会社は誰のものか:働くことと「所有」をめぐるいくつかの答え
AI導入による従業員削減のニュースや、イーロン・マスクに象徴される強いトップダウン経営の台頭によって、企業に属して働くことの意味や立ち位置は日々揺らいでいる。一方で欧州では、「労働者主体の自律分散型組織」の実装が現実のものとなりつつあるという。組織のあり方を探究し、国内外の先進事例を発信してきた令三社の山田裕嗣さんに、その最前線を聞いた。
ドイツの光学機器メーカー、ZEISSの写真(1928年10月26日)。1889年に共同経営者のエルンスト・アッベが「カール・ツァイス財団」を設立。会社が個人の所有物として切り売りされるのを防ぎ、科学の発展や従業員の福利厚生に利益を充てる仕組みを構築した。「会社は会社自身のために存在する」という考えは、スチュワード・オーナーシップの原典とされる photograph by Schnellbacher/ullstein bild via Getty Images
「スチュワード・オーナーシップ」(Steward-Ownership)ということばを聞いたことがあるだろうか。2022年、Patagonia創業者のイヴォン・シュイナードが、自社の所有権を非営利団体などに移譲し、将来の利益を気候変動対策に充てると発表したことでも注目を集めた、「企業の所有形態」のひとつだ。
組織のあり方を探求し、国内外の先進的な事例を発信し続けている令三社(れいさんしゃ)の山田裕嗣さん。令三社の社名は明治初期の啓蒙学術団体「明六社(めいろくしゃ)」にインスパイアされたもので、「世界のなかで組織づくりがどう進化するか」を日本から考え、実践するために設立された。今回、「企業の所有権」をテーマにドイツ・スペインで7社の実践を視察してきた山田さんが見た、スチュワード・オーナーシップや分散型組織運営の最前線とは。
photographs by Yuji Yamada
interview by Shotaro Yamashita and Sayo Kubota
text by Sayo Kubota
山田裕嗣|Yuji Yamada 人材育成・組織開発のコンサルティング、大手ITベンチャーのHRを経て、2012年よりBtoB SaaSの株式会社サイカの創業に参画、代表取締役COOを務める。2017年に独立し、ベンチャー企業の組織戦略立案、大企業の人材育成や新規事業等を支援。2021年10月に株式会社令三社を設立、代表取締役に就任。自律分散型組織などに関する国内外の有識者との議論や、実践企業のサポートを手掛ける。2025年8月には中国ハイアールとの提携により日本初となるRenDanHeYi Japanリサーチセンターを設立。著作に『Signs of the Shift』、翻訳書に『すべては1人から始まる』、『コーポレート・レベルズ』。
組織論を学んでも解けなかったこと
──まずは山田さんが組織や所有というテーマに深く向き合うようになったきっかけについて教えてください。
現在の活動の出発点は2012年頃、ITベンチャーの創業メンバーとして経営に参画した経験にあります。それ以前は人事系のコンサルタントとして5〜6年ほど組織に関わっていたのですが、いざ自ら経営の現場に入ってみると、ベンチャーが直面する典型的な失敗をほぼすべて経験することになりました。
当時は35人ほどの規模でしたが、共同創業メンバーとの人間関係の難しさや、組織が拡大した際にミドルマネージャーをうまく配置できず、組織運営が停滞するといった課題に直面しました。わたしが何より好きだったのは、創業期の「みんなで頑張らないと会社が死ぬ」という危機感のなかで、互いに「あなたは何がしたい?」と問い合いながら全力で走る状態でした。しかし、組織が20人、30人と増えていくにつれ、制度を整え、分業を進め、管理を強化せざるを得なくなります。
自分自身でその管理の仕組みを設計しながら、心のなかでは「管理したくもないし、されたくもない」という強烈な違和感を抱えていました。「一人ひとりが個性を全力で発揮することで、全体としても最高の成果が上がる」という理想を描いていたはずなのに、現実はそうなっていかなかった。
──実際の組織運営での失敗が、自律分散型の組織モデルや、新しい会社のあり方を探求されるきっかけになったんですね。
はい。2017年にベンチャーを退いた際、「これは単に自分が知らないだけで、世界中の賢い人がすでに解決策を見つけているはずだ」と考えました。そこで、当時原著が出たばかりの『ティール組織:マネジメントの常識を覆す次世代型組織の出現』(原題:Reinventing Organizations)に出会い、ホラクラシー(フラットで自律的な組織運営モデル)などの新しい組織論に触れ、国内のコミュニティにも深く関わりました。
しかし、素晴らしいセオリーや理論を学んだところで、当時のわたしの目の前にあった「30人のベンチャー」が次の日から良くなるわけではありませんでした。そこで気づいたのは、「組織を語る」ことと、「組織づくりを語る」ことはまったく別物だということです。
──というと?
