今回取材で訪れた「Mランド」は益田市のほかにも、兵庫県に「Mランド丹波ささ山校」があり、独自通貨「Mマネー」は両校で使用されている
WORKSIGHT編集長・山下正太郎による連載「『場』の編集術」。第8弾では自動車教習所「Mランド益田校」を訪ね、本校を運営する株式会社コガワ計画社長・小河吉彦氏へお話を伺った。校内でのみ流通する独自通貨「Mマネー」、その貨幣を稼ぐためのボランティア活動、滞在中に楽しめる多種多様なアクティビティに、1万人を動員するお祭りの開催まで。一風変わった教習所の運営にはどのような理念や設計が組み込まれ、形づくられているのか。
interview and text by Shotaro Yamashita
photographs by Kaori Nishida
ダラーが流通する国
入校生を乗せた送迎バスが到着する少し前、校内に「ソウルメイト」という歌が流れ始める。新入生はこの歌に迎えられて門をくぐるのだと、あとで教えられた。この一風変わった出迎えはSNSでも知られていて、動画を見てここに決めましたという若者も少なくないらしい。
島根県益田市。本州の西端に近い山あいにMランド益田校はある。敷地は東京ドーム4個分、20万平方メートル。教習コースのまわりに12棟の宿泊施設が建ち、カフェにコンビニ、茶室からギャラリー、ゴルフ練習場、テニスコートまであって、年間数千人の若者が全国からここへ集まり、およそ2週間の合宿生活を送って帰っていく。卒業生の8割が合宿生。多くは関西と関東からの若者だ。広告はほとんど打っていない。集客の柱は、先輩や友人の口コミである。
校内を歩くと、すれ違う若者たちが次々に挨拶をしてくる。コースの上ではモーツァルトが流れている。テーマパークのようだ、と誰もが最初に思う。だが半日も歩けば印象は変わってくる。ここは娯楽の空間ではない。細部に思想が埋め込まれた、周到に編集された場だ。
そしてその中心に、独自通貨「Mマネー」がある。
上:教習生たちはここでは「ゲスト」と呼ばれる 下:敷地を一望できる高台に設置されたブランコ。周囲にはキャンプ場、ツリーハウス、BBQ場、五右衛門風呂なども完備されている
Mランドの敷地内では、基本的に日本円が使えない。代わりに流通しているのが「Mマネー」という独自通貨である。単位は$(ダラー)。1ダラーが100円に相当し、カフェの昼食も、コンビニの菓子も、テニスコートの利用料も、学科の模擬試験も、支払いはすべてこのMマネーで済ませられる。値札もダラー表記で統一されていて、職員までもが昼食をMマネーで注文する。
Mマネーは受付で日本円から両替できるが、多くの教習生は両替ではなく「稼ぐ」ほうを選ぶ。仕組みは素朴なもので、ボランティアに参加すると紙幣がもらえる。そこには電子決済もアプリも介在しない、手作業の運用だ。トイレ掃除に校内清掃、お茶席の体験、館内アナウンスに、感謝を手書きで伝える「ありがとうカード」、特技を披露するステージまである。「労働」「感謝」「文化」「表現」。系統の違う4つの行為に、同じ通貨が支払われる。
一番の人気はトイレ掃除だとスタッフは言う。定員があるから、繁忙期の予約はすぐに締め切られてしまう。熱心な教習生になると、2週間の滞在中、自分の財布をほとんど開かないのだそう。
ただし、この通貨には奇妙な決まりがある。円からダラーへの両替はできるのに、ダラーから円への換金は一切できないのだ。卒業のとき、手元に残ったMマネーの行き先は3つ。土産物を買うか、慈善団体に寄付するか、まだ在校している友人に譲るか。ここで稼いだ価値は、この国の外にはもち出せない。この空間のなかでのみ使うことのできる「本物の通貨」として、25年間流通し続けてきた。
上:Mマネーを手に取ると、質感が妙に本物めいていて創業者のこだわりが見える。額面も独特で、1ダラー以下の単位として30セント、20セントがあるが、10セントはない 下:売店の商品もすべてダラー表記になっており、ちょっとした異国気分を味わうことができる
きっかけを提供するだけ
これほど多彩なボランティアを、運営側はどのように教習生に勧めているのか。施設を運営する株式会社コガワ計画代表取締役社長の小河吉彦氏に尋ねると、返ってきたのは意外な答えだった。
「こちらから特に説明することはないんです。勧誘もまったくしたことがないんです」
