Karate CombatはWEB3スポーツの未来? トークン・DAO・賭博がひらく可能性と懸念
近年注目を集めている、スポーツへのWEB3導入。ファンがチームを所有したり、リーグの運営に関与したりするためのNFTやトークン利用は、投機目的を超えて、どのようなスポーツの未来をファンやアスリートにもたらすのでしょうか。WEB3スポーツの最前線を走る〈Karate Combat〉を手がかりに考えます。
いま、スポーツは分岐点に立っている。東京五輪の汚職問題はスポーツの裏にあるガバナンスの世界を明るみに出した。2022年のW杯では歴史的勝利を取り上げたメディアを通して国民感情を煽られ、私たちは何の疑いもなく「母国」に熱狂した。スポーツはビジネスや政治に絡めとられ、その思惑をスポーツ精神という美しきベールで覆った試合を私たちは受動的に観戦する。そんな不透明で中央集権的なスポーツがWEB3と出会い、新たな未来が切りひらかれようとしている。そのなかでも前衛的にWEB3を取り入れ、スポーツの在り方を変革する格闘技リーグがある。〈Karate Combat〉だ。〈Karate Combat〉は、私たちとスポーツの関わり方を、どのように変えていくのだろうか。
text by Yasuhiro Tanaka (WORKSIGHT)
WEB3化するスポーツ界
2021年8月、NBAのスター選手レブロン・ジェームズに過去最高額である23万ドル(3000万円)の値がついた。これは移籍/トレードではなく、トレーディングカードの話である。高値がついたのは、NBA選手のプレイシーンをNFT化したトレーディングカード〈NBA Top Shot〉で、〈NBA Top Shot〉はNFT活用の成功例としてもてはやされ、スポーツとWEB3の蜜月時代が始まるきっかけとなった。
そもそも「WEB3」は、2014年にイーサリアム共同創設者であるギャビン・ウッド氏によって「分散型オンライン・エコシステム」を指すことばとして用いられたのがはじまりだ。このコンセプトを形づくる仕組みにブロックチェーンやNFT、暗号資産、DAOがある。
そんなWEB3がスポーツ界で取り入れられ始めたのは2020年前後だったが、現在のスポーツ界では大きく2つの方向性で活用されている。
1つめは、デジタルコレクションの販売である。前述した〈NBA Top Shot〉がこの代表格だが、最も先駆的な存在は2018年にローンチされた〈Sorare〉というデジタルファンタジーゲームだ。〈Sorare〉は、欧州サッカーリーグを中心に、ブロックチェーン上で発行された実在する選手のトレーディングカードを集めて自分だけのチームをつくり、現実の試合における選手の活躍度合いでスコアを競い合うデジタルゲームである。
また、FIFAがメタバース空間の売買や開発を手掛ける〈Upland〉と提携して構築したカタールW杯の事例は記憶に新しい。メタバース上に集まったファン同士で試合を応援するのはもとより、試合のハイライトビデオやユニフォームをNFTとして販売した。これまで私たちの記憶に留まっていたプレイシーンや、物理的に所有していたトレーディングカードやユニフォームを、NFTに置き換えてファンの所有欲を刺激する動きは巨大リーグを中心にさまざまなスポーツで広がりをみせている。
2つめの方向性は、ファントークンの発行である。2021年にサッカー界のスター、リオネル・メッシが〈FCバルセロナ〉から〈パリ・サンジェルマンFC(PSG)〉に移籍した際、移籍金の一部がファントークンで支払われた件は大きな話題となった。ファントークンは、ブロックチェーンに紐づいた暗号資産で、その価値はチームの成績や人気と連動する。
一方、ファントークンを購入することで、ファンにはそのチームの運営や企画に参加する権利が与えられる。例えば、〈PSG〉が発行する「Paris Saint-Germain Fan Token」を所有することで、ファンはチームの年間最優秀選手賞への投票権や限定グッズのデザイン決定権などを得られるという。こちらは、チームの運営権の一部をファンに開放する手段として、WEB3のコンセプトを取り入れている事例である。
