グランドセオリーを乗りこなす:生態人類学者・安岡宏和に学ぶ「人類史」との距離感
現代人が文明の歩みを理解し、日常を暮らす土台ともなってきた、「狩猟採集から農耕へ」という先史時代の生活の変遷をめぐる理解。しかし、そんな前提を揺るがすような議論が、デヴィッド・グレーバーらによって近年なされてきている。いくつもの壮大な人類史を前に、わたしたちは何を考えるべきだろう。カメルーンで農耕を行う狩猟採集民を見つめ、そのフレキシブルな生のありようを活写してきた生態人類学者と考えた。
インタビュイーである安岡宏和さんのフィールドノートより、カメルーンの狩猟採集民「バカ」が”半栽培”するヤマノイモのスケッチ。野生のヤマノイモを、現地の人びとはうまく狩猟採集の生活のなかに取り込んできた
人類史において当然の前提とされてきた、「狩猟採集」から「農耕」への生活の移行というモデルにもとづく文明観。しかし近年、人類学者のデヴィッド・グレーバーが考古学者デヴィッド・ウェングロウとの共著『万物の黎明:人類史を根本からくつがえす』(酒井隆史訳、光文社)で疑義を呈したように、定住農耕が開始される前に巨大都市が建設された例が見つかるなど、近年は先史時代の人類の歩みを再考する動きが出てきている。こうしたイメージの転換は、わたしたちが暮らす現代社会を捉える上でも、足元を大きく揺るがす可能性があるだろう。
そもそも現代人は、ジャレド・ダイアモンドにしろユヴァル・ノア・ハラリにしろ、そこで描かれるグランドセオリーに大きな関心を寄せてきたのだが、それらは世界の歩みを見通す視座を提供してくれる一方で、個別の事例がもつ複雑な現実を取りこぼしてしまう側面もある。カメルーン東南部の熱帯雨林で狩猟採集民「バカ」のフィールドワークを続ける生態人類学者の安岡宏和氏は、こうしたマクロな図式を否定するのではなく、むしろ思考の「足場」として引き受けながら、彼らの生業のミクロな変容を丹念に拾い上げる。森の恵みと小さな畑を軽やかに行き来し、決して農地に過剰に依存しない。後戻りできないところまで入り込まずに引き返す、「いかなる生物とも強い相互依存関係に陥らないようにして生きる」生き方=「アンチ・ドムス」と安岡さんが表現するバカのありようは、単線的な進歩史観の枠に収まらない豊かさをもっている。グランドセオリーとの付き合い方、そして現代の我々に通じる「依存先を散らばせる」生き方の可能性について、安岡さんに話を聞いた。
photographs by Shinryo Saeki
interview by Soma Ikeyama, Fumihisa Miyata and Hidehiko Ebi
text by Soma Ikeyama
マクロとミクロ、あわいの視点
──グレーバーの議論を筆頭に、「狩猟採集から農耕へ」という単線的かつ不可逆な進歩図式を問い直す動きが、近年活発になってきたように感じています。そこでは人類の歴史がかなりの幅と創造性をもったものであったことが強調されるわけですが、狩猟採集民と農耕民を、人びとの自然との関わり合いの次元から捉えようとする『アンチ・ドムス』を手がけた安岡さんからは、どのように見えているのでしょうか。
人類の歩みやありようについて考えるとき、ごく大雑把に言うと、マクロなアプローチとミクロなアプローチがあると思います。一方には数万年スケールにおよぶ人類史の再構成をめざす取り組みがあり、他方には現代の狩猟採集民の生活が近代化のなかでどのように変化しているかを把握しようとする取り組みがあります。わたしが行ってきた生態人類学の研究は、フィールドワークを通して後者のようなミクロな変化を捉えながら、前者のようなマクロな変化に関する示唆を得ようと試みるものだといえます。例えば、わたし自身の関心のひとつには、狩猟採集民が農耕を生業のレパートリーに取り入れるという事態を、ミクロおよびマクロな観点の両面においてどのように理解すればよいのか、といったことがあります。
──安岡さんは、カメルーン東南部の熱帯雨林に住んでいる狩猟採集民バカのもとでフィールドワークをされていらっしゃいますよね。日本では一般的に「ピグミー」として知られてきた集団の一部をなすよく知られた「狩猟採集民」であるかと思いますが、すでに生活のなかで農業を始めているんですね。
