「創造性」を実践へつなげる3冊| 岩渕正樹・選【つくるの本棚 #3】
これからの「つくる」を考えるべく、各界の識者が3冊の本を紹介する「つくるの本棚」。第3回は、ニューヨークを拠点に「22世紀のためのデザイン」を探究するデザイン実践者・研究者の岩渕正樹さんに、「創造性」を実践へつなげるための3冊を選んでいただきました。
「クリエイティブ」「デザイン思考」といったことばが広まりつつも、その実践への橋渡しに関しては模索が続く現代社会。多くの人が「創造性」に期待する時代のただなかで、実践につながる読書とは、どのような態度にもとづくものなのでしょう。
「つくるの本棚」第3回は、JPモルガン・チェース銀行デザインストラテジスト、東北大学特任准教授としても活躍する岩渕正樹さんが、ビジネス/デザイン/ソーシャルイノベーションという異なる3分野から本をセレクトします。
text by Masaki Iwabuchi
photographs by Yuri Manabe
【つくるの本棚 #3「『創造性』を実践へつなげる3冊」岩渕正樹・選】
『SHIFT:イノベーションの作法』
濱口秀司|ダイヤモンド社
『20XX年の革命家になるには:スペキュラティヴ・デザインの授業』
長谷川愛|ビー・エヌ・エヌ新社
『日々の政治:ソーシャルイノベーションをもたらすデザイン文化』
エツィオ・マンズィーニ|安西洋之、八重樫文・訳|ビー・エヌ・エヌ新社
創造性の時代
ビジネスにおいて、創造性が重要であると叫ばれて久しい。メディアでも連日、日本の国際競争力を取り戻すためにクリエイティブな事業を創造しなければならない、といった話題が数多く取り上げられ、デザイン思考ということばはいまや完全にビジネスの文脈のなかで市民権を獲得した。書店に行けば◯◯思考、◯◯発想法、という本がびっしりと並び、私は結局どの本を買うか決めることができず、何も買えずに書店を出る、という経験も多い。
社会人の創造性リカレント教育もブームだ。デザイン教育者やクリエイター、アーティストなどを招き、何らかのクリエイティブ研修やワークショップを社内で受けた、というビジネスパーソンも多いのではないだろうか。美大や総合大学もクリエイティブリーダーシップ、クリエイティブイノベーションなどの名を冠した、社会人をメインターゲットとした新しい教育プログラムを立ち上げ始めている。経済産業省も、行政にデザインアプローチを取り入れるJAPAN+Dプロジェクトを開始したところだ。まさに国を挙げて、産・官・学がこぞって21世紀の日本や社会を「どうにかする」ための鍵のひとつとして「創造性」に期待しているのは間違いない。
さて一方、そこで生まれる素朴な疑問として、そうした創造性は、なにか1冊の本を読めば、もしくは研修や教育を数時間から数日受講すれば、はたまた1〜2年もの学位プログラムを修了すれば、めでたく身についた、と言えるのだろうか。そして数年後、日本はクリエイティブに生まれ変わった、と胸を張って言える姿を想像できるだろうか。
いやいや、そんな単純な話ではないだろう、と多くの人が思うはずだ。創造性は職種によらず誰もが習得可能であるが、ただ「教育を受けた」という実績で開放されるスキルではない。それよりも遥かに重要なのは、研修や教育を受けた「あと」で使いこなせているのかどうか、である。学んだことを所属する組織にもち帰り、現場でそれを発揮・実践できているのか、新しいプロジェクトや価値がどれだけ創造されたのか。それらを測らなくては、単に履歴書に書ける学歴や教育受講歴が1行増えただけである(そして履歴書文化の我が国においてはそちらのほうがいまだ重要視されている向きさえある)。
