ゲームクリエイターに"担当編集"? 講談社・集英社のキーパーソンが語るゲームの未来【無料トークイベント開催】
日本を代表する出版社として約100年にわたり、漫画や小説などのカルチャーを牽引してきた講談社と集英社。インディゲームの隆盛に伴い、創業以来培ってきた"担当編集"というケイパビリティを携え、ついにゲーム分野への参入を果たした。彼らはどのような希望と勝算のもとにゲームの世界に飛び込んだのか。2社のキーパーソンに徹底取材した。
Photo by Kaori Nishida
A〜Zの計26個の関連キーワードを切り口に、多様に拡張しつつ進化/深化するゲームから現代社会を見つめる『WORKSIGHT[ワークサイト]22号 ゲームは世界 A-Z World is a Game』。本誌の刊行記念イベントとして、講談社ゲームクリエイターズラボのチーフを務める片山裕貴氏と、集英社ゲームズで執行役員/経営管理・マーケティング統括を務める森通治氏を招き、3月2日(土)にトークセッションを開催する。
片山氏と森氏は、本誌の企画「Japanese Indie:講談社と集英社とインディゲームの明るい未来」に登場。漫画・小説などのコンテンツで培ってきた”担当編集”という特異なケイパビリティを活かし、ゲームクリエイター支援に尽力する2社の取り組みやその手応え、ゲームというメディアの特性などについて語っている。
今回はイベント開催決定を記念し、本誌掲載のインタビュー記事を特別公開する。イベント前にぜひ目を通してほしい。
Japanese Indie
講談社と集英社とインディゲームのあかるい未来
Interview & Text by Koji Fukuda(WORKSIGHT)
日本を代表する出版社2社が「ゲーム」の世界に参入する。編集者と作家が二人三脚で「漫画」というグローバルコンテンツを生み出してきた講談社と集英社が活路を見いだすのは、インディゲームを含む「ゲーム」の領域だ。その勝算について担当者に尋ねた。
世界に負けない文化をつくる
「出版不況」と叫ばれるようになり久しい。そうした状況のなかで、講談社や集英社の業績はともに絶好調だ。この好調ぶりには、デジタルコンテンツやライセンスの事業が大きく寄与している。一部の出版社はいまや、単に紙の本を出版する企業から変貌しつつあるのだ。
出版社が取り組む新しい流れとして、集英社は「集英社ゲームズ」、講談社は「ゲームクリエイターズラボ」を立ち上げ、「ゲーム」に注力し始めている。
講談社が2020年9月にスタートした、ゲームクリエイターに担当編集が付き制作支援金を支給するプログラム「ゲームクリエイターズラボ」の応募数は延べ3000件を超え、集英社が2021年4月に開始したクリエイター同士が交流できる「ゲームクリエイターズCAMP」の登録者数は6500人を超えているという。
(上)講談社によるインディゲームクリエイター支援プロジェクト「ゲームクリエイターズラボ」。キャッチフレーズは「年間1000万円支給しますから、好きなゲームを作りませんか?」。インディゲームクリエイターに”編集担当”をつけ、 制作支援からパブリッシュ、 国際展開や二次展開までをサポートする。(下)集英社のクリエイター向けコミュニティサービス「ゲームクリエイターズCAMP」 。ゲームクリエイターを中心に、漫画家、小説家、映像作家、イラストレーター、サウンドクリエイターなど、ゲーム開発に関連する様々なジャンルのクリエイターとその卵たちのコラボレーションを支援する
「Unity」や「Unreal Engine」のようなゲームエンジンがコモディティ化したこと、「Steam」などのゲーム配信プラットフォームが登場したことで、ゲームをつくるクリエイターの数はますます増加している。こうした状況から新しいイノベーションが生まれていくのではないかと、集英社ゲームズの執行役員の森通治さんは語る。
ゲーム業界はいま、少人数、もしくはひとりでゲームをつくって、それをそのまま売ることができる時代に変わった面白いタイミングで、だからこんなに盛り上がっているんだと思います。僕は新卒でAppleに入社しました。当時は、ちょうどiPhoneが登場し、開発環境がオープンになったタイミングでした。それ以前のガラケーの時代では、ガラケー向けのサービスは特定の会社しか開発できず、審査を通ったものしかサービスが展開できない時代だったのが、パソコン1台でアプリケーションをつくって、誰でもApp Storeで発売できる時代になった。そこから一気に色々なサービスやスタートアップが生まれ、そしてソーシャルゲームが生まれるイノベーションが起きたわけですよね。それに近い状況がいまのゲーム業界で起きているんだろうなと思い、新規参入することを決めました。
