オリンピックのコストが膨らむ6つの構造的理由【ベント先生のメガプロマネ講座 #1】
オリンピックでは、すべての大会でコスト超過が発生しています。その理由をメガプロジェクトのプロジェクトマネジメントとそのリスクに関わる研究の世界的大家ベント・フリュービアが解説します。トーマス・バッハIOC会長への公開書簡とともに。
2021年11月、中国北京にて(Photo by Hou Yu/China News Service via Getty Images)
「ほとんどの都市は、費用に見合うだけの負債や補助金を政府が支払うつもりがない限り、オリンピックにイエスと言うことはないだろう」。ロサンゼルス市長のエリック・ガルセッティはかつてそう語りました。オリンピックは開催都市に莫大なコストと負債をもたらす厄介者でもあるのです。
実際、1960年以降のすべてのオリンピックは予算超過をしており、平均超過率は172%に及ぶといわれます。数あるメガプロジェクトのなかで、なぜオリンピックは絶えずコスト超過を引き起こすのでしょうか?
メガプロジェクトにおけるプロジェクトマネジメントとそのリスクに関わる研究の世界的大家ベント・フリュービア教授が率いるオックスフォード大学の研究グループが、その理由を詳細に解き明かす論文「Regression to the Tail: Why the Olympics Blow Up」を2020年9月に発表し、その抜粋がフリュービア博士のブログに公開されました。ここでは、ブログからの「オリンピックのコストが膨らむ6つの構造的理由」に加え、「IOC会長トーマス・バッハ氏への公開書簡」「オリンピック開催にはいくらかかるのか?」を翻訳・掲載します。
東京大会をめぐって逮捕者が続出しつつも、札幌大会の招致運動が進むなか、いま改めてオリンピックの「コスト」について考えてみましょう。
Text by Bent Flyvbjerg with Alexander Budzier and Daniel Lunn
Translation by Shota Furuya, Kei Wakabayashi
ベント・フリュービア|Bent Flyvbjerg
オックスフォード大学サイード・ビジネススクールのBT教授と主要プログラムマネジメントの初代専攻長、およびコペンハーゲンIT大学の主要プログラムマネジメントの専攻長を務める。プロジェクト/プログラムマネジメントの分野で世界的に最も引用されている学者であり、パワーバイアス、戦略的虚偽表示、楽観主義バイアス、計画の誤謬、参照クラス予測など、行動科学における研究のパイオニア的存在でもある。ノーベル経済学賞受賞者ダニエル・カーネマンは、計画の誤謬や参照クラス予測に関するフリュービアの研究を「予測の精度を高める方法に関する最も重要な助言のひとつ」と呼んでいる。ダン・ガードナーとの共著『How Big Things Get Done』(Penguin Random House)が2023年に刊行予定。
オリンピックのコストが膨らむ6つの構造的理由
1960年以降のオリンピック大会(データが入手可能な大会の招致予算から実質ベースで測定)のコスト超過について、以下のことを見て取ることができる。オリンピックでは、すべての大会でコスト超過が発生している。例外なくだ。
- コスト超過の平均は172%(中央値118%)
- 夏季大会のコスト超過の平均は213%(中央値120%)
- 冬季大会のコスト超過の平均は142%(中央値118%)
- 80%の大会で50%以上のコスト超過が発生
- 50%の大会で100%を超えるコスト超過
「白紙小切手症候群」とIOCの逆インセンティブ
大会でのコスト超過が大規模かつ頻繁に発生する理由は、主に6つある。
第一に、オリンピックの開催は撤回できない決定であることが挙げられる。つまり、これまでのすべての大会で起きたように、大会の規模や費用が膨らみ始めても、開催都市には、他のほとんどの投資のように、たとえそれが最善の行動であると考えたとしても、手を引くという選択肢がない。招致に成功しながら開催を途中で断念した都市は、1972年のデンバーしかない。ロックインは絶対的なものであり、開催地は闇雲に資金をつぎ込むことを余儀なくされ、それが多額の支出超過につながってしまうのだ。
第二に、開催決定を覆すことが難しいだけでなく、予算とスケジュールをトレードオフにしてコストを節約するという選択肢もない。なぜなら、オリンピックのスケジュールは決まっているからだ。招致の入札は開会式の7年前に行われ、競技日程はさらにその前から決まっており、動かすことができない。他のメガプロジェクトでは、予算とスケジュールのトレードオフは、コスト上昇を抑制するための一般的で効果的なメカニズムであることが多いが、オリンピックでは、このメカニズムが使えないため、超過を助長してしまう。