企業のマーケティングページに「組織の全員がデザイン思考を受講」といった触れ込みが声高に宣言されているのを見かけるにつけ、日本において創造性という目に見えない能力が「正しく」測られているのか不安を感じる。もちろん研修を受けさせることは必要だが、その後、モチベートされた個々人が自らの創造性を持続的に運用・発揮できる文化も醸成していかなければならない。言うなれば、創造性は生涯を通して「求道」し続けるものである、という態度をもっと説いていく必要があるように感じる。
私もまた、そうした創造性の求道者として、書籍を読んだり、イベントに参加したりして、教育と実践とを反復し、試行錯誤し続けているひとりだ。現在はNYを拠点に、米JPモルガン・チェース銀行にてデザイン・ストラテジストとして同組織のビジョンデザインを行うほか、東北大学客員准教授として、日米で創造的思考の実践・研究・教育を行っている。
今回、本ニュースレターの執筆者として貴重な機会をいただいたので、僭越ながら、自分がキャリアを通じて創造性の体得と実践をしてきた経験をもとに、主にビジネスパーソンを対象として、いかにしてこれからの「つくる」を実践するための創造性を「本を読んで終わり」ではなく、真に自分のものとし、生涯続くサステイナブルな態度にできるか、という視点で、指針となる3冊の選書を行った。アメリカに渡ってからは英語の文献を読むことが多く、また普段は相当に自分が惹かれた本しか読み進めないため、非常に個人的・主観的な選書となるが、どなたかの今後の創造性の探求の一助となれば幸いである。
優れた創造性を学んだら、次の日自分の仕事で使ってみる
1冊目に紹介するのは、濱口秀司著『SHIFT:イノベーションの作法』(2019)である。たとえば、こんな文言が並ぶ。
イノベーションは誰もが起こせる
日本の企業はポテンシャルこそあるのに方法を知らないという惜しい位置にいる。(中略)しかし、方法論さえ知れば、日本人は最強である。
『SHIFT:イノベーションの作法』(濱口秀司|ダイヤモンド社)USBフラッシュメモリやイオンドライヤーのコンセプト開発などを手がけ、シリアル・イノベーター(企業内で連続的にイノベーションを起こす人物)の先駆者として頭角を現した後、世界を股にかけるビジネスデザイナーとなった濱口氏の初の著作。
濱口秀司といえば、デザイン・クリエイティブコンサルタントの先駆け的存在として、まさに「創造性」の求道者として、イノベーション関連の書籍を読み漁っている方にはお馴染みかもしれない。本書は濱口氏の実践知から創出された、常識とは異なるアイデアを発想するための「SHIFT」という創造的思考法およびメソッドを余すことなく伝えている。
SHIFTの概念をビジュアルに表すと、それは矢印、ベクトルである。ベクトルは「方向」と「大きさ」という二つの要素で構成され、英語の”SHIFT”には”ずらす、移行する”という意味がある。「どの方向に、どのくらいの大きさでずらすのか」 ──この二つの要素を、適切に設計することがポイントとなる。
ただひたすらアイデアを発想し、創造性を「閃き」という名の才気に頼るのではなく、出てきたアイデアを一歩引いて客観的に見つめ、その意味や背景にある”バイアス”をベクトルとして図示し、それとは異なる「方角」を見いだすことにより、意図的に論理的に飛躍した発想を生み出せるようにする、というのが濱口氏のSHIFTメソッドの主張だ。
濱口氏は自身の方法論を書籍化しないというスタンスを通していたので、本書が出版にこぎつけたのは2019年と比較的最近のことであるが、講演などでその手法は遥か前から語られていた。
Break the bias: Hideshi Hamaguchi at TEDxPortland 2012
