「発光都市」を見つめて:写真家・聶澤文が撮影する中国の現在
思わず目を引く、光り輝く建築物と都市。自らの存在を世に知らしめるかのように、暗闇のなかに浮かび上がる中国の「発光都市」の姿を活写しているのが、日本で写真を学んだ若きアーティスト・聶澤文(ネ・タクブン)氏である。そもそも、この都市はなぜ光を放っているのだろうか。あるいはそれを写真に撮るということに、どんな意味が宿るのか。話を聞きながら、まばゆさの向こう側に目を凝らしてみた。
湖北省武漢市の風景。画面奥に、川を隔てて同様に発光する建物がある。聶氏によれば同じシステムで統御されているそうで、刻一刻と変化する光が同期しているという
photographs by Nie Zewen
interview and text by Fumihisa Miyata
聶澤文|Nie Zewen 1995年、中国・江西省生まれ。2017年に西北大学芸術学院を卒業した後、東京造形大学大学院にて写真を専攻。さらに東京藝術大学大学院にて先端芸術表現を研究し、2025年に博士号を取得。2020年には「T3 STUDENT PROJECT」グランプリを受賞している。
あちらこちらで輝いて
──今年2025年5~6月に東京・ARTiX³で開催された個展「19:00―23:00」を拝見し、魅了されました。近年、中国で急速に広がっているという「発光都市」現象に焦点を当て、聶さんは上海、青島、西安、武漢、長沙、南昌、広州、深圳、廈門といった大都市を巡って写真を撮ってきたとのこと。うかがいたいことはたくさんありますが、まずこの建物は、どうやって光っているのでしょうか。東京都庁のようなプロジェクションマッピングでもなさそうですが……?
もちろんプロジェクションマッピングのケースもあるのですが、大半は建物自体が光っています。それも、いろいろなパターンがありますね。例えば、文字や映像は映すことができないですが、建物の内外や周辺に一般的な照明を取りつける場合があります。大きなLEDビジョン(モニター)を設置している場合は、細かな表示が可能です。
さらに広範に建物の外壁全体を覆うものとして、LEDライトを設置することもあります。これは解像度が低く簡易的な映像しか映せないですが、建物全体がモニターになることで迫力が出ますね。照明を後付けしていることもあれば、建築時に光る機構を組み入れていることもあって、発光の仕組みはまちまちのようです。
写真上:中国中南部に位置する湖南省長沙市の風景 中:湖北省武漢市。このアングルで撮るためだけに、奮発して向かいの高級ホテルに宿泊したという 下:聶さんの生まれ故郷・江西省吉安市のホテル
──さまざまなパターンがあるんですね。
こうした照明技術が進化したことは発光都市の背景のひとつにありますが、発光は単なる照明としての意味合いだけではなく、メディアの機能ももっているんです。つまり、中国社会の繁栄を象徴しているんですね。実際に全国の地方政府によって推進されていますし、中国社会の経済的な成功や技術的な進展をイメージとして外部に伝える役割があります。それが国内外の観光客に向けてのアピールになっている場合もあるんです。
──「数十棟におよぶ高層ビルが連動してライトアップされ、数キロにわたる光と影のショーを織り成し、壮大かつ華麗な都市景観を形づくっている」と展示案内にもありました。発光自体がひとつの社会的なプロジェクトなのですね。
もちろん、地方によっては建物のオーナーが宣伝目的で個別に建物を光らせているケースもありますので一概には言えないのですが、中国社会の経済的な成功や力強さを、イメージを通じて伝えようとしている側面があることは間違いありません。と同時に、他のさまざまな国と同じく中国にも、コロナ禍以降の不景気などは現実として存在します。わたしは大学院の博士課程で、「発光都市」という現象をテーマにして、調査や写真・映像の制作などを行ったのですが、いまお伝えしたような現象の全体を見つめたいと思ってやってきました。
その光は、連なる歴史の先に
──大都市で、それこそダイナミックな風景として多数の発光建築が連動しているケースと、地方の風景のなかでポツンとある建物だけが光っている、そうした両方のケースがある背景も、だんだんわかってきました。それにしても、どうしてそうした建物にレンズを向けようと思ったのですか。
