リソグラフで「出力欲」を目覚めさせよう!原宿「COPY CORNER」を訪ねてみた
コクヨのインハウス・デザインコレクティヴ「YOHAK DESIGN STUDIO」が、2024年4月に東急プラザ原宿「ハラカド」内にオープンした、「リソグラフ印刷」の実験工房「COPY CORNER」。なぜいまリソグラフなのか? 人の内に眠る「出力欲」を出力するための異色の新施設の仕掛け人に聞いた。
若者たちやインバウンドの旅行者たちで溢れる原宿のど真ん中で「リソグラフ印刷」が体験できる場所がある。
商業施設東急プラザ原宿「ハラカド」は、ショップはもちろん、B1には銭湯、オフィスなどが混在する実験的な商業施設。その3Fの奥にあるのが「COPY CORNER」(コピー・コーナー)だ。「COPY CORNER」にはリソグラフの印刷機が置かれ、ドラム型のインクがずらりと並ぶ。ここではワークショップなどでリソグラフが体験でき、リソグラフでつくられたノートなどの文具も購入できる。
リソグラフとは、シルクスクリーン印刷やガリ版と同じ「孔版印刷」の原理を元にしたデジタル孔版印刷のこと。スクリーン状の版に微細な孔を開け、そこからインクを用紙に押し出す印刷方法だ。CMYKのプロセスカラーインキでは再現できない蛍光色や、金・白などの特色が使用できる。
かつて小学校の学校新聞やプリントなどで使用されていたリソグラフは、安価で印刷できるものの版ズレや色ムラなどが起きやすく、1枚1枚毎回刷り具合が異なるために、同じものはできない。その不自由さが改めて注目され、新しい表現方法として利用者が増加している。そのリソグラフを体験できるのがこの「COPY CORNER」。立ち上げから携わるデザイナーの相樂園香と、YOHAK DESIGN STUDIO(ヨハク デザイン スタジオ)の鳳崎優和に、まずは目指す理念と課題について聞いてみた。
photographs by Yuri Manabe
interview & text by Rie Noguchi(rn press)
「出力を愛する人」がいる場所
──2024年4月のオープンから数カ月経ちますが、そもそもなぜこの場所にCOPY CORNERをつくったのでしょうか。
鳳崎優和(以下、鳳崎) COPY CORNERは、KOKUYOのインハウスデザインチームであるYOHAK DESIGN STUDIOがプロデュースしています。YOHAK DESIGN STUDIOでは「体験デザイン」がクリエイティブのチーム目標としてあり、この場所をクリエイターや一般のお客様が集まるシンボルとして、 ものを一緒につくったり、日用品の価値を再定義したりしていくような場所にしたいと考えています。
──相樂さんはどのように関わっているのですか。
相樂園香(以下、相樂) わたしはCOPY CORNERには立ち上げから関わっています。当初は「原宿のこの場所にリソグラフを置く」ということだけが決まっていました。わたしはデザインの仕事をしていて、もともと個人でリソの機械をもっていました。リソは1枚ずつ刷り具合が異なるので、同じものをつくることができません。だから大量生産の商品のための印刷ではなく、クリエイターの思想を定着させる手段としての印刷と捉えて、COPY CORNERを実験の場、ファクトリーとして機能させていきたいと考えています。
──個人でリソグラフ印刷機をもっているって、なかなか聞きませんよね。
相樂 はじめは新古品のようなリソの機械をレンタルしました。でも、レンタルだと「正しい使い方」しかできなくて。入れてはいけない紙とか、紙を折って印刷するとか「やってはいけないこと」ができない。機械が壊れるリスクがあるからハックできないんですよね。だから6年前に友人とふたりで購入しました。いまは二代目です。
──大きな機械を自宅に置くのは大変では?
