究極の「ごっこ遊び」が社会を変える? 没入型ゲーム「LARP」がもたらす新しい個の協働
謎解きゲームやイマーシブ・シアターなど、近年日本でも徐々に体験型・没入型コンテンツへの注目が高まるなか、「LARP(Live Action Role Playing)」と呼ばれるゲームもまた広がりつつある。現代において、普段生きている現実とはまったく異なる異質な世界観に心身を投じ、楽しむことにはどんな可能性があるのだろう。日本国内でLARP紹介に励む第一人者に、じっくりと尋ねた。
2017年6月、1300人が参加したというイタリア最大規模のLARPが、ラツィオ州ヴィテルボ県ヴェトラッラで開催された Photograph by Red On / Alamy Stock Photo
「LARP(Live Action Role Playing)」なるゲームをご存じだろうか?
西洋中世ファンタジーやホラー映画、ポスト・アポカリプスのような世界観のなかでリアルな衣装に身を包み、クエストをクリアしたり武器を手にとって闘ったり、あるいはキャラクター同士で交流したり──究極の「ごっこ遊び」とも言えるこのゲームは、海外ではポピュラーな体験型コンテンツとして知られている。
日本でも徐々に普及は進んでいるようだが、外側から見ればわからないことだらけだ。その初歩的なレクチャーも含めて、日本におけるLARPの第一人者であり、「体験型LARP普及団体CLOSS」の代表を務める諸石敏寛にコンタクトをとってみた。取材を快諾してくれた諸石によれば、実はこうした没入型体験には、現代社会を緩やかに変化させうるヒントが潜んでいるという。LARPがもつ現代社会における意義とは、一体何なのだろうか。
interview by Ryota Akiyama and Shunta Ishigami
text by Shunta Ishigami
諸石敏寛|Toshihiro Moroishi 体験型LARP普及団体CLOSS代表。1984年、東京都生まれ。2016年、CLOSSを立ち上げ。初心者向けの入門イベントをはじめとした種々のイベント運営のほか、コンサルティングや企業研修なども含めて、多彩な活動を展開している。2024年9月22日には、埼玉県飯能市FOXTROTにて因州村ゾンビホラーLARP「シンクギ 〜Lethal Operation〜」を開催予定。
LARPでは実際に「宝箱」を開ける
──諸石さんは2016年に「体験型LARP普及団体CLOSS」という団体を立ち上げ、LARPの普及に取り組まれています。そもそもどんなきっかけでLARPに関心をもったんでしょうか。
もともとわたしはアナログゲームが好きだったのですが、趣味を同じくする妻と話すなかでLARPの存在を知り、2012年に東京・目白にある「キャッスル・ティンタジェル」という西洋剣術スクールが開催していた、あるLARPのワークショップに参加したんです。後でもうすこし詳しくお話ししますが、安全に配慮された素材ながらリアルに見える武器をもち衣装などを身に着けて本当に物語の世界に入りこめるような体験に衝撃を受け、「これは面白いぞ」と一気にのめりこみまして、LARPをもっと世に広げていきたいと考えるようになりました。
──最初からそんなに面白かったのですね。初歩的な質問で恐縮ですが、そもそもLARPって何をやるものなんでしょうか。
LARPは多様な形態があり簡単には定義できないので一例を挙げますと、ゲーム形式をとる多くのLARPは参加者がキャラクターになりきり、実際の空間でストーリーを楽しみながら行動することが一般的です。基本的な流れとしては主催者が準備したシナリオや設定に合わせて参加者は衣装やアクセサリー、小道具を準備し、まずブリーフィングを通じてルールや役割の説明が行われます。
ゲームが始まると、参加者はあらかじめ設定されたルールに則って闘ったりクエストをクリアしたりしながらシナリオを楽しんでいきます。キャラクターに入り込むことは「タイムイン」、そこから抜け出すことは「タイムアウト」と呼ばれ──より専門的にいえば「オプトイン」「オプトアウト」で、それぞれの状態になるためのコマンドワード〔命令語〕が「タイムイン」「タイムアウト」です──両者を繰り返しながらゲームは進行していきます。
──キャラクターになりきったり、距離をとったりすることを反復する、と。
一通りゲームが終わると、最後にはデブリーフィングと呼ばれる感想を共有する時間も設けられています。プレイヤー同士で感想を述べ合い、没入していたキャラクターから完全に離脱することでLARPが終了となるわけです。
シナリオとしては映画やマンガのように非日常的な世界観が採用されることが多いのですが、西洋中世ファンタジーのようなものもあればポスト・アポカリプス的なものもありますし、ゾンビ映画のような世界が用意されることもあります。参加者の身に危険が及ぶことはありませんが、模造の武器をもってリアルに戦うこともあれば接触せずに戦うフリをすることもあり、そもそも戦わずに料理をしたりアイテムを売り買いしたり、シナリオの世界観のなかで生活を楽しむようなものもあって、ひとくちに「LARP」といってもその体験はさまざまです。戦うことだけがLARPのすべてではなく、まさに現実とは異なる別の世界のなかでリアルに生きるような体験が特徴と言えるかもしれません。
──なるほど。そうした文化が日本で普及していく、その黎明期に諸石さんは偶然立ち会っていたということなのでしょうか。
そうですね。ちょうど当時はLARPが日本に紹介され始めた時期で、ドイツ出身のニコ・シュタールベルクさんという方が、杉浦敦崇さんという方とともに、ドイツのLARPを日本へ紹介するために日本語版のルールブックを作成していました。さらにキャッスル・ティンタジェルの代表を務めるジェイ・ノイズさんがニコさんと意気投合し、本格的に日本へLARPが紹介されていくようになったわけです。
──なぜご自身で団体を立ち上げようと思ったんですか?
