フォーキャストの罪と罰【ベント先生のプロマネ講座 #2】
偏った予測や誤ったリスク評価を行った「フォーキャスト」(forecast)の責任を追及すべし。プロジェクトマネジメントとリスクの世界的権威が問う、「予測士」たちの罪と罰。
ジャック・ルクセルによるアニメシリーズ「Les Shadoks」より。 (Photo by Laszlo Ruszka / INA via Getty Images)
「フォーキャスト」は本来「予測・予想」の意味だが、ビジネスの世界では「業績目標管理」と訳される。巨額の予算が動き、多様なリスクを内包する巨大プロジェクトでは、この「フォーキャスト」をちょっとでも間違えると重大な被害がもたらされる。にもかかわらず、「フォーキャスト」を行う「予測士」(forecaster)たちの責任は、倫理的にも、法的にも、問われてこなかった。その慣例を、いい加減、過去のものにすべきではないか。「プロジェクトマネジメントとリスク」の世界的権威ベント・フリュービア先生は、そう訴える。よりよき「予測」を行うための研究やツールは、すでに多く出揃っている。「予測」の世界から、「愚か者」と「詐欺師」に退場を願うときはすでに到来している。
予測士を訴える?
Text by Bent Flyvbjerg
Translation by Shota Furuya, Kei Wakabayashi
予測士(forecaster)には愚か者と詐欺師が多すぎる。愚かな予測士は学校に送り返して新しい手法を学ばせたほうがいい。予測詐欺師はクビにすべきで、詐欺の程度によっては起訴してもいい。近年になって、歴史上初めて予測詐欺師が起訴され、世界の予測業界には衝撃が走った。
わたしは2013年に〈International Journal of Project Management〉に掲載した論文で、欺瞞的な予測士に対する訴訟を初めて呼びかけた。多くの人がわたしの提案には懐疑的だった。「未来について嘘をつくことはできない。彼らのどこに責任があるのか」と言う人がいた。「予測士はこれまで一度も訴えられたことがないのに、なぜいまなのか」と問う人もいた。
この論文を発表した2年後の2015年、シドニーでの「レーンコーブ・トンネル」の建設という10億ドル規模のプロジェクト、さらにはブリスベンの「クレムジョーンズ有料道路およびエアポートリンク」建設という数十億ドル規模のプロジェクトの需要をめぐって、予測を作成した予測士に対する史上初の訴訟が起きた。この訴訟が直ちに米国に波及したのは言うまでもない。こうした訴えによって、予測士のなかには、巨額の請求額の支払いを命じられただけでなく、実際に懲役を科せられる者も出た。
2016年、米国のサウスカロライナ州の原子力発電所建設プロジェクトが予定より大幅に遅れたにもかかわらず、担当企業のCEOが当初の完成予想が正しいかのように振る舞ったことについて、米国司法省は「規制当局を欺いてプロジェクトを継続させようとした」と指摘した。当然の指摘だ。結果、この幹部は、連邦刑務所に2年の服役、520万ドルの罰金の支払いを余儀なくされた。この判決は、世界の予測業界に衝撃を与えた。この業界は二度と過去と同じには戻れないだろう。
予測士は犯罪者なのか?
企業や政府における大規模な設備投資のリスクは、少なくとも金融市場におけるリスクと同じくらいに巨大なものであり、かつ誤解され、誤った人びとの管理下に置かれている。設備投資のリスクに関するデータは、市場のリスクに関するデータよりも入手しにくい。そのために、大きな誤りも察知されにくい。
金融の世界では、偏った予測や誤ったリスク評価が2008〜2009年の市場崩壊を招き、金融予測担当者の怪しげな行動が露見した。結果、経済学者たちは「予測士の解雇」の必要性を論じるようになった。設備投資におけるよりよい意思決定につながる、思慮深いアドバイスだといえよう。
しかし、予測士をクビにするだけでは、彼らの過ちを見逃して終わらせてしまうことになりかねない。設備投資に関する予測のなかには、見逃すにはあまりにも重大な過誤が潜んでおり、それが悲惨な結果をもたらすこともある。予測士をクビにするだけでなく、彼らが他人に与えた損害を理由として彼らを訴えることを検討する必要があるのではないか。さらに、予測士が詐欺的な予測をし、それがもたらした損害が甚大であれば、刑事罰の適用をも検討すべきかもしれない。
前述の、オーストラリアのブリスベンにあるクレムジョーンズ有料道路では、交通量・収入予測担当者が「極めて不正確な(woefully inaccurate)」予測を行ったとして、損害賠償額1億5千万豪ドルの集団訴訟が起こされた。
この集団訴訟は、有料道路の経営破綻で資金を失った700人の投資家を代表して起こされた。この訴訟は最終的に和解に至ったが、この訴訟はこの種のものとしては歴史的なものであり、予測士や予測学者が注意深く研究するに値する事例である。上に述べたように、同様の訴訟が、すぐさま相次いだ。
