ゲームにつながると、世界につながる:AbleGamers、アクセシビリティをめぐる20年間の試行
2019年にアメリカでCVAA法という法律が施行されて以降、ゲーム業界では障害の有無にかかわらずプレイ可能なアクセシビリティへの関心が急速に高まり、人気シリーズの2作目『The Last of Us Part II』(2020年)はその進展を象徴するエポックメイキングな作品となった。こうしたアクセシビリティ促進の動きに大きく貢献をしたのが、2004年設立のAbleGamersという非営利団体だ。
『The Last of Us Part II Remastered』の視覚アクセシビリティプリセットを有効にしたゲーム画面 screen captured by WORKSIGHT
text by Keigo Kuramochi
「初めて、自分の力でゲームがクリアできた」
2020年にリリースされた、人気ゲーム『The Last of Us Part II』が、ゲームのアクセシビリティについて新たな扉を開いたことをご存じだろうか。
シリーズ1作目の『The Last of Us』は、2013年にNaughty Dogが手掛けたアクションアドベンチャーゲームで、文明崩壊後のアメリカを舞台に感染症によって荒廃した世界を、人びとが生き延びようとする姿を描いた作品だ。主人公ジョエルと少女エリーの旅を通じ、希望と絶望が交錯する深い物語が展開され、その感動的なストーリーテリングでも高く評価された。2020年には続編『The Last of Us Part II』がリリースされ、2023年にはドラマ化もされるなど、ゲームファンのみならず幅広い層に支持される大ヒットコンテンツとなっている。
そうした注目度の高いタイトルである『The Last of Us Part II』が、視覚、聴覚、運動機能に障害をもつプレイヤー向けに、多数のアクセシビリティ機能を提供したのである。その機能の完成度を象徴する出来事もあった。全盲のゲーマーSightlessKombatが、『The Last of Us Part II』について「目の見える人からのアシストに頼ることなくゲームをクリアできたのは、これが初めてだ」とコメントしたのだ。
『The Last of Us Part II』は、ゲーム業界におけるアクセシビリティの新たな基準を打ち立てた。多くのプレイヤーが共感を示し、業界全体がその重要性を再認識する契機となった。
SightlessKombatによる、『The Last of Us Part II』のプレイ動画
この『The Last of Us Part II』の試みは、突然行われたわけではない。
アメリカで2010年10月にCVAA法(Twenty-First Century Communications and Video Accessibility Act:21世紀の通信と映像アクセシビリティ法)が成立し、2019年にビデオゲームの開発者やパブリッシャーも法の対象となったことは、ゲーム業界の新たな動きを象徴する出来事だ。CVAA法とは、視覚や聴覚に障害をもつ人々が、ビデオゲームに限らず、インターネットなどの高度な通信サービスや映像コンテンツにアクセスできることを目的とした法律であり、通信および映像の技術進化が生み出す恩恵を、すべての人が平等に享受できることを保証するためのものだ。
CVAA法が施行されて以降、ゲームのアクセシビリティ向上への取り組みは加速した。例として、2019年2月にリリースされたElectronic Arts(EA)のタイトル「Apex Legends」では、アクセシビリティ向上のために、音声やテキスト通信を必要とせずにチームメイトとコミュニケーションできるシステム「Ping System」が開発された。EAは「Ping System」の特許を取得した後、2021年8月にその特許を無償開放している。
わたし自身、ゲームのサウンドデザイナーとして働いている身であり、この動きに強い関心を抱いているひとりだ。ゲームデザインにおいてサウンドは、視覚とは異なるアプローチで、重要な情報をプレイヤーに伝える機能をもっている。
一例として、Behaviour Interactiveが開発している「Dead by Daylight」というゲームがある。このゲームは1人のキラー(殺人鬼)と4人のサバイバー(生存者)に分かれて行う非対称型対戦ゲームであり、サバイバーがキラーから逃げながら脱出を目指すゲームなのだが、キラーが近づいてくると、サバイバー側に緊張感の高い音楽が徐々に鳴り響くようにして、キラーの接近を視覚ではなく聴覚で感じ取らせている。見えない敵が接近している緊張感のなかで、プレイヤーに次の行動を判断させる(また、キラーは、能力によっては「音楽を鳴らさずにサバイバーに近づく」という、このゲームデザインの裏をかくこともできる)。