当時国内ではキャッスル・ティンタジェルが中心となってLARPの企画を実施していたと思うのですが、実際のところ、なかなか企画が続きづらい状況にありました。わたしたちがいま事業として取り組むなかでも実感するのですが、LARPはコストがかかるのでビジネスとして黒字化するのが難しく、愛好者が参加できる企画を持続させるだけでも大変なところは正直あるんです。
ただ、そうしたことをわたしが理解するのは、もっと後になってから。当時はとにかく、まずはみんなが定期的にLARPに参加できる場があったほうがいいのではないか、と感じましたし、わたしたちも自分たちでLARPを広げていけないか考えるようになり、2013年に「レイムーンLARP」というサークルを立ち上げ、現在まで続けています。いまは2カ月に1回程度の開催に留まっていますが、コロナ禍までは毎月必ずLARPを開催していました。CLOSSは、2016年に個人事業主の事業体として始めました。LARPイベントは、コロナ禍の期間を除けば平均して月に2回以上実施しています。
──LARPの何が諸石さんにとって魅力的だったんですか?
わたしたち夫婦は会話をベースにしてRPGゲームを遊ぶ「テーブルトークRPG」というジャンルが好きだったんですが、LARPはリアルな宝箱が目の前に置かれているのが面白かったんですよね。テーブルトークRPGはあくまでも自分たちの頭のなかで情景を想像するけれど、LARPは自分自身が実際に、宝箱であれば宝箱を開けるというアクションを起こすし、現実からのフィードバックもあり、物語が進んでいく。ダイレクトに物語を体験できる点が非常に面白いなと感じたんです(後段に続く)。
Interlude:まずは見るべきLARP動画3選(WORKSIGHT編集部調べ)
1. Join The World's Largest LARP | ConQuest of Mythodea 2024
大規模LARPの空気を味わうにはまずこの動画から。2004年からドイツで開催されてきた世界最大規模のLARP「ConQuest of Mythodea」への、参加を呼びかける動画。膨大な数のキャンプ用テントが並ぶ様子は音楽フェスのようでもあり、しかしそこからフィールドへ歩みだす参加者たちの姿は、ファンタジー世界の住民そのものだ。
2. Meet the LARPers Featurette | Marvel Studios’ Hawkeye | Disney+
マーベル・スタジオが制作し、Disney+で配信されているドラマシリーズ『ホークアイ』(Hawkeye)のメイキング映像。ニューヨーク市内の愛好家グループ「NYCラーパーズ」の面々が重要なキャラクターであり、活躍を見せる。最新のコンテンツにLARPの要素が登場する例は数多い。
3. What Is LARPing? (Live Action Role Playing)
アメリカのメディアによるLARPの解説動画。こちらでは比較的小さな規模で開催される、仲間内での手づくり感あるLARPの様子が紹介されている。メジャーな催しとはまた異なる、身近な”ほのぼのLARP”の楽しさが垣間見える。
『キングダム』のように戦う
──海外では数千人が参加する大規模なLARPもあるそうですが、日本と海外で普及のあり方は異なっているのでしょうか。
LARPはまだニッチな文化ですから、日本ならではの普及のあり方を論じられる段階にはないと思っています。ただ、日本にLARPを展開するうえで、わたしたちがカスタマイズしている点はあります。例えば、時間です。日本の大人は概して忙しいので、海外の大規模なLARPで時折平気で1週間かかるプログラムが行われるようには、参加者を何日間も拘束することは難しいんですよね。日本で行う場合は映画を編集していくようにインパクトのある場面を切り出して体験できるようにしています。
海外ではタイムインからタイムアウトまで5日間かけることも珍しくありません。とにかく長時間、キャラクターたちが生きる世界に没頭するんですね。他方で、わたしたちは日本でLARPを行う際、30分ごとにタイムインとタイムアウトを繰り返すようにしています。
──細かくシーンが分かれている方が日本人にとってはプレイしやすかったりするのでしょうか。
まずは何よりも、経験の差だと思っています。LARPはリアルな世界を体験することをよしとしているので、シナリオ内で「傷を治す」ならば実際にゴム製の皮膚シートへ針を刺して傷口を縫うような体験が設計されることもあるんですが、日本の場合はまだLARPを体験できる機会自体が少ないので、そこまで本格的なものを求める人は少ないといいますか、「リアルに傷口を縫いたい(縫う動作をしたい)」という欲求が強いわけではない。徐々にLARPが日常的に行われるようになれば、リアルに時間をかけた体験が求められるようになっていくのかもしれないですね。
──諸石さんはさまざまなLARPの現場を体験されていると思うのですが、なにか印象に残っているシーンはありますか?
