バーンズ・アンド・ノーブルの書店再生術:CEOが語る"自律的チェーン店"のすすめ
インターネットの普及、オンライン書店の台頭、さらにコロナ禍の影響により、世界各国で書店は窮地に立たされている。そんななか、各店舗に自主性をもたせる異例の方法で店舗数を拡大し注目を集めるのが、アメリカ最大の書店チェーン「バーンズ・アンド・ノーブル」だ。英国で大手チェーンをV字回復させ、同様の手法でアメリカでも書店再生に成功したジェームズ・ドーントCEOが、復活の舞台裏を明かす。
「バーンズ・アンド・ノーブル」で本を撮影する来店客 photograph by Angus Mordant/Bloomberg via Getty Images
アメリカの大型書店チェーン「バーンズ&ノーブル」は、1990年代に全米で急速にその規模が拡大したものの、2010年代に入ると売り上げが低迷し、閉店が相次いだ。オンライン販売の台頭と、どの街に行っても同じような品揃え・内装という所謂チェーン店的な均質さが、読者の足を遠ざける一因となった。
そんななか、経営再建の切り札として招かれたのが、イギリスの老舗書店チェーン「ウォーターストーンズ」の再建を果たしたジェームズ・ドーント氏である。2019年、彼はバーンズ&ノーブルのCEOに就任し、「書店を再び甦らせる」という挑戦に乗り出した。その後のバーンズ&ノーブルは、コロナ禍の影響もどこ吹く風とでもいうように、2024年には57店舗を新規出店、2025年には60店舗を新規オープン予定。再び躍進を遂げている。
大手チェーンでありながら、あえて画一的な経営方針を採らず、各店舗の自主性を尊重する。その実践が成り立つ背景には、書店経営に30年以上携わるドーント氏独自の経営の信条があった。
interview & text by Yumiko Sakuma
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ジェームズ・ドーント|James Daunt 書店経営者。1963年、ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学ペンブルック・カレッジで歴史を学んだ後、JPモルガンでの勤務を経て、1990年にロンドンで独立系書店「ドーント・ブックス」をオープン。2011年からイギリスの大手書店「ウォーターストーンズ」のマネージング・ディレクターとして再建に取り組み、2019年にアメリカの大手書店「バーンズ&ノーブル」のCEOに就任。
ユニークさへ舵を切る
──まずご自身のバックグラウンドについてうかがいたいのですが、1990年に書店経営者になる前、書店との関わりはどのようなものでしたか?
ほとんどなかったと言っていいと思います。わたしの故郷ロンドンにおける当時の人びとは、いまほど裕福ではなく、特に中流階級では可処分所得が少なかったため、本は図書館で借りるものでした。
──つまり、本との関係はありながら、書店とはあまり付き合いがなかったわけですね。それからどのような経緯で書店経営者に就くことになったのでしょうか。
大学に通っていた頃、そして卒業後も、たくさんの本を読みました。卒業後は銀行員として働き始めましたが、ある程度は楽しめたものの、友人や家族に大きな存在感を示せない仕事でもありました。だからこそ、自分が本当に興味をもてることをやるべきだと感じたんです。本が好きだったので、自然と書店の仕事を選びました。当時はまだ若かったので、最低限の生活費を稼げて、ある程度キャリアの足がかりができればいいと思っていましたし、起業家的な直感はもっていましたが、「何かをやってみたい」という衝動以上のことは、あまり深く考えていませんでした。
本屋を選んだのは、自分が読書家だったからというだけでなく、他とは異なる、少し特殊な本屋がつくれるはずだと感じていたからでもあります。わたしが手がけた個人書店「ドーント・ブックス」(現在はイギリス国内に6店舗を展開)は、テーマ別ではなく国別に本を並べています。そうすることで、本がまったく違った表情を見せてくれると思ったからです。自分自身もいつもそういう視点で本を読んでいたので、きっと価値があるはずだと信じていました。
それがもしうまくいけば素晴らしいし、失敗すればまた別のことを考えればいい。そんな風に思っていました。結果、5年ほど経った頃には、最初の店が軌道に乗り始めていました。
ロンドン、メリルボーンに店舗を構える「ドーント・ブックス」。TimeOutによる「2025年に訪れるべきロンドンの本屋」では1位に選出された photograph by Alex Segre/UCG/Universal Images Group via Getty Images
──それから数十年後経ったいま、大手書店チェーンの起死回生に2度成功しています。個人書店の経営経験は、大手書店チェーンを立て直す上で役に立ちましたか?
