"正しさの追求"の外へ:制約がプレーヤーの学習と自己組織化を促す「エコロジカル・アプローチ」の提案
欧州サッカーのトップリーグを筆頭に、世界で広まりつつある運動学習理論「エコロジカル・アプローチ」。再現性の高さを求めて反復練習を行う伝統的なアプローチとは異なり、変動性(バリアビリティ)を重視する先進的なアプローチだ。この学習理論はスポーツ学習の枠を超え、この社会に生きるわたしたちに「学ぶ」ということの本質を教えてくれるかもしれない。
わたしたちは当然のことながらそれぞれ異なる身体をもっている。当然、それとリンクする得意・不得意も異なる。しかし、学校、会社、そしてスポーツ活動などではいつも「こうあらねばならない」という正しさに晒され、規定的な反復学習や、一律的なスキル習得を迫られている。エラーやノイズをできるかぎり抑えた、再現性の高いロボットのような存在となることを期待されながら。
しかし、そもそも万人に"効く"ような学習方法、ひいては正解などあるのだろうか? スポーツ、なかでもサッカー界における規定的なアプローチに疑問を抱き、いまはFCガレオ玉島や南葛SCアカデミーで"制約デザイナー"としてコーチングを行っているのが、今回登場する植田文也氏だ。
植田氏は、スポーツ指導に関する研究で有名なポルトガルのポルト大学に留学し、エコロジカル・アプローチを始めとする先進的な運動学習理論を学んだ。帰国後は、生態心理学にもとづき"制約"をコントロールして運動学習を促すサッカーコーチングを実施。今年3月には書籍『エコロジカル・アプローチ:「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践』を上梓し、その手法はサッカー以外のスポーツクラブのコーチやビジネスマンからも注目を集め始めている。
欧州サッカーのトップリーグを筆頭に世界で広まりつつあり、さらにはスポーツ学習の枠を超えた汎用性も期待されているエコロジカル・アプローチ。そのコンセプトや発祥の背景、そして実践方法について訊ねるべく、WORKSIGHT編集部は植田氏がコーチングメソッドアドバイザーを務める南葛SCアカデミーに赴いた。
interview by Kei Wakabayashi/Jin Furuya
photographs by Yasuhide Kuge
edited by Sayu Hayashida
(先週のニュースレターでの次回予告より、内容を変更してお届けしております。ご了承ください。)
植田文也|Fumiya Ueda 1985年生まれ。サッカーコーチ(FCガレオ玉島)、コーチングメソッドアドバイザー(南葛SCアカデミー)、スポーツ科学博士。早稲田大学スポーツ科学研究科博士課程、ポルト大学スポーツ科学部修士課程にてエコロジカル・ダイナミクス・アプローチ、制約主導アプローチ、非線形ペダゴジー、ディファレンシャル・ラーニングなどの運動学習理論を学ぶ。2023年、初の著書『エコロジカル・アプローチ:「教える」と「学ぶ」の価値観が劇的に変わる新しい運動学習の理論と実践』(ソル・メディア)を発売。@FumiyaUeda
ディープラーニング的な運動の学び方
──まずは「エコロジカル・アプローチ」について教えてください。
エコロジカル・アプローチは運動学習・スキル習得理論(以下「運動学習理論」)のひとつです。運動学習理論は、人の運動行動がどのように行われているか、どのように学習されていくかを科学的に分析し、仕組みを解き明かしていくものです。
従来の運動学習理論では、人の運動を分析するとき、脳がどのように認知・判断し、身体に指令を出すのかというプロセスに着目していました。運動する主体は人なので、人そのものを主要な分析対象としてきたのです。
しかし1980年代後半になり、現在イングランドのシェフィールド・ハラム大学で運動学習を研究しているキース・デイビッズ教授が、スキルは人と環境の相互作用のなかに存在すると提唱し始めました。生物と環境は双方向に影響を与え合う、つまり相互作用しているものだという生態学(エコロジー)の側面から運動学習を考えたのです。
同じサッカー選手といえど、手足の長さ、筋力、柔軟性などは異なります。例えば、相手チームが守備ブロック(攻守の基本的なフォーメーションとは別に、しっかり守りたい場合に組むフォーメーション)を敷いているとき、大体はディフェンダー (DF)の背後をとって点をとりにいくのですが、三笘薫選手ならドリブル1本で、中村憲剛選手ならスルーボールでセンターフォワード(CF)を活かして、リオネル・メッシ選手ならコンビネーションプレーでいくかもしれない。同じ「背後をとる」という行動をするにしても、置かれた環境と、選手自身の得意な動きや身体能力によって発揮されるスキルは異なります。
このように、プレーヤーは常に状況に対してスキルを適応させなければなりません。そのため「人×環境」というエコロジカルなスケールで人の運動行動を分析し、スキル習得に役立てようとするのがエコロジカル・アプローチの特徴です。
── エコロジカル・アプローチでは一人ひとりの違いを考慮し、スキル習得を推進するということですね。
はい。従来の規定的なアプローチ──ここでは「伝統的アプローチ」と呼びますが、キックやファーストタッチなどの各動作をロボットのように再現性高く繰り返せることがハイパフォーマンスにつながると考えられてきました。同じ操作を一貫して繰り返すことができない"変動性(バリアビリティ)"は悪しきものとされ、ドリルのような反復練習によってノイズを抑制する方向が目指されてきたのです。
しかし、人間はそもそもロボットのような存在ではなく、ノイジーで、常に変動する不安定な生物。万人にとっての最適な運動、あるいは環境を問わない最適な運動などありません。その人にとっての運動学習は本来、環境などの"制約"に対する適応、つまり相転移現象なのです。
──相転移現象とは?
