本当に面白いものは、大義名分からは始まらない:鳥専門の不動産屋「BIRD ESTATE」の歩み
高さ20cm×横15cm×奥行き15cm、そして玄関の大きさは27.5mm──これは鳥のための賃貸物件です。
鳥類学の世界的な名著『Ornithology』は、2007年に出版された第3版(邦題『鳥類学』、新樹社)から「保全」を重要なテーマのひとつとして扱うようになった。環境や生態系の健全度のバロメーターとして、ランドスケープやウォータースケープの“財産監視人”として、そして、その親しみ深さから経済的・政治的な求心力をもつアイコンとして(現代の環境保護運動の火つけ役となったレイチェル・カーソンの『沈黙の春』はその最たる例だ)、強大な存在感を放ってきた鳥。個体群を安定させ絶滅を防止する上で、保全活動はもちろん重要な取り組みなのだが、その一方で、人間が鳥類の力を活用し、恩恵を受けることを目的に、鳥類保全に注力してきたという側面もまた事実といえるのではないだろうか。
そんな“人間中心設計”の保全活動のゆくえについて考えるなかで、野鳥専門の不動産屋「BIRD ESTATE」が展示会を開催するという情報が飛び込んできた。
BIRD ESTATEは、プロデューサーの工藤洋志さんが2021年に立ち上げたプロジェクトだ。巣箱を「賃貸物件」、鳥を「入居者」、巣箱の購入者を「大家」と見立てたユニークな活動と、工藤さんが7年の研究の末につくり上げた実用性の高い巣箱が注目を集めており、個人購入者のほか、関東圏では保育施設やグループホームなど30カ所以上に設置されているという。
今回の展示会「Can’t see the bird for the trees(木を見て鳥を見ず)展」は、methodの代表でバイヤーとして活躍する山田遊さんが興味をもったことから、山田さんの自邸のギャラリー「( HOUSE )」で開催するにいたったという。初めて巣箱をつくってから10年を迎えるという工藤さんと、大家歴2年目の山田さん。展覧会の全貌からシジュウカラの生態、そして、活動の核となるアマチュアリズムについて話をうかがった。
interview & text by Sayu Hayashida
photographs by Kaori Nishida
(左)工藤洋志|Hiroshi Kudo 社会福祉士。港区役所保健福祉支援部所属・京都精華大学非常勤講師。人と環境が相互に作用する、その接点に巣箱(ほぼシジュウカラ専用)の力も借りて介入し、 シジュウカラの住み良い家について日々研究を続けている。
(右)山田遊|Yu Yamada 南青山のIDÉE SHOPのバイヤーを経て、2007年、method(メソッド)を立ち上げ、フリーランスのバイヤーとして活動を始める。現在、株式会社メソッド代表取締役。これまでの主な仕事に、国立新美術館ミュージアムショップ「スーベニアフロムトーキョー」、「21_21 DESIGN SIGHT SHOP」、「GOOD DESIGN STORE TOKYO by NOHARA」、「made in ピエール・エルメ」、「燕三条 工場の祭典」などがある。各種コンペティションの審査員や、教育機関や産地での講演など、多岐に亘り活動を続ける。
「1シーズン2回転」の賃貸実績
──まず「バード不動産(BIRD ESTATE)」の取り組みについて教えてください。
工藤 わたしは保健福祉に関する仕事をしていたのですが、認知症高齢者の日中の過ごし方について何かいいアイデアはないだろうかと考えていたときに、鳥はどうだろうと思いついたんです。イヌやネコを飼うのはハードルが高いけれど、庭にやってくるシジュウカラを見て楽しむことは誰にでもできる。シジュウカラが営巣し始めると「春だなぁ」と感じたり、雛が起きて鳴き始めると「朝が来た」と感じたりできます。そういう取り組みができたらと思ったんです。
ひとまず、よく見かけるような巣箱を自分でつくってみたのですが、いま思うと本当にめちゃくちゃな巣箱でした。巣穴の大きさも中の広さも、設置場所もだめ。最初の2年くらいは箸にも棒にも掛からないような状態。「誰も来てくれないなぁ。何が悪いのだろう?」と思い、研究が始まりました。
──それは本などを読んで、独学で?
工藤 そうです。何十個も巣箱をつくりながら、次第にシジュウカラにターゲットを絞って、巣穴の大きさや設置場所を調整していきました。4年目にようやく鳥が入るようになり、その生態を観察しながら「ここはこうしてあげたほうが営巣しやすいのでは」という気づきを得て、改良を重ねて......あっという間に7〜8年が経過していましたね。そこから製品化し、このたびこうして展示会を開く機会をいただきました。
山田 最初に巣箱をつくり始めた頃から数えると、もう十年選手なんですよね。
工藤 そうですね。あっという間の10年でした。
──今回の展示会は山田さんからお声がけを?
