パリの「ミュージックバー」が面白い!ジャズ評論家・柳樂光隆が訪ねた注目の6軒
日本の「ジャズ喫茶」の影響を受けた「ミュージックバー」が、いまパリの音楽好きのお気に入りのデスティネーションになっているのだとか。新たなトレンドを切り拓くパリ生まれの注目の6軒を、ジャズ評論家・柳樂光隆が訪ねた。
ジャズ喫茶より出でて、ジャズ喫茶にあらず。独自進化を遂げたパリの「ミュージックバー」をジャズ評論家の柳樂光隆が訪問。写真は、「NOTRE DAME Music Bar」
text & photographs by Mitsutaka Nagira
ジャズ喫茶、パリに行く
7月の頭にフランスに行った。目的はリヨンの近くのヴィエンヌという町で行われているジャズフェスの視察と、そこに世界中から集まるジャズ関係者とのミートアップといったところで、ヴィエンヌには五日間ほど滞在したのだが、せっかくフランスまで来たのだからとパリにも寄ることにした。
ジャズに明るい方ならなんとなくご存じだと思うが、フランスはジャズに関しては先進国とは言い難い国だ。世界的な知名度のジャズミュージシャンもいるにはいるが、決して多いとは言えない。ただ、フランスという国はジャズへの思い入れの強さは世界でも屈指だ。パリには多くのジャズクラブがあり、そこでは世界のトッププレイヤーが日々演奏している。それに前述のヴィエンヌをはじめ、素晴らしいジャズフェスが国中でいくつも開催されている。フランス人のジャズを聴くことへの熱意は相当なものだ。
そんなパリにせっかく行くんだからと最初はパリのジャズクラブのスケジュールを調べてみた。でも、滞在期間中のラインナップはこれまでに僕が東京で観たことがあるアーティストばかりだった。さすがにこれじゃないなと別のプランを考えることに。そもそもヴィエンヌだけでなく、パリ近郊の別のフェスにも行ったので、ライブに関してはもうお腹一杯だったというのもあった。
そこで思いついたのがミュージックバー巡り。いま、世界中で日本のジャズ喫茶やジャズバー、ソウルバーの影響を受けた店が増えている。ニューヨークにもロンドンにもベルリンにもそういった店ができていて、日本のメディアでも紹介されている。だったらパリにもあるだろうと、ミュージックバーを巡ることをパリ滞在のテーマのひとつにしようと決めた。
とはいえ、いろいろ検索したり、ChatGPTに聞いてもいまいちわからなかった。結局、パリに住んでいる知人に聞いたり、レコードショップのスタッフに聞いたり、訪れたお店のスタッフに次の店を紹介してもらったりと、手探りで情報を集めていったら、結果的に素晴らしい店を6軒も見つけることができた。
その6軒すべての店が日本のジャズ喫茶やミュージックバーから影響を受けていることを明言していたが、どこも日本のコピーではなく、日本とは異なるアウトプットで表現していたのが興味深かった。彼らは「ミュージックバー」をパリにふさわしいかたちでローカライズさせた上で、日本のジャズ喫茶にも通じる音楽へのこだわりももっていた。だから、どの店に行っても、日本との共通点を感じながらもパリにしかない体験を楽しむことができた。
1.
