変化することでしか積極的自由は得られない:CANTEENのクリエイティブなエコシステム
ラッパー・Tohjiをはじめ、アートや映像、広告などの若手クリエイターたちがつながるハブとなる会社・CANTEEN。新たな感覚をもつアーティストのための新たな活動の仕組みづくりに奔走する代表・遠山啓一に、都市をクリエイティブによって更新していくための思考法を聞いた。
CANTEEN代表・遠山に、6月に入居したばかりの新オフィスを案内してもらいながらインタビューを実施した
2019年に設立されたCANTEENは、Tohji、ralph、kZm、Elle Teresa、JUMADIBAなど現在多くの支持を得るラップアーティストたちのマネジメント、海外展開のエージェント業務、イベント制作などを全方位にわたって支援するほか、ファインアートのグループ展やギャラリー運営も行っている。その特徴は、アーティストのみならず、楽曲やMV、ビジュアル、ライブなどを制作する多種多様なクリエイターのマネジメントも行い、クリエイターたちのつながりを通して、次々に新たなクリエイティブを生み出すエコシステムを形成していることだ。
彼らは今年、その拠点を新たなオフィス「CANTEEN Studio」に移し、会社の持つ機能をさらに広げようとしている。クリエイティブなコミュニティを運営し、それをビジネスにするためにいまどんなことに取り組む必要があるのか、代表・遠山啓一にインタビューした。CANTEEN躍進の背景にある、クリエイティブのために徹底的に関わる姿勢と、そこから考えるアート/ビジネス/都市のあるべき関係性とは。
interview by Kei Wakabayashi
text by Yuki Jimbo
photographs by Shion Sawada
遠山啓一|Keiichi Toyama 1991年、東京都生まれ。外資系広告代理店に勤務後、2019年にCANTEENを創業。現在はグループ会社であるCON_、volvoxなどを含めた4社の経営に携わる。 https://note.com/k11080
アーティストの自由を追求するビジネスモデル
──いきなりですが、CANTEENはどんな会社なのでしょうか。
CANTEENは、クリエイティブがもつ力を根幹に置いて、アーティストやクリエイターのビジネスを持続的に成長させていくための会社です。もともとラッパー・Tohjiのレーベル兼マネジメントから始まった会社ですが、ライブやクリエイティブの制作を行っていく過程でさまざまなタイプのクリエイターのサポートをするようになり、会社の機能を拡張してきました。
現在では、日本橋馬喰町にあるギャラリー「CON_」、広告代理業やクリエイティブ制作を手掛ける「volvox」、イベント制作を手掛けるグループ会社が存在しています。このように、アーティストやクリエイター、プロデューサー、ディレクター、デザイナーたちのクリエイティブなコミュニティを形成しながら、それをマネタイズするための活動をCANTEENが行っています。起業から5年が経ち、いまは正社員が15人くらいの規模になりました。
──例えば音楽事業は国内のレコード会社と比較したとき、ビジネスの仕組み自体に違いがありますか。
最も大きな違いは契約形態です。現在の音楽業界では一般的にレコード会社に帰属している原盤権(編註:著作権とは別に、音源自体に発生する権利。楽曲の配信や複製などが独占的に可能となる)を、アーティスト自身が100%保有できるようにしていること。つまりアーティスト本人が楽曲制作に関する全ての主権を持った状態を意図的に作っています。
その上で、CANTEENが楽曲制作やライブをはじめとしてアーティスト活動をすべての面からサポートし、収益全体を毎月レベニューシェアして7割をアーティストに戻す。制作費にかかる費用はCANTEENが先行して負担し、アーティストはそれを収益から返済していくという、いわば「十発十中のカルチャーVC」のような、半分銀行だけど半分ファンドのような矛盾を抱えたビジネスモデルです。
各アーティストをひとつの事業部のように考えて、それぞれ半年から2年以上先まで収益予測を立て、無理のない範囲で柔軟性を含んだ事業計画をアーティストと一緒に作っていく。そのなかで大切にしているのはアーティストの日々の暮らしに支障が出ないようにすること。アーティストが自らの権利を手放さざるを得ない状況になっているのは資金調達がインディペンデントな状態では困難だからです。それを少しでも改善したい。アーティストに安定した経済状態で制作に取り組んで欲しい。CANTEENのモデルは、他のどんな建て付けよりアーティストが自由に活動できる仕組みになっていると自負しています。
2024年5月に開催された国内最大規模のヒップホップフェス『POP YOURS』に出演したCANTEENのアーティストとスタッフの裏側を記録したVlog。アーティスト、クリエイター、スタッフらCANTEENを取り巻くコミュニティの雰囲気が伝わる内容だ
──なるほど。アート事業についても音楽と同様にアーティストの自由を確保していくような活動になっているんでしょうか。
根本的には音楽事業と同じような思想のもとに、日本橋馬喰町でギャラリー「CON_」の運営。その他にも様々なギャラリーやスペースで企画展を行っています。アートの場合、音楽事業よりも同時代性を意識しているかもしれません。国内外のアーティストと継続的にレジデンスや対話を行い、そのなかからオーガニックに生まれてくるプログラムや、自分たちがマネジメントするアーティストたちを軸に新しい文脈を構築しようとしています。
例えば、今年4月に行われたGILLOCHINDOX☆GILLOCHINDAEという所属アーティスト主催のグループ展「獸(第2章 / BEAUTIFUL DAYDREAM)」では、1週間で約2500人を動員しました。「獸」は彼が毎年開催している現代美術の展示と音楽ライブを組み合わせたプロジェクトですが、このプロジェクトにも同世代のアーティストが多く継続的に参加してくれています。
──「新しい文脈」とは具体的にどういうことですか?