2018年ごろに氷点下の三ツ矢サイダーが出ましたよね。キャップを開けた瞬間、液体だったなかのサイダーが凍り始めるというもの。あれは自動販売機のなかでマイナス5℃を保ち、サイダーを過冷却状態(液体が凝固点以下に冷却されても液体のままでいる状態)にしておき、そこに開栓時の振動が刺激として加わることで、液体が直ちに凍っていくという特性を活かした商品です。
このように、何かをきっかけとして一気に状態(位相)が変化することを相転移といいます。人の運動でもこの現象は確認されており、三ツ矢サイダーでいうところの開栓時の振動の刺激のような重要なパラメーター、つまり制約を操作することで、新しい別のスキルが突如として現れることがあるのです。さらにいえば、練習してきたスキルAとスキルBが混ざって、何かの弾みにスキルCが発現するといった創発現象も人間の運動の特徴として理解され始めました。
エコロジカル・アプローチでは制約の操作、例えばピッチのサイズ、形状、ルール、人数、ゲーム道具を変化させることでプレーヤー自身が適応する方法を探求し、運動として学習していくことが重要なポイントです。このように、エコロジカル・アプローチを具体的なコーチングメソッドに落とし込んだものを「制約主導アプローチ」と呼んでいます。
──エコロジカル・アプローチの実践メソッドが制約主導アプローチとのことですが、具体的にはどのような練習をするのでしょうか?
ビルドアップ(攻撃の際、自チームの態勢を組み立てること。自陣後方からボールをつないで運ぶことを指す)を例に挙げましょう。
本番の試合におけるビルドアップの基本は<3人-2人-3人-2人>という4列の配置です。伝統的アプローチでは練習でもまったく同じフォーメーションをつくり、ボールの動かし方などを練習したり確認したりします。このトレーニングに膨大な時間をかけるんですね。
でも、南葛SCのユースチームではそのような練習はほとんどしていません。トレーニング中のスモールサイドゲームにて<3-2><3-3><2-3-1>など列数や人数を少しずつ変えて、ビルドアップを経験してもらいます。そうすると、11人制の基本である<3-2-3-2>の練習をせずとも本番の試合ではできるようになり、その他のフォーメーションによるビルドアップも柔軟に使い分けられるようになってきました。
──本当ですか。面白いですね。
道具でいうと、わたしがアカデミーコーチングメソッドアドバイザーを務めている南葛SCではいろんな種類のボールを使っています。試合で使うボールは5号球なのですが、練習のときはひとまわり小さな3〜4号球のボールを使うことも。これでボールコントロールができるようになると、5号球ではより簡単にコントロールできるようになりますし、ボールのスピードも出せます。
他にも、なかにカウンターウエイトが入っているTEKUDAMA、三角形の4面パネルでできているuhlsport(ウールシュポルト)のリフレックスボールを使うことも。それぞれ予測不可能な動きをするのですが、そこに適応していくことでボールに対する反射神経や集中力などを高めることができます。あとは、100円ショップで買ったおもちゃのサッカーボールの空気を抜き、柔らかい状態で使うこともありますよ。
「変動性」をめぐるトレーニング
──取材中、選手のみなさんがパスやドリブルの反復練習ではなく、スモールサイドゲームをメインに取り組んでいる姿が印象的でした。
スモールサイドゲームは、ピッチのサイズや形状、参加人数、特別ルールなどの制約を操作して、試合の本番環境を単純化したトレーニングなんです。ゲーム形式の練習はリアリスティックで学習が進みますし、バリエーションを豊かにするためにも重要なアプローチです。
──分解したタスクではなく、コーディネーションを想定した全体論的なアプローチをされていると思うのですが、植田さんはなぜそこに注目するようになったのでしょうか。
わたしは以前、早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で、音声学や音声科学を研究している誉田雅彰名誉教授のもと、音声認識データなどを用いたサッカーのゲームパフォーマンスの分析に取り組んでいました。
音声認識もかつてはひとつひとつの音の特徴量を分解・分析していく伝統アプローチだったのです。例えば「あ」という音を認識するためにはこのスペクトラムが大事だ、というように。しかし、ニューラルネットワークやディープラーニングが広まり、それを活用してみたところ、個別の特徴量はわからないけれどもとにかく性能は上がるという、機械学習におけるパラダイムシフトが起きました。
