失踪老人からチャルメラバンドまで:TikTok民俗学が広げるバーチャル・フィールドワークの地平
TikTokといえば日本では若い世代を中心にユーザーがミーム化したダンスを踊って楽しむ短尺動画アプリとして定着している。しかし中国では少し様子が異なるらしい。短尺動画のプラットフォームは人びとが自らを表象する手段であり、民俗学のフィールドワークの場にすらなり得るという。大陸の端々で今日も生きられる文化の、思いもよらぬディティールへとわたしたちを誘う、中国版TikTokの広野とは。
中国版TikTokの動画を手がかりにたどり着いた湖南省の「張五郎」信仰の現場。張五郎は気性の荒い神のため、机の下に祀るという photograph by Toru Otani
民俗学というと、市井の人びとの慣習や伝承を自らの足で探し集めたり、そうしたものの痕跡がたどれるような文献資料にあたったりする学問というイメージがあるかもしれない。もちろんそのような方法はいまだ民俗学の中心にあるのだが、広大な、そして多様な中国の民族文化をたどろうとするとき、短尺動画アプリである中国版TikTok(正式名称は「抖音(douyin)」。日本で一般的に使用される国際版TikTokとは別個のアプリ)が便利だと話すのが、中国民俗学を専門とする大谷亨さんだ。
「無常」という名の中国の死神を魅力的なビジュアルとともに伝えた『中国の死神』(青弓社、2023年)でも話題を呼んだ大谷さんは、近頃中国版TikTokの民俗学的な可能性に注目しているという。いったいどういうことなのか。話を聞いてみると、あまりにも多種多彩な中国各地の人びとの日常と、短尺動画アプリを介して民族文化を自ら表象する時代の断片が見えてきた。例えば、”失踪した高齢者の発見動画”や、”葬式の場で自撮りする僧”を、あなたはどう感じるだろうか。
interview and text by Saki Kudo
大谷亨|Toru Otani 1989年、北海道生まれ。2022年、東北大学大学院国際文化研究科博士後期課程修了。博士(学術)。2023年より厦門大学外文学院日語語言文学学科・助理教授。専門は中国民俗学。著書に、『中国の死神』(青弓社、2023年)がある。
中国の民俗は、バーチャル空間にあり!?
──こんにちは。先日の日本民俗学会の国際シンポジウムで、大谷さんによる「中国TikTok民俗学:短尺動画で探る『老百姓(ラオバイシン)』の日常生活」の発表を拝聴しました。特に、このインタビューでも後に触れますが、各地で葬儀中に撮影された動画が気軽に中国版TikTokに投稿されているのは衝撃的でした。発表会場も驚きと熱気に溢れていた印象があります。大谷さんにとっての「TikTok民俗学」なるものが生まれた背景について教えていただけますか。
現在勤めている厦門大学に長期留学していた頃、日本人の留学生仲間から中国版TikTokのことを教えてもらったのが始まりです。僕は中国の死神について研究しているので、そういう民俗に関係する動画もたくさん上がっているから見てみたら?と。でもそのときの僕は頭が固くて真面目に取り合いませんでした。アカデミックな研究に“チャラチャラした”TikTokみたいなアプリが使えるとはとても思えなかったんですよね。
それからしばらく経って、新型コロナの影響で留学を強制的に中断せざるを得なくなり、日本に帰国することになりました。中国に戻るタイミングが来ないまま、北海道の実家で時間を持て余すなか、「そういえば友人が中国版TikTokのことを話していたな」とふと思い出してアプリを開いてみたところ、すぐにその真価に気づき、「食わず嫌いしている場合じゃなかった!」と遅まきながら大興奮してしまいました。なぜならそこには、どんな研究機関もアーカイブしていないような中国各地の素朴で多彩な日常風景が無数に投稿されていたからです。民俗資料の宝庫に見えたといっても過言ではありません。
瀋陽市の「労働公園」で華麗に踊る女性。ぼんやり見ればただの面白動画だが、「なぜ中国人は公園で堂々と踊れるのか?」という難問に繋がる、実は意味深長な動画でもある(中国版TikTok・抖音の動画リンク)
──思わぬ盲点だったのですね。
それ以来、「TikTok民俗学」を標榜し、興味深いと感じた動画を収集しては、その成果をTwitter(現X)で発表するようになりました。そんなことをしているうちに、その取り組みが民俗学者の島村恭則さんの目にとまり、有志が集まるオンライン勉強会でTikTok民俗学についてお話しする機会をいただきました。ちなみに、僕はどさくさに紛れて「民俗学者」を名乗ることがあるのですが、実は民俗学の専門教育を受けた経験はなく、あくまで中国の習俗を調べる際に見よう見まねでフィールドワークに取り組んできた人間なんです。ですから、アカデミアの民俗学者とがっつり対話を交わしたのはそのときが初めてでした。
──みなさんの反応はどうでした?
