植物とアフリカ。取材をした。足元を見つめ直した【編集部の声 #1】
7月のリブートから1ヶ月。「WORKSIGHT」でこれまで配信した2本の企画の取材後記を編集・執筆担当者が綴り、現場で得た学びや気づきをシェアします
7月5日にリブートした新生「WORKSIGHT」。7~8月にかけて配信してきたニュースレター「ケアしケアされる植物と私たち」「『共生先進社会』アフリカに学ぶ 」の取材にあたり、WORKSIGHT編集部が感じたこと、記事に込めた想い、入りきらなかった情報など、自由に書き綴っていきます。本編と合わせて、ぜひご一読を。
photograph by Yuri Manabe
「何かのために」がない瞬間を|古谷仁
【担当記事】ケアしケアされる植物と私たち|前編・後編
緑、光、土、風。屋内だけど外にいるような空気感……。
東京・田町にあるプランツショップ「REN」は、植物にも人にも、過ごしやすい空間になっていた。入るとまず観葉植物たちに迎えられる。基本的には白配色の壁床で緑がイキイキと見えてくる。そして奥の方に進むと、これから診断やケアされるであろう草木が並んでいる。一般的なショップにあるような「売られている」気配はなく、隣同士の草があたらないように、なんとなく間隔を保ちながら配置されていて「親切さ」「丁寧さ」を感じる風景だった。
今回僕たちは、代表・川原伸晃さんに「人のこころと植物〜人はなぜ植物をケアしたがるのか〜」というテーマでお話を伺いにRENへ足を運んだ。感染症の蔓延以降、多くの人は「生活」を真摯に見つめ直す時間が増えて、そのお供に植物を購入する人も増えたらしい。水やりをしたり土をいじったりしながら、僕たち自身が癒されるという感覚はなんとなくわかる。枯らすと落ち込むことも往々にしてある。そんな植物と人の相互的な関係に、「ケア」というキーワードが重要なのではないだろうかという大きな問いに、(もともと1時間の予定だったが)2時間半もかけて語り尽くしてくれた。いけばなから観葉植物、植物の診断から弔い、縄文杉から猫まで、さまざまな切口では対話は展開されたが、単なる植物愛護や実用的利用ではなく、植物とどのように愉しい関係を結ぶかという「園芸文化」を勃興させていきたい川原さんの想いを浴びる取材だった。
川原さんとの対話を踏まえて植物との関係をあらためて考えると、僕たち自ら「つい」「ふと」ケアをしたがる行為が尊いのではないかと察する。他者を歓待する態度や利他的に振る舞うことが、僕たちを豊かにしてくれるフックになるのかもしれない。そのフックこそ「生活」という日常の生の中にあるのではないだろうか。現代に生きる僕たちは(利己的な)実利や生産性にとらわれて都市での生活を営んでしまいがちだけど、生活ルーティンこそにある「何かのために」が失効した、ただそこにある存在を気遣ってしまう、大切にしてしまう、親切に触れたいと思う瞬間を、より敏感により執拗に感じ取っていきたいと思う。
古谷仁|Jin Furuya
WORKSIGHT編集員/株式会社リクルート・戦略統括室 制作ディレクター/ラジオ「ただいま発酵中」編集者/ 「ripple room」代表・ディレクター
photographs by Jin Furuya / Kaho Torishima
港区三田の閑静な住宅街に建つ「REN」。たくさんの植物が並ぶ明るく広い店内で、代表の川原さんは植物と人のこころの関係について濃密なお話を繰り広げてくださった。写真上は、店長の川原さん、写真家の間部百合さん、そして編集担当の古谷。写真下は、川原さんと古谷のツーショット。
「人間観」から問い直そう|工藤沙希
【担当記事】『共生先進社会』アフリカに学ぶ|前編・後編
異なる他者との共存に摩擦や揉め事は付き物だ。以前私は賃貸物件の契約の折、提示された条件が噛み合わず大家と揉めまくったことがある。管理会社を介さない物件なので、面倒くさいことに自分が交渉の矢面に立つしかなく、年代も生まれ育ちも価値観もおよそ自分と共通するものが無いように思われる大家との真剣勝負は一時間に亘った。へとへとになった末に何とか互いに納得できる結論に落ち着いたのだが、妙なことに腹を割って話したその一件以来、大家とはお互いに癪な気持ちも抱きつつ、これから住まいを介して付き合っていく人間として何となく認め合っているような感覚がある。
聞くところによると、アフリカ社会のローカルな会合には、「パラヴァ―(palaver:"おしゃべり"の意)」という裁判や刑罰に頼らない個別の当事者同士の問題解決の方法があるそうだ。もしかすると、私が大家との激論の後に感じた不思議な共存の感覚のヒントはアフリカにあるのかもしれない。ぜひアフリカ社会の会合に詳しい人類学者にお話を伺ってみたいと、京都大学を退官後、総合地球科学研究所の特任教授をされている松田素二先生の下を訪れた。
早速パラヴァ―についてお伺いしたいのですが...…と息まく我々をいなし、松田先生が懇々と現地のフィールドワークでの体験と共に語ってくださったのは、パラヴァ―などの問題解決の手法以前のお話だった。 こうした協働と交渉が行われる社会の根底には、アフリカ独特の人間観「ウブンティズム」が流れているという。
興味を惹かれるのは、イヴァン・イリイチが提唱した西洋近代的な自律した個人を前提とするコンヴィヴィアリティ(自立共生)という概念に対し、カメルーン出身の人類学者であるフランシス・B・ニャムンジョが述べたこのアフリカの「ウブンティズム」的人間観は、主体が集合的かつ不完全であることを前提としていることだ。
実際、現代において自律的な「市民」同士が互いのシティズンシップを尊重し合うという展望は、遠くの山の霞を見るように儚いものになっているのではないか。思いがけず、西洋近代的視座の基に「"自律"協働社会」を唱えて探索していた自分たちを足元から揺るがす視点を松田先生から授かることができた。人間観そのものから自律協働を問い直すのが私たちの次の仕事になりそうだ。
工藤沙希|Saki Kudo
WORKSIGHT編集員/コクヨ株式会社 ヨコク研究所/ワークスタイル研究所
photographs by Naohiro Kurashina / Jin Furuya / Kaho Torishima
京都・北区の奥まった敷地内の総合地球環境研究所で、穏やかな語り口で取材に応じてくださった松田先生。緑あふれるお庭で先生と記念撮影。写真上・中は、松田先生とWORKSIGHT編集部の古谷・鳥嶋。編集担当の工藤はオンラインで取材に参加。写真下は、写真家の倉科直弘さんとともに。
快く取材を受けてくださった「REN」代表の川原伸晃さん、総合地球環境学研究所 特任教授の松田素二先生に心からお礼申し上げます。ありがとうございました。 たくさんの学びが詰まった必読インタビューです。まだお読みでない方はぜひ。