入校時の挨拶で「滞在中にいろいろな成長の機会があるから、よければ参加を」と伝える。案内は受付に置いてある。それだけなのだという。参加の輪を広げているのは、もっぱら教習生同士の口コミだ。Mマネーが欲しくて、いわばアルバイト感覚で参加した者が、やってみると意外に学びがあったと友人に話す。聞いた者が翌朝の列に並ぶ。運営側の立ち位置を小河氏はこう言う。
「強制的に参加してもらって、こういう学びがありますよ、というスタンスではないんです。我々はきっかけを提供するだけです」
きっかけの設計はいまも更新されている。数年前に始まったスタンプラリーは、ボランティアに参加してスタンプを集めると益田の土産がもらえるという仕掛けで、これが参加の敷居をぐっと下げた。
「スタンプラリーを始める前は、トイレ掃除はハードルが高くて、コアな人がハマってリピートするものだったんです。いまは誰もが1回は参加するようになりました。本当にちょっとしたきっかけというのが大事なんじゃないかなと」
いわゆる行動経済学でいうナッジに近い。ただ、Mランドのやり方には、ふつうのナッジ論に収まらないところがある。行動を促しておきながら、その行動の意味を運営側が先回りして語らない。トイレ掃除で何を学ぶかは、掃除をした本人が決めればいい。そういう突き放しが一貫している。外発的な動機で入り、内発的な動機で深まる。その移行は本人に委ねられている。
理由をたどっていくと、この場をつくった人物の人間観に行き着いた。
上:受付には募集中のボランティアやアクティビティが掲示されている。主に講習や実習が始まる前の時間帯に行われている。中:2週間という限られた時間のなかでスタンプを埋めるために、ゲストはほぼ毎日何かしらの活動に関わっていく 下:現社長の小河吉彦氏。コガワ計画に入社する前は、株式会社イエローハットで経験を積んだ。イエローハット創業者の鍵山秀三郎氏は掃除を通じて心を美しくする活動「掃除に学ぶ会」でもよく知られる
良知が湧き出す泉
Mランドの一角に、フランス語で「泉」を意味する「フォンティーヌ」というギャラリーがある。そこには現社長の祖父にあたる創業者の小河二郎氏が集めた美術品に交じって、卒業生のアート作品なども飾られている。
小河二郎氏がこの地に教習所を開いたのは1964年。「地方と都市の格差が大きく、田舎の若者が都会で職を得ることさえ難しい時代に、免許があれば地方の若者でも都会で働き、経験を積むことができる。そして、いつかこの町に帰ってきて活躍してほしい」という願いから始まった事業だった。教習所は初めから、若者に移動の可能性をもたせ、人材を地域に還流させる装置として構想されていたことになる。
Mランドの「M」は益田の頭文字であると同時に、マインドのMでもある。経営理念はこの場所をマインドデザインスクール、心をデザインする学校と定め、免許の取得はその入り口にすぎない。では、入り口の先で何を教えるのか。その創業者が愛した言葉が、歌人・會津八一の「美しき人になりたく候」であった。目指すのは外見ではなく内面の美しさで、美しくなりたいと思い続けること自体がすでに美しい。教習所の一生の命題である無事故も、技術と並行して、心を磨くことで達成される。そう考えた創業者は、思想をことばで説く代わりに、環境に埋め込んでいった。
教習コースには木々が植え込まれている。死角をつくる植栽は本来避けるべきものとされているが、行政と粘り強く交渉しながら植え続け、美しい景観をつくり上げた。コースにはモーツァルトが流れている。美しいコースには美しい音楽が必要だ、というのがその理屈である。
山道の教習コースはあえて道幅を細くしてある。ところどころに退避所が設けられ、対向車に道を譲る、譲られて礼を返すというやりとりが、コースを走っているだけで自然に発生する。その体験が、免許を取ったあとの路上で、譲る運転になって現れるのだ。
茶道は一期一会と譲り合いの精神において運転に通じるからと、創業者が社員の反対を押し切って茶室を建てた。羊羹をいただき、点てられた茶を飲み、席を立つときに1ダラーを受け取る。
看板ではなく道の幅で教え、説教ではなく植栽と音楽、文化で伝える。この環境設計の根っこにあるのが「良知」ということばだ。現社長の小河氏は言う。
「人間には生まれもった優しい心、良知があるとされています。それを発揮し続けることが、ハンドルを握ったときの優しい運転につながる。だからこの2週間のあいだに、良知に至る体験をいっぱいしてほしい。免許を取ったあとに何かを思い出したり、気づいたりして、優しい心をずっと継続できるんじゃないかと」
