良きアマチュアであること:街のセーフティネットとしての独立系書店の営み
アマチュアリズムを大事にしながら、札幌で担うべき役目を引き受けてきた書店は、いつしか街のみんなの「よろず相談所」になった。これからの街に必要なのは、もしかするとこんな場所なのかもしれない。
ゲストハウス、生活困窮者のためのシェルター、独立系書店、DVや終活などにまつわる相談所……。2014年に開業し、世界中の旅人に愛されてきた札幌のゲストハウス「UNTAPPED HOSTEL」が取り組んできた/取り組もうとしている事業や活動を並べると、その多様さに混乱する人もいるかもしれない。しかし、これはリアルタイムで起きていることなのだ。
コロナ禍での経営難、そして生活困窮者のニュースを見てゲストハウスをシェルターとして活用することを決意し、その後、別館の1階に街の人びとが集うことのできるスペースとして書店「Seesaw Books」をオープン。日々寄せられる相談に応えていくうちにリサイクル事業に着目し、今年は終活窓口の開設を目指しているという。
「最初は反射神経で動いていた」というオーナーの神輝哉さん。しかし、その眼差しは一貫して、愛する地元・札幌の内側へと向けられていることがわかる。街のなかで、街の人びとの苦しみから喜びまでを受け入れる、インディペンデントな存在。これはその営みに迫るインタビューだ。
interview by Kei Wakabayashi
text by Shintaro Kuzuhara
photographs by Ryoichi Kawajiri
神輝哉|Teruya Jin 1980年札幌生まれ。高校卒業後に上京し、4年半におよぶ出版社の営業職を含めた10年間の東京生活の後、結婚を機にUターン。2014年、UNTAPPED(=未開発の・まだ見つかっていない)な北海道を満喫する旅人のためのゲストハウス「UNTAPPED HOSTEL」を開業。2020年、コロナ禍で困窮する人のための避難施設・シェルターを開設。2021年に別館1Fを改修し「Seesaw Books(シーソーブックス)」をオープン。
よりインディペンデントな方向へ
──もともとゲストハウスを営んでいたところから、コロナ禍をきっかけにシェルターや書店をオープンしたという経緯があるとのことですが、コロナ禍はやはり神さんにとって大きな転機でしたか。
人生が変わりましたね。宿泊業1本でやっていたところ、新型コロナウイルス感染拡大の影響で売り上げがほぼゼロになりました。当時その状況のなかで、世間的には街の郊外や自然に向かっていく雰囲気があったのですが、わたしはそちらには向かいませんでした。
──それはどういう思いで?
コロナ以前の札幌では、古いビルが壊され、そこに新しいホテルが建てられ、地元の人びとに愛されていた店がどんどん街から追い出されていました。そのような開発競争が進む街中の光景と、ビジネスのために拓かれる郊外・自然の姿が、自分のなかでダブって見えたんです。誰かを批判したり否定したりしたいわけではないのですが、自分の選択としては、そちらに方向転換するのはしっくりきませんでした。
──個人的には、コロナ禍の働き方にも通ずるような考え方だなと。リモートワークが推奨され、都市への一極集中から分散型の動きに転じたように見えましたが、実は中央が拡大しているだけだったのではないかと思うところも。
そういうことかもしれませんね。多くの人が外へ広がっていくなかで、自分は内へ向かおうと思ったんです。いまいる場所ではないどこかを目指すのではなく、いまいるここで何ができるか……。自分が腹落ちする方向に進もうと考えていたとき、いわゆる「ネットカフェ難民」が問題になっていることを知りました。
── 一部地域ではインターネットカフェが営業自粛要請の対象となり、そこで生活していた人びとが行き場を失ったというニュースが話題になりました。北海道でも同じような状況が?
ニュースで見たのは東京でしたが、規模の差はあれど札幌でも同様の問題が起きるだろうと考えたんです。ゲストハウスの部屋はどうせ空いているのだから、誰かに使ってもらったほうがいいだろうと思い、札幌のホームレス支援団体を調べました。思いの外スムーズに話が進み、札幌市と半年間の契約が決まりました。
──契約ということは、ボランティアではなく、有償で?