ありがたいことに、みなさん楽しんでくださったようです。僕としては、ひとりでこっそりと集めてはニヤニヤしていた動画が専門家の鑑賞にも堪えうるということがわかり、大きな手応えを感じました。いってみれば、怪我の功名ですよね。新型コロナのせいでリアルなフィールドワークに出かけられないからこそ、中国版TikTokの豊穣な世界に気づくことができたわけですから。コロナが収束し、就職というかたちで再び中国に戻ることができたので、いまは中国版TikTokをウォッチするだけでなく、そこで得られた情報をリアルなフィールドワークに活用するような使い方も模索している状況です。
TikTokは“チャラい”からこそ面白い
──リアルなフィールドワークと、中国版TikTok上で行うようなバーチャルなフィールドワークの関係性についてはどう考えておられますか?
最もわかりやすい関係性としては、先述のとおりバーチャル・フィールドワークで得られた情報をリアルなフィールドワークに役立てる、というのがあると思います。ただ、それって結局リアルが主としてあって、バーチャルはそれをお膳立てするための道具、という構図ですよね。それよりももっとラディカルな可能性がTikTok民俗学にあるのではないかとも考えていますが、その問題に関しては僕自身もまだ十分に咀嚼できていません。
──先ほど大谷さんは、中国版TikTokにはどんな研究機関もアーカイブしていないような貴重な民俗動画が大量に投稿されているとおっしゃっていましたが、なぜ研究者が実現できなかった仕事をTikTokという娯楽目的のアプリがやすやすと成し遂げてしまったのでしょう?
それはまさにTikTokが娯楽目的のアプリだから、僕なりのことばで言い換えれば“チャラい”からだと考えています。
──どういうことでしょうか?
例えば民俗学や人類学の撮影方法には、映像を研究資料として成り立たせるために“やってはいけないこと”が教科書的なルールとして色々と定められています。いうまでもなく、その基準を満たすには一定の訓練が必要になるので、参入のハードルも必然的に高くなる。一方、TikTokの場合は、やってはいけないことなんて何もありません。エモいBGMをつけたっていいし、キラキラした星のエフェクトを顔にかけたって誰にも怒られない。楽しければなんでもいいんです。その“チャラさ”こそが参入のハードルを大いに下げ、「わたしも何か撮って投稿してみよう」という気にさせてくれる。特に中国の場合は、秘境のご老人までもがスマホを使いこなすスマホ大国ですから、そんな彼らが一斉に身の回りを撮影し始めたら、と想像してみてください。「撮り方は素人だけどいままで誰も記録してこなかったよね、これ」という動画が量産されるのも、当然の成り行きとして頷けるはずです。
──ある種の軽薄さによって参入障壁が下がり、プレイヤーの分母が増える。そのことで少数精鋭の体制では決して実現できなかった仕事が成し遂げられる、ということですね。
民俗学は専門の研究者だけのものではなく、一般の人びとの学問であるという主旨のことはよくいわれますが、こうした在野を包摂する民俗学の姿勢とも合致する環境が中国版TikTokというアプリのなかで生まれているような気もして、そこは大きな魅力だなと感じています。
福建省のお祭りを撮影した動画に、賑やかなポップソングがBGMとしてつけられた事例(動画リンク)
コメント欄に見る、失踪老人が遭遇した「怪異」
──短尺動画アプリというとさまざまなものが存在しますが、中国版TikTok以外に大谷さんがバーチャルなフィールドにしているプラットフォームはあるのでしょうか?
いまのところ「抖音(douyin)」で手一杯ですが、中国には似たような短尺動画アプリがたくさんあります。例えば、「快手(クワイショウ)」というのがあって、基本的なシステムは「抖音(douyin)」と同じなんですが、より多彩な農村社会の様子が投稿されているとの評判です。ちなみに、日本で短尺動画というと最先端の若者文化というイメージですが、もともと中国では田舎者が好んで見るちょっと野暮ったいもの、という位置づけだったようです。
──そうなんですか?