集英社ゲームズは、ゲームクリエイターとパブリッシャーを繋げるプラットフォーム「Game Pitch Base」の無料β版の提供を2023年12月に開始した。国内で長らく活動してきたゲームパブリッシャーに加え、講談社ゲームクリエイターズラボも名を連ねる、企業の垣根を越えたプラットフォームとなっている。
業界にお金が流れることで、日本のゲーム業界は必ず盛り上がる。小規模なゲーム開発は日本人が得意な領域なので、世界に負けない文化になるはずです。
2022年2月設立の「集英社ゲームズ」は、「ゲームクリエイターズCAMP」等のゲームクリエイター向けのプラットフォーム運営のほか、クリエイターへの開発投資事業や国内外のゲーム企業との共同開発事業など、複数の事業を手がける。執行役員/経営管理・マーケティング統括の森通治さんは、2019年に新規事業開発室へ異動し、ゲーム事業を始めた。Photo by Kaori Nishida
いま手塚治虫が生きていたなら
集英社・講談社の両社がゲーム事業に参入するにあたって重視しているのが「作家性」だ。これには、若い世代が漫画や小説ではなく、ツールのコモディティ化によりゲームを表現手段として選ぶようになってきているという背景がある。
講談社から発売された「違う冬のぼくら」の作者であるところにょりさんはもともと小説家志望だった。また、集英社ゲームズの「シュレディンガーズ・コール」を開発するAcrobatic Chirimenjakoのメンバーのなかには劇作家として活動していたメンバーもいるという。このように、さまざまなバックグラウンドをもったクリエイターたちがゲームを開発している。今後はメディアの垣根がなくなり、そうした状況のなかから新しい作家性が生まれるのではないかと講談社ゲームクリエイターズラボの鈴木隆介さんは話す。
クリエイターズラボの部長がよく言っているのが、いまの時代に手塚治虫に匹敵するような才能が出てきたら、果たして漫画を描くだろうか、ということ。ゲームをつくるかもしれないし、もしかしたらラップをやるかもしれない。そういう作家性をもつ人やモヤモヤを抱えた人たちがそれを昇華する手がかりとしてゲームはもっと大きくなっていくと思います。
日本の漫画は集英社「ジャンプ」や講談社「マガジン」などの定期刊行誌に支えられており、これは世界的にも珍しい仕組みだという。編集者と漫画家が一緒になって数々の作品を生み出してきた土壌があるのだ。そしてゲームの世界においても、これは強みとなりうる。なぜなら漫画とインディゲームには共通点があるからだと講談社ゲームクリエイターズラボのチーフ、片山裕貴さんは話す。
インディゲームは、ミニシアターや漫画のような生まれ方をしていて、個人の才能を凝縮した作品が多く存在しています。世の中には色々なエンターテイメントがありますが、小説や漫画の特徴は「作家が決定する部分の大きさ」にあり、インディゲームもそれに近いと思っています。
2021年6月に講談社で生まれたR&D部署「クリエイターズラボ」内の1プロジェクト、ゲームクリエイターズラボに所属する鈴木隆介さん(左)、片山裕貴さん(右)。ゲームクリエイターズラボは、インディゲームクリエイターが作品制作に打ち込める環境とサポート体制を提供し、完成したゲームを世界中へ発信している。鈴木さんはもともと漫画の編集者として活躍しており、片山さんは講談社内で一番ゲームに詳しいということでゲーム事業に関わることになったという。Photo by Takuroh Toyama
新しいストーリーテリングへ
現在活躍している漫画家は、子どものときからゲームに触れてきた世代だ。例えば、現在ジャンルとして隆盛している「異世界転生もの」は「ドラゴンクエスト」のようなRPGを源流としている。このようにゲームと漫画は異なるメディアでありながら、影響を与え合ってきた。その一方で、講談社の鈴木さんは、ゲームのあり方がかつてとは異なるものになってきており、それに大きく影響を受け若い世代のつくるゲームも変わってきているという。
いまの若い人たちにとってのゲームは「Minecraft」のように内容に介入できるものなんです。昔のゲームは正解があって、それを探すものでした。ですが、いまのゲームは常にアップデートされるし、自分でカスタマイズもできる。結果、「カスタマイズできるなら自分でもゲームをつくれるのではないか」と考えるようになる。その影響からか、いまのゲームはよりインタラクティブ性が強くなっていると感じます。若い世代がつくるゲームは自由度が高いことが当たり前になっています。
また、こうした「インタラクティブ性」の高まりはゲームのシステムだけではなくシナリオのつくり方にも影響していると講談社の片山さんは語る。