私もまた、この書籍が出るより前の2013年に、濱口氏のSHIFTメソッドを直接、研修にて拝聴する機会に恵まれた。極めて論理的に創造的なアイデアを発想するアプローチは、参加者のひとりである私にとっても即座に腹落ちするものであるとともに、まさに目から鱗が落ちる感動であった。こういう仕事をしたい、とその時決意したことはいまだに覚えており、それが私のキャリアの原点となっているように思う。
2013年5月の自分のツイートがまだ残っていた。それから10年弱、その時の熱量はまったく落ちていない。いま本書を改めて繙けば、たとえばこんなフレーズにも目が留まる。
誰も思い付かない「方向」を見つけ出し、実現可能な、意味のある「大きさ」で設計する。それがビジネスデザイナーとしての私の仕事である。初めのアイデアからベクトルの大きさや変化の角度をデ・チューン(小さめに調整)するアプローチを採ることはよくあるし、反対に、ベクトルの大きさや変化の角度を増すことでアイデアのユニークさを際立たせることもある。
いまでこそこうしたクリエイティブなプロセスや思考法に関する書籍が溢れているが、創造的な仕事を、単発ではなく、いかにして記号化・抽象化し「反復」するかという点に2000年代から着目し、個人のレベルで実践・研究していたという先見性には感服せざるを得ない。
私にとっての濱口氏の功績は、その方法論自体の完成度もそうなのだが、創造的な成果物ではなく、それを生み出すための思考やプロセスの側に光を当て、共有が容易なフレームワークで開示したことにある。それにより、今までブラックボックスに包まれ一握りの限られた人だけがもつ才能と思われていた「創造的」な仕事が、バリバリの左脳派・ロジカル思考の自分でも実践できるかもしれない、と信じることができた。
また、デザイン思考を開発・実践したスタンフォード大学やIDEOのように、デザインプロセスの体系化というような大きな話は企業や教育機関が行うものだと思っていたが、濱口氏のように個人の実践知から新しい創造的思考法やプロセスを発明したってよいのだ、ということも、自分のそれまでの「創造性」への常識に対する大きな転回だった。
創造性を生涯かけて求道していく態度、そして実践のなかで自分なりの創造性の刃を研いでいく必要性を濱口氏から感化されて以降、次の日からいかにして自分の仕事で使うか、この優れた思考法を自分のものにするか、ということを毎日考え、事あるごとに自分のクライアントのコンサルティングワークやワークショップに取り入れるように心がけてきた「創造性」を自分の血肉とすることができれば、濱口氏のこんな言葉も納得がいくだろう。
イノベーションとは、突拍子もない、直感的な発想の持ち主から生まれるものと思われがちだが、実際は多くの場合そうではない。
私も学生や社会人向けにクリエイティブリーダーシップの研修などをすることがあるが、「勉強になりました」という優等生的、そしてある意味では受け身的な反応が多い。「このプロセスをなぜ挟む必要があるのだろうか」といった議論や批評、「盗ませていただきます」くらいのビッグマウスを実は求めている。そういう人が増えると私の仕事が無くなってしまうのだが、私が教えたプロセスから新たなプロセスがどんどん発明され、私の仕事が無くなる状況のほうが、実は真のクリエイティブな社会の姿なのだ。
うまくいかないことから問いをつくり、自分なりの方法論をつくる
次に紹介する書籍は、長谷川愛著『20XX年の革命家になるには:スペキュラティヴ・デザインの授業』(2020)である。
『20XX年の革命家になるには:スペキュラティヴ・デザインの授業』(長谷川愛|ビー・エヌ・エヌ新社)著者は、アート/デザイン分野の名門RCA(ロイヤル・カレッジ・オブ・アート)で学んだアーティスト。自身が行った講義をもとに、スペキュラティヴ・デザインを起点にした社会変革を説く。
あなたは20XX年の革命家です。
いまから数十年後、未来の世界のどんな部分を、どのように変えていきたいですか?