良知とは、陽明学で人間に生まれつき備わるとされる善性のことである。教え込むのではなく、すでにあるものを湧き出させる。ギャラリーの名が「泉」なのは偶然ではないだろう。善性が初めから備わっているのなら、意味を外から説明する必要はない。必要なのは、それが湧き出すきっかけと環境だけである。
創業者の口癖は「若者は必ず成長する」「未来は良くなる、若者は年々良くなる」だったという。若者を語ることばの多くが劣化の嘆きであるこの国で、世代を重ねるごとに人間は良くなっていくという逆向きの信頼が、この場のあらゆる仕掛けの前提に置かれている。
上:教習の合間に茶道に取り組む教習生たち 下:Mマネーにも印字されている「燮(やわらぎ)の心」とは、創業者小河二郎氏が提唱した「人が生まれながらにもっている、他人を思いやる優しさや温かい心」を指す。戦争の実体験をもつ氏が、命の尊さや人間教育の重要性を痛感したことから生まれた経営思想だ
報酬ではなく、善行の記念
Mマネーはなぜ、日本円に換金できないのか。小河氏の答えは明快だった。
「Mマネー自体は労働対価ではないので、目に見えない、人の役に立つ行動に対しての価値を、お金ではないものに変えているんです。それを最後に日本円に換える、というのは違う。だからお土産としてダラー自体をもって帰ってもらうか、募金して帰るか、まだ在校している友だちに譲って使ってもらうか。そういう循環を促しています」
掃除の報酬ではなく、善行の記念。だから円に換金した瞬間に意味が崩れてしまう。とりわけ「在校生への譲渡」はよくできている。先に卒業していく者の善行の記念が、まだ滞在する者の手に渡って、次のアクティビティの元手になる。通貨が入校者のあいだで世代を跨いで手渡されていく。Mランドは感謝や奉仕に値段をつけながら、四半世紀、その意味を腐らせずにきた。鍵はおそらく、円の経済への出口を塞いだことにある。
Mマネーが導入されたのは2000年。その4年前の1996年、社員の自主的な実践として校内のトイレ掃除が始まっていて、通貨はこの既存の営みに教習生を誘い込む装置として、あとから接続された。活動を生むために通貨がつくられたのではない。先に価値ある行為があって、そこへの入り口として通貨が置かれた。
取材の終盤、小河氏が見せてくれた導入当時の社内報には、その発行目的と稼ぎ方が、いまとほとんど変わらないかたちで記されている。世紀の変わり目は、地域通貨への関心が全国的に高まった時期でもあった。貯め込まれることで富の偏在を生む近代貨幣への批判を遺した作家ミヒャエル・エンデのことばが広く紹介され、無数の地域通貨が各地で生まれては、その大半が数年で消えていった。創業者も当時、その動きを面白がって見ていたことが記録に残っている。
ではなぜ、Mマネーだけが25年も生きているのか。その理由を、当人はこう見ている。
「この空間でだからこそ、成り立っているんだろうなと思います」
2週間という期限があり、敷地という境界があり、その外では1円の価値もない。だから滞在者は必ず使い切るか、譲るか、寄付する。地域通貨の成功条件は、皮肉なことに、閉鎖性だったのかもしれない。
もうひとつ、小河氏が挙げるのは紙幣の手触りである。
「自分が何かいいことをした、いい体験をしたというのが目に見えるようになると、満足感や達成感につながる。物質があるからこそ、次の行動につながっている。ポイントとかじゃなく、アナログのお金だったからこそ、いい循環が生まれたんじゃないかなと思います。」
デジタルのポイントは残高の数字だが、紙幣は手から手へ渡る。渡る瞬間には目が合い、感謝が生まれる。善意を可視化する媒体が、そのまま人と人との接点になっているのだ。
校内の清掃や洗車に取り組む教習生たち(写真提供:株式会社コガワ計画)
2週間の住民たち
じつは、2週間という短期滞在のなかで自発性をどうすばやく引き出すのかと小河氏に問うたとき、返ってきたのは通貨の話ではなかった。
「うちのルールは『挨拶』だけで、これは必ず守ってくださいね、と最初に伝えるんです。挨拶で人と人との関係がつながる。友人ができればボランティアに一緒に参加してみよう、と思う。活動のきっかけとして、この決まりが重要なんです」
