金継ぎは何を継ぐ? ヨーロッパの事例から
壊れたものを元の状態に戻す「修復」の技術はさまざまにある。なかでも日本で発展し、近年ヨーロッパで注目を集めているという伝統的修復技法「金継ぎ」は、割れた器の傷跡を美しく際立たせることで、元の状態への修復を超え、新たな価値を生み出す側面をもつ。そこには現代に刻まれた”傷”を癒やす可能性がある一方で、手法そのものが抱える社会的課題も見え隠れする。ドイツを拠点に金継ぎに取り組むアーティストと考えてみた。
近年、ヨーロッパで日本の伝統工芸「金継ぎ」が大きな関心を集めているようだ。BBCやLe Mondeといったマスメディアで大きく報じられるほか、2022年にロンドンのSomerset Houseで開催された展覧会「Eternally Yours: Care, Repair & Healing」(永遠にあなたのもの:ケア、修理、そして癒やし)では、現代アーティストたちの作品が並ぶなかで金継ぎの技術も紹介された。
それはもはや単なる技術ではなく、文化的な意味合いにおいて裾野を広げているように見える。その背景としては、サステナビリティへの関心の高まりや、わびさびといった日本の伝統的価値観への共感などが大きく存在していると見受けられるが、それ以外に意外な観点も存在している。例えばアルジェリア系フランス人のアーティスト・Kader Attiaは、植民地主義によって生じた傷に対する「修復」の比喩として、金継ぎを作品のコンセプトに取り込んでいる。それは、傷を消し去るのではなく、歴史の一部として受け入れ、可視化し、新たな意味を与える試みだ。
こうした関心の高まりのなか、金継ぎを改めて考えてみると、何が見えてくるだろうか。今回、ベルリンを拠点にヨーロッパ各地で活動するアーティスト・守屋亜衣さんに取材を行った。守屋さんの視点を通じて、金継ぎの基礎知識から、文化的意義や環境的な側面まで話を聞いていくうちに、ある根源的な問いが浮かび上がってきた。その問いは、いま何かしらのものづくりをしている人間ならば、誰もが思わず自分の足元を見つめ直すきっかけとなるものでもあった。
photograph courtesy of Ai Moliya
interview by Keigo Kuramochi, Makoto Okajima and WORKSIGHT
text by Keigo Kuramochi
偶然に導かれて
──わたしたちは金継ぎに関してまったく素人なのですが、近年の修復やケアに対する社会的関心の高まりと、ヨーロッパにおける金継ぎの人気には何かしら重なる部分があるような気がしています。そんな”金継ぎから見える世界”をなんとか掴もうとするにあたって、現地で活動する守屋さん個人の観点から、お話をうかがえればと思いました。まずは守屋さんご自身が金継ぎを始めたきっかけからお話しいただけますか。
金継ぎを始めたのは、いまから10年くらい前になります。仕事はグラフィックデザイナーをしていたのですが、趣味としてもともと陶磁器が好きで、日常でも気に入った器を使う暮らしをしていました。そのなかには、作家さんの手による一点ものも含まれていたのですが、割れてしまうと捨てるのが忍びなくて……そんなときにちょうど、自分の周囲でちょっとした金継ぎブームが起きていたんです。知人がワークショップに行った話を聞くなかで「金継ぎ」のことを知って、わたしもやってみたいな、と。当時は岡山県に住んでいたのですが、伝統工芸のギャラリーで金継ぎの展示があって見に行ったところ教室もやっているとのことで、「これは習うしかない!」と通い始めました。2017年にベルリンへ移住する、その1年ほど前のことです。
守屋亜衣|Ai Moliya(写真左) アーティスト。岡山県出身。美術大学でデザインとファインアートを学んだのち、東京などでグラフィックデザイナーとして活動。2016年に金継ぎの技術を習得し、翌17年よりベルリンへ移住。以降ドイツを拠点にし、金継ぎを軸のひとつとしながら活動を広げる。
──ベルリンに移住し、金継ぎを本格的に行うようになったのには、どのような経緯があったのでしょうか?