こう書く長谷川氏は、デザインを通じて人間の倫理観や現在の常識に対して問いを投げかける、スペキュラティヴ・デザインという領域のパイオニアである。長谷川氏初の著書となる本書では、スペキュラティヴ・デザインの歴史や考え方、彼女の発想の原点やプロセスなどを豊富な事例とともに学ぶことができ、また、いかにして現在のメインストリームのシステムや常識的な考え方を変えるような「革命的」な思考や実践を行うかについて、アート・テクノロジー・ポリシーなど、複数の領域を横断した学際的な観点でヒントを得ることができる。長谷川氏の語る「革命」とは、以下のようなものだ。
ここでの「革命」とは、いま自分のなかにある固有の価値観や世界から脱却し、新たな別の視点をもつこと、理想の世界を夢想し、そのためにあらゆる手法を使って実践(外在化)することを指しています。(中略)もしあなたがいま生きている世界が窮屈で退屈に感じるならば、まずは自分に合った方法で一歩を踏み出すこと。革命の種を育て、世の中に広めていくことが重要です。
長谷川氏の代表作のひとつ、「私はイルカを産みたい…」という作品を紹介したい。本作品は人間が自分の子どもではなく、絶滅の危機にある種(たとえばサメ、マグロ、イルカ等)を代理出産するような未来はどうなのだろうか?という彼女の個人的な問いや思考実験から、その技術的実現性を探求するとともに、映像を通じて「現在とはまったく異なる常識や価値観」の流れる世界を提示している。おそらく初めて見る方はその映像を理解できるまで時間がかかるだろうし、私自身も大きな衝撃を受けた作品である。
長谷川氏の実践は、なぜ人間は当たり前のように人間という種の保存をしなければいけないのか?私はそれをしたいのだろうか?という、「なぜ?」から始まる、現状に対する批評的(クリティカル)なまなざしから始まる。そこから、もし人間が人間という種の保存を超えて、地球環境や生態系に貢献するような世界になったら……といった、「もし〜なら(What if-)?」の仮定や夢想を通じて、いまとは異なる価値観や、我々が進みたい未来について考えるきっかけを与えてくれる。長谷川氏はこう論じている。
「スペキュラティヴ・デザイン」とは、およそ10年前に生まれた、越境的かつ批判的なまなざしを持ち、問題提起に注力していくデザインの「態度」のことです。デザインは問題解決の手段といわれますが、その問題設定自体が間違っていれば状況はよくなりません。複雑化する現代社会において、いま「ものごとの根本からクリティカルに問い直す力」を身につける教育があらゆる分野で求められています。その力は社会の革命にきっと役立つはず。
私もまた、長谷川氏の作品に感銘を受け、環境問題などの地球規模の問題が横たわる昨今、新しいアプリや目の前のユーザーのためのサービスをつくるような創造性を超えたいと考えていた。もっとより深いレベルで、人間の価値観や常識に揺さぶりをかけるような創造性が次の10年では求められてくると感じ、スペキュラティヴ・デザインを学ぶべくアメリカに渡ったのだった。そこで学んだスペキュラティヴ・デザインの最も重要な本質は、長谷川氏が語る通り、現状に「なぜ?」を問い続け、「ものごとの根本からクリティカルに問い直す」態度である。これを読んでいる皆さんには、それは自分とは別世界の、アーティスト的な職業の人たちのためのスキルのように聞こえるかもしれないが、私はそのスキルこそが、これから創造性を求めるすべてのビジネスパーソンにとって必要なものであると主張したい。
先に『SHIFT』を紹介した際に私は、真に創造性を身につけるため、優れた創造性を学んだら、次の日自分の仕事で使ってみることの重要性について伝えた。だが実際に自分の仕事の現場で利用しようとすると、当然ながら、学んだことをそっくりそのまま適用することは不可能であることに気づくだろう。古今東西あらゆるプロジェクトに適用可能なクリエイティブフレームワークなど存在しない。それは本や著者が悪いのではなく、使い手側のメンタリティの問題だ。デザイン思考をはじめとした、創造的なアウトプットを生み出すための有用なフレームワークは「道具」にすぎない。自分の現場でそれが活きるようにチューニングしなければいけないのは当然だ。
面白い方法論を学んだのに、なぜ自分の現場ではうまくいかないのか?
事業部長レベルにこの方法論を試しに紹介してみたらどうだろう?