InstagramやYoutubeなどのSNSが日常的なインプット源として幼い頃から存在していた世代のアーティストの想像力は、いま30代前半の僕らやそれ以前と全く違っていてすごく可能性を感じます。作品自体の魅力とは別に、スクリーン上での面白さのような美学を追求する感覚が無意識に根付いていて、作品の強度とはまた違った部分で言葉や国境を簡単に超えていく感じがある。こういったいままでと違う創造力や作家性を守るための新たな文脈構築が必要だと考えています。そのためには、自分たちが自由に表現活動を展開できる場所、そしてそれを継続させる自前のエコシステムが求められている。
実際自分たちが運営してるギャラリー「CON_」は海外のアートフェアからも少しずつ声がかかり始めています。参加費や輸送費などの課題はありますが、CON_を設立して2年半経ち、やっとスタートラインに立てたかなという感覚があります。
2024年4〜5月にCON_(まるかビル)で開催された「獸(第2章 / BEAUTIFUL DAYDREAM)」の展示風景 photographs by Ryo Yoshiya
──アーティスト起点のビジネスを作ろうとしていると。
「アーティストの作品はかけがえのないもの」という前提が最も重要なことです。単に消費されるひとつのコンテンツやマーケティングツールとして作品を捉えるのではなく、アーティスト自身の表現として生み出された作品が、それを見た人たちの人生を変えるかもしれない。その可能性を信じ、かつその機会を最大化するための伴走をしていくのがCANTEENの思想です。
──アートから生まれる社会的利益を追求するのではなく、アートがつくられること自体を目的に置いて、その可能性を最大化しつつ環境を整えていくということなんですね。遠山さんはそれが大事だとどの時点で気づいたのですか?
新卒で広告代理店で働いていた頃、プロダクトにも消費者にも本質的にはまったく関心を持っていない担当者や同僚が多く、仕事やクリエイティブに必然性がないと感じていました。同時にどれだけ結果を出しても、この仕事は自分がやらなくても良かったのではないか?別のアウトプットになったとしても、誰も気にしないのでは?と感じることが多く、ずっとモヤモヤしていました。自分自身、広告の仕事は向いていたのでパフォーマンスは高かったと思うのですが、どれだけ結果を出しても根本的には満足できていないような状態が続きました。
その後、サラリーマンだったとしても自分にしかできない仕事は自分がつくらないといけないなと思い、裁量が大きくビジネス自体が成熟していない20-30人規模のスタートアップをメインに転職活動をしていました。将来的には独立して自分でビジネスをしたいなと思っていましたが、この時期にたまたまTohjiのライブを観る機会があり、いきなり頭を殴られたような感覚になりました。言葉にはできない危機感や期待感みたいな初期衝動がライブの一挙手一投足から伝わってきて、本気で自分のアートで東京、日本、世界を変えようとしているんだと思ったんです。そのことに強く共感しつつ、自分では到底生み出すことのできないパフォーマーとしての人を巻き込む力に強く惹かれました。
そもそもTohjiの存在は、会社の取締役を勤めてくれているDouble ClapperzのSintaから紹介を受けていたので、その後何度か本人と話す機会がありました。当時まだ大学生だったTohjiとそのクルーMall Boyzには機能やチームとして足りていないところがいっぱいあった。確証はないけれど自分ならそれを補うことができそうだと感じ、少しずつTohjiやMall Boyzの活動を手伝うようになりました。彼らと時間を過ごせば過ごすほど「いま彼らと一緒に何かをスタートしないと、死ぬときに絶対後悔する」と感じていたので、転職前の有給をフルに使いサポートを始めました。結局気がついたら新しく転職した会社にほとんど行けない業務量になっていたので、スタートアップの仕事は半年で辞め、CANTEENを創業していまに至ります。
前述したヒップホップフェス『POP YOURS』2日目にヘッドライナーを務めたTohji。背面ディスプレイの羽の映像とともに飛ぶド派手な演出。ライブ後に、2025年2月に横浜での単独アリーナ公演が発表された
インスピレーションが変われば作品は変わる
──今日はCANTEENの新しいオフィスでの取材ですが、以前のオフィスはどういったものだったんでしょうか。
移転前のオフィスはマンションの2部屋がつながったような場所でした。引っ越しの際にInstagramに写真を載せたんですが、この頃僕は朝に出社して寝ているアーティストを横目に散らかっている部屋を片付け、皿洗いなどをしてから仕事に取り掛かるのが毎日のルーティンでした。夕方まで仕事をして、そのあたりからアーティストが徐々に起きてくるので、そこからミーティングや食事を挟みながら朝まで一緒に喋ったり、制作に付き合ったりして。
