スープはデザインの最小単位?キッチン、旅、歴史、身体──ひとつの鍋がつなぐ世界
東京・六本木で世にも珍しい「スープをテーマにした大規模展覧会」が行われている。スープという身近な食事が、世界中の人びとの生活や旅の記憶から、食器やキッチン、生命の始原から死に至るまで縦横無尽に広がっていく展示だ。なぜスープが重要なのか? 展覧会ディレクター・遠山夏未さんに聞いた。
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホが1883年にスケッチした「スープキッチン」の様子。企画展「スープはいのち」より photograph by Keizo Kioku
朝の味噌汁、コーンスープ、あるいは夕食を彩った手づくりのポタージュ。あまりに日常的な存在として、わたしたちがスープそのものについて、立ち止まって深く考えることは稀かもしれない。けれども、その湯気の向こう側に、とある物語が隠されているとしたらどうだろうか。
現在、東京・六本木の21_21 DESIGN SIGHTで開催されている企画展「スープはいのち」は、そんな身近な一杯へのささやかな問いかけから幕を開ける。そこに並ぶのは、単なるレシピの紹介ではない。旅の記録、土器、五感を揺さぶるインスタレーション、そして19世紀の商品広告。一見するとスープから遠く離れた断片たちが、わたしたちの「生きること」そのものを鮮やかに映し出していく。
この展覧会のディレクションを手がけたのが、デザイナーの遠山夏未さん。「イッセイ ミヤケ」で衣服のデザインに携わりながら、「スープ」を自身の表現媒体に据える彼女は、なぜこれほどまでにスープという存在に惹かれ、掘り下げてきたのか。
インタビューが始まる直前、遠山さんは、瓶詰めにしたスープを差し出してくれた。展示会場でも象徴的に扱われるこの出汁は、一口飲めば、ゆっくりと身体の内側の輪郭が潤いに満たされていく。スープから広がる、人間の営みとデザインの関係とは。
interview by Yasutomo Asaki, Haruna Kawano, Sho Kobayashi
text by Yasutomo Asaki
photographs by Shusaku Yoshikawa
edit by Sho Kobayashi
遠山夏未|Natsumi Toyama デザイナー。武蔵野美術大学空間演出デザイン学科卒業。イッセイ ミヤケで衣服のデザインをする傍ら、「衣」と「住」は身体を外側から包み、「食」は身体を内側から包むものであると考え、最小限の食として「スープ」に着目し、身体空間をデザインする活動を始める。著書に『ポタージュ:野菜たっぷり家族のスープ』(池田書店)
まずはスープをどうぞ
当日の取材のために、遠山さんが用意してくださった2種類のスープ。玉ねぎとミルクのスープは著書『ポタージュ』でも紹介されている定番のメニュー
──本日はお時間いただきありがとうございます。先ほど、テーブルに瓶詰めのスープをふたつご用意いただきまして……。
あまりお話をするのが得意ではないので、わたしがつくったスープを食べていただきながらお話をしていきませんか。こちらの透明なスープから飲んでみてください。「はじまりのスープ」という展示作品をイメージした、昆布の出汁だけでつくったスープです。
──それではいただきます。ああ、出汁だけでも、こんなにしっかりした風味があるんですね。
昆布は旨味成分のグルタミン酸が豊富です。実は、お腹のなかの赤ちゃんが包まれている羊水にも、グルタミン酸が多く含まれています。このスープは、塩分濃度も、人間の身体に近いバランスを意識しています。それは人が「美味しい」と感じる濃度と同じで、わたしたちは生まれる前から、この「おいしいスープ」を身体で感じているのかもしれません。ですから、「飲む点滴」みたいなイメージですね。もうひとつのスープもどうぞ。玉ねぎとミルクと少量の塩だけでつくったものです。
──こちらもおいしい。とろりとした食感と優しい味が身体に染み渡りますね。
ミルクは使っていますが、水分は玉ねぎから出たものだけです。玉ねぎは昆布と同じくグルタミン酸が豊富で、これだけシンプルな具材で、とてもおいしいものがつくれるんです。「最小単位のスープ」とでも言いましょうか。玉ねぎはいま(取材は4月後半に行われた)が旬ですが、こうして季節のものを自由に使えるのもスープの楽しみですね。