そのとおりです。宿泊の受け入れと食事の提供に対して規定額があり、受け入れた人数に応じて札幌市から助成金をいただくことができました。
──契約が切れた後はどのように運営してきたんですか。
世の中には困窮者支援だけでなく、福祉事業に対しての助成金がさまざまあります。そういったものを活用させてもらいました。自力で頑張っていた時期もありますが、ずっと綱渡りの運営でした。
最初は反射神経で動いていたところもあるので、直接収益につながるとは思いませんでしたが、動いたら何かしら次につながるだろうと、ぼんやりですが、思っていました。
──その「とにかく動いてみる」という精神はゲストハウスを始めたときから?
自分で商売をしたいという思いは強かったと思います。加えて、若い頃からカウンターカルチャーに影響を受けてきたということもあると思います。バックパッカーとして旅や旅先での出会いに楽しさを見い出すなかで、「インディペンデント」「DIY」のようなキーワードに惹かれた原体験が、自分の深いところにいまも生き続けている部分はあるのだと思います。
──そのような価値観と、生活困窮者の支援という福祉の側面は少し距離があるように思いますが、そこはどうでしょうか。
そうでもないと思うのですが、いま振り返ると、大学の卒業論文で暴力論や差別をテーマにしたことも影響しているかもしれませんね。わたしが東京にいた2000年代は小泉政権下で、大音量で音楽を流しながら行進する「サウンドデモ」も行われていました。自分が先頭に立ったり熱心に活動したりしたわけではないのですが、そのような時代背景から社会問題に関心はありましたし、酒井隆史さんの『暴力の哲学』(河出書房新社)も興味深く読みました。
(上)ゲストハウス「UNTAPPED HOSTEL」、そしてシェルターを併設する「Seesaw Books」は北海道大学から徒歩5分ほどのところにある。(下)ゲストハウスではお馴染みのシェアキッチンの風景。冷蔵庫のそばのコルクボードには、音楽/カルチャースポット、クラブ、居酒屋など、札幌のおすすめの場所が色別に掲示されている
書店がもつ、ある種の公共性
──シェルターを開設した翌年に書店「Seesaw Books」をオープンされています。東京にいたときは出版社にお勤めだったそうですが、もともと本好きだったのでしょうか?
昔から好きでしたね。だからこそ本に近いところで仕事をしたいと思い、出版社に就職しました。とはいえ、入社した段階ですでに「ゲストハウスをやりたい」という気持ちはもっていました。そこで30歳のときに札幌にUターンし、2014年にゲストハウス「UNTAPPED HOSTEL」をオープンしました。
コロナ禍でシェルターを始めたときは、多少お金をいただけるとはいえ全体を賄うには到底厳しく、他に事業性のあるものを始めざるを得なかったんです。そこで、シェルターとして活用していた一軒家の1階が空いていたので、ここで何かできないかと考え、書店をスタートさせることにしました。まわりからはめちゃくちゃ反対されたんですけどね(笑)。
──どのようにして収益を確保しているんですか?
うちの場合は庭を使ってイベントをすることもできるので、書店としてだけでなく、貸しスペースとしても収益化を図っています。そもそも街の公園のような存在でありたいという願いを込めて、公園にある遊具の「シーソー」を店名に入れたので、イメージ通りではあるかもしれないですね(笑)。もちろん書店としては本を売りたいのですが、買わなくても出入りできる、気軽に立ち寄れるような雰囲気は大切にしたいです。とはいえ、商売としては本当に厳しいです。
──書店にはある種の公共性や開放感があるように思います。
不思議な場所ですよね。書店だけでなく図書館もですが、わたしはなぜか安心するんですよ。無限の情報があるからでしょうか。
──とはいえ、独立系の書店だと面積が限られる分、真面目な本から珍妙な本まで丁寧にセレクトしなければいけないと思うのですが、そこはいかがでしょうか。
多様さが安心をつくるのかもしれないと思う一方で、うちはヘイト本は置かないし、誰にでも来てほしいと思いつつレイシストは来てほしくないですし…… 例外はありますが、でもそれ以外はわりと何でもOKだと思っているので、なるべくいろんな本を置きたいですね。
(上)「自宅にある古本を売ってみたい」「自分でつくった本を販売してみたい」という人が参加できる「棚オーナー」のシステム。月額で棚を貸し出している。(下)古典名作文庫本を集めた棚。この「読まずに死ねるか!」文庫200選は、Seesaw Booksのnoteでも紹介されている
ヒントは街の相談のなかに
──ここからさらに「終活窓口」も始めようとしているとうかがいました。