山田 はい。ここはわたしの自宅で、土間にギャラリースペースをつくったのですが、この環境に合う展示ができればと考えていて。工藤さんの巣箱がぴったりだと思ったんです。
工藤 こうした展示・販売は初めてなのですが、お客さん一人ひとりと対面でお話しでき、シジュウカラや設置環境について直接お伝えできるのはすごくいいなと思いました。
鳥に選ばれるための巣箱を
──見た目が可愛いだけでなく、長年の研究の成果がつまった巣箱かと思いますが、どのような工夫が施されているのでしょうか。
工藤 まず、工具を使わずに取り付けられる仕様になっています。巣箱の背面にベルトがあるので、これをポールや木などに巻きつけて設置するんです。特別な工具を使わずとも、女性やお子さんにも簡単に設置していただけますし、樹皮は傷がつくと回復までに時間がかかるのですが、これならば木への負担がないので環境にも負荷が少ないんです。
巣穴の大きさも重要です。これは直径27.5mmなのですが、28mmを超えると外敵の侵入危険性が高まります。スズメがシジュウカラの卵にいたずらしてしまうことも。逆に巣穴が小さすぎると出入りが窮屈になり、子育て期には1日100回以上出入りを繰り返す親鳥にとっては不便なので、27.5mmがベストな大きさなんです。
あとはこのサイドウォールの形状も重要です。シジュウカラはいきなり巣箱の中に入ることはなく、営巣をする4〜6月よりも前から“内見”をします。まずはここに留まって、巣箱をつついて中に何もいないかどうか確認し、それを何度も繰り返したあとで初めて中を覗く。横板が斜めで丸みがついているとシジュウカラが留まりやすく、中を確認しやすいのでこの形状にしました。
山田 内見は冬から始まるんですよ。だから、上蓋のところにおやつのピーナッツを置いてあげるんです。
工藤 シジュウカラのごちそうです。滅多に食べられないので。
──大家さんの入居者募集の際のテクニックですね。他にも大家さんがやるべきことはありますか。
工藤 シジュウカラに選ばれるためには巣箱の設置角度や高低も重要な要素です。出入りするときに外敵に襲われないためにも、見晴らしのいいところを好むので、巣穴は開けた方向に向けて設置するといいですね。あと、高さは人の手がぎりぎり届かないくらいのところ。軒下なんかはバッチリです。
山田 わたしは去年そこの庭の木に設置したんですが、失敗してしまいましたね。
──入居者が現れず?
工藤 枝がたくさん伸びている木は、ネコやヘビが簡単にアクセスできてしまうので、シジュウカラが警戒するんですよ。ただ、軽井沢の物件は木に直接設置しているんですが、まわりの環境がいいのですぐに入居者が決まりました。(壁の掲示を指差して)この物件ですね。
──「今年こそ避暑地で営巣!」。シジュウカラ向けの物件案内、面白いですね。
工藤 今回は代表的な物件をピックアップして展示しています。
──この渋谷区西原の物件も魅力的ですね。「6年連続営巣の実績!」「1シーズン2回転を実現」。
山田 1シーズン2回転はね、やばいですよ(笑)。
工藤 4月に1家族目が営巣して、大家がクリーニングしたあと、5月中旬〜7月に2家族目が入ると、ぎりぎりですが2回転が可能なんです。
──クリーニング?