例えば組織の構造をフラットにしましょうとか、給料を相談して決めましょうとか、ある効果的なやり方を語っていても、現実、実務者としては何をするかではなく、どうやるかというほうが実はすごく大事です。わたしはよく「プログラム」と「プログラミング」というメタファーを使います。経営学や組織論の多くは、完成された組織の構造、つまり「プログラム」についての説明をしてくれます。しかし、実務者が本当に必要としているのは、その状態にどうやって至るのかという過程、すなわち「プログラミング」の技や考え方です。
この気づきから、わたしは、特定の理論を信奉するのではなく、世界中の多様な組織の「パターン」を知ることに重点を置くようになりました。オランダの「Corporate Rebels」という、世界中の良い組織を訪ね歩く若者たちに出会ったことも大きな転機でした。彼らが語る「Buurtzorg」(オランダの訪問介護企業)や「Haier」(中国の家電メーカー)の事例は、学者の理論とは違う生々しい具体性と解像度をもっていました。それ以来、わたしも国内外で80社以上にインタビューを重ね、「何をするか」ではなく「どうつくるか」というプログラミングの過程に焦点を当てて探究を続けています。
『Corporate Rebels Make work more fun』Corporate Rebels Nederland B.V.(2020年2月発売)。Corporate Rebelsが発行している進化型組織の実践事例集
組織を分散していった先に、最後に残る「所有」の問い
──自律分散型組織のプログラミングを深掘りしていく過程で、なぜ最終的に「企業の所有権」というテーマに行き着いたのでしょうか。
組織をフラットにし、意思決定を現場に分散させていく自律分散型組織を突き詰めていくと、必ず最後に残るボトルネックがあります。それが「会社は誰のものか」という「所有」の問題でした。
例えば、スペイン・バルセロナにある「Basetis」という400人規模のIT企業があります。ここは非常にフラットな運営をしていますが、創業者が100%の株式を保有しています。日々の業務は分散されていても、会社の存続に関わるような巨大な意思決定の権限は、依然としてオーナーひとりに集中しているのです。
現場の人びとがどれだけ当事者意識をもって働こうとしても、法的な所有権がどこにあるかという「前提条件」によって、最終的な責任の所在には決定的な差が生まれます。運営の分散化を進めれば進めるほど、最後には「誰が決めるのか」「利益はどこへ向かうのか」という所有の問題に突き当たるのは必然でした。つまり、組織の問題を根本的に解こうとすれば、最終的には所有のあり方に行き着かざるを得ないのです。
──そうした問題意識から、今回スチュワード・オーナーシップの実例を海外視察されたと、令三社のニュースレターで拝見しました。まずは、この企業の所有形態のひとつであるスチュワード・オーナーシップについて、歴史や概念を教えていただけますか。
スチュワード・オーナーシップは、主にドイツを中心に広がっているモデルで、「Purpose Foundation」という財団が中心となって提唱しています。これには大きくふたつの原則があります。ひとつは「Self-determination」(自己決定)。経営を実際に担う人びとが議決権をもち、外部の資本家に左右されずに自分たちで舵を取れること。もうひとつは「Purpose-orientation」(目的への志向性)。利益は個人の蓄財のためではなく、会社の目的(パーパス)のために使われるという原則です。
必ずしも厳密な定義があるものでもないですが、株式会社に種類株式などの発行の仕方によって多様な形式があるように、スチュワード・オーナーシップにも、あくまでも上記の原則をもとにしつつ、色々なパターンの実践があります。(編注:株式を議決権と財産権に分けるなど、具体的なパターンは、Purpose Foundationがモデルとして公開している)
エコシステムで会社の所有形態の変化を支える
──具体的にはどのような企業を視察してきたのでしょうか。
ドイツ視察では、歴史あるスチュワード・オーナーシップ企業である「BOSCH」での勤務経験ももつ「Bold2Move」の案内の下、複数の企業を訪ねました。組織開発コンサルの「The Dive」、子ども向け菓子の「MOGLi」、知育玩具の「Stapelstein」などです。
例えばStapelsteinは、元々デザインスクールの学生プロジェクトから始まった会社ですが、外部資金を入れたことで利益がオーナーにのみ還元される仕組みに葛藤を抱え、Purpose Foundationの支援を受けてスチュワード・オーナーシップに転換しました。