パリ・サンジェルマンのファンとメッシは「ファントークン」でもつながる(Photo by Pedro Fiúza/NurPhoto via Getty Images)
中央集権的なスポーツへの危機感
なぜスポーツ界はこぞってWEB3を取り入れようとするのだろうか。その背景には、ファンやアスリートとの関係性に対する問題意識がある。
五輪に代表されるように、多くのプロスポーツは商業化と強く結びつき、ファンを単なる消費者と見なしてきた。どの選手を獲得するか、なぜあの選手の年俸が高額なのか、どんなユニフォームを着用するか、といったチームやリーグの運営にファンの声はほとんど反映されず、しかもたいてい説明さえされず、興行者が提供する試合やグッズを一方的に消費することしかファンにはできない。それでもファンがそのような消費をしつつファンであり続けてきたのは、それがチームを支えることになると信じてきたからだ。しかしながら、不甲斐ないチームに対して、スタジアムで声を張り上げるファンの「怒り」に、真摯に耳を傾けるチームはどれほどあっただろうか。
事業者とファンのこうした一方通行で非対称な関係性は、TVを中心としたマスメディアによって確立されたものだが、インターネットの登場によって、こうした関係性は否応なく変更を迫られる。昨今では、あらゆるビジネスにおいて顧客の「エンゲージメント」が声高に叫ばれるが、スポーツビジネスも例外ではない。WEB3が可能にする所有の拡張や運営への参画が、ファンのエンゲージメントを高める仕組みとして期待されるのも納得だ。
また、アスリートと事業者の関係性の歪みもWEB3を取り入れる動機を後押しした。巡業型の興行として始まったプロスポーツが、20世紀後半からグローバルなメディア企業、広告代理店、スポンサー企業やスポーツブランドを巻き込む巨大グローバル産業となり、その後さらに金融資本化が進むなか、「金のなる木」であるアスリートの心身の健康やキャリアの持続性は絶えず不安定化させられてきた。オリンピック新体操におけるシモン・バイルス選手、テニスにおける大坂なおみ選手らのアクティビズムは、ときに国家、ときにスポンサー企業の言いなりになるしかなかった状況に対するプロテストでもあった。あるいは欧州スーパーリーグ構想でファンが見せた迅速にして苛烈なプロテストを思い起こしてもいいだろう。
こうした抵抗が活発化するなか、ファントークンやNFTが、リーグやチームに隷属させられたアスリートたちに新たな収益や資本をもたらすのであれば、アスリートたちの自律性を高めることに寄与しうる。大坂なおみ選手がメンタルヘルスや黒人銃撃事件を理由に大会や記者会見を欠場した際に発信した「アスリートである前に人間である」という主張は、多くのファンの共感を呼んだが、ファンがアスリートを成績だけで判断するのではなく、健康やキャリア、人間性をも重視するようになるのなら、ファントークンによるチーム運営はスポンサー企業の抑圧や勝利至上主義から距離を置いたアスリート人生を切り開く可能性がある。〈PSG〉のようにアスリートがトークンを保有することでチームやリーグの運営に意見できるようになれば、アスリートが自らのスポーツ環境の改善に直接関与することも可能になるかもしれない。
しかし、その一方で、NFTやトークンが投機一辺倒に傾くのであれば、アスリートの全人格的な金融化が、いまよりもダイレクトに促進されてしまう可能性もある。WEB3は、その意味では諸刃の剣とも言える。スポーツのさらなる金融化を推し進めるものとなるのか、それとも、ファンやアスリートとの関係性を再構築する手段となるのか。
スポーツファンからすれば、WEB3の活用への期待が後者にあることは言うまでもない。