NOTRE DAME Music Bar
6 Rue Emile Lepeu, 75011 Paris
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上:パリのバーと言えばテラス席。ジャズ喫茶にもテラス席はある 下:とはいえ音楽好きは、天気が良くても店内の席を選ぶ
最初に紹介したいのが、パリの東側11区にある「NOTRE DAME Music Bar」だ。壁にびっしりと並べられたレコードのコレクション、JBLのスピーカーとマッキントッシュのアンプ、その前にあるターンテーブルの上でモダンジャズのレコードが回っている。もはや日本のジャズ喫茶そのもの。パリにいることを忘れてしまいそうなスタイルには驚いた。
この「NOTRE DAME」のオーナーのジュリアンさんとステファンさんのふたりは筋金入りのジャズ喫茶マニアで、日本ならではの「リスニングの文化」へのリスペクトもかなりのもの。日本で発行されている個人出版のジャズ喫茶写真集『JAZZ KISSA』のシリーズをコレクションしていたり、「BRUTUS」や「POPEYE」や「Stereo Sound」といった日本の雑誌のバックナンバーも揃えていたりと、日本の事情にやたら精通している。
さらに日本のジャズレーベル「スリー・ブラインド・マイス」のレコードが飾られていたかと思えば、「お気に入りなんだ」と近年、世界的に人気が高まっているキーボード奏者の横倉豊がYUTAKA名義で発表したデビュー作をかけてくれたりと日本のジャズも熱心にチェックしている様子。ステファンはレコードショップの元オーナーでさまざまなジャンルに詳しく、ヒップホップの曲にサンプリングされたレコーズやDJ向けのダンサブルなレコードにも明るいが、いまはこのスタイルに辿り着いたそう。レコードマニアが行きついた先に「ジャズ喫茶」があったわけだ。
そんな感じでゴリッゴリのジャズ喫茶スタイルではあるものの、あくまでここはパリ。日本のように「会話は小さめの声」でなんてことはなく、カジュアルなカフェ・バーといった感じで、テラス席でも店内でもナチュラルワインやビールを飲みながら、みんな談笑している。ただし、音楽の音量はまあまあ大きめで音楽の押しはかなり強め。だからこそ、レコードが変わるたびに客の誰かがかかっているレコードのタイトルを聞きにきたり、レコードの写真を撮ったり。ジャズ喫茶スタイルはナチュラルにパリジャンたちの飲み会に溶け込んでいた。
ちなみにカウンターでゆったりと飲んでいたら、見知らぬ女性に肩を叩かれて「あっちで一緒に飲もうよ」とテーブル席へ招かれた。彼女は、近所に住んでいるフランスのジャズ評論家モニーク・フェルドスタインさん。ここの店のオーナーが「今、日本人のジャズ評論家が店に来てる」と伝えたら、「会いたいわ」と、フランスの老舗ジャズ雑誌を片手にお店に来たらしい。せっかくなので、彼女にフランスのジャズ事情を教えてもらったり、しばしジャズ談義。「NOTRE DAME」がしっかりパリのジャズ人脈が交わる場所として根ざしているのを肌で感じました。
当店の常連だというジャズ評論家モニーク・フェルドスタインさん
2.
Mesures
58 Rue de Saintonge, 75003 Paris
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カウンターの上に大きなスピーカー、その下にターンテーブルがある
日本のジャズ喫茶からの影響が特に強い店をもう一軒挙げるとすれば間違いなく「Mesures」。アパレルやギャラリーが多いエリアとしても知られる3区のマレ地区に店を構える「Mesures」は、かなり個性的なバーだ。内装はシンプルで落ち着いたビストロっぽい雰囲気だが、入り口のガラスには「MESURES PARIS KISSA」の文字。スタッフがメニューを渡す際に「わたしたちは日本のジャズ喫茶からインスピレーションを得ていて」から始まるのがここの流儀。ジャズ喫茶文化へのあまりのリスペクトに日本人としては若干のけぞりそうになる(笑)。