そうですね。20世紀半ばから道路沿いに半定住的な集落をつくるようになり、農耕もするようになっています。この変化を「狩猟採集から農耕へ」というマクロな図式を念頭において捉えると、バカたちはまさに農耕社会に移行している最中、つまり未熟な農耕民であるかのように見えてしまいます。わたしが調査を始めた頃、こうした現状について研究者の間には、狩猟採集民が農耕民になってしまうのは残念だ、という雰囲気もありました。だけど、そういったノスタルジックな見方の背後には、マクロな図式をミクロな場面に投影していることがあるのではないか、だとすれば、そうではない捉え方をするためにはどのような発想の転換が必要だろうか、という問題意識をもったわけです。
──バカの人たちのように狩猟採集民が農業を取り入れるあるいは農耕生活に移っていくというのは、現在の狩猟採集民社会において広く見られることなのでしょうか。
狩猟採集民と呼ばれてきた人びとの生活はいわゆる近代化のなかで大きく変化していますが、その内実は国や地域の状況によって全然違っています。わたしが調査しているアフリカの熱帯雨林では、バカたちのように狩猟採集生活から農耕生活に移行しているように見える例が多くあります。しかし、同じアフリカでも乾燥地域に住むサン(ブッシュマン)などでは、そもそも雨が少ないので農耕に適していないため、牧畜を取り入れるなどの方向に変化する例もあります。また、カナダのイヌイットやオーストラリアのアボリジニなどの場合、それらの国が先進国ということもあって充実した福祉政策の対象になっていますし、現金収入を得るための仕事にもいろんなバリエーションがあります。このように、狩猟採集生活から農耕生活に単線的に移行するのではなく、狩猟採集生活から複雑な経済システムのなかに直接入っていく例もたくさんあります。つまり、すべての狩猟採集民が農耕民へと変化しているわけではありませんが、例外的な状況を除けば、現在では狩猟採集だけで生きている人はいないと思います。
──そうした生活の変化がありつつも、安岡さんとしては大きな図式を投影した「失われつつある狩猟採集民の生活」ではない捉え方を考えておられるわけですね。
狩猟採集民の生き方を、文字どおり、野生の動植物を狩猟ないし採集して食べる生活であると定義すると、そうではない部分が大きくなっているのは事実です。例えばバカたちの日々の食物をリストアップすると、近隣に住んでいる農耕民とほとんど重なっています。だけど、現地でバカたちと一緒に暮らしながら日々の生業活動をともにしていると、農耕を生活の中心に置いている農耕民とは、かなり違う印象を受けるんですね。バカたちが焼畑をつくって作物を栽培しているといっても、彼らを「農耕民」とは呼びたくない気分になってくる。では、その印象はいったいどこからくるのか。わたしは、それが「いかなる生物とも強い相互依存関係に陥らないようにして生きる」という生き方、つまり「アンチ・ドムス」の生き方に由来しているのではないかと考えたわけです。
(写真上)安岡宏和|Hirokazu Yasuoka 1976年生まれ。生態人類学者。京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科教授。京都大学理学部卒業後、同大学院アジア・アフリカ地域研究研究科一貫制博士課程アフリカ地域研究専攻修了。2001年からカメルーン東南部でのフィールドワークを開始し、ピグミー系バカの狩猟採集社会を研究。現在はアカデミアでフィールドワークと生物多様性保全に関わる実践を往復しながら活動。生態人類学・歴史生態学の視点から、狩猟採集、熱帯雨林、人間と自然の共生、森林資源管理といったテーマを通じ、現代の「人間と自然の連関と共生」を研究している。著書に『アンチ・ドムス:熱帯雨林のマルチスピーシーズ歴史生態学』(2024年、京都大学学術出版会)、論文に「Dense wild yam patches established by hunter-gatherer camps」など多数。(下)バカ・ピグミーの森での暮らし。背負うカゴのなかに家財道具をいれて移動する(モニター内の写真撮影は安岡宏和氏)
特定の関係に依存しすぎない生き方
──安岡さんが長年一緒に暮らしながら調査をされてきた、コンゴ盆地の熱帯雨林で狩猟採集生活を送っているバカの人たちは、実際どんな生活をされているのでしょうか。
