消費の場から、生産の場へ:麻布台ヒルズから考える未来都市の条件
都市を生産の場へと変えていくことは、人びとの生活を取り戻し、つながりを生み出していくことなのかもしれない──麻布台ヒルズプロジェクトを推進した森ビル 都市開発本部の大森みどり氏と語る、これからの都市。
2023年11月に開業した麻布台ヒルズは、これまでにない都市開発のあり方を提示している。国際的建築家フレッド・W・クラーク氏、トーマス・ヘザウィック氏らによる設計や広大なマーケットフロア、名だたるラグジュアリーブランドの出店などさまざまな点が注目されているが、その特徴はオフィスや商業など異なる領域を統合し、人と人の交流を活性化させることにあるという。
東京のあちこちで再開発が進み新たな高層ビルが増えていくなかで、これからの都市はどんな価値を提供すべきなのか。麻布台ヒルズプロジェクトを推進してきた森ビル 都市開発本部の大森みどり氏と、全国各地の都市開発に携わってきたパノラマティクス主宰の齋藤精一氏、麻布台ヒルズ内ヒルズハウスのコンセプトワークにも関わったWORKSIGHT編集長の山下正太郎とコンテンツディレクターの若林恵が語った。
interview & photographs by Shunta Ishigami
街全体を働く場所に変えていく
若林恵(以下、若林) 森ビルさんは六本木ヒルズや虎ノ門ヒルズなど都内各地で開発に取り組まれてきましたが、2023年11月に開業した麻布台ヒルズは最も新しいプロジェクトです。ひとくちにヒルズといってもエリアが変わるとイメージも変わりますね。
大森みどり(以下、大森) 森ビルの開発を振り返ってみると、創業の地である虎ノ門ヒルズが長男で六本木ヒルズが次男、1986年に開業したアークヒルズが長女で麻布台ヒルズは長女の娘のようなイメージかもしれません。長男・長女は割と真面目なエリアで、次男はやんちゃ、長女の娘となる麻布台は割とのびのび育ったエリアというか(笑)。
麻布台ヒルズと虎ノ門ヒルズのプロジェクトは同時期に始まったのですが、まったく異なるコンセプトの街づくりに取り組んでいます。虎ノ門はもともとオフィス街ですし、官公庁にも近くメディア企業も多いエリアなので、オープンイノベーションを生み出す場に最適だと考えました。「ARCH」は、大企業が新規事業を生むインキュベーションセンターというのがコンセプトです。
若林 虎ノ門エリアは企業や官公庁が集まる街として知られていますが、麻布台には馴染みのない人も多いように思います。
大森 麻布台はオフィス向きの立地とは言い切れませんし、静かなエリアですからね。どんな街をつくるべきなのか、かなり悩みました。開発のテーマとして「Green & Wellness」を掲げたのは、これまでのオフィスや働き方が限界を迎えていると感じていたことも理由のひとつです。
日本でも2021年にビョンチョル・ハンの『疲労社会』(花伝社)が刊行されて話題になりましたが、多くの人は現代の能力主義社会のなかで疲弊している。自分で自分を監視するという生き方・働き方には無理がありますし、従来のオフィスモデルはこれからの働き方には適していないように思います。オフィスだけが働く場所なのではなく、街全体を働く場所として設計することでもう少し自分のペースで働けるような場所をつくれないかと考えたわけです。
森ビル 都市開発本部 大森みどり氏
個人のつながりから生まれる新しい価値
若林 ただ働くためだけの場所をつくってもしかたない、と。麻布台ヒルズのなかにつくられた「ヒルズハウス」もウェルネスを支える場所とされています。
大森 ヒルズハウスはメンバーシップ制のスペースで、オフィスのワーカーさんに対してダイニングやイベント、コミュニティなどさまざまなサービスを提供しています。わたしたちは創業時からオフィス事業に取り組んできましたが、デジタルプラットフォームも使って”床”を提供するビジネスから、価値のある”時間”の提供への転換を考えたんです。各企業が個別で福利厚生施設をもたなくても、ヒルズハウスの施設を自由に組み合わせて多様な会員のレイヤーをつくることができます。
山下正太郎(以下、山下) ヒルズハウスのコンセプトワークにはわたしも5〜6年前から関わっていました。ロンドンの「Soho House」をはじめ海外事例のリサーチや視察も行っていたのですが、各地で会社が徐々に解体されていき個人同士のつながりから新しい価値が生まれていく様子を目の当たりにしたんですよね。
特にオランダやイギリスではデジタルツールを導入することでビルのなかに新しいレイヤーをつくり、さまざまな活動や機能を統合するような動きも進んでいて、「App Centric Work(アプリ中心主義の働き方)」と言われるほどまでになっています。ただ、実際にデベロッパーがどこまでデジタルプラットフォームを管理できるのか、難しいところでもあります。