第三に、起こりうるコスト超過の全部または大部分を開催地が負担しなければならないという法的拘束力のある義務が存在する点が挙げられる。つまり、IOCにはコスト超過を抑制するインセンティブがなく、むしろコスト増が利益につながるIOCにとっては、逆インセンティブが働いているのだ。一方の開催地は、必要とあらば、好むと好まざるとにかかわらず、資金を投下し続けるしかない。これをわたしたちは「白紙小切手症候群」(Blank Check Syndrome)と呼んでいる。白紙小切手はそれ自体、オリンピックのコストとコスト超過を促進する増幅メカニズムだ。このようなやり方しかないわけではない。IOCは自らのレベニューにばかりこだわらずに、コスト面において指導的な役割を選び取ることもできるはずだ。だが、これまでのところそうしようという素振りは見えない。あるいは、そうしたところで、あまりに遅きに失しているのだが。
意味のない予備費とコストの悪循環
上記の3点で、オリンピックのコストとコスト超過の原因のかなりの部分が説明できる。契約やインセンティブを含めたオリンピック大会の設計は、高コストとコスト超過を事実上保証している。しかし、それだけではない。
第四に、投資の実施における範囲と品質に関する厳しい制約が、コストとコスト超過のさらなる原動力となることが知られている(Carlson and Doyle 1999)。前述した「動かない開幕日」という条件に、主催する多くの競技やイベントによって厳密に定義されるプログラム範囲、IOCや各スポーツ協会によって詳細に設定される設計基準などが合わさることで、開催地は身動きできないほどの強固な拘束をかけられてしまう。 従来のメガプロジェクトでは、予算、スケジュール、投資範囲、品質などの規定をコストとトレードオフする余地があるが、オリンピックの場合は、そのような交渉ができる余地は、ゼロかそれに近い。
例えば、100メートル走やボブスレーの基準について、開催地がIOCや競技団体と交渉できる余地はない。これらは開幕日と同様、所与の条件となっている。つまり、オリンピック大会の運営は、マクロレベルでは予算が不透明である一方で、ミクロレベルでは制約が事細かに存在しており、それに対して高度な最適化を求めるシステムであるといえる。このようなシステムは、設計の不備や不測の事態に対して脆弱であり、極端な状況をもたらしやすいことが実証されている。さらに、厳しい制約とそれがもたらす影響は規模に応じて深刻度が増すため、IOCとホスト都市はオリンピックの巨大化がもたらす帰結を念頭に置いておく必要がある(Taleb 2012: 279-80)。
通常の投資マネジメントでは、予備費を計上しておくことでこうした厳しい制約に対応する。オリンピックでもそれは同様であり、招致予算には通常、予備費が含まれている。2012年のロンドンオリンピックでは、4.3%の予備費が計上されていた。しかし、実質76%、つまり予備費の18倍ものコスト超過が発生した状況となっては、それも焼石に水だった。その10年後の2022年北京大会の招致でも似たようなものだ。予期せぬ出費に対する9.1%の予備費が予算に含まれ、IOCは「これまでの大会のリスクレベルと予備費の基準に則ったもの」(IOC2015:75)だと説明しているが、これまでの慣例に沿ったものかどうかはここでは問題ではない。過去のコスト超過と比較すると、この予備費では不十分なのは明らかだ。
オリンピックにおいて、効率的な納入を実現するために不可欠なこの予備費メカニズムは、他のどのタイプのメガプロジェクトよりも破綻している。このような破綻によって、トップマネジメントは資金不足に関するネガティブな報道、風評被害への対応、予備費の不足を埋めるための資金調達といった緊急課題に注力せざるを得なくなり、納入に集中できなくなってしまう。わたしたちはこれを「コスト超過の悪循環」(vicious circle of cost overrun)と呼んでいる。納期の遅れが、さらなるコスト超過を招き、それがさらなる注意力散漫を招く、といった悪循環に陥るのだ。オリンピック大会の実施に適用される非常に厳しい制約と、その制約を緩和するために必要でありながらも利用できない予備費が原因となって、こうした悪循環は引き起こされる。それがもたらすのは、言うまでもなく、コスト高とコスト超過だ。
スケートボード、BMXの競技会場となった有明アーバンスポーツパーク。2021年9月(Photo by Cameron Spencer/Getty Images)