トレーニングも似たようなものだと考えています。どのトレーニングがどのように効くか、細かいことを分析してみたところで綺麗な道筋は描けない。けれども、局所的ではなく全体的なデータ、しかもバリエーション豊かなデータを与えることで学習はうまく進んでいく。
そのバリエーションは、運動学習の世界では変動性(バリアビリティ)という言葉に置き換えられます。人の運動学習とは、筋肉や関節の間にコーディネーションのパターンをつくり出していくことなので、制約のなかでさまざまなコーディネーションパターンを経験することで、分解的な練習をせずとも活躍できる選手になるのです。
実際、2021年に海外で行われた研究では制約主導アプローチの優位性が示されています。サッカーのスキル習得を対象として、伝統的アプローチと制約主導アプローチを対比する研究が行われたのですが、パスやドリブル、シュートなどの「総アクション回数」「成功回数」「アクションの種類」、ヒールパスやシャペウ(ボールを浮かせて相手の頭上を越し、相手を交わす抜き技)のようなフェイント、胸を使ったパスなどの「創造的なプレーの回数」「成功した創造的プレーの回数」の平均と標準偏差を見ると、すべての項目で制約主導グループが伝統的グループを凌ぐパフォーマンスを見せたのです。
このような実証研究によってエコロジカル・アプローチおよび制約主導アプローチの学習効果の高さが認められ、サッカークラブだけでなく、オリンピック競技の指導や各国スポーツ協会での指導者育成プログラム、タレント開発プログラムなどにも活用され始めています。
目的はひとつ、手法は多様
──ここまでは個人のスキル学習の話がメインでしたが、チームプレーに対してエコロジカル・アプローチはどのように寄与するのでしょうか。
エコロジカル・アプローチにとっての個人のスキル学習は、特定の動作を学ぶことではなく、身体各部の共変動を学習すること。それと同じ理屈がチームコーディネーションにも当てはまります。言葉で「このシチュエーションではこうしろ」と規定するのではなく、周囲の選手との相互作用のなかで目的を果たせるよう、運動を学習していくのです。
例えば、冒頭で出した三笘選手の例。もし自分が彼のチームメイトで、「三笘選手ならばドリブル1本で点をとりにいくだろう」とわかっていれば、あえて近寄らないという状況判断を瞬時にすることができます。このように、チームの内部から独自のソリューションが生まれてくることを「自己組織化」と呼び、これはエコロジカル・アプローチを支える基本原理のひとつです。
自己組織化を促す際は、コーチは正解を教えるのではなく、問いを投げかける「プロブレム・セッター」の役割を果たさなければなりません。解決策はプレーヤーたちがチームのなかで導き出していく。三笘選手の例に則って言えば、コーチは「裏をとる」という目的のみを与え、その実現方法自体はみんなに任せるといった具合ですね。
──変わり続ける局面に対し、絶えず微調整していける組織づくり。難しいですね。
それでも、「この状況ではこう」と完全に規定し、すべて暗記するのは難しいでしょうし、そもそも正解をすべて言い当てられるようなコーチも存在しません。目的はひとつでも、それを実現する方法は多種多様なので。だからこそディープラーニング的に、制約を操作していろんなシチュエーションを用意し、経験させていくほうがいい。例えば、こちらの守備(プレッシング)時に、ビルドアップに関わる相手のDFラインの選手が3枚のとき、4枚のとき、あるいは相手のスペースがたくさんあるとき、相手が逃げ手としてキーパーを使えるとき……。そうした経験のなかで「このシチュエーションでボールを追いかけるのはまずいな」「そばにいる選手がAとBとCで、こういうシチュエーションならボールを取りに行けるな」という違いが徐々にわかってくるんです。
このような環境から与えられる行為の可能性のことを「アフォーダンス」と呼ぶのですが、自己組織化においてはこのアフォーダンスの獲得が重要になるのです。
──そのようなアフォーダンスをプレーヤーが獲得するためには、プレーヤーに制約を設けるコーチにも相当なクリエイティビティが求められますよね。
そうですね。わたしはいま、南葛SCアカデミーでコーチにアドバイスをする立場にあるのですが、各コーチには「直近2週間でやった練習メニューはやらないでください」と、それこそコーチに対して制約したくなるくらいです。そうなると常に新しいトレーニングをクリエイトしなくてはいけなくなるので若干煙たがられているようにも感じますが(笑)、ここのコーチのみなさんはクリエイティブに取り組んでくれています。
「正しいサッカー」がもたらしたもの