実は移住当初、金継ぎを仕事にするつもりはあまりなかった……というより、ベルリンに移住したことと金継ぎへの興味は、直接には結びつきがありません。わたしは美大出身で、卒業後はグラフィックの仕事をしながら自分の絵を描いていました。あるとき、ドイツのケルンで開かれるアートフェアで作品を展示する機会を得たのをきっかけに、ドイツのエージェントから、たびたび声をかけてもらうようになったんですね。そうして、フランクフルトやベルリンなどに作品を送るやりとりを続けるうちに「いっそ現地に住んだほうが活動しやすいのでは」と思い、ベルリンへ移住したんです。
ベルリンに移ってから、日本人の知り合いが「お気に入りのマグカップを引越し中に割ってしまった」と話していて、「実はわたし、金継ぎができるんだよ」と話したら、ぜひ直してほしいと頼まれました。道具は日本から一式もってきていたので修理をしたところ、それをきっかけにして、つてをたどった人からの依頼が増えていったんです。「本格的にやってみたら?」と勧められ、知り合いが営んでいた文房具店にフライヤーを置くとさらに依頼が増えて。いまではベルリンだけでなく、ヨーロッパ各地から修理やワークショップ・展示会の依頼が来るようになりました。
──ご自身としても思わぬ経緯で、しかも日本を離れた地で金継ぎの世界に深入りされていったというのが、とても興味深いです。改めて、金継ぎの工程や使用する材料について教えてください。
わたしは伝統的な金継ぎの方法に則っていて、化学的な材料を用いることなく、接着剤として漆を使います。大まかには次のステップを踏みます。
接着剤づくり:漆の木から採取した樹液(生漆)に小麦粉と水を混ぜ、「麦漆」という接着剤をつくる。
漆室(うるしむろ)で硬化:割れた器のかけら同士を麦漆で貼り合わせ、温度20~25度・湿度70~80%に保たれた漆室で1~2週間ほど保存する。漆の成分が酸化重合し、小麦粉のグルテンとともに硬化する。
欠損を埋める:欠けた部分に「砥の粉」と漆を混ぜたパテを埋め、再び漆室で硬化。形を整えながら欠損箇所を補修する。
下地・中塗り:「呂色漆」(ろいろうるし)や「弁柄漆」(べんがらうるし)といった、着色・精製された漆を使い、表面を整える。
金を蒔く:少し固まりかけた漆の上に金粉を蒔き付け、金蒔絵の技法で装飾して仕上げる。
手間はかかるし、各工程で硬化時間も必要ですが、その分、防水性と強度に優れ、何より飲食物に対してまったく無害な仕上がりになります。
守屋さんが制作した、金継ぎ作業の工程を紹介する動画。上記の手順が、具体的なビジュアルを見ながら確認できる。
「修理=環境によい」とは限らない
──ヨーロッパで金継ぎの活動をされるなかで、現地の方々のどんな反応を目の当たりにされているのでしょうか。
あくまでわたし個人の体感ということでお話しすると、いろいろと感じることはあるのですが、ひとつには「単なる修理にとどまらない」という金継ぎの精神を、こちらの想像以上に正確に受け止めてくれる人が多いのが印象的です。「わびさび」的な美意識とか、仏教や茶の湯に関する知識をもっている方も──もちろんヨーロッパ社会のなかで数は少ないながらも──いて、「これは単に割れた器を元に戻すだけの技術じゃないんだ」ということを、かなり正面から受け止めてくれているように感じます。サステナビリティへの関心から強く興味を抱いていらっしゃる方も多いな、と思いますね。美術の方面からの関心も、こうした流れと結びついているのかもしれません。
──金継ぎの独自性について、守屋さんはどのように受け止めていらっしゃいますか。現代社会においてリペアはさまざまな文脈から注目を浴びていますが、そのなかで金継ぎは、どのように位置付けすることができるのでしょうか。
最も大きいのは「漆文化」の一端だということです。漆は中国やベトナムにもありますが、日本でも独自に発達してきました。昔は接着剤として漆が重用されたという実用的な面もありますが、それが現代に至って「アートの視点においても、サステナビリティの観点からも面白い技術」として活きてくるのが興味深いですね。
