スローソーシャルメディア「Front Porch Forum」が描く未来:ビッグテックに抗う、新たなつながりの形
巨大なテック企業によるプラットフォームに抗い、米バーモント州を拠点にハイパーローカルなソーシャルメディアFront Porch Forumが立ち上げられたのが2006年のこと。ユーザーを過度に没入させず、地域における健全なオンライン・コミュニティを形成するというほとんど奇跡のような営みが、度々災害に見舞われる一地方で成功している。その秘密は何なのか、果たしてソーシャルメディアに未来はあるのか。
2023年7月、バーモント州シャンプレーン湖で泳ぐ人々 photograph by Robert Nickelsberg/Getty Images
text by Shotaro Yamashita
一地方で生まれたソーシャルメディア
ソーシャルメディアは、かつて人びとが夢見た「つながり」を実現するツールとして、期待を一身に背負いながらこの世に登場した。その瞬間、多くの人びとは新たな時代の幕開けを感じ、それが広がる可能性に胸を膨らませた。しかし、マーク・トウェインがかつて「真実が靴を履いている間に、嘘は世界を半周する」と警告したように、その影響力は瞬く間に社会的な課題をも増幅させていった。誤情報は瞬時に拡散され、かつてなかった規模で人びとを惑わせ、さらには、SF作家たちが描いたような監視社会が現実のものとなりつつあるなか、プライバシーの侵害やメンタルヘルスの悪化は日常の一部と認識されるほどに深刻化している。
このような状況に一石を投じるべく、米バーモント州で運営されているある取り組みが密かな注目を集めている。最新のテクノロジーとはおよそ結びつかないグリーンマウンテンステートで生まれ「Front Porch Forum(以下、FPF)」と名づけられたそのソーシャルメディアは、巨大なプラットフォームの影響力に抗い、あえて地域社会に密着したコミュニケーションを促進することで、わたしたちが失いかけている「本当のつながり」を取り戻そうとしているのである。この試みは、小さな波紋から始まったが、次第に多くの人びとの共感を呼び、わたしたちが望んでいた未来の姿を再定義する可能性を秘めている。
FPFは、エンジニア出身のマイケル・ウッド=ルイスが2006年に立ち上げた。ワシントンDCからバーモント州に引っ越してきた彼は大きな問題を抱えていた。息子のベンジャミンが養子に迎えられて間もなく脳性まひを発症し、バーリントンに来たばかりの彼やその家族は、近所の人たちと知り合うのに苦労していたのだ。FPFは、自らの地域コミュニティへの帰属意識を求めて設立されたのだ。最初はバーリントンの小さなエリア、ファイブ・シスターズ地区で始まったものが、やがてその理念の純粋さとシンプルさから、多くの地域へと広がっていった。
『フィルターバブル』などの著作で知られる起業家イーライ・パリサーが共同ディレクターを務めるメディア New_Public の調査では、ユーザーの60.6%が、FPFを通じて地域のイベントや公的な会議に参加し、53.2%が近隣住民と地域の問題について議論し、19.2%のユーザーが、FPFを通じて地域でのボランティア活動に参加するようになったと答えるほど、FPFは現実社会にポジティブな影響を与えている。
特に、FPFが最もその価値を示したのは、災害時においてである。2011年のハリケーン「アイリーン」の際には、バーモント州モアタウンの住民たちがFPFを通じて迅速に情報を共有し、復旧活動を調整する様子が見られた。特に、住民同士が食事や避難場所の提供を行い、困難な状況を地域全体で乗り越えるために協力し合った事例は、FPFの存在が地域の絆を強化する強力なツールであることを証明している。また、COVID-19パンデミック時には、FPFが地域社会の情報共有プラットフォームとして機能し、住民同士の支え合いが迅速に展開された。
写真上:FPFの非常にシンプルなトップ画面 写真下:FPFの創設者マイケル・ウッド=ルイスのYouTubeアカウントにアップされている、2008年時点でのFPSの紹介映像。住民たちが近隣地域内でコミュニティを構築するのに役立つと、紹介文には書かれている