ドーント・ブックスを立ち上げたばかりの頃には、頑固さと慎重さがいかに多くの困難を乗り越えるかを学びました。そのおかげで、のちのキャリアのさまざまな局面で困難に直面した際にも、問題を受け止め、うまく立ち回ることができたと思います。ウォーターストーンズやバーンズ&ノーブルで取り組んでいることは、当時に学んだことをなぞっているだけだとも言えるかもしれません。
自律性の困難
──あなたはウォーターストーンズを救済したことで知られています。具体的に、どのような方法で再生させたのでしょうか。
ウォーターストーンズを救ったと言っても、それは決してわたしひとりの力で成し遂げたことではありません。店舗ごとのスタッフたちと、「実質的に倒産状態だったこの書店チェーンをもう一度立て直そう」という目標を共有できたからこそ、強くて収益性のあるビジネスへと生まれ変わることができました。わたしは、再建が可能だと信じていただけで、たまたまその場所にいたに過ぎません。
現場で働く人たちは、「そのために何が必要なのか」をしっかり理解していました。そしてわたしは、なるべく書店の現場に口を出さず、各店舗が自主性をもって魅力的な書店をつくれるようにしただけでした。振り返ってみると、実はそれほど難しいことではなかったんです。
──それ以前の経営陣は、なぜ個々の店舗に自主性を与えることができなかったのでしょうか。どのような制約が課せられていたのでしょうか。
従来の小売モデルでは、店舗数が300でも600でも、各店舗ができるだけ均質的に運営されることが求められます。そのため、同じ商品を同じ場所に、同じ価格で並べるよう指示が出されます。しかし、店舗ごとに空間や地域の特性が異なるため、同じ商品を同じように並べることは書店の現場にとってむしろ難しいことなんです。
──それでも、大企業は同じ店舗をつくろうとしますよね。その利点は何でしょう?
出版社は、自社の本を目立つ場所に置いてもらうために、書店に対して対価を支払うことがあります。そのため、どの店舗でも同じように、人気の本を入り口付近やウィンドウに並べれば、ある程度の売り上げと利益が見込めるのです。また、すべての店舗が同じように運営されていれば、一定の品質やサービス水準も担保されやすくなります。
他方、わたしのように個々の店舗の自主性を尊重するやり方では、スタッフの能力や意欲に頼ることになるため、どうしても品質にばらつきが出てしまう可能性があります。同じタイプの店舗をつくるアプローチは、組織的により大きな力をもち、ビジネスを効率的に運営しようとする人びとの野心を満たすことができますが、わたしのスタイルでは本社機能が小さくなり、企業での出世を目指すタイプの人びとの野心を満たすことは難しくなります。それぞれに長所と短所があると思いますが、わたしの方法で運営する最大のデメリットは、売れない、弱い書店を抱える可能性があるということです。また、Amazonのような競合が現れたとき、大きな財政難に陥り、最終的には廃業に追い込まれる可能性が高いことも欠点のひとつです。
「ウォーターストーンズ」時代のドーント氏のインタビュー動画。2011年にマネージング・ディレクターに就任して以降の同社の変化について語っている
独立系書店のような大型書店
──バーンズ・アンド・ノーブルは、まさにそのような業態だったと思いますが、引き受けたときは何から変えたのでしょうか。
「Ctrl+C」と「Ctrl+V」、つまりウォーターストーンズでうまくいった方法を、そのままコピー&ペーストしたまでです。
──これまでと同じように、各店舗に自主性を与えた、と。
厳密にはもう少し複雑ですが、基本的にはその通りです。それぞれの店舗が、来店された方に対してフレンドリーに接し、きちんと挨拶をする。そして、何を求めているのかを理解し、その人たちの目に自然と触れる場所に商品を置く。子ども向けのコーナーやマンガコーナーなど、地域の需要に応じた売り場をつくる。よく売れる本にはすぐに対応できるよう、再注文の体制も整える。目玉となるような新刊が発売される日には、営業時間を延ばすこともあるかもしれません。ある店舗では、子ども向けの読み聞かせイベントを開催したり、地元の学びや地域のコミュニティを支える取り組みを行ったりしています。
つまり、それぞれの店舗が、自分の名前を掲げた独立系書店のような感覚で運営してほしい、ということなんです。
ニューヨーク・マンハッタンの3番街にある「バーンズ・アンド・ノーブル」アッパーイーストサイド店。コロナ禍の影響を受けた86丁目の旧店舗の閉店を経て、2023年7月、同エリア内の3番街と87丁目の角に再オープンを果たした photograph courtesy of Barnes and Noble
──実際に取り組まれてみて、難しかった点は何でしたか?
