「住宅を共同所有する」という社会運動:ウルグアイで50年以上続く相互扶助の取り組み
協同組合をテーマにした記事を書こうとリサーチしていたところ「住宅協同組合連合会」という聞き慣れないワードに出くわした。その本部はウルグアイ。相互扶助のコミュニティのなかで住宅の共同所有を推進しており、53年もの歴史をもつ。ウルグアイでは2万世帯以上が加入しているというこの協同組合の意義や価値、そして家をもつことから始まる社会参画について、同連合の会長であるエンリケ・カル氏に話を訊いた。
© FUCVAM via YouTube
interview & text by Shintaro Kuzuhara/Sayu Hayashida
社会運動としての協同組合
消費者や労働者などが生活や事業の改善を図るため、協同で経済活動などを行う組織「協同組合」。世界各国の協同組合が加盟する国際組織「ICA」(国際協同組合同盟)には2023年4月時点で107カ国から310以上の団体が加盟し、日本でも協同組合への加入率は個人ベースで46.5%、世帯ベースで51.4%と高い数字を誇っている。国内ではコープや大学生協などの「購買生協」、JAや専門農協などの「農協」、こくみん共済Coopや都道府県民共済などの「生協の共済」などの区分があり、実際に利用したことのある人も多いだろう。
協同組合の歴史は古く、18世紀後半のイギリス産業革命にまで遡る。工業化により市民は資本家階級と労働者階級に二分され、格差社会が到来。労働が正当に報われない人びとが増えるなか、社会主義者のロバート・オーウェンらは新たな労働システムを模索し、相互扶助経済の実現に乗り出した。これが協同組合運動の誕生であり、いまも世界各国で展開されている生活協同組合(Co-op)の源流といわれる。
そのような背景から、協同組合は企業体とは異なり、社会運動として捉えられてきた側面が大きい。経済発展において弱い立場に置かれやすい労働者たちが、相互扶助によって競争経済に代わる協同経済を築いて自立を目指すと同時に、格差社会における搾取や権力への抵抗を示す営みでもあるのだ。
協同組合は全世界に広まり、その過程でそれぞれの国・地域の歴史や風土に根ざしていった。今回紹介するウルグアイの共済住宅協同組合連合会「FUCVAM」(Federación Uruguaya de Cooperativas de Vivienda por Ayuda Mutua)もまた、ウルグアイの住宅問題を解決するために労働者階級のなかから生まれたものだ。FUCVAMの会長を務めるエンリケ・カル氏はこのように話す。
FUCVAMが設立されたのは1970年。低所得者層の住宅取得の権利のためにこれまで50年以上粘り強く活動してきました。FUCVAMは連合会ですので、国内の住宅協同組合を束ねる役割を果たしているのですが、各組合は最小10世帯、最大200世帯から形成されており、連合会には現在750組合以上が加盟しています。
住宅協同組合の制度では、組合員の自助努力はもちろんのこと、組合員同士の相互扶助、自律的な住宅の建設・管理などの取り組みを通じ、加盟世帯が安全で適切な住まいを確保できるようになっています。人口でいえば全体の3%近く、2万世帯以上がこの制度を使って暮らしています。
ウルグアイは南米諸国において早期に社会福祉が進んだ国のひとつとして知られる。小国ゆえに、スペインやポルトガルなど他国の勢力抗争に翻弄されてきた歴史をもつが、1828年に独立。広大なパンパ(草原地帯)を活用した牧畜業が発展し、貧困層が少ない中産階級主体の国へと成長した。第19代大統領ホセ・バッジェ・イ・オルドーニェスの社会改革によって、民主化や社会保障制度の整備もいち早く進んだ。
しかし、世界大恐慌や第二次世界大戦後に一次産品の需要が減少したことを受け、1950年代より経済状況が悪化。失業者の増加と実質賃金の下落が進み、特に住宅問題は深刻なものとなった。1960年代前半には10万戸もの住宅が不足し、さらに、国家が対策を講じなければ年間9000戸ずつ増加するという試算もあった。これを重く見た政府は住宅に関する基本法の創設に向けて動き出し、1968年に「PLAN NACIONAL DE VIVIENDAS」(全国住宅計画)が公布される。
このなかには国民の給与から1%を徴収する国家住宅基金の創設も含まれており、この基金によって一部の労働者はローンを組んでマイホームを購入することができるようになった。しかし、厳しい経済状況のなかで雇用が安定せず、債務不履行の可能性が高まると、労働者は集団でローンを組むことで個々のリスクを最小限に抑える住宅協同組合に活路を見いだすようになる。
社会が混迷を極めるなか、労働争議や学生運動の頻発を受けて政府から緊急治安措置が発令され、ウルグアイでは1973年より軍事政権が敷かれました。FUCVAMはこのとき、相互扶助による住宅取得だけでなく、国立銀行に対するストライキなどの抵抗運動を展開し、独裁政権の崩壊につながる民衆運動のリーダー的存在になったのです。