上:企画展「スープはいのち」の展示風景。「集まる」「遊ぶ」「満たす」といったテーマの展示エリアで、世界のスープ料理の写真や、旅とスープにまつわる回想エッセイなどが展示されている 下:会場で入手できるレシピカード photograph by WORKSIGHT
ジップロックのポタージュ
──ごちそうさまでした。素材の味をゆっくり味わえる時間でした。企画展「スープはいのち」を拝見して、スープという非常に身近な食べ物が、抽象的なアートから具体的な個人の生活の記録まで、多種多様なかたちの作品と接続していることにとても驚いたんです。そもそも、遠山さんはなぜスープに関心をおもちになったのでしょう。
元々、わたしは武蔵野美術大学の空間演出デザイン学科で、ファッションを学んでいました。ただ、実際の服づくりというよりは、身体を中心とした空間デザインに興味があったんですね。 衣服と身体の間にある、「間(ま)の空間」をデザインする方法を考えていくなかで、 身体を「包む」という行為を深掘りするようになっていきました。
そんな大学生のある真夏に、ひどい熱を出してしまったんです。ひとり暮らしで辛くなったわたしは、母に電話をして助けを求めました。翌日、母が送ってくれた荷物のなかに、冷たいポタージュが入っていたんです。冷蔵庫にある食材を全部ミキサーにかけたような、本当にシンプルなものでした。
へとへとだったわたしは、床に座り込んだまま、ジップロックにそのまま口をつけてポタージュを飲みました。その瞬間、身体の内側の輪郭が、すーっと顕わになり、包みこまれるような感覚になりました。「あ、わたしの身体の内側にも空間があるんだ」と、そのときハッと気づいたんです。スープというものを介することで、身体の内側を含めた空間デザインができるのではないか?と直感した体験でした。
──スープを通して、空間デザインへの関心が、身体の外だけでなく内側へも向かっていくことになったのですね。その後、スープに対する探求はどのように広がっていったのでしょうか。
学生時代、小竹信節教授(編註:舞台美術家。寺山修司「天井桟敷」の舞台美術などを担当)が美術を手がける舞台の巡演に、衣装手伝いとして同行させてもらったことがあります。ロシアとルーマニアとフランスを巡る旅のさなか、学生たちはお金もないので安宿を借りて、キッチンで自炊をすることがあり、そこでよくスープをつくっていたんです。鍋ひとつあればスープはどこでもつくることができます。また、地元の食堂で人びとがスープとパンを食べているのもよく目にしました。その光景に、自分が安宿のキッチンでつくっているささやかなスープが、世界中の暮らしと地続きにあると感じたんです。スープは風土を汲み取り、国境を越えていく。スープを考えることは、社会を見ることでもあった。
──旅の経験から、スープが国境を越えて人びとをつなぐものであることを感じたと。
「スープはいのち」でも展示しているのですが、旅の最中、ルーマニアの農民博物館(Muzeul Național al Țăranului Român)を訪ねたとき、非常に印象的な1枚の写真に出会いました。1900年に撮影された、農民たちが大きな土の器からスプーンでスープをすくっている光景。そこに写っていたのは、貧しさでも豊かさでもなく、ただ「生きることをともにしている」という根源的で確かな気配でした。スープを考えることは、生きることの「最小単位」のデザインを考えることなのではないか──。こうした経験の積み重ねから、そう思うようになったんです。
──「最小単位」とはどういうことなのでしょう。
コンパクトであること、と言い換えることもできると思います。スープは、ひとつの鍋、わずかな材料、わずかな水で、何人もの命をつなぐことができます。生き抜くための必要十分な食のあり方が、スープには実現されています。例えば、同じことを衣食住で考えてみると、「住」は、ゲルのような遊牧民の移動式の住居、「衣」ならサリーのような一枚布の衣服のようなものでしょうか。
共通しているのは、最小限の要素で構成されているだけではなく、最大限の効果を発揮できることです。人間が歴史をかけてつくり上げてきた、コンパクトかつ柔軟性をもつ創意工夫の結晶。そうした「最小単位」のデザインのなかにスープも含まれていると思うんです。
遠山さんがルーマニアで出会った農民たちの写真(1900年撮影)。展示の最後となる「灯す」エリアで見ることができる photograph by Keizo Kioku