相樂 当時はダイニングテーブルを捨てたりしましたが、印刷の音もガシャンガシャンと大きくてマンションに置けなくなって……生活を犠牲にしていました(笑)。
上:相樂さんが個人でつくってきたリソグラフの作品。リソグラフは1版につき版代が原価約50円で、とにかく低コストなのが特徴(価格設定はサービスによって異なるが、1版およそ100円で設定されていることが多い)。インクも特色や蛍光色が使用できる。自分だけの色をオーダーできることも。中:インクのムラやスレがかわいい。下:相樂さんの作品を拡大したもの。リソグラフ印刷の濃淡は「網点」と呼ばれる小さなドットの密度によって表現される。版ズレも起こりやすく、ときにはローラー跡もついたりする。
──そこまで大変なリソグラフで相樂さんがしたいことは何でしょうか。
相樂 わたしはもともと「出力」が好きなんです。紙だけではなくてデジタル刺繍や3Dプリンターなど、データに対して出力できるもの、データが定着してそのフィードバックがあるものが好きです。もちろんリソならではの印刷方法があり、それで何をするかを考えるというのが正しい順番だと思いますが、わたしは、何かのためにリソを買ったというよりは、いろいろなプリンターをもっていて、そのうちの1台として買ったという感じです。
──出力オタク(笑)。
相樂 ですです。もともと新卒でFabCafe(ロフトワーク)に入社し3年半いて触れることも多かったので、3Dプリンターやレーザーカッター、UVプリンター、サーマルプリンターも好き。インクの進化もすごいから、いろいろ出力したくなってしまうんですよね。
──リソグラフを扱えることは、仕事につながっていますか。
相樂 わたしはデザインから印刷までセットで仕事を受けています。でも実際のところはぜんぜんビジネスにはならない(笑)。そもそもリソグラフは安価で大量に刷るためのマシンで、かつ一度ボタンを押したらフルカラーで印刷ができるということもないため時間と手間がかかります。その不便さが奥深くて楽しい部分なので、印刷代行というかたちではなくデザインとセットで請け負うことで、印刷のプロセスにも参加してもらっています。
相樂園香|Sonoka Sagara デザイナー。2021年からTakram所属。大阪芸術大学卒業。 株式会社ロフトワークにてFabCafeのアートディレクション・企画運営に携わったのち、フリーランスを経て2018年に株式会社メルカリに入社。研究開発組織「R4D」を経て、全社のブランディングを担当。デザインフェスティバル「Featured Projects」主宰。公私ともにクリエイティブでオープンな場の実現・発展に取り組む。
マスの場だからこそ、できること
──COPY CORNERをオープンして数カ月が経ちますが、いま感じている課題はありますか。
鳳崎 まずは、シンプルに商品が少ないので、何のお店なのかがわかりづらいかもしれないですね。ここで何が買えて、何ができるのかということを知ってもらうために、サービスを拡張したり、地道にいろいろなものを充実させたりしていく感じかなと思っています。
──商品を増やすと「ショップ」になってしまい、実験空間としての場の価値が減ってしまいますよね。地代も高いなかビジネスとしてどうしていくのがいいのでしょう。
相樂 おっしゃる通り、どう続けていくのかというビジネスの部分と、やりたいことをどうすればできるのかという意義の部分はチームでも、日々議論を重ねている最中です。まずはこの超・商業施設のなかで、商品の販売だけではなく生産を一緒にやっていることが、まだまだ伝えられていないと思っています。これまでコクヨはマスの商品をつくってきました。一方、リソはその正反対のオンリーワンの商品をつくるものです。マスとオンリーワン、商品と生産、クリエイターコラボとアングラという対比で考えていくと、どちらがいいという議論に陥ってしまいがちですが、マスの生産をしているコクヨだからこそできるオンリーワンの商品づくりや実験によって「日用品の価値の再定義」をしていけたら面白いだろうと思いながらやっています。そうしないと原宿の巨大商業施設で、ただかわいいものを売っているだけになってしまいます。
──バランスが難しいですね。
相樂 リソはこれまで、商業施設のような場所には置かれることがありませんでした。わたしも自分のリソの機械を置いているのはボロボロの一軒家ですし、小さなコミュニティの中で、みんなが集まって、夢中になって刷っているような印象です。それがこれまで商業に馴染まなかったのは、単に手が汚れるとか騒音の問題もあるとは思うのですが、やはりリソというものが、ある意味思想的な運動やそのコミュニティのためのツールと認識されてきたからなのではないかと思います。いま、逆にリソが注目され、原宿みたいな商業地に紛れこむことができているのは、リソが体現してきた「コミュニティ」の感覚、あるいは「運動・ムーブメントの感覚」が、むしろ求められているからなのではないかと感じます。
──たしかに公民館や地域センターのような場所で見かけることもあります。地域のお知らせを印刷する方もいますが、最近だと若い方がZINEをつくったり、レトロでかわいいから使いたいと来たりする方が増えているように見えます。
相樂 そういう意味でCOPY CORNERは、たくさんの人が行き交うアクセスしやすい場所にあるので、それだけで、すでに新しい場所だと思います。かつ、つくったものをすぐに原宿の一等地のような場所で商品を流通できるような場所はいままではありませんでした。何かをつくりたいと思ったときにすぐにつくれたり、つくったものを商品として販売し、たくさんの方に見てもらえるのは楽しいと思うんですよね。
──オープンな場所でどう使ってもらうのか。顧客設定でお店のつくりも変わりそうです。