1985年には軍事政権が終わりを告げ、民政復帰を果たしたウルグアイ。伝統的な二大政党であるコロラド党、次にブランコ党が政権を握り、2005年には社会党や共産党が参加する与党「拡大戦線」が政権を握るなど政情は次々と変化したが、FUCVAMは変わらず活動を続けてきた。
わたしたちはどの政党が政権を取っても活動内容を変えることなく、住宅に関する法律が遵守されているか、予算が適切に使われているかなど、政府をモニタリングする役割を果たしてきました。そうして助成金を確保し、組合員に土地へのアクセスを保証することで社会に貢献してきたのです。
当連合は学生連合や労働者連合などと並ぶ社会組織グループの一員であり、ウルグアイでインターソーシャル(社会組織間)の関係を構成しています。ウルグアイの社会改革を推進できるような組織となっていきたいと考えています。
FUCVAMのモデルはエルサルバドル、グアテマラ、コロンビア、パラグアイ、メキシコなどの南米諸国にとどまらず、スペイン・バルセロナなどでも現地の文化や風土に合わせてアレンジされた上で普及している。また、スリランカの紅茶生産者の協同組合と交流をもつなど、国際的なパートナーシップの構築にも注力している。
FUCVAMのモデルを世界各地に広めるための「South-South Cooperation Project」は2012年、都市化と居住の問題に取り組む国連機関「UN-Habitat」(国際連合人間居住計画)が住宅に関する革新的なプロジェクトを表彰する「World Habitat Awards」の最優秀賞に輝いている。
(上)「South-South Cooperation Project」の解説動画。同プロジェクトは、FUCVAMのモデルを世界の国々に普及することを支援するために開始された。(下)住宅協同組合が建てた住宅。全国住宅計画は日本における建築基準法のようなもので、第18条では、採光、床面積、環境衛生などの条件が記されており、協同組合ではこの法律に則った住宅を建設している。© FUCVAM via YouTube
レンガを積み、セメントをつくる
国民1人当たりの国民総所得は南米トップクラスであり、経済的には比較的豊かな国といえるウルグアイ。しかし、それは格差が存在しないということではない。フランスの経済学者ルカ・シャンセルらが発表した「World Inequality Report 2022」(世界不平等レポート2022)では、1割の富裕層がおよそ8割の富を所有する世界の現状が伝えられているが、ウルグアイも例外ではないのだ。特に近年のグローバル化で輸入が増加している産業では失業率が上昇し、社会問題になっているという。
また、ウルグアイの住宅政策はおもに中・上流階級を対象としてきたため、低所得世帯への経済的支援や専門的知識に関する支援は不十分な状態が続いている。FUCVAMはそのような人びとに相互扶助の仕組みを提供し、基本的人権のファクターである住まいへのアクセスを実現しようとしている。
政府は各組合に助成金を出します。これには、住宅建設のための資材の資金、土地の購入資金、電気工事士や土木施工管理技士といった専門家への支払いなどが含まれます。
政府は工事費の100%を負担するわけではありません。助成金は総工事費の85%であり、残りの15%分は加入している世帯の人びとの労働力によって賄われます。労働時間に換算すると週21時間です。作業としてはおもに専門性を必要としない仕事、例えばレンガを運んだりセメントをつくったりということですね。この作業を、他の人を雇って代わりにやってもらうことはできません。組合員には住宅建設、さらに建設後の管理にいたるまで主体的な関与が求められます。
FUCVAMは1970年設立時、労働組合としてスタートした背景をもつ。そのため、ローンの返済能力はあるが貯蓄がない世帯が住まいにアクセスする手段として、組合員は自らの労働力を投じることが決まりとなっている。
補助金といえど、これは返済が必要なもの。したがって誰でも協同組合に加入できるわけではありません。例えば失業者は返済能力がないと判断され、加入できないことになっています。そのような意味では国家の社会保障制度とは大きく異なります。
同時に、協同組合への一般加入条件には「ウルグアイの永住者であること」「法定年齢に達していること」のほかに「世帯収入が60UR以下であること」(編注:URはローンや賃料などを指数化・調整するためのウルグアイの測定単位。60URは現在の為替レートで40万円弱と思われる)も定められており、あくまで住宅問題に悩む労働者階級世帯が加入することが想定されている。
ウルグアイの一般的な住宅ローン金利は年4%ほどなのですが、住宅協同組合のプログラムを利用すると年2%ほどに抑えられます。また、補助金は各世帯ではなく組合が受けているものなので、たとえ失業や病気などの不測の事態が起きても返済が滞ることはなく、住まいを失うこともありません。このような内部連帯のメカニズムは、まさに協同組合の根幹を成す相互扶助がもたらす強みだと思います。
