クラブでテクノ読書会?ブッククラブTREVARIと本をめぐる新たな経済圏
深夜、重厚なテクノが鳴り響く韓国・ソウルのクラブで、若者たちが思い思いに本を読み耽っている。一見交わりそうにない、クラブカルチャーと読書会を結びつけたイベント「Reading City」を企画したのは、国内最大級のブッククラブ「TREVARI」(トレバリ)だ。読書を通じて数々のユニークなイベントを仕掛けるCEOのユン・スヨン氏に、読書会はいかにして新たな文化事業になりうるのかを聞いた。
テクノと読書会を組み合わせたイベント「Reading City」。韓国のトレンド発信地、ソウルの聖水洞にあるクラブ「UNDERCITY」とTREVARIによる共催で行われ、黙々と読書する参加者の様子は海を越えて日本でも大きく注目された photograph courtesy of TREVARI
今年3月、ソウルのクラブでテクノを聴きながら読書をするパーティを撮影した動画が、日本でも話題を呼んだ。クラブミュージックと読書会を組み合わせたイベント「Reading City」を企画したのは、韓国最大級の有料読書会コミュニティを運営する「TREVARI」(トレバリ)だ。
TREVARIは、累計加入者数10万人超、現在も6,000人以上の会員を抱える、メンバーシップ制のブッククラブ。Reading Cityのほかにも、ウイスキー試飲会、映画トークイベント、ワークアウトやリトリートなど、読書会の枠を超えたさまざまなイベントを、ほぼ毎日開催しているという。TREVARIのCEOであるユン・スヨンさんへのインタビューから浮かび上がってきたのは、わたしたちがまだ知らない「読書会」が秘めるポテンシャルだった。
interview by Sungwon Kim, Sayo Kubota, Hidehiko Ebi
text by Sayo Kubota
photographs by Soo Young Yoon
ユン・スヨン|Soo Young Yoon|윤수영 韓国のブッククラブ運営企業TREVARIの創業者兼CEO。大学時代から友人と100人規模の読書会を運営。2014年にKakaoに入社。2015年1月に退社し同年9月にTREVARIを創業。2019年にはForbes Korea「2030 Power Leader」に選出。
テクノのリズムは読書に合う?
──テクノと読書会を組み合わせた「Reading City」の様子をSNSで目にしたとき、とてもユニークなイベントだと感じました。本イベントをブッククラブが企画・運営している点にも驚いたのですが、まず初めに、このイベントがどのようなものなのか、簡単に教えていただけますか。
「Reading City」は、クラブ・イベントスペース「Undercity」で開催している読書イベントです。2025年9月に第1回を開催し、2026年1月からは毎月最終日曜日の定期イベントとして実施しています。13時から19時までの6時間、テクノやエレクトロニック・ミュージックが流れる空間で読書に没頭するのが特徴です。ブッククラブのメンバー以外も、チケット制で気軽に参加することができます。
──テクノと読書という結びつきは話題性がありますが、実際に本を集中して読める環境なのでしょうか。クラブだと、本を読むには少し暗いようにも見えます。
人間は何であれ、「ソーシャル」(集団)で行うと、本能的にパフォーマンスが上がり、より没頭できるという研究結果を聞いたことがあります。
実際、参加者のなかには、5時間近くその場で本を読み耽る人もいました。他人の目があると、スマホをいじってしまう誘惑も断ち切ることができますし、多くの人が同時に本を読んでいる空間は、ひとり自宅で読むよりもはるかに強い集中力を引き出すことができるのではないでしょうか。
参加者の声を聞くと、テクノミュージックの一定のビートが没入感を高めるようで、音響の観点から見ても、読書に集中できる環境になっています。照明については、少し年齢層の高い方々から「暗くて目がかすむ」というフィードバックもありました。そこで、次回からは手元を照らせる携帯用ライトを配布し、改善を図りました。
──なるほど。音楽を聴くことと読書とが相乗効果を生むような空間を、試行錯誤しながらつくっているのですね。
