「ランチ」の社会史:わたしたちは昼食に何を求めてきたのか
昼休みに何を食べ、どこで過ごすのか。その何気ない選択は、時代ごとの働き方や社会のかたちと密接に結びついてきた。一膳飯屋から給食、定食、ファミレス、そして個食(孤食)の時代へ。歴史地理学者・湯澤規子氏とともにたどる、ランチから浮かび上がった知られざる近現代史。
東京のデパートのレストランで、昼食の時間を過ごす人びと。1971年 photograph by Robert Alexander/Getty Images
わたしたちにとって「ランチ」は、あまりに身近な出来事であるが故に意識されにくい。こと歴史学においては、ランチが研究対象として記録されたり、論じられたりすることはほとんどなかった。何を食べるか、どこで食べるかといった選択は日常的に行われているが、それがどのように働き方や社会のあり方と結びついてきたのかを考える機会は多くない。
歴史地理学の研究者である湯澤規子氏は、『胃袋の近代:食と人びとの日常史』(名古屋大学出版会)や『7袋のポテトチップス:食べるを語る、胃袋の戦後史』(晶文社)などの著書を通じて、食を栄養や嗜好の問題だけではなく、労働観や社会・文化を捉えるための手がかりとして論じてきた。それは、近代および戦後日本の歴史学における大きな物語だけでなく、「いかに人びとは空腹を満たしてきたのか」という多様で小さな物語を掬い上げる試みとも言えよう。
わたしたちは、これまで昼食という時間に何を求めてきたのか。日々の昼食に何を期待してきたのか。20世紀初頭からパンデミック以降まで、ランチが担ってきた社会的役割の変遷をたどる。
interview by Natsuko Osugi, Hidehiko Ebi
text by Natsuko Osugi
photographs by Takuroh Toyama
胃袋と感情の研究
──湯澤さんには、本記事のインタビュアーが所属するコクヨ ワークスタイル研究所から昨年発行された統計レポート『WORK VIEW 2025:職場の食が満たすもの』に、事業所給食や社食を手がかりに、日本に暮らす人びとの働き方と食の関係を捉え直すコラムをご寄稿いただきました。今回はその延長線上として、日々の働き方と密接に結びつき、お弁当や社員食堂、飲食店などさまざまなイメージも浮かぶ「ランチ」についてうかがいたいと思います。湯澤さんは、例えば『胃袋の近代』では近代の工場労働者に事業所給食がどのようなプロセスで提供されたかを詳述していらっしゃいますが、そもそもなぜ労働と食、特に集団で食べる仕組みについて取り組まれてきたのでしょうか。
食の歴史研究って、意外に少ないんです。特に「集団食」という工場の大量食の話を研究している歴史学者はほとんどいませんでした。
日本のランチの背後には、100年以上もわたしたちの胃袋を支え続けてきた広大な「給食」という社会インフラが存在しています。そこで、わたしは社食や学食、病院食といった「事業所給食」の現場や、それらを支える業者の話をいろいろと聞いて回っているんです。ただ、わたしの研究スタンスとして、単なる数値やデータの集計だけでなく、当時の現場にいた人たちの声や、食べていたときの「感情」を拾い上げることを大切にしています。