当時からずっと考えていたのは、アーティストのアイデンティティや生活から生まれてくる作品性や熱量みたいなものをそのまま世の中に伝えるにはどうすればいいのか?ということです。抽象的な言い回しになってしまうのですが、作品に対して客体的に関与する態度や、一般的なアーティストとマネージャーというビジネスライクな距離感ではなく、アーティストをひとりの人間として扱いつつ、その生活的な部分に極限までビジネス自体を近づけるような工夫が必要だと考えていました。
ただ2021年に、所属アーティストではないもののCANTEENのアーティストといくつもの楽曲制作を行っていた関係者が事件を起こし、逮捕されるという出来事がありました。その被害者の方や報道に向き合っていくなかで、上記の考え方への反省もあり、代表取締役である自分はマネジメントの現場からは退いて、経営・ディレクションに専念することにしました。
──それは既存のマネジメント事務所の手法に近づけていくということですか。
一連の事件やそれに続く報道、炎上を通じて、それが必要なんじゃないかと考えた時期もありました。潜在リスクを避けるためのビジネスライクな距離感や、ガチガチに固められた契約書。生活から隔離された制作プロセスをなぜメジャーレーベルや大手芸能事務所が重視しているのかが理解できました。しかし既にあるやり方に従っていては自分たちがつくれる作品の幅が狭まってしまうと思ったし、なによりアーティストの可能性を潰してしまうと思い、その狭間でビジネスのあり方を模索する日々が続きました。
クリエイティブの根源は、アーティスト自身の人生やアイデンティティにあると思うんです。アーティストと人間として向き合って、その生活や関係性をより良くしていく。そして、そこから生まれる感情や雰囲気を作品として昇華して欲しい。アーティストは人生を賭けて作品を制作し、人目に晒されながら身を削って活動をしている。一方で、マネジメントやレーベルが裏に隠れてお金だけ出して「いいものつくったでしょ」とヘラヘラしているわけにはいかないんです。だから、どこまでいっても僕らはアーティストに本当の意味で寄り添い続けたいと思ったし、トライアンドエラーを繰り返しながらも生活と制作の関係性について考え続けたいなと思いました。
「移動する自分の空間が欲しいから車を買いたい」とか「金銭的に追い込まれないと新作がつくれそうにないから600万円の時計を買おうと思う」と相談されれたらお金を貸しますし、もっとハードなプライベートのトラブルや悩み事を解決するためにも動きます。
バカみたいな話に聞こえるかもしれませんが、生活環境が変わると日々のインスピレーションや景色が変わって、本当に新しい作品ができ上がるんです。最終的に作品を通じて誰かの人生やアイデンティティに意味のあるインパクトを与えたいと思うなら、アーティストの人生にまで踏み込んで一緒に活動しないと意味がないし、面白くないと思っています。
──その理想を実現するためには、やはり担当者がひたすら手間をかけてコミュニケーションするしかないのでしょうか。
はい。だから他のどの会社よりもアーティストと近い距離で、同じ目線で社員が動いているし、アーティストに信頼してもらえているんだと思います。人の人生に踏み込んでいくことは責任がとても大きいですし、中途半端な気持ちでその役目は務まりません。ただそれが楽しいと思える人しかCANTEENにはいないので、その前提の上でギリギリ成り立っているという感じでしょうか。どういう仕事が本当の意味で「意味ある」仕事なのか、という点について社内では共通認識が強くあるかもしれません。
現在僕はアーティストのマネジメントを直接行うことはほとんどなく、マネージャーや社員の人たちを管理する立場ですが、彼らに対してもアーティストと同じように考えて接するようにしています。それぞれのマネージャーや社員にとってキャリアが作品だとするならば、いまできるベストなサポートはなんだろう?自分や会社は何ができるだろうということを常日頃考えているつもりです。
写真上:CANTEEN Studioの一角。以前のオフィスと同様に寝泊まりのできる家具なども準備されているが、アーティストのクリエイティブをサポートする機能が加わった 写真下:新たなオフィスに設置されているスタジオ。写真中央奥にあるのはレコーディング用のブースだ
アーティストの成長、場所の成長
──文化産業において、アーティストもビジネス側も持続的に成長していくことが重要ですよね。とはいえ、アーティストの成長の定義をビジネスに寄せすぎないほうがいいとも感じるのですが、それはいかがでしょうか?