海外のほうがやはり圧倒的に規模が大きいので、経験の質が変わります。海外だと数千人が参加するLARPも少なくないので、戦闘シーンに入ると雨のように矢が飛んでくるわけですよ。もちろん安全性は確保されているので先端にスポンジのついた刺さらない矢なのですが、当たるとそれなりに痛かったりもする。もちろん絶対に死ぬことはないわけですが、自分が演じるキャラクターは“死ぬ”かもしれない。『キングダム』や『ロード・オブ・ザ・リング』の登場人物が感じているような恐怖をリアルに体験できるのはすごいですよね。他にも、戦場の後方に行くと戦闘を横目に見ながらワインを飲んでいる人がいたり、これは本当にレアケースですが、性行為に及んでいたりする人もいました。
──ええっ!?
本当に性行為を行うわけではなく、あくまでも服を着ている状態での演技であり、行為の主導権は明らかに女性側が握っている様子が見て取れていたからこそお話ししているのですが、いずれにしても戦場で起こっていそうなことが何でも起きているんです。これは海外と日本の文化的な違いにもつながっていると感じます。日本のプレイヤーは抑制的で「自由にしていいよ」と言われても現代の規範を守ろうとするわけですが、海外の場合はLARPの世界観に合わせて「当たり前」を定義しなおし、さまざまなプレイに興じている。だから日本にLARPを普及させるためには、日本人の気質を踏まえたうえで場を設計する必要があるなと思います。
CLOSSが岩手県みちのく民俗村で開催した和風ファンタジーLARPイベントの様子。日本ならではの古民家を舞台に進行する物語でさらなる没入へと誘う Photograph courtesy of CLOSS
現実と地続きでない「自己」へ
──日本人のほうがロールプレイに親しみがないということなんでしょうか。
もちろん日本人だって、日常的にロールプレイしています。わたしたちの多くは自宅や会社、趣味などシーンごとにペルソナを切り替えていますからね。ただ、自宅と会社でペルソナは異なるとはいえ、結局はひとつの自己に統合されているので、片方で失敗してもいけないし両者は切り離せないものだと考えている。
他方で、LARPの場合は現実とは地続きになっていない自己へ切り替えていく。「あなたはこういうキャラクターです」と指示されることもあれば「わたしはこういうキャラクターになります」と申告することもあるのですが、いずれにせよあくまでもそのキャラクターとして振る舞っていくことになる。そこで何をやったとしても日常生活における自分の評価が変わることはなく、あくまでもキャラクターの評価が変わるだけなんです。
──LARP内での出来事も、現実といったん切り離す、と。
だからLARPのプレイ後に感想を言い合ったとしても、まずはキャラクターが引き起こした現象に対する評価があることが望ましいんです。順番としてはその後に、キャラクターの振る舞いが、現実の自分にどうフィードバックされたか考えるようにするんですよね。自分の演じるキャラクターがネガティブな行動をとったとしても、わたし自身がネガティブな行動をとったわけではない。徹底的に切り離したうえで、果たして自分の行動がキャラクターの設定と合致していたのかどうかを判断していくようになる。徹底的に切り離したうえで俯瞰する姿勢が求められるのです。ただ、日本だとまだそれは難しいですね。
──なぜですか?