短尺動画アプリがまとう野暮ったいイメージを刷新するかたちで、ややスタイリッシュなTikTokが出てきた、という流れです。ところで以前、大学で教えている学生たちに、「みんなはTikTokって見るの?」と尋ねたことがあるんですが、都会暮らしのインテリ青年である彼らは、「故郷の両親や祖父母は見てますけど、わたしたちはあまりそういうのは……」とTikTokに対してさえ冷ややかな反応を示していました。
──なるほど。中国で短尺動画は、地方社会と親和的なだけでなく、中高年がメインユーザーの一画を担っているのが特徴なんですね。
スマホ事情そのものが中国と日本でかなり異なっているのがその原因のひとつと考えられます。日本だと、例えば僕の祖母もそうなんですが、スマホを与えてもなかなか使いこなせない中高年がかなり多いですよね。でもそれはスマホが生活必需品じゃないからなんだと思います。他方、中国では地域を問わずスマホがなければ買い物さえ満足にできないので、必然的に田舎の高齢者でもスマホを使いこなせるようになるんです。
──冒頭で、中国を「秘境のご老人までもがスマホを使いこなすスマホ大国」と評されていましたが、その背景がよくわかりました。
ただし、そのことと同時に注目すべきなのは、中国は高度な情報化社会であると同時に、前近代性の色濃い地域もまだごまんと残っているという事実です。こうした高度なテクノロジーと前近代性が奇跡的に併存している状態を、僕は個人的に「まるで柳田国男の世界にスマホを放り込んだような状態」と評しているのですが、いずれにせよそんな中国の特殊な社会状況がTikTok民俗学をより面白くしているのは間違いないでしょう。
──実際の投稿動画にはどんなものがあるのでしょう?
僕が力を入れて収集しているジャンルのひとつに、「失踪老人動画」というのがあります。失踪した高齢者が山奥で生きて見つかった瞬間を撮影した動画のことなんですが、中国版TikTokにはなぜかこうした動画が大量に投稿されているんです。
失踪老人動画の一例。画面内には「太婆自称是一只猫把她帯入了深山(猫に山奥に連れて行かれたとおばあさんは語る)」という文字が見える(動画リンク)
──日本のTikTokでは、ついぞ見かけないような内容ですね……。
たしかにこれだけだと単なる衝撃映像なのですが、こういう動画を見つけたときに重要なのがコメント欄を覗くことなんです。どういうことかというと、例えば失踪老人動画のコメント欄には「鬼打牆(きだしょう)」というワードが頻繁に登場します。これは何かというと、怪異の名前なんです。日本でいうところのぬりかべですね。夜道を歩いていたら急に見えない壁にぶつかり、進みたい方向に進めずぐるぐる同じところを回ってしまう……という、日本でもよく知られているあの怪奇現象が「鬼打牆」です。つまりこのコメント欄では、失踪老人動画を見た人が、「この老人は鬼打牆という怪異に遭遇したに違いない」という解釈をしているわけです。
──老人の失踪が民間伝承によって解釈されるんですね。
別のコメントを見てみると、「彼女は『跘脚鬼(バンジャオグイ)』に遭遇したんだ」と、また違った解釈が書き込まれています。「跘脚鬼」について僕は詳しく知らないのですが、おそらくコメントをした人の地元でいうところの神隠しをする妖怪だと思われます。
他にも「この人は悪鬼に連れ去られる途中で出血し、悪鬼がその血に驚いて連れて行くのをやめたんだ。かつて自分の村でもそういうことが起きたことがある」というコメントがあったり、また別の人は「わたしの地元の貴州でこういうことが起きたら、間違いなく山の神に連れ去られたと解釈されるだろう」などという書き込みがあったりします。
──面白いですね。地方ごとの解釈がある、と。
ひとつの失踪老人動画のコメント欄に神隠しに関する言説が自然に集まってきて、いわば「みんなでつくる民俗事典」のような様相を呈しています。つまり、動画とともにこうしたコメントをせっせと収集することで、神隠しをめぐる中国各地の民間伝承が大量に採集できるというわけです。
葬儀を自撮りする僧
──こうした動画が次々と見つかるとなれば、大谷さんがTikTok民俗学に夢中になっていらっしゃることも理解できるような気がします。
また別のジャンルになりますが、葬儀の様子を遺族や参列者が撮影した動画なんかもたくさん投稿されています。いうまでもなく、葬儀という儀礼は外部の人間が簡単に取材できるものではありません。内部の人間が自主的に撮影してくれるからこうして手軽に見ることができるわけですが、なかにはこんな極端な例もあって、「中国のお葬式ってそんなにばんばん撮っていいんだ!」と度肝を抜かれてしまいます。