研究室の大きな食卓
──スープは「最小単位」だからこそ、国境を越えて運ばれていくし、同時に、その一杯のなかに身体や土地や歴史が宿っていく、と。スープが、いろいろなもののつなぎ目になっているのですね。実際に大学ではそれをどう研究していったのですか。
わたしが所属していた空間演出デザイン学科の研究室は、教授の杉本貴志さん(編註:インテリアデザイナー。無印良品の空間デザインなどを手がけた)がデザインされた空間で、大きなキッチンと大きなテーブルがあったんです。照明も他の研究室と違って、電球色のとても柔らかな空間で。わたしが師事した小池一子さん(編註:クリエイティブディレクター。1970〜80年代のセゾン文化を牽引した)も、杉本貴志さんも、衣食住に対して明確な視点をもっている方だったので、食の場が当たり前にあったんです。研究室では教授や助手が卓を囲んで食をともにすることが、ごく自然にありました。昼休みに助手がパスタをつくって、みんなで食べる。休憩時間に一緒にお茶を飲む。そういう光景のなかで、食が「場をつくる」ことを大学でも学んでいた気がします。
──そういった環境が、遠山さんの「食」と「空間デザイン」を結びつける感覚の土台になっていたのですね。
こうした環境にいたからか、自然と、課題制作とともに、スープなどの料理をつくって講評会のあとにみんなで食べる、ということをするようになりました。昔から、反射的なコミュニケーションが少し苦手で、気の利いた返事をしないといけないような会話のやり取りよりも、キッチンに身を置いて、誰かのために手を動かしているほうが、自分らしく他者とつながれる感覚があったんです。そんなあるとき、小池さんが、辰巳芳子さんの『あなたのために:いのちを支えるスープ』(文化出版局)という本をくださったんです。現在の活動に至る大きなきっかけになりました。
卒業制作では、旅をともにした同級生と、中庭にテントを張って食堂をつくりました。3カ国を旅して出会ったスープを振る舞うインスタレーションです。エプロンなどの衣装も含め、衣食住を統合してデザインしました。来場者はスープを味わうことでわたしたちの旅を追体験する。感覚をともにするコミュニケーションをデザインしたかったんです。わたしのやっていることは当時から本当に変わっていないのだと思います(笑)。
同じ食材を素材に、染料とスープをつくる様子を並べたISSEY MIYAKE+林 響太朗+長尾智子「色をまとい、色を味わう ―身体を染める色と味―」。左側の布の黄色はターメリックによるものだ
スープは消え、記憶は刻まれる
──その後、遠山さんはイッセイ ミヤケに入社されます。「身体を包む」という関心を抱え続けてきた遠山さんにとって、イッセイ ミヤケはどのような場として映ったのでしょうか。
きっかけは、写真家の高木由利子さんが撮ったPLEATS PLEASE ISSEY MIYAKEをまとったケニアの人びとの写真でした。衣服を見ているはずなのに、その奥に、人間の根源的な姿や生命力のようなものが現れていたんです。衣服が人を覆うのではなく、その人自身の身体性や美しさを引き出している。その力強さに圧倒されたんです。面接では、生意気にも「イッセイ ミヤケの哲学を通じて『衣食住』を考えたい。衣服に限らず、領域を横断したものづくりがしたい」と話しました。それを三宅一生さんが面白がってくださったのかはわかりませんが、ありがたいことに採用していただいたんです。
衣服をつくる専門的な訓練を受けてきたわけではなかったので、本当にマイナスからのスタートでしたが、一生さんはチャレンジする機会をたくさん与えてくださった。「デザインは希望である」という一生さんの哲学は、いまもわたしの根っこにあります。
──その後「HORO Kitchen」を立ち上げられますが、そこにはどのような転機があったのでしょうか。
東日本大震災の頃に、体調を悪くしてしまったんです。甚大な被害を前に「わたしたちがつくっていたものは何だったんだろう」と、ものづくりへの確信がもてなくなってしまって。数カ月休職していたのですが、社会復帰のために友人の仕事を手伝うようになりました。そのとき、初めてスープのケータリングをする機会があり、思い立ってHORO Kitchenという屋号をつけて自分でもケータリングを請け負うようになりました。旅をするように活動したいという想いと、旅のような非日常の時間や空間を届けたいという気持ちを込めて、HORO(放浪)ということばを使っています。