狩猟採集民というと、外部から孤立して生活している人びと、あるいはすくなくとも近年までそうしていた人びとだと誤解されやすいのですが、バカも含めて、ピグミーの人たちは、定住化が進む以前であっても、ずっと孤立して生活していたわけではないと考えられています。先ほど述べたように、ピグミーの人たちは現在では農耕民の集落の近くに半定住的なキャンプをつくって暮らしていますし、それ以前にも、農耕民から農作物や鉄製品を入手したり、農耕民に獣肉や蜂蜜を提供したり、あるいは畑仕事のための労働力を提供したりするといったかたちで、農耕民との間に生態的・経済的なつながりを築いてきたと考えられています。
中部アフリカ、コンゴ盆地の熱帯雨林にはもともとピグミーの人たちが住んでいて、3000年前頃から農耕民が森に入ってきました。そこからピグミーと農耕民の交流が始まったと思われますが、数千年にわたって同じ地域で共存しているにもかかわらず、混血は多少あるものの完全には混ざり合うことなく、遺伝的にも社会的にも一定の距離を維持しているのは、興味深い状況だといえます。例えば日本列島に稲作農耕民が入ってきたのもおおよそ同じ時期ですが、コンゴ盆地の状況を日本に例えるなら、いまでも山間地の村に行けば、ふつうの日本人とは異なる風貌や生活様式をもつ縄文人がいる、といった感じでしょうか。
──なるほど、想像してみると面白いです。でも混ざっていないとはいっても、先ほどからお話しされているように、バカの人たちの生業自体は変化しつつあるわけですよね。
現在バカたちは、小規模ながら農耕をしており、プランテン(加熱調理用バナナ)やキャッサバを育てています。一方で、森のキャンプに行って動物や魚を獲ったり、野生の果実やヤマノイモを採集したりもします。また、近隣の農耕民も、日常的に野生動物を狩猟したり野生の果実を採集したりするので、先ほども述べたように、両者の生業活動をリストアップすると、バカも農耕民もほとんど同じことをしていることになります。その意味では、たしかに「混ざっている」ようにも見えます。
ですが、食物資源との関わり方を細かく比較すると、生業の軸となるものがあるかないかという点で両者はかなり違っています。この地域の主要な作物であるプランテンやキャッサバは、コメのように一度にまとめて収穫して保存しておくというものではなく、毎日その日に料理するものを畑から収穫してきます。それで農耕民は、自分の畑にいま食べられる農作物がないという状況には絶対にしたくないわけです。しかも、プランテンは収穫までに1年半くらいかかるので、かなり長期的な展望のもとで栽培管理をする必要があります。もちろん一人ひとりを見たら「そんなの気にしない」という人もいるかもしれません。しかし全体として見ると、農耕民は毎日収穫できるように畑を確保するという強い意志のもとで生活していて、それを実現するためにさまざまな工夫を凝らしているというわけです。
──農耕に立脚・依存しているとすれば、そうなりますよね。
それに対して、バカは畑をつくっているとはいえ、収穫できる作物がきれてしまっても平気なんですね。森に行ったらヤマノイモがあるし、蜂蜜もある。だから、農耕民のように年間を通して農作物を得るための畑づくりをしなくていい。そういった、いい加減さ、気楽さを、バカたちはもっています。ようするにバカたちにとっての農耕は、食物を得るための選択肢がひとつ増えた、という位置づけにすぎないのだと思います。
もちろん同じバカでも、地域によってかなりのバラエティがあります。わたしの調査地では人びとがわりと頻繁に森に入って生活するのですが、もっと町に近い地域では道路沿いに定着して農耕への依存の度合いが大きくなっている人も増えています。とはいえ、バカの場合、状況が変われば、いつでも狩猟採集生活に戻ることができる余地を残しながら、農耕を取り入れているように見える、ということです。
(写真上)取材は京都・鴨川沿いのキャンパスで行われた (下)バカの人たちが栽培する、プランテン(加熱調理用バナナ)とキャッサバの畑の様子(モニター内の写真撮影は安岡宏和氏)
ルールの手前で、暮らしを”戻す”
──バカの人たちには、生き方の軸にかなりのレンジがある、状況次第で狩猟採集への揺り戻しも可能だということですか。