ブラックスワンの飛来
第五に、計画期間が長ければ長いほど、確率変数の分散が大きくなり、ランダムな事象が発生する機会が増え、それがコスト上昇を増幅させる可能性があることだ(Makridakis and Taleb 2009, Farmer and Geanakopolos 2008)。時間は窓のようなものだ。期間が長ければ長いほど、その窓は大きくなり、大きなブラックスワンが飛んでくるリスクも増大する。2020年の東京オリンピックがCOVID-19の大流行によって、計画していた2020年に開催できなくなったように、このようなブラックスワンのなかには、計画を台無しにしてしまう致命的なものもある。その結果、すでに発生した数十億ドルに加え、さらに数十億ドルのコスト超過が発生し、オリンピックコストのファットテールがさらに太くなっていく。
オリンピックの開催は、7~11年という長期の計画期間を必要とする設計になっている。これは、ほとんどの国の平均的なビジネスサイクルの長さである。したがって、人件費や資材価格、インフレ率、金利、為替レートなどの変化が、コストやコスト超過に影響を与えることは驚くにあたらない。都市や国は通常、経済が好調なときに大会を招致するが、7~11年後に開幕日を迎えたときには景気循環が低成長へと反転してしまっていることは少なくない。
さらに、ランダムな事象によって生じるスコープの変化は、計画期間が長ければ長いほど起こりやすくなる。これまで繰り返された通り、テロ攻撃が起きるたびに大会のセキュリティ基準とコストが押し上げられている。興味深いことに、死者数で測定されるテロ攻撃の深刻度は、オリンピック費用と同じようにべき乗則の分布に従う。これは、あるべき乗則(テロ攻撃による死者数)が別のべき乗則(大会のコストとコスト超過)に直接的に関与している例である。極端な増幅が発生する典型なパターンだ。これはパンデミックについても同じことが言える。
長期にわたる計画は、先行きの予測において重要な変化を過小評価するリスクを増大させるだけでなく、遭遇するリスクの性質をも根本的に変えてしまう。金融データで観察されているように、ある時系列のなかにクラスター化した変動性(Volatility)と、相関性のある確率変数が存在する場合、べき乗則が発生する(Mandelbrot 1963, Gabaix 2009)。こうした時系列は、アナリストや予測家がしばしば想定する滑らかなランダムウォークではなく、ランダムジャンプによって支配されている(Mandelbrot 1963)。そして、ランダムジャンプ、例えば、オリンピックの競技施設の主原料である鉄鋼の価格の急上昇や、テロ攻撃をきっかけとしたセキュリティコストの急上昇は、べき乗則に基づいた結果をもたらす。計画の時間軸が長ければ長いほど、ランダムジャンプが起こりやすくなり、その結果、コストが爆発するのだ。
現状の予測技術ではこのような結果にまったく対応することができない。それが約1年の計画時間軸を超えるとなおさらだ(Blair et al. 1993, Gabaix 2009, Beran 2013, Tetlock and Gardner 2015)。水力学では、ブノワ・マンデルブロとジェイムス・ウォリス(1968)が、長期間の低降水量の後に長期にわたって発生する稀な異常降水量を「ノア効果」(Noah effect)と呼んでいる。この造語は、ハロルド・エドウィン・ハーストがナイル川の水位の変動を観察評価した際の論文が元になっているが、このノア効果は水力学の枠を超えて作用する。アスワン・ハイ・ダムは、ハーストの観測に基づいて、従来の予測をはるかに超える高さで計画され、彼の勧告に従って設計・建設された。ハーストは、ダム流域の最大水位を正確に予測することはしなかった。それは無駄であるだけでなく、リスクを過小評価してしまう可能性を高める。代わりに彼は、自分の観測値をはるかに超える極端な値に基づいてダムの壁の高さを決定した。べき乗則によれば、これまでで最も極端な事象よりも、さらに極端な事象が発生するのは時間の問題だからだ。ハーストとは異なり、オリンピックのコスト予測担当者は、目の前の現象における、べき乗則の性質を理解できずにいるがゆえに、安全マージンを増やすことができず、結果として、これまでのすべてのオリンピックでコストを過小評価してきたのだ。
永遠の初心者症候群