ドリンクのメニューにはオーナーのギヨームさんによるオリジナルのカクテルが並んでいて、そのなかにはジャズの名曲から名前が取られたものがちらほら。チャールズ・ミンガスの「Haitian Fight Song」、ジョン・コルトレーンの「Naima」、マイルス・デイヴィスの「Bitches Brew」など、ジャズ好きなら迷わず頼みたくなる。
しかし、ここが面白いのはジャズ喫茶愛のみならず、日本の酒への関心も強いところ。日本の酒を使ったオリジナルのカクテルがあるのもここの魅力で、日本酒、焼酎、梅酒を使ったメニューがいくつも用意されている。その中には世界のレコードマニアに愛されているピアニストの福居良による日本のジャズの名盤のタイトルを冠した「Scenery Ⅵ」なんて名前もあり、これには焼酎、日本酒、ウイスキー、更には味噌を使っていて、奥深い味だった。ちなみに店のレコード・コレクションにもしっかり『Scenery』があったのも好感。
そんな感じでカウンターで気になるカクテルをひとつずつ頼んでは味わっていると、フランスのベースの巨匠アンリ・テクシェから、南アフリカのトランペット奏者ヒュー・マセケラ、そして、渡辺貞夫の新宿ピットインでのライブ盤と次々とレコードをターンテーブルに載せていく。DJが好みそうなジャズから、これぞジャズ喫茶な1950年代もの、現代のジャズまで、幅広いジャズがかかるのも楽しい。それらをすべて片面ずつじっくりとかけてから、次のレコードへと変える。「僕らはDJじゃなくて、ジャズ喫茶のスタイルだから」とギヨームさん。音量は飲食店としてはちょっと大きめで、客は自由に会話を楽しみながらも、ちょっと音楽にも耳を引っ張られている感じ。これがパリのスタイルなんだなと理解した。
ここで飲んだカクテルで特に印象的だったのはチャールス・ミンガスの名曲から名前をとった「Tijuana’s Mood」。日本酒が使われていて、アクセントにゆず胡椒、と聞いただけでは味を想像するのが難しいカクテルが目の前でつくられるのを、ジャズに浸りながら見るのも楽しかった。
そういえば、開店直後に飲み始めたら、少しずつお客さんが入ってきて、次第にカウンターが埋まってきた頃、ギヨームさんがブラジルのタニア・マリアのレコードをかけながら「今週、あそこのフリーマーケット行ったら安く売ってたから買ってみたらすごく良かった。パリはフリーマーケットが楽しいよ」と教えてくれたり、カウンターで隣になったお客さんから「日本のジャズだったら渋さ知らズが好きなんだ」って話しかけられたり。日本のジャズ喫茶とは違うフランクな雰囲気なのもこの店の魅力なのかもしれない。
上:選曲とカクテルづくりを担当するギヨームさん 中:ドリンクメニュー。ジャズマニアにはたまらない名前の飲み物ばかり 下:三叉路の角にある深い緑色の壁が目印。
3.
Listener
10 Rue Vivienne, 75002 Paris
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元美容室だという建物は入り口も店内もかっこいい。ディスプレイにはお酒が写っているジャケのレコードが並ぶ
3軒目はジャズ喫茶というよりは日本のオーディオ・カルチャーへの想いを感じさせる「Listener」。ガラス屋根の商店街パサージュが残るヴィヴィエンヌ通りの近く、2区にあるこの店は、パリの音楽系の店のなかでも最も特殊な店だった。
店に入ると、高い天井にきれいなブルーの壁の落ち着いた雰囲気のなかで若者たちがマックブックを開いて控えめな声でミーティングをしていたり、まさにカフェといった感じ。ワインやビールもあるが、コーヒーやちょっとしたスイーツもある。パリのなかでは珍しくバーではなくてカフェを感じられるゆったりとした時間が流れる空間だ。ということでアイスコーヒーでひと休みさせてもらった。ちなみにBGMはアンビエント系だった。