アーティストの成長とは、アーティスト自身の現実が変わり続けることだと思っています。同じところにいると視野は狭くなってしまうし、時間が経てば経つほど選択肢も狭まっていく。新しい人や環境に触れる機会をつくり、絶えず自己変化を促していくことで、アーティストが積極的な自由を獲得できるようにしたい。
僕が強く影響を受けた本に、福井一喜さんの『自由の地域差:ネット社会の自由と束縛の地理学』があります。簡単に言うと、ネットやデジタル技術の発展によって自由が獲得できた一方で、それだけでは結局、巨大プラットフォームのアルゴリズムに支配されてしまう。こうした「消極的自由」から逃れるためには、もともと自由を阻害していた地縁や血縁のような古いタイプのつながりを自分たちが自在に動くために再構築する必要がある。そのとき初めて「積極的自由」が生まれるんだと書かれてる本だと理解しています。
アーティスト自身が権利を持ち、楽曲配信やライブをラップトップ1台でできるようになったのはいわば仕組みのDXであって、アーティストによる積極的自由の獲得ではない。CANTEENが仕事をしているのは「いまのままでいい」と思っていないアーティストたちです。仕組みやプラットフォームが変わっても業界の慣習や商流が変わらなければ現実はほとんど変わらないということが、多くの産業や業界で明らかになって久しい気がしますが、僕らはコミュニティや事業としての広がりをつくり続けることで、常に彼らの現実が変わる喜びをつくり続けたいと思っています。
──新オフィス「CANTEEN Studio」にはDJセットやスタジオ、編集室も設置されています。クリエイティブな機能を持つスペースを活用していくために考えていることはありますか。
DJブースはスタッフから提案があって、完全に任せて整備してもらいました。海外のアーティストが観光がてら来日したときに、単独公演は無理でもプロモーションを兼ねてDJセットでラジオ出演できるような場所がないか?という相談をよく受けていて。NTS Radio(編註:ロンドンで開設されたオンラインラジオ兼メディアプラットフォーム)の持っているコミュニティや公共性にはとても影響を受けてきましたし、東京にはそうした配信施設がほとんどなかったので、それならCANTEEN Studioのなかにつくってしまおうと。
新オフィスから配信されるCANTEEN Studio Radioの第1弾。次回の東京で行われるBoiler Roomに出演するなど、その人気を確固たるものにしつつある若手DJのririaがゲスト
スタジオは所属アーティストがさまざまなセッションを行うだけではなく、契約しているDouble Clapperzのプロデューサー業だったり、いろいろな作品のMix/Masteringを担当している社員のEGLの活動を伸ばしていくための拠点としても活用していこうと思っています。またアートディレクターの八木幣二郎やディレクターとして活躍しているRyo Suda、初期から弊社のクリエイティブを手がけるYaona Suiやmamyといった面々のデスクや編集室を用意して、彼らのキャリアの伴走をしており、コミュニティ内のクリエイターのシナジーが生じる場所になろうとしています。
アーティストやクリエイターが寝泊まりをする生活の場というだけではない、お互いが成長しあえる場所へと機能が拡張しつつある実感があります。
いまはやっと手に入れた大きなこのスペースと法人という箱を実験室のように使うことを意識しています。自分たちが思う東京に必要な機能やエコシステムを、小規模ながらCANTEEN Studioや会社のなかに作ってみて、とにかく実践し続けるのが大事なんじゃないかと。今日話してきた通り、アートやアーティストへの深いコミットメントと責任から意味のあるコミュニティが生まれ、そのマネジメントに必要な機能を揃えていくなかではじめて場所が機能する。日本でシェアオフィスや「クリエイター向けコワーキングスペース」みたいな場所がいくつできても、いまいち何も生まれない理由はそこにあるんじゃないでしょうか。
何が自分たちの目的で、誰を守ったり誰と一緒に走りたいかをまず考える。自分たちにしかできないやり方で、何を成し遂げたいのか。そしてその手段はどのようなものが考えられるのかといった順番で考える。これを間違えないことが大事だと思います。
僕らの実践は都市や国というもっと大きな単位でも同じことができるんじゃないか。時間はかかりますが、そんなことを最近は考えています。
次週10月1日は、いま注目度が高まっている「石」にフォーカス。自身の日記やブログ、SNS、写真集などで石拾いの様子と写真を公開している「石の人」氏へのインタビューを交えつつ、近年の盛り上がりについて考察します。お楽しみに。