若林 アプリやデジタルプラットフォームによって施設内の体験を統合するアイデアは昔からありましたが、やはり実現するのは難しいのでしょうか。仕組みだけつくっても人がついてこなければ機能しませんし、テックだけの問題ではなさそうですよね。
齋藤精一(以下、齋藤) 日本には用途地域の規制もありますし、簡単に用途を統合できない側面もあります。エリアマネジメントをアプリ化するアイデアは多くのデベロッパーさんが取り組もうとしてきたことでもありましたが、なかなか実現しなかった。森ビルさんは難しいことにチャレンジされている印象を受けました。
大森 オフィスや商業など複数の領域の統合は、積年の課題でもありました。ヒルズハウスという場をつくったことで、一歩踏み出せたと言えそうです。
WORKSIGHT編集長 山下正太郎
マーケットではなくビジョンから考える
齋藤 森ビルさんは「タウンマネジメント」という考え方をもっているのが面白いですよね。例えば他のデベロッパーさんであれば既存の街の地政学や地理的条件に沿ってコンセプトを考えることが多いけれども、森ビルさんは自分たちが求めるクオリティを設定して一から場をつくろうとしている。マーケット主導ではなくビジョン主導で新しい価値を提示しているな、と。
山下 例えば六本木ヒルズでの「文化都心」のように、既存のマスに向けた場所をつくろうとするのではなく、コンセプト主導で新たなライフスタイルや働き方を設計していますよね。通常の開発では商業エリアとオフィスエリアが分かれ、さらには建築などの物理的レイヤーとサービスレイヤーも分かれているなど、それぞれの検討の順番もチームもバラバラなのですが、麻布台ヒルズはそれらを統合・連動させようとしている。
大森 麻布台ヒルズをどんな場にするか考えるなかで「Modern Urban Village」というコンセプトが生まれました。ワーカーの方も商業の方もみんな“村民”で、立場を問わず同じ村の住人なのだと考えました。この立地なら住宅をたくさんつくって売ればいいという考え方もありますが、それでは街が盛り上がりません。日々の暮らしには食が必要ですし、さらに、どんなお店があったらいいかというふうに考えていきました。
山下 一方で、複雑な感情もあります。もともとはローカルな存在だったパン屋さんや飲食店がピカピカになってビルのなかに入っていくのは、庶民のカルチャーがハイブランドに吸収されていくような寂しさを感じなくもありません。計画できない猥雑さみたいなものがパッケージ化されてしまうというか。東京的なジャクスタポーズな世界観を表現するとそうならざるを得ないのかもしれませんが。
大森 難しいですよね。ただ、高層ビルと一軒家が隣あっている、新しいものと古いものが並置されているというのが、東京の面白さであり個性だと思います。それが都市のダイナミズムを生むのではないかと。例えば六本木ヒルズは隣に麻布十番の街があることで生き生きしている側面もある。猥雑さを計画的に生み出すことは難しいのですが、既存の街から学んで取り入れようとしています。
若林 東京全体の開発の問題でもありますね。『梨泰院クラス』をリメイクしたドラマ『六本木クラス』が公開されたときも、六本木の街から人が生きているイメージがぜんぜん湧かないなと感じてしまいました。でも、麻布台ヒルズはドラマを撮れそうな感じがしますよね(笑)。実際、海外の映画ではパリやニューヨーク自体が主人公になっているような感覚もありますし、人の動きがイメージできると街も生きてきますよね。
パノラマティクス 主宰 齋藤精一氏
ラーニングよりもアクティベーション
若林 振り返ってみれば、これまでの企業にも組織の壁を越えて個人をつなぐような仕組みはあったと言えそうです。例えば卓球部や将棋部のような社内の部活制度も、社内のコミュニケーションの媒介だったのかもしれないですよね。社内に閉じずに同じオフィスにいる人たちと体験をシェアできるヒルズハウスのような場には合理性もありますし、面白いことが起きそうです。
山下 コロナ禍を経てリモートワークが市民権を得たいま、メンタルヘルスなどワーカーの健康はケアしたいし、インナーブランディングの観点からもオフィスには戻ってきてほしいし、イノベーションの促進には外部からの情報は欠かせない。ただ、企業の本音とすれば外部との交流や刺激を増やすと会社から流出してしまうリスクを懸念する声も計画段階のヒアリングでは聞かれました。
大森 副業を認める企業も増えていくでしょうし、企業の役割も変わっていくと思います。夜間に使われていないオフィススペースを使った学習の場をつくることもありえるでしょうし、今後はもっと企業の壁を越えた動きが増えていくんじゃないでしょうか。
ただ同時に、常に能力を開発し知識を増やすことを求められる環境は息苦しくもあります。誰もが急き立てられるのではなく自分の好きな働き方を選べる街をつくっていきたいですね。