このイベントに限らず、わたしたちは常にユーザーの反応を観察し、プロトタイピングを繰り返しています。自分たちの理想を押し付けるのではなく、現場で何が起きているかを見ることが重要です。
例えば、初回は「たっぷり数時間本を読んだあと、最後の1時間はみんなでテクノに合わせて踊る」という企画を実施したのですが、結果は誰も踊らず、ほとんどの人がそのまま帰ってしまいました(笑)。2回目以降はその企画を廃止するだけでなく、参加者同士で交流したいという要望に応え、会話を楽しめる空間をダンスフロアと別に設けています。
会話を楽しむ空間として設けられた奥のテーブルでは、参加者同士の交流も見られた。以前別の読書会に参加していたブッククラブの会員と再会したり、知り合いを紹介しあったりと、会員同士のネットワーキングの場としても活用されている photograph courtesy of TREVARI
読書会をビジネスにするには
──「Reading City」の開催のきっかけは何だったのでしょうか。
こうしたイベントは担当者の「どうしてもやりたい」という思いで企画されることが多いです。会社としては、読書をもっと「ヒップ」な体験として提示し、読書はかっこよくて楽しいものだということを伝えていきたいですし、常に話題になるような新しい試みをし続ける姿勢を見せるというブランディング目線の考えもあります。
──読書会以外にも、クルージングやランニング、映画のトークイベントなど、一見すると本とは無関係なイベントも数多く開催されていますね。
TREVARIのイベントは大きく「講演・トーク」と「体験」に分かれています。もちろん書籍に直接関連するトークイベントも開催していますが、「体験」のイベントには決まった型が特になく、その時々で企画・開催しています。
最近だと、ブッククラブの会員だけが見ることができる展示会や、本を読みすぎるとストレートネックになりやすいので、保険会社とコラボレーションして、ストレートネックを解消するエクササイズのイベントを開催しました。会員が好むようなイベントを常に考えながら企画しています。
──なるほど。「Reading City」のように、他のイベントも企業とコラボレーションしながら開催することが多いのでしょうか。
わたしたちのブッククラブは、1シーズン(4カ月)あたり21万〜40万ウォンほどの年会費がかかることもあり、メンバーは比較的所得水準が高く、トレンドをリードする方々も多いので、その会員コミュニティにリーチしたい企業から声がかかることは多いです。そうしたクライアントと、さまざまなプロモーションや関連イベントを実施しています。
企業クライアント向けのメニュー紹介の資料も用意しています。例えば、ブッククラブの会員向けの試飲会のような形式もあれば、製品をイベントのなかでPPL(プロダクトプレイスメント)のように提供する場合もあります。他にもオフラインイベントの運営を代行するもの、あるいは特定のテーマの読書会をつくるものなどさまざまです。
──イベントをたくさん開催できる背景には、読書会の事業で築いてきた強固な会員基盤があるということですね。企業から声がかかるとき、何を期待してTREVARIにコラボレーションを申し込んでいると思いますか?
わたしたちの会員に対して、自社のブランドや製品を紹介したいという方もいれば、自社の従業員やVIP顧客を対象にコミュニティサービスを提供したいという方もいます。あるいは、自分たちのスペースはあるけれども人が集まらないので、トラフィック(集客)をつくりたいという思いで訪ねてくる方もいらっしゃいます。
ブッククラブの会員は、知的好奇心が高く、さまざまな話題に興味がある方が多いので、製品を紹介すればそこからバイラルが始まるだろうと期待しているのではないでしょうか。
写真上・中:公式Instagramでは、常時さまざまなカテゴリーのイベント開催が告知されている 下:会員向けに開催されたウイスキー試飲会の様子。パートナー企業と共にブッククラブ会員に提供できる体験の種類を増やしていく photograph courtesy of TREVARI
苦痛を肩代わりする
──日本では読書会は文化的な趣味という印象が強く、そもそもビジネスになるイメージがありません。設立から10年、累計会員数も10万人を超えるとWebサイトで見ましたが、なぜ「読書会」の事業を始めようと考えたのでしょうか?