──サッカーにおける正解という話がありましたが、やはり勝利と紐づいてしまいますよね。正しさというのは常に勝てるということになる。そのためのある種の機械論的なアプローチが、特に欧州のトップクラブでは強く発動している印象があります。試合を観ていると、システマティックな戦術論にどれだけ個人が適応できるかというゲームになっている気も。
個人的には、2000年代後半からのFCバルセロナのアプローチが大きく影響していると考えています。アカデミー出身選手を中心に据えた、ジョゼップ・グアルディオラ監督のチームの歴史的な成功を経て、育成年代からFCバルセロナのスタイルを過度に定め過ぎてしまったのではと思います。いつどの試合を見ても、同じようなボール運びやフォーメーションを高い精度で再現している。それができるのがまた彼らのすごいところではあるのですが。
しかし、それを「正しいサッカー」として、大人から子どもまでいろんなクラブチームが参考にし始めてしまった。そうなると、リハーサルしてきたことを試合で実現するような、極めて再現性の高いものを目指して練習・学習していくことになる。いまはそういう正しさが過大評価され、あまりに追及されすぎているように思います。でも、そのような伝統的アプローチは本当にスポーツが担うべきものなのか、その教育的効果とは果たして何なのかという問いが生まれるのです。
FCバルセロナやマンチェスター・シティFCを模倣するのではなく、自分たち固有のチームコーディネーションを学習してもいいじゃないですか。各チーム固有のブロックのつくり方、協調の仕方、プレッシングのかけ方というのは必ずあるはずなんです。制約を設け、自己組織化の性質を活用することを我々は「グローカル」(「グローバル」と「ローカル」を掛け合わせた造語)と呼んでいるのですが、これはグローバルにチーム全体に目標を与えれば、それを達成するための手段が2~3人のローカルな関係から生まれてくることです。そのようなチームづくりをするべきだと感じています。
──エコロジカル・アプローチのおもしろさは、チームが強くなるだけでなく、正しさからはみ出していくことにあるんじゃないかと思うんです。まさに、何のためにサッカーをやるのかという問いにもつながります。
エコロジカル・アプローチに関するさまざまな本を読んでいると「アスリートセンタード・アプローチ」というワードがよく出てきます。これまでの伝統的アプローチでは、コーチ、体育教師、トレーナーなどスポーツの専門知識を有する者が中心となってスポーツ活動を実践してきたけれども、結局誰も何も学べないのではないかと問題視され、徐々に学習者たちが自ら運用できるかたちに変わってきたんです。
わたしが感動した取り組みのひとつに、ポルトガルのある学校で行われていた体育の授業があります。そこの生徒たちは、年間の体育の授業を、通年のペナントレースに見立てて、クラスのなかで4つのチームをつくり、1週間に1回のペースで試合を行っていました。課題抽出やトレーニング計画も含めて、すべて生徒たちで運用していたんです。
──すごく楽しそうですね。
楽しいのはもちろん、そこで行われる自己決定(セルフオートノミー)や、自分が関与しているんだという関係性(リレイテッドネス)などは自己有能感につながっているはずなんです。伝統的アプローチと比べて、どちらの実践が社会人になったときに転移(あるタスクで学習した知識を別の領域の学習に適用させること)できるか、つまりは教育的価値が高いか。それはやはりエコロジカル・アプローチのほうなのではないかと思います。
エコロジカル・アプローチで言及されている学説は、個人のスキル学習においても、チームの戦術学習においても有用なもの。そして、スポーツだけでなくビジネスでも応用できるものです。わたし自身、この考え方が子どものスポーツ教育だけでなく、ビジネスパーソンの教育などにも広がっていけばいいなと思っています。最初から「こうあるべき」と落とし所をつくって、反復練習を通じてその正しさに迫っていくのではなく、相転移するダイナミズムを楽しんでほしい。完全に制御できてしまうものなんて、きっと楽しくないですからね。
次週10月10日は、近年ブームとなっている中国の地方レジャーをフィーチャー。ソーシャルメディアをきっかけに中国全土から注目を集め、ついにはプレミアリーグ(イングランドのプロサッカー1部リーグ)と連携協定を結ぶなど、大きな飛躍を見せている貴州省のアマチュアサッカーリーグ「村超」。政府ではなく、地方の農民が主体となって進める土着的なレジャーはなぜここまで人気を集めるのか。その背景にあるものを考察します。お楽しみに。