──食の活動を始めたことで、デザインへの視点に変化はあったのでしょうか。
あるときまで、衣服のデザインをする上で、消費というもの自体に対してどこかネガティブな感情を拭えずにいました。それが食の活動を通して、「幸せな消費」のあり方を、段々と考えられるようになりました。
HORO Kitchenでは、ただ料理を届けるのではなく、場所ごとの物語に合わせて空間そのものを設計することを大事にしていました。例えば以前、原美術館(2021年閉館)で、ある美術評論家の方を偲ぶ会のケータリングを担当したことがあります。その方は「額縁のない展示」や「台座の彫刻化」という展示手法の美術を研究されていたので、お皿の「枠」を排した食卓にしたいと考えました。テーブルに特注のアクリル板を置き、彫刻ように食べ物が浮かんで見える設えにしたんです。その場所、その文脈にしか存在しない食のあり方を追求したかった。
こうして、デザインされた空間でともに食事する時間を共有するというのは演劇にも似てるように思うのです。そこを訪れていた人と料理を振る舞う人の垣根が、食を介して取り払われていく、そこにしかない瞬間なのです。
食べ物自体は、一瞬でなくなってしまうものです。しかし、かたちは残らないけれども、その瞬間の豊かさは身体の内側に刻まれる。なくなるからこそデザインできるコミュニケーションというものがある──そう気づいてから、衣服だからこそ可能な、「幸せな消費」のあり方をデザインできるのではないか、と自然に思えるようになりました。
HORO Kitchenで手掛けたケータリングの様子。本文中で触れられている原美術館での食事提供は画像上のもの(写真提供:遠山夏未)
スープという希望
──そうしたことを経て、現在21_21 DESIGN SIGHTで開催されている企画展「スープはいのち」のディレクションを手がけられました。いままでお話しいただいてきた、スープについての探求が総覧できるようなボリュームですね。
企画展の軸として「身体で読む」ということを置きました。会場ではスープを実際に飲んでいただくことはできない。だからこそ、嗅覚や視覚、聴覚といった感覚を呼び覚ますことから始まって、そこに個人の記憶や体験が結びついて感情が生まれ、やがて思考に至っていく……という構造を考えたんです。空間は「宿る」「包む」「満たす」、そして最後は「灯す」というように動詞でゾーニングしています。鑑賞者が動詞のテーマに沿って空間を辿るうちに、自然と身体感覚がシフトしていく構造を考えたんです。
──興味深かったのは、19世紀頃の古い乾燥スープのラベルの展示でした。よくよく見てみると、兵士のイラストもありますね。これはどういった商品だったのでしょう。
スープは生きることの「最小単位」だとお話ししてきましたが、それは決していい側面だけではありません。最小限の食だからこそ起こりうる影の部分もあるのです。乾燥スープは元々、遊牧民が移動しながら各地で食事をできるようにするための創意工夫から生まれたものでした。しかしながら、19世紀以降、スープの工業化が進むなかで、過酷な戦地で兵士の命をつなぐ食として利用されるようになります。ドイツのエルプスブルスト(Erbswurst)というソーセージ型のスープの素は、その代表例のひとつです。乾燥スープは工業化とともに大量生産され、やがて現代のコンソメキューブや缶詰スープの日常的な食品へとつながっていきました。
また、ヨーロッパには、生きることが困難な人たちにスープを配給する慈善事業の文化が古くからあります。18世紀のロンドンでは、「スープキッチン」として公的に制度化され、現在まで世界各地に広がっています。その一方で、スープと引き換えに改宗を求めるというようなこともあったそうです。
このようにスープは、国家によって用いられてきた歴史もあります。人間が生み出した知恵としてのスープを、いかに暮らしを豊かにするために使うことができるのか。それこそがデザインの役割だと思っています。
上:20世紀初頭の前線で撮影された兵士たちの昼食風景のポストカード。展示物ではないが、資料として遠山さんより提供のあったもの 下:19世紀以降の携帯スープのラベル。真ん中上付近に兵士が描かれたラベルがある