まさにそれは現状の自分の仕事や組織の常識を疑い、「なぜ」「もし〜なら」の問いかけを続けて自分なりの創造性を編み上げていく態度だ。自分の現場に適用できるように、フレームワークを少し変えたってよい。誰かと一緒にやってもよい。複数の書籍から活用できるパートを部分的に抜き出して、それをつなぎ合わせてオリジナルのデザインプロセスを運用したってよい。こうした態度がビジネスシーンにおいて、あなたの真の意味での創造性を育んでゆく。
スペキュラティヴ・デザインとは態度であり、有効なメソッドは存在しません。ここから学べる最も大事なことは、自分でもばかばかしいと思えるような夢想でも、一度声に出してみれば世界に見せうるものになるかもしれない、ということです。
いやいや、長谷川さんはそう言うだろうけど、デザインの学位もない自分が同じようなことを言い出すのは気が引けるよ。
どうせこんなことを言っても反対されるだけだから言わないでおこう。
そういう風に考えてしまう人もいるかもしれない。だが、創造的なことをやる、これまでにないことをやる、というのは、いつだってひとつの小さなアイデアから始まるものだし、いつだって初めての挑戦になる。これまでの経験や学歴は一切関係ない。社会の常識や組織の当たり前、既存顧客やビジネスを疑い、コンフォートゾーン(快適な空間)の外に出ていく「勇気」が、創造的なものごとを成すために最も必要なことだ。
そうして何か、たとえば自分の目の前の現場を、組織を、ビジネスを、小さなレベルでもより良く変えることができることができたなら、その時、あなたは「創造的」なビジネスパーソンになったと、胸を張って言ってよい。あなたがあなたの組織で編み出した、オリジナルの創造的なプロセスや方法論が自分の引き出しに入っているはずだ。その経験が、自らの創造性の源泉として、生涯使える武器となるはずだ。
周りを巻き込み、自分の方法論で大きなプロジェクトをつくる
最後に紹介するエツィオ・マンズィーニ著『日々の政治:ソーシャルイノベーションをもたらすデザイン文化』(2020)には、こんな刺激的なフレーズが書きつけられている 。
君のいる場所から世界を変えろ
『日々の政治:ソーシャルイノベーションをもたらすデザイン文化』(エツィオ・マンズィーニ|安西洋之、八重樫文・訳|ビー・エヌ・エヌ新社)サービスデザインとサステイナブルデザインの研究者であり、国際的なネットワークを形成しながら活躍する著者が、自分の日常のデザイン=「政治」の道筋を探る。
エツィオ・マンズィーニ氏はミラノ工科大学の名誉教授で、サービスデザインとソーシャルイノベーションの分野における、世界での第一人者である。彼の初の邦訳書となった本書は、「日々の政治」というタイトルが付いているが、行政や国策という意味での政治ではなく、その主語を「私たち」のレベルに移行することを目的としている。すなわち自分が思い描くことや夢を、いかにして自分がいまいる場所からデザインし、周りの人も巻き込みながら大きなインパクトを生み出すことができるのか、それを私たちの「日々の政治」と題し、各々の意思決定の態度や行動の変容を促す書籍である。
最初は、熱心な人たちが集まる小さなグループから始まる。時とともに、これらの活動が育ち発展する。
大きなスケールのシステムの変化は、その根底の部分に触れる小さなスケールの変化の積み重ねによって生じる。
こう語るマンズィーニ氏は、もはやトップダウンでの一律的な施策や慣習の施行ですべてがうまくいくような時代ではなくなってきたという前提のもと、行政や組織の役員といったレベルが促す変化ではなく、個人レベルのボトムアップから始まる小さな、でも意味のある変化が、時間をかけて賛同者と共に大きな変化に増幅されていく可能性を信じている。もちろん一筋縄ではいかないからこそ、マンズィーニ氏は、こうも書く。
世界の複雑さを「前向きに受け入れる」ことを基本的なスタンスとしている。
『20XX年の革命家になるには』に関して私は、自分の所属する場所で本質的な変化を生み出すために、創造的な方法論をまず試してみて、うまくいかないことから問いをつくり、自分なりの方法論をつくる必要性を伝えた。だが組織に所属するビジネスパーソンの立場に立つと、いくら自分ひとりが創造性に目覚めても、プロジェクトはひとりで行っているわけではないので、そこに他の人や上司を巻き込んだり、人を動かしたりしていく必要に駆られるだろう。また、組織のレベルにおいても、デザインチームのなかでは創造的なアイデアで盛り上がっていても、他のビジネス部署がその熱量についてこられなかったり、マネジメントの稟議が通らずにしぼんでしまったり、といったこともよく聞く話だ。創造的なものづくりは自分ひとりではできない。ゆえに、創造的なプロセスやアイデアへの賛同者を増やし、多くの人を巻き込んでいく戦略が必要だ。そうした複雑さのなかにこそ、マンズィーニ氏の戦略は根づいている。