山下 議論の過程では「ラーニングからアクティベーションへ」ということばも上がりました。会社が終身雇用をギブアップし、個人もマルチステージでキャリアを構築していく時代にあっては、仕事に役立つスキルを学ぶだけでは事足りず、自分自身の生き方の引き出しが増え、主体的な活動につながっていくコンテンツが必要だと考えました。
大森 企業や医療関係の方々から、メンタルを壊してしまうワーカーの方が多いというお話もうかがいました。仕事からフッと離れられる静かなスペースや自然のなかでリラックスできる場所があるといいと思うんです。
若林 ラーニングからアクティベーションというコンセプトは面白いですね。これからはこういうスキルが必要になるから勉強しろとプログラムを押し付けられるのではなくて、内発的な動機から学びの場が生まれていくのは理想的です。デベロッパー側がすべてを管理するのではなく、そこにいる人びとが自発的に動く後押しをする必要がありそうですね。
山下 その意味では、このヒルズハウスのゴールはCtoCの学び合いを生み出せることだと企画メンバーでは話していました。ある特権的な立場から知識が授けられるのではなく、この場に集う人同士のインタラクションから新しい価値が生まれる世界観ですね。
大森 六本木ヒルズで始まったトークイベントプログラム「Hills Breakfast」は長く続いているのですが、回を重ねるにつれて森ビル社員の手から離れていき、参加する人たちが自分たちで運営するようになりました。麻布台ヒルズでも同じような現象を生み出していきたいです。
WORKSIGHT コンテンツディレクター 若林恵
コミュニティマネージャーはどこにいる?
若林 麻布台ヒルズやヒルズハウスという“箱”が出来上ったからこそ、今後どういうふうに人をアクティベートしていくかが重要になってきますね。そのためには、ここにどんな人が集まっているのか、きちんと森ビルさんが理解しておく必要もありそうです。
大森 カンファレンスを開いて起業家やクリエイターの方々を招待するなど、以前からネットワークづくりには積極的に取り組んできました。ただわたしたちだけではなく、ヒルズで働いている方々に開いていくべきだと思っています。これからはコミュニティマネージャーの役割がどんどん重要になっていきそうです。
以前香港でとあるクラブを訪れたときも、コミュニティマネージャーの方が素晴らしくて感動したことがありました。色々な人を結びつけることもあるし、さまざまなサービスを紹介することもできる。コミュニティマネージャーが居心地のいい場所をつくっているんです。
齋藤 タウンマネジメントの次のフェーズは、コミュニティマネジメントになるのかもしれません。デジタルツールの活用は進めるべきだけれども、インターフェースとなるのはあくまでも「人」。ファシリテーションやマッチングのようなコミュニケーションが求められていくのでしょう。
若林 ただ、そういう人が育つ場や働く場所がないと、コミュニティマネージャーは増えていかないですよね。かつて喫煙所でずっとサボっているように見えるおじさんが、実は会社中の人とつながっていたことを明らかにしたという調査を見かけたことがありますが、能動的に人とつながるような人を増やさなければいけません。
大森 ヒルズハウスはまさにそんな場所になればいいなと思っています。ちょっとここに立ち寄って話せる場所というか。
齋藤 ただ、コミュニティマネージャーは森ビルさんの外側にいる気もします。森ビルさんはあくまでもサポートする立場で、最終的には外側の人が自律的に動いていくような環境をつくりたいですよね。
都市を消費の場から生産の場へ
齋藤 かつて、哲学者のハンナ・アーレントは人間の営みが「労働」「仕事」「活動」の3つに分かれると説きました。いま働いている人のほとんどは労働と仕事だけに集中してしまっている。ぼくは「ファンダムシティ」という概念を考えているんですが、ファンダムが自分たちで活動を起こしていくようなプログラムを生み出せると面白そうです。
大森 ひとつの会社で何十年も働くような考え方は廃れつつあります。その一方でオフィスワーカーに求められる能力もどんどん高くなって、知識や能力をもっている人だけが文化的なコンテンツを享受できるような状況になりつつあります。
森ビルとしてはそんな状況を助長するのではなく、会社や仕事の人間関係から少し離れて色々なことを学んだり人と話したりできるような場をつくりたいと思っています。
若林 経済資本をもっている人が文化資本をもてる状況は、文化が消費と直結してしまっていますよね。果たしてそれでいいのか。例えば映画を「観る」のではなく「撮る」という選択肢があってもいいと思うんです。映画に限らず小説でも詩でもポッドキャストでもいいのですが、消費することではなくつくることを文化として捉えたほうがいいんじゃないでしょうか。