突拍子もないと思われるかもしれませんが、実はそうでもないんです。書店をオープンするにあたってクラウドファンディングを使ったこともあり、「シェルターのなかにある書店」という特殊性は広く認知していただきました。そうすると自然と「よろず相談所」みたいになっていったんですよ。さまざまな相談が寄せられるなかで、例えば、生活保護を受けることになったので家賃上限を鑑みて引っ越さなくてはいけない人、生活保護を受けており家電を安くそろえたい人など、「片づけ」や「リサイクル」まわりの困り事を多くの人が抱えているとわかってきました。そこから、これはもしかすると事業性があるんじゃないかと真剣に考え始めたんです。
──たしかに、物理的な荷物の整理などは骨が折れますよね。
大変ですよね。子どもが巣立ってしまった独り身の方で、受け継がれてきた実家に住んでいる方となれば、思い出の数だけ物もたくさん蓄積しています。捨てることに勇気が必要な物もたくさんあります。もちろん、それを整理する作業自体も大変です。その片づけのサポートはもちろん、引き取った物を必要としてくれる人に届けたいとも思っています。
──引き取ってくれるなら、手放すことになっても少しは気持ちが軽くなるかもしれません。
そうですよね。家具はもちろん、古本、レコード、オーディオ…… いまご高齢の方はバブルを経験しているので、良い物を所有しているケースも少なくないんです。そういった物を引き取りつつ、他にも相続手続きの専門家につなげたり、家そのものの売却をサポートしたり、いろんな相談ができる場所として機能させていければと思います。
──その活動が注目され、全国から依頼者が殺到するかもしれないですね。
でも、ゴミの扱いは自治体に縛られているものなんですよ。必然的にローカルな商売になるので、むしろあまり手を広げすぎないようにしようと思っているんです。
商圏としてはローカルの範囲でやっていきたいものの、仲間は全国に増やしていきたいですね。昔からある街の書店って、駅前のいいところにあったりするじゃないですか。そこから地域の子どもたちの成長を見守って、街の人たちからの厚い信頼も得ているような場所。
──ありますね。
書店が街のなかでそういう場所として機能して、そこに終活窓口があったら、しかも全国のいろんな書店にあったら面白いんじゃないかと思うんですよね。だから全国に仲間ができればいいなと考えています。
(上)取材はまだ雪深い2月に行われた。ひんやりとした自然光が屋内の廊下や階段に差し込む。(下)引き取ったダイニングチェアや電子レンジなどが積み上がっている。さまざまな事業を手がけながらも、その眼差しは街の内側にあるニーズに向けられている
アマチュアリズムと「〇〇らしさ」
──ゲストハウス、シェルター、書店、終活窓口。一見バラバラのようですが、一通りお話を聞くとすべてつながっているように感じます。
まったく新しいことに取り組むときでも、過去を一切無視して始めることはできないと思います。わたしの場合は意識的に”韻を踏む”ようなイメージで道を選んできたところもありますから。それが多少の信頼につながっているように思います。
──バンドやユニット、あるいは音楽性を、その時代のニーズややりたいことと照らし合わせながらシフトチェンジし、持続性をもって活動していくアーティストにも通ずるところがあるように思います。
そうかもしれないですね。わりと自由に動ける雰囲気はありますし、スタッフも柔軟に対応してくれますし。ただ、誰かに説明するときには苦労します(笑)。一貫した企業理念みたいなものはないですし、わたしたちの活動を一言で言い表すのも難しいですし……。
──でも、ここまでお話を聞いたなかで、行動指針があるとすれば「内に向く」ということなのではないかと思います。それは現場のスタッフの皆さんもきっと身にしみて感じているから柔軟に対応してくれている。そうやって会社が存続するなかでいつしか「らしさ」のようなものが滲み出てきて、時間の経過とともにその濃度が高くなり、情報量も増えていくんじゃないかと。そうなれば、企業理念がなくても問題なく支持され、続けていけるんじゃないかと思います。
そうなれるまでどうにか生き延びなければ(笑)。なんせ小さな会社なので。
──多くのアーティストを生み出してきた名門レーベルでも、規模は小さいんです。例えばラフ・トレードのイギリスオフィスには10人くらいしかいないと聞きました。同時に、彼らはプロフェッショナリズムを求めるのではなく「良きアマチュアでありたい」という感覚をもっているそうです。
うちもプロフェッショナルには及ばないながらも、次々と新しいことをやってきたという感覚です。良きアマチュア…… もしかすると似たようなところがあるかもしれないですね。
──終活窓口の話がありましたが、他に展望などはありますか?