ぼくが言い添えてきたことは、参加する人々のデザイン能力が育つほど、ぼくたちが集まって考えられることがより生産的になっていくことである。ぼくたちはこれからも(望むか否かにかからわず)世界の複雑さに向き合わなければならない。そんな世界の複雑さにデザイン文化が馴染んでいくことで、人々のデザイン能力はより豊かに活性化していくのだ。
本書では、「自分から始まるデザイン」は誰でも始めることができる、という態度を説き、そうした”デザインモード”で生きるための実践的なアクションを提示している。あらゆることの動きが速く、先が見えない昨今、先人や前例の繰り返し(慣例モード)に基づいた生き方は通用しなくなってきた。自分の目線で価値のある、創造性に富んだプロジェクトを発見し、自分から動いて仲間を増やし、より大きな変化を生み出していく。その過程で、そこに参加する人びとも創造的なプロセスやディスカッションに慣れ、結果として組織全体がクリエイティブに目覚めていく。そんなポジティブな循環を生み出すための態度が、マンズィーニ氏の説くモードだ。
極めて理想論で、実践に結びつけるのは並大抵のことではないが、アイデアを伝えてみたけどわかってもらえなかった……と絶望して諦めるのではなく動き続けてみると、まったく別角度から推進者が見つかったり、新たな突破口が開けたりするかもしれない。そして意味のある挑戦に対して理解や賛同が得られたら、それ自体を素晴らしい奇跡として褒めよう。そうした成功体験が、組織全体をクリエイティブに少しずつ変化させていくはずだ。
創造性の求道者たれ
ここまで3冊の書籍と共に伝えてきた3つのテクニックが、まさに私自身が所属する組織で、創造的なものごとを生み出すために実践し続けていることだ。
本記事ではビジネスイノベーション、スペキュラティヴ・デザイン、ソーシャルイノベーションと、異なる分野における3冊を紹介したが、すべてに共通することは、職種や学歴に関わらず、すべての人がイノベーションや創造的なものごとを思考・実践する能力があると、それぞれの著者自身が信じていることだ。濱口秀司、長谷川愛、エツィオ・マンズィーニ、まさにこれまで我々が「天賦の才」をもつパイオニアだと思っていた人たちが、一様に創造性は我々すべての人のなかに宿っていると説き、それを解放しようとエールを送ってくれている。我々はその期待に応えなければならない。
ポテンシャルがありながら、実践できないのは罪である。
濱口氏の強いことばが胸に刺さる。本記事が日本において真に創造性を実践し、生涯にわたる「創造性の求道者」が増えていく一助になることを願っている。
そうは言っても難しい。何かを変えたいとは思っているが、ひとりではできそうもない。そういうときはぜひ私に声をかけてほしい。あなたはひとりではない。組織や社会の未来を良くしたい、何かを変えたいと思っている仲間は、ここにいる。まずはあなたの思いを口に出すことから、始めてみよう。
岩渕正樹|Masaki Iwabuchi NY在住のデザイン実践者・研究者。米JPモルガン・チェース銀行デザインストラテジスト、東北大学特任准教授として独自の未来洞察手法「Social Dreaming」を研究・教育。近年の受賞に米Core77デザインアワード2020など。Good Living 2050 国際ビジョンコンテスト審査員。
次週12月20日は、「彼女たちが形づくった活字:〈Women in Type〉が光をあてた女性たち【前編】」をお届けします。タイポグラフィと女性に関する研究プロジェクトを主導した、レディング大学のフィオナ・ロス教授に、活字産業における女性たちの貢献、他者の存在を認め記録しておくことの重要性について伺います。
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■書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]17号 植物倫理 Plants/Ethics』
■編集:WORKSIGHT編集部
■発行:コクヨ/発売:学芸出版社
■ISBN:978-4-7615-0922-4
■定価:1,800円+税