ハロー、スティックネイション!「木の棒」紹介アカウントが築いたネットコミュニティの理想郷
2025年4月現在、319万人ものユーザーがフォローするInstagramアカウント「Official Stick Reviews」には、お決まりの掛け声のあと各々がお気に入りの木の棒を紹介する動画がいくつも並んでいる。アメリカ・ユタ州育ちの青年ふたりが立ち上げたコミュニティが、「インターネット上で最も心温まる空間」として、これだけの人に愛される理由とは。当の運営者たちに聞いてみた。
「Official Stick Reviews」を運営するブーン・ホッグさん(写真左)とローガン・ジャグラーさん(写真右)。写真の撮影はブーンさんの兄、ジャクソン・ホッグさんによるもの photograph by Jackson Hogg
幼少の頃、道端に落ちている「棒」に無性に惹かれ、ときには剣に、ときにはギターに見立てながら遊んだ記憶はないだろうか。アメリカ・ユタ州で知り合い、それ以来10年以上の友人関係にあるブーン・ホッグとローガン・ジャグラーのコンビは、「大人になったいま、もう一度木の棒を拾って楽しんでみるのも面白いかもしれない」という思いつきからInstagramアカウント「Official Stick Reviews」を立ち上げ、あれよあれよという間に300万人を超えるフォロワーを集めた。
彼らは、老若男女問わず世界中の人から送られてくる「木の棒」を紹介する動画/画像を日々投稿している。アカウントには、ユニークな視点で棒を紹介するユーザーたちが集まり、その創意工夫がコミュニティの魅力をいっそう高めている。
日本からは初のメディアインタビューとなる今回、ふたりはこの活動の意義から「良い木の棒」とは何かに至るまで、実に気さくに、かつ真剣に語ってくれた。
interview by Shotaro Yamashita, Hidehiko Ebi
text by Tomohito Aikawa
130カ国から集まるレビュー動画
──まず最初に、おふたりの関係と、「Official Stick Reviews」のInstagramアカウントを立ち上げたきっかけを教えてください。
ブーン ローガンとは仕事を通じて知り合いましたが、ふたりとも、多くの国立公園を擁しアウトドア文化が盛んなアメリカ・ユタ州で育ったという共通点がありました。このアカウントを始めたのは、ローガンや友人たちとユタ州南部をハイキングしていたとき、道端に落ちていた木の棒をローガンが拾ったことがきっかけです。
ローガン 子どもの頃はよく木の棒を拾って遊んでいましたが、そんなことは長年していなかったので、本当に楽しかったんです。最初は冗談半分でしたが、思わず動画を撮ってSNSにアップしたのがはじまりでした。
──なるほど。普段は別のお仕事をされているんですか?
ローガン 元々は、ふたりともマーケティングや音楽制作が本業です。わたしはその後、福祉の分野で働いています。アカウントの立ち上げからいまに至るまで、「Official Stick Reviews」の活動は、あくまで本業とは別のライフワークのような位置づけです。
──現在はコミュニティ規模が大きくなり、自分たちが投稿するのではなく、世界各国の人にそれぞれお気に入りの棒を紹介してもらう形式に切り替わったようですね。何か転換のきっかけがあったのでしょうか。
ローガン 特に戦略があったわけではないのに、自然と注目が集まるようになり、次第に多くの人たちに届くようになって、いまでは130カ国以上から、画像やレビュー動画、さらには実際の棒までが届くようになりました。




「Official Stick Reviews」のInstagramアカウントには、1日何百通もの「木の棒」レビュー動画/画像がDMで送られてくる
──フォロワーとの関わり方にも変化があったのではないでしょうか。
ブーン そうですね。投稿した木の棒の紹介動画のなかから、フォロワーにお気に入りの動画を選んでもらい、毎月のランキングを決めるコンペティションを開催しました。始めたのも、コミュニティのメンバーから提案をもらったことがきっかけです。
ローガン わたしたちは、このコミュニティを「Stick Nation」と呼んでいるのですが、活動の多くは、Stick Nationで生まれた声や動きから着想を得たものです。また、より多くのコンテンツを求める声に応えるかたちで、クリエイター支援プラットフォーム「Patreon」にもアカウントを開設しました。メンバーシップ機能を活用したり、テーマごとに棒の投稿を募ってコミュニティ内で投票によって優勝者を決める「Stick Quest」のような企画を展開したりしています。