そもそも発光都市を撮り始める前、わたしは2016年に、中国の西安市の郊外で古い建物の取り壊し工事現場を撮影しました。このときはタイムラプスで映像を撮影しまして、古い建物が解体されていくこと、新たな高層ビルが建築されていくこと、その両方を見つめるという経験をしたんです。都市が加速度的に変化していくことを強く意識するようになり、日本に来た後の2020年頃から、現象としての発光都市に関心を抱くようになりました。
──そういう経緯があったのですね。解体と建築という新旧の歴史が折り重なるところに、発光都市は存在する、と。
そもそも発光都市のイメージをさかのぼると、旧ソ連時代に主に建築形式を通じて中国が受けてきた影響もあるように思うのですが、いずれにしても後に経済制度が大きく変化して都市が拡張していくなかで、土地の使用権が不動産会社のもとに渡っていきました。土地を所有する各地方政府が不動産会社に一時的な使用権を売却し、それが高層マンションやビルなどのかたちになって消費者たちの手元に渡っていく、というシステムになっているんですね。
──地方政府が発光都市をプロジェクトとして推進するのも、歴史的な道理なのですね。
発光都市がいまのようなかたちで目立つようになるのは、主に2010年代に入ってからだと思われるのですが、その前には次々に高層建築物、いわば摩天楼が建てられてきました。こうした流れのなかで、発光都市もまた、生み出されてきたんだと考えています。旧ソ連の建築様式や、摩天楼、発光建築は、いずれも機能性より象徴性が重視されていると感じます。
実際、発光建築の輝きに魅了される観光客は多いです。もちろん一方で、電気代などの莫大なコストがかかり、ときに光害問題に発展することもあります。わたしは調査の一環で、各地でいろいろな人びとにインタビューもしてきたのですが、そこでの反応もまちまちで興味深かったですね。
上:これも聶さんの生まれ故郷・江西省吉安市のホテルで、誘客目的と思われる発光建築。手前にあるのは、かつては欧米用に輸出するクリスマスツリーに電飾を取りつける工場で、10代のとき聶さんもアルバイトしていたという。いまはリフォーム用品などを販売するホームセンターになっているそう 中:山東省青島市の夜。発光するビル群へ、海辺からスマートフォンやカメラを向ける観光客たちの姿も手前に浮かび上がる 下:聶さんが制作した調査時の記録映像。青島の観光スタッフほか、各地の人びとの等身大の発言を聞くことができる
タイムリミットは4時間
──建物群は突然光り出したわけではない、ということがわかりました。それにしても、光る被写体を綺麗に撮影するのは大変ではないですか?
観光客の方がスマートフォンで撮影する場合は、自動で露光が調整される機能があるので、宣伝の文章や、そこで展開しているイメージをはっきり撮ることができます。これに対してわたしの場合は、すこし露光オーバーのイメージを目指していて、現場ではカメラを固定して、カメラのマニュアルモードで長時間露光しているんです。長時間といっても、30秒から1分ぐらいであることがほとんどですが。
そうすると発光している部分はほぼ真っ白になって、宣伝している文字や、移り変わっている色や光、アニメーションなどはたいていわからなくなってしまうのですが、内容というよりは発光という現象を撮りたいと思っているので、この方法を選んでいます。シャッタースピードは、大都市と地方ではすこし違ってきます。大都市の場合は周囲も明るいことが多いですから、シャッタースピードは短くなりますが、地方では撮影環境が暗いことが多いので、シャッタースピードは長くなりますね。
──なるほど。加えて、被写体である発光建築から距離をとった撮影が多いですね。撮影者の足元は工事現場のような場所だったり、発光建築の手前に開発前の地域が見えたりすることもあります。
そうですね。中国には「灯下黒」ということばがあります。光は人びとの注意を引きつける一方で、その影響によって身近で起きている、暗闇のなかの出来事には気づきにくい、という意味です。わたしも、発光都市や発光建築を撮影しながら、あまり照明が当たっていないところも写真として見せたい、という思いがあります。
──距離をとりながら長時間露光をして……というのは、想像するだけで大変そうですが。
今回の展示のタイトルは「19:00―23:00」としたのですが、これは発光建築が夜間に光っている時間のことです。つまり、撮影できる時間も4時間しかないんですよ(笑)。たいていは、チェックインしている宿を17時頃には出て、できるだけ“暗い”撮影スポットを探します。中国には便利なレンタルバイクがあるので、これを使えば移動コストもかからずに素早くスポットを探索できます。発光都市の中心を見据えながら、周囲をぐるっと回っていくような感じですね。中心部にもときどき入っていくんですが、メインは周辺から撮っていきます。