──展示の中心に、建築家・浜口ミホさんが設計した台所が据えられていたのが印象的でした。
浜口さんは、日本で初めての女性一級建築士です。台所はかつて北側の、寒くて暗い場所に追いやられていました。それを南側の日当たりのいい場所にもってきて、生活の中心に据えた人なんです。それが「ダイニングキッチン」ということばの始まりでした。
今回、浜口さんが設計した台所を、保存していた大学からお借りできることになり、その台所を舞台に、山フーズの小桧山聡子さんに「調理する行為そのものの豊かさを見出す」作品をつくっていただきました。小桧山さんは以前から「台所で遊ぶ」という作品をつくりたいとおっしゃっていたんです。最小限の食があるからこそ生まれる、遊びの文化。それが、生活の中心に据え直されたキッチンという場所で立ち上がる──意図したわけではないのですが、浜口さんの思想と、小桧山さんの実践が、本当に偶然のように、重なったんです。
──そして、会場にはもち帰り自由の17種類ものレシピカードが並んでいました。
「終わらない展覧会」にしたかったんです。レシピをもち帰って、日常のなかで実際につくる。そうすると「味わう」という体験につながって、自分の日常と展覧会が接続される。その時点では、展覧会はまだ終わっていない。あえて紙という素材にしたのは、アートディレクターの田中義久さんとも相談して、ものをもって帰るという身体的な行為を大事にしたかったから。
浜口が設計したダイニングキッチンを題材に、山フーズ・小桧山聡子が遊び心にあふれた展示を行っている
──企画展のタイトル「スープはいのち」は、英題が「Soup as Life」となっていますね。「is」ではなく「as」を選ばれたのには、どんな意図があったのでしょうか。
「スープはいのちである」とひとつの定義として断定するのではなく、概念として捉えたかったんです。そのなかには、お腹のなかの赤ちゃんを包む羊水や、病人が口にする最後の食事としての重湯といったような「いのち」そのものと結びついたものも含まれると思っています。スープを通して、身体の感覚や、土地の風土、誰かと食卓を囲む時間、ケアの記憶など、さまざまな営みや視点が少しずつ結びつき、積み重なっていく──その全体がやがてlifeであり「いのち」になっていく、という構造にしたかったんです。
それは、わたし自身がここまでスープと出会い直してきた一つひとつ、母から届いたポタージュ、旅先のキッチン、研究室の大きなテーブル……そのどれもが、スープを通して見えてきた風景だったからかもしれません。
──スープを介して見えてきたいろいろな風景の最後は「灯す」というテーマでした。これもスープに結びつくことばなのですね。
生きることの「最小単位」だからこそ、スープは戦争などの負の歴史においても利用されてきました。こうした時代だからこそ、その対極として「灯す」という動詞を最後に置きたかったんです。
戦争のときには、キッチンの煙さえ出せず、明かりも灯すことができません。逆に言えば、今日も食卓に明かりを灯せること、台所で誰かのために手を動かせること、誰かと一緒にスープをすくえること、そうした日常の一つひとつを続けていくためにはどのような場所や空間が必要なのかを考えていくことです。また、「灯す」ということばには、「見る」という意味も重なっています。明かりを灯すことで、見えがたいものを見ること。忘れてはならない人びとへ眼差しを向けること。世界をどう見て、何を感じ取るのか、その感覚を失わないこと。それは一生さんから学んだことでもあります。
「デザインは希望である」という一生さんのことばはわたしにとってあまりにも大きなものです。それでも「灯す」こと、そして、その明かりが途切れないために、スープからデザインを考え続けること。それが、いまのわたしにできる精一杯なのだと思っています。
企画展「スープはいのち」
会期:2026年3月27日(金)- 8月9日(日)
会場:21_21 DESIGN SIGHTギャラリー1&2(東京都港区赤坂9-7-6 東京ミッドタウン ミッドタウン・ガーデン)
休館日:火曜日
開館時間:10:00 - 19:00(入場は18:30まで)
https://www.2121designsight.jp/program/soup/
【WORKSIGHT SURVEY #30】
Q:「食事をともにすること」を、日常のコミュニケーションで重視していますか?