──湯澤さんの著書『焼き芋とドーナツ:日米シスターフッド交流秘史』では、近代化を支えた女性労働者のおやつの時間から、当時の女性たちの声に脚光を当て、その解放の歴史を論じられていました。
わたしが知りたいのは、名もなき人びとの胃袋を支える仕組みとしての食なんです。何を食べていたかというより、誰がどうやって人びとの胃袋を引き受けてきたのか。そのほうが、社会のあり方がよく見えてくると思っています。
──研究の原点には、湯澤さんの家庭の記憶も深く関わっているそうですね。
わたしは大阪で生まれたのですが、家庭では大根の葉を使った「大阪漬け」などの料理が、祖母から母、わたしへと代々受け継がれてきました。大阪には、節約上手、物を大事にするという意味で「始末」ということばがありますが、後になって、自分の研究の原点がこの「始末な暮らし」にあると気づいたんです。
実際に、わたしは祖母のレシピ帳をいまだ大切に保管しているのですが、決して立派なノートではなく、厚紙や広告の裏、ストッキングの台紙なんかに、綺麗な字で書き付けたものが残っているんです。そこには、生活のなかで培われた「名もなき知恵」が詰まっていました。
湯澤規子|Noriko Yuzawa 1974年大阪府生まれ、千葉県育ち。法政大学人間環境学部教授。「生きる」をテーマに地理学、歴史学、経済学の視点から、当たり前の日常を問い直すフィールドワークを重ねている。主な著書に『在来産業と家族の地域史:ライフヒストリーからみた小規模家族経営と結城紬生産』(古今書院/経済地理学会著作賞、地理空間学会学術賞、日本農業史学会学会賞)、『胃袋の近代:食と人びとの日常史』(生協総研賞、人文地理学会学会賞)、『焼き芋とドーナツ:日米シスターフッド交流秘史』(第12回河合隼雄学芸賞)など
社会化の象徴としての「欠けた茶碗」
──具体的に、日本におけるランチの起源や歴史の変遷について教えてください。
まず注目すべきは、江戸時代から続く大衆食堂「一膳飯屋」です。一膳飯屋では、お客さんが飯、汁、漬物などを自分の予算や好みに合わせてカスタマイズして食べるスタイルが一般的でした。多くの都市が発達した近代においても、一膳飯屋は労働者が酒を飲みながら食事をする場所として機能しました。
──この頃から、日常の昼飯を外で食べる文化が定着したということですか?
はい。建築学者・考現学者の今和次郎は、一膳飯屋にずっと座って、どんな人がどういう服装で、何を頼んだかを調査したのですが、特に興味深いのは、東京のとある食堂で、昼飯のたびに使用した茶碗の欠け方を、1週間かけてスケッチし続けたんです。
今和次郎は、欠けた茶碗が使われ続けていることに、一膳飯屋という場の性格が表れていると考えました。誰のものでもない器で、知らない人たちが同じように食事をする。そんな「食卓の社会化」がこの頃から進んでいたんです。
──なるほど。先ほど給食の話がありましたが、集団食はいつ頃広がったのでしょうか。
同じく100年ほど前、愛知県で日本初の共同炊事が始まり、その後どんどんと広がっていきました。愛知県の炊事場はそのあと給食センターに再編され、戦後も続いていきます。
──『胃袋の近代』には、尾西地域(現在の愛知県一宮市)の織物工場で出された朝・昼・夕の献立が掲載されていますが、1日3食の提供は当時の工場ではよくあることだったんですか?
