中国から招く未知のバンド・サウンドと熱狂:日本のレーベル・PANDA RECORDの挑戦
コロナ禍以降、中国から来日するミュージシャンが増加している。大規模なコンサート会場を満員にし、ツアーでも日本の東西の大都市を沸かせるなど、いつの間にかその勢いと熱量は凄まじいものになっている。そして特徴的なのは、ライブ会場で飛び交う言語のほとんどは中国語であるということだ。その新たなムーブメントについて知るべく、中国からインディーバンドを招聘している日本のレーベルのもとを訪ねた。
「海朋森(Hiperson)遊一遊2024アジアツアー in Japan」大阪公演より 撮影:bhbhlionheart/ianthe_yang
2024年4月に、台湾出身で、中華圏を中心にアジア各国で人気のある周杰倫(ジェイ・チョウ)が2DAYSの来日コンサートを行い、収容人数およそ2万人の神奈川・Kアリーナ横浜を連日満員にした。同じく4月、中国の代表的なバンドのひとつ、万能青年旅店(Omnipotent Youth Society)が東京と大阪でライブを開催し、話題を呼んだ。さらに、4〜5月に行われた「叁缺壹 JAPAN Tour 2024 with 李志」では、ライブのために中国から日本に渡航する人も少なくなかった。
いくつかの会場に足を運んだ筆者の経験として、とても新鮮だったことがある。これらのライブで顕著だったのは、ライブに集まる観客の大半を中国語話者が占めていたことだ。日本に在留する中国人向けに特別なプロモーションが行われているのだろうか、それとも何か自然発生的なネットワークがあるのだろうか。前述の叁缺壹ツアーを主催し、中国からインディーバンドを招聘しているPANDA RECORDの喜多直人さんに、インタビューを申し込んだ。
interview and text by Miho Matsuda
喜多直人|KITA Naoto PANDA RECORD主宰。1972年生まれ、千葉県佐倉市出身。1994年、青山学院大学在学中に音楽活動を開始。1995年、バックパッカーとして中国、ネパール、インド、タイなどを約1年間にわたり巡る。2014年、中国の音楽を日本でリリースする「PANDA RECORD」を日本で創設。好きな食べ物は「蘭州拉麺」と「生姜焼肉定食」。
急成長を続ける中国の音楽シーン
PANDA RECORDは、中国のインディーロックを中心に、日本国内でディストリビューションを行うレーベルだ。レーベルオーナーの喜多さんは、20代に日本のインディーシーンでミュージシャンとして活動していた経験がある。その後、しばらく音楽から離れていたが、2012年ごろに昔の音楽仲間から、中国人女性アーティストの楽曲制作を手伝って欲しいと連絡を受けた。それが現在、PANDA RECORDがディストリビュートするアーティスト、程璧(チェン・ビー)だ。その後彼女を通じてシンガーソングライターの莫西子诗(モーシー)と知り合いになり、中国国内のライブハウスや音楽フェスを回るなかで、中国の音楽業界にネットワークを広げていった。
2020年と2021年に、中国の音楽業界の最大手である太合音乐集团(TAIHE MUSIC GROUP)と共同で、タワーレコードにて中国の音楽シーンを紹介するキャンペーン『CHINA Now』を行った。さらにコロナ後は、秘密行動(STOLEN)、橘子海(Orange Ocean)、李志(LI ZHI)、海朋森(Hiperson)など中国の人気ミュージシャンを招聘している。喜多さんが目指すのは、日本を拠点とした中国との文化交流事業を通して、世界をつなげる架け橋となることだ。
「学生時代にバックパッカーとしてアジアを横断したり、PANDA RECORDというレーベルを始めて中国のライブハウスやフェスでアーティストなどと接したりするなかで感じたのは、音楽とビールを共有できれば、国籍に関係なく友達になれるということです。特にこの10年で中国の音楽シーンは急成長しており、驚くほど魅力的なバンドが出現しています。中国の若い世代は、インターネットを通して欧米や日本を含むアジアの音楽シーンをかなり熱心にチェックしています。中国が音楽的に後れをとっていたのは昔の話。リアルタイムで、世界の音楽から影響を受けている隣国だからこそ、日本と中国は音楽を通じて文化を再共有できると感じています」
