科学はフェイクで、魔術がリアル?:大学で「魔術とオカルト科学」を学ぶ意義
2023年8月よりアメリカ・サウスカロライナ大学で、今年9月からはイギリス・エクセター大学でもスタートする「魔術とオカルト科学」(Magic and Occult Science)の学位プログラム。超自然科学的なものとして敬遠されがちなものでもある「魔術」「オカルト」の本来の定義、そして現代にこれを学ぶ意義について、サウスカロライナ大学で教鞭をとるマシュー・メルヴィン=クーシュキー准教授に尋ねた。
TikTokの「#witchtok」の検索画面のスクリーンショット。witchtok(ウィッチトック)は、TikTokを使って呪文を共有したり、神話について学んだり、同じ信仰をもつユーザーがつながったりするサブカルチャーである。フェミニズムやポップカルチャーの文脈では、魔女は女性の自立の象徴として扱われ、注目を集めている
『RITUAL:人類を幸福に導く「最古の科学」』(ディミトリス・クシガラタス著、晶文社)によれば、人類が定住したのは農耕を始めたからではなく、大規模な儀式を行うためであったという説があるという。現代でも、多くの一流のアスリートは「儀式」を好み、迷信的な行為を自身のパフォーマンスを引き出すために行っていることが知られる。このように半ば非合理的に思える、いわばオカルト的な営為は古代からわたしたちの生活のあちこちに見られるものだ。
The New York Timesの記事によれば、コロナ禍で超常現象を信じる人が増えたという。また、日本では疫病を鎮める力をもつ江戸時代の妖怪「アマビエ」が流行したことも記憶に新しい。経験したことのないような事象に遭遇した人びとは、世界を見る視点のひとつとしてオカルトの存在を強く感じるようになるのかもしれない。
そんななか、2023年8月よりアメリカ・サウスカロライナ大学、2024年9月からはイギリス・エクセター大学でも「魔術とオカルト科学」(Magic and Occult Science)の修士・博士課程が設けられることになった。現代社会でオカルトを学ぶ意義とは。サウスカロライナ大学で同プログラムを受けもつマシュー・メルヴィン=クーシュキー氏に話を聞いた。
interview & text by Koji Fukuda
edited by Sayu Hayashida
マシュー・メルヴィン=クーシュキー|Matthew Melvin-Koushki サウスカロライナ大学准教授。現在のイラン周辺で14世紀に栄えていたティムール朝、その後に勃興したサファヴィー朝と19世紀までのペルシアにおけるオカルト科学に焦点を当てた、近世イスラム文化の歴史を専門とする。X(旧Twitter):@mmelvink
「魔術という言葉は好きじゃない」
「”魔術”の修士号がほしい? それならサウスカロライナ大学へ!」──コロナ禍の2022年11月、北米初となる「魔術とオカルト科学」(Magic and Occult Science)の修士課程プログラムの開講がX(旧Twitter)で告知された。
世界史、宗教史、科学史などの歴史的観点から、魔術がこれまでどのように社会や科学に影響を与えてきたかを学ぶ本プログラム。教鞭をとるのは、近世イスラムの帝国史およびインテレクチュアル・ヒストリー(人文学の用語で「知の営み」についての歴史学を指す)を専門分野とし、オカルト科学やオカルト人文主義、近世ペルシャ世界、科学と帝国の脱植民地史などを研究してきたマシュー・メルヴィン=クーシュキー准教授だ。プログラムを告知した当時の心境についてこのように振り返る。
「魔術とオカルト科学はもともと研究テーマとして掲げていた内容だったものの、このプログラムをアナウンスしたときは非常に驚きました。瞬く間にバイラルとなり、TikTokでも拡散されたのですから。そのおかげでプログラムを実現することができました。いまは8人の大学院生が在籍し、魔術について学んでいます。
当時、SNSでバイラルになったことだけではなく、世界中から出願があったことにも非常に驚きました。学生たちのなかには、シベリアのシャーマニズム、日本のお参りや巡礼、ヨーロッパに伝わる魔術、イスラム教やユダヤ教などの宗教、AIのような現代技術などのテーマに取り組んできた学生もいました。プログラムには科学史、宗教史、世界史などが含まれ、これらを組み合わせることが可能なのですが、そもそも『魔術とオカルト科学』というテーマは、学生らが研究したいと考える多様なテーマを包括するようなものなのです。まるで傘のようにね」