The DiveやMOGLiも同じように、会社が成長し、創業メンバーが今後株をどうしようかというときに、所有権を変える選択肢として考え始めたという話でした。また、自分の株を向こう6年程度の利益で買い戻される適正な時価総額を設定し、創業者が負ってきたリスクには報いつつ、所有権を切り離すというフェアな設計をしていました。
ドイツの知育玩具ブランドStapelstein。「子どもたちの幸せは活発な遊びから生まれる」として、子どもたちの日常生活に運動や遊びを取り入れるためのバランスブロックなどを開発している
──とはいえ、株を買い戻すことは、資金調達が難しくなることの裏返しとも思えるのですが。企業成長に課題はないのでしょうか。
はい、どうしても資金調達は受けづらくなりますね。そのためドイツでは、スチュワード・オーナーシップ企業への投資に特化した「Karma Capital」というVCも生まれています。彼らは議決権を求めず、リターンも5〜7倍程度という健全な範囲に限定する。そのほうがいい経営ができるという信念を共有して企業を支えている。資金調達が難しくなることも含めて、VCが必要で、新しいエコシステムを構築しようとしています。
──スチュワード・オーナーシップ以外のモデルで、同じように「企業の所有権」について取り組む事例はあるのでしょうか。
スペインでは「NER Group」(Nuevo Estilo de Relaciones)という、自律的で平等な経営を実現するための「共通の組織変革のフォーマット」を導入している複数の企業を訪ねました。そのうちの1社は、このNER Groupの手法を発展的に活用し、企業買収を手掛けるKrisosというPEファンドによって買収された会社です。 ここでは買収した企業の組織を分散型に変え、いずれは従業員に所有権を戻していくという社会実験的な取り組みが行われています。単なる組織変革を超えて、所有権自体をオーナーから従業員に移していく手法として、企業買収があるというかたちです。
これらの事例を通じて感じたのは、単に企業の所有権の移転や分散といっても、ひとつの完成されたメソッドがあるのではなく、自分たちの理想に合わせて設計していくものなのだということです。
ドイツのKarma Capital。スチュワード・オーナーシップ企業への投資を目的とした投資ファンド。従来のVCのように企業売却による利益を追求するのではなく、企業の長期的な成長や社会的インパクトを重視する投資モデルを採用
働く人全員が、すべての意思決定を担いたいわけではない
──現地では、所有のかたちが変わることで、組織にどのような変化があったのでしょうか。
まさにそこが最も重要な発見のひとつでした。今回訪ねた企業の経営者たちは口を揃えて、「形式や制度だけ変えても、文化が伴っていなければ意味がない」と言っていました。
The DiveやMOGLiの場合、そもそも「自律的に働きたい」「目的を大事にしたい」という強い組織文化が先にありました。その文化にとって、従来の株式会社という「所有の器」が合わなくなったから、かたちのほうを後から合わせにいったのです。つまり、所有の転換は、変化の原因というよりは結果であるという側面が強いのです。
面白いエピソードがあります。MOGLiの創業者は、従業員にもスチュワード(受託者)としてのオーナーシップを共有しようとしましたが、一部のリーダーからは「いまのままでも幸せだし、あなたを信頼しているから、あなたがもっていてくれればいい」と抵抗されたそうです。全員が起業家のように責任を引き受けたいわけではない、というのもひとつの素直な現実です。
一方で、スチュワード・オーナーシップに移行したことで、創業者は「自分がすべてを決めて責任を負わなければならない」という重圧から解放され、肩の力が抜けたと語っていました。所有権を仕組みとして分散させることで、個人のカリスマ性に依存しない、より持続可能な組織へと進化できる一面もあります。もちろん、スチュワードの選定や、意思決定の透明性に関しては、具体的な仕組みというかたちで健全性を担保する必要はありますが。
NER Groupの企業で、組織変革を進めるスペインのIT企業Inforyde。オーナーは変えないまま組織変革を模索する。社員座談会の様子
経済の中心ではない街で育まれたひとつの選択肢
──このような所有のモデルは、日本あるいは他の地域でも普及していく可能性があるとお考えですか。中国のHaierなどの事例との違いも含めて伺いたいです。
制度としてのスチュワード・オーナーシップを日本でそのまま導入するのは、法体系や税制の面で現時点では難しいでしょう。しかし、所有のあり方を考えて設計していくこと自体は、その根底にある思想に共通している部分があります。