アクセシビリティという観点を獲得する以前から、ゲームサウンドは多くのインフォメーションをプレイヤーに届けてきた。サウンドデザインは、アクセシビリティと非常に相性が良いのだ。わたしはこのような関心のもとにリサーチを進めるなかで、AbleGamersという非営利団体の存在を知った。
人を孤立させないために
AbleGamersは、2004年にマーク・バーレットによって設立された。設立の背景には、彼と親友との交流があった。
バーレットは毎週金曜日にEverQuestを中学時代からの親友とプレイしていた。彼女とは2000マイル離れていたが、ゲームによる交流が毎週続いていた。しかし2004年のある金曜日、彼女はログインしてこなかった。電話をかけると、彼女の夫が出て「彼女の手はマウスを動かせない」と伝えられた。背後にいる彼女の泣き声も聞こえていた。
実は、彼女は2001年に多発性硬化症と診断されており、それまで楽しんでいたEverQuestをもうプレイできなくなっていたのだ。彼女は、ゲームを通じて他者との交流をもち、社会とのつながりを感じていたため、ゲームができなくなったことは彼女に大きな喪失感をもたらした。この経験がバーレットに「障害をもつ人が孤立せずにゲームを楽しむことができる環境をつくりたい」という強い思いを抱かせ、AbleGamersの設立へとつながった。
ゲームはいまや娯楽を超え、プレイヤー同士がつながりコミュニティを形成する重要なプラットフォームとなっている。しかし、視覚や聴覚、運動機能に障害をもつプレイヤーにとっては、ゲームにアクセスすること自体が難しく、結果としてコミュニティへの参加が制限され、社会とのつながりを失ってしまうことも多い。こうした障壁が、物理的にも心理的にも障害をもつ人びとを孤立させる要因となっている。
AbleGamersは、2004年の設立以来「ゲームを通じて、障害をもつ人びとが孤立せず、社会とのつながりを保つこと」を使命に、このような障壁を取り除くべく、ゲームのアクセシビリティ向上に取り組んでいる。
AbleGamersの最も象徴的な成果のひとつが、2018年に発売されたMicrosoftによるXbox Adaptive Controller(XAC)の開発だ。
写真上:AbleGamersの創立者であるマーク・バーレット。手にはXACをもつ photograph by Matt Roth for The Washington Post via Getty Images/動画下:Xbox公式アカウントによるXACの紹介動画
XACは、手や指の動きが制限されているプレイヤーでも自由に操作方法をカスタマイズできる設計となっており、AbleGamersが開発に深く関わっている。プレイヤーからのフィードバックを集め、障害をもつ人びとがコントローラーにどのような機能を求めているかをMicrosoftに伝えることでXACが開発されたのだ。結果として、さまざまな障害をもつプレイヤーが快適に使用できるよう、柔軟なカスタマイズが可能な設計となった。
障害をもつプレイヤーが入力デバイスを自分に合ったかたちにカスタマイズすることで、従来のコントローラーでは難しかった操作が可能となり、ゲームを通じて他者とつながる手段が生まれた。実際に、このコントローラーを使用することで、以前はゲームを楽しめなかった多くのプレイヤーがゲームにアクセスできるようになり、家族や友人と一緒にプレイする喜びを得ているという。
成功事例はXACのみではない。Sonyもまたアクセシビリティに重きを置いたコントローラーAccess Controllerを開発した。このコントローラーの開発にもAbleGamersが関与しており、XAC開発同様に、プレイヤーからのフィードバックをもとに、障害をもつプレイヤーのニーズを取り入れ設計された。
Access Controllerの豊富なカスタマイズ機能を紹介している動画
アクセシビリティを”後付け”しない
これらの成果は大きな一歩だが、まだ多くの課題が残っている。バーレットは、アクセシビリティの最大の障壁は「ソフトウェア」だと明言している。
現在はXACや Access Controllerの開発によってハードウェアに由来する障壁のハードルは下がった。けれども、「わたしたちは、ゲームにクローズドキャプションを追加することはできません。だから、聴覚障害のあるゲーマーを助けることはできないのです。これはソフトウェアの問題です」とバーレットは語る。クローズドキャプションとは、映像コンテンツにおいて音の内容を文字で表示する機能のこと。セリフだけでなく、音楽や効果音も文字で表現し、聴覚に障害がある人や、静かな場所で視聴する人の理解をサポートしてくれるものだが、それを自分たちで追加することはできないとバーレットは述べているのだ。「実際、わたしたちはハードウェアのギャップを埋めることはできていた。しかし、最終的に行き詰まるのは、いつもソフトウェアが正しく設計されていないときです」と。