最後に、第六の要因として、わたしたちが「永遠の初心者症候群」(Eternal Beginner Syndrome)と呼んでいる現象を挙げることができる。上記の問題は、これによってさらに悪化する。メガプロジェクトを、予算とスケジュール通りに遂行することをできるだけ困難にしようと試みるならどうすればいいだろうか。答えはこうだ。(a)遂行責任者がこの種のプロジェクトを遂行したことがないようにし、(b)この種のプロジェクトを見たことがない、あるいは少なくとも過去数十年間見たことがない場所でプロジェクトを実施し、過去に学んだ教訓が廃れているか忘れ去られてしまっているようにすればいい。残念ながらこれは、オリンピックが国から国へ、都市から都市へと移動し、開催地の実施担当者が「永遠の初心者」の役割を強いられるという状況を、かなり正確に描写している。と同時に、オリンピックがあらゆるメガプロジェクトのなかで最も高いコスト超過の記録を誇っていることの説明にもなっている。
経験の浅い初心者は、経験豊富な専門家よりも問題を過小評価する傾向があり、予期せぬ出来事が起こったときの対処に適していない。経験豊富な専門家よりも初心者のほうが、そのような事態になると制御不能に陥りやすく、問題を増幅しやすく、オリンピックコストに見られるような、べき乗則の凸型の結果に寄与してしまう。永遠の初心者が犯す間違いは、オリンピックの開催を、規模は大きくても従来型の建設プログラムの開催と同じだと思い込むことだ。これは完全な誤りだ。リオ2016では、32の会場で42競技、306種目が開催された。緊密に絡まり合った納入物、固定された納期、不十分な予備費がランダムな有害事象の影響を増幅させるシステムを形成している(Dooley 1999)。永遠の初心者は、規模や制約が納品リスクの増大という点で何を意味するのかについての経験が不足しており、したがって、これらを過小評価することになる。ここまで見てきた通り、リスクを見積もり、抑制するための従来のアプローチがこの種のシステムでは機能しないことが、経験不足とかけ合わさることで、さらに深刻な事態が引き起こされることとなる。
まとめると、オリンピックでのコスト爆発は、不可逆性、タイムスケジュールの固定、インセンティブのずれ、納入物の複雑な結びつき、計画期間の長さ、永遠の初心者症候群などに原因を求めることができるのだ。
*原文:”Six Reasons Why Olympic Costs Blow Up: The Olympic budget is a downpayment. Nothing more” Bent Flyvbjerg with Alexander Budzier and Daniel Lunn, Jul. 14, 2021
*参考文献や注釈を含む全文は以下をご参照ください(無料pdfあり)
"Regression to the Tail: Why the Olympics Blow Up," Bent Flyvbjerg, Alexander Budzier, and Daniel Lunn, 2021, Environment and Planning A: Economy and Space, vol.53, no.2, pp.233-260
トーマス・バッハIOC会長(左)とジャック・ロゲIOC前会長。2013年、ブエノスアイレスでのIOC総会にて(Photo by Scott Halleran/Getty Images)
IOC会長トーマス・バッハ氏への公開書簡
わたしたちは、オックスフォード大学の新しいオリンピック研究「Why the Olympics Blow Up」に対するIOCの反応に関心をもって注目しています。
ロイターやInsideTheGamesといったメディアによると、IOCはオックスフォード大学の研究には次のような欠点があると主張しています。
まず、メディアによって引用されたIOCの見解によると、わたしたちは 「大会の組織に関する予算と、都市、地域、国のインフラ予算という2つの異なる予算を混同している」とされています。
明確にしておきますと、わたしたちはIOCの主張とは正反対のことをしています。わたしたちの数字には、大会の直接的なスポーツ関連費用のみが含まれています。都市、地域、国の幅広いインフラ予算は、ご存じのように、スポーツ関連コストの数倍であることが多いのですが、わたしたちの論文の20ページ(最終オンライン版では27-28ページ)で述べたように、数字から完全に排除されています。
もしこれに同意できないのであれば、IOCの見解として、わたしたちの数字のなかから、2つの予算(スポーツ関連費用とより広義のインフラ費用)を混合した一例を文書化していただくよう謹んでお願いできないでしょうか。
第二に、IOCは、オックスフォードのわたしたちの研究が 「インフラ予算はオリンピック競技の4週間しか使えず、その後はすぐに『償却』されなければならないと示唆している」と指摘しています。