誰もが楽しめる場でありたい
──コミュニティが大きくなるに従い、自ずとルールやガイドラインを整備する必要も出てくるかと思います。
ローガン 幸い、コミュニティは健全でポジティブな雰囲気に満ちており、フォロワーにルールを設ける必要はありません。僕らのアカウントには毎日何百通ものメッセージが届きますが、そのどれもがクールで、悪質なコメントや荒らしはほとんど見かけません。Stick Nationは、言ってしまえば単なる木の棒に関するコミュニティであって、怒ったり政治的な意見を述べたりする余地がまったくないことは大きな魅力のひとつといえます。
時折、フォロワーの方に「Stick Nationは、インターネット上で最も心温まる空間だ」と言ってもらうことがあり、それを誇りに思っています。わたしたちは、この健全でポジティブな環境を維持しながら、誰でも気軽に参加し、純粋に楽しめる場所であり続けたいと考えています。
──素晴らしいですね。現在はふたりで運営されているとのことですが、更新頻度がかなり高く、大変なのではないかと想像します。
ローガン 大量のDMに返信するのに時間がかかりますが、現時点では特に問題はありません。今後も基本的にはわたしとブーンのふたりで運営していく予定です。
ブーン いつか、日本をはじめ各国にStick Nationの支部ができて、活動を広げられるともっと楽しくなるかもしれません。
2024年12月に開催された「Stick of the Year」コンテストの優勝作。カナダでその棒を拾ったという受賞者は、その棒を「古代のエネルギーソード(Ancient Energy Sword)」と命名。まさに伝説級の逸品 screen shot by WORKSIGHT
良い棒には「オーラ」がある?
──主にショート動画を中心に投稿されているようですね。
ブーン 動画はその人の人柄、母国語で話す様子、世界のさまざまな地域の風景を生き生きと映し出すことができます。棒そのものに加えて、そういった要素がより身近に感じられるようになるんです。
──アカウントに掲載する動画/画像はどのように選んでいますか?
ローガン 明確な選定基準はありません。いただいたメッセージにはなるべく応えたいので、できる限りすべての動画/画像を投稿することを心がけています。ただ、思わず投稿したくなる木の棒には「オーラ」が漂っていると感じることが多々あります。
──どのような棒に「オーラ」を感じるのか、もう少し詳しく聞かせてください。
ローガン 子どもの頃、道端の木の棒を発見して「この棒はなんてクールなんだ」と感じた経験がありませんか。親には大抵「そんなもの置いていきなさい」と言われてしまいますが(笑)、何だかわからない魔法の力を感じる。わたしたちはその感覚を「オーラ」と呼んでいます。
──子どもにとって、その棒を選んだ明確な根拠はなくて、オーラを感じ取って選んでいると。
ローガン わたしは、大人の誰もが子どもの頃の想像力、創造力、あるいは魔法のような感覚を、いまもなお携えていると考えています。Stick NationのInstagramページを眺めていると、ふと童心に返ったような感覚になるはずです。その感覚こそ、このコミュニティが愛される理由のひとつです。大人になるとそういった機会は激減するかもしれませんが、Stick Nationの活動がそういった感覚を再び呼び起こすような機会になればと願っています。
──大人になると、自分の知識と棒を結びつけながら選んでしまい、子どものように直感を信じることは難しくなってしまうのではないでしょうか。
ローガン 知識が増えれば増えるほど、直感的に選ぶことは難しくなるかもしれません。ですが、それも肯定すべきことだと思います。子どもであれ大人であれ、誰もが異なる映画や文化に触れていて、固有の経験があります。それぞれが自分だけの記憶や体験を手がかりに想像を広げているんです。




「Official Stick Reviews」のInstagramアカウント宛に届いた「木の棒」の画像
──WORKSIGHTでは、プリント版26号「こどもたち」に掲載したブックリストを通じて、棒、石、箱、人形など「こどもがなぜか好きなもの」について考えました。おふたりは、木の棒の他に、子どもの心をワクワクさせるようなものとして、気になっているものはありますか?