『ブラック・スワン』の著者であるナシーム・N・タレブは、欺瞞的な予測士について次のように述べている。
「自分の予測が役に立たないことを十分承知で、『それが仕事だから』という理由だけで予測をする人は、倫理的とは言えないだろう。彼らのしていることは、単に『仕事だから』という理由で嘘を繰り返すことと何ら変わらない。予測によって害を及ぼす者は、愚か者か嘘つきのどちらかとして扱われるべきだ。予測士のなかには、犯罪者よりも社会に大きな損害を与える者だっている」
近年の経営学では、タレブがここで言う「愚か者」と「嘘つき」を見分けるための強力な理論が研究・開発されてきた。タレブの言う「愚か者」という不透明なことばを、学術的に、より丁寧な理論的用語で言い換えるなら、彼らは「楽観主義バイアス」や「計画の誤謬」に陥る人びとに他ならず、嘘つきは「戦略的虚偽表示」「代理」「楽観主義の陰謀」を実践する人びとを指す。
こうした研究により、「愚か者」と「嘘つき」が予測士の大半を占めていること、そして予測はわたしたち(と予測士たち)が思っている以上に、頻繁に不正の道具として利用されていることが明らかになってきた。
UCLAのマーティン・ワックス教授は、予測が「ほぼ普遍的に乱用(nearly universal abuse)」されていることを明らかにした。ワックス教授によれば、予測が政策論争において日常的に重要な役割を果たしている経済のあらゆる分野で、こうした乱用はごく一般的に見られるという。ワックス教授の古典的な表現によれば、「科学的あるいは技術的合理性を装うことで、政治的主張を誤魔化す」ために予測が使われており、ワックス教授がこの先駆的な研究を発表したあとも状況が改善されたという根拠はない。
しかしながら、近年の研究では、妄想的で欺瞞的な予測を抑制するのに役立つ概念やツール、インセンティブなども開発されるようになっている。「外部の視点」や「デューディリジェンス」は、こうした目的を念頭に置いて開発されたものだ。「参照クラス予測」も同様で、これは米国計画協会によって公式に支持され、英国、デンマーク、スイスでは義務化されている。さらに、わたしの論文『メガプロジェクトとリスク』で開発されたインセンティブ構造は、予測における楽観主義バイアスと戦略的虚偽表示の両方を抑制する手段として提出したものでもある。
今日、よりよい予測をするための、このような知識とツールがあることを考えれば、(愚か者がつくった)役に立たない予測や、(嘘つきがつくった)詐欺的な予測を受け入れることに言い訳は立たない。数十億ドル規模の大規模投資には、財政的にも、経済的にも、社会的にも、環境的にも巨大なリスクがついて回ることを考慮するなら、わたしたちは、予測士の無能や不正を公表するための知識と手段を手にしているのだから、明らかに行動すべき時を迎えている。そして幸いなことに、政府や企業はこのことに気づき始めている。
ジャック・ルクセルによるアニメシリーズ「Les Shadoks」より。 (Photo by Laszlo Ruszka / INA via Getty Images)
愚か者は、道具をもったところで愚か者
愚かな予測士は学校に送り返すべきだ。知らず知らずのうちに誤りを犯しているだけならば、誤りがちゃんと指摘され、よりよい予測方法が提示されれば、改善しようという気にもなるはずだ。学校では、従来の予測方法を学ぶのではなく、「楽観主義バイアス」「計画の誤謬」「内部の視点」「ブラックスワン」「戦略的虚偽表示」「政治権力」「プリンシパル・エージェント問題」「外部の視点」「品質管理」「デューディリジェンス」「参照クラス予測」「インセンティブ」「説明責任」についてしっかり学ぶ必要がある。
彼らの主要な教師は、ダニエル・カーネマン、ナシーム・タレブ、マーティン・ワックスのような人びとであるべきだ。学生にとって最も重要な学びは、愚か者は道具をもってもやはり愚か者であり、それゆえ、まず愚か者であることをやめなければならないと認識することであろう。
また、詐欺を働く予測士は解雇されるべきであり、不正の度合いによっては起訴もあり得ることを明確にしなくてはならない。予測詐欺師は、個人的もしくは組織的な利益のためにプロジェクトの承認や資金を得るべく、故意に予測に偏りをもたせる。予測詐欺師は、こうした手口をすぐに変えようとはしないだろう。詐欺は彼らのビジネスモデルなのだ。このため、不正行為に対するアメは効果がなく、残念ながらムチが必要となる。
専門家の倫理が軽いムチの役割を果たすかもしれない。PMI(Project Management Institute)、APM(Association for Project Management)、APA(American Planning Association)、RTPI(Royal Town Planning Institute)や、マネージャー、プランナー、エンジニア、エコノミストなどのためのその他の専門団体は、倫理規定を使って、非倫理的な予測を行った会員にペナルティを科し、場合によっては除名することができる。非倫理的な予測がいかに広く行われているかを考えると、これらの団体の会員がクライアント、政府、市民、その他に誤った情報を与えることは容認できない行為であると行動規範に明示されているにもかかわらず、そうした罰則がほとんど存在しないのは興味深いことだ。