ゲームでは環境型のストーリーテリングが可能です。プレイヤーが色々なものを調べて選択を行い、だんだん謎を浮かび上がらせていく。漫画や小説だけではできなかったストーリーテリングを開拓していけるんです。このような直線的ではないシナリオが、今後より求められるようになってくると思いますが、これはYouTubeなどでVTuberやゲーム実況が流行していることとも関係していそうです。ゲーム実況のなかでは、直線的なシナリオのものはすぐに消費し尽くされてしまいます。メディア環境とコンテンツが変化していくなかで、プレイヤーが介入できる余地がどんどん広がっているからこそ、考察をするという楽しみも含めて介入できる作品が好まれるようになってきているのではないでしょうか。
さらに、こうした状況の変化に対して、「違う冬のぼくら」によって、漫画や小説とは異なる作家性の発露があることに気づいたとも話す。
「違う冬のぼくら」は2人プレイ専用のゲームです。このゲームのテーマは「自分が見ているものが他の人にも本当に同じように見えているのか」です。過去に漫画や小説でもこうしたテーマはあったと思いますが、このゲームのすごいところは、このテーマをストーリーやキャラクター造形を通してだけではなく「ゲーム性」において表現しているところなんです。
また、Steamなど、作品を配信しやすい環境が整備されたことによって、ゲームは小説や漫画と比べて圧倒的にグローバルへの展開可能性が高くなったのも事業としては魅力だ。これまで「漫画」を通して、その文化をグローバルに広めることに貢献してきた出版社が、ゲームの世界的な隆盛に可能性を見いだすことで、いずれ出版社の枠を飛び越え、最終的にはディズニーのような総合エンターテイメント企業へと変貌していくかもしれない。編集者と漫画家の二人三脚でグローバルヒットを生み出してきた出版社が、ゲームという大海原で、どのような針路を見いだしていくことになるのか、いよいよ楽しみだ。
「違う冬のぼくら」のゲーム実況動画。(上)ANYCOLOR株式会社が運営するVTuber/バーチャルライバーグループ「にじさんじ」所属の不破湊さん・三枝明那さんによるゲーム実況。(下)人気ゲーム実況者「兄者弟者」の弟者さんと、ゲストの三浦大知さんによるゲーム実況
※本稿は『WORKSIGHT[ワークサイト]22号 ゲームは世界 A–Z World is a Game』の転載記事です。記事の内容は発行日である2024年1月31日時点のものです。
【イベント案内】
トークセッション「講談社と集英社が描く、インディゲームの未来」
日本を代表する出版社は、なぜゲームの世界に参入したのか。本誌掲載のインタビュー記事「Japanese Indie:講談社と集英社とインディゲームの明るい未来」を紐解きながら、漫画とゲームにおける編集の違い、IP戦略への視点など、出版社ならではのゲームトークを繰り広げます。
ゲーム開発者の方、「ゲームの編集者」というお仕事に興味のある方、IPビジネスに関心のある方、大企業での新規事業立ち上げについて知りたい方など、奮ってご参加ください。
■日時
2024年3月2日(土)18:00〜19:30
■会場
コクヨ・サテライト型多目的スペース「n.5(エヌテンゴ)」
東京都世田谷区北沢2-23-10 ウエストフロント1階
※オンライン配信あり
■出演
片山裕貴(講談社ゲームクリエイターズラボチーフ)
森通治(集英社ゲームズ 執行役員/経営管理・マーケティング統括)
山下正太郎(WORKSIGHT編集長/コクヨ ヨコク研究所・ワークスタイル研究所 所長)
若林恵(WORKSIGHTコンテンツ・ディレクター/黒鳥社 コンテンツ・ディレクター)
■チケット
無料
【新刊案内】
photo by Hironori Kim
書籍『WORKSIGHT[ワークサイト]22号 ゲームは世界 A–Z World is a Game』
「21世紀はゲームの時代だ」──。世界に名だたるアートキュレーター、ハンス・ウルリッヒ・オブリストが語ったことばはいま、現実のものとなりつつある。ゲームは、かつての小説や映画がそうであったように、社会を規定する経済的、政治的、心理的、そして技術的なシステムが象徴的に統合されたシステムとなりつつあるのだ。それはつまり「ゲームを通して見れば、世界がわかる」ということでもある。その仮説をもとにWORKSIGHTは今回、ゲームに関連するキーワードをAからZに当てはめ、計26本の企画を展開。ビジネスから文化、国際政治にいたるまで、あらゆる領域にリーチするゲームのいまに迫り、同時に、現代におけるゲームを多面的に浮かび上がらせている。ゲームというフレームから現代社会を見つめる最新号。
書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]22号 ゲームは世界 A–Z World is a Game』
編集:WORKSIGHT編集部(ヨコク研究所+黒鳥社)
ISBN:978-4-7615-0929-3
アートディレクション:藤田裕美
発行日:2024年1月31日(水)
発行:コクヨ
発売:学芸出版社
判型:A5変型/128頁
定価:1800円+税