いま、各方面で「修理」に注目が集まっているなかで、「その修理はサステナブルですか?」というと、意外とそうでもないこともあるんです。「いざ修理しようとすると、エネルギーがものすごくかかる」とか、「修理に使っている材料が、実は環境的負荷が高いものである」とか...…。あくまでイメージとしてお伝えすると、「古い冷蔵庫を直して使うよりも、新しい省エネの冷蔵庫を買ったほうが環境負荷が軽い」というようなことです。そういうことがさまざまな「修理」で起こっていると思っています。
──なるほど。そうした修理の”実態”と金継ぎは、どのように関係してくるのでしょう。
金継ぎと一言でいっても実は玉石混交で、最近は、人工的な化学系の接着剤を使ったものにラメを混ぜた材料を使用して「金継ぎキット」として市販している例もあるんです。しかし、そういうものは環境への影響が大きいと思います。人工的な接着剤は有機分解されにくく、最終的にプラスチックになってしまう。そうした接着剤を使って修理したものを破棄したときに、土壌汚染や海洋汚染につながってしまう危険性が高いのではないか、と想像されるんです。その点、伝統的な金継ぎはかなり優れていて、使用する材料はすべてが有機分解される素材でできているので、環境への負荷がとても軽いと考えています。
陶器をいちからつくることと比較しても、金継ぎは「焼成」という工程の必要がないので、二酸化炭素の排出の点でも環境への影響が小さいと思われます。そうしたサステナブルな側面が、金継ぎならではの独自性かもしれませんね。実際、こういう点をヨーロッパの人びとに説明すると、とても反応がよいです。
金継ぎで金を使うことの是非
──例えばアルジェリア系フランス人アーティストのKader Attiaは植民地主義の歴史を踏まえつつ、「断片化された社会を回復するため」の方法としての金継ぎに着目しているようです。このように金継ぎがヨーロッパの美術界で、ポストコロニアルの文脈と関連付けて語られている例があるようなのですが、守屋さんはご自身の活動を通してそのような傾向を感じることはありますか?
どうなんでしょうか……。金継ぎに限らずポストコロニアルということばはさまざまなニュアンスを含む問題ですし、アーティストによってその文脈や意図もあると思いますので、なかなか一概にはお答えしづらいテーマですね。……話がつながるかわからないのですが、わたしは金継ぎを活動の軸のひとつにしながらも、金を使い続けることには迷いがあるんです。
──金を使い続けることへの迷い、ですか?
いま、金がものすごく高騰していることは皆さんもご存じだと思いますし、今後確保するのはますます難しくなってくると思います。しかも、そもそも金の採掘をめぐっては、アフリカなどでの労働的な搾取がされ続けてきた歴史があります。そうした状況を踏まえつつ、いま自分が使っている金粉がどこから来たものなのかを考えたり、より広い視点で社会全体を見たりするならば、当然の帰結として「金を使い続ける」ことについて考えなきゃいけないと思っているんです。
──金継ぎで金を使うこと自体が、ポストコロニアルの視点から問われる側面もあるのですね。
現在のように金継ぎに金が使われるようになった背景のひとつには、室町時代、武士社会のなかで茶の湯が発達したことが挙げられます。修復だけが目的なら、漆だけで十分接着できますし、防水性も確保されるので、本来は金を蒔く必要はないんです。それでも金を使うようになったのは、「わびさび」や茶の湯の美意識と結びついて発展してきたからです。漆と金のあいだにも密接な関係があって、金蒔絵や、おせちを入れるお重の装飾にも金が使われてきたことは周知の事実です。
何より金は物質として非常に安定した金属で、色も劣化しにくい。例えば、金の代わりに銀を使うと硫化して黒ずんでしまいます。わたしは銀を使うこともありますが、その際は器のもち主に「黒くなりますが、これはいぶし銀なので磨かないでください」と説明しています
──なかなか、金以外の材料はないのですね……。
とはいえやはり、金を現代でも使い続けることにどれほど意味があるのかは考えてしまいます。いまのところ金の代わりになる金属粉はほとんどないので、わたしもいまは金を使っている。見た目が好きだという美意識が関係していることも否定できません。ただ、「好きだから」「きれいだから」「伝統だから」と思考停止してしまうと、大事なものを見落としてしまうのではないかという危惧を、強く抱いています。
──実は金継ぎに限らない問題かもしれませんね。さまざまな課題があるなかではありますが、修理という営みや概念は、これからも社会に広まっていくと思いますか?