わたしたちの研究はこのようなことを述べていません。実際、わたしたちはこのような見解をどこにも表明していません。
第三に、オックスフォード大学の研究が「IOCに論文を見る機会を与えることなく」作成されたことにIOCが不満を述べていると語られています。
これは誤りです。研究の発表日は2020年9月15日です。わたしたちは9月4日、つまり出版の11日前にIOCにこの研究を送っています。具体的には、IOCコミュニケーションディレクターに研究書を送りました。この研究が、バッハ会長やIOCの他の人たちにきちんと伝えられていなかったのなら、それは残念です。
第四に、IOCは「オックスフォードの研究者は過去数年間、IOCにいかなる種類のデータも要求していない」とも述べています。
この指摘は正しいのですが、わたしたちは開催都市や国から直接データを入手しています。つまり、よりソースに近い、より信頼性が高いデータを入手したということですので、何ら否定的なことではありません。
第五に、IOCはオックスフォード大学の研究において「オリンピックのレガシーが完全に抜け落ちている」と批判しています。
オックスフォード大学の研究は、レガシーや大会から得られるその他の潜在的な利益を対象としていないため、これは無関係かつ無効な批判です。オックスフォード大学の研究は、コストに関する研究であり、明確にコストのみに限られた研究であると位置づけられています。わたしたちはレガシーの研究が重要であることには同意しますし、これを研究している尊敬すべき同僚がいることを嬉しく思っています。
第六に、IOC委員会は「この研究は、〈オリンピック・アジェンダ 2020〉の改革後にIOC委員会が実施した新たな施策が、将来の開催地が自らの社会、経済、環境ビジョンに最も適したオリンピック事業を開発することを奨励しているという事実を無視している」と不満を述べています。
繰り返しになりますが、わたしたちの研究が対象とした大会(1960〜2016)は、いずれも新しい施策の対象ではありませんでしたので、これは無関係であり、無効な指摘です。したがって、この研究が対象とするコストやコスト超過に、この施策が影響を与えることはあり得ず、結果的にこの研究とは無関係であると定義されます。
しかし、わたしたちはこの新しい施策を歓迎し、それが正しい方向への一歩であることに同意します。わたしたちは、今後の大会のコストとコスト超過に対する効果を、改めて調査することを楽しみにしています。
最後になりますが第七に、IOCは「2000年以降に調査されたすべての大会が収支均衡または黒字だった」という調査結果があることを指摘しています。
わたしたちは、この調査にIOCが資金を提供したことを認めるか否定するかをまずは知りたいと思います。もし、上記のメディアの引用に誤りがあれば、IOCが言っていないことをわたしたちが批判せずに済むよう、お知らせいただけたらと思います。
「ほとんどの都市は、費用に見合うだけの負債や補助金を政府が支払うつもりがない限り、オリンピックにイエスと言うことはないだろう」と、ロサンゼルス市長のエリック・ガルセッティが正しくも述べています。ガルセッティは、COVID19のパンデミックの前にこう言いました。COVID-19の後では、都市に対する質素倹約の圧力はさらに高くなっています。
わたしたちはオリンピックの大ファンであり、IOCが、少なくともコストとコスト超過の効果的な削減を支援することで、開催都市にとって再び魅力的な大会になることを望んでいます。わたしたちの考えでは、これは何年も前に起こるべきことでしたが、遅きに失したわけではありません。この重要な課題に関して、わたしたちオックスフォード大学が何かお役に立てることがあれば、遠慮なくお知らせください。
ご安全に。
著者チームより
ベント・フリュービア
オックスフォード大学BT教授/プログラムマネジメント専攻長
*上記の書簡は、2020年9月11日、トーマス・バッハ氏とIOCに送られた。返事はもらえなかった。
*原文:”Open letter to IOC President Thomas Bach:Oxford scholars respond to unfounded critique from the IOC” Bent Flyvbjerg, Jul 19, 2021
初出:Geek Culture
東京2020大会の開会式。2021年7月23日。(Photo by Laurence Griffiths/Getty Images)
補足:オリンピック開催にはいくらかかるのか?