大森 江戸時代の日本はそんな状況だったんじゃないかと思います。文化を特権化するのではなく、みんなでつくることを楽しむ土壌があった。
若林 例えば台湾のデジタル担当大臣オードリー・タンは、フェイクニュースのリテラシーを高めるために有効な手段は「みんなにニュースをつくらせること」だと語っています。ただニュースを読み解こうとするのではなく、自分がつくる立場に回ることでフェイクが生まれる過程を理解できるようになるわけです。
齋藤 大阪のクリエイティブユニット、grafの服部(滋樹)さんはプロジェクトがプログラムになり、プログラムがムーブメントになり、ムーブメントが継続すると文化になるとおっしゃっていました。多くの人がプロジェクトを立ち上げることはできても、継続しないとプログラムやムーブメントになっていかない。それは実践できるだけの道具や権限が広がっていないからなのかもしれません。
若林 都市を消費の空間から生産の空間へ変えていく必要があるのかもしれません。商業施設は消費の場だし、オフィスも生産の空間かどうかと言われると怪しいところがありますから。
齋藤 通常のセオリーではTOD(Transit Oriented Development/公共交通指向型開発)のアプローチ、つまり公共交通機関を起点に都市開発が行われることが多いのですが、これからはInformation Orientedな開発が出てくるかもしれないし、Market Orientedな開発が出てくるかもしれない。実際、地方を見ればスーパーを起点に街が栄えることもありますよね。それが東京の中心地から広がっていくのは面白そうです。
大森 消費だけに偏ると、都市から「生活」が消えてしまうのだと思います。生活がなくなると、人の活動も見えてこないしつながりも失われてしまう。麻布台ヒルズの地下には広大なマーケットフロアもオープンしますし、敷地内には菜園や果樹園もあるので収穫した果物や木の実を使ってジャムなどもつくれるでしょう。都市を生産の場へと変えていくことは、人びとの生活を取り戻し、商業施設やオフィスの閉じないつながりを生み出していくことなのかもしれません。
次週1月30日は、新刊『私が諸島である:カリブ海思想入門』が話題を呼んでいるカリブ海思想研究者・中村達さんへのインタビューをお届けします。カリビアン・フェミニズムやカリビアン・クィア・スタディーズといった新しい潮流。カリブ海思想の立場からの、人気ゲーム『Outlast 2』やディズニーの実写版『リトル・マーメイド』、デヴィッド・グレーバーの民主主義論の批判的な検討。視界がガラリと変わる議論が展開します。お楽しみに。
【第3期 外部編集員募集のお知らせ】
WORKSIGHTでは2024年度の外部編集員を募集しています。当メディアのビジョンである「自律協働社会」を考える上で、重要な指針となりうるテーマやキーワードについて、ニュースレターなどさまざまなコンテンツを通じて一緒に探求していきませんか。ご応募お待ちしております。
募集人数:若干名
活動内容:企画立案、取材、記事執筆、オンライン編集会議(毎週月曜夜)への参加など
活動期間
第3期 外部編集員:2024年4月〜2025年3月(予定)
通年の活動ではなく、スポットでの参加も可
募集締切:定員になり次第締め切ります。
応募方法:下記よりご応募ください。
【新刊のご案内】
書籍『WORKSIGHT[ワークサイト]22号 ゲームは世界 A–Z World is a Game』
「21世紀はゲームの時代だ」──。世界に名だたるアートキュレーター、ハンス・ウルリッヒ・オブリストが語ったことばはいま、現実のものとなりつつある。ゲームは、かつての小説や映画がそうであったように、社会を規定する経済的、政治的、心理的、そして技術的なシステムが象徴的に統合されたシステムとなりつつあるのだ。それはつまり「ゲームを通して見れば、世界がわかる」ということでもある。その仮説をもとにWORKSIGHTは今回、ゲームに関連するキーワードをAからZに当てはめ、計26本の企画を展開。ビジネスから文化、国際政治にいたるまで、あらゆる領域にリーチするゲームのいまに迫り、同時に、現代におけるゲームを多面的に浮かび上がらせている。ゲームというフレームから現代社会を見つめる最新号。ぜひチェックしてほしい。
書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]22号 ゲームは世界 A–Z World is a Game』
編集:WORKSIGHT編集部(ヨコク研究所+黒鳥社)
ISBN:978-4-7615-0929-3
アートディレクション:藤田裕美
発行日:2024年1月31日(水)
発行:コクヨ
発売:学芸出版社
判型:A5変型/128頁
定価:1800円+税