そうですね。彼らにとって農耕は「どうしてもやらなければならないもの」ではないんです。畑をつくっておけば、すくなくとも一定期間は食べ物が手に入ります。畑をつくるときには木を切る必要がありますが、作物を植えて、その後はほとんど放っておくだけです。だから、バカたちは農耕を大変だとは思っておらず、わりと楽に食物が手に入るので他にやることがなければやっておく、しかし他にもっとよさげなことがあったら、いとも気軽に畑仕事を放り出してしまう、といった感じです。つまり、農耕民のように毎年毎年きちんと継続して収穫できるように工夫を凝らすほどには、熱心に農耕をやる気になっていません。
それに関連した話ですが、バカたちはしばしば他人の畑から作物を「収穫」することがあります。農耕民は家族みんなが年間を通して食べていけるように計画的に植えていますので、もしバカに作物を盗まれたら死活問題です。そのため、盗みの犯人を見つけると厳しく追及し、処罰しようとします。盗みを防止するために呪術をかけることもあります。つまり、作物を盗むことに対する社会的な抑制のしくみがあるわけです。一方、バカたちの間では、そういった社会的な抑制のしくみはほとんど発達していません。森のキャンプにいる間に誰かに作物を食べられてしまったら、たいてい誰が食べたかは想像がつくので「あいつオレのプランテンを食べやがって」と個人的に憤ることはありますが、その行為を公の場で非難したり、社会的な処罰を求めたりはしません。おそらくその根底には「他人の行為を制限することなんて不可能だ」という意識があるのだろうと思います。
──面白いですね。フレキシブルに生活の軸を動かすことができる状態を保っている、というわけですね。
いったん「本格的に農耕をやるモード」になってしまうと、農地や作物との関係が積み上げられていきます。そして、その関係を維持し、さらに拡大していくために、さまざまな制度や規制が設けられていきます。熱帯雨林の農耕民は、さまざまな栽培植物を混作するなどして主軸となる作物を補完するかたちで多角的に生業活動の幅を広げていますが、それでも狩猟採集民と比べると特定の栽培植物との関係が卓越する度合いは大きくなっており、主軸となる関係から逃れることは難しくなっています。
それに対して、バカたちは、後戻りできないところまで特定の関係に深入りすることはせず、引き返すことのできるところに留まっているように見えます。そのような、可能なかぎり多様な生業を維持し、多種多様な生物との関係を全方位的に保つような生き方こそが、狩猟採集民的な生き方といえるのではないかと考えたわけです。わたしはそれを、特定の生物との関係に陥りがちな空間である「ドムス」に抗うという意味で、「アンチ・ドムス」的な生き方と名づけました。
──コメ不足や食糧需給率に悩まされる現代日本の住民からすれば、衝撃的にも感じます。
もちろんそのような生き方ができるのは、コンゴ盆地の人口密度が日本よりずっと小さいという要因もあると思います。ただ、食べ物との関係を個人レベルで考えると、現代の日本でも、けっこう柔軟性が大きいように思います。スーパーに行けば好きな食材を自由に選ぶことができますし。とはいえ、その選択肢を支えているのは、膨大なエネルギーを投入して世界各地で食物を生産し、日本まで運搬しているからですが。逆にいえば、バカたちは、自身の身体活動の他にはほとんどエネルギーを投入することなしに、多種多様な食物を集め、食べているということです。
ついでに日本における近年の働き方の変化に絡めてみると、ひとつの会社に終身雇用で身を置き続ける生き方が理想とされていた時代から、フリーランスとして多様な方面に関係をつくって仕事をする生き方もありではないか、という変化が起きているように思います。この対比でいえば、バカたちは、ずっとフリーランスの生き方をしていることになりますね。そういう意味では、アンチ・ドムス的な生き方は、現代の都市社会のなかで狩猟採集民とは別のかたちで再現されつつあるといえるのかもしれません。ただし、先ほど述べたように、人びとの生活や経済システムを支えているエネルギーの観点において、両者はまったく異なっているという意味では、あくまで一面的なアナロジーでしかありませんが。
アナロジーの、その先へ