パブの一角を治める
なぜこれほどまでにFPFは支持されているのだろうか。現在主流となっているソーシャルメディアとは一線を画す、そのインターフェイスに大きな特徴のひとつがある。テキストを多用し、ニュースレターをベースとしたこのサイトは、写真投稿やリアクションボタンといった、ドーパミンによる「一瞬の快楽」を生む要素を排除しているのだ。もちろんユーザーを没入させるためのターゲティングやレコメンデーションに関するアルゴリズムも実装されていない。
参加者は毎日、自分の町や都市に住む他の人たちからの投稿をすべて含む電子メールを受け取る構造になっており、Facebook、X、Nextdoorのように数分おきにチェックするような、速報性の高いニュースフィードはない。ユーザーがコミュニティの前で自分の発言について落ち着いて考えられるようにコメントは1日後にしか反映されないようになっているのだ。また、参加するためには、メンバーは地元の住民でなければならず、匿名はできない。随分と堅苦しく思うかもしれないが、公式サイトで紹介されているよくある話題としては、ペットの迷子、整備士の推薦、近所のパーティー、不法侵入、困っている近所の人を助けること、共同購入、政治、物品の売買や寄付、野生動物の目撃情報などが挙げられている。
マイケル・ウッド=ルイスは、ワシントンポストのインタビューで「最終的には、隣人同士の現実世界での交流を刺激するために存在する」と語る。「オンラインのメタバースになるために存在しているのではありません。24時間365日オンラインで人びとの注目を集めようとはしていません。1日10分だけ人びとの関心を引けばいいのです」。
FPFの運営にも、重要な特徴がある。それは、プラットフォーム上での対話が常にモデレーターによって管理され、健全なコミュニケーションが維持されるよう徹底されている点だ。これはビッグテックとは対照的な姿勢だ。これまでビッグテックたちはアメリカ国内の「通信品位法(Communications Decency Act)」第230条で規定されている、インターネットサービスプロバイダーやウェブサイト運営者が、ユーザー生成コンテンツに対して法的責任を負わないことを逆手に取り、ユーザーが投稿するコンテンツに対する責任を回避してきた。また欧州においても、ユーザーのデータ保護とプライバシーに関する厳しい規制である「一般データ保護規則(GDPR)」が、コンテンツの取り扱いに慎重さを求め、結果的に介入を躊躇するケースを増やしてきた。
対して、FPFではフルタイムで働く従業員30人のうち12人が、公開前にすべてのユーザーの投稿を読み、個人攻撃や誤った情報、スパムなどガイドラインに違反した投稿を削除している。これにより、たとえ意見の対立が生じても、適切なフィルターがかけられ、冷静で建設的な議論が行われる。このシンプルで効果的な設計と運営方針が、FPFを特別な存在として際立たせている。ウッド=ルイスはFPFを巨大な言論空間ではなく、「パブの一角」のように考えているという。現実世界でもあるように、常連客が騒ぎ始めたら、モデレーターがその場を収めるように促し、従わなければ追い出すといった具合にだ。
2011年8月、バーモント州を巨大なハリケーンであるアイリーンが直撃、甚大な被害が発生した。「The Verge」の記事には、情報共有や助け合いのために、地域住民たちがFPFを有効的に活用していった様子が詳しく描かれている。災害時のオンライン・コミュニティに関する、重要な事例のひとつだ photograph by Matthew Cavanaugh/Getty Images
スローソーシャルメディアという挑戦