この日、店にいたのはふたりいるオーナーのひとり、トーマスさん。「日本から来て、いろんなミュージックバーを取材しているんだ」と話すと、「じゃ、地下に行こう。ついてきて」と言う。階段を下りて重い扉を開けると、そこには1階とはまったく異なる雰囲気のオーディオルームがあった。どうやらこの部屋こそが「Listener」の本丸らしい。
見るからにすごいオーディオシステムが並んでいて、独特な形状のスピーカーはギリシャのメーカーのものだそう。検索してみたらおよそ700万から1000万円超くらいの価格帯。また、重ねられた木材のようなものを入れたガラスケースが飾られていて、それについて尋ねると「この部屋の床の下にはこの部屋の響きをよくするためにこれと同じ6層の素材を敷いたんだ」とのこと。想像を絶するこだわりが詰まっていることだけはオーディオに詳しくない僕にもよくわかった。
上:地下のオーディオルーム。ここをひとり占めさせてもらった 下:『AKIRA』のサントラを持ってにっこりのトーマスさん。スピーカーの大きさがよくわかる
ここは、高級オーディオがただあるだけでなく、この店ならではの哲学のようなものがあるのが面白かった。それは、オーディオに関しては尋常じゃなくこだわる一方で、客にはこだわりを押しつけないこと。J.C.Verdier社のターンテーブルがあり、いくつかのレコード針も用意されていて、それらを使って、もち込んだレコードをかけることもできるのだが、一方でテーブルに置かれたタブレットを使って配信の音源を聴くこともできるのがここのやり方。というよりむしろ、「このタブレットで好きな音楽を自由にどうぞ」という感じで、とにかく気軽に聴くことを勧められた。
トーマスさんはもともとはライブの現場などで働いていたサウンドエンジニア。そんな彼が良い音響で音楽を楽しめる場所をつくりたかったという思いを実現したのが「Listener」だった。ただ、ここから先がちょっと変わっている点。
「ハイエンドオーディオって話になると、ジャズとかクラシックとか、ロックとかソウルとか、そういうのを聴く人が多いけど、僕はメタルやハードコアが好きだから、そういう音楽を良いオーディオ環境で聴けたらいいのにってずっと思っていた」
だからこそ、客には音源を一切勧めずに好きな音楽を選べる環境にして、放っておくのがここでのもてなし方。1時間100ユーロからで誰でも予約することができるこの部屋には彼なりの音楽観みたいなものがさりげなく反映されているのだった。そう言われてみると、トーマスさんの着ているのは、明らかにハードコア系バンドのTシャツ。いろいろと腑に落ちた。
僕がしばらくひとりでいろいろ聴いていると、レコードをもって戻ってきて「今夜、『AKIRA』のサントラのリスニングパーティーがあって、事前にレコードとデジタル音源の聴き比べをしておこうと思うんだけど、一緒に聴かない?」。ということで、トーマスさんとふたりで芸能山城組による『AKIRA』の楽曲を爆音で聴きながら「この解像度でAKIRAの音楽を聴いたことなかったですよ」なんて会話をした。なぜかパリで芸能山城組。忘れられない思い出になった。
ちなみに「Listener」はフランスの音楽業界の間では有名で、フランスのオーディオ専門誌に毎月掲載されていたり、レーベルやレコード会社と組んで試聴会をすることもあったりするそうだが、自分たちの主催で定期的に名盤のリスニングイベントを開催していて、今回の『AKIRA』もそのひとつ。今後のスケジュールにはザ・スミス『The Queen Is Dead』やシガー・ロス『Ágætis byrjun』、トゥール『Lateralus』などが予定されていた。こういう軽やかさ、すごくいい。
ここまで紹介した3軒はどこも日本のジャズ喫茶やオーディオ文化から影響を受けながらも、すごくカジュアルで気取らないのが良かったし、それがパリの人たちに受け入れられてもいた。このローカライズ、かなりいいぞと思った。
コーヒーでひと休みできる音楽系のカフェはパリでは貴重
4.