2021年4月「欧州スーパーリーグ構想」の発表を受けて怒りのプロテストに参じたアーセナルファン。Photo by Jacques Feeney/Getty Images, Chloe Knott - Danehouse/Getty Images
配信を前提にバーチャルとリアルを融合する
WEB3の導入は、ファンやアスリートに新たな参画の門戸を開こうとしている。そのなかでグッズの決定権やイベントへの参加といった周縁的な「参加」ではなく、もっとラジカルにWEB3を利用し、まったく新しいスポーツリーグのあり方を模索している団体はないだろうか。〈Karate Combat〉は、そのひとつの事例かもしれない。
〈Karate Combat〉は、2018年に立ち上げられたフルコンタクト空手初のプロフェッショナルリーグだ。マイケル・ディピエトロとロバート・ブライアンというふたりの実業家によって創設され、元空手家で現リーグ・プレジデントのアーダーム S. コヴァーチとともにコンセプトやルールが確立された。極真、松濤館、糸東流、アメリカンカラテなど流派を問わず男女の空手家が参戦し、3分3ラウンドの試合が毎年世界各地で開催される。
まず目を引くのが、アスリートの多様性だ。牧師や僧侶、生物学者などアスリートとしては異色のバックグラウンドをもつ人びとも参戦しており、それぞれのアスリートのバックストーリーが観戦に深みをもたらしている。
観戦は、現地観戦に加えてCBSやESPNといった大手メディアやYouTube、TikTokなどでの配信を通して100カ国以上で可能だ。総合格闘技団体の〈UFC〉(6500万ユーザー)や〈ONE〉(2900万人ユーザー)の視聴者数には遠く及ばないが、〈Karate Combat〉も立ち上げから4年後の2022年に開催された試合の視聴者数が660万人に到達するなど着実に人気を高めている。特筆すべきは、その視聴者層の中心が、Y世代、Z世代の若者であることだ。
〈Karate Combat〉はなぜファンを、それも特に若い世代のファンを惹きつけるのか。理由のひとつはデジタルテクノロジーの積極的かつ戦略的な活用にある。
現地観戦よりも配信に最適化された試合は、Epic Gamesが開発した「Unreal Engine」を用いたバーチャルエフェクトが施され、まるでデジタルゲームのなかで行われているかのようだ。創設者のブライアン氏は「若い世代は、(現実世界のなかでも異世界に近い)世界貿易センターのテッペンで開催された試合よりも、仮想世界での試合を好んできました。(中略)我々も仮想世界をつくるべきなのです」と語る。
ブライアン氏のこうした確信は、若い世代への徹底的なフォーカスインタビューに基づいているという。格闘技から距離を置いていた若い世代の熱狂を獲得するため、〈Karate Combat〉は戦略的に試合をデザインする。試合ごとにテーマを設定し、例えば東京で開催された試合では「Neo Tokyo」というテーマを立てて、それに合ったバーチャル空間で試合を届ける。試合に参加するアスリートが選択されるシーンやダメージが可視化されるエフェクトなどは、まさに格闘ゲーム『ストリートファイター』のそれを想起させる。
〈Karate Combat〉の試合の様子。Unreal Engineを用いたバーチャル空間でのファイトは配信でこそ映える。若者に人気の所以だ。
ファンの熱量をリーグ運営に直結させる
〈Karate Combat〉のさらなる一手はDAO(Decentralized Autonomous Organization/分散型自律組織)だ。その原動力は、中央集権的で一方向的なガバナンスがはびこるはびこるスポーツ界への抵抗だ。それは、元CBOのジョナサン・アナスタスの発言に端的に象徴される。
「スポーツ界の伝統的な組織構造は、CEO、取締役会、そしてコーチなど一部のシニアリーダーの手に権力を集中させています。このため、重要な意思決定が一般のファンの手の届かないところに置かれています。DAOでは、権力と所有権がより広範囲に分散され、デジタルトークンを保有するファンには、かなりの発言力と投票権が与えられます。このようなファンは、リーグの方向性に影響を与える決定に対して真の声をもつことができるのです」