起業を考えたとき、まずは「売れれば売れるほど、社会に貢献できる会社」をつくりたいと考えました。ビジネスとは自己実現の手段であると同時に、社会に対する最も誠実なアウトプットであるべきだと思っています。
──そのビジョンが、読書会につながったと。
わたしは大学生の頃から読書会を立ち上げて活動していました。当時、中学の同級生から始まった集まりは、友人が友人を呼び、最終的には100人を超えるサークルにまで成長したのですが、そこで感じたのは、本を読み、感想を書き、人と対話することで、参加する人びとが心から楽しんでいるということでした。世の中に読書会が増えすぎて困ることはないですよね。むしろ、良質な対話が増えれば増えるほど、社会は少しずつ豊かになるはずです。
しかし、これほど楽しい読書会が世の中に少ないのはなぜなのか。その理由は、運営を継続することの難しさだと思います。そこでわたしは、「参加する人は楽しさだけを享受し、お金を受け取るプロが運営の負荷を喜んで引き受ける」ことで、読書会が事業になると考えました。
──手厚い運営があっての楽しさなんですね。普段の読書会はどのような形式で開催しているのですか。
わたしたちが提供しているのは、単なる読書サークルではなく、読み・書き・対話をひとつのシステムとして設計した有料コミュニティです。4カ月単位のシーズン制で、参加者は開催前に400字以上の読書感想文を提出しなければ、議論に参加することができません。たとえ会費を支払っていても、感想文を出さなければ参加を認めないという仕組みになっています。
現在、費用を払ってメンバーシップに参加している有料会員は約6,000名です。読書会は常時500個ほど動いていますが、そのうち300個ほどのグループには、運営に加えて専門家が「クラブリーダー」として参加しています。スタートアップの創業者や大学教授、各界のセレブリティといった方々が加わることで、知的好奇心をより刺激するような仕組みをつくっています。
TREVARIのWebサイト。経済、経営、人文、社会学、文化、芸術などさまざまなテーマのクラブが公開されている。スタートアップの創業者や大学教授、各界のセレブリティが専門家として主催するクラブも多い
教育・コミュニティ・認証
──TREVARIというブッククラブコミュニティが大きくなった背景には、韓国の読書市場の成長なども背景にあるのでしょうか。若者が読書をクールなものとして捉えているという「テキスト・ヒップ」(Text Hip=読書はかっこいい)ということばも聞きます。
そういう背景もあるかもしれませんが、わたしは読書市場自体が大きくなっているとは思いません。本を読む層が増えているとは感じませんし、体感としてはYouTubeショートやリールを見る人のほうが圧倒的に多いですから。
ただし、人びとはますます孤独になっており、「良い人と、良い文脈で出会いたい」というニーズは日増しに大きくなっています。TREVARIの成長要因は、知性よりも「友情への渇望」のほうが大きいのではないかと、わたしは考えています。
──会員の方は、交流を求めて参加しているのですね。
そうですね。わたしたちは「大人の学び直し」、そして「孤独」というふたつの問題を同時に解決しようとしています。現代の都市生活において、知性と友情の価値はあまりにも重要です。しかし、このふたつは放っておいても手に入るものではありません。特に大人になってからの学びや、利害関係のない深い友人関係を築くことは、意識的に設計された場がなければ不可能です。
──趣味の交流というより、学びのためのつながり、ということでしょうか。
わたしたちは、生涯学習の文脈で、かつて大学が担っていた役割を再構築したいと考えています。昔は20代までに必死に勉強すれば、その蓄えで定年までやっていけましたが、これからは絶えず変化する世界で、大人になっても常にアップデートし続けなければなりません。
わたし自身、大学には「教育」「コミュニティ」「認証」という3つの機能があると捉えていますが、いまの社会では、卒業後の大人たちにそうした機能が欠けがちです。情報を自発的に、ひとりでインプットし続けられる人は、むしろ少数派でしょう。大学を卒業して以降、知的好奇心を発揮する場をもてない社会人に対して、誰かが体系的にそれを助ける必要があり、その役割を担うことで、多くの人が時代に取り残されずにすむのではないかと考えています。
TREVARIは、読書会を通じて優れた専門家から学び、安全で開かれたコミュニティで仲間を見つけ、さらに「どのような本を読み、どのような発信をしたか」を履歴として認証するような場として運用しています。