大正期の中頃、工場での食事が始まるのと同時期に栄養学が登場して、栄養素の話も踏まえて3食食べさせることが定着したようです。もうひとつ重要なのは、工場法ができていたこと。労務管理という概念が出てきて、工員に何をどれだけ食べさせているか、警察の査察が入っていました。
──個人の栄養を会社や警察が管理していたんですね。
平等とも、同質的・全体主義的とも言えると思いますが、「同じものを同じ量だけ食べる」という仕組みをシステマティックに展開したのが日本の工場食のあり方です。他方、アメリカでは移民が増加して、それぞれ食文化が異なる人びとによって食材店や料理屋さんができるので、企業や工場は集団食を手放して「自分たちで食べてきなさい」と外食させるんです。
古書店で偶然出会ったことをきっかけに、湯澤氏が自宅で大切に保管している、静岡浅間神社前(現静岡市葵区)の一膳飯屋の古写真。明治・大正期に撮影されたとされ、左端の建物の看板には「めしや」の文字が見える
サラリーマンは「定食」を求めた
──集団食の広がりは、一膳飯屋のような外食の場にも影響を与えたのでしょうか。
工場や軍隊、学校の食事は、数百人を効率的に食べさせるために、個人に選ばせることなく定番の献立を提供しますよね。これはある意味で「定食」なんです。
これはまだ調査中なのですが、おそらくランチにおける定食の起源は、集団食のあり方とつながっていると思います。同時代の一膳飯屋は、「選ばなくていい食事」として定食のスタイルを取り入れたんじゃないかと推測します。
──WORKSIGHTでのイベントシリーズを書籍化した『会社と社会の読書会』(畑中章宏、若林恵、山下正太郎、工藤沙希・著/コクヨ野外学習センター、WORKSIGHT・編/黒鳥社)では、サラリーマンという用語や階層は1920年以降に普及したという話があったのですが、ちょうどその時期と一致しますね。
サラリーマンとして働く人が増えて、「昼休み」という概念が出てきたとき、限られた時間でとにかく効率的に食べて店を出るというなかで定食はすごく喜ばれて定着していったのではないかと推測しています。
──集団食の素地があったところにサラリーマンが登場し、昼休みという限られた時間において手早く食べられるランチ需要が増えたことで、定食という形式が広がったと。
社食のほうが歴史が長いので、例えば社食の集団食の技術があれば外食の提供もできるんです。いわば、会社のなかで内製化された外食ですよね。日本では外食文化が1970年代に展開しますが、それはいきなり始まったものではなく、集団食の風土やスキルを土台として広まっていったんじゃないかなと思います。
──現在の「ランチ」への認識は、サラリーマンの登場から高度経済成長期にかけて形成されていったと言えそうですね。
会社に胃袋を賄ってもらう、というのが日本の経営の大きな特徴でした。その対象は社員だけでなく、「家族賃金体系」といって、付帯する家族の胃袋までも含んでいた。それはリスクでもありますが、戦前から形成されてきた家族的な発想が、高度成長期には制度としてうまく機能していたとも言えます。
──都市部以外では、また違った食のかたちがあったのでしょうか。
そうですね。農村部では「小昼」(こひる・こびる)という習慣がありました。朝ご飯から昼まで待たずに、少し食べて働き、また食べる。4食、5食になることもあって、農家の人たちにとっては純粋なエネルギー補給です。3食という形式は、わたしたちが思っているほど当たり前ではないんです。
──労働環境と食事が強く結びついている点は、都市部以外でも共通していそうですね。
都市から離れた場所では、労働の内容に合わせた食べものが多く生まれています。例えば、愛媛県松山市の「労研饅頭」は、立ったままでも食べられるようにつくられた労働者向けの間食ですし、福岡県北九州市・八幡の「くろがね羊羹」も、作業服のポケットに収まるサイズで、炭鉱労働者の栄養補助として広まりました。こうした食べものは、産業構造の変化とともに一度姿を消しかけますが、1970〜80年代には観光や地域振興の文脈で再発見され、別のかたちで受け継がれていきます。
銀座四丁目交差点を望むレストランからの眺め。1981年 photograph by Michael SERRAILLIER/Gamma-Rapho via Getty Images
OLランチが成立するまで
──ここまでランチを労働や制度の視点からうかがってきましたが、ジェンダーの観点から見ると、ランチの風景はどのように変わってきたのでしょうか。
歴史を振り返ると、外食の場には非常に強いジェンダーバイアスがありました。先ほどお話しした一膳飯屋は、基本的に男性たちの社交の場だったんです。今和次郎の調査を見ても、客のほとんどは男性労働者でした。
また、近代の工場においても、女性労働者たちは集団食で食事をするのが一般的でしたが、男性のマネジメント層は外で打ち合わせを兼ねて食事をするケースもありました。食べる「場所」そのものが、性別や立場によって分けられていたんです。
──女性が外食をすることは、ほとんどなかった。