アメリカでもイギリスでも、どちらも従来の小売モデルをベースにしたビジネスが引き継がれていました。店長や副店長など一部の正社員を除けば、スタッフの多くは低賃金のパートタイムで、現場の体制は非常に限られていたのです。
わたしはこの点を大きく見直しました。ただしアメリカでは、一定の労働時間を超えると福利厚生などのコストが急激に増加します。スタッフが雇用の安定やキャリア形成を目指すことができる体制づくりには、店長と副店長以外は社員ではないという雇用モデルそのものを変えなければなりませんでした。
──それは具体的にどういうことでしょう? 給料を上げるということですか?
例えば、パリでは書店のスタッフにフルタイムの仕事が与えられます。働けばキャリアが築けるという道筋がなければ、本に対して誠実で、キャリアとして本屋を選ぶようなスタッフは育ちません。以前のバーンズ・アンド・ノーブルでは、店長が辞めると外部から新しい人を採用するのが普通でしたが、現在は店内のスタッフから昇進させるようにしています。その結果、より親切で、商品がきちんと陳列され、効率的に運営される店舗が増えてきました。もちろん経営コストは上がりますが、それに見合った売上も得られます。得た利益は、店舗の改装や新店舗の開業、ITインフラへの投資、さらにはスタッフの給与にも還元できるようになります。
ニューヨーク・ブルックリンに構える「バーンズ・アンド・ノーブル」アトランティック・アベニュー店の店内。ドーント氏がもち込んだ書棚のつくり方が随所に感じられる photograph courtesy of Barnes and Noble
「若者は本を読まない」という神話
──個々の書店の自主性を尊重するドーントさんの経営方法において、「ブランド」はどのような意味をもつのでしょうか。バーンズ・アンド・ノーブルというブランドは、どのような存在なのでしょうか?
バーンズ・アンド・ノーブルのような大型チェーンにとってのブランドとは、威圧感がなく、民主的で誰でも歓迎するような、包容力のある存在であることを指します。
独立系書店の多くは、よりアカデミックである分、ときに排他的になる傾向があります。彼ら自身に非があるわけではなく、優れた独立系書店がもつ特徴のひとつに、高尚な雰囲気を好む傾向があります。そのため、一部の潜在的な顧客層には、威圧的に感じられることがあるかもしれません。他方、大型書店は誰でも店に入ることができますし、それこそが存在意義であるとわたしは思います。
──独立系書店における課題は何だと思いますか?
独立系書店は、経済的に非常に厳しい状況にあるという根本的な問題を抱えています。大体の場合、家賃をコントロールすることができないため、例えば5年ごとの家賃の見直しがあるたびに危機が訪れます。そして、25年から30年ごとに起きるであろう世代交代が岐路になります。
ただ、ある程度の売り上げを維持できれば、本屋の運営にとっては素晴らしい時代だとも思っています。特に最近は、若い世代が本に触れる機会も増えてきているように感じます。
──他方、TikTokやInstagram、YouTubeなどの影響で、若い人たちは本を読まないという声も見受けられます。
まったくナンセンスです。最近は書店を満喫する若者が増えているという話も聞きますし、読書はおそらくこれまで以上に盛んです。
わたしが子どもの頃は、テレビのせいで本が読まれなくなると言われていました。そもそも本を読む人のほうが学校の成績が良くなるし、本があるほうが人生は良いものになります。だから、親は子どもに本を読ませることを望むのです。わたしたちの店の外では、若者たちが真夜中に行列をつくったり、イベントのために行列をつくったりしているのです。午後3時から5時の書店は子どもたちであふれ、ティーンエイジャーたちが楽しんでいます。子どもたちが本を読んでいないというのは間違いです。
NBCのニュース番組「Today」による報道「オンラインショッピング全盛の時代に書店が急成長している理由」
些細なやり取りに個性は宿る
──近年、アメリカの保守的な地域では、LGBTQ+や人種問題をテーマにした書籍の排除や制限が議論されています。これらの禁書運動は、書店の経営や書籍の販売にも影響がありましたか。
禁書対象になった特定のタイトルの売り上げにつながったこともありますが、それだけでなく、本のもつ意義や読書の大切さを改めて認識するきっかけにもなりました。政治に対して反抗的な態度や表現を書店で見つけることは素晴らしいことですが、大局を見れば、政治が大きな焦点となるような極端に偏った社会は、実はわたしたちのためになっていないとも言えます。とはいえ、他の小売業が苦戦しているなか、アメリカで独立系書店の店舗数が増加傾向にあるという状況には少し驚いています。
──日本の書店も近年苦境に立たされており、再編の時期を迎えているように見えます。
日本の書店、それから文房具店には、これまで大きなインスピレーションを得てきました。本のディスプレイの仕方、ブロックのつくり方など、たくさんのことを参考にしています。それから、本とそれ以外の商品のミックスの仕方ですね。書店であるということを犠牲にせず、なおかつ本以外のものもたくさん売ることができる方法も教えてもらいました。
──現在書店で働いている、またこれから書店で働こうと考えている読者に、何かメッセージをいただけますか?