アクセシビリティ・コミュニティは、アクセシビリティ機能を「後付け」するのではなく、開発初期からゲームデザインに組み込む必要性を啓蒙している。しかし現実は、コストやリソースの問題から、多くの開発者がアクセシビリティ機能を開発後期に追加するケースが多く見られるのだ。ゲーム開発の当初からアクセシビリティが考慮されていない開発アプローチでは、コストがかさむ上に、できることも限られ、プレイヤーに一貫性のある体験を提供することは難しい。
『The Last of Us』および 『Part II』の開発にコンサルタントとして関わった、盲目のゲーマーであるスティーブ・セイラーは『Part II』のアクセシビリティ機能を解説する動画のなかで「開発プロセスの初期からアクセシビリティに取り組んでいた」と話している
このようなアプローチでアクセシビリティ機能の実装が「義務への対応」となり、聴覚障害の人に対しては「後で字幕を付ける」、視覚障害の人には「後で音声ガイドを付ける」といった対応にとどまってしまっては、ゲーム体験の質を向上させるためにデザインされたアクセシビリティ機能とは言えないのだろう。
AbleGamersはこうした課題に対しAccessible Player Experience (APX)を開発した。APX は 障害のあるプレイヤーもゲームを楽しめるように、ゲームデザインを改善するための思考ツールとガイドラインを提供するフレームワークだ。AbleGamersは、開発者に向けたAPXのオンライントレーニングも行っており、APXトレーニングでも、開発の初期段階でアクセシビリティに焦点を当てることが重視されている。
一方、アクセシビリティ機能の開発に、コストがかかるのは間違いない。企業がアクセシビリティ向上にどれだけのコストをかけるかは経営判断に基づく。これに対してバーレットは、経営陣に「アクセシビリティ向上が必須ではない」という認識がある場合、重要なのは「障害をもつゲームプレイヤーはアメリカだけで約4,600万人おり、その可処分所得を合計すると数十億ドルに達することを理解してもらうこと」だと、下記の講演で述べている。これは、アクセシビリティを向上させることがビジネス面で大きな商機を生むことを意味している。
バーレットの上記の発言がなされた、2021年の講演映像「Why you should put accessibility in your game, and how to do it.(ゲームにアクセシビリティを導入すべき理由とその方法)」
選択肢のデザイン
ゲーム開発の初期からアクセシビリティに取り組むということは、ゲームデザインとアクセシビリティ機能を密接に関係づけながらゲーム全体を設計することになる。『シヴィライゼーション』シリーズほか数多くのゲームを開発し、IGN Entertainmentにおいて「ゲームデザイナーの理想的なロールモデル」と評されたシド・マイヤーの著書『A Life in Computer Games』のなかに「ゲームとは、興味深い選択の連なりである」ということばがある。ゲームデザインの中核にあるのは、プレイヤーに「選択肢を与えること」であり、ルールや法則を設けることで、プレイヤーは状況に合わせた「興味深い選択」を楽しむことができる。
バーレットの言う通り、現在、ハードウェアのアクセシビリティは概ね改善されているのだろう。しかし、ハードウェアは、選択肢にアクセスするためのデバイスであり「そもそも、どのような選択肢が用意されているか」はソフトウェアに依存している。
ゲームデザインの中核が、プレイヤーに選択肢を与えることであるならば、アクセシビリティに開発の早期段階から取り組むということは、おのずと、人間の五感を利用した「新たな選択肢の創出=新たなゲームデザインを生み出す」可能性に向き合うことになる。
これは、単に障害をもつ人びとへのサポートにとどまらず、すべてプレイヤーにとって新たな体験を与えるゲームデザインが創出される機会であり、そうしてつくられたゲームから、新たな市場が開拓され、新たなコミュニティが生まれる契機にもなりうる。
同じゲームを、異なるバックグラウンドをもったプレイヤーたちが楽しむ。そうした「共通の体験」は、自然なかたちで人と人を結びつける。
アクセシビリティを向上させた先には、AbleGamersが掲げる使命「ゲームを通じて障害をもつ人びとが孤立せず、社会とのつながりを保つこと」のことば通り、人が人へ、そして社会へとアクセスしやすい世界が広がっているはずだ。
次週11月5日は、『育児の百科』『私は赤ちゃん』の名著で知られる小児科医・松田道雄の思想にフォーカス。保育をめぐる問題が相次ぐなかで、20世紀を代表する知識人でもある松田の保育論や、戦後日本の保育運動から、わたしたちは何を学ぶことができるのでしょうか。立教大学教授の和田悠さんに話を伺います。お楽しみに。