ローガン Stick Nationの活動を通じて、自然には驚くべきものがたくさんあることに気づきました。岩や山、滝、木々など、どこを見ても子どもたちをワクワクさせる素晴らしいものがあるんです。
ブーンとわたしは、ユタ州のアウトドア文化のなかで育ち、スキーやスノーボード、ロッククライミングなどに昔から親しんできました。「自然とは遊びながら親しむもの」という感覚を育むことができた地域に生まれたことは、本当にラッキーだったと思っています。どんなスポーツでも始めるにはお金が必要ですが、自然は楽しむ心さえもっていれば、誰でも気軽に触れ合うことができるんです。
──すべての投稿に目を通し、できる限り紹介しようとする姿勢には、誰にとっても自分の棒が特別だという気持ちを尊重しているように感じました。
ローガン そうですね。投稿された動画の数々が、一種の記録として積み重なっていくのが好きなんです。世界中の人たちが、自然のなかで棒を探したり披露したりする様子が集められたコレクションには人間味が宿ります。棒を紹介し合うというシンプルな取り組みを通じて世界中の人びとがつながる、巨大なネットワークが形成されていくんです。
世界中の人びとが、それぞれ異なる文化、ライフスタイル、経験をもっているのに、それでもなお、この面白くてクールなものに対して、本質的に似たような人間的な関わり方をしていることに気づいたんです。それがどんどん発展していくのを見届けるのは感動的です。
とある男性がポルトガルのビーチで拾ったという木の棒の紹介動画。先端部分に石がくっついており、海によって自然とかたちづくられた、魔法の杖のような形状をしている。ローガンさんが特にお気に入りの1本とのこと screen shot by WORKSIGHT
魔法はどこにでもある
──2025年10月には、Penguin Random HouseからStick Nationの書籍『Sticks』が出版される予定だと伺いました。出版のきっかけや本の内容について教えてください。
ローガン ちょうど、オンラインという形式ではなく、何かフィジカルな形で表現できないかと模索していたところ、出版社の方から声をかけていただき、書籍を出版することになりました。内容は、世界中の人びとが撮影した棒の写真コレクションが中心で、それぞれの棒に添えられたエピソードや思い入れの紹介もあります。わたしたちがStick Nationに寄せた文章も掲載される予定です。
──今回は書籍の出版ですが、今後はコミュニティのメンバーが集まるイベントの開催など、オフラインでの展開も予定されていますか?
ローガン 今後は、より多くのオフライン活動を展開して、リアルな空間にもコミュニティを広げていきたいと考えています。例えば、先ほどお話しした「Stick Quest」の派生として、人びとが外に出て交流しながら、自然のなかで特定のテーマに合った棒を見つけるようなイベントを開催してみたいです。
最近では、こうしたイベントに賞品やギフトカードを提供してくれるスポンサーがつくようになりました。アウトドア製品のオンラインストア「Backcountry」やアウトドアブランド「MERRELL」、“アウトドア版Airbnb”とも呼ばれる民泊サービス「Hipcamp」などとのタイアップが進んでいます。
──そうしたビジネス展開は今後強化していくのでしょうか。
ローガン コミュニティの運営費用を賄える程度の収益を得られれば理想的です。単に収益を追求するのではなく、Stick Nationを通じて、パートナーシップの商品の宣伝方法を考えるのはとても楽しい作業でもあります。
とはいえ、タイアップを決める際には、しっかりとそのクライアントがStick Nationの価値観にマッチしているのかを慎重に検討します。コミュニティにとっても、無理なく自然に受け入れられるような関係を築きたいと考えています。
──最後に、今回のインタビューで触発されて、自分でもお気に入りの棒を拾ってみたいと思った人に対して、「良い棒」に出会うためのコツをアドバイスしていただけますか?
ローガン とにかく外に出て、探してみることです。どこに住んでいても、外に出て自然を楽しむことが大事です。このプロジェクトを始めてから、「魔法はどこにでもある」と考えることで、世界の見え方が変わり、たくさんのワクワクする瞬間に出会えるようになりました。自然を楽しんでいるうちに、きっと棒のほうからあなたを見つけてくれるはずです。
そして、もし素敵な棒を見つけたら、ぜひ「Official Stick Reviews」に送ってください。わたしたちも、みなさんが見つけた棒を見てみたいです。
ローガン・ジャグラーさん(写真左)とブーン・ホッグさん(写真右) photograph by Jackson Hogg
次週4月29日は、アメリカの大型書店チェーン「バーンズ&ノーブル」のCEO、ジェームズ・ドーント氏のインタビューを配信。売上低迷と閉店ラッシュに苦しんだ同社を再建へと導いたのは、各店舗の自主性を尊重し、地域とともにある書店づくりを進めるという大胆な方針。その復活劇の背景にある思想と実践に迫ります。どうぞお楽しみに。