上:程璧が2014年にリリースした楽曲「思故乡」(ふるさとの意)のMV。等々力渓谷公園で撮影され、日本国内向けの配信。現在33万再生を数えている 下:2024年3月に東京と大阪で行われた「Orange Ocean JAPAN Tour 2024」(画像はPANDA RECORDのWeiboより。撮影:oozawaryuka/bhbhlionheart)
中国の音楽シーンの盛り上がりは、音楽市場の数字を見ても明らかだ。IFPI(国際レコード・ビデオ製作者連盟)の2023 グローバル・ミュージック・レポートでは、中国の音楽市場は現在、フランスを上回り世界第5位。2023年度の売上成長率は、前年比25.9%と躍進している。音楽市場の拡大は、音楽サブスクリプション・サービスの成長が要因のひとつだ。テンセント社の酷狗音乐(KuGou)、酷我音乐(Kuwo)、QQ音乐(QQ音楽)と、ネットイース社の網易雲音楽(ネットイース・クラウド・ミュージック)がシェアの大半を占め、さらに中国版TikTokである抖音(ドウイン)が若年層に大きな影響を与えている。
音楽熱の高まりは、急拡大するフェスの経済規模にも表れている。「2023年全国エンターテインメント市場発展概略報告」(中国演出行業協会)によると、2023年、観客動員数が2,000人を超える大・中規模コンサートと音楽フェスの興行収入が373.6%増(2019年比)の201億7100万元に到達した(約4,235億9,100万円/※1元=21円で計算)。北京や成都など各都市で開催される草苺音乐节(Strawerry Music Festival)には、今年も日本から平井大やCody・Lee(李)が出演。中国最大級のフェスのひとつ、泡泡岛音乐与艺术节(泡泡島ミュージック&アートフェスティバル 2024)には、欧州からFKJやHONNE、日本からはYOASOBIやGEZANが参加した。他にも、アジアツアーの一環として中国でライブを行う日本のアーティストが増加する一方、日本を訪れる中国のアーティストはまだまだ少数だ。
「PANDA RECORDが中国から招聘するのは、ライブパフォーマンスに定評があり、日本の音楽好きも反応するであろうバンドです。日本の音楽ファンの目に留まるように、ライブの対バンを重視しており、例えば、海朋森の東京のライブではDYGLというバンドをゲストに招きました。日本のDYGLファンと在日中国人の海朋森ファンが同じ会場でライブを共有してもらえたらという思いがあったからです。現在、中国から招聘するバンドのオーディエンスは、平均すると日本在住の中国人が7〜8割、日本人が2〜3割ほどですが、近い将来、日本と中国の観客が半々ぐらいになると良いなと期待しています」
上:6月14日に東京で行われた海朋森のライブ(画像はPANDA RECORDのXより。撮影:bhbhlionheart/ianthe_yang) 下:2021年に日本で「成长小说」をリリースした際のショートPV
ひとつのライブが訪日の動機に
PANDA RECORDが主催するライブの告知は、日本と中国、両方のプラットフォームで行っている。日本向けにはPANDA RECORDのホームページと、Instagram、X(旧Twitter)、YouTubeなど。中国向けには、Weibo(微博)と「Weixin(微信)」などが中心だ。
「いまのところ、SNSでの拡散が集客に結びついています。特に李志のライブはそれが顕著でした。告知はPANDA RECORDの公式サイトのみだったのですが、彼はここ5年ほどライブ活動を休止していたこともあり、Weixin(微信)を通して中国国内のファンにそのニュースが瞬く間に拡散されました。チケット販売開始と同時に、弊社HPのサーバーが一時的にダウンするほどの熱量でした」
「叁缺壹 JAPAN Tour 2024 with 李志」は日本の5都市を回るツアーだった。大阪・堂島リバーフォーラム(収容人数:約2,000人)、名古屋・ダイヤモンドホール(約1,000人)、福岡・UNITED LAB(約1,200人)、仙台・SENDAI GIGS(約1,500人)、東京・東京ガーデンシアター(約8,000人)というおよそ1万4,000枚のチケットが即完売だった。
2021年リリースの李志のベスト盤のPV
李志は1978年生まれ、中国・南京のシンガーソングライター。心に染みるブルージーな歌声が多くの人に支持され、中国インディーズ音楽シーンの象徴的な存在になっている。1万人規模の大型コンサートでもチケットが数分で完売するほど人気があるが、その影響力の強さのため、5年前から中国国内ではライブ開催が難しい状況だ。日本からはサブスクやYouTubeなどで李志の曲を聴くことができるが、中国国内では各種プラットフォームから李志の曲を探すことは困難だ。李志と喜多さんは以前から友人であり、コロナ前から日本ツアーの計画していた。コロナが明けて、実現したのが今回の「叁缺壹 JAPAN Tour 2024 with 李志」だった。