葬儀の場で自撮りする僧。背景に映る遺族からはなぜか特におとがめなし……(動画リンク)
──静かに衝撃を受けます……。
お経をあげに来たお坊さんが「葬儀なう」といった感じで、勝手に自撮りしているんですよね。おそらく遺族の許可などまったく得ていないと思われるのですが、こういう投稿が結構あるんです(笑)。どうやら、「お葬式のご要望があったらうちにご相談ください」という宣伝のつもりのようです。
──遺族のことを考えるとハラハラする動画ですね……。
日本で葬儀に呼んだお坊さんがこんなことをやっていたら不謹慎だといって一喝されますよね。だけど、この動画では遺族が怒る様子もない。中国人の葬儀に対する観念も見れば見るほどわからなくなってきます。現に僕も中国旅行中に葬儀に出くわすと必ず撮影を試みるのですが、拒否される場合もあれば、「どうぞどうぞ」と快諾してもらえる場合も少なくない。僕自身もまだその基準は掴めていなくて、研究中といったところです。ところで、先ほど触れた「みんなでつくる民俗事典」という観点からもうひとつ面白い葬儀動画を紹介しましょう。残念ながら投稿主がアカウントを削除してしまったため、実際に動画をお見せすることはできないのですが……。
とある男性の葬儀を撮影したものなのですが、注目すべきは遺族が家に帰るときの様子です。全員が家の門をくぐり終えたところで、最後に故人の息子が門の前に置かれた長椅子を外に向かってポンと蹴り倒す。これはどういうことかというと、「お父さんはもう亡くなってあの世の人になったからこの家に戻ってきちゃいけないよ」という意味で椅子を転がすわけです。日本の場合、お葬式が終わって自宅に帰るとき、霊が家に入らないように塩でお清めしますよね。それに近い考え方のようです。
──そういわれると理解できるところがありますね。
しかし、ここで重要なのはこの習俗の意味合いではなく、どうして僕が中国の田舎の些細な習俗についてベラベラ解説できるのかという問題なんです。結論からいうと、それはやはりコメント欄にすべて書かれてあるからです。誰かが「なんで椅子を蹴り倒したんですか?」という質問を書き込み、それに対して投稿者が先述したような解説を返信していたんです。ちなみに、こうしたコメント欄での対話には、「わたしの村では少し違うやり方をするよ」だとか「俺の村もおんなじだ」だとか、野次馬たちが次々にコメントを重ねていく傾向にあります。つまり、誰かが”おらが村”の習俗を撮影し投稿した場合にも、老人失踪動画と同様に各地の類似事例がコメント欄に寄せられ、「みんなでつくる民俗事典」が形成されていくというわけです。
検索機能を使わない
──動画を起点に開かれていくものがあるんですね。
葬儀に関連してもうひとつ動画を紹介させてください。中国の農村では、葬儀の際に複製音源ではなく生演奏で故人を弔う伝統がいまだ根強く継承されています。地域によって使用される楽器は一様ではありませんが、チャルメラが主役となり、そこに笙・ミニシンバル・キーボードが加わるのが基本的な編成です。僕は勝手に彼らのことを「チャルメラバンド」と呼んで注目しているのですが、その演奏がまあ魅力的なんですよ。
──ぜひ聴いてみたいです。日本で手軽に聴くことはできるのでしょうか?
残念ながらApple MusicやSpotifyのような音楽ストリーミングサービスにはこうした音源は上がっていませんし、CDやレコードのかたちで販売されているかというとそういう状況にもない。では、どうやって聴けばいいのか。基本的には中国の農村を自分の足で訪れるしかないのですが、唯一例外としてTikTokをはじめとする中国の短尺動画アプリには、チャルメラバンドの貴重な演奏が大量に投稿されているんです。
河南省のチャルメラバンド。チャルメラバンドは葬儀だけでなく、冠婚葬祭にオールラウンドに対応可能であり、儀礼に応じて適切な楽曲を使い分ける(動画リンク)
──魅力的な音楽ですね。
僕は音楽の専門家ではないので正しい評価はできないのですが、以前中国の民族音楽に詳しい井口淳子さんに動画をお見せしたところ、「中国農村に数カ月滞在して遭遇できるかどうかという宝のような瞬間」と大変驚かれていました。
──こうした動画を検索するときに大谷さんが心がけていることはあるのでしょうか?