ファンの声をインタビューから間接的に反映するだけでなく、一人ひとりの意思を直接リーグ運営に取り込む、と〈Karate Combat〉は意気込む。実際〈Karate Combat〉は、運営組織を2023年1月にDAOへ移行し、ファントークンの総価値の50%をファンやアスリートに配布し、ガバナンスを分散化した世界初のスポーツリーグとなった。まだ立ち上げ直後でその成果は未知数だが、公表された計画を見ると、特にファントークンの活用法はスポーツの新たな道筋を示してくれている。
〈Karate Combat〉では、「$KARATE」という名のトークンを発行してファンやアスリートに配布し、トークン保有者はリーグ運営の事案に議決権をもつ。このシステムは前述した〈PSG〉の事例とさほど変わらない。
異なるのは、トークン保有者がリーグの行く末を決定づけるようなことにまで関与できる点だ。グッズの選択権のような些細なことではなく、リーグの予算、リソース配分、サプライヤー選定、マーケティング戦略、ルール変更、ファイター契約、試合のマッチアップ選定など、リーグの根幹を成す重要事項へ投票できる。
さらにもうひとつ異なり、かつ最もユニークなのは、ファントークンの増やし方である。「$KARATE」は現実の資産をいくら積んでも大量に購入することができない。そもそもトークンを申請すると決まった量が無料で配布されるのだが、それを増やす手段は試合への「ベッティング」(賭け)なのだ。「Up Only Gaming」というアプリ上で試合の勝敗を予想し、当たればトークンは増える。なお、予想を外してもトークンの保有量は減らない。
つまり、アスリートを分析して〈Karate Combat〉に傾注するファンほど賭けの精度と頻度が上がるのでトークン保有量は増えやすい。熱心なファンこそがリーグへの発言権を高められる仕掛けになっているのだ。これは、WEB3を取り入れたスポーツ界の課題、つまりトークンが投資対象であるがゆえに富裕層が強い影響力をもちやすい点や、ファンの継続的なリテンションを高めにくい点を解消する絶妙な仕掛けと言える。
また、アスリート側もファン同様のベッティングと自身の試合結果によってトークンを増やし、リーグへの発言権を高めることができる。さらに、昨年公開された〈KARATEKA〉という格闘ファンタジーゲームでは、ファンはアスリートのNFTコレクションを購入して現実の試合結果をもとに仲間と対戦できるのだが、この収益の20%がアスリートとファンコミュニティそれぞれに現金やトークンのかたちで還元される。ここにも、リーグの中核を成すアスリートとファンの持続性をさまざまな角度から循環させようとする〈Karate Combat〉の思想が表れている。
「次世代ファンタジースポーツ」を謳う〈KARATEKA〉のウェブサイト。
ファン・アスリート・リーグの相互活性
ここまで〈Karate Combat〉の取り組みを紹介してきたが、なぜこのリーグはファンの獲得や継続的な応援を可能にしているのだろうか。3つのポイントに整理してみる。
1つめは、スポーツとゲームの融合だ。これは〈Karate Combat〉が目指すWEB3の世界観だ。リーグ・プレジデントのコヴァーチ氏はこの点に関して次のように言及した。「スポーツ界は、ソーシャルメディアやデジタルゲームで成長した新しい世代のファンとのエンゲージメントを高めるために、進化しなければなりません。彼らは、受動的な視聴者ではなく、積極的な参加者でありたいと思っている」
〈Karate Combat〉は、現代のファンを視聴者から参加者へと転換する役割をゲームが担うと確信している。世界中でe-sportsの観戦に盛り上がる人びとを見れば自明かもしれないが、その思想はトークンを活用したベッティングやDAOという仕組みに昇華され、それらを軸に事業主/ファン/アスリートの間で利益や愛着の好循環を創出している。