1960年から2016年にかけてのオリンピックのスポーツ関連費用の実績は、各大会の競技数、選手数とともに以下の図表のとおりである。1960~2016年の30大会のうち25大会についてコストのデータが得られている。なお、この図表を作成した時点では、リオ2016年夏季大会はまだ開催されていない。したがって、この大会については、予備的なデータを使用した。
表1: 1960年から2016年にかけてのオリンピックのスポーツ関連費用の最終的な内訳(2015年算出、単位:米ドル)。道路、鉄道、空港、ホテル、その他のインフラは含まず、これらは大会そのものよりも費用がかかることが多い。
*)メキシコペソとユーゴスラビアディナールは、大会期間中または大会終了後にハイパーインフレに見舞われた。
出典: 筆者, https://bit.ly/2ZBaQSI
これまでの夏季大会で最も高額だったのは、2012年のロンドン五輪の150億USドルと1992年のバルセロナ五輪の97億USドルである。冬季大会では、2014年のソチ大会が219億USドルと最も高く、2006年のトリノ大会が44億ドルで2番目となっている。最も費用がかからなかった夏季大会は1964年の東京大会で2億8,200万ドル、最も費用がかからなかった冬季大会は1964年のインスブルックで2,200万ドルだった。ただし、これらの数字には都市インフラや交通インフラの資本コストは含まれておらず、そのコストは一般的に言って相当な額であることには言及しておくべきだろう。
1960年から2016年までの夏季大会の平均コストは60億USドルだ。同期間の冬季大会の平均コストは31億USドル。冬季大会の平均コストと中央値の大きな差は、ソチ大会における219億USドルという異常値が主な原因となっている。実際、2014年のソチ大会は、夏季大会と比較しても、史上最もコストの高い大会だ。冬季大会のコストの中央値は夏季大会のコストの中央値の半分以下であり、冬季大会のコストは夏季大会よりもはるかに低いのが一般的であることを考えると、これは異常なことだ。
以下の図は、1960~2016年のコストの推移を示したものである。傾向線は、大会費用が時間の経過とともに増加していることを示している。しかし、見かけ上の増加幅は統計的に有意ではない。したがって、統計的には、時間の経過とともにコストが増加も減少してもいないと主張することはできるが、2020年の東京大会が史上最もコストの高い大会になることを視野に入れると、見方も変わってくるかもしれない。
図1:オリンピック1960-2016のスポーツ関連費用のアウトターンの時系列。
出典: 筆者 https://bit.ly/2ZBaQSI
下の表は、1960年から2016年までの大会ごとのコストと選手1人あたりのコストを2015年のUSドルで示したものだ。これらのデータは、1960から2016年の30大会のうち25大会について入手することができた。夏季大会の1競技あたりの平均コストは2,240万USドル(中央値1,970万米ドル)。冬季大会では、3,920万ドル(中央値2,950万ドル)となっている。
夏季大会の1大会あたりの費用が最も高いのは、2012年のロンドン大会の4,950万ドルで、次いでバルセロナ大会の3,770万ドル。冬季大会では、1大会あたりのコストが最も高いのはソチで2億2,340万ドル、次いでトリノ2006で5,200万ドルだ。ここでも、ソチ大会が異常値であることがわかる。1大会あたりのコストが最も低いのは、夏季大会では1964年の東京大会で170万USドル、冬季大会では1964年のインスブルック大会で60万USドルだった。
表2: オリンピック1960-2016の1競技・1選手あたりのスポーツ関連コスト、100万2,015米ドル。
*)1980年のモスクワ大会は、1979年のソ連によるアフガニスタン侵攻に抗議して、65カ国がボイコットした。そのため、参加選手数が予想より少なく、選手一人当たりのコストが高くなってしまった。
†)リオ2016のコストについては、2017年6月14日に公表された「責任マトリックス」の第6回最終更新版を使用。このマトリックスには、スポーツ関連のコストが一部省略されているとの批判が報道されているため、真のコストはもっと高い可能性がある。
出典:筆者, https://bit.ly/2ZBaQSI
選手1人あたりのコストについては、冬季大会は夏季大会の約2倍のコストであることがわかる。選手1人あたりの平均コストは、夏季大会が70万ドル(中央値60万ドル)、冬季大会が130万ドル(中央値100万ドル)だ。しかし、その差は統計的に有意ではない。夏季大会の選手1人あたりのコストが最も高かったのは、2012年のロンドン大会の140万ドルで、次いで1980年のモスクワ大会の120万ドルだ。冬季大会では、選手1人あたりのコストが最も高かったのは、ソチ大会の790万ドル、2006年トリノ大会の170万ドルであった。選手1人あたりのコストが最も低いのは、夏季大会では1964年の東京大会で5万5千ドル、冬季大会では1964年のインスブルックで2万ドルであることが判明した。