この環境をつくったのもまた創業者だという。面白いのは、規範がとうに運営の手を離れて自走していることで、新しく入校した者は、誰もが挨拶を交わす環境に放り込まれ、ここはそういう場所なのだと察して、自分から挨拶をするようになるという点である。規則集を配るのではなく、たったひとつの身体的な儀礼だけを示して、あとは環境の力に任せる。この最小限の設計のおかげで、人が入れ替わっても文化のほうは残り続ける。
Mランドのルール「挨拶」が記載された校内に設置されている看板
共同性への意志は、宿泊施設の考え方にも表れている。
「本来我々が提供したいのは、相部屋なんです。知らない人同士が、同じ目標のもとで寝食をともにする。そこに気づきや学びがある」
だが時代の需要は個室に向かい、2年前にはシングル専用の寮を建てた。その上で、寝る場所が個別になる分、空いた時間に人と人とのつながりが生まれる仕組みをできるだけたくさん用意したいと小河氏は続けた。共同性の解体を押し留めるのではなく、失われた交わりを別の設計で埋め戻していく。
その舞台のひとつが、繁忙期に隔週で開かれるチャレンジ披露だ。ゲストが自分から特技を申告して、ステージに立つ。ダンス、歌、関西から来た教習生の漫才。運営が用意するのは場所だけで、演目はゲストのほうから立ち上がってくる。
「共に創って、共に育つ。常に人を巻き込んで一緒にやるのがMランドだ、という考え方です」
教える者と教わる者という固定した関係は、ここでは意図して崩されている。教習生を「ゲスト」と呼び、近年は指導員の呼び名も、人生に寄り添う存在という意味を込めて「ライフクリエイター」に変えつつある。
ふつう、共同体はそこに居続ける人間が支えている。だがこの国では、人が2週間で大半が入れ替わってしまう。それでも共同体が途切れないのは、受け継がれているものが人ではないからだ。挨拶という儀礼、譲り合いを教える細い道、手から手へ渡る紙幣。人が去ってもふるまいの型が残り、次に来た者を住民に変えていく。
上:「チャレンジ披露」の様子(写真提供:株式会社コガワ計画) 下:年に一度開催され、1万人を動員するという「Mランドまつり」の様子。今年6月7日の開催で第40回を迎えた(写真提供:株式会社コガワ計画)
国境を開く
現社長の小河氏が経営を継いだのは8年前、創業者である祖父が亡くなったときのことだ。ただし、継承者が向き合う課題は創業時から反転している。60年前のそれが地方と都市の格差だったとすれば、いま小河氏が挙げるのは「縁の希薄化」である。
「人口減少、少子高齢化、それにAIやデジタル化の進歩で、人と人との縁の希薄化をすごく感じるんです。人が集まる空間をずっとつくってきたMランドだからこそ、自動車学校の枠を超えて、いろんな世代が、障がいのあるなしにかかわらず集まる空間をつくること自体が、我々の役割なのかなと思います」
構想はすでに動き出している。高齢者の居場所づくりとして敷地内に「伝承大学」を開く計画、デイサービスなど福祉事業への参入、芸術家の卵や障がいのあるつくり手に作品を残してもらうアート事業や子どもの遊び場と学び場をつくる構想もあるという。免許を取りに来た若者と、講習に来た高齢者と子どもが、ひとつの敷地で交わる絵を、小河氏はいま思い描いている。
教習所がなぜ福祉なのか。健康寿命が延びれば安全運転も続くという、免許を扱う事業体にとって、高齢者の健康は本業の延長線上にあるという理屈である。過疎の進む町で、2週間ごとに入れ替わりながら絶えず補給される若さは、それだけで地域の資源になりうる。
Mマネーにも次の構想がある。じつは導入の当初から、創業者にはこの通貨を地域で循環させるイメージがあったらしい。その宿題に社員たちが手をつけ始めた。部署横断のチームによって、地域の柚子農家での収穫体験や、町の陶芸屋での陶芸教室を企画し、教習生が自分で稼いだMマネーで参加できるようにする試みが始まっている。
年に一度のMランドまつりでは、教習を丸一日止めて、コースをまるごと祭り会場に変える。卒業生が100人ほど教習所に帰ってきて、地域からは1万人以上が集まるという。
「敷地内で2週間のすべてを完結させて、益田市を知らずに帰っていく方が多かったんです。せっかく来ていただくので、この町の良さも体験してほしい」