マシューが「魔術とオカルト科学」を告知した投稿のスクリーンショット。2024年3月18日現在で6000以上の「いいね」がついている
同様のプログラムはイギリスのエクセター大学でも2024年9月より開講される予定で、 20名ほどの学生が入学を控えているという。また、アメリカやヨーロッパを中心として国際的なネットワークの構築・拡大を目指しているほか、修士にとどまらず博士課程、そして博士研究員(ポストドクター)のポジションも提供できるよう計画中とのことだ。
このような人気の背景には、コロナ禍の不安定な社会情勢を起因とするオカルトブームがあるとの見方が強い。2021年4月6日付のFinancial Timesの記事「WitchTok: how the occult became big online」(ウィッチトック:オカルトはいかにしてネット上で大流行したか)では、TikTokで「#witchtok」のハッシュタグが付いた動画が110億回以上視聴されていることを伝えたほか、2023年10月13日付のThe New York Timesの記事「A U.K. University Will Confer a New Title: A Master’s Degree in the Occult」(イギリスの大学が新たな学位を授与:オカルト学の修士号)では、魔術やスピリチュアリズムの文献を専門に扱うロンドンの書店「Treadwell's」の創業者が「知り合いの魔女の多くが(エクセター大学への)入学を考えている」と語ったことを報じている。
2003年創業の「Treadwell's」。オカルト、魔術、西洋秘教(エソテリシズム)などの書籍を取り揃え、関連テーマを扱うレクチャーシリーズも実施している
とはいえ、大学におけるアカデミックな学びと、「魔術」「オカルト」といった言葉がもつ一般的なイメージが結びつかない人も多いのではないだろうか。魔術(あるいは魔法や呪術など)は超自然的な能力として、オカルトもまた心霊現象や未確認生物などの超自然的な体験として、近代の自然科学と対抗するものと捉える人も多く、「疑わしい」「胡散臭い」といったネガティブなイメージをもつ人もいる。
このプログラムにおける「魔術」「オカルト」とはいったい何を指すのか。マシュー氏に尋ねたところ、少し意外な答えが返ってきた。
「まず前提として、プログラムに”魔術”という言葉を使ってはいるものの、実はわたしはその言葉自体あまり好きではありません。大学や科学史ではネガティブな意味合いで使われることが多いですし、ヨーロッパでは魔女狩りを連想させるような言葉でもあります。非常に難しい言葉だということは、みなさんもおわかりになると思います。
これはわたしの理解ではありますが、このプログラムにおける”魔術”をより正確に表現するとすれば精神物理学(Psychophysics)だと考えています。つまり精神と身体との相互作用(Mind-Matter Interaction)ですね。そして、それが精神と身体が相互に影響し合うものである以上、物理学に限らず医学や数学、建築学や情報工学など多くの分野が包括されるものであると考えています。
また、”オカルト”という言葉に関して言えば、日本ではどうかわかりませんが、少なくとも英語圏でそれは”魔術”と同じような意味に捉えられます。でも、オカルトとは単に”目に見えない”ということなのです。そもそも科学とは可視情報だけでなく、可視情報/不可視情報のどちらも扱うものです」
例えば宇宙物理学では、仮説上の物質である「ダークマター」「ダークエネルギー」といった、現代の技術ではまだ直接観察できていない不可視情報を扱っている。また、医学では、いまでこそX線装置のように不可視情報を可視化する技術が普及しているものの、従来は可視な情報、つまり顕在化している症状から不可視な病気・疾患を診断してきた。心因性の病についてはいまなお同様だ。心理学についても「潜在意識という、意識の奥底にあるものを取り扱うという意味ではオカルトといえる」とマシュー氏は述べる。
そこでマシュー氏が言及した「精神物理学」(認知科学や工学の分野では「心理物理学」とも呼ばれる)は、ドイツの物理学者/心理学者であるグスタフ・フェヒナーが創始した学問で、物理的事象と精神的事象、つまり外的刺激と内的感覚の間の定量的関係を研究するものだ。測定法として「丁度可知差異法」「当否法」「平均誤差法」などが創案され、のちの実験心理学の成立に多大な影響を及ぼした。