詐欺的な予測を制裁せず黙認するならば、専門家組織はその不正な予測に共同責任を負うことになる。このことは、関連する専門家組織内でオープンによくよく議論されるべきだろう。投資における不正は、医学や法律といった職業における不正と同様に深刻に受け止めるべきものであり、ある職業における不正を深刻に受け止めないということは、その職業自体を真剣に受け止めていないことになってしまう。
さらに重いムチ
もっと重いムチは、予測士に不正確な予測に対する金銭的責任を負わせ、正確な予測には報酬を与えるというもので、現在ではほとんど行われていないが、こうしたことで間違いなく精度は向上するはずだ。予測を正しく行うインセンティブがないのであれば、予測が間違っていたとしても驚くには当たらない。
最後に、最も重いムチは、あからさまな過失や故意の欺瞞をもって、政府、企業、市民など誰に対してであれ、予測によって他者に重大な損害を与えた予測士を告発することだ。これについては、世界の多くの国でサーベンス・オクスリー法のような法律が施行されるようになっている。この法律は企業の不正行為に狙いを定め、不正な予測は、より広いコンテクストにおいて企業の不正行為の一部と見なすものとなっている。こうした結果、予測士は、以前ほど訴追から安全ではなくなった。詐欺的な予測士を訴える良識をもった人たちの存在は、予測士の身を引き締め、襟を正させる効果があるはずだ。
*原文:Sue the Forecaster? Bent Flyvbjerg, Mar 31, 2022
初出:Geek Culture
ベント・フリュービア|Bent Flyvbjerg
プロジェクト/プログラムマネジメントの分野で世界的に最も引用されている学者であり、パワーバイアス、戦略的虚偽表示、楽観主義バイアス、計画の誤謬、参照クラス予測など、行動科学における研究のパイオニア的存在。オックスフォード大学サイード・ビジネススクールのBT教授と主要プログラムマネジメントの初代専攻長、およびコペンハーゲンIT大学の主要プログラムマネジメントの専攻長を務める。2023年2月16日刊行の共著『How Big Things Get Done』(Penguin Random House)が発売前からすでに話題沸騰中。
『How Big Things Get Done』に寄せられた賛辞
「重要で、タイムリーで、勉強になり、面白い。これ以上は望めない」
──ダニエル・カーネマン(ノーベル経済学賞受賞者)
「数十年にわたる実証研究と経験に導かれた知恵と感動的なストーリーテリングの、鮮やかで忘れがたい組み合わせ」
──ティム・ハーフォード(『統計で騙されない10の方法』著者)
「失敗した計画の特性を研究してきた私から見ても、ベント・フリュービアほどこのテーマを広く深く研究している人はいない。その研究は、オリンピックから犬小屋の改築まで多岐にわたる」
──ナシーム・ニコラス・タレブ(ニューヨーク大学タンドン工学部リスク工学特別教授、『ブラック・スワン』『反脆弱性』著者)
あらゆる「プロジェクト」が陥る罠を徹底的に分析した新著『How Big Things Get Done』を ベント先生が解説。プロジェクトマネジメントに携わる人は必見
次週2月21日は、WORKSIGHT全7回のイベントシリーズ【会社の社会史-どこから来て、どこへ行くのか?】から、第1回「はじまりの『会社』、未知なるものとしての『会社』」を配信予定です。〈会社〉という言葉の成り立ち、〈会社〉と〈社会〉、そして〈世間〉など、日本の社会において〈会社〉とはいったいどんな存在であったのか。WORKSIGHT編集長の山下正太郎とコンテンツディレクターの若林恵が、民俗学者の畑中章宏さんとともに考えた、昨年11月15日のトークイベントからお届けします。お楽しみに。
【WORKSIGHTのイベント情報】
2月18日(土)京都で開催!
トークセッション「入門:ゾンビと現代社会〜ゾンビを知ることは私たち自身を知ること〜」
昨年末に話題の書『ゾンビと資本主義』を刊行、特集「われらゾンビ」特集にも寄稿いただいた遠藤徹さんをお招きしたトークを京都で開催!なぜゾンビに注目するのか、ゾンビから何が見えてくるのか。ゾンビを考えることで世の中が見えてくる。ゾンビで学ぶ現代社会・入門編、開講です!
【トークセッション概要】
■日時:
2023年2月18日(土)14:00~16:00頃(開場13:30)
■会場:
恵文社一乗寺店コテージ(会場参加+オンライン配信)
京都市左京区一乗寺払殿町10
■出演:
遠藤徹・宮田文久・若林恵
■主催:
WORKSIGHT/学芸出版社