相樂 コラボ商品をつくってもらっている「クリエイター」さんのなかには、いままでリソを触ったことがない方もたくさんいました。だからすでにリソ経験のある方がアートブックをつくるというよりは、「リソの入口」として捉えてもらうといいかもしれません。自分の表現手法としてリソもあるんだということに気がついてもらえたら。
上:リソグラフの立体物も購入できる。中:実際に「COPY CORNER」で印刷された乾燥中の試し刷り。下:デザインワークはYOHAK DESIGN STUDIOが手がける。YOHAK DESIGN STUDIOは、スペース/プロダクト/グラフィック/サウンド&ヴィジュアル/ランゲージ/エクスペリエンスなどのさまざまなエレメントを縦横につなげ、これからのスタンダードをつくるコクヨのインハウスデザインコレクティブ。
お母さんのドアノブカバーはクリエイティブか問題
──ターゲットをクリエイターとしたとき、そもそも、この「クリエイター」ということば自体の意味が曖昧になってきています。そもそも広告の世界で使われてきたことばですよね。
相樂 わたしがFabCafeにいたころ、メイカームーブメントがありました。ただおしゃれなものをつくるだけでなく、自分の生活に必要なものを自分でつくる。それがいまのリソにつながっているように思います。自分でつくってダイレクトに売るまでの工程がここにあり、すべての工程が見えてここに残っている。つくってきた工程を放棄しないという意味で、それをクリエイターと呼ぶのかなと思います。
──昔は主婦がドアノブにつけるカバーなど自分たちに必要なものを自分たちでつくってきましたが、そもそも売るつもりもなかったし、プロ仕様ではないからエンドースされませんでした。いま「クリエイター」ということばは曖昧で、無駄に幻想化されてしまっているのかもしれません。
鳳崎 わたしたちはこのCOPY CORNERをもともとレーベルと捉えていて、レコードレーベルのようにさまざまなクリエイターが常に集まり、来たら新しいものに出合えるレーベルという意味合いも含めようと立ち上げた際に議論しました。「つくる場所」と「レーベル」、「ファクトリーを伝える人」と「レーベルメンバー」。そこをどう分けていくのか。そのあたりが、クリエイターか、そうではないのか、という線引きなのかもしれません。
鳳崎優和|Yuwa Hozaki YOHAK DESIGN STUDIOデザイナー。京都工芸繊維大学卒業。ロゴやVIをメインに、イベントのフライヤーや楽曲のアートワークなど、幅広い分野のデザインを手がける。
紙に思想を定着させる
──現在はどのような方が利用されていますか。
鳳崎 インスタを見て来てくださる方が多く、ポストカードを作るワークショップには、お子さんから60代くらいの方も参加してくださっています。マスタークラスは使い方を学んだあと、自分でプリンターを使えるようになる「時間貸し」のサービスが利用できるようなるプランです。
──幅広いですね。そもそも学生運動やフェミニズムに参加する人は「まず印刷機をもつ」と言いますよね。ファンダムは、おもちゃの印刷機で新聞や同人誌をつくり始めたのが起源だといいます。
相樂 印刷機の歴史を紐解くと、共産主義国家を倒すのはコピー機だと言われています。1930年にハンガリーで生まれたジョージ・ソロスは、ユダヤ人のため戦争でロシアに迫害された経験から共産主義を打倒しようと試みました。そこでソロスが何をしたかというと、反共産主義者にコピー機を配ったというんですね。当時、国内にあるコピー機や印刷機は国家に管理されていたそうで、自分の声を発信する方法がありませんでした。それでコピー機が配られたことによって、東欧の国々において民主化運動・独立運動が広まったと言われています。思想と印刷は、そもそもセットなんですね。
──リソを使おうと公民館を訪れると「宗教・反社お断り」と張り紙があったりしますが、宗教も反社組織も、良きにつけ、悪しきにつけ、インターネットやソーシャルメディアがない時代に自分たちの活動を広めようと思ったら、印刷が一番安くて手っ取り早い手段だったと。
相樂 そうなんです。逆にインターネットが行き渡ったいまは、リソはインターネットでの発信と比べるとむしろ割高になっていますが、ここ数年、例えば「TOKYO ART BOOK FAIR」での出品物のリソ率が急激に増えているのを見るにつけ、ネットやソーシャルメディアでは伝えることのできない声を伝えるための新しい表現方法として注目されているように感じます。
──精密で綺麗な印刷も選択肢としてあるけれど、あえて解像度が粗く再現性の低いリソを使うという感じがいいんでしょうね。
相樂 リソは、ある種の不自由さを感じる表現です。だからこそリソは面白いんだと思いますね。COPY CORNERを入り口にして、ぜひ体験してみてほしいです。
COPY CORNERでは毎週、所用時間1時間30分程度(定員 4名、3,300円)のワークショップで、リソグラフポストカード制作体験ができる。マスタークラスは全2回で11,000円。リソグラフについて学び、Adobe illustratorを使った分版データの作成からプリンターの一連の操作方法を習得するための、全2回コース制のクラス終了後、「FACTORY MEMBER」として、時間単位でリソプリンターを利用することができるようになる。東京都渋谷区神宮前6丁目31番21号東急プラザ原宿「ハラカド」3階/営業時間:11:00~21:00
次週7月30日のニュースレターは、新しい体験型コンテンツ「LARP(Live Action Role Playing)」の普及活動を行っている「体験型LARP普及団体CROSS」代表・諸石敏寛さんのインタビューをお届け。エンタメ、教育、訓練、癒しとしての"ごっこ遊び"の可能性に迫ります。お楽しみに。