より重要になってくることは間違いないでしょう。わたしはお皿や茶碗など、日常生活に根差したものの金継ぎを行うのですが、こうした活動を通じて少しでも社会が安価な大量生産から離れていくのであれば、それに越したことはありません。ただ、安価な大量製品を一概に排除することも難しい。何より金継ぎ自体、先ほど触れた金の高騰に加えて手間がかかるため、どうしても価格が高くなってしまいます。その結果、限られた人にしか手が届かないのが現実です。そう考えると、よいと感じて取り組んでいる金継ぎが社会にとって本当によいことなのかどうか、悩む部分もあります。
──金継ぎは、今後どのようなかたちで受け継がれ、広がっていくのでしょうか。
美術の世界でコンセプトとして活かす人もより出てくるでしょうね。美術の文脈に限らず、ヨーロッパではやりたいと思っている人が増えている実感があります。ただ前提として、日本の伝統工芸に携わる人の数は大幅に減っています。金継ぎに欠かせない漆も、つくる職人や採取する職人、漆の木を植える人など、生産に携わる担い手がどんどん少なくなっています。欠かせない道具である伝統工芸品「蒔絵筆」は、もともとは漆で絵を描く蒔絵のための筆で、金継ぎにも用いられているものですが、この筆をつくれる職人もほとんどいなくなっているのが現状です。このままでは、やりたい人が増えていったとしても、道具や材料が確保できず、金継ぎそのものが続けられなくなるのではないかという不安もあります。金の高騰も含め、環境的に厳しい部分が多いのが現状です。こうした状況の深刻さのほうが、「金継ぎがヨーロッパで評価されている」ことよりも、わたしにとってははるかに重要な問題ではあるんです。
──評価されるもの自体が成り立たなくなるかもしれないわけですね。
自分で漆の木を植えることができたらいいな、とは漠然と思うようにはなっているのですが……。少なくとも金粉に関しては、もし将来的に使えなくなるなら、それはそれでもいいのかもしれません。
──現在のフォーマットのまま金継ぎを続けるのは難しい場合はあるだろう、と...…。
もしかしたら将来、農業をやっているというようなことがあるかもしれません(笑)。もちろん伝統技術ですから守るべきことは努力したいですが、社会的に問題のある努力は避けていったほうがいいと思います。わたしがやっている金継ぎも、少なからずそうした社会的問題と関わっていると感じます。いや、すべての都市生活者に言えることかもしれませんね。
次週3月18日は、ドイツの市民農園「クラインガルテン」について、現地に住み、実際に農地を借りはじめたWORKSIGHT編集部員が記事を執筆します。200年に及ぶという歴史のなかで変遷を遂げたクラインガルテンのありようを踏まえつつ、近年移民の使用者が増えている状況について考察。トルコ系移民のクラインガルテン使用者を撮影するフォトグラファーへのインタビュー、そして写真ギャラリーをあわせてお届けします。お楽しみに。
【研究員募集のお知らせ】
WORKSIGHTの発行母体であり、未来社会のオルタナティブを研究する機関であるコクヨ株式会社ヨコク研究所と、その傘下にある新しい働き方・働く場を探求するワークスタイル研究所で、リサーチャーを募集します。社会や働き方の未来を共に描き、変革を促す仕事です。奮ってご応募ください。
業務内容:
・インタビュー/観察調査/統計分析を通じた社会変化の研究
・リサーチ成果の執筆・編集・発信
・プロトタイピングプロジェクトの企画・実施
・専門家やクリエイターとのネットワーク構築募集人数:若干名
応募方法:下記よりご応募ください