工藤 シジュウカラは営巣場所が決まると草を運び、巣箱の中でベッドをつくり、その上に卵を産みます。巣立ったあとの草のベッドを掃除するのは大家さんの仕事。この巣箱は上板が後方にスライドし、外すことができる仕組みになっているので、クリーニングして何度も使えるんです。
山田 クリーニングは大家の義務。普通の巣箱は板を釘で止めているので、掃除するとなると分解するしかないことも多いんですが、工藤さんの巣箱であれば簡単にクリーニングできます。
──そこにも研究の成果が。
工藤 広島の家具屋さんですごく丁寧につくってもらっています。製品化されたもので、釘を使わない巣箱はおそらく日本で初めてなんじゃないかなと。
山田 人間の家でもシックハウス症候群などが問題になり、アレルギーフリー住宅を求める人がいますよね。鳥と金属の相性がいいわけないと思うので、釘を使っていないという点も個人的に気に入っています。
都市の緑化のバロメーター
──ほぼシジュウカラ専用の物件とのことですが、改めてシジュウカラの生態について教えてください。
工藤 シジュウカラは渡り鳥ではなく、年間を通して同じ場所に生息する「留鳥」という区分の鳥です。北海道から沖縄まで日本全国に広く分布しています。
山田 それこそ都市部にも結構いるんですよ。でも、人工物に営巣する鳥は限られていて。
工藤 同じくらいのサイズの鳥にはメジロがいるんですが、メジロはこのような巣箱には入らず、必ず木の上で営巣するんです。
山田 人工物に営巣するということは、人の近くが安全だということがわかっているんでしょうね。
──そういう意味では“都市の鳥”ともいえると思うのですが、昔から人間と関係の深い鳥なのでしょうか。
工藤 シジュウカラは、四十の雀と書いてシジュウカラと読むのですが、その名前の由来として「スズメ40羽分の価値があるから」という説もあるほどです。そのように名付けられるほど、人間にとってはありがたい存在だったのではないかと思います。
山田 わたしも大家になってから色々勉強をしているのですが、シジュウカラは糞害がない鳥なんですよ。
工藤 雛は巣箱の中で糞をするのですが、親鳥が糞を巣箱の外へ運び出すんです。シジュウカラは綺麗好きなんですよ。あと、ドイツの研究者の調べによると、シジュウカラは1年のうちに蛾の幼虫などの害虫を12万匹も食べ、その結果として緑を守る役割も果たしています。「都市の緑化のバロメーター」と言われるほど、自然環境と密接な関わりをもった存在なんです。
山田 いま鳥インフルエンザが世界的に猛威をふるっていますが、シジュウカラは渡り鳥ではありませんし、そもそも野鳥は飼ってはいけない決まりになっているので、見守るだけで過度な接触もない。そういう意味でも本当に害がないんですよね。それだけでなく、わたしはここ(調布)に来るまで鳥や花などのことを全然わかっていなかったんですが、いまはシジュウカラやメジロの鳴き声を聞いたり、椿や菜の花が咲く様子を見たりして「春が来たんだなぁ」と思う。野鳥とともにある生活の豊かさを実感しているんです。
──まさに工藤さんが巣箱をつくろうと考えたときに目指されていたことですね。先ほど物件情報の説明をしてくださったとき、4月頃から営巣とおっしゃっていましたが、1年を通してどのような活動をするのでしょうか。
工藤 カラ類の鳥は、営巣の時期以外はほとんど群れで暮らしています。営巣の時期になると番(つがい:雄と雌のひと組み)ごとに分かれて、自分たちの家を探し、雛が巣立つとまた群れに戻ります。餌場が取り合いにならないように、自分たちの家の半径20〜30mには仲間が巣をつくらないようにするというルールがあるようですね。うまく取り決めができているみたいですよ。
──賢いんですね。
工藤 見ていると、本当に頭がいいんだなと思います。
──特に営巣の時期ですが、1日の動きはどうでしょうか。
工藤 朝6時くらいになると雛が餌をねだって鳴き始めます。巣箱の中からピピピピ!と甲高い声が聞こえてくるんですよ。7〜8羽いるので結構な音量です(笑)。夕方になるとぴたりと止むので、「もう日が暮れるなぁ」と時間の流れを感じることができます。雛の鳴き声はインスタグラムに上げているので、ぜひ聴いてみてください。
シジュウカラ・センタード・デザイン
──先ほど「都市の緑化のバロメーター」という話もありましたが、プロジェクトの展望はありますか。
工藤 もちろん都市の緑化や鳥類の保全において有意義なものになればという気持ちはあります。先ほども申し上げた通り、シジュウカラは環境にとって良い鳥ですから。でも、単純にシジュウカラが好きだという気持ちのほうが強くて……。
山田 わたしは工藤さんのそういうところが良いと思っているんです。本当に面白いものって、大義名分から始まらないじゃないですか。まず「面白い」「好きだ」という気持ちがあって、しかも裏付けのある行動があり、そんな活動を続けるなかで緑化や保全はあとからついてくる。パーパスドリブンで始めていたら絶対こうはなっていない。
巣箱って、意外といろんな人がつくっているんですよ。それこそ建築家やデザイナーがデザインして、それを公園に設置するという動きもめずらしいことではない。ただ、ちゃんと研究せずにつくってしまい、鳥にとって実用性の低い巣箱になっていることもあるんです。そこが工藤さんの巣箱との大きな違いなのではないかと。