取り壊し目前の地域の古い建物に入って、ぽっかり空いている窓枠などから撮影することもあります。人がまだ住んでいる建物でも、古くてオートロックがなく、住民などにうるさく言われない場合は、静かに屋上まで上がって撮影することもありますね。とはいえ不審者と目されてしまう可能性は常につきまとうのですが……。
──都市のエアポケットのような場所を探していくわけですね。
以前に陝西省渭南市富平県で撮影したときは、目の前に工事現場が広がっていたのですが、その向こうにライトアップされていたのは、そこに建つマンションか何かの販売を行うための、お客さんの受付センターのような場所でした。
上:福建省廈門市で撮影 中:陝西省西安市の一角で 下:武漢の古い建築物の屋上から
現象を撮影する
──撮影のプロセス自体が、とても面白いですね。
撮影から展示に至るまでの流れが、自分としてもとても楽しい時期でした。実際に撮影を始めたのは2022年の年末で、それから3カ月ぐらいかけて、中国のいろんな都市に移動しながら撮影していきました。この後も、2023年の夏頃に2週間、同じく2024年の夏に1カ月、今年2025年は春頃に1週間、撮影に行きました。
──イメージの専門家として、制作するときに考えていることはありますか。
よく考えているのは、ジャーナリスティックではない方法で、そこにある社会現象を撮っていきたい、ということなんです。わたしが強い影響を受けている、趙亮(チャオ・リャン)という映像作家の人がいて、『ベヒモス(Behemoth)』という作品があるんですね。
──日本でも、2015年の第16回東京フィルメックスで上映され、審査員特別賞を受賞。話題を呼んだドキュメンタリー映画です。監督も来日し、自身の映像世界についてのQ&Aの場が設けられました。
社会現象を、報道ではない仕方で撮影し表現するということを、趙亮さんはやっているのだと感じています。わたしの場合は、発光している建築があり都市があって、その光によって陰になっている部分も含めて、刻一刻と変化して、移り変わっている──その現象が存在していること自体を写したいし、そこに写真としての美的な意識も入れ込んでいくことができれば、と思っています。
──なるほど。聶さんの写真が都市イメージとして印象的な点は、電気が消えるとまるで都市自体が消えてしまうような亡霊的なイメージも呼び寄せつつ、一方で展示されていた映像などを見ると、23時に電気が消えたとき、そこで暮らしていたり働いていたりする人のたしかな存在が窓の明かりによって見えるということにもありました。
面白いですよね。わたしは、未来にこの発光建築はどうなっているのだろう、と想像しています。50年後や100年後に建物が古くなって使用に耐えなくなったら、いま発光都市の周縁で建物の解体が進んでいるように、発光建築を解体することになる。そのときには、発光するのとは異なるかたちで、でももしかしたら似たような役割を担う、建築や都市の姿というものが生まれているかもしれない。そんなことに思いを馳せながら、発光都市を見つめているところなんです。
上:趙亮監督『BEHEMOTH』のトレイラー映像 下:西安で撮影されたマンション。光り輝く建物のところどころに、住居者の生活の光が見える。画面左の棟はまだ建設途中
【WORKSIGHT SURVEY #8】
Q:今後、「発光都市」現象は日本でも広がっていく?
聶さんは、都市を彩る発光が単なる照明技術の進化だけではなく、中国社会の繁栄や力強さを象徴する現象でもあると語ります。こうした「発光都市」という現象は、今後日本でも広がっていくと思いますか? 意見や感想を、リンク先のGoogleフォームにぜひご記入ください。
次週7月1日は、環大西洋的な視座で、音楽を中心にその文化の歴史を掘り下げた新刊『ブラック・カルチャー』(岩波新書)の著者・中村隆之さんと、ジャズの最先端を追いかけ続ける音楽評論家・柳樂光隆さんの対談をお送りします。世界のあちこちで鳴り響いている音、その裏にあるミュージシャンたちのアクチュアルな意識は、これまでに積み重ねられてきたどのような歴史や思想に紐づいているのか。お勧めのトラックリストとあわせ、グルーヴィーな記事をお届けします。お楽しみに。