やはりこれも時間の問題なんです。海外だと、キャラクターになりきるための準備時間として丸一日使って、感想を共有するためにまた丸一日使うことも珍しくない。極端な例を挙げると事前準備に2日、LARPに1日、感想戦に2日かけることもある。もはやLARPがメインじゃないという。
LARPの体験をより濃密なものにするために、前後にもたっぷりと時間を使うんですね。厳密にいえば、事前準備・LARP・感想戦の一連のプロセスが「LARP」なのだと海外では理解されていますが、日本でやる場合はどうしても準備に1時間、LARPに4時間、感想戦に30分といったような設計になってしまうので、なかなか難しいのです。
──LARPは、実際にLARPしている時間だけでなく、その前後の時間も含めて成立するものなのでしょうか。
はい、むしろワンセットにしないと危険なんです。特に日本人の場合は日常のペルソナと地続きの状態でLARPをプレイしてしまいがちなので、ちゃんと前後に時間をかけないと自己とキャラクターを切り離せなくなってしまう。没入時間が長くなるとさらに抜け出しづらくなってしまうということもあり、先ほど触れたように、わたしたちはこまめにタイムインとタイムアウトを繰り返すようにしています。5〜6時間ずっと没入させたのに30分しか振り返りの時間を設けないのはすごく危険なんですよね。
──戻ってこれなくなっちゃう人もいそうです。
そうなんです。2時間くらいホラー映画を観ると「怖くて今晩トイレに行けなくなっちゃうよ」と思う人ってたくさんいますよね。それってきちんと体験を切り離せていないからなんです。ホラー映画を観てから友達とじっくり3時間くらい話したら、怖がりの人でも普通にトイレに行けるかもしれませんし(笑)。
上:怪我をしないよう配慮されているものの、臨場感のあるバトル体験もLARPの醍醐味のひとつだ。この写真は英国・スカボローでのLARPの例 Photograph by Vince Talotta/Toronto Star via Getty Images 下:CLOSSのイベントでも戦闘の場面は華のひとつ Photograph courtesy of CLOSS
古代から人類はLARPしてきた
──自己との接続/切断を操作することで、よりいっそうゲームを楽しめるようになるわけですね。
面白いのは、それでもキャラクターと自己を切り離せない瞬間が生まれることです。例えばわたしがグループを率いてなんらかのイベントを成功させられたとしたら、自分がリーダーシップを発揮できたぞという自信にもつながっていく。その感覚を味わえるとLARPを体験したあとの生活にもフィードバックが生まれますし、自分自身のさまざまな可能性を発見できることもあるんです。
何度もLARPを体験するなかで、社会的にも有効活用できるのではないかと思うようになってきました。わたしたち人間は小さな頃からごっこ遊びを体験していますが、これってフランスの社会学者、ロジェ・カイヨワが「遊び」の要素のひとつとして挙げた「ミミクリー」そのものですよね。おままごとのように、ある役割を模倣すること自体が遊びだし、人は実際の自分とは異なるロールプレイを行いながらさまざまな現象について深く考えられるようになる。ミミクリーというごっこ遊びを深く体験することで、自分自身に対するフィードバックもたくさん生まれると、わたしは感じました。
──たしかに、LARPという営みにはそうした根源的な力が宿っているのかもしれません。
例えば背が低いことがコンプレックスだった男性がファンタジーの世界を舞台とするLARPに参加し、ドワーフという小さな妖精のキャラクターを演じることで、自分自身を肯定的に捉えるようになる、ということも起こりえます。これまでネガティブな意味しかもっていなかったことを前向きに評価できるようになり、本人の自信にもつながっていく、ということですね。
あるいは、現実世界での仕事ともLARPはつながっています。普段は仕事相手との駆け引きやビジネス上の交渉が億劫に感じられていても、LARPのなかでプレイヤー同士がことばをやりとりしたり駆け引きをしたりするうち、その面白さに気づいていくこともあるでしょう。これまで苦手だと思っていたことを面白いなと感じさせる力がLARPにはあるのだと思います。実際に2015年頃からこうした事例を耳にする機会も増えていき、LARPは社会的にも重要なものになりうるのではないかと考えるようになりました。
──現実を生きるだけでは得られない気づきを、LARPがもたらしてくれる可能性があるわけですね。
LARPは自身の憧れをかたちにするものでもあります。例えばわたしたちは子どもの頃、勇者になりたいとかお姫様になりたいとか考えるわけですが、現実的には難しいですよね。ただし、LARPなら擬似的にさまざまな立場を経験できるのです。そこにはある種の癒やしの効果もあると感じています。海外ではLARPのようなロールプレイの際にはあわせてコスプレ的に衣装をまとうことも多いのですが、憧れていたキャラクターを演じることで、なることができなかった何者かになることができるという時間が束の間生まれているはずです。