書店で働く人のほとんどは、放課後や週末に働く学生や、休暇中・就職前の短期間だけ働きたい人たちです。本が好きで、将来は司書になったり出版社に進んだりする人もいますが、書店で長く働こうと考える人は、また少し違ったタイプで、内向的だけれど知的で、本に対して深い関心をもっているような人たち。そういう人にとって、書店はキャリアを築く上で素晴らしい場であり、やりがいのある仕事だと思います。
ただし、それは肉体労働でもあります。多くの店舗は週7日営業で、週末や祝日に働くことも珍しくありません。仕事はハードで体力的にも厳しく、勤務時間もやや長めです。それでいて、決して高収入が得られるわけではありません。
──普段書店を訪ねるとき、どのような点に特に注目していますか? 本の並べ方やディスプレイ、スタッフとの関わり方、店舗の雰囲気など、具体的に気にする部分を教えてください。
本の特徴や見せ方、並べ方を見れば、そのお店がどのように本を理解しているか、背後にある思想が見えてきます。また、入店して最初の数分で挨拶があったかどうかも重要です。わずかな視線の動き、簡単な会釈など、そうした些細なやり取りのすべてが、来店客にとってその書店での「旅」の始まりになります。
──まさにそのような細かい部分にこそ、店舗の個性が表れますよね。
書店において大切なのは、考えすぎたり、複雑にしすぎたりしないこと。そして、他の小売業者と同じ商売だと考えないこと。店舗で扱う本を、その店の客層を意識しながら、知的な方法でキュレーションすることが大切だと考えます。正解はひとつではありませんが、どの本を仕入れ、どのように客層に見せるかを、その場所の物理的な空間に合わせて魅力的にデザインすることが求められます。
視覚的な美しさと、本が呼び起こす知的好奇心の組み合わせ、そして書店員とお客さんとの間に生まれる人間的なやり取り──そうした要素がひとつに重なることで、初めて良い書店と呼べるのではないでしょうか。
【WORKSIGHT SURVEY #1】
Q:記事内の「バーンズ&ノーブル」の取り組みは、他の業務・業界にも転用可能だと思いますか?
大手チェーンでありながら、地域ごとのニーズに応じ、品揃えや棚づくりを各店舗に委ねるアプローチで「バーンズ&ノーブル」を再建したジェームズ・ドーント氏。彼が手がけた取り組みは、書店業界に限らず、他の業界でも有効なのでしょうか? どんな業界であれば転用できるのか? あるいはどんな理由からそれは難しいのか? みなさんの意見や感想を、ぜひお聞かせください。
Q2:Q1の回答の理由を教えてください(自由回答・リンク先のGoogleフォームにご記入ください)
次週5月6日のニュースレターは、GWのためお休みします。次回5月13日は、『世界は経営でできている』の著者で知られる経営学者・岩尾俊兵氏と、民俗学者・畑中章宏氏の対談を配信。日本の会社の謎に迫るシリーズ「会社の社会史」の番外編として、異なるフィールドに立つふたりが、「経営」と「会社」に新たな視座をもたらす対話を繰り広げます。お楽しみに。