札幌のカルチャー・ヒストリーを1冊の本にまとめたいと思っています。札幌には、いい音で音楽を聴ける場所が非常に多くあるんです。音響哲学を追求し続けている先人もいます。これだけでどの場所を指しているか、わかる人にはピンと来るんじゃないかな。それはもしかすると、クラブカルチャーにとどまらず札幌という街の歴史そのもののような気もしていて。
──それ、めちゃくちゃ面白そうですね。
本のインタビュー自体は進めているんですけど、なかなか手が回らずちょっと寝かせてしまっていて……。でも、昔のことを知る人がいつまでも元気とは限らないし、なるべく早く実現できればと思っていますね。
地元札幌のフリーペーパーやユニークなZINE、イベントのフライヤーをはじめ、「聴覚障害者災害時支援パンフレット」など支援団体による発行物も置いている
次週3月26日のニュースレターは、いま世界各国で関心が高まっている「魔術」をフィーチャー。アメリカのサウスカロライナ大学では2023年8月より「魔術とオカルト科学」(Magic and Occult Science)の修士過程がスタート。また、今年9月からはイギリスのエクセター大学でも同様のプログラムが開始される。なぜ人びとはいま「魔術」や「オカルト」を必要とするのか。サウスカロライナ大学で教鞭をとるMatthew Melvin-Koushki教授にインタビューします。お楽しみに。
【書籍紹介】
Photo by Hironori Kim
書籍『WORKSIGHT[ワークサイト]22号 ゲームは世界 A–Z World is a Game』
「21世紀はゲームの時代だ」──。世界に名だたるアートキュレーター、ハンス・ウルリッヒ・オブリストが語ったことばはいま、現実のものとなりつつある。ゲームは、かつての小説や映画がそうであったように、社会を規定する経済的、政治的、心理的、そして技術的なシステムが象徴的に統合されたシステムとなりつつあるのだ。それはつまり「ゲームを通して見れば、世界がわかる」ということでもある。その仮説をもとにWORKSIGHTは今回、ゲームに関連するキーワードをAからZに当てはめ、計26本の企画を展開。ビジネスから文化、国際政治にいたるまで、あらゆる領域にリーチするゲームのいまに迫り、同時に、現代におけるゲームを多面的に浮かび上がらせている。ゲームというフレームから現代社会を見つめる最新号。
書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]22号 ゲームは世界 A–Z World is a Game』
編集:WORKSIGHT編集部(ヨコク研究所+黒鳥社)
ISBN:978-4-7615-0929-3
アートディレクション:藤田裕美
発行日:2024年1月31日(水)
発行:コクヨ
発売:学芸出版社
判型:A5変型/128頁
定価:1800円+税
【イベント案内】
ゲーム実況&トークセッション「『ゲームさんぽ』なむさんとオフィスさんぽ」
WORKSIGHT最新号の刊行記念イベント、第3弾が決定!
本誌掲載のコラム「Field Research ゲームさんぽ:ゲームという模擬社会を歩く」を寄稿した、人気実況シリーズ「ゲームさんぽ」の始祖・なむさんとともに、リアルタイムでゲーム実況をお届け。本誌編集長・山下正太郎が”オフィス設計の専門家”として参加し、広大な都市を再現したオープンワールドゲーム『Watch Dogs®: Legion』のなかの建物やオフィス、街並みなどを”ゲームさんぽ”します。
イベント後半では、ゲームさんぽの魅力や設計思想、さらには学びの場としてのゲームの可能性、実況動画を取り巻く権利関係の話など、本誌掲載のコラムを深掘りするトークをお届け。奮ってご参加ください。
■日時
2024年3月22日(金)19:00〜20:30
■会場
FabCafe Kyoto
京都府京都市下京区本塩竈町554
※ オンライン配信あり
■出演
なむ(ゲームさんぽ始祖)
山下正太郎(WORKSIGHT編集長/コクヨ ヨコク研究所・ワークスタイル研究所 所長)
若林恵(WORKSIGHTコンテンツ・ディレクター/黒鳥社コンテンツ・ディレクター)
■チケット
会場参加チケット:1,500円(税込)+ 1ドリンク
オンライン参加チケット:1,100円(税込)