Montezuma Café
15 rue Notre-Dame des Victoires, Paris
https://www.montezumacafe.com
パリではどこに行ってもテラス席が人気で、気が付くと席が埋まっている。みんな外でタバコ吸うのが好き
「Listener」から徒歩数分の場所にある「Montezuma Café」は、よりカジュアルなミュージックバーとして面白いポジションにある。
この日、店に立っていたテオフィルさんは自分のことをレコード・オタクだと語り、とにかくレコードが好きな様子。ジャズ喫茶からインスピレーションを受けながらも、ジャンルにこだわらず幅広い音楽を流すのが特徴だ。店名の「zuma」は、ニール・ヤングのアルバム『Zuma』から取ったという。
僕が訪れたのは7月9日。この店のこだわりでもあるナチュラルワインとテリーヌを注文した後に「日本から来た」と自己紹介すると、「今日は細野晴臣の誕生日だ、乾杯しよう」と言われて笑ってしまった。ふと視線を上げると、YMOの『テクノデリック』のレコードが飾られていて、本気度を実感。極めつけは「ここでよくかけている定番レコードを教えてほしい」とお願いしたら、さっと出てきたのが、TESTPATTERNの『APRÈS-MIDI』。細野晴臣プロデュースの80年代テクノポップの隠れた名盤で、筋金入りの細野ファンであることがうかがえた。
そんなディープな店主の存在もあり、ここはパリの音楽シーンのハブになっていた。この日はイギリスから来たDiscogsのクルーが選曲を担当し、夜になるとパリのレコード好きが集まる予定。さらに今年の春には、ステレオラブの『Instant Holograms On Metal Film』のリリースイベントをWARPレコーズとコラボで開催するなど、多方面から注目されている。
地下にはイベント用のDJブース(スリップマットはHMV渋谷のもの)が完備され、パーティにも対応可能。テオフィルさん曰く「ここはナポレオン時代の建物だから超頑丈で、どれだけ音を出しても大丈夫。パリにはそういう建物が多く、かなり音が出せるんだ」とのこと。パリとミュージックバーの相性には、こうした背景があるらしい。
入り口そばにあるワインセラー。その隣にはレコードプレイヤー
ただし、あくまで「座って聴く」のがこの店の売りで、それはジャズ喫茶からの影響だという。イベントの際もテーブルを片付けて踊るのではなく、ワインを味わいながらゆったり座って音楽を楽しむ。つまり、クラブでもDJバーでもなく、レストランであることが「Montezuma」のアイデンティティだ。地下にもテーブルとソファがしっかり用意されていた。
テオフィルさんに「DJ経験はあるの?」と尋ねると、「いや、僕はDJじゃない。ジャズ喫茶みたいにレコードを片面ずつ聴きたいから。セレクターと言ったほうがいいかもね」と答えてくれた。日本のジャズ喫茶の思想が、こうしてフランスでも息づいていた。
僕はここの内装や店の雰囲気がすごく気に入ったので、友人へのお土産にここのTシャツを買った。テオフィルさんの友人のタトゥー・アーティストがデザインしたもので、絶妙に『Zuma』感があった。そういうセンスもここがハブになっている理由なのだろう。
上:日本旅行で立ち寄ったHMV渋谷が特に楽しかったからスリップマットを購入したとのこと 下:いくつかのバーで「Montezumaは行った?ロン毛のナイスガイがやっているいい店だよ」と紹介された。テオフィルさんは愛されキャラらしい
5.
Fréquence
20 rue keller, 75011 Paris
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正面のカウンターが特等席。日本のウイスキーも揃う
「Montezuma」と同じ11区にある「Fréquence」でも、「Montezuma」と似た空気を感じた。2018年にオープンした「Fréquence」は、パリのミュージックバーのなかでも比較的新しい。ここもジャズ喫茶から影響を受けつつ、ジャンルは幅広い。店内にはボブ・マーリーのポスターが飾られ、カウンターのなかにはギャングスター、ピート・ロック&CLスムース、ジュラシック5など、ジャズやソウルをサンプリングしたオーガニックなヒップホップの名盤が並んでいる。僕の滞在中にかかっていたのは、70〜80年代のソウル系レコードで、日本のソウルバーに近い選曲。レゲエやアフロビートも流れるとのことで、音楽の振れ幅はかなり広い。