このように精神と身体、心と物が相互作用するという点で、マシュー氏は「オカルト」についてこのように続ける。
「目に見えるもの、目には見えないものが存在し、それらが相互に影響し合っている。この考えは単に、わたしたちがこの世界をどのように認識しているか、そして、人びとがどのように世界に存在しているのかということに過ぎません。ですので、”オカルト”は一般的なイメージとしての魔術的なものではなく、わたしからすると普通の科学なのです。オカルトは、目に見えるデータから目に見えないものを推定する学問といえるでしょう」
(上)19世紀、X線検査を受ける少年の様子。不可視領域の可視化に成功し、医学の発展に寄与した。X線だけでなく、赤外線、紫外線などの「不可視光線」と呼ばれる電磁波は、そのほかさまざまな分野の研究に貢献してきた。Photo by clu/Getty Images(下)精神物理学の創始者であり、実験心理学の祖とされるグスタフ・フェヒナー(1801~1887)。精神と身体、心と物の定量的関係を明らかにしようとした。Photo by ZU_09/Getty Images
心と体をつなぐ技術としての「魔術」
歴史的に見ても、「魔術」は秘教の信仰など限定されたテーマを取り扱うものではなく、例えば「科学」「宗教」などの二面性を引き受けてきた。19世紀のオカルティストにして元聖職者であるエリファス・レヴィは著書『The History of Magic』のなかでこのように記している。
魔術とは、哲学におけるもっとも確実なるものと宗教における永遠にして無謬なものを結合し、単一の学問としたものである。それは一見すると対立するもの、たとえば信仰と理性、科学と信仰、権威と自由などを完全かつ疑問の余地なく和解させる。魔術によって人間精神は哲学的宗教的確実をもたらす器具を与えられる。その確実は数学がもたらす確実と同じ、数学ゆえの無謬と同じとさえいえる。
(『[黄金の夜明け団]入門:現代魔術の源流』チック・シセロ/サンドラ・タバサ・シセロ著, 江口之隆訳,ヒカルランド, p108)
エリファス・レヴィ(1810〜1875)は、魔術を高く評価した人物のひとりだ。カトリック教会の聖職者としての道を歩んでいたが、20代半ばで神職を辞し、儀式魔術師となった。40歳ごろからオカルトについて公言し始め、魔術、カバラ、錬金術、オカルティズムに関する著書を20冊以上残した。Photo by Culture Club/Getty Images
このような歴史を踏まえると、マシュー氏が先に述べた「精神物理学」的な性質、つまり、精神と物理という一見相対するものが互いに影響しながら存在しているという考え方は、決して新しい解釈ではなく、むしろ本来の魔術=科学の解釈ということになる。
「そもそも、科学と宗教が別のものとしてカテゴライズされるのは20世紀以降の動きなのです。これは現代で”魔術”を学ぶ重要性にもつながるところですが、”魔術”は、それが精神や心への作用も含まれるという点では、プロパガンダやマインドコントロールと密接につながっており、特にヨーロッパ諸国が世界を植民地化し、それを正当化するための武器として使われてきました。植民地開発において、科学知は支配・権力と強いつながりをもってきましたから。彼らは『わたしたちには科学がある』と言いながら、科学こそが現代的なもので、宗教は時代遅れのものだというイメージを伝えてきました。でも、それは言葉遊びのようなものに過ぎません。
今日の科学においてもまた、政治や大金が絡んでいることで多くのフェイクが生まれています。科学のすべてが間違っているとはいいませんが、7割ほどは怪しいのではないでしょうか。社会はおかしな方向に進んでいると思います。そして、人びとはもはや科学を信じなくなっています」
特にパンデミックは、科学に対する信頼の低下を招いた。The Wall Street Journalは2023年11月21日付で「Why We Don’t Trust Science Anymore」(科学が信用されなくなった理由)という記事を公開。これによると、科学者を「大いに信頼する」と答えたアメリカ人の割合は、2020年から23年にかけて16%減少した。その理由として、コロナ禍で起きた以下のような状況を挙げている。