ゲーム性が〈Karate Combat〉にうまく噛み合っているのは、格闘技という競技の特性にもよる。例えばベッティングにおいて、集団競技では個人の能力に加えてチームの戦略・スタイル、対戦相手やフィールドとの相性など、パラメータが複雑に入り組んでいて判断は容易ではない。一方、1対1かつ道具を使用しない格闘技では、(おおざっぱに言えば)アスリート個人の能力と対戦相手との相性を分析すればよい。つまり、勝敗予想の簡易さと学習のしやすさゆえ、ベッティングというゲームへの継続性が生まれやすい(ただし八百長という問題をどうクリアできるかは課題として残る)。
2つめは、エリートではないアスリートが生みだす熱狂である。多くのプロスポーツで幼少期からエリート教育を受けてきたアスリートが多い一方、〈Karate Combat〉で僧侶や科学者などさまざまなバックグラウンドをもつアスリートが闘う姿は、ファンがスポーツを別世界のものとして客観視するのではなく、自分の日常の延長戦を観るごとく感情移入するのをたやすくする。ビョンチョル・ハンが示した能力主義での疲弊、デヴィッド・グレーバーが示したブルシット・ジョブに苛まれる現実世界への抵抗は、『ファイト・クラブ』のようなアスリートの物語と撮影の演出によって表現される。
そして3つめは、熱心なファンにリーグを委ねる思想と仕掛けである。これはスポーツとWEB3の未来を問い直す上で最も重要な観点だ。前述のようにファントークンは、投機対象となり資本力がものをいうことになる。ファンの愛着を高める目的であったはずのトークンは、逆に資本力の低いファンや価値の下落に落胆したファンに失望を抱かせてしまう。
〈Karate Combat〉は、そのような悪循環を排するため、熱心なファンがトークンを増やしやすいシステムをベッティングによって実現し、DAOによってそのようなファンがリーグの意思決定に影響力をもつように設計する。なお、DAOの運営のしやすさにおいても格闘技ならではの優位性が働いている。複雑なスポーツではいちファンがチームの戦略を思考するのは難しい。しかし、格闘技は試合やリーグのルールが比較的シンプルなため、ファンもそれらの戦略や改善点を考察しやすいことから議決権の意思決定を行いやすく、DAOが機能しやすいのだろう。いずれにせよ、トークンやDAOのような仕組みを、経済的価値に求めるのではなく、ファンとアスリートとリーグの相互活性を目的に据えて活用している点が肝なのだ。
ファン中心主義とポピュリズムのはざまで
とはいえ、〈Karate Combat〉のWEB3導入は始まったばかりだ。今後想定されうる懸念点は少なからずある。整理してみよう。
最たる懸念点は、ポピュリズムへの傾倒だ。DAOによってファンの意向が積極的に取り入れられることは、中央集権的なスポーツの変革にとって重要な一歩だが、もしも危険で急進的な思想をもつファンたちが運営に強い影響力をもったとしたら、空手という武道の美学に反した格闘技へと逸脱してしまうかもしれない。すでに〈Karate Combat〉ではリアルタイムでアスリートに行ってほしい技を募っているが、これが加速すればファンの声を優先するあまり危険な技が盛り込まれるなど、アスリートがファンにコントロールされてしまうことも考えられる。
また、運営への思想の違いでファンやアスリートのなかで分断が起こることも危惧される。DAOの仕組みがそれを払拭することを期待したいが、ファンやアスリート同士の政治化によって、そこがリーグの運営をめぐる暗闘の場となってしまうかもしれない。現在〈Karate Combat〉では、参加におけるルールを細かく定めてはいるが、このような動向の過程でファンの参加やリーグ運営の権限移譲の内容をアップデートし続けることが求められるだろう。