Haierですが、彼らは数万人の従業員を「マイクロ・エンタープライズ」(ME)という小さな起業家集団の集合体に分け、市場競争を通じて成長を促すモデルを構築しています。同じくオーナーシップのもち方のモデルではありますが、ここにはパーパスということばはあまり出てきません。むしろ、社会的な競争が激しい中国の文脈に合わせた適応と進化のかたちと言えます。
Haierの「人単合一」(RenDanHeYi)モデル。CEOの張瑞敏氏は「わたしたちはまず、階層的な組織を解体し、中間層の部門をすべて取り除くことから始めました。1万2千人の中間管理職は、起業家になるか、社員であることを辞めるかを選択しなければなりませんでした」と語る
──先程のスペインやドイツの事例で、意思決定や責任についての抵抗感の話もありましたが、オーナーシップをもって働くことが、すべての人にとって幸せというわけでもないですよね。
大切なのは、すべての会社が同じかたちを目指すことではありません。爆発的な成長を志向するモデルもあれば、スチュワード・オーナーシップのように目的の継承を重視するモデルもある。経営の目的に対して、どの組織のあり方が最も適しているのか。そのバリエーションを、所有のレイヤーまで含めて選択肢としてもてることが、企業の生態系としての豊かさにつながるのだと考えています。
スチュワード・オーナーシップが盛り上がりつつあるベルリンは、「首都ではあるが、経済の中心地ではない」ということをドイツの方がおっしゃっていました。そのなかで発達したオルタナティブなあり方としてのスチュワード・オーナーシップなのだと思います。
──最後に、今回「企業の所有権」をテーマに、実際に所有権も含めた企業変革にトライしている現場視察をされてきて、どのように感じられましたか。
わたしが長年抱えてきた「人が自律的に働く組織はどうすれば成立するのか」という宿題においては、これまで、組織をどう変えるかというときに、動かさない前提として、株式などの会社の所有権に付随する意思決定や利益配分というものがありました。しかしここを変えると現実も変わってくる。所有は、実際に動かせない前提条件ではなく、意思をもって設計できる変数になっていることの実践を見て、伝えていくことは大事だなと考えています。
所有のあり方を問い直すことは、「働くことの幸せ」と「成果」をどう結びつけるかを問い直すことでもあります。今回のヨーロッパ視察を通じて、世界中どこへ行っても「対等でありたい」「自分で決めたい」「信頼されたい」という人間の自然な感情は変わらないと感じました。
日本には世界で最も多くの百年企業が存在します。その歴史がもつリスペクトと、今回見てきたような新しい仕組みを掛け合わせることで、日本ならではの「新しい所有のあり方」が生まれてくるはずです。それをこれからも探求し、世界に届けていきたいと思っています。
【WORKSIGHT SURVEY #54】
Q. 会社のオーナーシップを持って働きたい?
欧州では企業の目的思考を追求する結果として、スチュワード・オーナーシップを選択する企業が増えてきましたが、一方で従業員全員が起業家のように意思決定したいわけではない企業もあります。あなたは自分が勤務する・経営する会社のオーナーシップを持って働きたいですか?みなさんのご意見をお聞かせください。
【WORKSIGHT SURVEY #52】アンケート結果
予備校化する社会?:気鋭の教育社会学者と語る、「知的なアウトサイダー」と教養主義のゆくえ(3月31日配信)
Q:「知的なアウトサイダー」に出会える場は減っている?
【はい】最近、大学教授が自分の知らないことを喋ると不快だという人が増えているらしく、SNSのアルゴリズムでも自分の知ってることかそれに近いことしか表示されなくなっていて、「知的なアウトサイダー」が入り込む余地は極端に少なくなっていると思う。
【いいえ】減っているとは思わないが、人や場所など俗人的なものにはなっているかもしれないと思う。独立系書店や、小さな結び付きで場が作られることも増えたと思う。そこに入れば、芋づる式に出会うことができるが、ゼロから出会いの場に参加することは難しくなっていて、格差が広がっているのではないか。
【いいえ】勉強系YouTuberや偉人を題材にした映画、学園系のアニメや漫画が予備校の教えていただきアウトサイダーな知的インプットを担っていると感じています。
次週4月14日は、美術家・大山エンリコイサムへのインタビューを配信。ストリートアートの歴史がビルの一室にアーカイブされ、ほかの分野と接続し、また世界に放たれる。渋谷に生まれた資料室/ギャラリー「LGSA by EIOS」(ラグサ バイ エイオス)について聞きました。来訪者とともに変化を遂げていく空間とは。お楽しみに。