ほぼ毎日イベントを開催しているTREVARIだが、30名ほどのスタッフで運営している。読書だけでなく体験型の集まりも視野に入れ、総合コミュニティ会社としての成長を掲げている photograph courtesy of TREVARI
読書会は、どこにでも
──最近では、ソウル以外での活動も増えているようですね。活動エリアを広げる計画があるのでしょうか。
昨年から「どこでもTREVARI」というプロジェクトを始めました。これまではソウルの江南や安国にある自社拠点がメインでしたが、いまは運営者の行きつけのカフェや自宅など、開催したい場所を自由に選べるようにシステムを整えました。その結果、ソウルだけでなく釜山や済州島など、韓国全土に読書会とそのコミュニティが広がっています。ありがたいことに、各地域で待っていてくれた人たちがいたという話も聞いています。
韓国の場合、首都圏に何もかもが集中しすぎて社会問題になっています。政府もこの一極集中ゆえの地域格差に関心が高い。TREVARIが地域でコミュニティを再建し、人びとがそこに留まったり訪れたりする理由をオフラインイベントを通じてつくっていくこと。それはわたしたちが得意とすることではないかと考えています。
──読書会やイベント運営のパッケージは、韓国だけでなく、海外でも通用しそうです。
グローバル展開には非常に興味があります。特に東京で読書会をやってみたいという思いはずっともっています。ただ、韓国のサービスをそのまま翻訳してもってくるつもりはありません。
読書会というのは、その土地の文化やことばのニュアンス、人びとの孤独のかたちに深く根ざしたものです。現地の文化や本質を深く理解し、情熱をもって「ゼロから起業する」という気概で取り組んでくれるパートナーに出会いたいと考えています。システムだけを輸出するのではなく、読書会のインフラをつくる、志を共にするチームを一緒につくれたら、実現できるかもしれません。
【WORKSIGHT SURVEY #57】
Q. TREVARIのような会員制ブックラブに参加してみたい?
韓国の会員制ブッククラブTREVARIでは、専門家が運営する質の高い読書会に加え、関連トークイベント、クラブでの読書会、ワークアウト、リトリート、など様々なイベントを開催しているということでした。TREVARIのような会員制ブックラブに参加してみたい?ぜひ皆さんのご意見をお聞かせください。
【WORKSIGHT SURVEY #55】アンケート結果
風景にとけこむ資料室:LGSA by EIOSとストリートアートの「横断」(4月14日配信)
Q. ストリートアートを研究したり学ぶ施設はもっとあっていいと思う?
【はい】現代社会を違う視点で認識するきっかけになる。
【はい】歴史や影響力を考えても、カルチャーとしてのストリートアートに触れられる、学べる場や機会が単純に少ないと思うので(同じことはスケボーやダンスにも言えると思います)。「どのようなことを知りたいか」で言うと、海外だけでなく、日本のストリートアートについても知りたいです。
【はい】I believe there should be more facilities dedicated to studying and learning about street art because it is a vital part of contemporary culture. Increasing accessibility to such spaces can help promote appreciation and understanding of street art, its artists, and the messages they convey.
【いいえ】解釈が間違っているかもしれないが、私の感覚だとストリートアートは悪ふざけと非合法性を併せ持つバンクシーの映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』がイメージだが、悪ふざけを真面目に研究・学習するというのはちょっと違和感を感じる。もっとふざけたブラックジョークを混じえたものでなくてはならないと思う。
次週4月28日は、過去から未来へと続く事象をひとつの線の上で書き表す「年表」にフォーカス。時の流れを想像するとき、なぜわたしたちは、当然のように一本の線を思い浮かべるのだろうか? 当たり前の「線形時間」を問い直すべく、わずか200年ほどの歴史しかもたない「年表」という形式の歴史、さらには進化論やSFがかたちづくった近代的時間観、ソーシャルメディアがもたらす時間感覚の混乱など、時間論の変遷について哲学史家のエミリー・トーマス氏に話を伺います。お楽しみに。