アメリカ人が科学者を信頼しなくなった最も大きな理由は、権力の乱用である。パンデミックが発生したとき、医療関係者やその他の科学者たちは、かつてないほどの権力を与えられた。アンソニー・ファウチのような選挙で選ばれたわけでもない役人たちが、公共政策に対する支配権を与えられ、アメリカ社会に損害を与えるような変更を実施したのである。アメリカ国民は、この権力の掌握が何であるかを認識し、その結果、科学界は苦境に立たされた。
さらに、一般の人びとがニュースや情報を収集するにあたり、ソーシャルメディアに依存していることにも起因しているという。コロナ禍で「インフォデミック」という言葉が広まったのも記憶に新しい。
このようなフェイクニュース、あるいはディープフェイクがつくり出すイメージに操られないためにも、「魔術」を勉強することは有益だとマシュー氏は話す。
「この場合、魔術は”IT(情報技術)”という言葉に置き換えられると思いますが、言葉やイメージを自分でちゃんとコントロールするためにも魔術の歴史、過去そして現在における精神と身体の関係を理解・研究することには意味があると思います。それは先ほども申し上げたように、人びとがこの世界にどのように存在しているかということであって、信仰とはまったく関係がないのです。今日では科学がフェイクで、魔術がリアルとさえ言えると思います」
最後に改めて、卒業生の進路を含め、「魔術とオカルト科学」プログラムに参加することの意義を尋ねてみた。
「”魔術”に関するアカデミックな仕事はほとんど存在しないのが実情で、学生たちがどのようなキャリアを積むことになるかはわかりませんが、サウスカロライナ大学では史学の学位が与えられますので、研究者や教員はもちろん、一般職に就くことも可能でしょう。エクセター大学では演劇の学位を取得することができるので、ダンスや演劇の道へ進むことも可能です。どんなキャリアに進むのかは、何をしたいかによって人それぞれですが、どんな分野であれ、魔術を研究することは世界について新しいことを考えるきっかけになるはずだと信じています」
(上)2016年、「今年の単語(Word of the Year)」に選ばれた「ポスト・トゥルース」についても、マシュー氏は「間違いなく魔術の分野のひとつ」と語る。イメージや言葉といった情報、そしてアルゴリズムなどの情報処理手法を用いて、人びとの心にアプローチするものだからだ。(下)「イスラム世界のオカルト科学」をテーマに、秘教的実践研究のための研究ネットワーク「RENSEP」のインタビューを受けるマシュー氏
次週4月1日のニュースレターは、今年1月に開催したトークイベント「詩人チン・ウニョンに聞く『セウォル号事件の悲しみは詩で癒せるか?』」のレポート記事をお届け。セウォル号沈没事件という悲劇の”後”を生き、「文学カウンセリング」という実践も重ねる韓国詩壇の第一人者が、初めて日本のオーディエンスに語った思いとは。お楽しみに。
【書籍紹介】
Photo by Hironori Kim
書籍『WORKSIGHT[ワークサイト]22号 ゲームは世界 A–Z World is a Game』
「21世紀はゲームの時代だ」──。世界に名だたるアートキュレーター、ハンス・ウルリッヒ・オブリストが語ったことばはいま、現実のものとなりつつある。ゲームは、かつての小説や映画がそうであったように、社会を規定する経済的、政治的、心理的、そして技術的なシステムが象徴的に統合されたシステムとなりつつあるのだ。それはつまり「ゲームを通して見れば、世界がわかる」ということでもある。その仮説をもとにWORKSIGHTは今回、ゲームに関連するキーワードをAからZに当てはめ、計26本の企画を展開。ビジネスから文化、国際政治にいたるまで、あらゆる領域にリーチするゲームのいまに迫り、同時に、現代におけるゲームを多面的に浮かび上がらせている。ゲームというフレームから現代社会を見つめる最新号。
書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]22号 ゲームは世界 A–Z World is a Game』
編集:WORKSIGHT編集部(ヨコク研究所+黒鳥社)
ISBN:978-4-7615-0929-3
アートディレクション:藤田裕美
発行日:2024年1月31日(水)
発行:コクヨ
発売:学芸出版社
判型:A5変型/128頁
定価:1800円+税