それは非常にいい質問です。TikTokで有益な動画を見つけるには、実は「検索機能を使わない」ことがポイントなんです。
──検索をしない?
そうです。検索よりもレコメンドの波に乗るのが重要なんです。とはいえ、まずはキーワード検索をして、アルゴリズムに自分の好みを学習させなければなりません。例えば中国語で「葬礼(葬儀)」と検索し、ヒットした動画にいいねを押していく。すると徐々にそれと似た、かつ自分の知識と語彙ではたどり着けなかった動画をレコメンドしてくれるようになります。検索ではどうしても自分が知っている範囲のものしか出てきませんよね。未知の民俗に出会うにはやっぱりレコメンドの波に乗るというのが不可欠なんです。貴重な動画がどんどん連続して出てくる日があったかと思えば全然出てこない日もあって、なんだかパチンコをやっているような気分になることもあります(笑)。
──大谷さんが取り組んでいるバーチャル・フィールドワーク自体が、日によって収穫が変わる狩猟や漁労のような営みのようにも思われますね。
たしかに、改めてそんなふうに考えてみると面白いですね。意図的に計画して収集しているわけではなく、偶然出現したものを拾い集めているような感じですから。
「張五郎」を求めて
──事例をたくさんご紹介いただいたことで、TikTok民俗学の奥深さの一端を味わうことができました。
実はいま、TikTok民俗学をテーマにした本を執筆しています。「中国版TikTokで見つけた各地のローカル信仰を実際に訪ね歩いてみよう!」というような内容の本になる予定なんですが、より具体的にいえば、本書を通じて伝えたいことはふたつあります。ひとつは「中国って実は、大方のイメージとは裏腹に宗教大国なんだよ」ということ。もうひとつは「中国版TikTokを活用すれば、現地の人しか知らないような信仰現場にいとも簡単にたどり着けるんだよ」ということ。要するに、大手メディアが発信する中国情報ではなく、中国のフツーの人たちが発信する生活臭漂う情報を手がかりにするだけで、従来のそれとはまったく異なる中国イメージが浮かび上がってくるということを伝えたいんです。
──どんなローカル信仰を取材されているのか、少し教えていただけますか?
では、今年の春先に取材した「張五郎」(ちょうごろう)という湖南省の神さまについて軽くご紹介しましょう。中国版TikTokで見つけた動画を手がかりに、実際に湖南省の農村に張五郎を探しに出かけたんです。
張五郎の神像を片手に、張五郎節を歌う流しの芸人(動画リンク)。
──独特の造形の神さまですね。
僕も張五郎とはこの動画で初めて出会い、その逆立ち姿に一目惚れしてしまいました。こうなるといても立ってもいられずすぐに行動に移してしまうのが僕の研究者らしくないところで、よく知りもしない張五郎をひと目見るべく、すぐにフィールドワークに出かけてしまいました。しかし、ひと目見るといってもどこに行けばいいのか。本来であれば、まずは先行研究に手がかりを求めるのが鉄則なのですが、僕はそれをめったにしません。僕が怠惰だからというのもありますが、なによりも効率的ではないからです。中国では張五郎のようなローカルでマイナーな神さまに関する研究はまだまだ盛んではないのです。
──では、どのように調べていけばいいのでしょう?
動画の投稿者に直接質問してしまえばいいんです。というか、少なくとも中国で神さま探しをする場合は、TikTokでめぼしい動画を探して投稿者に連絡する、それがいまのところ最も効率的な方法だと個人的には感じています。今回の場合は、先ほど紹介した動画の投稿者に「この動画に映っている芸人さんにお会いしたいのですが、撮影場所を教えていただけますか?」と連絡してみました。
──結果はどうでしたか?