FPFが実現しているのは、いわゆる「スローソーシャルメディア」という新しいアプローチだ。成長のためにアルゴリズムやエンゲージメントを追求するのではなく、ユーザーが自分のペースでゆっくりとコミュニティに関わることができる環境を提供しているのである。バーモント州全域で人口の40%近い約23万5千人のアクティブユーザーを抱え、地域社会を結びつけるツールとして確固たる地位を築いているFPFは、そのスローなアプローチこそが、地域に深く根ざし、持続可能な運営を実現する鍵であることを示している。
FPFのビジネスモデルも、大量のユーザーを抱え広告収入に依存する他のソーシャルメディアとは異なり、地域社会との絆を維持するために工夫されている。地元企業の広告、政治家や地方政府関係者によるカスタム購読料、そして寄付が収益源となっており、これによりFPFは外部の影響に左右されることなく、コミュニティに根ざした活動を続けることが可能となっている。
例えば、地元企業がFPF上に広告を出稿する際、その広告内容は単なるプロモーションにとどまらず、コミュニティ全体にとって有益な情報であることが求められる。これにより、広告は商業的な一面をもちながらも、地域社会への情報提供という公共的な役割を果たしている。さらに、FPFは政治家や地方政府関係者向けに特別な購読サービスを提供しており、これにより彼らは直接的に地域住民とコミュニケーションを取り、自らの政策や活動について透明性をもって説明する場を確保している。このサービスは、単なる情報発信ツールではなく、地域の声を拾い上げ、それを政策に反映するための重要なフィードバックループを形成している。
さらに、FPFは毎年行われる寄付キャンペーンを通じて、地域社会からの支援を受け続けている。例えば、2023年の寄付キャンペーンでは、15万ドル以上の資金が集まり、この資金はプラットフォームの運営にだけでなく、地域内の新しいプロジェクトの支援にも充てられた。
また、FPFの収益モデルには、地域社会のニーズに応じた柔軟な対応が組み込まれている。例えば、FPFが提供する購読サービスは、地域社会と政治家との間に直接的な対話の場を設け、これにより住民の声が政策に反映される機会を増やしている。このように、FPFは収益モデルにおいても地域社会の声を尊重し、双方向のコミュニケーションを促進することで、地域全体の結束力を高めているのである。
このビジネスモデルの成功は、FPFが地域社会に対してもつ深いコミットメントに根ざしている。地元企業の広告収入、政治家や地方政府関係者との協力、さらには地域住民からの寄付など、多岐にわたる収益源が、FPFの地域社会への貢献を可能にしているのである。FPFは、その運営を通じて、地域社会の発展と持続可能性を促進するプラットフォームとして機能し続けている。
The Institute for Digital Public Infrastructureによる、マイケル・ウッド=ルイスへのインタビュー映像。2021年2月にアップされており、コロナ禍のなかで行われたオンライン・インタビューと思われる。隣人たちによる健全なオンライン・コミュニティを運営する秘訣を語っている
政治的特性との相性
FPFは本当に理想的なプラットフォームなのだろうか。先述したNew_Publicの調査データを参照しながら、議論を進めてみたい。まず、ユーザーの満足度に関しては非常に高く評価されている。実際、81%のユーザーが「市民としてより多くの情報を得られる」と感じており、これは他のソーシャルメディアプラットフォーム、例えばFacebookやNextdoorと比較しても際立っている。また、特に新しく地域に移住したユーザーにとっては、FPFが価値あるリソースとして機能していることは、流動性の高い社会を支える観点から見逃せない。
しかし、この満足度の高さには政治的な傾向が深く関与している。FPFの利用者のなかでも民主党支持者や進歩派の評価が特に高く、彼らはFPFを通じて地域社会に対する結束感を強く感じている。一方で、共和党支持者はやや低い評価を示しており、政治的立場がプラットフォームに対する評価に影響を与えていることが明らかである。この違いは、FPFがもつ地域密着型のフォーラムとしての特性が、特定の政治的傾向をもつユーザーにとってより魅力的であることを示唆している。