はい。いまとなっては女性のひとり外食も増えていると思いますが、1970年以降、大阪万博を契機にファミリーレストランが登場し、家族連れでランチを楽しむ光景が広がるまで、外食という場はかなりジェンダーバイアスのかかった空間だったと言えます。女性が自由に外食を楽しめるようになったのはもう少し後の話で、メディアが「OLランチ」を華やかに取り上げたり、女性同士でランチに行くことが可視化されたりするのは、1980年代以降、さらに言えば一般化するのは2000年代以降です。
それまで女性たちは、「おふくろの味」といった理想像のもとで、家庭内の台所を担う役割を強く期待されてきました。ランチの多様化は、そうした固定的な役割から距離を取る動きとも重なっています。
(上)取材は港南のコクヨ品川オフィスにて行われた (下)湯澤氏が保管している弁当箱。左下は母の世代(団塊世代)が使っていたアルマイト製の弁当箱、右下は湯澤氏が使っていたキャラクタープリントのあるアルマイト製の弁当箱、上が湯澤氏の息子が使っていたプラスチック製の弁当箱。弁当箱から時代の変化が窺える
「誰かと一緒に食べる」ことは必要か
──時代が下るにつれて、食事には単なる栄養補給以上の意味が求められるようになってきたように思います。
かつての商売の世界には同じ釜の飯を食べた仲間同士による協同組合のようなコミュニティがありました。実際、私の祖父は丁稚奉公仲間が集う「一釜会」というコミュニティに参加していました。互いの信用を醸成し、いざというときに助け合うためのセーフティネットとして、食事は単なる栄養摂取ではなく、生存を支える重要なネットワークだったんです。
── 一緒に食べることが、そのまま身を守ることにつながっていた。
はい。その前提があったからこそ、食事の場は人間関係や信頼関係をつくる重要な装置として機能していました。
ただ、その前提は次第に変わっていきます。食事は「誰かと一緒に取らなければならないもの」ではなくなり、個人で完結できるものへと移行しました。一緒に食べることが、必ずしも自分の身を守ることではなくなったと感じる人が増えていったのだと思います。
「孤食はよくない」「コミュニティと食事が大切だ」という議論もありますが、一方で、個人としてほっとできる時間を大事にしたいという感覚も育ってきた。食事に求められる役割が変わってきた結果、いまはその両方が併存する状況になっているのではないでしょうか。
──『WORK VIEW 2025』では、ランチを30分以内に済ませる人が8割以上を占めるというデータもありました。
コンフォートゾーンを突き詰めた結果として、栄養補助食品だけでランチを済ませる人も増えているのではないでしょうか。極端ですが、ゼリー飲料は電車のなかで食べていても違和感がないですよね。つまり、すばやく手軽に、かつどこでも栄養補給できる点が重宝されているんだと思います。
日本の話から少し離れますが、ドラマ『孤独のグルメ』の映画版が韓国でヒットしたことについて、わたしが教える大学に通う留学生に話を聞くと、韓国料理は基本的にみんなで食べる構造になっていて、「一緒に食べる」ことへの圧が強いと言うんです。でも『孤独のグルメ』を見て、「ひとりで食べてもいい」と感じた人が多かった。日本でも、「みんなで食べる」ことが必ずしも楽しい記憶ばかりではない、という現実があります。家族団らんという理想の裏で、居心地の悪さや抑圧を感じていた人も少なくなかった。そうした「一緒に食べることが前提」という感覚から距離を取る過程を、コンビニの存在が後押しした面もあると思います。
──そうした変化のなかで、ひとりでランチを楽しむ女性の姿も、すっかり定着しました。
それは本当に大きな変化だと思います。コンビニや外食の多様化によって、自分のタイミングで、自分の好きなものを食べることが、当たり前の選択肢になった。いわば「ポジティブな孤食」が広がったと言えるでしょう。必ず一緒に食べようという揺り戻しは、おそらく多くの人には受け入れられないのではないかと思います。
──他方、パンデミックを経て、食事の場に対する感覚も少し変わったように感じます。
そうですね。ひとりで食べたいけれど、そうではない世界も失いたくない。コロナ禍の時期にそう気づいた人は多かったと思いますし、食に限らず、あえて対面で話すことを選ぶ場面が増えてきた印象があります。
──改めて、ランチは時代ごとの働き方や社会のあり方と密接に結びついていると感じます。
集団食において言えば、いまの日本はある種のターニングポイントを迎えていて、サプリメントやコンビニでお腹を満たすことで事足りると考えられるなか、「あえて一緒に食べる時間」をどう設計し、そこにどんな意味をもたせるのかという模索が始まっています。事業所給食は、外食産業に比べると目立たない存在ですが、市場規模は非常に大きく、外食産業そのものも、事業所給食の蓄積があって成立してきた側面がある。だからこそ、この歴史をきちんと調査する必要があると感じています。
【WORKSIGHT SURVEY #43】
Q:ランチで重視するのは、味やお店より「スピード」?