──ここまでミクロな調査から見える狩猟採集民の「生き方」から話を広げてきましたが、現場で観察を続けてこられたお立場から、ダイアモンドやハラリなどが描く壮大な人類史を、どうお感じになりますか。
わたし自身はわりと、ダイアモンドやハラリのような大きな話を読むのは好きですね。大学生がまず手に取ってみる本としては、刺激的でよいのではないでしょうか。そのうえで研究者の立場からいえば、議論の「たたき台」として使えると思います(笑)。ダイアモンドはこのように書いていますがフィールドの実態はもっと複雑で……といったふうに、議論の導入に使ったりできますし。もちろん著者も、現実はずっと多様で複雑だということをわかった上で、バーンと大きな見取り図を打ち出しているのだと思います。そういう意味では、こういったグランドセオリーを提示する上では、批判こそが勲章である、といったメンタリティが必要なのかもしれませんね。
グレーバーは『万物の黎明』のなかで、これらのマクロな人類史の本を「ポップ人類史」と呼んで批判していましたね。この批判をごく簡単にまとめてしまえば、狩猟採集から農耕、さらに都市・国家へ、というマクロで一元的な人類史を想定しているようにも読めるダイアモンドやハラリの議論に対して、近年の考古学の研究などを参照しながら、狩猟採集民といっても、小規模で遊動する集団から巨大な都市をつくって生活する人びとまでさまざまであって、上記のような一元的な変化のみを想定することは間違っているという主張だと思います。そして、それゆえにルソー的な社会観とホッブズ的な社会観の二者択一に陥っているという現状認識と、それを克服するための議論につながっていくわけです。
現代の狩猟採集民に関する生態人類学的あるいは文化人類学的研究においても、「小規模な遊動生活」という初期のイメージが強調されてすぎてきたことに対する批判と再検討は、すでに1970年代から延々となされてきたのですが、それを考古学の成果と結びつけながら『万物の黎明』という大きなストーリーにまとめ上げたのは、たいへん重要な達成だと思います。とはいえ、こうしていったん世に出てしまえば、新たな「たたき台」となるわけで、そこで提出された議論をこれからどのように乗り越えていくか、ということが重要になってくるのだろうと思います。
──壮大な人類史を、自らたたき台を引き受けてくれているものとして捉える、と。
フィールドワークにもとづく人類学をする上でも、個々の研究者がフィールドで観察したミクロな事象の意味を理解するためには、より広い文脈のなかに位置づけてその事象を捉えることが肝要です。そして、その文脈がより大きい文脈であればあるほど、他の地域であったり、他の時代であったり、あるいは異なる学問分野における知見と、自分のフィールドでの経験との接点が生まれやすくなります。そのような文脈のひとつとして、人類史に関する壮大なグランドセオリーも候補になりうる、ということだと思います。うまく絡むことができれば、異なる学問分野にいる人たちの目を引きやすくなるのではないでしょうか。つまり、グランドセオリーの意義は、5年とか10年に一度、ドカンと打ち上げられることで、異分野の研究者どうしが絡み合うプラットフォームとして機能して、学際的な営みの触媒になる点にあるのだろうと思います。
──ミクロな調査にもとづいた複雑な議論を捉えつつ、グランドセオリーをうまく乗りこなしていく距離感は、わたしたち現代人が世の中にある大きな物語や図式と付き合う際の参考にもなるように思います。
わたしが取り組んでいる「生態人類学」の立ち位置も、参考になる点があるかもしれません。生態人類学のルーツのひとつは霊長類学にあって、もともとはヒトの進化史のような大きな文脈のなかで研究が進められていました。そこからしだいに現代の狩猟採集民や牧畜民・農耕民の生態や生業を研究する方向へと展開してきたわけですが、その過程で、文化人類学的なフィールドワーク、つまり対象とする人びとと生活をともにしながら参与観察をするという調査手法に重きをおくようになりました。