ここでも「Montezuma」同様、「定番レコードを教えてほしい」とお願いすると、すぐにオーナーに連絡してくれて、即答でフレンチ・ヒップホップの名盤、Lunaticの『Mauvais Œil』を提示。選ぶレコードはDJ的だが、それを座ってゆったり聴けるのが店のアイデンティティだ。
フレンチ・ヒップホップの名盤Lunatic『Mauvais Œil』
レコードを選んでかける行為は、多くの場合「DJ」と呼ばれるが、そのことばには暗いダンスフロアで大音量の低音をつなぎ合わせ、踊らせる意味が含まれる。しかし、音楽を流す方法はそれだけではない。適度な音量で音楽を聴きながら会話を楽しみ、酒や料理を味わう。音楽も会話も酒も料理も、すべてが等しく意味を持つ空間。そんな場をつくるヒントが「ジャズ喫茶」なのではないかと、パリのミュージックバーを巡りながら思った。
ヒップホップの名盤を、座ってゆったり飲みながら楽しむ。「Fréquence」はたとえヒップホップがかかっていても、クラブやDJバーではなく、「ミュージックバー」だと感じた。
そして重要なのは、「Fréquence」がカクテルバーとしても非常に完成度が高いこと。ここも日本の酒を取り入れており、日本酒、焼酎、日本のウイスキー、ゆず酒、あんず酒のほか、ほうじ茶を使ったオリジナルカクテルもある。どれも日本らしさを感じさせながら非常に洗練されており、つい飲みすぎてしまった。バーとしての実力は「World’s 50 Best Bars」で96位にランクインし、ミシュランガイドのパリのベスト・カクテルバー13選にも選ばれるほど。つまり、ここはミュージックバーであると同時に、パリを代表するカクテルバーでもある。実際に訪れてみて、パリのミュージックバーは「素晴らしいバーであること」が前提で、そこに良い音楽がついてくるのだと理解した。
上:バーテンダーから「日本のジャズ喫茶ってほんとに喋っちゃダメなの?」と聞かれたりした。着ているTシャツは漫画「ワンピース」 下:ほうじ茶を使ったLes Oeilletsが美味しかった
6.
Bambino
25 Rue Saint-Sébastien, 75011 Paris
https://bambinoparis.com
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パリのミュージックバーはどこもバーとしてのレベルが高く、飲食店としても素晴らしい。その上で音楽にこだわっている。そうしたなかでもレストランとして最も有名なのが、11区の「Bambino」だ。2019年オープンで、日本のジャズ喫茶文化をいち早く取り入れた店のひとつ。内装のセンスやTシャツなどのグッズも好評で、日本の雑誌でも何度も紹介されている。
とにかくデザインがかっこいいのがBambinoの魅力
入り口右手の壁には巨大なスピーカーがふたつ、その間には天井まで並ぶレコード棚があり、その前にターンテーブルが置かれている。これはオーナーが何度も日本を訪れ、日本のジャズ喫茶やミュージックバーからインスピレーションを得たためだという。
僕が訪れた日も、入店時は空いてるなと思っていたが、人気店だけあってすぐに満席になった。スタッフは忙しくレコードを回す余裕はなく、この時間帯のBGMはプレイリスト。この日はソウルからディスコ、R&Bからネオソウルまで、オーガニックでメロウな選曲で、良質なDJのプレイを聴いているようだった。音量は大きめ。帰り際に地下のワインセラーフロアへ降りると、壁にはJ・ディラの写真が多数飾られ、この店の音楽志向の核がそこにあると感じた。
上:レコード棚にかけてあるオリジナルTシャツはお土産にぴったり 下:地下の壁に飾られたJ・ディラの写真
オーナーはパリでナチュラルワインのレストランを複数経営しており、その新業態として、自身の好きなレコードとオーディオを前面に押し出したのが「Bambino」なのだという。ワインに合う料理が多く、どれも非常に美味しいため、音楽目的で来ていることを忘れるほどだった。
今回の滞在中、僕はカリブ料理やアフリカ料理を食べ歩いていたため、この日は軽めの食事とお酒メインで。ナチュラルワインが売りだが、カクテルも人気で、梅酒を使ったものやハイボール、アサヒスーパードライなど、日本を意識したメニューもあった。シェフは日本人とのこと。