さらに、フォーラムの活発さやポジティビティが、ユーザーの評価にどのように影響するかも知っておかねばならない。活発でポジティブな投稿が多いフォーラムほど、ユーザーはそのフォーラムをやや否定的に評価する傾向がある。しかし、こうしたフォーラムに所属するユーザーは、コミュニティへの強い結束感を抱いていることが多い。この現象は、デジタル・コミュニティにおけるエンゲージメントの高さが、必ずしも満足度の向上に直結しないという、興味深い矛盾を浮き彫りにしている。
また、FPFのユーザー属性もプラットフォームに対する認識に影響を与えている。調査によれば、回答者の大半が女性であり(69%)、白人が圧倒的多数を占めている(88%)。政治的には、民主党支持者(53%)および進歩派(22%)が大部分を占めており、これがFPFの利用評価に大きな影響を及ぼしていることがわかる。特に、若年層や政治的にリベラルなユーザーがFPFをより有用だと感じている傾向が顕著である。
以上のように、FPFはその政治的特性とユーザー層の偏りにより、特定のコミュニティにおいては高く評価される一方で、異なる政治的背景をもつユーザーに対しては異なる受け止められ方をしていることは留意しておくべきだろう。
2023年9月、バーモント州シャーロットでの干し草の収穫 photograph by Robert Nickelsberg/Getty Images
ソーシャルメディアの未来
FPFの運営方針は、地域に密着した運営を何よりも重視しているが、その一方で急速な拡大が抱える課題にも慎重に取り組んでいる。バーモント州全域に広がるFPFのネットワークは、地域ごとに独自のフォーラムを形成し、日常的な情報共有から緊急時の支援活動に至るまで、幅広い用途で活用されている。このような地域密着型の運営は、コミュニティの一体感を高め、住民同士の信頼関係を強化する上で非常に効果的であるが、急速な拡大がこの一体感を損なうリスクも孕んでいる。
例えば、ニューハンプシャー州やニューヨーク州の一部地域への進出が計画されているが、FPFはこの拡大を慎重に進めている。ウッド=ルイスは、「我々が提供するサービスが他の地域でも必要とされていることは理解しているが、急速な拡大はFPFの特有の価値を失わせる可能性がある」と述べている。この発言からもわかるように、FPFは規模の拡大にあたって、地域社会との強い結びつきを維持することを最優先課題として捉えている。
FPFのこの慎重なアプローチは、単なる成長戦略ではなく、地域コミュニティの本質を保つための一貫した方針である。拡大がもたらす潜在的なリスクを最小限に抑えつつ、地域ごとのニーズに応じたサービスを提供することで、FPFは地域社会のなかでの役割をさらに強固なものとしている。これは、他のソーシャルメディアプラットフォームが見過ごしがちな「地域密着型」の価値を最大限に活かすための戦略であり、FPFが示す未来のソーシャルメディアの方向性を象徴している。
そしてFPFが体現する「スローソーシャルメディア」の概念は、現代のソーシャルメディアが追い求める即時性や規模の拡大とはまったく異なるアプローチを取っている。この違いは単なる技術的な選択ではなく、テクノロジーの進化がもたらす効率性に対するひとつの批評であり、さらに言えば、人間らしさやコミュニティの絆を再び強調するための試みである。このアプローチが、他の地域や国々にもどのように広がっていくかは、これからの課題であり、同時に大きなチャンスでもある。ソーシャルメディアが社会に与える影響を深く再考する契機として、FPFの未来像は今後のデジタルコミュニケーションのあり方に大きな示唆を与えるだろう。
次週9月24日は、ラッパーのTohjiをはじめ、アートや映像、広告などの新たなクリエイターたちがつながるハブとなる会社・CANTEENの代表を務める遠山啓一さんのインタビューをお届け。CANTEEN躍進の背景にある、クリエイティブのために徹底的に関わる姿勢と、そこから考えるアートとビジネスと都市のあるべき関係性とは。お楽しみに。