したがって人びとの日々の生活に関するデータにもとづいて議論を組み立てることになりますが、そのデータとヒトの進化史を再構成する営みとの間にはかなりの距離があります。例えば、わたしたちがフィールドで付き合っている狩猟採集民の生活や社会は、農耕民との歴史的な交流や近代化を通して大きく変化しているため、そこから過去の人類の生活や社会を再構成するためには、さまざまな影響の有無を検討しないといけません。ほとんどの狩猟採集民において、もはやそのような議論をすることは不可能ほどに変化が進んでいるかもしれません。こうして生態人類学の当初の関心とフィールドの実態との乖離がどんどん大きくなってくるなかで、どのような問いを立て、どのように調査し、どのようなグランドセオリーに接続することができるのか──。こうした問題意識をもちながら『アンチ・ドムス』という本を書いたというわけです。
──先ほど「アンチ・ドムス」な人びとのありようと現代人の生き方をアナロジカルに結びつけるくだりもありましたが、そのあたりも、議論を敷衍できる可能性と他方での危うさがありますよね。
そうですね。狩猟採集民や霊長類についてわかったことから、一足飛びに現代の都市社会で生きる人びとに関わるインプリケーション(含意)を引き出そうとするのは、適切なリテラシーをもってそうするのであれば有益な面もあると思いますが、往々にして単純化しすぎであったり誇張しすぎであったりして、なかなかよい結果にならないのではないかという危惧もありますね。そもそも狩猟採集民が生きている環境は、さまざまな意味でわたしたちの生きている環境とは異なっています。つまり、狩猟採集民の生き方を理解するためには、その環境との関係も含めて、まるごと理解しなければならないということです。したがって、彼らの生き方の特徴の一面だけを取り出して、さらにはそれが「本来の人間の姿」であるといったかたちで誇張して都市社会における人びとの生き方の議論と接続してしまうのだとすれば、そこには理論的な欠陥があるといえます。
それを回避するためには、単なるアナロジーとしてではなく──つまり、なんとなく似ているよね、というボヤッとしたかんじではなく──アフリカの森で暮らしているバカと現代の都市社会で暮らしているわたしたちの生き方とを、同じ枠組みのなかで比較するための理論的な基盤を整える必要があるだろうと思います。そのような作業をしながら、フィールドワークを通して得られた知見を、どのようなグランドセオリーに接続できるのか、また、その再構成を促すようなインパクトをどのように与えることができるのか、といったことについて考えていきたいと思っています。
【WORKSIGHT SURVEY #51】
Q. グランドセオリーと言われるような書籍や学説をよく読みますか?
インタビューの中で安岡さんは、ミクロな調査にもとづいた複雑な議論を捉えつつ、グランドセオリーを含む様々な文脈のなかに位置づけて事象を捉えることの重要性を語られています。あなたはグランドセオリーと言われるような書籍や学説をよく読みますか?それはなぜですか?ご意見をお聞かせください。
【WORKSIGHT SURVEY #49】アンケート結果
都市に土を置くという戦略──「拡張生態系」がひらく人間の実存【「場」の編集術#05】(3月17日配信)
Q:生物多様性を考えるとき、「脱成長」はなお主軸であるべき?
【はい】「脱成長」という言葉はいまのところ有効で生物多様性の主軸であると思う。そのうえでの「拡張生態系」ではないでしょうか。
【はい】「シネコカルチャー」(協生)の理論で言うと食うか食われるかの捕食・被食関係になる必要があるが、人間と他の生物が混合されて協生の関係になるビジョンが全く見えてこないことを考えると現時点では脱成長しかあり得ないと思う。
【はい】「拡張生態系」を含め人為的介入による地球環境改善の規模感や可能性がどれほどのものかがまだわからない以上、それを見込んで現在の水準を維持するのはあまりにも無責任に思える。
【いいえ】成長が搾取であれば、いずれ止まる。エコシステムが拡大する新たな成長を目指すべきであることは20世紀が証明したのではないか。
次週3月31日は、教育社会学の観点から「予備校」について研究している藤村達也さんへのインタビューを配信。公の教育の外部で、オルタナティブな知を提供してきた予備校や私塾。大学全入時代とされる昨今、浪人生の減少に伴い予備校自体の存在感はなくなってきているように感じられつつも、YouTuberたちが予備校講師のように語るわたしたちの社会は、むしろ予備校化しているのかもしれません。お楽しみに。