また、強いポピュリズムまではいかずとも、勝利至上主義が加速する恐れはある。トークンの増幅を志してファンはアスリートに勝利を強く求め、リーグ運営でもそれを命題に議決がなされる。そして、成長段階のアスリートは排除されて強いアスリートだけが選別されるようなアスリート格差社会が強化されるかもしれない。これでは、アスリートの健康やキャリアをなおざりにする従来のスポーツの課題が再現されてしまう。これに対しては、経験値に合わせてリーグを分けるディビジョン制度を敷くなど、ファンがアスリートの成長も楽しめる措置をとる必要があろう。
さらにもうひとつ懸念点を挙げるとすれば、新規参入の難しさが考えられる。アスリートの新規参入についてはディビジョン制度などによって担保されうるが、ファンの新規参入にはハードルが残る。新規のファンがファントークンを獲得した時点で、その量はすでに古参のファンと大きな差がついてしまっている。
トークン格差に気づいた新規ファンが「閉鎖的なリーグ」との印象を抱き、離脱することも考えられる。さらに、往年のファンにインセンティブをつける点では良い仕組みだが、古参が運営に力を持ち続けることで、リーグの新陳代謝を滞らせる可能性がある。古参ファンの尊重と新陳代謝のあわいで、どのような施策がとられるのかにも注目したい。
進み始めたスポーツの民主化
現在、スポーツとWEB3の融合は黎明期にあり、少しずつアスリート・ファン・興行者の関係性が再構築されようとしている。今回はその前衛的な事例として〈Karate Combat〉を取り上げたが、同様に注目を集めるであろう事例は次々と現れてきている。
例えば、DAOで運営される〈Krause House〉は、バスケットボールの3on3のリーグBIG3に参加している〈Ball Hogs〉の所有権を取得し、DAOによるバスケチームの運営に乗り出した。それをきっかけにBIG3全体でDAOを取り入れる動きが加速している。〈Krause House〉は、将来的にNBAチームの所有を目指しており、トレーディングカードに留まらず、NBAがファンとの関係性に本腰を入れる未来も近いかもしれない。
また、サッカー界では、DAOの〈WAGMI United〉が所有するプレミアリーグ4部相当の〈クローリータウンFC〉が、選手の獲得や資金の使い道をファンの投票に委ね、実際にミッドフィルダーの獲得を投票によって実現した。同チームはプレミアリーグ昇格とともにプレミア初のDAOチーム誕生を目標に掲げて、ファンの熱量を高めている。Jリーグの〈アビスパ福岡〉も2023年にDAOを発足させており、日本スポーツ界でのWEB3の採用も見逃せない。
そして、セーリング界も面白くなりそうだ。セーリングレースを通じた環境改善を謳う〈Sail GP〉は、一部のチームをDAOに売却しチームのオーナーシップをファンがもてる仕組みを2023年1月より導入した。NFTを所有するファンは、アスリート選定やチーム戦略などチームの重要事項決定に投票できる予定である。
これらの取り組みは、私たちがもっとチームやリーグを良くしたいとき、スタジアムで声を上げるだけでなく、それを直接的にチームの未来へ反映することを可能にする。それは、外野から応援していた立場から、スポーツをつくる立場にファンを転換する。そして、アスリートの勇姿やグッズを受動的に消費する単なる消費者としての立場からも解き放つ。
いまはまだ実践するチームやリーグの規模は小さいかもしれないが、WEB3によるスポーツビジネス改革のうねりは、確実に広がりつつある。
〈Krause House〉、〈WAGMI United〉、〈SailGP〉など、マスメディア/スポンサーではなくDAOを中心に据えた次世代スポーツビジネスは着々と広がっている。
次週4月11日は「ソウル、詩の生態系の現場より:ユ・ヒギョンによる韓国現代詩ガイド」をお届けします。近年日本においても関心が高まっている韓国現代詩。実際に韓国では、どのように詩が語られているのでしょうか。ソウルで詩の専門書店「wit n cynical」を営み、ご自身も詩人として活動されているユ・ヒギョンさんにお話を伺います。お楽しみに。