工藤 よそ様の取り組みに口出しするのは気が引けるところもあるのですが、ある地域では巣箱を住民に抽選で配っているんです。知り合いが「設置しているのに全然鳥が入らない」と言うので写真を見せてもらったのですが、設置場所など、「もっとこうしたらいいのに」という改善ポイントがたくさんあって。
──巣箱をつくること/置くことが目的化しているケースも多いんですね。誰でも気軽に楽しむことができ、都市緑化や保全活動というわかりやすい目的も備えている鳥類観察だからこその落とし穴というか。
山田 与える側が「当たればラッキー」くらいの思いでやっているから、鳥はこんなに身近な存在であるにもかかわらず、本当の意味でなかなか根付かないんだと思います。巣箱の組み立てキットはいろんなところで販売されているのに、肝心の情報が少ないから、鳥に興味があっても何から始めればいいのかわからないんです。きっと多くの人が10年前の工藤さんと同じような状況に陥るはずです。
工藤さんはアマチュアだけれども、自分でリサーチして試行錯誤しながらプロの領域に近づき、事実に裏付けされた情報をたくさん蓄積しています。本当に面白いものをつくるにはリサーチの時間が必要じゃないですか。7年ですよ。さらにそこからKENTA NAGAI STUDIOの永井健太さん(空間/エレメントデザイナー)さんに設計を頼んで、ちゃんと製品化して。
工藤 仕事だと怒られちゃいますよね。「何年かかってるんだ!」って(笑)。
山田 あと、これが本業なら売上のことも考えないといけなくなる。そういうことも含めて副業──。
工藤 副業にもなっていないですけどね(笑)。趣味なんです。
山田 そういうアマチュアリズムが本当に大事だと思います。世の中の巣箱はヒューマン・センタード・デザインが多いけれど、工藤さんは完全にシジュウカラ側の方なので。
工藤 人間よりシジュウカラに届けばいいなと思っています(笑)。
山田 そういう方に教わったほうが情報の精度が高いし、面白いし、いいソサエティのあり方じゃないかと。そこをガイドしてくれるだけでも十分、社会にとっては価値があるじゃないですか。今回巣箱を購入してくれたみなさんにも、それがちゃんと伝わっていると思います。
──今回は2週末4日間限定で展示会を開催し、取材時点では最終日の昼ですが、どれくらいの物件が成約したんですか?
工藤 25件以上ですね。以前ホームページから購入してくれた方が2軒目を購入してくれたり。
山田 昨日は石川初さん(慶應義塾大学教授/コクヨ野外学習センターのポッドキャスト「新・雑貨論Ⅱ」第6回に出演)がいらっしゃって、自宅用と大学用に購入してくれました。他にも3組ほど2件同時に購入してくださった方がいましたね。
工藤 オーナーさんが増えて嬉しい限りです。シジュウカラを好きな人が世の中にいたんだなぁ。
──趣味やアマチュアリズムという話もありましたが、とはいえ製品化、そして今回展示会を開くまで10年もの月日を費やし、情熱を注いでいらっしゃった。いま振り返ってみるといかがですか。
工藤 以前、これも趣味が高じてですが、模型メーカー「TAMIYA」と連携し写真集(『HOLD THE WHEEL AT TEN AND TWO 』/さまざまな角度からラジコンカーの楽しみ方を提案しコミュニケーションの拡大を図った1冊)をつくったことがあるんです。そのとき、わたしが尊敬する田宮俊作さん(株式会社タミヤ 代表取締役会長)に言われたことを思い出します。「とことんやるのがホビーだ」と。仕事だと納期があり、納得がいかないものを発売しなければいけないこともあるけれど、趣味であれば何時間もかけて研究できる。だから、いつまでも好きなだけ研究して、好きなだけ写真を撮るというわたしの趣味に、「僕たちは敵いっこないんだよ」と言ってもらったんです。
──シジュウカラに関しても「とことんやってきた」と。
工藤 あとは、シジュウカラに見返りを求めていないので続いているのかもしれないですね(笑)。期待するとがっかりすることがあるけれど、シジュウカラには何も期待していないので。「良い家に住んでもらいたいなぁ」という気持ちだけ。
山田 良い不動産屋ですし、ハウスメーカーとしても素晴らしいですよ。こんなに意志のある不動産屋やハウスメーカーは、人間界ではなかなか見ない(笑)。
工藤 あまり広げていくということも考えていないんですよね。どうせやるなら面白いことをやりたいなって。真面目すぎるより、みんなが気軽に楽しめることを。
山田 工藤さん、こんな感じなのでマスに広がっていくわけがないと思っていて(笑)。わたしが不動産仲介業としてみなさんにちゃんと伝える役割を担い、それがうまくいけばこの面白い取り組みが広がって、巣箱のオーナーも増えるんじゃないかと思いますね。
次週4月23日のニュースレターは、京都のフリーマガジン『ハンケイ500m』をフィーチャー。あるバス停を起点に半径500mを編集部員がくまなく歩き、そこで出会った人や店を取り上げるというユニークなマガジン。そのコンセプトや制作プロセスについて取材しました。お楽しみに。