下図は、選手1人あたりのコストの時間との相関を示したものである。1980年代半ばまでは、夏季大会の方が冬季大会よりも選手1人あたりのコストが高い傾向にあったが、その後は冬季大会のほうが夏季大会よりもコストが高くなっていったことがわかる。また、1980年代半ばから1990年代初頭までは、夏季大会の選手1人あたりのコストは概して減少したが、その後は、主に2012年ロンドン大会と2014年ソチ大会に引っ張られるかたちで、夏季・冬季大会ともに選手1人あたりのコストが上昇していることがわかる。ただし、全体としては、夏季大会、冬季大会、すべての大会において、経年変化は統計的に有意ではない。
図2: オリンピック1960-2016の選手一人当たりのスポーツ関連コストの時系列。ソチ2014を異常値とした場合としない場合。
出典:筆者 https://bit.ly/2ZBaQSI
*原文:”How Much Do the Olympics Cost? The most expensive Games to date are Sochi 2014. Tokyo 2020 are set to change this” Bent Flyvbjerg with Alexander Budzier and Daniel Lunn, Jul 19, 2021
*参考文献や注釈を含む全文は以下をご参照ください(無料pdfあり)
"Regression to the Tail: Why the Olympics Blow Up," Flyvbjerg, Bent, Alexander Budzier, and Daniel Lunn, 2021, Environment and Planning A: Economy and Space, vol.53, no.2, pp.233-260
次週12月13日は、ニューヨークを拠点に「22世紀のためのデザイン」を探究するデザイン実践者・研究者の岩渕正樹さんが選ぶ「つくるの本棚 #3」をお届けします。「創造性」を実践へつなげるための3冊とは──お楽しみに。
【WORKSIGHTのイベント情報】
WORKSIGHTイベントシリーズ「会社の社会史 -どこから来て、どこへ行くのか-」
第2回 「勤労」をつくる- 「働くこと」をめぐる新たな道徳-
12月13日(火)19:00-20:30
WORKSIGHTが誠品生活日本橋とのコラボレーションでお届けするトークイベント「会社の社会史」。全7回イベントシリーズの第2回を12月13日(火)に行います。
日本人にとって「会社」とはいったい何なのか。明治期に西洋よりもたらされたその概念を、日本人はどのように社会のなかに位置づけ、どのように我がものとしてきたのか(あるいはいかにして「我がもの」にできずにきたのか)。開国以来150年、日本人はいかに「会社」というものと格闘してきたのか。会社のあり方そのものが問われている現在、改めて日本人と会社をめぐる、わかったようでわからない関係性を民俗学者の畑中章宏さんとともに考え直す、〈経営民俗学〉という新たな試み。
第2回のテーマは、『「勤労」をつくる ー「働くこと」をめぐる新たな道徳』。日本ではなぜ「勤労」であることが奨励されるのか。それは誰が決めたことなのか。仕事に励むとは一体どういうことなのか。日本人は「働くこと」や「働き方」をどのように考えてきたのか、渋沢栄一のロングセラー『論語と算盤』やマックス・ウェーバーの古典的名著『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』など、出演の3名が持ち寄る参考書籍を踏まえながら明らかにしていきます。
本イベントはただいまお申し込みを受付中です。アーカイブ配信もございますので、皆さま奮ってのご参加をお待ちしています。
【イベント概要】
■日時
2022年12月13日(火)19:00 - 20:30(終了時間は目安です)
■開催形式
会場とオンラインの同時開催
会場|誠品生活日本橋内 イベントスペース「FORUM」(COREDO室町テラス2F)
オンライン|Zoomウェビナー
■参加費
会場観覧|1,500円(税込)
オンライン|1,000円(税込)
■出演
畑中章宏(民俗学者)、山下正太郎(WORKSIGHT編集長)、若林恵(黒鳥社)
■定員
会場観覧|30名
■主催
誠品生活日本橋+WORKSIGHT
■アーカイブ配信につきまして
・イベントチケットご購入の方限定で、後日アーカイブを配信予定です。
・アーカイブ配信のみご希望の方はオンラインからお申し込みください。
・また、第1回のアーカイブも配信いたしますので、そちらも併せてご覧ください。
■お申し込み(会場観覧とオンラインはページが異なります。ご注意ください。)