閉鎖性ゆえに生き延びた通貨を、地域へ開く。地域に出たダラーをどうやって回収するのか。電子マネーにしてしまえば、アナログだからこそ生まれていた循環は保てるのか。課題は多いと小河氏も認める。だがそれは、成功の条件そのものを組み替えるチャレンジであって、この場の編集がいまも続いていることの証しでもある。祖父の遺した仕組みを、いまの社会の課題に合わせて訳し直していく。継承とは保存ではなく、終わらない翻訳の作業なのだと、この場所は教えている。
現社長の小河吉彦氏が考える事業構想。施設から地域、そして社会全体での価値循環を目指す(画像提供:株式会社コガワ計画)
卒業のバス
午後、卒業のバスが出る。Mランドでは、卒業生を乗せたバスが最後に教習コースをぐるりと一周していく。職員は作業の手を止め、外に出て見送る。バスは「今日の日はさようなら」が流れるコースを、木々のあいだを縫うようにゆっくり走り、門を出ていく。
乗っている若者たちの財布には、もう日本円に戻ることのないダラー紙幣が何枚か残っているはずだ。ある者はそれを土産に換え、ある者は寄付箱に入れ、ある者は今朝すれ違ったばかりの新入生の手に握らせて、この国を出ていく。
人は2週間で入れ替わる。それでも挨拶は残り、紙幣は次の手へ渡っていく。その一枚は、もう100円ではない。誰かの役に立ち、ありがとうと言われた時間の記念である。善意は換金できない。だからこそめぐり続けるのだ。
【WORKSIGHT SURVEY #90】
Q:地域通貨を使ったことがある
【はい】の方はそれを使った場所や経緯、感想などを、【いいえ】の方はそれを使ってみたいと思うかどうか、またはその理由などもあわせてお答えください。
【WORKSIGHT SURVEY #89】アンケート結果
栄養と食事をめぐる、人びとの反発と受容:『〈栄養〉の誕生』から現代を見つめて(9月22日配信)
Q1:必要な栄養は、サプリメントや完全栄養食から摂れれば十分?
【いいえ】食事から得られるものは「栄養素」だけではないため。心と身体は不分離であることを考えると、十分ではないと感じます。
次週10月6日は、ジャズ評論家・柳樂光隆のストックホルム紀行を配信。柳樂さんが見つけたスウェーデンにある、日本人の名を冠したミュージックバー「Hosoi」。名の知れた店にもかかわらず、調べてみても情報はほとんどない。その謎に導かれ、ジャズ評論家・柳樂光隆が現地を訪ねた。お楽しみに。
【新刊案内】
『WORKSIGHT[ワークサイト]30号 新しい中世 The New Middle Ages』
photographs by Hironori Kim
cover Illustration by Natsujikei Miyazaki
帝国、教会、荘園、騎士団、ギルド、修道院……。中世とは、複雑怪奇な権威のネットワークが幾重にも絡み合った時代だった。アルゴリズムに導かれ、プラットフォームの中で群れ、炎上によって見知らぬ誰かを裁くいま、わたしたちはすでに「新しい中世」を生きているのかもしれない。かつて中世の再来を予言したウンベルト・エーコ、 心理占星術研究家・鏡リュウジや現代魔女・円香、中世ゲーム研究、政治学者が読み解く「中世という過渡期」を経た、現在の地政学「それ以降の世界」まで。中世のレンズを通して現代を再解釈する。
【目次】
◉ギャラリー
現代は中世である
◉巻頭言
世界はふたたび中世になる
文=山下正太郎(本誌編集長)
◉ウンベルト・エーコと新しい中世
文=武邑光裕
◉対談
鏡リュウジ(心理占星術研究家)+畑中章宏(民俗学者)
スターゲイザーたちの「合理的」な世界
◉わたしは魔女である
円香が語る「現代魔女」という行き方
◉中世の騎士、東京に集う
ドキュメント「戦え、騎士のように」/証言「騎士たちの理由」/インタビュー「中世剣術のリアリティを、現代で共有したい」
◉ゲームはなぜ中世を必要とするのか
中世ゲーム研究の第一人者、かく語りき
◉コンテンツガイド
中世の回廊
◉「新しい中世」以降の世界
政治学者・田中明彦の予言から読む現代の地政学
【書籍情報】
書名:『WORKSIGHT[ワークサイト]30号 新しい中世 The New Middle Ages』
編集:WORKSIGHT編集部(コクヨ ヨコク研究所+黒鳥社)
ISBN:978-4-7615-0938-5
アートディレクション:藤田裕美(FUJITA LLC)
発行日:2026年7月2日(木)
発行:コクヨ株式会社
発売:株式会社学芸出版社
判型:A5変型/128頁定価:1800円+税





