「あれほどアクセスが集中するとは予想していなかったので、どれだけ待ち望まれたライブなのかを実感した瞬間でもありました。今回は、日本の人たちに情報が届く前にチケットがソールドアウトしていて、観客の大半は中国の人たち。このライブのために日本に渡航してきた中国のファンも少なくありませんでした」
そこで何が起きるのか。通常の中国人アーティストによる日本でのライブは、在日中国人の観客がほとんどなので、ライブ会場でも混乱は起きないが、今回は中国から初めて来日する人も多く、日本語での案内が難しいため、ツアー初日の大阪で混乱が生じた。
「ツアー初日の大阪公演では通常のライブと同じく、日本人のライブスタッフを手配したのですが、それではその日の混乱が収まらなかったんですね。そこで、弊社の中国人スタッフが在日中国人の知人や留学生に声をかけてその後の各公演での案内を手伝ってもらったんです。おかげで、以降の公演会場の運営はスムーズでした。また、今回のツアーでは、来場者にYONDRという自動ロック付きの専用ポーチにスマホ・携帯を収納してもらいました。ライブに集中してもらうことが目的でしたが、もうひとつ、当公演の動画や画像が意図せぬ形で流布されることで起こる不測の事態を防ぐための策でした」
東京ガーデンシアターでは、チケット確認から会場案内まで、スタッフはすべて中国語話者。そのおかげで、スマホロックのやりとりもスムーズに進行した。観客は20〜30代の若い世代を中心に、仕事帰りであろうスーツ姿の人、小さな子どもを連れた家族、年配者のグループなど幅広い層だった。ライブが始まり、ステージ上にバンドメンバーとともに李志が現れると、会場を揺るがすほどの大合唱が起きた。一緒に歌いながら泣いている人も、肩を寄せ合うカップルも、子どもを肩車している家族もいる。当日は、日本語と中国語で歌詞を表記した小冊子が配られたが、ほとんどの人は歌詞を暗記しているのだろう。冊子を広げているのは見渡す限り自分だけだった。
上:4月27日「叁缺壹 JAPAN Tour 2024」仙台公演 下:5月2日「叁缺壹 JAPAN Tour 2024」東京公演。東京ガーデンシアターを埋め尽くす李志のファン(共にPANDA RECORDのXより。撮影:高原)
「李志のライブは、あらゆる面で特別な経験でした。コロナ明けのいくつかのライブを通して、着実に日本の音楽ファンにも中国の音楽が届き始めている感覚があります。これからも中国のミュージシャンのディストリビューションやライブを増やしていこうと思っていますが、その前に、僕自身がライブを見なくちゃダメなので、しばらく中国に滞在したいと考えています。
李志は南京で「1701 MUSIC PARK」という大型ライブハウスを含めた音楽複合施設を運営しているんですが、中国の素晴らしいアーティストたちが毎夜出演しているんです。そこで出会ったいいバンドを、日本に紹介できたら。また、秘密行動や海朋森の拠点である四川省・成都にもいいライブハウスがあって、そこを中心にバンド文化が形成されているんです。やっぱり紹介したいバンドがたくさんあるので、これからはより日本の音楽ファンのみなさんにも注目してもらえたらと思っています」
喜多さんによると、中国からアーティストを招聘するにあたって、ひとつ懸念があるとすれば、アーティスト側とライブ会場側の音響や照明などに関する技術共有だそうだ。PANDA RECORDには中国語とテクニカル面に堪能なスタッフがいるが、今後、中国のミュージシャンのライブが増加するにあたり、その2点に堪能な人材を日本国内で確保することが急務になるだろう。
音楽市場として、日本は世界2位であり、中国は世界5位。日本と中国は主要な音楽プラットフォームは異なるが、大きなマーケットをもつふたつの国がライブを通して交流を深めることで、東アジアの音楽市場の活性化や新たなシーン創出の大きな可能性を秘めていることは間違いない。
次週7月16日のニュースレターは、東急プラザ原宿「ハラカド」内に4月にオープンした、5.5坪のファクトリー&プリンティングレーベル「COPY CORNER」をフィーチャーします。「プリント/コピー/印刷」を、日用品の価値を創造・再定義する手段として捉えるという、5.5坪のスペースが目指すものとは。お楽しみに。