターノ・ヴェローゾのTシャツに即座に反応。写真撮影は内田友紀さん(RE:PUBLIC)。
Photo by Jörg Carstensen/picture alliance via Getty Images
絵文字の"字間"へ|相樂園香
【担当記事】絵文字は本当に世界"共通"?
絵文字が好きだ。NTTドコモの携帯電話「FOMA」を買ってもらった小学生の私は、初めて絵文字と出会った。いまのように豊富なスタンプも容量もなかったあの頃、「テキスト」という限定された形式の中で、最大限のクリエイティビティを発揮できるものが絵文字だった。
当時仲の良かったグループに、メンバーそれぞれを表す絵文字を決めてアイコンのように使う習慣があった。猫やさくらんぼが人気ななかで、私に割り振られたのは映画を表すビデオカメラマークの絵文字だった。私が映画好きだったからという訳ではなく、当時のドコモのビデオカメラの絵文字が顔のように見えて、その顔に似ているからという理由だった。絵文字の意味というよりは「何に見立てるか」に創造力を駆使して、装飾的に使っていた。
なぜ、いまも絵文字に魅せられているのか──。考えてみるとやはり、その誤読性・曖昧さゆえかもしれない。12×12ピクセル・176種で生まれた絵文字は、2022年11月現在フルカラーとなり3400種類を超える数に発展している。しかし、ピクセル・種類ともに豊富になった現在も、その曖昧さがクリアになったとは言い切れない。
まるで世界共通であるかのような雰囲気を醸し出しながら、あまりにも曖昧なその存在が面白い。そもそも、絵文字はかなりハイコンテクストだ。ビデオカメラの絵文字を私の友人が「顔」だと認識していたように、日本で生まれ育った私には馴染みのある『📛』の絵文字は、海外では「Tofu on Fire(燃える豆腐)」となる。あなたが謝罪の気持ちで使っている『🙏』は、別の場所ではハイタッチとして捉えられているかもしれない。
絵文字の種類(=語彙)は増えたはずなのに、どうしてこんなにも曖昧なのだろうか。ヴィジュアル言語を専門とするアメリカの認知科学者であるニール・コーンさんとの会話のなかに、そのヒントがあった。「絵文字は文字ではあるが、完全な言語ではない」ということだ。絵文字だけで会話をすることは難しい。言われてみれば当たり前のことかもしれないが、なぜか絵文字は「万能」なものであるという思い込みがあった。私たちの願いとは裏腹に、世界共通で普遍的なコミュニケーションを実現する万能の言語は存在しない。
では、いったい絵文字とは何なのか。ニールさんは「絵文字はコミュニケーションを豊かにするもの」だと語る。リモートワークの普及に伴い、テキストコミュニケーションの重要性はますます高まっている。毎日使っているSlackから絵文字が消えたら? Zoomにリアクションボタンがなかったら? 絵文字のない世界は、とても寂しいものになるだろう(そのときは顔文字を使うのかもしれないが:P) 。
絵文字は万能のものではない。だからこそ、おもしろい。絵文字の文字間を埋めるには、使用者同士の関係性やコンテクストの共有が求められる。Slackのワークスペースの数だけオリジナルの絵文字アセットがあるように、今後コミュニティごとの絵文字はますます拡張され続けていくだろう。それは、普遍性とは逆の方向かもしれないが、より豊かであるといえるかもしれない。やっぱり、絵文字が好きだ。完全ではないからこそ、絵文字を通してお互いの世界を知ることができる。
相樂園香|Sonoka Sagara
デザイナー/WORKSIGHT編集員
写真上はニール・コーンさん。写真下は取材担当を務めたWORKSIGHT編集部の相樂・鳥嶋。オンラインでの取材開始早々、日本語で語り始めてくださったニールさん。20年ほど前、交換留学生として都留文科大学(山梨県)で学んだときのお話をしてくださいました。近くの富士急ハイランドにも行かれたとのこと。
アーバンデザイナーのダン・ヒルさん、認知科学者のニール・コーンさんに心からお礼申し上げます。快く取材を受けてくださり、ありがとうございました。 まだお読みでない方はぜひご一読ください。
◉「デザイナーが庭師になるとき:ダン・ヒルが語る『参加型まちづくり』の最前線」(10月4日配信)
◉絵文字は本当に世界"共通"?(11月1日配信)