その分、デメリットもあります。前述のような加入条件があるほか、加入手続きが完了するまでに5〜6年、さらに工事期間が2〜3年ほどかかります。富裕層でなくとも金銭的にある程度余裕がある人はまず選ばないでしょう。
このような特徴から、FUCVAMの活動が民間の不動産ビジネスを阻害することはなく、うまく棲み分けができているという。
また、FUCVAMの仕組みでは、ローンを返済しても住宅を所有することができないのが特徴です。組合員が手に入れるのはあくまで使用権であり、所有権ではありません。ただし、返済が終わればほとんど永続的に住まいの使用権を得ることができ、親から子に引き継ぐこともできます。
このような「共同所有」という特徴を取り上げ、組合員のことを「ただ搾取されているだけだ」と言う人もいます。共同で所有するというコンセプトは、世界の主流である資本主義的な理念に反するものですから。政府も、資本主義を支える民間企業には免税制度をはじめとする手厚い支援を行っていますが、それに比べるとわたしたちのプログラムへの支援は本当にわずかなもの。住宅問題のために充てられる国家予算はGDPの0.5%未満です。
それでも、FUCVAMは前述のWorld Habitat Awardsのほか、国内外で数々の賞を受賞するなど高い評価を得ていることは事実だ。公的扶助ではないにもかかわらず、貧困に喘ぐ労働者にとって「まともな住宅を手に入れるための唯一の選択肢」だという意見もある。
50年以上も続いているのですから、組合員を主体としたこのモデルはすでに有効性や妥当性が証明されたといっていいと考えています。わたしはいま58歳なのですが、10歳のときにはすでに父親が住宅協同組合に加入しており、人生の大半を協同組合運動のなかで過ごしてきました。この愛着のある活動を続け、他の国や地域などにもっと普及させていくことがわたしの望みです。
労働に従事する組合員の様子。組合員は住宅を建てるだけでなく、建てたあとの管理・維持も担う。専門家による技術支援はあるものの、主体はあくまで組合員であるという自己管理を前提としたモデルだ。© FUCVAM via YouTube
住宅をもつことは“始まり”
750組以上の住宅協同組合を束ねるFUCVAMでは、代議制民主主義的な全国総会が行われている。最小規模の10世帯の協同組合からは1人、最大規模の200世帯の協同組合からは4人の代表者が総会に参加し、運営指針などについて話し合うという。
また、本部には社会文化振興を促進する文化開発委員会、ガバナンスをチェックする財政委員会などが設置されているほか、組合員を多面的にサポートするためのさまざまな部署や機能も備えている。住宅建築に関する技術支援部、次世代育成のための教育部、生活の困りごとを弁護士に相談できる法務部などだ。家庭内暴力などのジェンダー分野の問題に対するサポートにも注力している。
特に家庭内暴力の問題では、加害者である男性のほうが正組合員であることが多く、配偶者である女性にとって不利な状況が生まれていました。そこからジェンダーの観点を取り入れる必要性を感じ、配偶者の共同所有権をめぐって何度も議論を重ねています。
このような支援にあたって、技術者や弁護士への給料といった運営資金が発生するため、加盟世帯はそれぞれ月3ドルほどの会費を納めている。それでも、住まいだけでなく生活にまつわるさまざまなコミュニティサービスにアクセスできることは組合員にとって大きな安心感につながっている。
わたしたちの協同組合にはオリジナルの歌があるのですが、歌詞に「La vivienda es el principio y no el final」(住宅は始まりであり、終わりではない)ということばがあります。生活はずっと続いていくもの。だからこそ、人びとが互いに助け合って生きていくための基盤づくりが重要だと考えています。
相互扶助というコンセプトの安心感は揺るぎないものです。家をもつことができなかった労働者が、安心して住める場所、家族を守れる場所を確保できる。さらにそれを子どもに引き継ぐこともできる。コミュニティとの関わりや社会との接点も生まれます。家があること、そこからあらゆることが始まっていくのです。
FUCVAMの女性協同組合員らによるデモ。横断幕には「女性なくして共同なし」と書かれている。© FUCVAM via YouTube
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編集:WORKSIGHT編集部
ISBN:978-4-7615-0928-6
アートディレクション:藤田裕美
発行日:2023年10月20日(金)
発行:コクヨ
発売:学芸出版社
判型:A5変型/128頁
定価:1800円+税