「タダで情報を得られると思うなよ」と一蹴されてしまいました(笑)。実はこの投稿者、宗教関係の骨董品を扱う古物商だったんです。
──なるほど。ということは、ひるがえってなにか買い物をすれば情報を提供してくれるかもしれない……ということでしょうか。
そうです。なので、「張五郎に関するものはありますか?」と尋ねてみました。すると、「色々あるよ」というので購入を約束したところ、知りたかった芸人の所在地だけでなく、知り合いの祈祷師を紹介してくれたり、フィールドワークのアテンド役まで買って出てくれたり、至れり尽くせりのサービスが返ってきました(笑)。あとはただ現地に行くだけです。
──こうしてTikTok上でのバーチャルなフィールドワークがリアルなフィールドワークに接続されるわけですね。
びっくりするほどお手軽でしょ? 「中国の農村で宗教調査をやってます」なんていうと難しそうに聞こえますが、少なくとも僕がやっているのはこの程度の、ちょっと中国語ができれば誰でも取り組めるお手軽フィールドワークなんです。というか、この程度のフィールドワークで十分に「みんなの知らない中国」が提示できてしまう、そんな点にこそTikTok民俗学の最大の批評性は宿っているのではないでしょうか。
──我々は中国のことをまだ何も知らない、と言い換えることもできますね。
まさに。なので僕としては引き続き、チャラくて奥深いTikTok民俗学を通じて、より豊かな中国情報を発信していければと考えています。
写真上:古物商の案内のもと張五郎芸人を訪ねに行く道中。古物商が着ているモコモコした服はこの地域でポピュラーな外出可能の万能パジャマ 写真下:実際に会うことができた張五郎芸人 photographs by Toru Otani
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わたしたちはずっと西に憧れ、西を目指してきた。しかし時代は変わり、カルチャーの新しい潮流はアジアから生まれつつある──。今号では、人気バンド「幾何学模様」のメンバーであり、音楽レーベル「Guruguru Brain」を運営するGo Kurosawaをゲストエディターとして迎え、〈アジアがアジアを見る〉新たな時代の手がかりを探る。
◉新しいアジアのサイケデリクス
選=Go Kurosawa
◉巻頭言 ひとつに収束しない物語
文=山下正太郎(WORKSIGHT編集長)
◉アジアのほう
対談 TaiTan(Dos Monos)× Go Kurosawa(Guruguru Brain)
◉イースタンユースの夜明け
Eastern Margins/bié Records/Yellow Fang/Orange Cliff Records/Yao Jui-Chung
◉北京のインディ番長、阿佐ヶ谷に現る
mogumogu から広がるオルタナティブ・コミュニティ
◉Dirt-Roots
サッカーでつながるコレクティブ
◉アジアンデザイナーたちの独立系エディトリアルズ
◉テラヤマ・ヨコオ・YMO
中国で愛される日本のアングラ/サブカル
◉百年の彷徨
アジアを旅した者による本の年代記
◉ロスト・イン・リアリティ
MOTEのアジアンクラブ漂流記2018/2024
書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]25号 アジアのほう Towards Asia』
編集:WORKSIGHT編集部(ヨコク研究所+黒鳥社)
ISBN:978-4-7615-0932-3
アートディレクション:藤田裕美(FUJITA LLC.)
発行日:2024年11月13日(水)
発行:コクヨ株式会社
発売:株式会社学芸出版社
判型:A5変型/128頁
定価:1800円+税
【イベント情報】
寺山修司はなぜ中国で愛される?『WORKSIGHT 25号 アジアのほう』刊行記念トークイベント
11/25(月)、プリント版最新号「アジアのほう Towards Asia」の刊行にあわせ、刊行記念イベントを開催。本誌掲載の企画「テラヤマ・ヨコオ・YMO:中国で愛される日本のアングラ/サブカル」の内容をより深掘りするべく、「私ギャラリー Gallery Watashi」を運営する阮大野(ルアン・ダーイエ)さん、出版社〈上海浦睿文化〉で寺山修司や澁澤龍彦の文学シリーズの編集を手がけた唐詩(トウ・シ)さん、写真集出版社〈青艸堂〉の共同設立者でもあるサウザー美帆さんをゲストに迎え、中国・日本カルチャートークをお届けします。サブカル/アングラ好きは集合!
日時:11/25(月)19:00〜21:00
会場:私ギャラリー Gallery Watashi Google Map
参加費:会場チケット:1500円/オンラインチケット:1000円
ゲスト:阮大野、唐詩、サウザー美帆
司会・進行:山下正太郎、若林恵