遠山さんは、スープという媒介を通じて「感覚をともにする」コミュニケーションの豊かさを語っています。仲間と「同じものを食べ、経験を共有する」ことを、普段のコミュニケーションでどの程度意識しているでしょうか。その理由や、「食事をともにすること」よりもご自身がコミュニケーションで大切にしていることがあれば教えてください。
【WORKSIGHT SURVEY #62】アンケート結果
自分で使うために、管理する:変化する「川と自治」の担い手(5月19日配信)
Q:川の管理は、近隣住民も関わるべき? 行政に任せるべき?
【関わるべき】行政だけでは、効率、責任回避が優先され、素気ない河川になると思う。味がある河川にするにはそこを住み処とする住民の協力が欠かせないと思う。
【関わるべき】行政だけで維持するのはもう不可能だと思うが、近隣の人だけでは負荷が高過ぎたり変な占有意識が生まれるので、登山道整備イベントのように楽しく不特定多数の人を集められるような仕組みが出来ると良いかもしれないですね。
【関わるべき】川の自然ともに生きるを原点とすれば「川の良さも、怖さも」知りながら生活をすべきです。そのためには日頃からの関わりが必要です。
【関わるべき】まだまだ先になるかも知れませんが、人が人として生きる上で現代社会は行き過ぎているので、本当の行政だけでない自治は必要だし、その中で見つけられる幸せというものは今こそ考えないといけないと思います。
【イベントのお知らせ】
6/1(月)18:30〜「WORKSIGHT 公開編集会議」第8弾開催決定!
6月1日(月)、コクヨのオウンドメディア「WORKSIGHT[ワークサイト]」による誰でも参加できる「公開編集会議」第8弾を、東京・下北沢にあるサテライト型多目的スペース「n.5(エヌテンゴ)」で開催いたします。
参加者全員が編集部員としてご参加いただける「公開編集会議」。WORKSIGHT編集部の山下正太郎さん、宮田文久さん、若林恵をファシリテーターに、さまざまな話題について一緒に考えます。多様なバックグラウンドをもつ編集部員や、参加者のみなさんと議論を交わす絶好の機会です。奮ってご参加ください。
■日時:2026年6月1日(月)18:30〜20:30
*終了時刻は延長する場合がございます
■開催場所
コクヨ・サテライト型多目的スペース「n.5(エヌテンゴ)」
住所:〒155-0031 東京都世田谷区北沢2-23-10 ウエストフロント1階(下北沢駅より徒歩4分)
■参加費:無料
次週6月2日は、今年2月に開催され、連日超満員となった第2回下北沢国際人形劇祭の企画統括を担当した山口遥子さん(人形劇研究者)、安藤僚子さん(空間デザイナー)さんへのインタビューを配信。決して広くは知られていない現代人形劇/オブジェクトシアターというジャンルの催しに、なぜ人が集まったのか。お楽しみに。
