近年、ランチには「コミュニケーションの場」としての側面や、個人でほっとできる時間としての側面など、さまざまな役割が併存するなか、コクヨ ワークスタイル研究所の統計レポート『WORK VIEW 2025』では、ランチを30分以内に済ませる人が8割以上を占めるというデータもありました。あなたは普段ランチを取る際、食事のクオリティや誰と食べるかといった要素よりも、「いかに早く済ませられるか」を重視していますか?「はい」と答えた方は、なぜスピードを重視しているのか、「いいえ」と答えた方は、他にどのような要素を重視しているのか、ぜひ自由にお聞かせください。
【WORKSIGHT SURVEY #42】アンケート結果
スポーツという”仕組み”を再考する──車いすラグビー、過渡期の現場のトライから(2月10日配信)
Q:車いすラグビーを実際に観戦してみたいと思いましたか?
【はい】どのようにして、さまざまな選手がフェアに競い合うのかを知りたい。
【はい】協会としてのサポート態勢や、競技者、障がいのある選手を厚く支援していこうとする周囲の態勢に魅力を感じたからです。クラス分けがあるルールの特性を活かし、力を結集させてチームを構築する様子は、正に社会そのものだと考えています。
【はい】東京パラリンピックで興味を持ち、その後に行われた大会を実際に観戦しファンとなりました。
【いいえ】選手名鑑カードは良いアイデアだと思った。それを発展させて、選手のキャラクターやトレーディングカードをファンを巻き込んで一緒につくっていくなど、ちょっとした関わりをもたせることでより身近に感じさせることができるのではないかと思う。
*申込締切を2月28日(土)まで延長!
【第5期 外部編集員募集のお知らせ】
WORKSIGHTでは2026年度の外部編集員を募集しています。当メディアのビジョンである「自律協働社会」を考える上で、重要な指針となりうるテーマやキーワードについて、ニュースレターなどさまざまなコンテンツを通じて一緒に探求していきませんか。ご応募お待ちしております。
募集人数:若干名
活動内容:企画立案、取材、記事執筆、オンライン編集会議(毎週月曜夜)への参加など
活動期間
第5期 外部編集員:2026年4月〜2027年3月(予定)
年間を通じて継続的に活動に参加していただける方を募集します。単発・スポットでの参加は募集対象外となります。
募集締切:2026年2月28日(土)18:00まで
応募方法:下記よりご応募ください。
来週2月24日は、ベルリン在住の編集者・ライター、冨手公嘉さんによる寄稿を配信。長らくテクノ中心のクラブ文化で知られてきたベルリンですが、近年は「静かな聴取体験」を目的としたリスニングスペースが増えつつあるとのこと。その実態を、いくつかの注目スポットを取り上げながらレポートしていただきます。お楽しみに。