ジャズ喫茶の良さを、自然体で
今回、6つの店を回って感じたのは、日本のジャズ喫茶やミュージックバーに共通する「椅子に座ってゆったりと音楽と会話を楽しみつつ、酒と料理を味わう」というスタイルが、パリにおける“JAZZ KISSA”的文化として根付いているということだ。「Bambino」はそれをレストランというかたちで実現していた。
僕は当初、オタク的な好奇心で「パリのレコードカルチャーをバーやレストランを巡ってリサーチしよう」という気持ちで、「ジャズ喫茶の影響を受けた店」を訪ね歩き始めた。だが、最終的に強く印象に残ったのは、パリが“美食の街”であるという事実だった。どの店も素晴らしいオーディオ環境でレコードをかけ、選曲にもこだわっていたが、とにかく食と酒のレベルが高く、毎回感動させられた。おそらくパリで飲食店を営む以上、業態が何であれ、その部分が厳しく問われるのだろう。だからこそ、ジャズ喫茶スタイルであっても、DJブースがあっても、その「食と酒の質」だけは譲れない。それがパリという街の文化であり、音楽にこだわる店にもそのパリらしさが宿っているのだと感じた。
もうひとつの共通点を挙げるなら、それは「ジャズ喫茶へのリスペクト」と同じくらい「日本へのリスペクト」があることだ。彼らはスタイルだけでなく、日本的な何かを自分たちなりに取り入れている。日本のものをそのままもち込むのではなく、異なるかたちで日本の良さを引き出そうとしている。それを自然体で楽しみながらやっているのが印象的だった。
パリで6軒巡ったことで、日本に帰ったらミュージックバーや、日本の酒を使ったカクテルを出すバーにも行きたくなった。意外だが、パリに行ったことで、日本のことをもっと知りたくなった。そんな収穫があるとは思わなかった。そしてまた、バー巡りをするためにパリを訪れたいと強く思った。
「NOTRE DAME Music Bar」のステファンさん。どの店に行ってもみんなディスクユニオン大好き
【WORKSIGHT SURVEY #16】
Q:音楽を楽しむことのできるお店が日本には足りない?
「ジャズ喫茶」という独自の業態を発明した日本ですが、日本には、音楽を楽しむことのできるお店が、十分にあると感じますか? それともパリに倣って、さらにユニークなお店のかたちがもっとあってもいいと感じますか? 音楽とお店の関係について、みなさんのご意見をお聞かせください。
【WORKSIGHT SURVEY #15】アンケート結果
スモールコミュニティが重なり合うとき:ミナガルテンに学ぶ「みんなの庭」のつくり方【「場」の編集術 #02】(8月12日配信)
これからの都市空間は、どうかたちづくられるべきだろうか。シリーズ企画「『場』の編集術」第2回の舞台は広島・皆賀。パン屋や本屋、カフェ、シェアサロン、菜園などの機能がつながり合うミナガルテンを訪ねた。点在するコミュニティが重なり、人と人の関係性がゆるやかに編み直されていく「みんなの庭」には、従来の都市開発とは異なるまちづくりが、たしかに芽吹いている。
Q:コミュニティの「ルール」は明文化すべき?
【明確なルールがあるほうがいい】二者択一だと、選びきれないところがあります。あくまでルールは目安で、暫定的固定的なもの、というのが大前提です。
【明確なルールがあるほうがいい】ミナガルテンの場合、谷口さんの思想が、ルールの土台としてあり、妖精のようでも存在を感じられるから、明文化しないでもうまく機能しているのだと思います。つまり、谷口さんが意志を以て「明文化しない」というルールを設けたことが大事かと。
【ルールが明文化されていないほうがいい】ルールという小さな枠に収まって挑戦が生まれにくくなる。
【ルールが明文化されていないほうがいい】コミュニティとともに変化する資産であり、コミュニティの規模や複雑さとともに景観が変わっていき、確固たるものが見えてくるような育ち方が望ましいと思います。
次週8月26日は、韓国のデザインスタジオ「日常の実践」(일상의실천/Everyday Practice)へのインタビューを配信。尹錫悦前大統領の弾劾をめぐる抗議ポスター《時代精神プロジェクト》を自主的に立ち上げる一方、「光州ビエンナーレ2023」のウェブサイトを手がけるなど、インディペンデントとクライアントワークを地続きに行う本スタジオ。その社会と向き合う制作態度から、デザインの新しい可能性を考えます。お楽しみに。

