──日本でもリアル脱出ゲームのような謎解きイベントやイマーシブ・シアターが注目されていますが、こうしたムーブメントとLARPはつながっているものなんでしょうか。
例えばイマーシブ・シアターは演劇の文脈から生まれているものですし、謎解きイベントもさまざまな設定こそあれど謎を解くことが中心にあるように、それぞれの核をなしている要素というものが存在します。LARPの核にあるものはごっこ遊びであり、現実の自分とは切り離された体験を楽しむことにあるので、似ているようでやはりルーツは異なるのかなと思います。
ただ、謎解きイベントのなかにもLARPのような要素を含むものもありますし、LARPのシナリオのなかにも謎解き要素がもち込まれているケースもあります。こうした没入型の体験は双方向的に交わっている状況にあるのかもしれません。
──今後LARPの捉え方も、また変化していくのかもしれませんね。
以前京都大学で研究の一環としてLARPに携わるビョーン=オーレ・カム先生とお会いしたときに、LARPの起源について議論したことがありました。ビョーン先生はLARPの起源を定めるのは難しいとしつつも、例えば古代ローマのコロッセウムの剣闘士もLARPのようなものをしていたんじゃないかと仰っていました。もちろんコロッセウムの場合は実際に命をかけることもあるんですが、場合によっては命までは失わないこともあったそうですから、そこにはLARPの起源にあたる現象もあったのではないかと感じます。
『ロード・オブ・ザ・リング』のような中世ファンタジーから『スターウォーズ』のようなSFまで、LARPの世界観はさまざまだ Photograph by Allen J. Schaben / Los Angeles Times via Getty Images
日本企業に必要なのはLARPな働き方?
──LARPも含め、いま没入型の体験がどんどん求められるようになってきていることは、どうお感じになりますか。
体験型のエンターテインメントは伸びていく傾向にあると感じています。その理由はいくつもあると思うのですが、ひとつはコミュニケーションの発生やその場で構築される関係性を多くの人が楽しんでいるのかな、と。実際に、わたしたちのLARPで生まれた関係性をきっかけとしてキャンプやスポーツなど他のアクティビティを楽しむ人も少なくありません。普段の生活では生まれえなかった関係性やつながりを期待している人も多いのかなと思います。体験型のエンターテインメントはやはり身体性が強く非常に濃密な時間を過ごせるので、スマートフォン上のチャットやオンラインゲームでは生まれにくい関係性がつくられやすいのかもしれません。
──中世のキャラクターになりきるというと非現実的に思われそうですが、実際にはむしろリアルで人間的なコミュニケーションを体験しているんですね。
わたしたちが会社で働いてるときって多方面にすごく気を使っていると思うんですが、LARPの場合はむしろ気を使わないことが求められる。現実の自分から離れて過剰に気を使わない時間を過ごせるって、現代人としてはすごく貴重なものかもしれません。
それは心理的安全性を確保することともつながっていると思うんですよ。わたしたちがLARPを企画する際に大切にしているのも、肉体的・心理的な安全性を確保することです。安全だと感じられるからこそ参加者は安心していろんな体験に身を投げ出せる。こうした安全性が保たれた状態で働けたらとても楽ですよね。
──LARP的な働き方、というのは可能なのでしょうか。
LARP的な働き方がメリットをもたらすこともあればデメリットを生むこともあると思います。とはいえ、いまの労働環境は効率を求めるあまり管理が強化されすぎていて、かえって効率が下がってしまっているようにも感じます。より気を使わないLARP的な働き方という観点を導入することで、うまくバランスをとりながら働ける、健康的な道を模索する方法はあるでしょう。わたしたちとしてもまだエンタメ的なイベントしか企画できていませんが、将来的には研修プログラムのようなものも企画できると思っています。
WORKSIGHTが掲げている「自律協働社会」というコンセプトも、LARPの実践において重要な考え方なんですよね。自分を律しながら所与の世界観やルールに合わせていく必要があるし、自己や相手と向き合いながら同じ時間をひとつの目標に向かって過ごしていく必要もある。それは非常に協働的な時間だと感じます。LARPを楽しむことは自律協働的なコミュニティをつくることと不可分にありますし、たしかにそれは社会のあり方を考えるうえでも重要な考え方になっていくのかもしれませんね。
次週8月6日のニュースレターは、間もなく情報解禁を迎えるプリント版の『WORKSIGHT[ワークサイト]24号 鳥類学 Ornithology』より、 コクヨ ヨコク研究所所長・WORKSIGHT編集長の山下正太郎による巻頭言をお送りします。23号「料理と場所 Plates & Places」を経て、新たに挑んだのは鳥の世界。そこで垣間見たものとは。お楽しみに。